2013年11月10日

モバP「アイドルと、銃口と」

窓の外には雨が見える。
か細い筋が何本も何本も浮かんでは消えてを繰り返す。

俺はといえば、薄暗い事務所の壁にもたれかかり、床にへたり込んでいる。
大の大人が、まるで怯えた仔鹿のように力なく。


まるですがりつくように、壁に身を預けている。

独り立ちして何年も経つ。
いっぱしの社会人として、『大人』というやつにもなれてきた頃合だと思っていた。
酒や煙草の美味さ、週末の夜の幸福感。
そんなものもわかってきた年頃だと。

それでも

銃口を俺に向ける少女を前に、そんなものは何の役にも立たなかったのだ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371285176

注意
原作内容と異なるオリジナル設定あり。
途中経過であれこれとある可能性があるので、許容できない方は読まない方がいいかもしれません。




「それ、よくできてるな……。だけど、こっちに向けるのは止めてくれないか」

自分でもわかるくらいに腑抜けた声。
口から出る台詞は小刻みに震え、ところどころ裏返ってしまっていた。

彼女の後ろにテーブルが見える。
その上に広がる茶褐色の液体、きらきらと光る陶器の破片も。

つい数分前のことだった。
彼女は突然、銃を俺に向け、発砲した。

幸い、目の前にあったローテーブルに着弾したのだが、彼女の手に握られたそれの脅威を知らせるには十二分だった。

テーブルの木目は深々とえぐれ、コーヒーカップとソーサーは目の前で弾け飛んだ。
兆弾はソファに突き刺さり、破片のいくつかは頬を掠めた。

こんな映画のような出来事は夢であって欲しかったのだが、そうはいかないらしい。
頬に滲む赤と、その疼痛はがこれは現実なのだと知らせていた。


「避けないで欲しかったナ。それが、プロデューサーにとって一番賢い選択だと思うヨ」

そういうと少女はもう一度、調整するように銃口をこちらへと向け直す。
黒く、重く、鈍い光を纏った鉄の塊。
その中心に、まるで深遠にでも通じているかのような穴が見える。
間違いなく、この銃口は俺を殺す準備ができている。

「今度は、ジッとしていてネ?痛くはしないカラ」

褐色の肌に黒く長いまつげが影を落とす。
口角が上がり、肉感のある唇が薄く伸びていく。

普段と同じような笑顔で彼女は引き金に指をかけた。

彼女も俺を殺す準備ができたらしい。


彼女は両腕でしっかりと銃を支えると、引き金を引く。
細くはあるが、しなやかな筋肉に力が入っていくのがわかる。
彼女の白いワンピースから覗く足にも力が入る。

その一瞬の間ではあったが、彼女の後ろでがちゃりと玄関のドアが開いた。
「ただいま戻りましたにゃー!あれれ?誰もいないのかにゃ?」



彼女の意識が一瞬、背後に逸れる。

その隙に壁を思い切り突き飛ばし、その反動で跳ね起きる。
そして、彼女の視線が再びこちらに戻る前に彼女を突き飛ばす。
彼女の身体は羽のように軽かった。


生存本能とでも言うのだろうか。

震える足腰、回らない頭。
そんな状況下でも無意識のうちに一連の行動を流れるように行うことができた。

「え、え?Pチャン?これって……」

入り口で困惑する少女の手を取り、全速力で階段を駆け下りる。

壁際まで思い切り突き飛ばしてやったのだ。
簡単には追いつけないだろう。
とりあえず、導入部終わりです。
これから本編に入ります。


職業は芸能事務所のアイドル部プロデューサー。
もう少し詳しく言うのであれば、中小芸能事務所のアイドル部プロデューサー兼マネージャー。

企画関連のプロデューサー業から、所属アイドルのスケジュール管理からスカウト、オーディションまでをこなす。

最近は仕事の調子も良く、事務所の業績も緩やかに右肩上がり。
かといって、大手のプロダクションを脅かすには少し時間が掛かるだろう。

給料にしても、いくらかのボーナスを支給されたものの高給取りとはとても言い難い。

仕事上の人間関係も概ね良好。強いて言うなら二件となりの飼い猫に嫌われている程度だ。
痴情の縺れも特になし。悲しいかなこの数年間は彼女の一人もいない。

そう、それこそ命を狙われる謂れなどどこにもないはずだ。

社会的な地位にしても、出自にしても金銭的な理由にしても。


ましてや、日々ともに活動するアイドルにこの命を狙われるなんて露程も思わなかった。

「Pチャン?話聞いてる?」

事務所の階段を転がり落ちるように外へ出た。
多少の雨が降っていたが、運よくすぐにタクシーを拾うことができた。
そのおかげで、然程濡れる事もなかった。

「ねぇ、Pチャン!」

隣に座る少女が俺の耳を引っ張りながら、大きな声でそういった。

「ああ、聞こえてる。話はもう少ししてからだ。俺にも何がなんだかわからない」

妙な客を拾ってしまったと思っているのだろう。
タクシーの運転手は怪訝そうに顔をしかめた。


だが、俺には関係ないことだ。
まずは、一刻も早く、少しでも事務所から離れる。

それが今最優先で考えるべき事なのだ。
今日はここまでになりそうです
ご指摘ありがとうございます。
何分、サスペンスっぽい描写や三人称ではない地の文が初めてなので……。

このSS書き上げる頃には上達してるといいなと思います。
---

「ありがとうございます。このあたりで降ろしてください」

タクシーで30分と少しのところまで来た。
駅前の商店街。
ここならば、人通りもそれなりに多く滅多なことはできないだろう。
少なくとも銃を抜くことはまずできないはずだ。

「ねぇ、Pチャン?そろそろ教えて欲しいにゃ」

前川みくは俺に続いてタクシーから降りると特徴的な口調で尋ねた。

落ち着いた茶色のボブカットヘアにゆったりとしたワンピースとカーディガン。
まだ女子高生だというのに、発育しきった胸部にあどけなさを残した顔立ち。
その輪郭に収まる猫のような大きな目は普段ならば、溌剌と輝いているのだが、今は困惑の色に染まっている。
そのせいなのか、今も俺のシャツを、ついとつまんで軽くひっぱている

「ナターリアに銃で撃たれた。理由は俺もわからん」

周囲をニ、三度見回し誰にも聞こえないように彼女に耳打ちをした。


「はぁ?Pチャンは何言ってるのにゃ?映画じゃああるまいし……」

みくは眉間に皺を寄せ、やや大きな声でそういった。
心底呆れたような表情で。


彼女とは日ごろからイタズラをしあう仲なのだがそれが裏目に出たらしい。
信じてもらえるまじっくりと話す必要がありそうだ。


俺はみくの手を引くとひとまず、ゆっくりと話せる場所を探す事にした。

商店街の近くで降りてよかった。
通路の天井を覆うルーフのお陰で、この雨の中でも濡れる事もなさそうだ。
「ふんふん、なるほどにゃあ……」

みくは腕を組み、わざとらしく数回頷いた。

営業から戻り、事務所のソファに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
そして事務所のアイドルに突然、銃で撃たれた。
何がなんだかわからないまま判反射的に逃げてきて今に至る。

寂れた喫茶店の一画、新聞を広げる老人が一人カウンター席に座っているのが見える。


俺の視点から事務所で起きたことの全てをみくに話したのだが、どうやら信じてくれていないようだ。
彼女はずずず、とストローで音を立てながらメロンソーダを飲み干した。

「まぁ、よくできた花しだにゃーって、いうのが感想かな?」
みくは両手の平を上に向けると思い切り伸びをした。

「でも、それが本当ならいろいろとまずいんじゃないかにゃ?」

俺の顔を下から覗きながら彼女は、にやりと意地悪げに微笑んだ。
「どういうことだ?」

背中に嫌な汗が流れる。
事務所から離れようと必死になるあまり、思考を放棄していたことは否定ができない。
よくよく考えてみれば、事務所であれだけのことがあったのだ。
その後に起こり得ることは、おおよそ検討がつく……。

むしろ、何故すぐにそれに気がつかなかったのか。

「だって、日中の事務所を舞台にしちゃってるんだよ?」

みくは手元のグラスに刺さったストローでグラスをかき混ぜ始めた。

「すぐに誰かが帰ってきて……」

彼女の言葉がスローに聞こえる。
聞くのを恐れていた可能性をゆっくりと。

「鉢合わせしちゃうんじゃないかにゃ?」

目の前に突きつけられた。
慌てて懐から携帯電話を取り出し、電話帳から「千川ちひろ」と書かれた番号を選びだす。

所属アイドルのスケジュールは把握している。
普段は忙しさのあまり恨めしくもなるスケジュール管理の職務が功を奏した。
今日仕事のあるアイドルはこの時間は出払っている。

もし、ナターリアとの鉢合わせがあるとしたら事務員のちひろさん以外にはありえないだろう。

1コール、2コール。
電子音の間隔が随分と長く感じる。
早く出てくれと思えば思うほどに。

「はい、千川です。」

5コール目で彼女への電話は繋がった。
「ちひろさん、今どこにいるんですか?」

「ええと、事務所の前にいるんですが……」

「事務所には入らないで、すぐにそこから離れてください!」

目の前ではみくが目を白黒とさせている。
思わず、大きな声を出してしまった。
カウンター席の老人もこちらをじっと見ている。

「話は後でします。だからそこからすぐに離れてください」

電話に手をあて、努めて静かに話す。

「いえ、入るも何も……。」

電話越しのちひろさんの声は酷く困惑しているようだった。

「事務所の入り口が封鎖されているんです。黄色いテープと、張り紙で……」

「え……?」

予想外の自体に、俺は声を失うしかなかった。
「ええと、差押って書いてありますね。立ち入りを禁ずるとも書いてあります」

差押?何のことだ?
事務所の経営については詳しくはないが、少なくとも最近は良い傾向だったはずだ。

業績の改善と、職務の成果を理由に賞与の支給もあったし、備品の新調も増えていた。

「イタズラでしょうか?一応、中に入ってみましょうか?」

電話越しにちひろさんが尋ねてくる。
ナターリアがまだ事務所にいる可能性もある。事務所にちひろさんを入れるのは得策ではない。

「いえ、大丈夫です。俺も一度そっちに行きますから、それまでは人通りの多いところにいてください」

やっとの思いで逃げ出した事務所にとんぼ返りをするのは気が進まないがやむをえないだろう。
一応、事務所への嫌がらせあるいはイタズラがあったという口実で警察を伴って出向けば何とかなるはずだ。


「わかりました。でも、人通りの多いところですか?どうして……」

「後できちんと説明しますから、今は俺のいう事に従ってください」

「わかりました……」

納得はしていないような声だったが、わかってはくれたようだ。


「あと、ナターリアはいますか?」

「ナターリアちゃんですか?それどころか誰もいませんよ?」

「……わかりました。それでは気をつけてください」


「ええ?わかりました」


電話をきると、画面の時刻表示は午後3時48分を示していた。
それだけを確認して、俺は懐へと携帯をしまいこんだ。
ここで中断します。
駄文失礼しました。
昨日のようなアドバイスもお気軽にどうぞ。


時計の針は午後8時を指している。
日中、降り続いた雨も上がっていた。

窓の外には仕事を終えた人々が傘を抱えて家路についているのが見える。


「プロデューサーさん……。明日からどうしましょうか……」

とある喫茶店の奥まった席で、ちひろさんはうなだれていた。
両手をテーブルについて、がっくりと肩を落とす。

「どうしようもないでしょう。こうなってしまった以上は仕事もできないでしょうし……」

正直なところ、居酒屋にでも直行したい気分だった。
アルコールで洗い流しでもしなければ、やってらいられない。
恐らく誰だってそう思うし、仮に今俺がそうしたとしても批判を浴びる事はないのではないだろうか。


「借金に詐欺、ついでに横領ねぇ……」

前髪で顔が隠れるくらいに落ち込んだ彼女を前に、俺は所在なさげに営業用のメモ帳をボールペンで塗りつぶしたりしていた。
事務所の貼られた差押の張り紙とテープ。
それらは、イタズラでもなんでもなかった。


ちひろさんへの電話を切った後で警察を伴い事務所へと出向いた。
雨に濡れたアスファルトの濃いグレー。
事務所へと続く薄暗い階段。

それらは事務所の入り口に張られた鮮やかな黄色を俺の脳裏に鮮明に焼き付けた。
ドアのとってを使い器用に結ばれたテープとドアに張られた一枚の張り紙をしばらくの間は忘れられそうにはない。


警察から知らされたいくつかの事実。

社長には多額の借金があったこと。
それを補うためなのか、営業と称して詐欺を働いていたこと。
そして、事務所の利益にも手をつけていたこと。

そして、その社長は行方をくらませている事。

それらが俺達に突きつけられた現実だった。
あまりにも唐突に、あまりにも不条理に。

アイドルを含め、従業員の全てが一瞬でよりどころをなくした。

この事実は明日の朝には新聞に載るだろうし、週刊誌も放っては置かないだろう。
社会のほぼ全てから信頼を失うのだ。もうこの事務所は死んだも同然といってもいい。

仮に、もしも奇跡的に社会が我々を迎え入れてくれたとする。
社長の罪は社長のものであり、俺達従業員は無関係である、と。

それでも、俺達には何もない。
性質が悪いことに、社長は自分の名義と会社の名義で多額の借金をしていたのだ。

事務所の備品をはじめ、会社の資産はほぼ全てがその返済に充てられるのだ。
そのあとには何も残らない。

両手足をもがれた状況よりもなお悪い。

現状、俺達にできることはなにもない。
「まぁ、アイドル達には一通り連絡が取れたってだけでも良しとしましょう」

「泣いちゃった子もいましたけどね……」

ちひろさんはゆっくりと顔を上げる。
目元が腫れぼったくなっているし、よくよく注意してみると目も赤い。

『泣いちゃった子』には、ちひろさんも含まれるのだろう。

光り輝くステージ、そしてスターダムへと至る道。
それら全てが忽然と目の前から消えてなくなったのだ。

それどころか、どぶ川にも等しいような現実へと突き落とされたのだ。
見ず知らずのところで行われた汚い大人の所業が、純粋な少女の夢を刈り取ってしまうような世界。
それが、本当の現実なのだ。

本当の現実。
もうひとつ、見過ごせない現実があるのだがそちらは何の手がかりもなかった。
ちひろさんにも言ったとおり、『一通り』のアイドルとは連絡をとることができた。

そう『一通り』のアイドルには。

その中には昼間、俺に向けて突然発砲した彼女は含まれていない。
携帯もつながらない。一言で言ってしまえば音信不通なのだ。

頬にゆっくりと手を沿わせると、硬い筋が感じられる。
彼女の発砲の際に負ったかすり傷。

血は止まっていたが、それでもずきずきとした痛みがあるように感じる。

それは、まるで目の前の現実から目を背けぬように、俺の意識へと呼びかけているようだった。




今日はここまでです。
ありがとうございました。
深く息を吸い込み、思い切り肺を膨らませる。
目の前には深い茶色のドア。薄明かりの中に仄かに浮かぶ木目に最低限の装飾を施したシックな扉。

三回、狭い間隔でドアを叩いた。
鼓動は際限なく早くなる。汗がどっと吹き出て頬を伝う。

ドアが開くまでの僅かな時間が悠久のようにさえ感じた。


かちゃりと静かにドアが開くと、頭一つ低い位置に巴の顔が見えた。
「よくきたのう、待っとったぞ。」

ゆったりとした広めのシングル。その中は壁際のランプにぼんやりと照らされていた。

「聞いておきたい。巴は封筒の中身を知っていたのか?」

部屋の奥へと進む小さな背中に問いかける。

「さて、どうじゃろうな。その件についてはゆっくりと話そうじゃないか。コーヒーと紅茶、好きなほうを選べ。そのくらいは振舞えるけえ」

巴はちらりと振り向くと、余裕のある口調でにやりと笑って見せた。
足取りはそのままに。

「よく言うな。こんな部屋に呼んでおいて」


ベッドの横には男が二人立っている。
黒いスーツに、短く調えられた黒々とした髪。
身長は俺と然程変わらないのだが、体つきはまるで違う。
スーツ越しの輪郭からでも、この二人には敵わないと即断できる。


「なんじゃ?二人きりのほうが良かったか?」

スーツの男の鋭い視線が俺に突き刺さる。

「ああ、二人で会いたかったよ。あと、コーヒーで頼むガムシロは一つでいい」

巴は短く返事をすると、コーヒーカップを二つ手にとった。
「立ち話も何じゃからな、まぁ掛けてくれ」

壁際のテーブルの椅子を巴が引いた。

「単刀直入に聞く。あの封筒の意味はなんだ。巴は何を知っている?」

俺は彼女の引いた椅子に座ると、差し出されたコーヒーに口を付けることもなく尋ねた。
テーブルの正面に座った巴はカップに口を運ぶと、一口コーヒーを口に含んだ。

こくりと小さく彼女はそれを飲み下した。

「知っているといえば、知っている。じゃが、それはバカ親父からの又聞きじゃ」

彼女は両肘をテーブルに付き、組んだ手の上に小さな顎を乗せた。

「うちが知っていることはそう多くはない。事務所に入れなくなったあの日のことと、それに関係しそうな事をいくつかだけじゃ」

赤銅色の髪から覗く彼女の目が鋭くなる。
それは年端もいかぬ少女のする目つきではなかった。
「順を追って話そうかの。Pよ、お前はうちの家業を知っとるか?」

「……、村上組だ。極道、とでも言えばいいのか?」

「まあ、大体はあってるかのう。自分で言うのも何じゃが、それなりに力は持っとる」

「それで?それが何か関係あるのか?」

「Pはどうじゃ?関係があると思うか?」

巴は組んでいた手を解くと、そのままテーブルの上へと置いた。
ランプに照らされた部屋の中、彼女の髪がさらりと揺れた。

「例えばその鉛玉がどこから来たものか、とかの」

彼女の口元が僅かに微笑む。
しかし、それには威圧の色が強く感じられた。
「目的はなんだ?家の名前に泥を塗ったことへの落とし前か?」

「せっかちじゃのう、Pは。誰もそんなことは言っとらんよ」

巴は呆れたような表情をすると、ふうとため息をついた。


「うちの親父は酷い親ばかでのう。うちがアイドルを始めたきっかけも親父のわがままじゃった。うちの娘が一番可愛いんじゃ!巴、全国の茶の間に見せたれい、なんて勝手なことを言い腐っての。おかしいじゃろ?」


そういうと彼女はコーヒーカップをソーサーの上でくるりと回した。
かちゃりと陶器の擦れる音がする。

「つまり、なにが言いたいんだ?」

俺は、余裕を漂わせた口調で話す巴をにらみつけた。
「そんな親ばかな親父が一人娘を遠くに放っておくと思うか、Pは?」

「思わないよ」

「そう、その通りじゃ。大体事務所とうちの周りには何人か、うちの若いもんがついとる。過保護なもんじゃ、本当にのう……」

そういうと彼女はコーヒーカップを回す指を止めた。
そして、こちらを下からのぞきこむようにして、

「じゃからの、あの日のことは知っとるんじゃ。Pが死にかけとったことも……。それが誰の仕業なのかも」


と、言った。
先ほどまでのかすかな笑みも、その表情からは消えていた。



「P、封筒を出してみい?そして中身をテーブルに置いてくれんか?」

巴に言われるがまま、鞄から封筒を取り出し、その中身をテーブルの上へと並べた。
からからと音を立てながら、歪んだ金属片が転がる。

それを彼女の細やかな指が拾い上げた。

「これから話すことには何一つ、偽りはない。それはうちの仁義に賭けていい。アイドルの誇りでも」

彼女の小さな手が銃弾を握り締める。


「この事務所は嵌められてる」

彼女の瞳には揺らぎがなかった。
真っ直ぐな視線だけが俺に突き刺さる。

その真剣な視線に俺は声を出すことができなかった。


今日はここまでです。
ありがとうございました。
「仮に、巴の話が本当だとする。その場合、社長は信頼に足る人物で今回の一件は社長を付回していた「何者か」の関与が疑われる。そういうわけか?」

空になったコーヒーカップを無造作にテーブルの際へと寄せる。
組員の視線がこちらに向くのとほぼ同時に巴が軽く右手を上げて、それを制した。

「なんじゃ、まだ信じてくれんのか?さっきのうちの言葉は本気なんじゃがのう……」

「あくまで主観の話だろう?巴の覚悟は酌むさ。本気で言っていたのもわかる、俺の目もそこまで節穴じゃあない。」

「ふむ、主観の話、か。つまり、Pは物証が欲しい、という訳じゃな?」

「ああ、『嵌められている』と言い切るにはそれなりの証拠が必要だろう?」


巴の事を疑っているわけではない。
彼女の真剣さに偽りは無い。彼女はそういう眼をしていたのは間違いが無い。

だが、それだけで全ての情報を鵜呑みにすることはできない。

ナターリアと村上組には関係があるのかも知れない。彼女が持っていた拳銃の出所として村上組は一つの候補に挙げることもできる。
それに、何故、こんな形で呼び出されなればならなかったのかも理解に困る。
事情があるなら多少なり、伝えてくれればよかったのだ。
わざわざ封筒を使って、まるで脅迫のような手法で呼び出す必要性も無いではないか。


物事は客観的明らかな事象から判断しなければならない。

事が事なのだ。選択肢を違えることは許されない。


「この紙に書いているものは何じゃと思う?」

巴はテーブルの上に並べられた紙のうち、一枚をついと指で引いた。

「おそらく、社長の借金の貸主と各所への借金の額とでもいったところか?」

「御明察じゃな。その通りじゃ」

紙の上にはずらりと会社名と日付、そして数字が並んでいた。
甲銀行に、Aローン、Bファイナンス、エトセトラ……。

借金の額は数十万円から数百万、中にはその上の桁も見受けられた。
何しろ、借金先の数が数なのだ。その合計額はかなりのものになる。

「それで?このリストに何かあるというのか?」

「ああ、それはこれから話そう」

巴は再び、その細い指を絡ませその上に小さな顎を乗せた。




「P、さっきの話は覚えておるか?うちの若いんもんが社長の身の回りを固めておったことを」

「ああ、確か一月ほど前からだったな。きっかけは社長が『何者かに付回されている』との電話だった」

「そうじゃ。この一ヶ月、社長の外での行動はこちらで把握できとる。それについてはこれが証拠じゃ」

巴がちらりと組員に目配せをすると、一人の組員が写真をテーブルの上へと並べた。

そこには社長の姿が納められていた。写真の隅には日付の表示もある。

「P、これらを見て疑問に思うことはないかのう?」

瞳孔が開き、額に汗が伝うのを感じた。
唇が乾き、鼓動が大きく、早くなる。

リストと写真を交互に見返す。
気が付かないものはいないだろう。

「日付……。この一月の間の日付だ」



「そう。この一ヶ月の社長の動向はこちらで把握しておる。“にも関わらず”、社長はその間にも借金を重ねておる、そう何度も何度も。Pは、うちの若いもんの目を盗んでそんな事ができると思うか?」

巴の視線が鋭さを増す。

「まず不可能だろうな。少なくともこの一ヶ月の間にされた借金は社長が自らしたものではないし、それどころかそれ以前の借金にすら疑う余地が生じる」

その視線を正面から受け止め、こちらも巴の方へと視線を向ける。

「さらに社長の取り巻きは、今回の差押騒動で右往左往しておったし、社長は今一人暮らしじゃからのう。社長に代わって他の者が金を借りたというのも考えづらい」


巴はそういうと再び、右手を軽く挙げた。

「本当は封筒に入れたかったんじゃが、少し時間が掛かってしまった。すまんのう」

組員がテーブルに数枚の書類を足した。

「これは?」

「さっきのリストの中の会社と社長から詐欺を受けたとする会社の内数社についての書類じゃ。事務所の帳簿の写しじゃ。親父が全力で調べさせたんじゃがのう、案の定キナ臭いのが混じっとったわ」

巴の口元はにやりとその形を歪めた。






今日はここまでです。
ありがとうございました。

訂正
>>76

「さっきのリストの中の会社と社長から詐欺を受けたとする会社の内数社についての書類じゃ。それと事務所の帳簿の写かのう。親父が全力で調べさせたんじゃが、案の定キナ臭いのが混じっとったわ」


訂正は大きく区切れそうなところでまとめてすることにしますが、ここだけ直しておきます。

21:42│モバマス 
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