2014年07月28日

あずさ「二人暮らし」


あずさ「千早ちゃん、お皿取ってもらえるかしら?」



千早「あ、はい」





お料理の手伝いをしてくれている千早ちゃんに、お皿をお願いすると、すぐに取り出してくれました。

出してくれたお皿に盛り付けをします。



あずさ「うん、完成〜」



千早「じゃあ、テーブルに持っていきますね」



あずさ「お願いね」



出来たばかりの料理を千早ちゃんがダイニングまで持って行ってくれました。

ダイニングキッチンなので目と鼻の先なんですけれど。





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お皿をテーブルに置いた千早ちゃんが、小さく失礼しますと言ってから冷蔵庫を開けて、中からお茶のボトルを出してコップに注いでくれています。

お茶の入ったコップを、私と千早ちゃんの席の前に置くと、椅子を引いてそこにちょこんと腰掛けました。

どこか所在なさ気です。



もっと寛いでくれていいのよ……?



調理器具を片付け終わったので、私も席に着きます。



あずさ「おまたせ〜」



千早「いえ、大丈夫です」



やっぱりどこか緊張しているというか、そんな様子の千早ちゃん。





あずさ「さ、食べましょう」



千早「はい」



二人で両手を合わせます。



「「いただきます」」



食べ始めても、千早ちゃんはどこか遠慮をしているように見えました。



あずさ「まだ、慣れない?」



千早「え……?」





あずさ「何となく、そう感じたものだから……」



戸惑いを見せる千早ちゃん。



千早ちゃんがうちに来て、もう2ヶ月になります。



どうしてそうなったかというと、実は私も理由は良く知りません。

いいえ、聞きませんでした。













2ヶ月前――――――。



あずさ「はぁ、雨って嫌ね……あら?」



昼前から振り続ける雨に辟易としていた午後、突然インターフォンが鳴り響きました。



あずさ「はぁ〜い」



ドアチェーンをかけたまま扉を開くと、雨に打たれて濡れネズミの千早ちゃんが、俯きながら大きなカバンを持って立っていました。



あずさ「ち、千早ちゃん!?」





慌てて扉を開こうとするも、チェーンをかけたままなので思い切り引っかかってしまいました。

一度閉めてチェーンを外した後、もう一度扉を開きます。



大きく扉を開くと、先程と同じく俯いたままの千早ちゃんが。



あずさ「まぁまぁ、ずぶ濡れじゃない……。さぁ、上がって」



とりあえず中へ入れてあげましょう、このままにしておく訳にはいきません。



恐らく、何かあったのでしょう。

そうでなければこんな状態になんてならないもの……。





少しだけ玄関で待ってもらって、お風呂の追い焚きスイッチを押した後タオルを手渡しました。



あずさ「さぁ、拭かないと風邪引いちゃうわ」



虚ろな眼でタオルを受け取った千早ちゃんはのそのそと髪を拭いています。



髪と服を拭き終わった頃追い焚きが終わったので千早ちゃんを脱衣所へ連れて行き、濡れた服を洗濯機へ。

千早ちゃんはお風呂へ。



びしょ濡れの大きなカバンにはお着替えが入っていると言っていたので、断りを入れて開けると、案の定中もびしょ濡れでした。

それらもまとめて洗濯機へ入れます。



このままだと着る服が無くなってしまうので、私の服を置いておきましょう。





あずさ「千早ちゃん、お洋服、全部濡れてたから私のだけど替えの服、ここに置いておくわね」



扉越しに声をかけると、か細い声でありがとうございますとだけ返事が。



脱衣所から出て、温かいお茶を淹れていたら千早ちゃんがお風呂から上がってきました。

リビングに座ってもらって、お茶をテーブルの上に置きます。



飲むように促すと、両手でカップを持った千早ちゃんがゆっくりと傾けました。



千早「あったかい……」



ぽつりとそう零した千早ちゃんの頬を、一筋の涙が伝っています。

そのまま俯いて、肩を震わせている千早ちゃん。



何があったのか聞くべきなんでしょうけど、きっとそれは今ではないと思い、結局私は切り出しませんでした。





その日はそのまま千早ちゃんを泊めて、翌日。

千早ちゃんから、暫く置いて欲しいと頼まれました。



あずさ「この事をご両親は……?」



私の問いかけに千早ちゃんは、ただ首を横に振っています。



本当なら、ご両親にお話をするべきなんでしょうけど、私はそのまま千早ちゃんと暮らすことにしました。

いつか、理由を話してくれることを条件に――――――。









それから月日が流れて早2ヶ月、初めの頃は何をするにも恐る恐るといった様子の千早ちゃんでしたが、最近では少しづつ慣れてきてはいるみたいです。

けれど、やっぱりまだどこかに壁を感じてしまいます。



千早「あずささんには、とても感謝しています。突然転がり込んできた私を、理由も聞かずに置いてくださっているのですから」



あずさ「いいのよ、気にしないで」



千早「でも、やっと決心が着きました」



顔を上げた千早ちゃんの目には、何か腹を括ったような、そんな気概を感じられました。





そうして千早ちゃんは、家を出た理由を私に話してくれました。

当たり前だけれど、社長は知っていると、話し始める前に付け加えていました。

私もそうだろうとは思っていましたけれど、千早ちゃんが自分の口から話してくれる時を待っていたんです。



千早「両親が離婚して、私をどっちが引き取るのか、両親はずっとそれを言い争っていました」



語られたのは、千早ちゃんの抱える重く苦しい思い出でした。



千早「できれば離婚なんてして欲しくなかった。けれど、弟が亡くなってから家族は壊れていって



   もう、修復もできなくて。家に帰っても聞こえてくるのはお互いがお互いを罵る言葉ばかり



   そして離婚してどちらが私を引き取るか……いいえ、どちらに押し付けるかをずっと……」





一番の味方であるはずのご両親が、自分に向ける忌避の目。

それがどんなに辛い事か、どんなに苦しい事か。

私には想像もつきません。



千早「結局父とも母とも反発して、私は持てるだけの荷物を抱えて家を飛び出しました」



宛もなく彷徨っていたら雨が降り出して、一番近くにあった私の家に逃げて来たそうです。



あずさ「そうだったの……」



どんな言葉をかけていいのか見つからず、ただ一言それだけしか言えませんでした。





千早「あずささんには随分とご迷惑をお掛けしてしまいました」



あずさ「迷惑だなんてそんな……。事務所へ行くのに迷わなくなったし、私は助かっていたわよ?」



暗くなり過ぎないよう、精一杯おどけてみました。



千早「ふふっ、お役に立てたなら良かったです」



微笑んでくれたので何とか場を和ませられたのかしら?





千早「でも、いつまでもあずささんに甘えているわけにもいきません。



   幸い仕事も増えてきたので、自分で部屋を借りようと思っています」



あずさ「もう、決めたのね?」



千早「はい」



頷く千早ちゃんには、確かな決意が込められているように思います。



あずさ「寂しくなるわね……」



思わず本音が零れてしまいました。





あずさ「……ごめんなさい。ちゃんと話してくれて、ありがとう」



辛い過去を打ち明けてくれた千早ちゃんを、優しく抱きしめます。



千早「あずささん……」



ずっとこらえていたのでしょう、腕の中で千早ちゃんが小さく震えています。

時々、しゃくりあげるような音も。



あずさ「また、いつでも遊びに来てね?」



千早「っ……はい……」





涙に濡れた声で、それでもしっかりと返事をしてくれました。」



引っ越しまで千早ちゃんから、今までのような壁を感じなくなりました。

きっと、全部話したことで胸のつかえが下りたのでしょう。



短い間だったけれど、千早ちゃんにとってここは安らげる場所だったのかしら?

そうだったら嬉しいです。



これからがきっと大変なのかもしれないけど、千早ちゃんならきっと大丈夫。

けど、どうしてもまた辛くなったらその時は、またここにきてちょうだいね。



いつでも歓迎するから。







おわり







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