2013年11月12日

P「エージェント菊地真?」真「はいっ!!」

設定強め。別にアイマスじゃなくてもいいんじゃ……ていうツッコミは抜きでw
それでははじまりはじまり〜

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1336735273(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)


Prorogue


 町外れのとある小さなバーに、ひとりの男が座っていた。彼の名は黒井嵩男。大手芸能プロダクション961プロの社長
である。彼はカウンターに腰を掛け、ウィスキー片手にある男の到着を待っていた。

カランカラン

 暫くするとバーのドアが開き、黒井が待っていた男が来店する。彼の名は菊地真一。元F1ドライバーで、現在は引退
して別の仕事をしている。

「遅かったではないか。元レーサーのくせに、貴様はいつも遅刻だな」

「お前のような男に会う時は細心の注意を払わなければならないんだよ。いつも言ってるが、時間通りに来てほしかったら
もっと真っ当な人間になれ」

「おいおい、憶測だけで善良な市民を悪者にするんじゃないよ。これだから菊家紋の連中は困る」

「どこが善良な市民だ。お前は限りなく黒に近いグレーじゃないか。今は協力関係にあるが、妖しい真似をしたら即座に
 お前の事務所に強制捜査に入ってやるからな。後、俺を菊家紋と呼ぶな。誰が聞いてるかわからんだろう」

 菊地が注意深く周囲を見回す。彼は現在、警視庁公安部に所属している。菊地家は元々先祖代々警察関係に務める家柄
であったが、彼はそんな家が嫌でレーサーになった。しかしレース中の事故で彼は選手生命を絶たれ、家族を養う為に渋々
警察という仕事を受け継ぐ事にした。




「ここには私と貴様しかいないではないか。相変わらずお前は臆病だな。それでは酒も不味くなる」

「元より貴様と飲む気はない。要件は手短に頼む」

 菊地はそう言って黒井の横に腰かける。そしてバーテンにウーロン茶を注文した。黒井はやれやれと溜息をついた。

「話と言うのは他でもない、如月家のことだ。お前も既に聞いていると思うが、近々廃業するらしい」

 黒井はウィスキーに口を付けると、世間話のように軽い調子で切り出した。菊地は手に持っていた手帳を取り出して、
ページをめくる。

「確か芸能の世界で500年以上権力を誇っていた音楽一家だったか。10年ほど前に跡継ぎの息子を事故で亡くしてから
 は表だって活動はしていなかったようだが、そうかついに廃業するのか」

 菊地が手帳のデータを確認する。彼の専門は芸能界である。芸能界で起こる犯罪を調査・監視・報告する為に、黒井から
こうして時々情報提供を受けているのだ。




「元々歴史が長いだけの家柄で、大きな権力を振るってはいなかったがな。しかしそんな如月家でも廃業するとなると、
業界のパワーバランスが一気に崩れる。魑魅魍魎が蠢く芸能界において、如月家は浄化機能を持った貴重な存在だった
からな。その如月家が消えるとなると、業界の汚染が危惧される」

「それは困るな。同じ『宙組』の連中はどうしている?『秋月』も『星井』も、まだ第一線で活躍しているだろう。
 それに『海組』の連中だっているはずだ。『水瀬』『双海』『三浦』に任せておけば、ある程度の危機は回避されると
 思うが」

 菊地の言葉に、黒井は軽く溜息をついて首を振る。「わかってないなあ」と言いたいようだ。

「確かに秋月も星井も現役だが、やつらは如月に比べて歴史が浅い。如月がいなくなると、その力は一気に低下するだろう。
 それに海組の連中が宙組に手を貸すとは思えん。奴らの中の悪さはそれこそ先祖代々受け継がれている。宙組の奴ら
 が空中分解しようが、海組の奴らは黙って見ているだけだろう。宙組が抑えていた業界の悪の大きさも知らずに、やつら
 は自分達が芸能界で大きな勢力を振るえるとほくそ笑んでいるだろうさ。全く、愚かな連中だよ」

 黒井は吐き捨てるように言った。現在、芸能界は6つの家によってその均衡が保たれている。姓に天体関係の字が付いた
「如月」「秋月」「星井」と、水関係が付いた「水瀬」「双海」「三浦」の6家である。前者を「宙組」と呼び、後者を
「海組」と呼んで、互いに対立しつつも芸能界を守って来た。今回宙組の如月家が廃業することでその均衡が崩れ、6家が
抑えていた芸能界のパワーバランスに変化が起きようとしているのだ。




「高木社長は何をしているんだ?宙組と海組の友好の懸け橋として、765プロは設立されたはずだろう?6家の息女を一同
 に集め、各々の家を結びつけるのが彼の仕事だと聞いているが」

 菊地が黒井に質問をする。彼の言った765プロとは、黒井の率いる961プロとはライバル関係にあるアイドル事務所で
ある。小さな事務所で所属しているアイドルもまだ大半が育成段階ではあるが、家柄が家柄だけに業界でも一目置かれて
いる。しかしその設立の目的は前述のとおり宙組と海組の友好を図ったものであり、その勢力を振るうことはなく6家の
娘達は家の対立とは関係なしに、純粋にアイドルを目指してレッスンに励んでいる。

「高木も一応対策は行ってはいたようだ。事務所の設立当初からこういう事態を想定して、宙組海組ほど大きな力を持って
 いないが『天海』の娘を引き入れ、更に京都の権力者『四条』、沖縄の大地主『我那覇』の娘も新たに事務所に引き入れて
 融和を図っていた。しかしどっちつかずの天海、自然主義の四条、そして楽天家の我那覇を入れる事で状況はますます
 悪化した。個人でそれなりの勢力を持つ3家を取り込んだのは流石だが、高木も目測を誤ったな」

「高木社長らしくないミスだな。まあ、彼も業界の第一線を退いて長いから勘が鈍ったのかもしれんな。天海も四条も
 我那覇も上手くその力を使うことが出来れば業界はより安定するが、いささか早計だったか」

 菊地が出て来たウーロン茶を一口飲み、新たに情報を手帳に書き足していく。公安の諜報員として彼は優秀である。
そして一通り情報をまとめると、菊池は黒井に向き直った。




「それで、お前は俺に何をしろと言うのだ。まさか警察権力を使ってこの争いを鎮めようというつもりじゃないよな?」

 黒井が何かを言う前に菊地が先回りをする。芸能界は警察の介入を非常に嫌う。それは業界内では善も悪も同じだ。
6家も過言ではない。しかし黒井は愉快そうにくっくっ、と笑うと、ウィスキーを一気に飲んで言った。

「そのまさかだよスパイ君。お前には極秘に潜入して、宙組と海組の争いを鎮静化させて欲しい。事件を未然に防ぐのが
 警察の役割だろう?公安のお前以上に適任はいないだろう」

 黒井の言葉に菊地は目を大きく見開いた。しかしやがて笑みを浮かべると、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を振る。

「お前もとうとう勘が鈍ったのか?あまりに現実味がなさすぎるだろう。大体、高木社長と敵対関係にあるお前が、
 どうして765プロの手助けをするような真似をするのだ?一体何を企んでいる」

「フンッ、これだから警察は困る。私はただ、業界の均衡が崩れる事でこちらも被害が及ぶ可能性があるから、そのリスク
 を回避したいだけだ。私が仕事をやりやすくする為にも、まだ765プロに倒れてもらっては困るのだよ」

 黒井の言葉に、菊地は少し黙考する。確かにそう言われれば納得できない事もない。アイドル事務所として争う事と、
業界のパワーバランスを守る事はまた別問題なのだ。そう考えると、黒井が自己防衛の為に宙組と海組の勢力争いの鎮静化
を図るのも頷ける。それに芸能界を監視している自分にとっても、防げる危機は防いでおきたい。




「……お前の言い分は分かった。しかし具体的にはどうする?俺の顔は既に6家に知られているぞ。そう簡単に接触できる
 とは思えないが。ましてや両勢力の仲を取り持つなど、夢のまた夢だ」

 菊地の言葉に、黒井はやれやれと溜息をつく。その態度に若干いらつきながらも、菊地は返事を待った。

「何から何までマニュアルが必要なのか?これだから日本の警察は嫌われるんだよ。しかし今日の私は機嫌が良い。
 特別に教えてやろう。なあ菊地、現在宙組と海組を繋いでいるものは何だ?」

「765プロだろ。そこに6家の娘を集めて両勢力の融和を図っている。娘達は家の争いは無関係だからな。子供が友好的
 だと、親同士も仲良くせざるを得なくなる。何を今更言ってるんだ?」

 黒井の謎かけに、菊地は怒りそうになりながらも答えた。




「そこまで分かっていながら、どうして答えに辿り着かない。居るだろうがお前の所にも」

「俺の所……?………っ!!お前まさか、真の事を言ってるのかっ!?」

 突然娘の話が出て来て、菊地は声を荒げた。黒井はそんな彼を楽しそうに見つめている。

「素敵なお嬢さんじゃないか。校内にもファンクラブがあると聞いているぞ。まさにアイドルには持って来いの逸材だな」

 黒井の言葉に、菊地は頭を抱えた。職業柄、彼は自分の家族については徹底的に秘匿している。ましてや黒井のような
人間に知られることは、家族を人質に取られることに等しい。

「……娘をどうするつもりだ。場合によっては、罪状をでっちあげてでもお前を刑務所にブチ込んでやるぞ」

「おお怖い怖い。別にどうもしないさ。ただ私は、お前の娘にアイドルという職業を薦めているだけだよ」

 菊地の脅しを飄々と受け流す黒井。そう、彼はただ菊地の娘に765プロを紹介しているだけなのである。




「お前の娘は、最近お前の真似事をしてスパイごっこに熱を上げているらしいな。菊地の家系上、戦闘訓練も受けて
 いるのだろう?諜報活動も勉強させていると聞いているぞ」

「あれは俺の親父が勝手にやっただけだ。俺は娘を警察官にするつもりはない。ましてや公安のような危険な職業には
 絶対反対だ。娘には女として、普通の幸せを手に入れて欲しいんだよ……」

 黒井の調査能力に、菊地は既にお手上げだった。彼の娘は幼い頃から空手を習っており、そこらのチンピラなど相手に
ならないくらいの高い戦闘力を持っている。更にそれに加えて一度は家業を嫌がり出て行った息子が警察という職業
に就いた事を喜んだ彼の父親が、彼の娘に警察官としての教育を施していた。菊地の父も公安部の諜報部員だったので、
彼の娘はスパイとしての教育を受けた。習い始めたばかりでまだまだスパイとしては未熟だが、彼の娘は非常に乗り気で
積極的に教えを受けているらしく、どんどん吸収しているようだ。

「今朝も進路について、娘とケンカしてしまったよ。しかしもう娘もすっかり警察官になるつもりでいるし、妻も親父も
 娘の味方だ。もう参ってしまったよ……」

 ウーロン茶を飲みながら愚痴る菊地。その姿は公安の諜報部員ではなく、もはや只の娘の反抗期に悩む父親だった。




「フンッ、息子が欲しかったからと言って、娘を男のように育てたお前が悪い。そんな風に育ったら、女の幸せなんぞに
 魅力を感じなくなるのは当然だろうが。しかしだからこそ、俺はお前の娘にアイドルという職業を薦めているのだ」

「……どういう事だ?真はアイドルなんて女の子らしいものに興味はないと思うが……」

 戸惑う菊地に、黒井は丁寧に説明する。

「いいか?まず娘に諜報活動の一環として、765プロに潜入させるのだ。そして宙組と海組の問題を解決させれば、警察
 になることを認めてやるという条件を持ちかけてやる。そうすればお前の娘も進んで765プロの扉を叩くだろう。先程
 両家の娘達は関係ないと言ったが、家の問題を彼女達も敏感に感じ取っているようで、徐々に確執が出来つつあるらしい。
 それをお前の娘が取り持ってやれば、自然と家の問題も解決するだろう。それに娘を通じて、お前自身も6家に接触
 出来る。娘とお前の二重体制で、この問題を解決するのだ」

 菊地は真剣に訊いている。黒井は続ける。

「期間は3ヶ月。如月が身辺整理を終え、完全に廃業するのは3ヶ月後だと聞いている。3ヶ月もアイドル事務所に潜入
 していれば、お前の娘も心変わりするだろう。今は警察の事しか考えてないみたいだが、それはお前の娘が男として
 育てられてきたからであって、彼女は潜在的には女の子らしさに憧れを抱いていると考えられる。現に先週の日曜日、
 書店にてお前の娘が少女漫画を購入していたと報告を受けているぞ。自分には似合わないと諦めつつも、スカートや
 フリルのついたワンピースを眺めていたという目撃情報も入っている」

「随分入念に調べ上げたんだな………。いつか覚えていろよ、貴様………」

 娘の素行調査をされて気分の良い親がいるはずない。睨む菊地に黒井は肩をすくめると、再び話し始めた。




「今の状態でお前に強く反対されても、娘はますます意固地になるだけだぞ。だから自然さを装って、ゆっくり方向性を
 変えてやるのだ。そうすればお前が望むような、女の子らしい生き方を目指すようになるかもしれん。私も高木も、この
 問題は死活問題だ。だから進んで協力しよう。どうだ?悪い話ではないと思うが」

「しかしアイドルなどと……確かに警察よりは女の子らしい生き方かもしれないが、芸能界は魑魅魍魎の世界ではないか。
 そんなところに娘を預けるなどと……」

 確かにありがたい話ではあるが、公安として芸能界に潜入して、菊地はこの世界の闇も見て来た。ひとり娘の父親として、
娘をそんな危険に晒すわけにもいかない。

「フンッ、お前はこの業界にスパイとして侵入して何を調べて来たというのだ?765プロは6家全てが揃った芸能界最高の
 安全地帯なのだぞ。更に四条や我那覇など、地方の有力者もいる。日本一安全な事務所になるのも時間の問題だろうが」

 黒井の言葉に菊地はしばし考える。確かに言われてみれば、これ以上安全な場所は無い。それに自分としても、6家に
接触できる貴重なチャンスである。これを逃さない手は無いだろう。娘を利用するのは気が引けるが、しかし結果的には
娘の為にもなる。気持ち悪いくらい良いことづくめだった。




「……3日。3日だけ考える時間をくれないか。3日後には必ず連絡するから、返事を待って欲しい」

「フンッ、相変わらず決断が遅いな。しかし良いだろう。娘に免じて特別に待ってやる。良い返事を期待しているぞ」

 菊地の要求を黒井はすんなり受け入れた。菊地は「すまない」と小さく言うと、席を立つ。

「……これで俺を懐柔したと思うなよ。お前の事も、いつか必ず捕まえてやるからな」

 去り際に、目を合わせずに菊地はつぶやく。黒井はウィスキーのお代わりを飲みながら、

「ああ、楽しみにしているよ。それじゃあ精々職務に励むことだなスパイ君」

 と、小馬鹿にしたような口調で返した。




「俺をスパイと呼ぶな。その呼び方は好きではないし、何だかイメージが悪い」

「ほう、では何と呼べばよいのだ?」

 聞き返した黒井に対し、菊地は振り向いてキリッと表情を引き締め、



「エージェントだ。よく覚えておけ」



 彼はそう言って、静かにバーを出て行った。



To be continued......



今日はここまで。>>12の仰る通り、今回は設定が濃いので読みづらいですw
もう少し1レス毎の文章を減らした方が良いかな?まだ加減がよく分かりません。
ついでに意見を戴けるとありがたいです。
それでは次の投下は2日後に。最後まで読んで戴けると嬉しいです。


ちょっと早いけど投下します。投下量が多いのでゆっくり読んでください。

>>17
投下に関するご意見ありがとうございます。まだ試行錯誤している段階なので、色々お聞かせ下さい。
ちなみにPはいます。語り部として彼は必要なので。王道がどういうものか分かりませんが。

>>18
正解です。VIPで青二才の人って呼ばれてましたw 名前の通り青臭いSSですが、楽しんで頂ければ幸いです。

>>19
例によって長いSSですが、気長に楽しんで下さい。





Mission 1【765プロに潜入せよ】


「え?公安の人間が来るんですか?」

「ああ、すまないね。折角キミに来て貰ったばかりだというのに、ダブルブッキングのような真似をしてしまって……」

「いえ、それは別に構わないのですが……。でも警察の人間なんて呼んで大丈夫でしょうか?」

「6家の方は分からないが、ウチに来るのはアイドル達と同じ、家の事情に関わりのない娘さんだそうだ。一応今回の任務を
 理解しているが、まだまだ半人前の普通の女子高生だそうだよ」

 今朝出社すると、突然社長室に呼び出されて上記の話を聞かされた。おっと、挨拶が遅れたな。俺は765プロの
プロデューサーだ。しかし本業は先祖代々続く民間の諜報部員で、今回の6家の争いを鎮めるために一ヶ月ほど前に
高木社長に雇われた。まあ諜報部員と言ってもオヤジの代でほぼ廃業していたから、一応後は継いだが素人同然だが。
諜報部員で食って行けずに路頭に迷っていたところを、どこからか俺の家系の話を知った高木社長に拾われて、現在は
新人プロデューサーとして765プロで勤務している。




「どうやら黒井の差し金らしい。アイツはいつも嫌がらせがしたいのか助けてくれるのかよく分からなくてな。
 断る事も出来たのだが、先日送られてきた履歴書を見てティンとキタので話を聞いてみる事にしたのだよ」

 そう言って、高木社長は俺に一枚の履歴書を差し出した。俺はその履歴書を受け取るとさっと目を通す。

「菊地真……?もしかしてあの『菊地』ですかっ!?こんな純粋培養された警察一族なんて入れたら泥沼化しますよっ!!」

 俺も一応諜報部員の端くれだ。廃業同然ではあるが、業界の動向・知識だけなら常にチェックし続けている。

「ほう。やはりキミは詳しいね。しかし菊地の一族も、彼女の父親の代で一度断絶しているのだ。キミも知っているだろう?
 元F1レーサーの菊地真一だ。彼女は彼の娘だよ。そしてレーサーを引退した彼が、再び警察官に再就職したという話を
 知る者は少ない。業界では菊地家は途絶えたというのが定説だよ」

「はあ……、確かに俺もこの話を聞くまでは菊地の一族がまた警察に舞い戻ったとは思いませんでしたが……。でも
 知ってる人は知っているのでしょう?本当に大丈夫なのですか?」

「うむ。そこでキミの出番というわけだ。キミには彼女のサポートを行って欲しい。今回の6家に関わるこの任務は、
 鎮静化するまでありとあらゆる危険と困難が想定される。こう言っては悪いが、キミも彼女も諜報部員としては半人前
 だ。だから2人で力を合わせて、この問題を解決して欲しい。話に聞くと、彼女は空手で県大会優勝の実績を持っている
 そうだ。頭脳労働専門のキミと良いコンビになれると思うよ」

 確かに俺は徒手格闘は得意ではない。民間の諜報部など、それこそ公安に情報提供をするのが専門であって厄介事に
巻き込まれる前に逃げるのが鉄則だ。それに確かに今回の6家に関わるこの任務、俺一人では荷が重すぎる。協力者は
多いにこした事は無い。




「すみません。せっかく雇っていただいたのに俺が不甲斐ないばかりに新たな人員を派遣されることになってしまって。
 これ以上の失態を繰り返さぬよう、彼女と協力して全力で任務にあたらせてもらいます」

 俺は社長に深々と頭を下げた。この一ヶ月間諜報部員としてさりげなく、何度かアイドル達に融和を持ちかけてみたが、
状況は悪化するばかりであった。彼女達は家の問題とは無関係なはずだったのだが、やはり6家の争いの気配は敏感に
感じているようで小さな確執はやがて徐々に大きくなり、現在ウチのアイドル達は3つのグループに分かれている。
「如月・秋月・星井」の宙組と「水瀬・双海・三浦」の海組、それから「天海・四条・我那覇」の第三勢力である。
ちなみに対立が激しいのは宙組と海組で、第三勢力は双方の中を取り持とうと日々奮闘している。と言っても、頑張って
いるのは天海の娘だけだが。

「いやいや、キミはよくやってくれているよ。私はキミのプロデューサーとしての腕も見込んでスカウトしたのだ。6家
 の問題は本来私が解決すべき問題だから、キミが気にすることではない。それにアイドル達も、キミが来てからは幾分
 丸くなったようだ。ここでは765プロのプロデューサーとして、引き続き頑張ってくれたまえ」

 社長はそう言って、笑いながら俺の肩を叩く。社長が言うには俺はプロデューサーの素質があるらしく、この任務が
終了した後は765プロのプロデューサーとして正式に働かないかと持ちかけられているのだ。元々諜報部員の仕事は俺の代
で終わるつもりだったし、ありがたい話ではあるが返事はまだ保留中である。どの道今回の任務を成功させてからでないと
この話を受けるつもりもないが。




「ところで菊地真ですが、いつ事務所に来るんですか?出来れば早めに会っておきたいのですが」

「おおそうだ。確か10時過ぎに事務所に来るようにと連絡してある。もうすぐだな」

 高木社長が時計を確認する。現在9時50分。もうすぐだ。

 コンコン

 その時、社長室を控えめにノックする音がした。高木社長促すと、事務員の音無さんが入って来た。

「あの社長……、面接希望の菊地真さんという方がお見えになっていますが……」

「おお来たかっ!!少し早いが通してくれたまえっ!!いやあ。待ち合わせに遅れる事無く来るとは、なかなかしつけの
 行き届いたお嬢さんではないかっ!!」

 大喜びでセッティングをする社長。しかし対照的に、音無さんの様子が変だ。どうも困惑しているというか、戸惑い
が表情から見え隠れしている。

「はい……、ではお呼びします……」

 そう言って音無さんは社長室から出て行った。何だか嫌な予感がする。諜報部員としての勘だろうか。いや、そんなもの
がなくとも、俺の危機察知能力が警鐘を鳴らしている。そうしている間に、再びドアをノックする音がした。高木社長は
威厳たっぷりに「入りたまえ」と返事をした。俺も社長の横に並んで腰かけた。




「きゃぴぴぴぴ〜〜〜んっ☆!!まっこまっこり〜〜〜んっ☆!!きくちまことちゃんナリよ〜〜〜っ☆!!」

 ドアを開けて入って来た少女は、元気いっぱいテンション大気圏突破の状態で、電波ゆんゆんな自己紹介をぶちかました。
ピンク色のフリルのついたドレスを着て、頭には大きなリボン。真っ赤な口紅をひいて爪にも真っ赤なマニキュアが
塗られていた。何て言うか、明るいゴスロリ?みたいな恰好だ。

「…………」

「…………」

「…………あれ?」

 無言で見つめる俺と高木社長を前にしてきくちまことちゃんは幾分冷静さを取り戻したようで、手に持ったメモ用紙
を確認する。




「すみません、ここって765プロですよね?」

「ああそうだ。ここはアイドル事務所の765プロダクションだ」

「ボク…いや、私今日ここで面接を受ける予定ですよね?」

「ああ。確かに菊地真という女の子が、今日ウチの事務所に面接に来る予定になっている」

 放心状態の社長に代わって、俺が彼女の質問に答えてやる。すると彼女は安堵したようで大きく溜息をつくと、

「なあ〜んだぁ〜、てっきり間違えちゃったのかと思いましたよぉ〜。もうっ、社長さんもお兄さんもノリが悪いなぁっ!!
 今日からここでアイドル候補生としてお世話になります菊地真ですっ!!どうぞよろしくお願いしますっ!!」

「そうかお疲れ不合格だ。ただちに出て行け」

「ええっ!!即答ですかっ!?」

 当たり前だバカ野郎。誰がお前なんて所属させるものか。というか常識的に考えてそんなチンドン屋みたいなアイドルが
存在するか。吉本にでも行ってこい。




「お、お兄さん?一応確認しておきますけどアイドル候補生というのは仮の姿で、ボクの正体は……」

「分かっている。公安から送られてきたエージェントだろう。しかし今のお前では作戦に失敗することは目に見えている。
 お前はまずアイドルという言葉の意味から勉強し直して来い」

「そ……、そんな……。ボクの変装は完璧だったハズなのに……。あ、もしかしてお兄さん、エージェントのボクが
 765プロのトップアイドルになったら色々都合が悪いから、そんなイジワルを言っているんじゃないんですか♪」

「「ふざけるな大馬鹿者がぁぁぁぁぁあああああああっっっ!!!!!!」」

 正気を取り戻した社長と一緒に、事務所に響き渡るくらいの大音声で菊地真を怒鳴りつける。その後、俺と社長は彼女に
「アイドルとは何ぞや?」というところからみっちり講義をしたのだった。

 こんなので、この先大丈夫なのか本当に……





***


「……と、いうのが現在のアイドルだ。分かったか、真」

「……はい。ですがそれなら尚更、こんなボクみたいな男っぽい女の子ではダメなんじゃないですか?」

 社長と俺とでこんこんとアイドル講義を続ける事1時間、ようやく菊地真は自分が間違っている事を理解したようだった。
ちなみに現在の真は動きやすそうなパンツルックにシンプルなスポーツウェアを羽織った、どっかのスポーツジム帰りかと
見間違うような恰好をしている。普段着に着替え直して来いと一度自宅に戻らせてると、こんなスタイルになっていた。
真は女の子というより美少年という雰囲気を纏った、凛々しい中性的な美貌を持った子だった。確かに世間のニーズからは
少し離れている気もするが、来た時より100倍マシだ。

「いやいや、ボーイッシュなアイドルというのもいつの時代にも需要はあるのだよ。菊地君のような女の子は、男性ファン
 だけでなく女性ファンも多く獲得出来る。それにそのさっぱりした健康的な魅力はアイドルにはとどまらず、モデルや
 役者などへの道も期待出来る。まさに原石と呼ぶにふさわしい逸材だよ」

 社長は真をいたく気に入っていた。確かに可愛らしさより恰好良さが先行する感じの女の子ではあるが、目鼻立ちの
整った美人である。それに空手で鍛えているだけあって、スタイルも非常に良い。響に通じるところがあるが、響より
もっとボーイッシュだ。765プロのアイドル、というよりは現在のアイドル業界にいないタイプだった。




「あの〜、ボク一応6家の問題解決の為に派遣されたエージェントなんですけど……。ですからお気持ちはありがたい
 のですが、作戦終了後は速やかにココを離れて、警察官になるための勉強をするつもりですよ」

「まあまあそう言わずに。一応キミの任期は3ヶ月だと聞いている。それまではウチのアイドル候補生だ。任務も大切だが、
 アイドル業の方も頑張ってくれたまえっ!!」

「はあ……。アイドル候補生にカムフラージュすることも任務の内ですから、精一杯やらせてもらいますけど……」

 社長はすっかり真を獲得する気でいる。コイツの家柄を忘れたわけじゃないでしょうね。警察関係者を入れると
何かと面倒ですよ。




「6家の事は聞いているな?今回の任務にあたって、事前学習は終えているはずだが何か質問はあるか?」

「はい。如月家の廃業が原因なんですね。廃業するのはもう止められないとして、その抜けた穴を新たな力で埋めるという
 のが、ボクに課せられた任務だと聞いていますっ!!」

 ハッキリ答える真。良かった。最初に出会った時は不安だったが、エージェントとしてしっかり勉強してきているようだ。

「でも資料を見ただけで、細かい人間関係や確執などは現場で知って来いと父さんから言われています。ですからその
 辺りをご教授いただけるとありがたいのですが」

 シリアスモードになる真。男の俺が嫉妬しそうになるくらい格好良いなコイツ。聞けば彼女は女子校に通っていて、校内
にファンクラブがあるらしい。女が女に恋をするのか?と疑問だったが、少し理解出来た。

「ああ、それなら俺から聞くよりもっと適任者がいる。……っと、そろそろ来るな」

 俺は時計を見て確認した。すると事務所のドアが開き、「おはようございま〜すっ!!」と元気な声が聞こえて来た。そして
少し話声がした後、ノックがあって社長室のドアが開かれる。どうやら音無さんが社長室に誘導してくれたようだ。




「失礼しま〜す。どうしました社長、それからプロデューサーさん?」

 部屋に入って来た少女の名は天海春香。姓に「天」と「海」の字を持ち、「どっちつかずの天海」と呼ばれて「宙組」と
「海組」の双方と親交がある珍しい家だ。そして両者の間を行き来出来るのは彼女だけであり、彼女が頑張って仲を取り
持とうと日々奮闘しているので今まで決定的な決裂が起きずに事務所は保たれている。

「あれ?お客さんですか?それにしてはずいぶん若いような……」

 真の存在に気付いた春香が、不思議そうに首をかしげる。真はすくっと立ち上がると、右手をさっと差し出して

「はじめまして。今日から765プロでアイドル候補生として入った菊地真です。真って呼んでね」

 そう言って爽やかに笑い、白く輝く歯をのぞかせた。どこのナンパ師だよお前は。

「ふわあ……、カッコ良い……」

 真と握手しながらも、すっかり真っ赤になってしまった春香。いや春香、惚れているところ悪いがソイツ女だぞ。お前は
こっちの人間だと思っていたのだが、アッチの人だったのか?




「え?えぇ〜〜〜〜っ!?女の子なんですかっ!!じゃあ真クンじゃなくて、真ちゃんなんですかっ!?」

「うう……、どうしていつもこうなるんだよう………。ボクは普通にあいさつしただけなのに………」

 驚く春香と落ち込む真。いや、あんだけキザに振る舞っておいてお前も何落ち込んでいるんだよ。

「プロデューサーさんっ!!何かの間違いですよっ!!こんな恰好良い子が女の子のワケがありませんっ!!王子様ですよっ!!
 王子様っ!!」

 お前もちょっとは空気読めよ。真が涙目になっているじゃないか。結局真は春香を連れて女子トイレに行き、己の存在
証明をした。真曰く「こういう事態には慣れていますから」との事だそうだ。どんな事態だよ。




***


「へえ〜、菊地さんもプロデューサーさんと同じエージェントさんなんですか〜」

 誤解も解けた所で、いよいよ春香による765プロの人間関係のレクチャーがスタートする。天海家は芸能界の中では
寛大で、警察関係者を嫌ってはいない。宙組海組のように徒党を組む事もなく、ありとあらゆる勢力と上手く付き合って
いるのが強みである。それ故に「どっちつかずの天海」などと揶揄されたりもするが、春香だけは6家の争いやその鎮静化
の為に俺がエージェントとして送られて来ている事を話してある。そして真の素性についても、彼女だけには話して
問題ないと判断した。

「真でいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れているからさ。だからボクも春香って呼んでいいかい?もっとフレンドリーに
 行こうじゃないか」

 そう言って、春香に笑いかける真。コイツなかなかやるな。諜報員に重要なのはターゲット及び関係者といちはやく
打ち解ける事である。真がそういう気質の持ち主なのかもしれないが、意外とエージェントに向いているのかもしれない。




「う…、うん、わかったよ真。それで私に聞きたい事って何かな?あまり力になれないかもしれないけど……」

 真に押されてややたじたじの春香。家柄のせいか、こいつも人見知りしない方なんだけどなあ。

「う〜ん、資料を見た限りでは、まずは如月千早の事が知りたいな。彼女の家が今回の問題を引き起こしているみたいだし。
 後は水瀬伊織かな。おそらくだけど、海組でリーダーをしていて、対立を強めているのは彼女じゃないかと思うんだ。
 だからこのふたりの事を教えてくれないかな?」

 これには俺も社長も言葉を失った。驚いた、資料を読んだだけと言いつつも大体の問題を既に把握しているではないか。
公安のお父さんの指導によるものか、それとも別の情報提供者がいるのか……

「スゴイね真は……。確かに宙組と海組で一番対立が深いのは千早ちゃんと伊織だよ。でも家の争いとは関係ないの。
 2人の対立の原因は、アイドルとしての実力差によるものなんだよ」

「え?そうなの?ボクはてっきり親の影響を受けて仲違いしているものと思っていたんだけど……」

 確かに外から見たらそう捉えられがちだよな。でも問題はもっと根深いんだよ。むしろ家の影響でケンカしていて
くれた方が、仲を取り持つのもまだ楽なんだけどな。




「事の発端は、半年前に千早ちゃんがソロデビューしたのが原因なの。千早ちゃんは元々凄く歌が上手で、私達の誰も
 千早ちゃんには敵わなかったの。伊織ちゃんはそんな千早ちゃんにずっとライバル心を持っていたんだけど、千早ちゃん
 のデビューが決まってついに我慢出来なくなっちゃったみたいなの」

 春香が静かに語る。皆でレッスンしていた頃は小さな衝突がありながらもそれなりに上手くやっていたのだが、千早1人
だけが先にデビューすることになって、伊織は耐え切れなかったようだ。

「伊織だって決して実力がないわけじゃないの。千早ちゃんと伊織のどちらが先にデビューしてもおかしくなかった
 んだから。でも伊織は歌唱力で魅了するタイプというよりは、可愛らしいルックスとパフォーマンスで魅せるタイプの
 アイドルだから、ユニットを組ませてデビューさせようという方針に決まったの。その為のレッスンが追加されて、
 伊織は千早ちゃんより更にデビューが遅れることになったの。結局千早ちゃんのデビューから3ヶ月後に伊織は亜美と
 あずささんと『竜宮小町』というユニットを組んでデビューしたんだけど、千早ちゃんとの差をずっと感じていたみたい」

 春香は続ける。この辺りは俺が来る前だったので良く知らない話なのだが、伊織は千早を避けるようになっていたらしい。
千早も元々人間関係に疎いタイプだったので、伊織に避けられても特に気にしていなかったようだ。




「でも1ヶ月ほど前から、千早ちゃんが時々仕事をお休みするようになったの。千早ちゃんは元々繊細な子で、デビュー
 する前もたまに体調を崩して寝込む事があったんだけど、どうやら今回の如月家の廃業に伴うご両親の離婚で傷ついた
 みたいなの。弟さんが事故で亡くなってからは千早ちゃんの家族は上手くいってなかったみたいなんだけど、やっぱり
 離婚となると相当ショックだったみたいだね。レッスンも仕事も全部キャンセルして、1週間ほどお休みしちゃったの」

 俺が765プロに来たのはこの頃である。最初の仕事が千早の様子を見に行くというものだった。毎日千早がひとりで住む
マンションに通い、差し入れを持って行った。千早は警戒心の強い子でなかなか心を開いてくれなかったが、4日目
くらいにようやく心を開いてくれた。とは言っても、依然微妙な距離感を感じてはいるが。

「1週間後に千早ちゃんは事務所に顔を出したんだけど、その時伊織が、プロとしての意識が足りないんじゃないかって
 千早ちゃんに辛く当たっちゃったの。千早ちゃんが開けた穴を、竜宮小町も補てんしていたから、結構ハード
 スケジュールになっちゃって、伊織もイライラしていたんだと思う。千早ちゃんそれでまたショックを受けて、声が
 出なくちゃってお休みするようになっちゃったの。そんな千早ちゃんを見て、同じ宙組の美希が伊織を怒ったの」

 美希のあの時の怒りぶりは尋常じゃなかった。美希は元々歌手として、千早をとても尊敬して懐いていた。ベタベタ
されることを嫌う千早も、美希の事は可愛がっていた。そんな千早が傷つけられて、美希も我慢出来なかったようだ。




「皆で美希と伊織を仲直りさせようとしたんだけど、ケンカの中で美希が『3人いても千早さんとミキに敵わないクセに』
 って言っちゃったの。美希も才能がある子で近々ソロでデビューすることが決まっていて、ついつい口走っちゃった
 んだと思う。それに今度は亜美が怒っちゃって、『しょっちゅう休まれてこっちは迷惑だ』って言っちゃって、もう収拾
 がつかなくなっちゃって……」

 やや疲れた様子の春香。これが事務所内の対立の全容である。全員家の事で罵り合ったり争ったりすることはないのだが、
しかし知らないわけではない。親の方も仲直りをさせるどころか、対立を煽っている気配がある。「海組に負けるな」とか、
「宙組など潰してしまえ」とか言っているようだ。娘達は家の問題をアイドル対決には持ち込んで無いようだが、親に
言われ続ければ徐々に感化されるだろう。

「敵対しているのは伊織・亜美と千早ちゃん・美希。あずささんと律子さんは何とか仲直りさせようとしているんだけど、
 あずささんは竜宮小町のメンバーだし、伊織と亜美側にどうしてもついちゃうの。律子さんは宙組だけど竜宮小町の
 マネージャーで、それがかえって逆効果になっちゃってるみたいでなかなか上手くいかなくて……」

 あずささんも律子も大人なのである程度の分別を弁えているのだが、それでも今回の騒動の解決には苦労している。




「千早ちゃんは全然来ないし、最近は伊織も休むようになっちゃって、ふたりが開けた穴を私達が埋めるために走り回って
 いるんだけど、まだデビューしてない私達が行ってもお客さんの反応はイマイチで……。そのうち美希や亜美の姉の真美
 も休むようになっちゃって、もう事務所がボロボロの状態で……」

 俺が来て1ヶ月のちょっと経つが、日付の感覚すら曖昧になるほどの激動の1ヶ月だった。抜けた穴を埋めるために第三
勢力の春香・響・貴音はほぼフル出勤、そして律子はアイドル業一時復帰、あずささんがソロ活動をしたかと思えば美希が
気まぐれで現れたり、かと思えば亜美真美がドタキャンしたりともうメチャクチャだった。千早と伊織はずっと来ていない。
こちらも心配ではあったが電話をしても出ないし、様子を見に行く暇もなかった。

「最近は落ち着いてきたんだけど、それは仕事が減ったからで、せっかく千早ちゃんと竜宮小町がデビューしたのにその
実績まで白紙になっちゃいそうで、このままだと765プロが潰れちゃう……」

そう言ってぽろぽろと涙をこぼす春香。俺も社長も何も言えなかった。俺達も足を棒にして走り回っているが、春香の
涙を見るとその無力さを痛感する。社長もそんな素振りは見せないが、裏では随分苦労しているのだろう。男の俺でも
キツかった。アイドル達はもちろんの事、律子も音無さんもヘトヘトである。




「ふむふむ……。我那覇と四条は協力的、三浦と秋月も積極的に活動していると。双海と水瀬と星井は非協力的で、如月は
 現時点ではほぼ接触も出来ない状態か。そしてボクが直接協力を仰げるのは春香だけ、と。何となく見えて来たよ」

 そう言ってメモを纏めた真は、そのまま春香の横に座って彼女をそっと抱きしめる。

「え……、真……?」

 いきなり抱きしめられて戸惑う春香に、真は爽やかな笑顔でにこっと笑いかけた。

「今までよく頑張ってくれたね。春達が頑張ってくれたおかげで、765プロは潰れずに済んだよ。でももう大丈夫。後は
 ボクに任せて。ボクが全部解決してあげるから。それにアイドルはいつだって笑っていなくちゃダメじゃないか」

「うう……、真……、う、う、うわああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああんっっっ!!!!!!」

 真に抱かれて、春香は大きな声を上げて泣いた。いつだって笑顔を崩さない春香が、こんな大泣きをしているのを初めて
見た。今まで一緒に頑張って来た仲間がバラバラになっていくのがよほど辛かったのだろう。社長も驚いていた。




「プロデューサー、今すぐ任務にあたります。これ以上女の子の涙は見たくない。1分1秒でも早く解決して、またみんな
 で楽しい765プロにしましょうっ!!」

 泣きじゃくる春香を胸に抱いて、決意のこもった瞳ではっきり宣言する真。お前ホントにカッコ良いな。俺もまた
諜報部員マジメにやりたくなってきたよ。しかしどうやらコイツは半人前とはいえ、エージェントとしての素質が十分
ありそうだ。頼もしい仲間を迎え入れた事に期待しながら、俺達は作戦会議に入った。


Mission 1【Clear】





今日はここまで。Mission毎に投下する予定なので、一度一度がとーっても長いですw
でも変に区切ると分かりにくくなると思うので、とりあえずこれで試してみます。
読みにくかったらお申し付けください。

それではまた2日後に。実はまだ書いている途中なんだ……


Next mission:Mission 2【情報屋に接触せよ】


どうぞお楽しみに。



>>43
まだまだこれからw 真は多少クサい事言わせても許されるから便利だわw

>>44
このフレーズ微妙に気に入ってます。前のSSでも使ったしw

>>45
ご期待に添えられるように頑張ります。どうぞ最後までお付き合い下さい。

>>46
そんなかわいそうな事しませんw 事務員入れて14人いて765プロですから。
社長?P?いらないかも……

今少しバタついてるので、とりあえず予告だけ。
19時頃にまとめて2章投下します。お楽しみに。以上。



Mission 2【情報屋に接触せよ】


「まずは仲間集めですね。春香達は疲弊しきっているだろうし、ほぼ出ずっぱりのうえ満足に仕事もこなせないとなると
 業界人にも飽きられてきているでしょう。そこでカンフル剤として、ボクが765プロの新たなアイドルとしてデビュー
 します。でもボクだけじゃ春香達の穴は埋められないから、もう2人ほど新たな協力者が欲しいところですね」

 泣き疲れて眠ってしまった春香に膝枕をしながら、真が作戦の計画を発表する。俺と社長は真剣に聞いている。

「いきなりアイドルとしてデビューするのかっ!?レッスンも十分に積んでない状態では流石に無理だろう。それよりはまだ
 春香達を使った方が……」

 しかし俺の意見は真の殺意のこもった視線によって遮られた。

「これ以上春香達を働かせるつもりですか……?仕方がなかったとはいえ、いくらプロデューサーでも許しませんよ……」

「う……、うぐ、そうだな。すまない……」

 その迫力に圧倒される。俺も本当は春香達には休んでもらいたい。いつもニコニコしているが春香だって普通の女の子だ。
もうとっくに限界を超えているのである。




「3ヶ月程度なら何とかごまかせるでしょう。そうですよね、社長」

 真はにっこり笑って社長の方を見る。社長もやや後ずさりをしながら、

「あ、ああ。それくらいならプロモーションを工夫すれば何とかなるかもしれない……。しかし大丈夫なのか菊地君。
 彼女達の穴を埋めるのは容易な事ではないぞ」

「体力には自信がありますから♪それにボクが大々的に765プロのアイドルとしてメディアに出る事で、双海と星井を
 おびき出すつもりです。この2家の子達は気分次第で来たり来なかったりしているようなので。水瀬と如月は厳しいかも
しれませんが、この3人ならちょっとテレビの前で挑発してやればホイホイ乗って来るでしょう」

 あ、何だか想像出来るなそれ。全く見ず知らずの真がいきなり765プロの代表として出て来て、事務所のトップアイドル
かのように振る舞っていたら亜美真美と美希は怒鳴り込んできそうだ。それをとっ捕まえて、またアイドル活動を続ける
ように説得するつもりらしい。なかなか名案だ。




「しかし協力者といきなり言われても、すぐに用意出来ないぞ。誰でもアイドルになれるわけじゃないし、それなりの人材
 じゃないとかえって事務所のイメージダウンにつながる。そうなれば美希達が帰ってくるどころか、春香達も復帰
 出来なくなってしまう」

「そこで情報屋の出番ですよ。蛇の道は蛇です。協力を取り付けられそうな情報屋に接触して、街中の雑踏からダイヤの
 原石を探し出しましょう。その子が素晴らしい逸材だったら、そのまま所属アイドルにしちゃえばいいじゃないですか」

 ずいぶん荒っぽい真似をするんだなお前は。しかし時間は限られている。3ヶ月なんてあっという間だ。情報屋の手を
借りてでも、俺達はアイドルを準備しなければならない。

「というわけでプロデューサー、街中の人間観察に強い情報屋を知りませんか?出来れば今後の為にも、友好的にお付き
 合い出来るような人がいいですね♪」

 自信満々に言ったが、最後の最後は俺に丸投げなのね。しかし確かに、民間諜報部員の俺の専門分野である。しかし
情報屋といわれる連中は大抵偏屈な奴が多く、接触出来ても高い情報料をふっかけられたり、偽の情報を掴まされて敵方に
売られたりすることもある。だから接触には細心の注意が必要だ。そんな連中と友好的なお付き合いなどと、不可能に近い。




「俺の親父が懇意にしていた情報屋はとっくに引退してしまったし、今から条件に合った新たな情報屋を探すのは厳しい
 かもなあ。ましてや友好的な情報屋というのがまず信じられない」

「う〜ん、そうですか……。でも父さんの力には頼りたくないしなあ………」

 ぶつぶつと考え込む真。どうやら彼女は彼女なりに、公安である父親に頼れない事情があるようだ。

「『高槻家』はどうかね?あそこは人間観察に強い情報屋だったと思うのだが……」

 その時、社長が口を開いた。途端に目を輝かせる真。しかし俺は即座にストップをかけた。

「本気で言ってるんですか社長?俺達諜報部員の中でも高槻家の危険度はAAAランクですよ。ヤツら情報屋のくせに
 戦闘も出来る獰猛さを持っています。下手に接触しようとして、今まで何人が犠牲になったか……」

 社長が口にした高槻家とは、裏社会トップクラスの街中専門の情報屋である。元々は関西を中心に活動していたのだが、
やがて西日本全土にそのネットワークを広げ、近年は関東にも進出してきている。専門は街中の物流や人の流れで、
それらを観察して情報として売っているので血なまぐさい事は滅多にしないのだが、しかし一族に危険が及ぶとなると
ネズミの様に集団で襲いかかってくる凶暴な性質を持っている。ひとりひとりは弱くとも高槻家の絆は固く強く、ひとつ
の巨大な組織として行動しているのだ。




「高槻家の情報の確度は高いですが、法外な情報料をふっかけてくることでも有名です。俺達もよほどの事がない限りは
 ヤツらには頼りませんよ。リスクが大きすぎます」

「そこは交渉次第でしょうっ!!リスクを恐れていたら何も出来ませんっ!!早速コンタクトを取りましょうっ!!」

 元気いっぱいに宣言をする真。女はこういう向う見ずな所があるよなあ。それとも若さ故か?

「……社長、口座の残金確認しておいて下さいね」

「う……、うむ……。音無君に何とか捻出してもらって、足りない分は私のポケットマネーで何とかしよう……」

 こうして俺達は、高槻家の情報屋に接触すべく行動を開始したのだった。




***


「……来ませんね」

「ああ、ここも外れだったかな……?」

 作戦会議から5日後、俺と真はとあるスーパーで張り込みをしていた。あれからすぐに社長が裏のネットワークを使って
高槻家にコンタクトを取ったのだが、高槻家の返答は『接触料:500万円』という言葉のみだった。

「会うだけで500万円って……、これは想像以上の守銭奴ですね……」

「法外にしても限度を超えている。765プロからの接触ということは、6家の問題に関する事だと気付いているのかも
しれないな。だからそれだけ慎重になっているんだろう」

 もちろんそんな額とても払えないので、俺達は第二の接触手段を取る事にした。それは裏社会で出回っている都市伝説の
一つだが、高槻家の一族は何故かもやしが大好物で、スーパーなどでもやしが安売りされると大量に買い込む習性がある
らしい。一族の数が多いのでエンゲル係数が高いのだろうか。だから安売りしているスーパーに張り込んでいれば、
高槻家の一族に接触出来るらしい。ただどこに現れるか分からず、更に1日中張っていても姿を見せない不確実性の高い
方法である。俺と真は関東一円のスーパーを片っ端からあたり、もやしを中心にセールを行っているスーパーを張り込み
続けた。しかしそれらしき人物は一向に現れず、張り込みは5日目に突入した。




「今回は間違いないですよっ!!あの『どっちの○理ショー』で紹介された特選素材のもやしですからっ!!それが大量に安売り
 されているとなると、高槻家が見逃すハズがありませんっ!!」

「ああ。これ以上は接触に時間をかけるわけにはいかないしな。接触料500万円を振り込むという手もあるが、それは一旦
 保留にして、今日会えなかったらまた別の方法を考えよう」

 こうして俺達は、結局近所のスーパーで張り込むのだった。関東中を捜索したのに、もしここに来たら今までの苦労は
何だったんだって話になるよな。俺達がもやし売り場でしばらく張り込んでいると、ひとりの人物がエコバックを片手に
売り場に近づいてきた。

「プロデューサー、あの子じゃないですか?」

 真がひそひそ声で俺に話しかけてくる。その視線の先には、中学生くらいと思われる少女がもやしを大量に買い込んで
いた。確かに尋常じゃない量をエコバックに詰めているが、しかし幼すぎるだろう。




「いや、いくら何でもあれは違うだろう。あんな人畜無害そうな顔をしていて凶暴な情報屋だったら、俺は何も信じられ
 なくなっちまうよ」

 やや明るい茶髪のくせっ毛の少女は、鼻歌を歌いながらもやしをエコバックいっぱいに詰め込んで鮮魚売り場の方へと
消えた。首からぶら下げたカエルのポシェットが可愛らしい。エコバックもポシェットも、おそらくお母さんの手作り
だろう。きっと仕事で遅い両親の為に家事を手伝う優しい女の子だ。想像しただけで泣けてくる。

「ちらっとしか見えませんでしたが、可愛い子でしたね。ああいう子が765プロに入ってくれたらいいのになあ」

 それは俺も同意見だな。やや幼いがしっかりしてそうな子だった。きっと貧乏にも負けずに、家族みんなで強く明るく
生きているのだろう。あ、やばいまた涙が……

「何泣いているんですかプロデューサー。ちゃんと見張っててくださいよ。あ、じゃああの子はどうでしょうか?」

 次にもやし売り場に現れたのは、これまた小学校高学年くらいの男の子だった。彼もまた手作りと思われるエコバック
持参で、もやしを大量に詰め込んでいる。どうやらこの辺りは、家の家事を手伝う親孝行なお子さんが多いみたいだな。




「いや、あれも違うだろう。どこにでもいそうな普通の少年じゃないか。高槻の一族はもっとおっかないぞ」

「う〜ん、そうかなあ……。なんだかひっかかるんだけどなあ……。あ、じゃああの子じゃないですか?」

 次にもやし売り場に現れたのは、これまた小学校中学年くらいの女の子だった。彼女もまた、手作りと思われる
エコバックにもやしを大量に詰めていく。何だ?最近はもやしブームでも来ているのか?どうして皆あんなに大量に
買い込むのだろうか。

「いや、あれも違うと思うが………っ!?」

 そう言いかけて俺は気付いた。ずっと心のどこかに引っかかっていたのが、ようやく合致したのだ。




「真、最初の女の子が持っていたエコバックがどんなものだったか憶えているか?」

「え?確かオレンジ色で、持ち手が緑色で、カエルの刺繍がバックの縁にあしらわれていたと思いますけど……」

 良い記憶力してるじゃないか。流石公安のエージェントだな。

「じゃあ、今もやし売り場にいるあの女の子のエコバックはお前にどう見えている?」

「オレンジ色で、持ち手が緑色。縁にカエルの刺繍………っ!!」

 真も気付いたようだ、どうやら間違いなさそうだな。




「そうだ。手作りのエコバックだと思うが、最初の女の子と今の女の子のものが全く一緒だった。そして俺の記憶が
 確かならば、2番目にもやしを買いに来た男の子も同じ手作りのエコバックだったと思う。こんな偶然あるか?」

「あの3人は姉弟だと見て間違いないですね。そして3人とも異常な量のもやしを買い込んでいる。1人当たり一家族分
 くらいはエコバックに詰めてましたよ。姉弟みんながそれくらい詰めているのは明らかに不自然ですよっ!!」

 ああ、俺もそう思う。まさかとは思うが、あの子達は高槻家の一族の可能性が非常に高い。みんな幼いから、おそらく
戦闘員ではないと思うが。

「ボク、ちょっと話を聞いてきますっ!!」

「いや俺が行こう。お前はあの子が逃げた時のために後ろで待機しておいてくれ。なかなかすばしっこそうだ」

 真を残して、俺は依然エコバックにもやしを詰め込んでいる小学校中学年くらいの女の子にそっと接近する。そして後ろ
にぴったりついて、小声で呼びかけた。




「(すまない。少し聞きたいことがあるのだが・・・)」

 俺の呼びかけに、少女が振り返る。栗色の髪の毛を頭の上でふたつお団子にまとめた、おとなしそうな女の子だった。
少女は俺の顔を見るとにっこり微笑んで、頭のお団子を留めているヘアピンをひとつ抜いた。

「動かないで下さい。このまま刺しちゃいますよ」

「な……?」

 あまりの自然な動作ですっかり油断していた。少女はヘアピンを引き抜くと、そのまま自然な動作で俺の心臓に突き立て
たのだ。よくよく見ると、ヘアピンの先は鋭利な刃物のように研ぎすまされており、凶器のようになっている。

「……高槻家の戦闘員か」

「余計な事を話さないで下さい。殺しますよ?」

 少女は笑顔を崩さないまま、恐ろしい事を言う。高槻家の凶暴性は熟知していたはずなのに、どうしてこうなった?
真は大丈夫だろうか。俺は瞳だけを動かして、後ろの真の様子を見た。




「かすみ〜、さっさとそいつの財布抜いちまえ。免許証でも社員証でもいいから身元割り出せよ」

 俺が見た先には、もやしが大量に詰め込まれたバックを片手に、さっきの少年が立っていた。少年の隣には、ヨーヨーの
紐で後ろ手に縛られた真がばつの悪そうな顔でこちらを見ていた。お前も油断してたのかよっ!!人のこと言えないけど。

「うん。ごめんね長介お兄ちゃん。えっと……、あったあった。やよいお姉ちゃんは?」

 かすみと呼ばれた少女は、ヘアピンを俺の心臓に突き立てたまま俺の尻ポケットと胸ポケットをまさぐり、財布を抜き
出した。こんな小さい女の子に財布を奪われるとか、情けなさすぎる。

「ごくろーさまかすみ。長介もありがと。う〜ん、注意していたつもりだったんだけど、どーしてバレちゃったのかな〜?」

 そして商品棚の陰から、最初にもやしを大量に詰め込んでいた明るいくせっ毛の可愛らしい少女が姿を現した。かすみの
話によると、やよいという名前らしい。やよいは俺の財布を受け取ると、中をさっと確認した。




「身分を確認しなくてもあなた達のことはだいたいわかります〜。765プロの人ですよね〜?」

 やよいが天使のような可愛らしい笑顔で俺に質問する。やっぱりバレてたか。さすが裏社会トップクラスの情報屋だな。
俺も真も驚きを隠せない。

「接触料500万円と連絡したはずですが、準備できたのですかぁ〜?」

「いや、俺とそこにいる女はたまたまスーパーに買い物に来ただけだ。お前達が高槻家だとは知らなかった。本当に偶然だ。
 そうだよな?」

 500万円も払えるか。俺は真に目で合図をする。真は少し焦りながらも、

「そ、そうですよね兄さんっ!!ボク達ももやしのセールを狙って買い物に来たんですよねっ!!今夜はもやし祭りだぁ〜っ!!」

 妙なテンションでごまかす真。いや、話を合わせてくれたのは良いが、何で俺とお前が兄妹って設定になってるんだよ。
あと何だもやし祭りって。




「ふ〜ん、天下の菊地真王子様にお兄さんがいるとは知りませんでしたぁ。おかしーなー、菊池家はおんなのこひとりだけ
 だときいてましたけど〜」

 可愛く首を傾げるやよい。こいつ、真の名前どころか菊地家の家族構成まで把握してやがる。ヘタなごまかしは通用
しそうにないなこりゃ。

「どうして菊地さんが765プロの人と一緒にいるのかわかりませんけど、なんだか面白そーですね〜。おはなしくらいは
 きいてあげましょう。長介、かすみ、家にごしょうたいしなさ〜い♪」

 やよいがそう言うと、長介とかすみは俺達を店の外へ連れ出した。相変わらず俺はヘアピンを突き立てられたままで身体
の自由を拘束されている。真も身動きが取れないようだ。ヨーヨーの紐くらい引きちぎれないのかよ。

「(いや、さっきから試しているんですけど、どうやらこの紐ぶっとい釣り糸が編み込まれているみたいで、全く歯が
 立たないんですよ。でも接触できた事ですし、このまま高槻家に潜入した方が良さそうですね)」

 それは俺も同感だがな。しかし大の男と空手チャンプの女子高生がこんなこども達に連行されるとか恥ずかしい話だな。




「おら、さっさと歩けよ」

 後ろから長介と呼ばれた少年が俺のケツを蹴っとばしてくる。このガキ……

「あ、そうだ。言いわすれてましたあ〜」
 
 やよいが何か思い出したように、俺の財布をひらひらさせながら言う。

「ぐーぜん会ったということで接触料500万円はなしにしてあげますが、話を聞くわけですし晩ごはんのおかねくらいは
 出してもらってもいーですよね〜♪」

 そう言って、俺に愛くるしい満面の笑みを向けるやよい。俺はもう世界の何もかもが信じられなくなりそうだった。




***


 俺と真は、高槻の一族が住んでいると思われる築50年は経っていそうな木造2階建ての一軒家に連行された。家に到着
すると、麻縄でぐるぐると縛られて居間に正座させられる。

「なあ、少し縄がキツいんだが、ちょっとは緩めてくれないか?」

 俺は近くで見張っている長介に声をかける。かすみが俺にヘアピンを突きつけ、コイツが俺を縛り上げた。真も同じだ。

「うるさい。石を抱かせてやってもいいんだぞ」

 いつの時代の拷問だよ。お前ら本当に可愛げのないガキだな。一瞬でも親孝行な子供と錯覚した自分を殴りたい気分だ。

「おまたせしましたあー」

 しばらくして、買い物を終えたやよいが戻ってきた。どうでもいいが、あんなに大量にもやしを買い込んでどうする
つもりだ。あんまり日持ちしないんだぞ?




「今、お父さんとお母さんがお仕事でいないので私が高槻家の代表としてお話をききますー。高槻家第88分家の長女、
 やよいともうしますー。で、こっちが弟の長介で、そのとなりが妹のかすみ。どーぞよろしくおねがいします〜」

 両手をガルウィングのようにあげながらおじぎをするやよい。見た目だけなら本当に可愛いんだけどなこの子。しかし
88分家って凄えなあ。高槻の一族ってそんなにいるのかよ……

「ああ、俺たちは……」

 俺が自己紹介をしようとすると、やよいに遮られた。そして長介の横のかすみに目配せをする。かすみは手元にあった
分厚いファイルをぱらぱらめくると、静かに発表した。

「表向きは765プロの新人プロデューサーさんだけど、その正体は民間の諜報部員さんだね。スパイさんってところかな。
 ここ数年はほとんどお仕事をしていないようだけど、もうスパイさん辞めちゃったのかな?」

 そこまでバレてるのかよ。恐ろしい情報収集能力だな。さらにかすみはまた別のファイルを取り出して続ける。




「そっちのお姉ちゃんは菊地真さんだね。県大会優勝の空手のチャンプさんがどうして765プロさんと一緒にいるのか
 知らないけど、菊地家はまた警察一家に戻ったのかな?警察嫌いの芸能界の人と一緒という事は公安かなあ。てっきり
 お父さんの代で血筋は途絶えたと思ってたけど」

 こっちもほぼ100パーセントの正解を出してきやがった。真が公安のエージェントとして俺に協力しているという事は
まだかろうじてバレてないみたいだな。しかしかすみちゃん、アンタ本当に小学生か?学校の成績良さそうだな。

「ダメですよ菊地さーん、せーぎのみかたごっこなんてしちゃあ。そこのお兄さんにそそのかされたのかもしれませんけど、
 やりすぎるとこんなあぶない目にあっちゃうんですよお〜?」

 ニコニコしながら首から下げたカエルのポシェットから煙草とライターを取り出すやよい。そんな姿見たくなかったっ!!
お前は俺をどこまで人間不信に追い込めば気が済むんだ……っ!!

「ケホッ、エホッ、コホッ……、と、とにかくこれにこりたら……、ケホッ、ケホッ……」

 しかし余裕たっぷりに煙草に火を点けたかと思えば、やよいはひどくむせた。涙目で何か言おうとしているが、よく聞き
取れない。ちょっと可愛い。すると長介が溜息をついて、コップに水を入れて持ってきた。




「カッコつけようとして無理すんなよ姉ちゃん。浩司達もいるんだし、父ちゃんにバレたらゲンコツくらうぞ」

 そう言ってむせてる姉に代わって、長介が俺と対面する。

「高槻家としては、765プロに手を貸す事は出来ない。俺達は街中専門の情報屋だから芸能界のことは詳しくないけど、
 765プロからの要請ということはおそらく6家絡みだろ?6家には散々痛い目に遭わされたんだ。いくら積まれても
 あれに関わるのはゴメンだね」

 そうはっきり宣言する長介。やよいがリーダーだと思っていたけど、こっちの方が代表っぽいな。

「俺は長男だからな。でもやよい姉ちゃんの方が頭も切れるし優秀だから、実質姉ちゃんが俺達のリーダーみたいなもん
 だけど。俺なんかより姉ちゃんの方がよっぽどおっかないぜ」

「もーっ、長介ったらっ!それじゃあ私がわるものみたいじゃないっ!」

 ぷんぷん怒るやよい。お、回復したみたいだな。老婆心ながら煙草は止めとけ。美容に悪いぞ。




「最近、げーのー関係のやくざさんやわるいひとがバタバタしてますね〜。6家がらみでせんそうでも起きるんですかぁ?」

 ニコニコしながら探りを入れて来るやよい。しかしここは全部バラすべきではないな。真を見ると、頷いていた。

「それは協力してくれたら教える。ウチだってギリギリなんだ。そう易々と情報を渡せるか。ましてや情報屋に」

 やや冷や汗をかきながらも、俺も毅然と対応する。これは交渉だ。退いてはいけない。

「……ふ〜ん。ま、せんそうになってこんらんすれば情報屋はもうかりますし、べつににどーでもいいですけどね〜」

 興味なさげに視線を空へ向けるやよい。こいつ、戦争を待ち望んでいるというのか。可愛い顔してとんでもないヤツだな。

「……多くの人が犠牲になるかもしれないんだぞ。心が痛まないのか?」

「わたし達には関係ありませ〜ん。高槻家だって、情報屋としてここまで成長するのにたくさんのなかまをうしないました。
 だからだれが死のーが生きよーがどーでもいいことです〜。それに……」

 そう言うと、やよいは先ほど水を入れていたコップを軽くつついた。するとガラスのコップは音もなく割れた。
やよいはその中の大きい破片をひとつ手に取ると、俺の首筋に押しつけた。




「勘違いしないでくださ〜い。あなた達はわたし達に協力をおねがいする立場なんですよ〜。私はまだ人を殺した事は
 ありませんが、いつでもその覚悟はありますよお?あまりナメた口をきくと、スパっと切っちゃいますからね〜♪」

 天使のような無垢な笑顔を崩さないまま、恐ろしい殺意で威嚇するやよい。さっきのかすみといい、人の命を奪う事に
何の躊躇もないのか。可愛らしい外見に惑わされてはいけない、この子達はもう立派な情報屋で戦闘員だ。

「あ〜あ、姉ちゃん。それ母ちゃんのお気に入りのコップなのに……」

「え……?うわうわうわっ!?どうしよう長介っ!!ごはんつぶでくっつくかなあっ!?」

「いや、無理だと思うよお姉ちゃん……」

 長介の一言で慌てて我に返るやよい。………やっぱりただの子供なのか?どうでもいいけど離してくれないか。既に
ちょっと切れちゃってるんですけど……




***


「で、けっきょくわたし達に何をおねがいするつもりだったんですかあ?」

 しばらくして落ち着きを取り戻したやよいが、改めて俺に質問した。まあこれくらいなら良いだろう。

「……人を探して欲しかったんだ。アイドルになれるような可愛い女の子を」

「アイドルさんですかあ。765プロはアイドルの事務所なのに、今いるアイドルさんじゃダメなんですかあ?」

「今いるメンバーを使えない事情があるんだよ。3ヶ月間だけアイドルを引き受けてくれそうな、可愛い才能のある女の子
 が今すぐ必要なんだ。オーディションなんかやってる余裕が無くてな」

「よくわかりませんね〜。どーしてそれが6家と関係するのでしょうかぁ〜?」

 首をかしげるやよい。するとかすみがまた別のファイルを持ってきて、ページをめくりはじめた。




「如月千早と竜宮小町がここ最近全然活動してないね。よく知らない子が出て来たり、女プロデューサーがまたアイドル
 に復帰したりと、結構バタついてるみたい」

「クラスの友達も言ってたぜ。水瀬伊織と双海亜美が見たいのにババアしか出て来ねえって。765プロ結構ヤバイんじゃ
 ねえの?」

 かすみと長介が捕捉する。こんなの情報屋が調べるでもない。ちょっとアイドルが好きな人間だったら誰でも分かる事だ。
あと長介、お前本人の前で絶対そんな事言っちゃダメだからな。あの人怒ると怖いんだぜ?

「どうやら6家とはべつに、アイドルさん達の間でもケンカしてるみたいですね〜。私はよくわかりませんが、765プロの
 みなさんは仲良しこよしのままごとみたいでプロ意識がたりないと思ってましたあ。今さらききかんを感じているなんて、
 社長さんもにぶすぎです〜」

 そう言って、ケラケラと笑うやよい。彼女はウチのアイドル達とそう年齢が変わらないものの、もうプロとして仕事を
しているのだ。業界は違えど、プロとしてその覚悟があるかないかくらいは感じ取ることが出来るのだろう。確かに俺も
社長は甘い所があったと思う。だから何も言い返すことが出来なかった。




「おい、今の言葉取り消せ……」

 しかしやよいの発言に、ひとり我慢出来ない人間がいた。先程から沈黙を貫いていた真だ。顔を下に向けたまま、低く
硬い声でつぶやく。

「なんですかあ?私は事実を言ったまでです〜。それに菊地さん、今のじぶんが置かれている状況がわかってますかあ?
 いくらあなたでも、両手両足縛られていたら私の敵ではありません〜」

 そうなのだ。俺は手だけを拘束されているのだが、真は足も縛られている。やよい達も、真の戦闘力を警戒している
ようだ。




「ああ、確かに両手両足縛られていたら何も出来ないよ。でもどっちかが自由だったら……、何でも出来るっ!!」

 そう言って顔を上げた真は、やよいにニヤリと笑いかけた。やよいはその笑顔を見て驚愕する。俺も言葉を失った。
真の口元は血まみれだったのだ。よく見るとその口にガラス片が咥えられている。どうやら先程やよいが割ったコップの
破片をひとつ口の中に隠していたらしい。そして真は「ふんっ!!」と気合を入れると、自身に巻きついていた縄を一気に
引きちぎった。先程から下を向いて何をしていたのかと思えば、口に忍ばせたガラス片で縄を少しずつ傷つけていたようだ。
何て無茶をしやがるんだコイツはっ!!

「て、てめえ―――――っ!!」

「やよいお姉ちゃんっ!!」

 傍で控えていた長介とかすみがヨーヨーとヘアピンを持って襲い掛かってくる。しかし真は逃げるでもなく、背後から
迫る2人に向き合うと、一気に口の中に溜まった大量の血液を二人の目に向かって噴きつけた。往年のプロレスでよく見た
毒霧攻撃である。




「ぐあっ!?」

「きゃあっ!?」

 たちまち無力化して畳の上を転がるふたり。真はそのままガラスの破片を手に持つと、足の縄も切って自由となった。

「さて、形勢逆転だな。高槻やよい……」

「ひぃ………」

 ゆらりゆらりと迫ってくる真に対して、腰を抜かしている様子のやよい。部屋中血まみれにされて、それでもなお口から
血をだらだら流しながら迫ってくる真を見て、すっかり戦意を喪失したようだ。青い顔をしてがたがた震えている。
 
「確かにやよいから見たら春香達は甘かったかもしれない。でも彼女達は今、事務所と皆を守る為に死にもの狂いで
 頑張っているんだ。ろくに学校にも通わず、過労で倒れたら点滴打って、如月千早や竜宮小町を出せとヤジを飛ばされ
 ながらも、泣き言ひとつ言わずに笑顔で戦っているんだっ!!そんな彼女達を侮辱する事は、誰であろうと許さないっ!!」

「で……、でもでも、そ、そそそれがプロですうっ!!あああたりまえの事ですっ!!」

 涙目になりながらも反論するやよい。確かにそうだ。それが彼女達が選んだ道だ。だから乗り越えなければならないのは
プロとして当然ではある。やよいの言う通り、社会はそんなに甘くは無い。




「確かにそうだね。やよいの言う通り、それを乗り越えてこそプロだよね。でも誰にだって限界はあるんだよ。そして
 出来ない事だってある。それなのに『プロだから』と言ってやらせ続ける事は正しいのか?そしてプロは何でもひとりで
 解決しなければいけないのか?ボクはそれは違うと思う。プロだって人間だ。助けを求めても良いし、助けられても
 いいじゃないか。やよいだってそうして来たんだろう?」

 先程とはうって変って、優しい笑顔でやよいに語りかける真。その後ろでは、何とか回復した長介とかすみが、涙目で
ぶるぶる震えながらも、真に向かって自分の武器を向けていた。絶対に敵わない相手だと理解はしているが、それでも彼ら
は姉を守ろうとしていた。

「6家の事なんてどうでもいい。ボクはただ、苦しんでいる765プロのアイドル達を助けたい。本当にそれだけなんだ。
 これ以上春香達が苦しむのを見たくないんだ。あの子達には、また前のようにキラキラしていて欲しい。ボクはその為
 なら何だってやるさ。だからやよい、ボクに力を貸してくれないか?」
 
 そう言って真は頭を下げた。絶対有利な状況で力で脅しても良い場面なのに、彼女はやよいにお願いするという立場を
崩さなかった。やよいも長介もかすみも目を丸くして驚いている。こいつは本当に大した奴だ。




「関東進出苦戦しているようだな。88分家ということは、一族の中でもほとんど下っ端の方だろう?本拠地から遠く
 離れて、一族の援助もろくに受けられず両親揃って働いていて、兄妹達も満足に学校に通えていないところを見ると、
 生活も相当苦しいんじゃないか?余計なお世話かもしれないが、俺達なら何か力になれるかもしれない。俺もお前の
 助けになりたいんだ」

 ここは頭脳労働専門の俺の出番である。西日本では無敵の強さを誇る高槻家ではあるが、関東では未だにその名前を聞く
事は少ない。現代は情報化社会で、情報屋もネット等を駆使して活動を行っているがそれでも生の情報を集める事は大事
である。特に街中の情報を専門にしている高槻家なら、自分達の縄張りは重要だ。しかし関東の縄張りは強固でなかなか
付け入るスキがないのだろう。高槻家の関東進出の話を聞いたのはもう10年ほど前の話だ。それなのに未だにこんな
ボロい木造住宅に住んでいるあたり、やよい達の苦労が窺える。

「……長介、お兄さんのなわをほどいてあげなさい。それからかすみ、おくすりばこからおくちの軟膏をもってきて。
 菊地さんのてあてをしてあげなさい」

「い、いいのかやよい姉ちゃんっ!?こいつら殴りかかってくるかもしれないぜ?」

 驚く長介とかすみにやよいは力なく首を振り、目の前で頭を下げている真に向き合った。




「このひと達はただ、依頼人として私達におねがいにきただけよ。それなのにわたし達はそんな人達にひどい事をして
 しまいました。私もまだまだ修行不足でした。えらそうな事をいって、けっきょくは私も菊地さんより覚悟がたりません
 でしたあ。だからこの勝負、私達の負けですう……。お父さんがどう言うかはわからないけど、お話くらいはきいて
 あげましょう……」

「ホントッ!?ありがとうやよいっ!!」

 やよいの降参の言葉を聞いて、真は満面の笑みで顔を上げる。その瞬間、真の口内の血が一気に噴き出し、正面にいた
やよいの顔にモロにかかった。そりゃ口の中血だらけで大声出したらそうなるよな。びしゃっ、と顔中を血まみれにした
やよいは、さながらスプラッタ映画に出て来る被害者のようだ。その姿を見て、かすみは悲鳴を上げた。




「きゃああああああああああぁぁぁぁぁあああああああっっっ!!!!!!」

「きゅう〜……」

「かすみっ!?やよい姉ちゃんっ!?」

 血まみれの姉を見てパニックを起こすかすみと、ショックで失神するやよい。そしてそのふたりを助けようとする長介と、
阿鼻叫喚の地獄絵図だった。そういえば部屋の壁や畳も血まみれだな……。ちょっとした殺人現場みたいだ。

「う、うわわわわっ!?大丈夫みんなっ!?落ち着いてっ!!」

 そして大量出血したにも関わらずピンピンしている真。お前ホントにどういう人間なんだよ。凄いのか抜けているのか
よく分からんな。とりあえず拘束が解けた俺は、洗面器とおしぼりを準備することにした。


Mission 2【Clear?】




はいここまでっ!!ちょっとづつ設定が濃くなってきますが、最後までお付き合いいただけると
幸いです。やよいファンのみなさんごめんなさいw でも彼女も活躍しますのでお楽しみに。
ちなみにどっ○の料理ショーでもやしが特選素材をして紹介された事は実際にあります。
負けましたがw

それでは次回


Next Mission:Mission 3【エージェントを救え】


どうぞお楽しみにっ!!


>>146
ちょっとはっちゃけるつもりがはっちゃけすぎてしまいました。
雪歩が使った秘伝は響良牙の爆砕点穴と十本刀安慈和尚の遠当てを合わせたようなものだとお考えください。
………この説明で伝わる人が何人いるだろうかw
ついでにパスワード正解です。もしかしてポケベル世代ですか?w

>>147
そう思って頂けたのなら幸いです。今回のSSの見所その1なので。

>>148
アニマス真ヘアーですね。無印真はいくら何でもボーイッシュすぎるのでw

それでは第五部はまた後程。



Mission 5【嵐を巻き起こせ】


「うっう―――――っ!!プロデューサーッ!!おつとめごくろーさまでしたっ!!」

「やかましいわっ!!」

 萩原邸突入から48時間後、俺は晴れてシャバに出る事が出来た。……いや、おかしくね?何で罪人扱いなんだよっ!!

「そりゃあ不法侵入、放火、誘拐、婦女暴行と来たら捕まりますよ。実刑喰らわなかっただけ奇跡ですねっ!!ボクなら
 迷わず死刑にしますよっ!!」

「誰のせいだコラッ!!そんで何しれっと変態に仕立て上げてるんだよっ!!後半2つは全く身に覚えがねえよっ!!」

 あの後何とか穴から這い出た俺は、遅れてやって来た真の父親と雪歩の父親の計らいで、こっそり萩原邸を脱出して
拘置所に匿ってもらっていた。どうやら外では、屋敷に火を放った事によって萩原組が俺を血眼になって探しているばかり
か、真にいかがわしい事をしたという疑いで、菊地一族とその部下およそ100名による警官隊までもが射殺許可付きで俺を
捜索していたらしい。こうして極道と警察は、ひとつの目的の為に強い絆で結ばれたのだった。後に雪歩の父である萩原組
組長と菊地家代表である真の父親が俺の疑いを晴らしてくれたが、それでも俺の無罪を証明するのに2日間を要した。





「まあ、あの場から生きて帰って来れただけでもよしとするか。ちゃんと成果もあったしな」

 そう言って俺は、真とやよいに挟まれて座っている新たな765プロのアイドルに目を向けた。

「あ…、あの……、きょ、これからよろしくお願いしますぅ……」

 ややおどおどした様子で、真にぴったり寄り添っているのは萩原雪歩。今日から765プロ所属のアイドル候補生として
俺達の仲間になった。まだ緊張しているようではあるが、真も一緒なので大丈夫だろう。

「ようこそ雪歩。今日からよろしくな。なぁに、ここの子達は皆良い子だ。すぐに仲良くなれるさ」

「は、はいっ!頑張りましゅっ!」

 やや噛みながらも、意気込みたっぷりの雪歩。俺が穴から這い出た時は、既に真と雪歩は仲直りをしていた。だから2人
の間でどのような約束が交わされたのかは分からない。ただ俺が拘置所から戻ってみると、既に雪歩は765プロの一員と
して事務所に居た。既に春香達とは挨拶を交わしているらしく、それなりに仲良くもなっているそうだ。




「とりあえず3人揃ったな。さて、これでようやく作戦を実行する事が出来る。準備はいいな、真」

 俺の言葉に真は大きく頷いた。そして席を立つと、やよいと雪歩にも分かりやすく発表する。

「3日後、ボクとやよいと雪歩は765プロの新生アイドルとしてデビューしますっ!!その目的は、ボク達みたいなレッスン
 もろくにしていないド新人が春香達を押しのけていきなり765プロの代表であるかのように振る舞う事で、現在アイドル
活動をサボっている星井美希と双海亜美そして真美をおびき出すためですっ!!そして歌や踊りなどは出来なくても、
 モデルやタレントなど少しでも出来る仕事を行う事で春香達を休ませるねらいもありますっ!!2人とも力を合わせて
 頑張ろうねっ!!」

 ノリノリで発表する真。しかしそれとは対照的に、やよいは溜息をついて首を振り、雪歩もやや戸惑っていた。




「ド新人〜?それは真さんだけですぅ。私はあいている時間をやりくりして、ダンスレッスンやボーカルレッスンも
 ちゃんとやってますよお〜。情報屋は目と耳と、そして記憶力が命ですから。春香さん達ほどではありませんが
 アイドルのまねごとくらいならほぼマスターしていますう」
 
 そう言って、自信満々に薄い胸を張るやよい。そういえばコイツ、ちょっと目を離すとすぐに春香や響達にくっついて
レッスンスタジオや収録現場に出向いていたな。この任務は主に俺と真が行っているので、やよいは事務所加入後はほぼ
フリーでアイドル業に専念出来ていたわけだ。しかし流石高槻家の情報屋だな。無駄にハイスペックだ。

「あ、あのね真ちゃん……。実は私もミス足立区でグランプリになってから、ちょっとアイドルのお仕事に興味を持って
 家にスタジオ作って、3年前からトレーナーの先生を呼んでレッスンを受けていたの……。どうせ将来は極道になる
 からって諦めていたんだけど、でもまさか役に立つ日が来るとは思わなかったよ……」

 そして雪歩から衝撃発言が飛び出した。なんとこっちはセミプロだった。どおりでお父さんもアイドルになる事を許可
してくれたわけだ。雪歩はアイドルに興味があって、自主的にレッスンに取り組むほど熱を上げていたのか。これは予想
以上に強力な助っ人だな。ところでちょっとアイドルに興味があったら家にレッスンスタジオを作るのか?極道のお嬢は
やる事が違うな。



「……真、大丈夫か?何だかお前が一番アイドルとしてレベルが低いみたいだぞ……」

「だ、だだだ大丈夫ですよプロデューサーッ!!ボクだってやれば出来るんですっ!!ままま任せて下さいよっ!!」

 冷や汗をだらだらかきながら、真がひきつった笑みで返事をした。雪歩、やよい、しっかりサポート頼むな。

「それから真さんのやりかたじゃまどろっこしくてやってられないですう。あくびがでちゃうし日が暮れちゃいますう」

「何だと―――っ!!どういう事だよやよいっ!!」

「ま、真ちゃん落ち着いて……」

 雪歩を挟んでケンカをする真とやよい。俺達だけの時は暗黒やよい全開だな。




「水瀬伊織と如月千早のことですう。ふたりはいつまで放っておくんですかあ?そろそろアプローチかけないと、どっちも
 アイドルやめちゃいますよ〜」

「う……、そ、それは……」

 確かにやよいの言う通りだ。全員揃わないと意味がない。特に千早はもう1ヶ月以上事務所を休んでいる。時々連絡を
取り合っている春香の話では学校には通っているようではあるが、アイドルに戻る気はないらしい。

「確かに如月千早はむつかしいですう。データを見る限りではなかなか気難しい人のようですから。でも歌うことは
おきらいではないようなので、もう少し春香さんにまかせておきましょう」

 やよいがファイルを見ながら話を進める。もうすっかり芸能界専用のファイルを作っているみたいだな。家で長介と
かすみちゃんも手伝っているのだろう。




「問題は水瀬伊織ですう。プライドのたかーい彼女がいつまでも放っておかれて我慢できるとは思えませえん。こっちは
 はやく対策しないと、あしたにでも事務所に辞表を持ってきちゃいますよ〜」

 確かにそうだな。伊織はああ見えて結構寂しがり屋だからな。あっちから勝手に出て行ったのだが、構ってやらないと
拗ねてしまいそうだ。多分会いに行っても門前払いを喰らいそうだが。面倒くさいお嬢様だなホントに。

「そこで提案なんですけど、水瀬伊織の事は私にまかせてくれませんかあ?」

「え?」「は?」「うん?」

 俺達は一斉に返事をした、やよいはファイルをぱらぱらめくって続ける。




「3日後には私達3人はアイドルとしてデビューしますぅ。しかしメインでうりだしていくのは真さんと雪歩さんで、私は
 どっちかというとおまけでしょう。アイドルとしてのキャラクター性とかわいらしさならおふたりにまけませんが、
 ビジュアル面では残念ながらまだまだかないませんので。それにおふたりともかなりの人数のファンクラブをもって
 おられるようなので、メディアにいっぱいだしてファンクラブにアピールすれば、こーかてきでしょう」

「確かにそれはそうだが……、でも良いのかやよい、お前だってせっかくアイドルになるのに……」

「そ、そうだよやよい。ボク達だってそんな仲間外れみたいな事出来ないよっ!!皆で頑張ろうよっ!!」

「ダメダメな私なんかより、やよいちゃんの方がよっぽどアイドルに向いてるよぅ……」

 俺達の言葉を聞くと、やよいはやれやれと肩をすくめてカエルのポシェットを開けたと思ったら「あ、やめたんだった」
と小さく呟き、中から飴を出して舐め始めた。とりあえずタバコやめたみたいで良かったよ。




「かんちがいしないでくださいみなさん。私達はまだ任務中なのですよお?せっかくアイドルになったのに、事務所が
 なくなっちゃったら意味がないじゃないですかあ。お父さんから聞いてますけど、6家の方も難航しているみたいですよ。
 とりあえず如月がぬけた後をどうするかの話し合いをする事はできたみたいですが、なかなかまとまらないって言って
 ましたあ」

「それはボクも聞いてるよ。父さんはあんまり教えてくれないけど、とりあえず警察の父さんが会話に加わるのは何とか
 許可してくれたみたい。でもそれ以上の進展はないって言ってた。明後日もう一度話し合いの場が設けられるみたい
 でそこに雪歩のお父さんが加わるみたいだけど、どこまで効果があるかはあまり期待できないかもって言ってた」

「そ、それは私のお父さんも言ってましたぁ。6家の連中はヤクザなんかよりよっぽどやりにくそうだって。一応出席は
 するけど、何を話すべきかしっかり考えておかないといけないって悩んでましたぁ」

 そういえば高木社長もややお疲れのご様子だったな。これは子供達すなわち765プロのアイドル達の方でも、急いで
仲直りをさせなければならないな。




「そういうことですぅ。それに最近、水瀬伊織から高槻家に情報提供のごいらいがいっぱいくるんですよお。おそらく
 むこうはすでに私や真さんのしょーたいをほぼしらべあげてますよ。変な邪推をされるまえに、こっちは情報屋として
 ごかいをとく必要があるんですよ〜」

 用心深い伊織ならやりかねないと思っていたが、流石は水瀬財閥だな。6家一番のお金持ちはやることが違う。それに
伊織は元々聡明な子だ。俺の正体にも気付いていた可能性が高い。あまり不信感を持たせるのも危険だ。

「アイドルしょーぶなんてあとでいくらでもできますぅ。まずは765プロのアイドルをまた全員集めましょう。それから
 アイドル高槻やよいのほんりょー発揮ですっ!!真さんや雪歩さんなんて、かる〜くひねってやりますっ!!」
 
 そう言って無邪気に笑ってみせるやよい。相変わらず何を考えてるのか分からないが、真の萩原邸突撃にこいつも刺激を
受けたようだ。真の覚悟を認めて、力を貸してくれる気になったという事だろうか。




「言ったなこの――――っ!!ボクだって負けないからな―――――っ!!」

「ふふ、頑張ろうね、真ちゃん、やよいちゃん」

 ソファに3人座って、彼女達はわいわい楽しんでいた。そうだな、時間は限られているんだ。やよいの言う通り、複数の
事を同時進行でこなさないと間に合わないよな。俺は早速、3人のデビュー後のスケジュールの確認と調整を行うのだった。




***


「「「キャ―――――――ッッッ!!!!!!ま・こ・と・ク―――――ンッッッ!!!!!!」」」

「「「真王子―――――っっっ!!!!!!ステキ―――――ッッッ!!!!!!」」」

 3日後、菊地真・高槻やよい・萩原雪歩は765プロの新生アイドルとしてデビュー会見を行う事になった。中規模な
会見場をレンタルしての会見である。軽い自己紹介と今後の活動を発表するだけだけの予定だったが、どこから聞きつけた
のか真のファンクラブの女の子達が大量に押しかけた。今までのウチのアイドルにはいないタイプのファンだ。予想以上に
集まったので、これは一部プログラムを変更して特技でも披露してもらわいといけないかもな。空手の型とか。

「………なんていうか、すげえな女のファンってのは」

「え……えへへ………や〜りい〜………」

 会見場裏で真ファンクラブの女の子達の勢いに圧倒されながらも、会見のセリフを確認する俺達。真もややひきつり気味
の笑顔を浮かべている。何だかお前ロボットみたいだぞ。もっと自然に振る舞えよ。

「な、ななな何言ってるんですかプロデューサーッ!!ボ、ボボボボクはいつも通りですよっ!!」

 動揺しながらも必死で答える真。本当に大丈夫かよお前。




「ファンの女の子達に騒がれるのは慣れているんですけど………。でもこのまま王子様キャラでデビュー会見を行ったら、
 もう引き返せないというか、普通の女の子に戻れなくなってしまうというか………」

 真はそう言って、自分の衣装を確認する。黒を基調としたシャープなパンツルックで、恰好良く仕上げている。真の
凛とした魅力を引き立てるファッションとメイクを施した。真のアイドルとしての方針はボーイッシュ路線だ。王子様
キャラで売り出す事に本人も納得してくれたのだが、やはり真も女の子だ。今後王子様として芸能界で扱われる事に戸惑い
を感じるのかもしれない。

「大丈夫だよ真ちゃんっ!!アイドルになっても真ちゃんは真ちゃんだよっ!!真ちゃんはカッコ良いけど本当は優しくて
 可愛い女の子だって事、私はちゃんと知ってるからっ!!」

「ゆ……雪歩……」

 不安気な真の手を取り、一所懸命励ます雪歩。雪歩は白を基調としたワンピースを着て、可憐で清楚なお嬢様に仕立てた。
流石ミス足立区3年連続グランプリだ。元の素材が良いので過度な装飾は必要ない。雪歩は出来るだけ自然に近い状態で
会見に臨むことにした。ほぼナチュラルメイクなのは真も同じではあるが。




「むしろ私の方が、今後アイドルとしてやれるのか不安だよ………」

 そう言って雪歩が会見場裏からちらりと様子を見ると、そこには真ファンの黄色い声援とは別に野郎どもの雄々しい
雪歩コールが鳴り響いていた。

「「「YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! O・JO・U・!! YU・KI・HO・!!」」」

「「「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!雪歩ぉぉぉぉぉおおおおじょおおっっっ!!!!!!好きだぁぁぁぁあああああっっっ!!!!!!」」」

 ………流石足立区民だな。随分血気盛んな住民が多いようで。ていうか今「お嬢」って言わなかったか?まさか萩原組
組員もファンクラブに加入しているんじゃないだろうな?

「は…萩原組の組員の皆さんはお父さんの命令で全員強制加入してますぅ……。元々私のファンクラブを立ち上げたのが
 お父さんでして……。やっぱりまずいですかぁ……?」

「……いや、雪歩は何も悪くない。足立区のイメージアップの為に是非頑張ってくれ」

 涙目で聞いてくる雪歩に俺は同情の念を禁じ得ない。真も同じ気持ちのようだ。これは今後のアイドル活動を、雪歩の
お父さんとじっくり話し合う必要があるな。まだ怖いから出来れば会いたくないけど。




「なーにぜーたく言ってるんですかおふたりとも。デビュー前からこんなにファンがついているなんて、他のアイドル
 からしたらうらやましいですよ」

「やよい……」「やよいちゃん……」

 真と雪歩の後ろでは、自分の会見のセリフを確認しながら、ちょこちょこ修正しているやよいがいた。やよいはオレンジ
色をベースに、フリフリしたドレスっぽい可愛い衣装で仕立て上げている。本人は「私14歳なんですけど……」とやや
不服そうだったが、教育番組で子供向けのお料理を作ってそうな女の子みたいな印象になった。やよいには悪いが、とても
良く似合っている。

「私なんてゼロからのスタートですよ。おふたりよりだいぶハンデがついてますう。あとからいくらでも巻き返す事は
 できますが、それでも今日のデビュー会見はかんぜんにアウェーですう」

 会見場は真ファンの女の子と、雪歩ファンの野郎共でほぼ覆い尽くされている。後は新生アイドルがどんなものか興味を
持ってやって来た一般アイドルファンが少しいるくらいだろう。




「ま、それでも私もまけるつもりはありませんけどね。会見からすでにアイドル勝負ははじまってるんですよ。私はこの日
 のために完璧な会見用のセリフを準備しました。おふたりもゆだんしていると、私がファンを奪っちゃいますよう?
 私達は同じ事務所の仲間ですけど、どーじにライバルでもあるんですから♪」

 そう言って、やよいはニヤリと暗黒微笑を浮かべた。その手に握られた会見用のカンペは赤ペンで真っ赤になっていた。
どんだけ気合入ってるんだよお前。それを見た真と雪歩も、慌てて自分のセリフを確認する。何だかんだで、やよいが一番
頼もしいのかもな。作戦の頭脳担当をコイツに任せてもいいくらいだと思えてくる。デビュー会見まで残り10分を切った。
3人の顔つきが真剣になってくる。作戦の為とはいえ、いよいよプロとしてデビューだ。しっかりやってくれよ。




***


 真達がデビューしてどうなったか、簡潔に話そう。

 滅茶苦茶売れました。

 元々ファンクラブがついていたのもあったが、ボーイッシュな真と、清純派の雪歩は近年のアイドル業界ではレアな
キャラクターだったのでデビュー会見から注目を集めた。若い層には新鮮に、中高年層には懐かしく映り、幅広い人達から
支持を得た。更に加えてやよいのキャラクターは幼稚園児まで人気を集め、デビュー会見の翌日から子供向け番組から
やよいを使いたいというオファーがいくつか来た。つまり分かりやすく言うと、老若男女問わず一気にファンの幅が急激に
広がり、普段アイドルに関心のない多くの人達の注目まで集めることになったのだ。765プロは一夜にして、国民的
アイドル事務所へと変貌を遂げたのである。

「千早と竜宮小町がデビューした時でもここまで騒がれませんでしたね……」

 3人のあまりの人気ぶりに呆気にとられる律子。俺もあいつらがここまで人気が出るとは思わなかったよ。世の中何が
当たるか分からんな。




「いや、でも確かによく考えれば納得出来ます。強いキャラクター性によるものもありますけど、あの子達の潜在能力は
 相当高いですよ。雪歩は以前からミス足立区で時々取り上げられてましたから場慣れしている所もありますが、真と
 やよいもなかなか度胸のある子じゃないですか。どうやら只者じゃなさそうですね………」

 律子のメガネがキラリと光る。こいつは多分俺達の任務に気付いているだろう。しかし気付いたうえで、知らないふりを
してくれている。6家の事もあるが、765プロのプロデューサーとして事務所の方を優先してくれているようだ。

「はは、まあ緊急事態で満足にレッスンもせずにデビューさせたから、気を付けないとボロが出るけどな。でもこっちが
 思った以上にあいつらは頑張ってくれてるよ。これでお前もまた、プロデュース業に専念出来るだろう?」

 真達が注目を集める事で、入れ代わり的に春香達の負担を減らす事が出来た。律子も今日はいくらか顔色が良い。
響なんて一週間有給取って沖縄に帰っちまったからな。あんまり休むと仕事無くなっちまうぞ。




「確かに助かりますけど、でも私がプロデュースするアイドルはいませんので何だか複雑な気分です……」

 そう言って、律子は胸元の手帳をぎゅっと抱きしめた。伊織と亜美が休んでいる以上、竜宮小町は活動出来ない。あずさ
さんに頑張ってもらっていたが昨日過労で倒れたので、大事を取って休ませている。

「安心しろ。真達に刺激されて皆すぐに戻って来るさ。だからお前も、いつでも竜宮小町を動かせるように準備しておけよ」

 俺は律子の頭をぽんぽんと叩いてやる。真達はその為にアイドルとしてデビューしたのだからな。しかし全員アイドルが
戻って来て、6家の問題が解決したら真達はどうするんだろうか。やよいはアイドルを続けるみたいだが、真は3ヶ月間の
期間限定で765プロに雇われているに過ぎない。雪歩はアイドルに興味はあるみたいだが、真に引っ張られて来たので、
真が辞めると一緒に辞めてしまうかもしれない。そしてそれは俺も同じである。このままプロデューサーとして765プロで
働き続けるか、任務を終えてまた民間の諜報部員に戻るか。そろそろ考えないといけないかもな―――――




***


「ああ〜っ!!、疲れた〜っ!!空手の稽古に比べたら楽勝だと思ってたのに、アイドルってのも結構体力使うんだね……」

「学校もお休みしないといけないしね……。友達にノート見せてもらわないと………」

 トーク番組の収録を終えて楽屋に戻った真達。連日のプロモーションに、ややお疲れ気味の真と雪歩。アイドルは体力
勝負だ。売れっ子ともなると満足に睡眠時間も取れなくなってくる。まだ真達は自分の曲を持っていないので歌手活動は
していないが、多分歌手までは手が回らなかっただろうな。

「だらしないですよおふたりさ〜ん。それでは私はあがりますので、あとはがんばってくださ〜い」

 一方、そんな2人を横目に帰り支度を始めているやよい。彼女はこれから伊織に接触するという重要な任務がある。
今回が3度目のコンタクトで、それなりに手ごたえを感じているらしい。




「伊織の様子はどうだ?また怒ったり喚いたりしていないか?」

 千早ほど気難しくはないが、伊織も扱いにくい女の子である。律子やあずささんが何度か連絡を取っているものの、一切
応じる気配が無かった。だからやよいがコンタクトに成功したと聞いた時は俺も驚いた。

「彼女自身はおちついてますよぉ。一度目と二度目は情報屋としておやしきにしょーたいされましたが、今日はお友達と
 して夕食にさそわれましたあ。何だか私、伊織ちゃんに気に入られちゃったみたいですっかり仲良しさんになっちゃい
 ましたあ」

 そう言って胸を張るやよい。伊織はやよいのどこが気に入ったのだろうか。こんなに黒いのに。




「でも765プロに戻ってもらうのはちょっとむずかしそうですね〜。伊織ちゃんは水瀬家の問題とかどーでもいいみたいで、
 おうちがなくなってもひとりで頑張っていくといってましたけど、765プロにもどるつもりもないみたいで……」

「やっぱり千早の事か……」

「そうですう。はっきりと口にはしませんけど、千早さんとの問題に決着をつけないかぎりは、伊織ちゃんは765プロに
 もどってこないと思いますう。やはり一度、どこかではなしあわないといけないですね〜」

「分かった。そもそもの分裂の原因はこの2人だからな。デリケートな問題だから、慎重にやっていこう。それじゃあ
 引き続き頼んだぞ、やよいっ!!」

「はいっ!!それではいってきます〜っ!!」

 荷物をまとめたリュックを背負うと、やよいは元気よくスタジオを出て行った。さて、俺達も頑張らないとな。




「水瀬伊織もですけど、星井美希と双海姉妹もなかなか釣れませんね……。もっと早く食いついてくると思ったんだけど
 なあ……」

「事務所の近くでそれっぽい子はたまに見かけるんだけどね……。早く戻って来てくれないと、私もバテちゃうよぉ……」

 雪歩の話では、たまに事務所やスタジオの近くで変装した怪しい女の子を見るらしい。しかしこちらが声を掛けようと
すると、すぐに逃げてしまうようだ。美希達もいきなりの真達の登場に戸惑っているようだ。

「安心しろ。あいつらが近くをうろついているのは俺も把握している。明後日は月に一度の全体ミーティングの日だ。
 ミーティングには事務所に全員が集まるから、その時に抗議に来る気だろう。そこをまとめてとっ捕まえてやる」

 その為の仕掛けも既に準備してある。今までサボっていた分、あいつらには思いっきり仕事してもらうぞ。

「よし、次は雑誌のインタビューだ。行くぞ2人ともっ!!」

「「おぉ〜………」」

 げんなりした様子の真と雪歩。美希達が戻ってきたらお前らも少しセーブするから、もうちょっとの辛抱だ。しっかり頼むぞ。




***


「ハニーッ!!律子っ!!どういう事なのっ!?」

「やよいって誰だYO→ッ!!」「なんではるるん達より目立ってるのさ→っ!!」

 そして二日後。俺の予想通りミーティング開始時刻ぴったりになって、美希と亜美真美が事務所に飛び込んできた。美希
と亜美はいつの間に仲直りしたんだ?真達を共通の敵として和解したのだろうか。まあこっちとしても都合が良いが。

「かかったな美希亜美真美っ!!今だやよい、まとめて捕まえろっ!!」

「うっう――――――っ!!」

「なの――――――っ!?」「うわ―――――→っ!?」「ぬあ―――――→っ!?」

 3人まとめて突入してきてくれてありがとよ。ひとりじゃ気まずくて事務所に来れなかったからみんなで来たんだろうが、
それが仇になったな。美希達はやよいの放った投網によって一網打尽にされた。そのまま真と俺で3人を縛り上げる。
そしてみんなの前で正座させて、反省タイムが始まった。




「……で、何か言いたい事あるのあんた達?ずっとサボってたくせに、今さら先輩風吹かせて出て来てどういうつもり?」

 律子が美希達を睨みつける。美希はややひるみながらも、真に目を向けて大声でまくし立てる。

「どうしてミキ達を差し置いて、知らないコが765プロの代表みたいなカオして活動してるのっ!?納得いかないのっ!!」

 亜美と真美もそ→だそ→だ、と美希の隣で言っている。勝手にサボって仕事に穴開けておいてよくそんな事が言えるな。

「あんた達が来ないからでしょうがっ!!だから真とやよいと雪歩が頑張ってるのよっ!!そんな事もわからないのっ!?」

 律子が怒鳴りつける。千早と伊織と違って、こいつらは気まぐれで休んでいる。アイドルを辞めるつもりもないし、クビにされる覚悟もないだろう。またいつでも事務所に帰って来れると思っているのだ。




「で……でもだったら、ミキ達の代わりに春香や響が出て来るべきなの……。そうじゃないと納得できないの……」

 怯えた声で美希が反論する。亜美真美は既に涙目だ。確かに順当に考えればそうだよな。しかしお前ら春香達が必死で
頑張っていたのを知らないのか?それを吹き飛ばすくらい、真達のデビューは衝撃的だったということか。

「美希、ミーティングのメンバーをよく見て見ろ。全員揃っているか?」

 俺は溜息をつきながら、美希に声をかけた。美希はあたりをぐるっと見回す、亜美と真美もそれにならう。

「社長と小鳥とハニーと律子…さんと、春香と貴音と新人のコが3人と…………あれ?」

「あずさお姉ちゃんは?」「ひびきんは?」

 亜美と真美が聞いてきた。ようやく気付いたみたいだな。伊織と千早はいないとしても、この2人までいないのは
おかしい。途端に3人の顔が不安になる。辞めたとでも思っているのだろうな。




「今ここにいない2人がどうなっているのか教えてやるよ。付いて来い」

 そう言って、俺と律子は美希達3人の拘束を解いて外へ連れ出した。3人は抵抗するでもなく、大人しくついてくる。
もう逃げたりする様子はなさそうだ。俺は車を出すと、4人を乗せてとある場所へ向かった。




***


「ここって………」

「ウソ………」「病院………?」

 俺達は事務所から少し離れた所にある、とある大学病院に到着した。そして入院患者の病室を訪ねる。病室のプレート
には、「三浦あずさ」と書かれていた。

「こんにちは、先生。あずささんの具合はどうですか?」

「ああPさん、秋月さん。今日は体調が良いみたいで、血圧も安定しておられますよ」

 俺は病室の中に居た医者の先生に声をかける。先生の傍には、点滴を打って眠っている青白い顔をしたあずささんがいた。




「ウソ……あずさ………?」

「あずさお姉ちゃん………?」「どうして………?」

 美希達はあまりの衝撃に言葉が出ない。律子はメガネを外し、そっとハンカチで目をおさえて説明した。

「おととい仕事中に倒れて、それっきり意識が戻らないのよ。あずささんはあんた達が抜けた穴を埋めようとして、本人も
 気付かないうちに無理していたみたい………。ううん、もしかしたら気付いていたのかもしれない………。でも一番年上
 の自分がしっかりしなかったからみんながバラバラになってしまったって、ずっと責任を感じていたから………」

 そう言って、律子は言葉を詰まらせてしまう。亜美と真美は既に泣いている。美希も呆然としていたが、ハッと気付いて
俺に詰め寄った。




「響はっ!?響はどうしたのっ!?まさか響も………!!」

 俺は力なく首を振って、美希に教えてやった。

「響は………、心を壊して療養の為に沖縄に帰ったよ………。あいつもいつも元気に笑っていたけど、相当無理していた
 みたいだ……。いつアイドルに復帰できるか分からない………」

 美希は相当ショックだったようで、その場に崩れ落ちた。俺もしゃがんで、そんな美希に向き合ってやる。

「千早と伊織とお前ら3人がいきなり抜けて、この一ヶ月近くみんな必死だったんだ。ろくに休めずに連日働き続けて、
律子もアイドルに復帰してまで頑張ったんだが、それでも無理だった。そのうちあずささんが倒れて、響まで病んで
しまって、もう真達に頼るしかなかったんだ………」

美希は声も上げず、はらはらと涙をこぼしている。俺は美希を立たせてやると、ベッドで寝ているあずささんの傍まで
連れて行ってやった。




「責任は俺にもある。所属アイドルにこんなに無理させたんだ。あずささんには土下座しても許されない事をしてしまった。
 俺は退職も考えたよ。でもあずささんと響が戻って来た時に、765プロが無かったらますます責任を感じてしまうだろう。
 だからそれまで765プロを守るのが、今の俺の責任の取り方で使命だと思っている」

「あずさ……、あずさ………」

 美希はあずささんの手を握ると、祈るように何度も何度も呼びかけた。亜美と真美は後ろで律子に抱き着いて、声を
押し殺して泣いている。律子はそんな2人の背中を優しく撫でていた。

「今回の件を誰も責める事は出来ない。お前達にも事情があったんだろう。でもお前達が仕事をサボった事で、こういう
結果になった事は忘れないで欲しい。だからこれから自分達がどうすればいいかしっかり考えてくれ。わかったな?」

俺は真剣な声で美希に言った。美希は黙って何度も頷きながら、あずささんの手をそっと離した。俺は律子に目配せを
する。律子は静かに頷くと、美希を連れて病室を出て行った。亜美と真美も、黙ってその後について出て行く。後は律子に
任せておけば大丈夫だろう。同じ宙組の美希と、亜美のプロデューサーである律子のお説教はあいつらも堪えるだろう。
真美も一緒にしっかり反省すれば良いさ。




 4人が病室を出て行って、完全に足音がしなくなってからもう一度病室の外を確認する。


 そして俺は、ベッドで寝ているあずささんにそっと呼びかけた。


「お疲れ様でしたあずささん。もう大丈夫ですよ」

 俺は近くにいた先生にも頭を下げた。先生も苦笑いをしながら病室を出て行った。

「何だか心が痛むわ〜。美希ちゃんよほどショックだったみたいで、まるで私が死んだみたいな顔して見てましたよ〜」

 そう言って、ニコニコしながら美希に握られた手を愛おしそうに撫でるあずささん。ちょっとで良いって言ったのに
塗りすぎですよその顔。俺も最初見た時びっくりしましたもん。でもあずささんも随分ノリノリだったじゃないですか。




「はい。私もあの子達の為に、心を鬼にしてやらせてもらいました〜。女優の道もいけるでしょうか〜?」

「ばっちりです。あずささんならアカデミー賞狙えます。迫真の演技でしたよ。律子も意外と演技派で驚きましたが」

 そうなのだ。美希達を改心させるために、あずささんには一芝居うってもらった。最近点滴のためにちょくちょく病院
に通っていると聞いたので、病院の先生まで巻き込んで死に化粧をして重病患者になってもらったのだ。わざわざ病室の
プレートまで作る念の入れようだ。あずささん本人はややお疲れではあるものの、入院するほど深刻ではない。響も羽を
伸ばすために沖縄に帰っただけで、明後日には元気に帰って来るだろう。あいつも本当はピンピンしている。




「でも本当に大丈夫ですかあずささん?点滴うつほどしんどいようでしたら、今日はもうこのまま帰っていただいても結構
 ですよ。無理だけはしないで下さいね」

「大丈夫ですよプロデューサーさん。これ、中身はポ○リですから。見た目ほど深刻じゃありません〜」

 マジですか。そんなもの身体に入れて大丈夫なんですか?

「それに家の事でこちらに迷惑をおかけするわけにはいけませんし、私がしっかりしないと竜宮小町は再開出来ませんから………」

 そう言って、やや真剣な顔をするあずささん。彼女は6家の方の仕事も行っているのだろう。その重責から早く解放して
あげなければ、いつ本当に今回みたいな事態になってもおかしくない。




「だから頼りにしていますよプロデューサーさん。どうかこれからも、私達の事をよろしくお願いしますね♪」

 そう言って、聖母のような笑顔をこちらに向けるあずささん。おそらくあずささんも、俺達の企みに気付いているだろう。
その上でこうして知らないふりをして、俺を頼っていてくれているのだからありがたい話だ。俺も頑張らないとな。

 これで美希と亜美真美が事務所に戻って来た。後は伊織と千早だな――――――


Mission 5【Clear】



ここまでです。いよいよこのSSも佳境に入っていきます。どうか最後までお付き合いください。
ついでに足立区の皆さんごめんなさいw 他意はないので気にしないで下さい。
ろれでは次回


Next mission;Mission 6【孤高の歌姫の謎に迫れ】


どうぞお楽しみに。


>>223
今気付いた。彼女は関係ありませんw

それでは残りをいつも通り19時過ぎくらいに投下します。
ラスト3回どうぞお楽しみに。


>>225
>>226
今日が前編、2日後に後編、4日後にエピローグの3回となっております。
むしろ前より長くなってしまいました。今回はまとめるのがしんどかった……

>>227
あれ誰が考えたんでしょうねw
やよいのAAの中では一番好きですw

それではちょっと遅くなりましたが、最終校正後に間もなく投下します。
しばしお待ちを。



Last Mission【籠の中の小鳥達を解放せよ・前編】


 千早と初接触してから数日後、真は考え込む事が多くなった。苦悩しているというわけではなさそうだが、ふと見ると
ぼーっと遠くを見ていたり、難しい顔をして何かを手帳に書き込んだりしている。千早本人と出会って何か変わったの
だろうか。まるで本物の公安警察みたいに、真剣な顔つきで任務に励むようになった。

「真、眉間にしわが寄ってるぞ。一応お前は今はアイドルなんだから、笑顔を忘れたらダメじゃないか」

「へ?あ、ああそうですねっ!!すみませんついつい……」

 トーク番組出演前の楽屋で注意する。俺も随分プロデューサーっぽくなっちまったな。最近は美希のデビュー準備や
他のアイドルの大活躍で事務所も忙しくなって、プロデュース業の方がウェイトが大きいので自然とそうなってしまう。





「真ちゃん、大丈夫?」

「真、あんまり無理しちゃだめだよ」

 雪歩と春香が真を気遣う。今日はこの3人での番組出演だ。2人とも真の任務の事を知っていて、難航している事もよく
理解しているので心配なのだろう。

「大丈夫だよ2人とも。それより今は仕事に集中しようっ!!アイドル業もボクの重要な任務だからねっ!!」

 いつもの笑顔で元気に振る舞う真。しかしどこか空回りしている。

「千早の様子はどうなんだ?」

 俺はこっそり春香に聞いてみる。真と千早の初対面の事については報告を受けている。そして千早の特殊能力についても
聞いている。絶対に他言無用だと真からは念を押されたうえで教えられた。千早が警戒心が強いのはその力による影響も
あるようだ。




「あれからもちょくちょく連絡は取ってますけど、真の事は相当警戒していますね………。真本人には悪い印象を持って
 いないみたいなんですけど、もう簡単にお茶会のセッティングなんかは出来ないと思います………」

 春香も困ったような顔をしていた。千早本人は比較的落ち着いているようだが、心が完全に離れているのが辛い。まだ
伊織との関係に思い悩んでいてくれていた方が楽だ。

「しかし心を読める相手にどれだけ策を弄したところで果たして効果があるのかだな。ぶっつけ本番で行くにも千早は
 冷静だし、軽くあしらわれてしまいそうだ。これは思ったより厄介だな」

「でも私が連絡したら返事を返してくれますから、まだそこは救いがあると思います。本当に765プロの事が嫌いに
 なっちゃったなら私の事も無視すると思うし。それにこの前、雪歩から手紙が来たから返事を返したって言ってましたよ」

 何?雪歩そんな事していたのか?いつの間に……。それに手紙ってまた古風だな。




「わ、私も伊織ちゃんと千早ちゃんにまだ会った事が無いので………。軽く挨拶と自己紹介程度しか書いてなかった
 んですけど、ふたりともお返事してくれましたぁ」

 やや照れくさそうに、嬉しそうな笑顔を浮かべる雪歩。驚いた、千早だけじゃなくて伊織にも手紙を出していたのか。
しかも2人ともちゃんと返事していたなんて。雪歩の行動力も意外だが、千早と伊織も思ったより柔らかくなってるな。

「2人ともとっても綺麗な文字で丁寧な言葉でお礼を書いてくれたよ。だから真ちゃんもそんなに難しく考えないで。
 水瀬さんも如月さんもきっと大丈夫だから。私を助けに来てくれた時みたいに、いつもの真ちゃんでぶつかって
 いけばうまくいくよっ!」

 雪歩は真の手を握った。ちょうど真のデビュー会見前も、雪歩はこうして真の事を励ましていたっけな。真の心の拠り所
として雪歩の存在は大きいのかもしれない。




「ありがとう雪歩。そうだよね、いつものボクでぶつかっていけばいいんだよね。うんっ、元気出て来たっ!!じゃあ今日
 のお仕事も頑張ろうっ!!」

 おーっ!!と元気良く右拳を上げる真。春香と雪歩もそれに倣う。どうやら少しは悩みは解消されたようだな。問題は
なかなか複雑だが真らしく、出来る事をしっかりやっていこう。

「ところでプロデューサー、この間私の家に来た時、火矢がお父さんの盆栽を焼いちゃったみたいで、お父さんが落ち
 込んでいるんですけど……。何でも300万円くらいする盆栽だったみたいで、プロデューサーに弁償させるって怒って
 ましたぁ」

 申し訳なさそうに教えてくれる雪歩。真、やっぱりさっきの発言は無しだ。今度はもっと穏便な解決法で行こう……




***


「やりましたよプロデューサーッ!!真さんっ!!」

 翌日、俺と真が事務所で作戦会議をしていると携帯電話片手にやよいが入ってきた。その顔はとても嬉しそうだ。

「どうしたやよい。何か良いことでもあったのか?」

 俺の言葉にやよいは得意気に胸を張り、

「あさって、伊織ちゃんをわが家にごしょうたいすることに成功しましたあっ!!この1ヶ月間せっとくしつづけたかいが
 ありましたよ〜っ!!」

 本当かそれはっ!?あの気難しい伊織をよくそこまで懐柔できたな。もうすっかり仲良しさんじゃないか。




「はいっ!!この電話も伊織ちゃんにもらいましたあ。伊織ちゃんせんよー電話なんでほかにはつかえないんですけど」

 伊織もどんだけ独占欲が強いんだよ。やよいは事務所のマスコットキャラなんだぞ。亜美真美が自分のポジションを
とられて怒っているくらい皆に可愛がられているのに。

「あさってはとりあえずわがやで夕食をごいっしょするだけですが、このままいっきにせめ落としますよ〜。わが家の
 テリトリーにいれてしまえば、あとはどうとでも料理できますから。ふっふっふ……」

 怪しい笑みを浮かべるやよい。何か悪いことを企んでないだろうな?だんだん伊織が心配になってきた。

「すごいなあやよいは……。ボクも頑張らないと」

 やや焦る真。真が765プロに来てもうすぐ2ヶ月が過ぎようとしている。あと1ヶ月で任務が終了するのだ。




「如月千早さんですか……。やっぱり簡単にはいかないようですね」

 やよいが深刻そうな顔でつぶやく。意外だな。お前はてっきり全然千早との事が進展していない真のことを馬鹿にすると
思っていたのだが。

「うっう―――っ!!プロデューサーは私をなんだとおもってるんですかっ!!そんなにじゃあくじゃありませんよっ!!」

 やよいに怒られた。ごめんなさい。

「伊織ちゃんも頭のいい子でしたけど、しょせんおこさまですう。わきの甘いところはけっこうありましたあ。でも如月
 さんはそうはいかないでしょうね。このまえ街でお見かけしましたが、まったくつけ入るスキがありませんでしたあ〜」

 千早に接触したのか?そういえば千早は別に家に引きこもっているわけじゃないんだな。事務所に来ないだけで、普通に
学校に通っているし、買い物だってしているだろう。やよいが出会っていてもおかしくない。




「千早さんなかなかするどくて、ちらっとみた程度ならこちらにきづかないんですけど、私がびこーしようと思った瞬間に
 こっちをむくんですよ。だからみつからないようにかくれるのがせいいっぱいで。あのひと、人の心でもよめるんじゃ
 ないですかあ?」

「ははは、まさか。そんなわけないじゃないか〜」

 何とか笑ってごまかす真。その通りなんだけど、他人の秘密をあまり言いふらすのも悪いだろう。

「真さんあと1ヶ月でにんむしゅーりょーですよね?まにあうんですかあ?」

「正直言うとわからない……。でもボクは絶対に諦めないよ。最後の最後までやれるだけのことはやるさ」

 真の目はまだ諦めていない。本当は「奥の手」を隠しているようなのだが、本人が頑なに使いたがらないのだ。ならば
俺も真のやりたいようにやらせるしかない。




「ふ〜ん、でもいざとなったらためらわない方がいいですよお。どんな手かしりませんけど、如月さんは力をだしおしみ
 してかなう相手ではありません〜。本気でかからないとぜったい攻略できませんよお?」

 やよいが真剣なトーンで真に忠告する。これはエージェントの真に対して、高槻家の情報屋としてのやよいのアドバイス
だろう。まだまだ2人とも見習いではあるが、プロ同士の会話が事の重大さを再認識させる。そしてやよいはやよいなりに、
真を励ましているのだろう。こいつらも最初の頃を思えば、ずいぶん仲良くなったな。

「分かってるよ。今回の任務は雪歩の時よりもっと大変だ。そしてこれがボクの最後のミッションになると思う。ここまで
 上手くやってきたんだ。最後の最後で失敗するわけにはいかないさ」

 ソファに腰掛け、両手の指を組んで額に当てる真。その表情を伺うことは出来ない。不安を押し殺しているのか、神に
祈っているのか……




「まあ、真さんがしっぱいしたら私がそのにんむをひきついであげますよ。だから安心してさっさと引退してください。
 アイドル高槻やよい伝説のためには、真さんと雪歩さんはおじゃまむしさんなんですよ〜」

 いたずらっぽく笑うやよい。彼女はこの任務が終了した後も765プロに留まる事を宣言しており、先日正式に契約を
交わした。情報屋をやってた頃より収入が良いらしく、最近は本気でアイドルへの転職を考えているらしい。

「それに春香さん達には長介達もたすけられていますからね。私とお母さんが仕事でいそがしい時は、みなさんがばんご飯
 つくりにきてくれますから、本当に感謝しています〜」

 やよいのサポートをする為に、事務所のみんなでローテーションを組んで高槻家の様子を見に行っている。とは言っても、
料理が出来るのは春香と響とあずささんだけなのでこの3人が主に行っているのだが。やよいが忙しい時は、スケジュール
を調整して夕食当番に訪問するのだ。そしてやよいの家は事務所から近いので、たまに美樹や貴音達もやよいの弟達の遊び
相手になっているらしい。




「確か明日は春香だったか。あいつも喜んで行ってるから気にすることないぞ。春香は何故か自分は無個性だと思い込んで
 いるから、特技の料理作りが活かせて嬉しいらしい」

 俺がそういってやると、やよいは照れくさそうに笑った。最近は長介もかすみちゃんもちゃんと学校に通っているよう
だし、ずいぶん生活が楽になったらしい。

「やよいには家の事もあるんだし、これ以上迷惑をかけないよ。千早のことは必ずボクが解決するか心配しないで。
 それからアイドル勝負するならボクがいるうちにしてくれないかなあ。アイドルを辞めた後に勝ったとか言われたら
 気分悪いからさ♪」

「うっう―――――っ!!」

 真が不敵な笑みを浮かべるとやよいが悔しそうにうなった。現在、765プロのトップアイドルは真と雪歩がワンツー
を決めている。やよいはやや間を空けて、美希と僅差で3位争いをしているのだ。しかし春香や響達も人気をつけてきて
いるのでいつ変動してもおかしくない。それに伊織が復帰して竜宮小町が再始動すればまた状況は変わるだろう。




「ボクがいるうちに、か……」

 言い争う2人に聞こえない声で、俺は口の中でこっそりつぶやく。やはり3ヶ月が過ぎれば、真はアイドルを辞める
つもりなのか。元々そういう約束で765プロに来たとはいえ、何とか続けてもらう事は出来ないだろうか。楽しそうに笑う
真を見ながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。





***


 翌日、やよいは新番組の収録のために一日スタジオで準備していた。内容は料理番組だ。やよいは最初、子供向け番組の
料理コーナーで簡単なサンドイッチやおやつを作っていたのだが、その手際があまりにも良すぎて他の番組のディレクター
から主婦向けの料理番組にやよいを使いたいとオファーがあった。そしてやよいは新たに始まる料理番組のプロの料理人の
アシスタントとして、準レギュラーに起用された。伊達に家事やってないな。俺はやよいのプロデューサーとしてついて
いる。真と雪歩も応援に来ていた。

「どうしたやよい、いつもと違って緊張しているじゃないか」

「あれれ〜、そんな調子でボク達に勝てるのかな〜?」

「だ、だめだよ真ちゃん、そんなプレッシャーかけたら……」

 いつも物怖じせず堂々としているやよいだが、やはりプロの料理人と一緒に仕事するとなると緊張するらしい。さっき
からガチガチだった。




「うぅ…、うるさいですーっ!!じゃまするならかえってくださーいっ!!」

 珍しく喚き立てるやよい。プロの情報屋とはいえ14歳の女の子だ。これくらい自然だろう。

「いやあ。ゴメンゴメン。でもすごいじゃないかやよい。ボク達765プロのアイドルの中で番組のレギュラー取ったのは
 やよいが初めてだよ。だからみんな羨ましがっていたよ」

 真がそう言ってやよいの頭を撫でる。美希なんて本気で悔しがっていたからな。お前もうすぐソロデビューする
だろうがって言ったけど「それでもミキが一番じゃないとヤなのっ!!」って怒られた。随分真面目になったよアイツも。




「そうだよやいちゃん。私達も同期メンバーとして嬉しいよ。今日は観客席で応援しているから、頑張ってね」

 雪歩がいつものように励ます。雪歩は来月、歌の収録に入る。デビューはまだ未定だが、雪歩も本格的にアイドルとして
の道を歩み始めた。てっきり真が辞めたら自分も辞めると言うと思っていたのだが、彼女は彼女なりに自分の人生を考えて
いるようだ。「真ちゃんがアイドルを辞めちゃっても、もういつでも会えますから」と雪歩は笑っていた。彼女はようやく
ちょっと遅めの自立をしたのだ。真も嬉しそうだった。

「ふ…、ふんっ!今日はこれからの活動のためにもだいじな日なんですから、じゃましないでくださいねっ!」

 雪歩に毒気を抜かれて、やよいは少し赤くなってそっぽを向く。俺もプロデューサーとして、彼女をしっかりサポート
しなとな。




「もしもし春香さんですかあ?すみません今日はよろしくおねがいします〜。……いえいえ、こちらも頑張りますう」

 新番組出演の激励だろうか。そんな感じの会話をしていた。

「……え?千早さんですかあ?それは別にかまいませんが……」

 やよいがやや驚いた声をあげる。彼女の口から出た如月という言葉に、俺と真は反応した。

「はい、はい。ではこちらは9時ごろにはかえれると思いますので、それまでよろしくお願いします〜」

 そう言ってやよいは電話を切った。俺と真が訊くより先にやよいは説明してくれた。




「なんだか春香さん、晩ごはんの食材を買いにスーパーにいったらたまたま千早さんに会ったみたいで。千早さんは
 インスタントのものばかり買っていたから、うちで一緒に晩ごはんを食べようとさそったから呼んでいいかって
 いわれちゃいましたあ。私は別にかまわないんですけど、大丈夫でしょうかあ?」

 何だ、春香のいつものお節介か。多分遠慮する千早を強引に誘ったんだろう。春香と一緒で、他のアイドル達もいない
なら問題ないだろう。長介やかすみちゃんも良い子だし(表面上は)、あの子達とふれあう事で千早の心も癒されれば良いと
思う。真も同意見のようだ。

「ごめんねやよい。千早の事はボクが何とかしないといけないのに迷惑かけちゃったね……」

 申し訳なさそうに謝る真に、やよいはにっこり笑顔で返すと

「別にいいですよお〜。私は何もしてませんし。それにかすみが如月さんのファンなので、あの子も喜ぶと思います〜」

 かすみちゃんなかなか見る目があるじゃないか。今度おかしでも買ってやろう。自分のファンが復帰を待っていると
知ると、千早も少しはやる気になるかもしれない。




「あれ、私も電話だ。伊織ちゃんどうしたのかなあ?」

 やよいは楽屋のテーブルの上に置いてあった伊織専用電話を手に取る。そして伊織と話し始めた。

「もしもし伊織ちゃん?……ううん、別にいーよー。……うん、これから収録。がんばるね」

 こっちは新番組出演の激励だろうか。やよいも嬉しそうにおしゃべりしている。

「ええっ!!だいじょうぶなの?……うん、うん。ちゃんとひやしておいてね。はれがひどかったら病院にいってね……」

 またもや驚いた声をあげる伊織。何だ?病院?何だか穏やかじゃないな。

「うん、……うんわかった。ゆっくりしていくといいよ。春香さんが晩ごはんつくってくれてるから。9時には帰れるから、
 それまで長介たちと遊んでいてね。それじゃあまたあとでね〜」

 やよいは電話を切ると、再び俺達に説明した。




「なんだか伊織ちゃん、お父さんとケンカしちゃったみたい、頬をぶたれて家出しちゃったみたいなんですー。それで
 一日はやくなっちゃったけど、うちに泊めてって言われましたあ。私はいませんけど春香さんもいるし、大丈夫だと
 思います〜」

 伊織も色々大変なんだな。でも家出してやよいを頼って来るなんて、あいつもなかなか可愛いところがあるじゃないか。
やよいの家はお金持ちではないけど、伊織にとっては良い息抜きになるかもしれない。あいつもゆっくり休めばいいさ。

「……あれ?何だか重大な事を忘れているような気が……」

 すると俺の横で、真が何か思い出そうと頭をひねっていた。何だ?何か問題でもあったか?




「……やよいちゃんのおうちって、今千早ちゃんが来ているんじゃあ………」

 真の横で、青い顔をしてぽつりとこばす雪歩。その言葉に俺達もさっと青ざめた。

「「「あああ―――――――――っっっ!!!!!!」」」

 ヤバイ、ヤバ過ぎるっ!!まだ十分に説得もしていないのに、今千早と伊織を会わせるのは非常にまずいっ!!下手したら
大ゲンカをした挙句、二度と修復不可能になるかもしれない。そうすれば俺達の今までの努力は水の泡だ。すぐに対策を
考えないと……っ!!

「ど、どどどどどどどうしましょープロデューサーッ!!わわわわ私とんでもないミスををををを………」

「や、やよいとにかく落ち着いてっ!!やよいは今から収録でしょっ!!ボク達が何とかするからっ………っ!!」

「で、でもでも一体どうすればいいの……?」

 あまりの緊急事態に戸惑う3人。一応春香がいるけど、春香1人で伊織と千早を何とか出来るとは思えない。すぐに救援
を呼ばないと……




「そうだっ!!事務所にいる子か、オフの子に連絡しましょうっ!!春香1人じゃ無理でも、誰か他の子がいれば何とかなるかも
 しれませんっ!!」

 真が提案する。それは俺も考えたさ。しかし今日オフなのは響だけなんだ。険悪なムードの中で、あいつがKY気味に
「なんくるないさーっ!!」なんて言ってみろ、ますます状況が悪化するぞ。

「う……、確かに響は不適格ですね。でも小鳥さんに行ってもらうわけにもいかないし……」

 この収録現場からやよいの家まで、首都高を使っても1時間はかかる。道が混んでいたらもっと遅くなるだろう。春香達
はもうとっくに到着しているはずだ。伊織も1時間もかからないだろう。どう頑張っても間に合わない。それに真も雪歩も、
応援ではあるが収録中にコメントを求められるシーンがある。だからこいつらも動けない。




「あああどうしましょうどうしましょうっ!!私のせいでみなさんにご迷惑を……っ!!」

 頭を抱えて取り乱すやよい。無理もない、こいつも緊張していたんだ。それに伊織のためを思っての行動だったのだろう。
今更伊織を断るわけにもいかない、家出した伊織を保護しないと、行方不明にでもなられたらもっと大変な事になる。

「……プロデューサー、ボクやよいの家に行ってきます」

 その時、固い決意をした顔で、真が言った。やよいと雪歩が真を見る。

「で、でも今から行ってもまにあわないし、すでにておくれですうっ!!」

 幾分冷静さを取り戻したやよいが真に言った。しかし真は揺るがない。




「分かっているさ。でも行かないよりはマシだろう?どうせどこかであの2人は話し合いをしなければいけなかったんだ。
 逆に考えるとこれはチャンスかもしれない。それにこれを逃すと、もう次はない気がするんだ」

 確かにそれもそうだ。こちらが会談の場を設けても、伊織も千早も決して応じようとはしなかった。だから少々だまし
討ちみたいな結果になってしまったが、2人が顔を合わせるのは奇跡に近い。

「……わかった。こっちは任せて。私が真ちゃんの分も頑張るから」

「ゆ、雪歩さんっ!?」

 真の決意を聞いて、雪歩も同調した。雪歩もいつもの気弱な雰囲気ではなく、とても頼もしく見える。




「真ちゃんは困ってる女の子達を助けるエージェントさんだもんね。だからここは真ちゃんが行くべきだと思う。私を
 助けてくれたみたいに、伊織ちゃんと千早ちゃんも助けてあげてねっ!」

「雪歩……、ありがとう。やる気出てきたよっ!!」

 やよいはもはや何も言えなかった。真も雪歩も自分の仕事と任務を全力でやると言ってるんだ。ならば自分もそれに
応えるしかない。

「……伊織ちゃんのことよろしくおねがいします。あの子はいじっぱりな子だけどほんとはさびしがり屋さんで、こころの
 中ではいつもさびしいって泣いてますう……、だから、だからどうか伊織ちゃんを……っ!!」

「わかってるよやよい。あずささんと亜美からも聞いているんだ。伊織がいないと竜宮小町は始まらないって。律子も
 伊織のことは随分と買っていたからね。千早だって悪い子じゃないんだ。だからきっと仲直り出来るさ」

 真は半泣きになっているやよいの頭を優しく撫でると、手に持ったハンカチでやよいの涙を軽くふいてやった。そして
収録を頑張れと激励すると、真剣な顔をして俺の方へ向き直った。




「それではエージェント菊地真、これより最終ミッションにあたります。全力で任務にあたりますので、プロデューサーは
 やよいと雪歩のサポートをお願いしますっ!!」

 ビシっと背筋を正して敬礼する真。さっきまでのアイドルではない、エージェントの顔になっていた。

「ああよろしく頼む……、と言いたい所だが、アシはあるのか?俺もここを動く事が出来ないぞ」

「それはタクシーを拾って、電車を乗り継げば何とか……」

 ダメだ、それでは時間がかかりすぎる。何か良い方法はないのか……っ!!




「話は聞かせてもらったよ☆」


 その時、楽屋のドアが開いてひとりの男が入って来た。あまりの予想外の人物に俺達は驚愕する。

「げっ……、北斗さん………」

「ど、どうしてお前がこんなところに……?」

 楽屋に現れたのは961プロの男性アイドルユニット『ジュピター』のメンバー、伊集院北斗だった。キザな仕草で彼は
真にウィンクをする。

「チャオ☆真ちゃん。今日も可愛いね♪」

 北斗はそう言って真にフルフェイスのヘルメットを手渡した。よく見ると彼はライダースーツを着ている。そういえば
今日は同じスタジオでやよいの前にジュピターが歌番組の収録をしていたっけ。もう終わって彼は帰るようだ。




「真、一体どういうことなんだ?お前はこいつと付き合ってるのか?」

「真さん、おとこのひとにきょーみあったんですかあ。私はてっきりレズレズさんかと……」

「真ちゃん、説明してくれるかなあ……?」

「ち、違いますよっ!!何でみんな変な誤解しているんですかっ!!ボクと北斗さんはそういう関係じゃありませんよっ!!」

 顔を真っ赤にして、慌てて真が否定する。じゃあどういう事なんだと聞いたが、真は難しい顔をしてなかなか答えない。
すると北斗が横から説明してくれた。




「ウチの社長も真ちゃんの協力者のひとりなんですよ。6家の問題は961プロにも影響しますから、真ちゃんの手助けを
 してやれと命令されてるんです。お困りのようでしたので、俺のバイクに乗せてあげますよ。渋滞をすり抜ければ40分
 くらいで着くと思いますから♪」

 なるほど、俺達以外にも真には情報提供者がいるとはいるとは思っていたが、まさか961プロだったとはな。何故かウチ
の事務所を目の敵にしている黒井社長が協力してくれているとは思わなかった。

「その代わり今度デートしてね♪ずっと口説いているのに全然連れないんだから。真ちゃんは女の子なんだから、俺が
 可愛いお姫様にしてあげるよ☆」

 ぞわわわわっ!!北斗以外の全員に鳥肌が立った。真、そんな男との交際を俺は絶対に認めないからなっ!!アイドル同士の
スキャンダル以前に、ソイツはダメだっ!!




「ああもう、詳しくは後で説明しますからっ!!早く行きますよ北斗さんっ!!こんな所でのんびりおしゃべりしている暇はない
 んですよっ!!」

 そう言って、真は北斗の手を引っ張って楽屋を出て行った。そうだ、今は千早と伊織の方が大事だ。頼んだぞ、真……




***


「あ、もうここでいいです……」

 やよいの家が見えてきたので、北斗さんに近くで降ろしてもらうように頼む。

「OK♪じゃあ真ちゃん、約束忘れないでね☆」

 黒い大きなオートバイを停車させて、ウィンクを飛ばしてくる北斗さん。うう、3日後にデートすることになっちゃった。

「じゃ、じゃあボクはこれでっ!!ありがとうございましたっ!!」

 返事の代わりにヘルメットを押し付けて、ボクはやよいの家に向かって走り出した。時計を確認するとテレビ局を
出てから40分が過ぎていた。タクシーや電車を使うよりはよっぽど早く着いただろうけど、もう千早と伊織は既に顔を
合わせているだろう。ケンカになっているならまだいいが、どちらかがもう帰っちゃっていないだろうか。そうなって
いたら手遅れだ。どっちみち気合を入れて行かないといけないな。




「すぅ〜……、はぁ〜………。よしっ!!」

 やよいの家の前で改めて深呼吸をして、ボクはドアを叩こうとした。その時、


 ガチャーンッ!!ガタガタガタッ!!ズダーンッ!!
 わ〜んっ!!うわ〜んっ!!


 大きな物音と赤ちゃんと思われる子供の泣き声がする。くそっ、中で取っ組み合いのケンカでもしてるのかっ!?千早も
伊織も華奢な女の子だけど気が強そうだからな。早く止めないとやよいの弟たちにまで迷惑がかかる。




「何をやってるんだふたりともっ!!まずは落ち着いて話し合おうっ!!」

 ボクは慌てて玄関を開けて、やよいの家に上がり込んだ。そして居間に突入する。

「うるっさいわねっ!!これが落ち着いていられる状態に見えるわけっ!?アンタもさっさと手伝いなさいよっ!!」

「ああ真、いいところに来てくれたわ。赤ちゃんにミルクをあげたいんだけど、哺乳瓶ってどこにあるの?」

「………へ?」

 そこで見たのは泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えて一所懸命あやしている千早と、ぐずる幼稚園児くらいのやよいの弟2人を
必死で相手している伊織だった。伊織に会うのは初めてだったけど、写真で見ていたから顔は確認している。




「え……。何これどういう状況?春香はどうしたの?」

 いまいち事態が呑み込めないボクに、千早が丁寧に説明してくれた。

「私が春香と高槻さんの家にお邪魔したら、高槻さんの上の弟さんと妹さんが熱を出して倒れていたの。春香はさっきまで
 隣の部屋で2人を看病していたんだけど、熱が下がらないから病院に連れて行ったわ。私はその間のお留守番を頼まれた
 んだけど、下の弟さん達が泣き出して、そのまま赤ちゃんまでぐずりだしちゃって……」

 長介とかすみちゃんが熱だってっ!?2人はやよいの芸能活動をサポートする為に情報屋の仕事をここ数日頑張っていた
みたいだからその無理がたたったのかな。




「私が来た時は既にこんな状態になってたわ。ギャン泣きしてるやよいの弟3人に囲まれて千早がおろおろしていて、来た
 瞬間に帰りたくなったけ、千早がすがるような瞳で私を見てくるしやよいの弟たちも放っておけないしで、手伝わされる
 ことになっちゃったのよ。……ああもうっ!!アンタ達男の子でしょうっ!!いい加減に泣き止みなさいっ!!」

 伊織がやよいの弟達の相手をしながら、横から捕捉説明をはさむ。なるほど、緊急事態が発生してケンカしている場合
じゃなかったんだね。春香はきっと長介達の熱が千早にうつらないようにと思って自分が病院に連れて行ったんだろうけど、
この家に来るのが初めての千早に留守番をさせるのは酷だよ。しかし2人には気の毒だけど、こっちはかえって好都合だ。
とりあえず今はやよいの弟たちが先だな。

「よしわかった、ボクも手伝うよ。やよいの家の手伝いは何度かしたことがあるから。まずは粉ミルクだね。すぐに準備
 するから千早はもう少しあやしてあげて。それから伊織、そこの押入れの2段目の引き出しにおやつが入ってるから
 ひとまずそれを食べさせてあげて」

 ボクはてきぱきと2人に指示を出して粉ミルク作りにとりかかる。たまにやよいの家に来た時は、こうやって家事の
手伝いをする。ボクも家事や子供の相手は得意な方じゃないけど、だいたいは出来るようになった。




「わ、わかったわ」

「ええとこれかしら。ほら、あんた達の好きなおかしよ。さっさと泣き止みなさい」

 慣れない手つきで赤ちゃんをあやす千早と、弟達におやつを与える伊織。ボクが作った粉ミルクを千早に渡すと、千早に
抱かれていた赤ちゃんはゆっくり飲み始めた。伊織が相手をしていた弟達も泣き止んでいる。とりあえずは一安心かな。

「おなかすいたよう……」

「ごはんまだ……?」

 すると泣き止んだ弟達が、我に返ってこう言った。時計を確認すると7時半を過ぎている。いつもならこの時間には既に
食べ終わってるもんな。おやつじゃ足りないよね。




「千早、伊織、料理出来る?」

 一応確認してみる。ちなみにボクはさっぱりだ。プロテインだったら作れるけど………

「私はいつもサプリメントと出来合いのものしか食べてないから……」

「私もいつもシェフが作ってくれるから……」

 申し訳なさそうに目を逸らす千早と伊織。いや、何となくそうだと思っていたけどね……。しかしこれは困ったぞ。
さっき台所を見ると、とりあえず春香が買ったと思われる食材は置いてあったけど、どれをどう使ったらいいのか
全然わからない。




「おにいちゃんはどこぉ……、おねえちゃんはどこぉ……?」

「う……うぅ………」

 再び泣き出すやよいの弟達。ほんのつかの間の安らぎだったな………

「現実逃避してないで何とかしなさいよっ!!アンタ一体何しに来たのよっ!!」

 遠い目をしていると伊織に怒られた。いや、そう言われてもボクもどうすればいいか……

「落ち着いて水瀬さん。何も出来ないのは私達も同じよ。とりあえずここにいる3人で何とかしましょう」

 横から千早が冷静に答える。さすが孤高の歌姫、頼りになるよ。でも冷静なだけであまり役に立ってないけどね。




「ただいま〜っ!!ゴメンね千早ちゃん遅くなってっ!!今やよいのお母さんに病院の付き添い代わってもらったから、ご飯
 すぐ作るねっ!!」

 3人でうんうん唸っていると春香が帰って来た。ナイスタイミングだよ春香っ!!

「あれ?伊織?それに真まで……。どうしちゃったの?」

 ボク達の顔を見てきょとんとする春香。さて、それじゃ春香が晩ごはんを作ってくれている間、ボク達はもう一度
この子達の相手をしようかな。




「伊織、千早。どっちでもいいから春香の手伝いをしてあげて。残った方はボクと子守りね」

「じゃあ私が」

 そう言って、赤ちゃんをベッドに寝かせて千早が台所へ行った。伊織は特に口を挟まなかった。

「ありがとう伊織。おかげで助かったよ」

 ボクがお礼を言うと、伊織はふんっ!!と怒ってそっぽを向いてしまった。

「初対面なのに馴れ馴れしいわねアンタ。やよいの言ってた通りだわ」

「いいじゃないか。同じ事務所の仲間なんだからもっと仲良くしようよ。ボクの事は真って呼んでくれていいからさ」

 ボクは泣いている弟達をまとめて抱き上げて、たかいたかいをしてやる。するとそれが楽しかったのか泣き止んだ。




「アンタ本当にお気楽ね。そんなので公安のエージェントが務まるの?」

 隣から皮肉たっぷりに意見する伊織。ボクをスパイじゃなくてエージェントだと言ってくれたのは伊織が初めてだよ。

「はぁ?だってそうでしょ。エージェントってのは『協力者』っていう意味よ。アンタは公安の父親の任務に協力している
 だけの民間人なんだから、スパイじゃなくてエージェントじゃない」

 へえ、そういう意味だったんだ。じゃあ父さんがスパイになるのか。ボクはエージェントの方が響きが格好良いから、
自分の事をそう呼んでいたんだけどな。父さんも多分同じような感じで自分の事をエージェントだって言ってると思う。




「しっかり勉強しときなさいよ。アンタ達親子がそんなんじゃ、私も安心して家の事を任せられないじゃないの」

 伊織はそれだけ言うと、部屋に散らかったおもちゃやおかしの袋を片付け始めた。どうやら思っていたよりは嫌われて
ないみたいだな。少なくとも、6家の問題に介入するのを許されている程度には信頼されているようだ。これもやよいの
おかげかな。

 台所からは、春香と千早が晩ご飯を作っている音がする。不慣れな千早に春香が色々と教えているみたいだ。千早と
伊織の仲直りはひとまず晩ごはんを食べてからだな。ボクはたかいたかいをしながら、後々の事を考えていた。


Last mission:【Continuation】



ここまでです。ラストミッション長くなったので前後編に分けました。千早と伊織を会わせるのに
苦労しましたよホント……。次回まるまる2人の為に使います。どうぞお付き合い下さい。
それでは次回

Last mission:【籠の中の小鳥たちを解放せよ・後編】

どうぞお楽しみに



Last mission【籠の中の小鳥達を解放せよ・後編】


「ふんふんふ〜ん♪」

 夕食後、やよいの弟達をお風呂に入れて春香は現在鼻歌を歌いながら後片付けをしている。時刻は間もなく9時に
なろうとしていた。そろそろやよいが帰って来るはずなんだけど、収録が長引いているのかな。

「………なんかしゃべりなさいよ」

「い、いやあ……。そう言われてもなあ………」

 ちなみに現在、居間にはボクと伊織の2人だけが残されている。夕食はアイドル4人とやよいの弟達2人で楽しく食べた
が、2人だけになるととても気まずい。伊織には既にボクの正体もバレているみたいだし、何を話しても勘ぐられそうだ。
それは千早も同じだったけどね。伊織は溜息をつくと、「別に何もしないわよ」とぽつりと言った。ついでに千早は


♪ね〜むれ〜 ね〜むれ〜♪


 2階でやよいの弟達に子守歌を歌ってやっていた。とても綺麗な歌声で心が安らぐ。あの歌を聴かされたら、誰でも
すぐに眠ってしまうだろう。




「………、…………」

 ふと伊織の方を見るとうつらうつら舟をこいでいた。伊織、お風呂に入ってから寝ないと風邪ひくよ。

「う……、うるっさいわねっ!!別に千早の歌を聴いて眠くなったわけじゃないんだからねっ!!」

 別に何も言ってないよ。でもしっかり者のお嬢様のように見えて伊織もまだまだ子供なんだね。よくよく考えれば伊織は
15歳。ボクと雪歩より3つも年下だ。それを感じさせない態度と風格はさすが水瀬家といったところか。

「さすが千早ね……。子守歌ひとつとっても敵わないわ……」

 その時、伊織が悔しそうにぽつりと呟いた。そういえば伊織は千早にライバル心を抱いているんだっけ。そもそも
アイドルとしての系統が違うんだから、勝負しても意味ないと思うんだけどな。




「ようやく眠ってくれたわ。子守歌なんて久しぶり」

 しばらくして千早が降りてきた。その顔はどこか幸せそうだ。いつもつっけんどんな態度で表情も読み取りにくいけど、
やっぱりこの子は基本優しい子だな。

「じゃあ私は帰るから……」

 そう言って帰り支度を始める千早。………って、ダメダメッ!!ここで帰しちゃったらもう2人が顔を合わせる事が
無くなっちゃうよっ!!




「ま、待って千早っ!!せっかく伊織もいるんだし少し話をしていこうよっ!!2人とも言いたい事とかあるでしょっ!?」

 ボクの必死の説得に千早の動きが止まる。そしてまじまじと伊織の方を見ると、ふいっと目を逸らした。

「特にないわ。水瀬さんもそうでしょう?それに私はもう765プロを辞めるつもりでいるからどうでもいいわ」

 千早は興味なさげに言った。一方の伊織は無表情で千早を見ると、そのまま平坦な声で続けた。

「私も千早の事なんてどうでもいいわ。やよいには悪いけど765プロに戻るつもりはないもの。近いうちに辞表を持って
 いくから、あずさと亜美にも伝えておいて」

 2人とも恐ろしく冷めている。これはダメかもしれない。春香は相変わらずのんきに鼻歌なんて歌ってるし、ボク1人で
どうしろって言うんだよ。こういう女の子同士のケンカの仲裁なんてしたことないから分からないよ。男の子同士のケンカの仲裁なら昔しょっちゅうやってたけど。




「じゃあ結局、2人のアイドル勝負は千早の勝ちと言う事になるのか……」

 ボクは何の気なしにぽつりと呟いた。何でも単純に勝負事にとらえて考えるのはボクの悪いくせだな。物事はそう簡単
じゃないのに……

「はぁっ!?何言ってるのよアンタッ!!どう見てもこのスーパーアイドル伊織ちゃんの不戦勝でしょうがっ!!千早は敵前逃亡
 したのよっ!!そんな事も分からないのっ!?」

 すると伊織がキレた。あれ?そこに食いついて来るの?

「……ちょっと水瀬さん、それは聞き捨てならないわね。私がいつあなたに負けたのかしら。あなたが私より優れている
 ところなんてどこにあるの?」

 伊織の言葉を聞いて、千早ものって来る。あれ?千早意外と負けず嫌い?





「協調性ゼロのアンタに言われたくないわよっ!!ちょっと歌が上手なくらいで、あんたダンスはイマイチじゃないっ!!
 グループのリーダーやってる私の方が優秀よっ!!」

「それは歌手としての実力に関係があるのかしら。それに私はソロメインでの活動をしているの。徒党を組んでビジュアルで
 アピールしているお気楽なあなたとは次元が違うのよ」

「それがアイドルでしょうがっ!!歌が上手いだけのアイドルなんて価値ないわよっ!!ま、あんたの辛気臭い顔とその貧相な
 身体だったらアピールすることも出来ないでしょうけどっ!!」

「………なんですって?」

 千早もキレた。何だか急に風向きが変わってきたな。伊織と千早は大声でぎゃんぎゃん罵り合ってる。先程まで和解
なんて不可能だと思っていたのに、2人とも随分距離が近くなった気がする。まずは本音でぶつかりあわないとダメだよね。




「ふ、2人ともちょっと落ち着いて………」

 とりあえず仲裁に入らないと。近所迷惑だし、やよいの弟達も起きてしまうかもしれない。

「「アンタ(真)は黙っててっ!!」」

 2人に同時に怒られた。意外と気が合うんじゃないの?

「「そんなわけないでしょっ!!」」

 ぴったりハモる2人。これはユニット化も検討するべきではないだろうか。

「どしたの2人とも?ケンカしちゃダメだよ〜」

 夕食の後片付けを終えた春香が戻って来て何とか収まった。やれやれ、ボクもまだまだダメダメだよ……




***


「がるるるるるる………」

「ふぅ……、ふぅ………」

 取っ組み合いのケンカにはならなかったけど、今にも掴みかからんばかりの千早と伊織。何だか千早が犬に見えてきた。
伊織もトラとかヒョウみたいなネコ科の動物っぽい。

「お、落ち着いて千早ちゃん……」

「伊織も冷静になって。一応お嬢様なんでしょ?」

 春香とボクはそれぞれ千早と伊織を羽交い絞めにしている。そうしないとまたケンカを始めそうだから。普段冷静な
子ほど、キレたら怖いんだよな。




「……言いたい事はそれだけかしら水瀬さん。だったらもう私は帰らせてもらうけど」

 後ろ髪をふぁさっ、となびかせて、千早が冷静さを保とうとする。しかし逆に伊織には挑発しているようにしか見えない
だろうな。案の定再び伊織がヒートアップする。

「あんたのそういう人を見下したような態度が気に入らないのよっ!!あんたいつも手を抜いてるわよねっ!?必死でやってる
 私がバカみたいじゃないのっ!!」
 
 伊織の言葉に千早が目を見開いて驚く。春香も驚いていた。ボクはよく知らないけど、千早は歌に対してはいつも真剣に
取り組んでいると聞いている。手を抜いているという評価はされないはずだ。

「……どういう意味かしら水瀬さん?私は音楽に対しては真摯な姿勢で向き合ってるつもりだけど」

 千早が改めて伊織に聞く。




「ふんっ、とぼけてもムダよ。あんた何か隠しているでしょう。あんたの歌は凄く心に響く時とそうでない時があるのよ。
 基本的にどっちも上手いんだけど、聴いた後の印象が全然違うわ。それにあんたの迫力もね」

 伊織はさらりと答えた。これにはボクも驚いた。伊織が言ってるのは千早の特殊な『声』の事だろう。この声の事は
千早は765プロの中ではボクと春香にしか話していないはずだ。それに普段はほとんど使っていないと千早は言っていた。
たまに本人の意志に関係なく出てしまう時があるみたいだが、伊織はそれを聞き逃さなかったのか。

「水瀬財閥を舐めないでほしいわね。家の力に頼るのは不本意だけど、私はあんたにどうしても勝ちたくてあんたの歌を
 ウチの科学研究所で徹底的に分析したわ。そしたらあんたの歌声には時々特殊な超音波が混じるそうじゃない。1/fゆらぎ
 とか特殊な周波数が混じる人間はたまにいるそうだけど、あんたのはもっと強烈みたいね。ヒーリングなんて生易しい
 ものじゃない、人の心を支配するような催眠術のような幻覚効果があるってウチの研究員は言ってたわ」

 なるほど、如月家の特殊能力については知ることが出来なくても、科学的見地から調べる事は出来るわけか。さすがは
6家一番の資金力を持つ水瀬家だな。




「あんたがどうしてそんな歌を歌えるのかは知らないわ。でもそれがあんたの本気なんじゃないの?事実、あんたが今まで
 その超音波を出した時はライブは必ず成功したわ。悔しいけど私だって感動しちゃったもん。あんたはどうしてか滅多に
 その歌声を使わないけど。でも私だって負けるつもりは無い。アイドルは歌だけじゃないもの。あんたみたいな歌は
 歌えなくても、私は必ずアイドルとしてあんたを超えてみせるわっ!!」

 伊織はそう言って千早を指差した。伊織が本当に怒っていたのはこれだったのか。ボクは伊織の事を、自分が一番じゃ
ないと気が済まないただのわがままで負けず嫌いなお嬢様かと思っていたけど、どうやらそうではないようだ。かなり
歪んではいるけど、伊織は伊織なりに千早の事を認めている。そしてライバルとして、全力で勝負をして勝ちたいと思って
いる。ボクは伊織の事がちょっとだけ好きになった。




「あんたが765プロを辞めてどこに行こうが関係ないわ。でもあんたが歌い続ける限り、私はあんたに勝つまでどこまでも
 追いかけてやるんだから。勝ち逃げなんて許さないわよ。超音波だろうが何だろうが、全部やっつけてやるんだからっ!!」

 伊織の目は本気だ。これは地獄の底まで追いかけてきそうだな。その迫力に圧倒されたのか、千早も顔が引きつっていた。
心を読めなくても、この言葉が本気であることくらいボクにも分かる。

「私の言いたい事はそれだけよ。今ここで負けを認めるなら許してあげる。あんたの家が廃業しようが知ったこっちゃ
 ないわ。これは水瀬伊織と如月千早の対決よ。あんたが望むなら竜宮小町だって辞めてやるわ。どうするの?」

「くっ……私は……、私は………っ!!」

 千早にとって歌う事は生きる意味そのものだ。だからどんな理由であれ簡単に負けを認めるわけにはいかない。それは
自分の人生を自分で否定するようなものだから。伊織は勝つまで何度でも挑んでくるだろう。ケンカでもこういう相手が
一番怖い。実力差があっても、気合いで負ければひっくり返される事もあるのだから。




―――――でもね伊織、千早には本気で歌えない『理由』があるんだよ。


「千早、もういいじゃないか」

「真?」

「ちょっと、ジャマしないでくれる?」

 ボクの発言に春香と伊織が反応する。千早もやや遅れてボクの方を見た。


―――――そしてボクの目を見て、顔を真っ青にした


「………何を知っているの………?………あなたは何を言うつもりなの………?」

 心を読まれちゃったみたいだな。構わないさ。こうでもしないとこの場は収まらないだろう。千早はもう二度とボクを
許してくれないかもしれない。でもいいんだ。この任務が終わればボクは765プロを辞めるんだから。後はみんなで仲良く
やってくれたらそれで万事解決だ。




「伊織、千早は本気を出さないんじゃない。『出せない』んだよ」

「………どういう事?」

 ボクの真剣な言葉に伊織は耳を傾ける。千早はガタガタ震えている。春香もおろおろしていた。ごめんね千早。でも
千早がこれからも歌い続ける為には、ここではっきりと知らせる必要があるんだ。絶対に。

「伊織が超音波と呼んでいるあの歌声だけどね。あれは歌う人の命を削る呪われた声なんだ。あの声で歌い続けると、千早
 は歌手としては間違いなく死ぬ。ひょっとするとその命さえも本当に落としてしまうかもしれない」

「やめて………、それ以上は言わないで………」

 千早は震えながら必死にボクに訴える。でもボクは止めないよ。千早を助ける為にもね。




「『鳥籠特訓』って言ってね。如月家に代々伝わる拷問に近い発声練習で千早はこの特殊な歌声を手に入れたんだ。でも
 それはかなり無茶な方法みたいで、練習中に命を落とした人もいたらしい。そしてそれを乗り越えた後も………」

「やめてぇ―――――――っっっ!!!!!!」

 ばち―――――んっ!! っと、ボクは千早に思いっきり左の頬をひっぱたかれた。あまりの衝撃に思わずひっくり返る。
今まで食らったどんなパンチより強烈だよ。耳がキンキンするし、口の中もちょっと切れちゃった。でもこれくらいされて
当然だ。なんせこれは黒井社長から教えてもらった如月家の極秘中の極秘特訓なんだから。どうしてあの人がそんな事を
知っているのか謎だけど、そんな非人道的な特訓が行われていたなんて絶対世間に知られるわけにはいかないもんね。

「お願い………、もうやめて………おねがい………」

 千早はボクの上にまたがり、涙を流しながら弱々しくボクの胸を何度も叩いた。きっと怒る以上に悲しいのだろう。
ごめんね。ボクも本当は黙っておくつもりだったんだ。でも如月家が廃業すると、遅かれ早かれこの事は暴かれるだろう。
恐らく宙組より有利に立ちたい海組によって。そして海組のリーダーである水瀬家がその秘密を一番に嗅ぎつけて、如月家
は責められることになると思う。そうならない為にも、ここで伊織に全てを話して如月家の謎を暴かないようにお願い
しなければならない。




「何よ………、一体どういうことなのよ………」

「千早ちゃん………」

 千早のただならない雰囲気に、伊織も春香も言葉を失っている。依然ボクの上で泣き続ける千早を見ながら、ボクは
改めて気合を入れ直す。いよいよ最終ミッションもクライマックスだ。ここまで来たらもう引き返せない。みんなまとめて
このエージェント菊地真が助けてあげるよ。




***


「如月家の人間はね、物心がつく前から歌の特訓をさせられるの。私も小さい頃は歌っていた事しか憶えてないわ」

 しばらくして落ち着きを取り戻した千早が、観念した様子で静かに話しはじめた。ボクもだいたいのことは知っている
けど、やはりこの話は千早本人がした方が良いだろう。伊織も春香も黙って聞いていた。

「とても厳しい練習でね。朝から晩まで一日中歌わされた事もあったわ。弟もよく泣いていたけど、でも私は歌を歌うこと
 自体は嫌いじゃなかったから、そんなに苦にはならなかった。幸いにも素質があったみたいで、基礎の部分は早いうちに
 クリア出来たの」

 一日中歌うことが苦にならないというのはすごいな。やっぱり千早は元々才能がある子なんだ。そして努力も怠らない。
まさに歌を歌うために生まれてきたような女の子だ。




「基礎が終わると、今度は例の如月家に代々受け継がれてきた歌唱法を特訓することになったの。それがさっき真が言った
 『鳥籠特訓』よ……」

 千早は辛そうな顔で続けた。ボクも初めてその話を聞いたときは寒気がした。そしてとても憤りを感じた。

「如月家には、ちょうど人間がひとり入るくらいの大きな鳥かごがあってね。畳半分くらいのスペースで、ほとんど身動き
 の取れない状態の鳥かごに閉じこめられて、その上更に暗い地下牢に幽閉されるの。光も音も届かない、満足に動く事も
 出来ない状態で、私はまた歌わされたわ」

 伊織も春香もあまりの衝撃の告白に言葉を失っていた。春香に至っては泣いている。そんな特訓はもはや拷問だ。それを
まだ小学校にもあがっていないような千早がやらされていたんだ。あまりにショックで理解が追いつかないだろう。




「小学校には通わせてもらえたけど、家に帰ればひたすら鳥籠特訓。最初はそれが嫌で何度か逃げた事もあったわ。
 でもそのうち監視の人がついて、強制的に家に連れ戻されるようになったの。そして罰として次の日は学校に行かせて
 もらえなくなってしまう。それはもっと辛かったから、まっすぐ家に帰って鳥籠に入るようになったの」

 ボクがもっと女の子らしくなりたかったとか、雪歩が極道の家に生まれて辛かったとか、そんなレベルではない。千早の
幼少期は想像を絶するほど過酷だった。

「真っ暗闇の中で聞こえるのは自分の歌のみ。そうしているとね、人間って感覚が鋭くなっていくのよ。だんだん聴覚が
 発達していくし、視覚を遮ることで外に出た時にほんの少しの変化にも気付くようになる。そうして私は人の心の動きに
 も敏感になっていったわ。それもこの特訓のねらいだったらしいんだけど、おかげで人間不信になりかけたわよ」

 千早の言葉に伊織が驚く。千早が人の心を読めるのは知らなかったようだ。普通は信じないよね。




ちょっとご飯食べてきます。



「鳥籠特訓をクリアする為には、特殊な調律をされた音叉を歌声で震わせる事が条件だったの。毎日一度だけ、父か母の
 どちらかがその音叉を持って地下牢に降りてくるの。そして一度だけその音叉の前で歌う。音叉が震えなかったらそれで
 終わり。またひたすら一人で特訓よ。食事もトイレも全部鳥かごの中。横にもなれないから座って寝ていたわ。この特訓
 で精神を病んでしまったり、自殺をした人も過去にはいたみたい。私もよく死ななかったと思うわよ。結局その音叉を
 震わせるのに2年かかったわ。それでも歴代の如月家の人間の中では早い方だったみたいだけど」

 千早が自嘲気味に笑う。そんな異常な特訓を千早は2年も続けていたというのか。しかも小さい時に。今のボクでも
とても耐えられそうにない。

「でも弟は耐えられなかった……。私と入れ替わりにあの子は鳥籠特訓に入ったんだけど、初日からとても耐えられそう
 になかった……。そしてあの特訓で疲れきっていたから、迫ってきたトラックに気付くことも出来ずにあの子は……」

 そう言って千早は言葉を詰まらせた。千早の弟は交通事故で死んだと聞いている。しかしその背景のそんな事情があった
とは知らなかった。




「弟を失った事による父と母の落胆は大きかったわ。でもそれは息子を失った悲しみというよりは、一族の跡取りを失った
 事による悲しみの方が大きかったみたい。祖父達も同じだった。私はその時初めて、この家はおかしいと思ったわ」

 千早が話を再開する。その言葉には怒気が含まれている。そういえば千早は両親とあまり仲良くないみたいだ。まだ
高校生なのに、ずいぶん前から一人暮らしをしているみたいだし。

「弟はいなくなってしまったけど私は鳥籠特訓を終えていたから、父は私を如月家の跡取りにすることにしたわ。今までの
 如月家の歴史の中で女の跡取りはいなかったから反対する声もあったみたい。でももうそうするしかなかったのよ」

 千早が如月家の跡取りになることが決まったのが、彼女が9歳の時らしい。9歳にして彼女は既に家を背負っていたのか。




「私は家のことは正直どうでも良かったんだけど、でも歌うことは嫌いじゃなかったし、弟も私の歌を喜んで聞いてくれて
 いたから家の言うとおりに歌の特訓を続けていたわ。調子が悪いときやスランプの時は、自分から鳥籠の中に入った
 くらいよ。あんなに嫌がっていた鳥籠だったのに、私も狂っていたのかもしれないわね」

 千早は何事でもないかのように言うが、ボク達は信じられなかった。自ら進んでそんな特訓を受けるなんてどうかして
いるとしか思えない。千早は歌に関してはどこかおかしいのかもしれない。

「よく地方のコンクールや民謡の大会なんかにも参加させられたわ。私にかなう子は同世代にはもちろん、大人でも
 そういなかった。私の歌声は心に直接語りかけるんですもの。インチキよね。たちまち家にはトロフィーや賞状が
 増えたわ。全然嬉しくなかったけど」

 千早のコンクール荒らしの話は有名だ。大小問わず出る大会は片っ端から優勝をかっさらい、神童とまで呼ばれて
いたらしい。しかし彼女は中学2年生になった頃にコンクールからぱったり姿を消した。




「14歳になったある日急に声が出なくなってしまったの。歌はもちろん、日常会話すら支障が出てしまった。最初は風邪
 かと思ったんだけど、どうも様子がおかしい。結局原因が分からないまま、1週間ほど安静にしていたらまた歌える
 ようになったわ。でもその時、父がこの世の終わりみたいな顔をしていたの。それで母を問い詰めてみたら、これは如月
 の一族に代々伝わる病の兆候の可能性があるって聞かされたわ」

 その話を聞いて、伊織がひどく動揺した。千早が1週間ほど休む。これは今回の事務所の決裂が起こるそもそもの原因に
なった話だ。千早は病気で休んでいたにも関わらず、伊織は千早をプロ意識が足りないと責めてしまったのだ。

「原因はよく分かってないんだけど、声に超音波を混ぜる事で喉に大きな負担がかかり、そこから徐々に体を蝕んでいく
 らしいのよ。最初は声が出なくなって、そこから咽頭がんになって、ひどいと全身にがんが転移して命を落とす。現に
 如月家の直系の人間はみんな短命で、60まで生きていた人はごく僅かだそうよ。そして歌を歌えるのは大体30くらい
 まで。それ以降は日常会話すら出来なくなってしまう人もいるらしいわ。14でその兆候が出た私はもうそんなに長くは
 ないかもしれないって言われたわ」

 如月家の先代つまり千早の祖父も60手前で亡くなったらしい。現当主の千早の父は、現在は健康であるが如月の歌は
もう歌えないようだ。傍流の母も同じく、30半ばで声が掠れてしまって歌を歌う事は不可能らしい。




「如月の人間は聴く人全てを魅了する魔性の歌を歌うことが出来る。でもこの歌声は、歌い手の命を削る呪いがかけられて
 いるの。私もこの声で歌い続ける限りはその呪いから逃れる事は出来ない。でも如月家が廃業することが決まった今、
 それで良かったって思ってるの。もうあんな特訓を誰もしなくてもすむし、大好きな歌に殺されるのは私が最後だから」

 廃業が決まった事で、千早の父は鳥籠ごと地下牢を埋めてしまったらしい。自分の娘にその呪いが出た事で千早の父は
ようやくこの家の異常さに気付いたようだ。千早に言わせれば弟が亡くなった時に気付いてほしかったようだが。そして
高校入学と同時に千早は家を出て一人暮らしを始めた。もはや如月の歌を歌い続ける事が出来ない彼女は如月家を継ぐ事
が出来ない。母とはたまに連絡をとっているそうだが、父とは家を出た時以来会ってないそうだ。

「でも私だってこの呪いに簡単に殺されるつもりはないわ。高校に入って765プロに所属して、アイドルとして新たな歌の
 可能性を求めて歌手として生きていく方法を模索したわ。世界中の歌唱法を調べて、喉に負担をかけない歌い方を必死で
 練習したわ。そうして何とかアイドルとしてデビューすることが出来たの」

 昔から慣れ親しんだ如月家の歌い方を捨てて、新たな歌い方を身に付ける事は容易ではなかっただろう。しかし千早は
歌手として生きていく為に、命がけでそれを勉強して自分のものにしたのだ。





「765プロでの歌手活動は楽しかったわ。春香みたいな同じ道を歩む仲間にも会えたし、明るくて賑やかなレッスンも
 面白かった。私は竜宮小町も嫌いじゃなかったわよ。水瀬さん達からは歌だけじゃなくて、アイドル歌手としての
 可能性を教わったわ」

 千早がそう言って伊織に笑いかけると、伊織は顔を赤くして目を逸らした。春香も照れている。

「でも意識しないようにしても、時々あの声が出てしまうの。やっぱり10年以上如月の歌で歌ってきた習慣は体に
 染みついてなかなか抜けないものね。そして残念だけど、あの歌声で歌った方がファンの反応も遥かに良いわ。所詮は
 私のしてきた事はムダだったんじゃないかと、自分の命を差し出してでも私はあの歌声で歌うべきなんじゃないかと、
 活動を続けていくうちにどんどんそんな葛藤が大きくなっていくの………」

 千早はプロの歌手として歌にストイックに向き合っている。しかし彼女は本当の実力を隠して歌っている。自分の命
を守る為とはいえそのような姿勢で活動を続けていいのだろうかと、彼女はずっと悩んでいたのだ。




「如月家が廃業して私はこれから自由に歌えるはずなのに、結局私の心はまだ鳥籠の中にあるのよ。音も光も届かない、
 暗くて寒い鳥籠の中で私は延々と音叉相手に1人で歌う呪われた歌手なのかもしれないわ。だからごめんなさい水瀬さん。
 私はあなたと本気で勝負は出来ないの。そして私の事はもう放っておいて。これからは静かにひっそりと活動していく
 つもりだから、もう私に関わらないで」

 千早はそう言って伊織に頭を下げた。頭を下げる瞬間、ボクの方をちらりと見た気がする。この言葉はボクにも向け
られているのだろう。自分に構わないでくれという千早の精一杯のお願いだった。このまま千早はアイドルを引退し、
どこかボク達の知らない遠い国でひっそりと歌い続けるつもりだろう。歌手として生きていくなら、それでもいいかも
しれない。トップアイドル争いにしのぎを削る事もなく、自分のペースでのびのびと歌い続ける事が出来れば千早も如月家
の歌声に悩まされることはない。それはある意味、歌手としては理想の生き方なのかもしれないな。




「でもそんな生き方、ボクはエージェントとして認めるわけにはいかないな。伊織もそうだろう?」


 ボクは千早に向かってはっきりと言った。千早は驚いた顔して頭を上げる。ボクはそちらに目を向けずに伊織に話を
振る。伊織も少し迷っていたが、やがて決心したように千早の目を見てはっきり言った。

「そうね。千早、やっぱりあんたはプロ意識が足りないわ。結局あんたは逃げてるだけで何も解決してないじゃないの」

 春香も驚いている。これから伊織が何を言い出すのか、ボクには何となく分かる。きっと伊織もボクと同じ気持ちだと
思うから。もう伊織もボクの協力者だ。エージェント2人を相手に千早はどこまで抵抗出来るかな―――――




***


「まずは事情を知らなかったとはいえ、あんたには悪い事をしたわね。あんたの歌にそんな事情があるとも知らずに、
 責めてしまったことは謝るわ。ごめんなさい」

「い、いえ……、それは別にいいのよ………」

 まず伊織は千早に向かって深々と謝罪した。自分がつっかかった事で千早が気を病んでしまったと思っているのだろう。
やよいも言っていたけど、この子も優しい子だな。

「でもその上で同じ事務所のアイドル言わせてもらうけど、あんたはまだまだ努力が足りないわ。その歌声の事については
 同情するけど結局あんたは鳥籠から、いいえ如月家の呪いから本気で抜け出そうとしていないじゃないの」

 ボクも同じことを思ったよ。以前のボクや雪歩がそうであったように、千早も家に縛り付けられている。




「アイドルとして新たな歌手の可能性を求めて765プロに入ったって言ってたけど、私に言わせてもらうとあんたは如月
 の歌い手のままよ。ダンスレッスンは嫌がるし、他の子と合わせようとしなかったし。あんたは歌の仕事ばかりに
 こだわって他の仕事も受けなかったし、いつも1人で歌っていたじゃない。そうよね春香?」

「え、ええと………。そんなこともなくはなかったかな………」

 伊織に話を振られて、戸惑いながらも応える春香。孤高の歌姫なんて呼ばれるくらいだから、少なくともそういう傾向は
あったのだろう。




「それで自分の殻にこもっちゃって不安になって喉をつぶす家の歌い方にすがっちゃって、おまけにスケジュール
 に穴を開けるなんてみっともないったらありゃしないわ。仕事を舐めるのもいい加減にしなさい」

「………っ!!」

「さすがに言い過ぎだよ伊織っ!!」

 怒りそうになる千早を、慌てて春香が止めに入る。しかし伊織は全く怯む様子がない。

「あんたはこの私がライバルと認めた唯一のアイドルよ。でも私はあんたのその声だけを認めたわけじゃない。いつでも
 真剣で、自分に一切の妥協を許さないその姿勢を認めたのよ。なのに何なのよそのみっともない姿は。孤高の歌姫は
 どこに行ったのよ。あんたに挑み続けていた私がバカみたいじゃない」

 伊織の声がかすかに震えていた。よく見ると少し泣いているようだ。




「水瀬さん………」

「伊織……」

 千早と春香も驚く。伊織はハンカチで涙を拭うと、

「私もいつまでもアイドルをやるつもりはないわ。将来的には水瀬家の力に頼らずにアイドル事務所を立ち上げて、
 業界ナンバーワンを目指すつもりよ。だから今はアイドルとして全力で頑張りたいの。だからあんたにも家に負けずに
 全力で頑張って欲しいの。アイドルとしてはライバルかもしれないけど同じ事務所の仲間として、そして家のしきたりに
 立ち向かうという点においては私とあんたは同志よ。だからあんたに倒れてもらったら困るのよ」
 
 ずいぶん勝手な物言いだけど、伊織は伊織なりに千早を励ましているのだろう。不器用な彼女は優しい言葉をかけること
は慣れてないみたいだけど、でもだからこそ、その純粋な気持ちは伝わってくる。




「私も時々くじけそうになるわ。今日だってお父様とケンカして家を飛び出してきちゃったわけだし。でも私には亜美と
 あずさがいるもの。竜宮小町のリーダーとして、私はまだまだこんな所で倒れるわけにはいけないのよ。みんながいる
 から頑張れるなんて綺麗事を言うつもりは無いけど、みんなから力を貰っていることは否定しないわ」

 これがグループで活動する伊織と、ソロで活動する千早の違いだろうか。人間1人で出来る事は限界がある。それは
ボクも今回の任務でよく分かった。プロだからって、誰かの助けを借りたらいけないということはないんだ。

「あんたもプロならこれくらいの困難乗り越えてみなさいよ。超音波出さなくても歌う事は出来るんでしょ?だったら
 もっと真剣に歌いなさいよ。そんな声に頼らずに、ファンを感動させてみなさいよ。それに私達はアイドルよ。歌以外
 にもファンを楽しませるパフォーマンスはいっぱいあるはずでしょ。ワガママ言わずにもっとダンスレッスンも頑張り
 なさいよね。それくらいだったら、竜宮小町も協力してやらないこともないこともないこともないこともないわよ」

「ひぃ、ふぅ、みぃ……。あれ?伊織、それじゃあ協力してくれないことになるよ?」

 横で数えていた春香が口をはさむ。いや、そこは流そうよ春香………




「う……、うるっさいわねっ!!どっちでもいいでしょそんな事っ!!それに春香を筆頭に、事務所のみんなもあんたの帰りを
 待ち望んでいるのよっ!!ワガママばかり言ってひねくれているけど、あんただって事務所の一員なんだからっ!!いい加減
 大人になりなさいよねっ!!」

「ええ〜………、伊織がそれを言っちゃうの………。でもそこまで言うってことは、伊織は765プロに復帰するって事で
 いいんだよねっ!!」

「あ………」

 少々強引かと思ったけど、とりあえず言質を取っておこう。こんな事をしなくても、伊織は半ば落ちていたも同然だけど。

「そうね。いい加減ウチに居続けると水瀬家のつまらない政略の道具にされそうだし。そもそもあの家から出る為に私は
 アイドルになったんだから、そろそろ戻らないとヤバいわね。律子もぼちぼちキレそうだし」

 伊織は先ほど千早がそうしたように、長い髪の毛をふぁさっとなびかせると恰好をつけてみせた。今度は春香も黙って
いる。今さらそんなことしても意味ないよってボクも思ったけどね。




「千早、将来的に海外で活動するにしても、今はまだ765プロに居た方がいいとボクも思うよ。まだ家が廃業したばかり
 だと、どんな困難が襲ってくるか分からない。例の鳥籠特訓の件だって、それが明るみに出れば千早だってただじゃ
 済まないかもしれない。如月家以外の5家がまた安定して芸能界を収める体制が出来上がるまで、もう少しだけ765プロ
 の中で守られていてくれないかな」

 ボクは千早に語りかける。これは公安のエージェントとしての意見。今の千早をフリーにしておく事は、彼女の身の安全
を考えると得策ではない。その稀少な声や能力を狙って、誘拐される危険性もあるのだ。

「それから千早はもっと周りに頼るべきだ。千早が困っているなら、みんな助けてくれるよ。雪歩から手紙を貰っただろう?
 ボクはあの子に何度も助けてもらったよ。それにやよいだって、きっと千早の力になってくれる。それに何より春香が
 いつもそばにいるじゃないか。みんな千早が強がっているように見えて、本当は脆いことを知っているよ。だからもっと
 素直になって、みんなに甘えてみてもいいんじゃないかい?他のみんなもプロデューサーも待ってるよ」

 これは765プロのアイドルとしての意見。ボクが心配しなくても、みんな千早の為なら喜んで力になってくれるだろう。
雪歩とやよいだって親身なって助けてくれるはずだ。




「あんたがアイドル以外の事が原因で潰れる事は許せないわ。私はいつか、最高のコンディションのあんたを純粋な実力で
 倒すって決めているんだからっ!!その為だったら手段を選ばないわよ。たとえ水瀬家を敵に回してもね」

 ちょっと歪んでいるけど、伊織も千早を守る事を約束してくれたみたいだ。同じ籠の中の小鳥同士、伊織も千早の事を
放っておけないのだろう。2人で頑張れば、彼女達はいつか家という鳥籠の中から解き放たれる日が来るはずだ。

「一緒に帰ろうよ千早ちゃん……、お願いだから765プロに戻ってきてよ……。これ以上千早ちゃんが居ないなんて、私
 耐えられないよう……」

 春香が半泣きになりながら、千早の胸にすがりついた。千早の事を一番心配していたのは春香だ。今までずっと我慢して
いたんだろう。ボクと離れていた頃の雪歩もこんな感じだったのかなあ………




「水瀬さん………、春香………」

 千早はしばらく声が出なかったが、やがて小さく溜息をつくと春香の頭を優しく撫でてから伊織の方に向き直った。

「わかったわ。水瀬さん、明日一緒に事務所に行きましょう。2人で謝ったら律子も許してくれるでしょう」

「は、はぁっ!?私は別に律子が怖いわけじゃないわよっ!!」

 怒る伊織に千早はくすりと笑いながら、今度は自分の胸の中にいる春香に声をかけた。

13:23│菊地真 
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