2013年11月15日

真美「新しく来た兄ちゃんが961んだけど」

――コンコン。


赤羽根
「どうぞー」



「失礼します」



赤羽根
「お待ちしていました。今日はよろしくお願いします」



「えぇ、こちらこそ。プロデューサーのプロモーションビデオなんて始めてのことなので、色々と不都合をかけるかもしれませんが今日一日よろしくお願いします」



赤羽根
「はい! お互いに頑張りましょう! えっと……、話は変わるんですが、どこかでお会いしたことありますか?」



「……分からないですね」


赤羽根
「そうですか」



「どうしてそんなことをお聞きに?」



赤羽根
「いえ、なんとなく初対面ではないような気がして……」



「そうですか。いろんなアイドルを撮影しているので、もしかしたらどこかでお会いしたことがあるのかもしれませんね」




赤羽根
「なるほど……。すみません、話がそれてしまいましたね。それで、俺は普通に仕事してれば良いのかな?」



「はい。仕事をしている風景を撮るのがメインなので基本的にいつも通りで結構です。ただ、適当な場面でいくつか質問させて頂きますので、それに答えて下さい」



赤羽根
「分かりました」



「それではお願いします」



――



5:00


赤羽根
「……」カタカタ



「いつもこの時間からお仕事をされているのですか?」



赤羽根
「そうですね。昨日やり残した報告書の続きやみんなのスケジュールもまとめなくちゃならないから、定時に来たら間に合わないんです」



「大変なお仕事なんですね」



赤羽根
「アイドルを支えるのが俺たちの仕事なんだから、大変なのは当たり前だよ」



「なるほど。では、プロデューサーの魅力について教えて下さい」



赤羽根
「……やっぱり、一緒になって成長できるところかな」



「というと?」



赤羽根
「人気のアイドルや新人のアイドルにも不安やコンプレックスはあると思うんだ。だから一緒に分かち合って、考えて、みんなで乗り越える。俺は、そういうところがプロデューサーの魅力じゃないかなって考えてるよ」



「……素晴らしい考えですね。アイドルたちから慕われているのも納得ができます」



赤羽根
「ははっ。プロデューサー冥利に尽きるって感じかな?」


――



6:30


「だれか来ますね」



――カッ、カッ、カッ。


赤羽根
「この時間で来るとすれば……」


――ガチャッ。


小鳥
「おはようございます」


赤羽根
「やっぱり小鳥さんでしたか」


小鳥
「はい?」


赤羽根
「あ、いえ、こっちの話です」


小鳥
「はぁ、そうですか。ところで、こちらの方は……」



「カメラマンの――です。今日一日ご迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします」



小鳥
「あ、社長が言ってた……。私は事務員の音無小鳥です。話は伺っていますので、私にできることがあったら遠慮なく言ってくださいね?」



「はい。ありがとうございます」



――



7:00


――ガチャッ。


小鳥
「あ、おはよう春香ちゃん」


赤羽根
「ん? おはよう春香」


春香
「おはようございますプロデューサーさん! 小鳥さん! ……ところで、今日って取材ありましたっけ?」


小鳥
「えっと、あのカメラマンさんは……、なんて言えば良いんだろ?」


春香
「?」



「あ、自分のことは気にしないでください。高木社長に頼まれた別件で来てるだけですから」



春香
「別件?」


赤羽根
「社長の提案でプロデューサーを増員するんだ。俺たちはそのPV作りをしてる最中なんだよ」


春香
「へー。……あれ? それって私たちプロデューサーじゃない人にプロデュースされるかもしれないってことですか?」


赤羽根
「まぁ、そうなるかもな」


春香
「えーー! 嫌ですよ! 私はこのままプロデューサーさんと一緒が良いです! 増員なんて反対ですよ! 反対!」


赤羽根
「ワガママ言わないでくれよ。コッチも手一杯なんだからさ」


春香
「だって……」



赤羽根
「そんな顔するなよ。新しいプロデューサーが来るってまだ決まった訳じゃないだろ?」


春香
「……」


赤羽根
「それに、もし新しいプロデューサーが来たとしても俺は途中で投げ出すようなマネはしない。最後までお前たちの面倒を見るつもりだ」


春香
「……プロデューサーさん」




小鳥
「青春だわ」


「そうですね」




春香
「私ったらなに不安になってたんだろ……。あ、そうだ! プロデューサーさん、クッキー食べます?」


赤羽根
「せっかくだから貰おうかな。春香の手作りか?」


春香
「そうですよ。今日は一工夫してみました! プロデューサーさん、分かりますか?」


赤羽根
「どれどれ……。あ、もしかしてレモンが入ってるのか?」


春香
「ぉお! 正解ですよプロデューサーさん。風味付けにレモンを少しだけ使ったんですけど、いきなり正解するなんて凄いじゃないですか」



赤羽根
「ははっ。いつも春香のお菓子を食べてたお陰かな?」


春香
「じゃあ次はお菓子だけじゃなくてお弁当も作ってきますね!」


赤羽根
「それは春香に悪いんじゃないのか?」


春香
「大丈夫ですよ! いつも私たちの為に頑張ってくれてるから、そのお礼です!」


赤羽根
「そっか。ありがとな」




小鳥
「良い話だわ」


「そうですね」



春香
「カメラマンさんもお一ついかがですか?」



「え? くれるんですか?」



春香
「はい!」



「じゃあ頂こうかな」



春香
「どうです?」



「うん。美味しいです」



春香
「えへへ。当たり前ですよ。だって最高の隠し味が入ってますもん!」



小鳥
「茶番だったわ」


「そうですね」ボリボリ


――



8:00


『おはようございます!』


高木
「ウォホン! おはよう諸君。今日も元気でよろいしい。それでは朝礼を始めるとしよう」


高木
「みんなは既に気づいてるかもしれないが、このカメラマンは別の目的で我が765プロにおジャマしている。君たちを取材する訳ではないので気にしないように。以上」


赤羽根
「え〜、それじゃあ今日のスケジュールを発表するぞ」


赤羽根
「春香は午前中はCM撮影が2件。それとグラビアが一つだな。午後は――」


律子
「私たちは赤坂でロケだから早めに行くわよー」


――



亜美
「ねぇ、律っちゃん。あのカメラマン、兄ちゃん撮ってなにしてるの?」


律子
「邪魔しちゃダメよ? 新しいプロデューサーの為にプロデューサー殿の仕事ぶりを撮ってるんだから」


亜美
「え〜〜ッ! じゃあ兄ちゃん辞めちゃうの!?」


あずさ
「 」ピクッ


伊織
「 」ピクッ


律子
「そんなワケないでしょ。社長が新しくプロデューサーを増やす為にプロモーションビデオを作ってるの。赤羽根殿はPVの主役に選ばれただけよ」


伊織
「 」ホッ


あずさ
「 」ホッ


亜美
「なら早く言ってよ→! 亜美、メチャクチャ驚いたんだからね!」


律子
「亜美が勝手に勘違いしたんでしょ」


亜美
「BOO→ BOO→ 勘違いさせた方が悪いんだよ→!」

――



10:20


真美
「それじゃあ兄ちゃん、行ってくるね→」


赤羽根
「頑張ってこい!」



「アイドルたちを現場に送った後はどうされるのですか?」



赤羽根
「売り込みだったりレッスンの方に顔を見せたりで色々かな」



「なるほど。では営業をされる時は私がいてはジャマでしょうから、その時は撮影を控えますね」



赤羽根
「そうしてくれると助かるよ」


――



11:58


赤羽根
「そろそろお昼かな?」



「そうですね。赤羽根さんは……お弁当ですか?」



赤羽根
「はい。響から貰っちゃったんですよ」



「アイドルからお弁当を貰うなんて羨ましいですね。プロデューサーの特権ですか?」



赤羽根
「かもしれないですね。ははっ」


――



14:00


赤羽根
「お待たせしました」



「そんなに待ってないですよ。それで、売り込みの方はどうでしたか?」



赤羽根
「えぇ、向こうも気に入ってくれたみたいです。次からのレギュラー番組も決まりましたよ」



「ぉお! それは凄い。さすが敏腕プロデューサーですね」



赤羽根
「いや、今日は偶々だよ」



「運も実力の内ですよ」



赤羽根
「そ、そうかな?」



「そうですよ」



赤羽根
「あんまり褒められたことがないから、照れるなぁ」


――



17:00


コーチ
「はい! ワン・ツー。ワン・ツー。その調子で次!」



「……」タッタッキュッ


やよい
「〜〜ッ」タッタッキュウッ


美希
「〜♪」ッタッタッキュ


コーチ
「高槻さん、少し遅れてるわよ! もっと体重移動を意識してッ! それから美希さんは逆に早い! 真さんを基準に!」


赤羽根
「……」



「……」



「……」タッタッキュッ


やよい
「……ッ」タッタッキュッ

美希
「……」タッタッキュッ


コーチ
「だいぶ合ってきたわ。次も反復練習だから今の感覚を忘れないように! 今日の練習を終わりにします!」



『お疲れ様でした!』




やよい
「つ、つかれました〜ッ」



「え、そう? 今日は軽めじゃない?」


やよい
「うぅ……。真さん凄いですね。私なんてヘロヘロですよ」ハァ。ハァ。


美希
「真くんは体力オバケなの」フゥ。フゥ。



「なんだよそれ! それじゃあ、まるでボクが体力バカみたいじゃないか!」


美希
「え、違うの?」



「違うよ!」


赤羽根
「はいはい。二人ともケンカしない」


真・やよい
『プロデューサー!』


美希
「ハニー!」



「……ハニー?」




赤羽根
「こ、こらっ! だからその呼び方は止めろって言ったろ?」


美希
「なんでなの? そこの人はミキたちとカンケーないから大丈夫って社長も言ってたの」


赤羽根
「いや、そうじゃなくて……。その呼び方を止めてほしいんだけど……」


美希
「分かったの」


赤羽根
「分かってくれたか!」


美希
「ハニーは照れてるだけなの! だからハニーが慣れるまでハニーって呼ぶの!」


赤羽根
「まるで分かってないじゃないか!」


――



赤羽根
「コホン。みんなお疲れさま。飲み物とか買ってきたから、呼吸を整えたらみんなでお茶会にしよう」


やよい・真
『ありがとうございます、プロデューサー!』


美希
「おにぎり〜♪ おにぎり〜♪」


赤羽根
「こら! 勝手に漁っちゃダメだろ!」


美希
「ハニー、おにぎりがないの……」


赤羽根
「あ、悪い。コンビニで買おうとしたんだけど、百円セールで全部売り切れになってて……」


美希
「それじゃ仕方が無いの。……あ、コレ良いかも!」



「あっ! それボクが狙ってたのに!」


美希
「ふふ〜ん♪ 早い者勝ちなの!」



「ずるいぞ美希!」


やよい
「あうぅ……。私のツナサンドあげますから二人ともケンカしないでください〜」


――



19:00



「今日一日ありがとうございました」



赤羽根
「コチラこそありがとうございました。なんか情けないところばかりでしたね……」



「そんなことありません。みんなに慕われてるプロデューサーなんてなかなかいませんよ?」



赤羽根
「そう言ってもらえると幸いです。俺も良い経験になりました」


――ガチャッ


高木
「お! みんなもう集まっていたのか。感心、感心」


小鳥
「あ、社長。お疲れ様です」


高木
「諸君、今日も一日お疲れ様」



『お疲れ様です!』




高木
「ところで赤羽根君。どうだい? ちゃんとカッコイイところを撮ってもらえたかい?」


赤羽根
「えっと、どうでしょう……」


高木
「そんな不安そうな顔をされては困るよ君ぃ。そんなことではせっかく来てもらったプロデューサーに示しがつかないではないか」


赤羽根
「ははっ、そうですね。……ん?」


律子
「せっかく来てもらった……」


小鳥
「……プロデューサー?」


春香
「ど、どういうことなんですか社長!」


高木
「ゥォホンッ! 今日一日、赤羽根君を撮影していたカメラマンだが……」



「ん? コレって……」


千早
「デジャヴ?」



赤羽根
「ま、まさか……」


高木
「何を隠そう彼が新しいプロデューサーだ!」


小鳥
「ぇ?」


律子
「え?」


アイドル全員
「ぇええええええええええッ!!!?」



「作戦成功ですね。まさかプロデューサーにドッキリを仕掛けるなんて思いませんよ」


高木
「うむ。気持ちの良い騙されっぷりだ」ニカッ


律子
「いや、そんな満面の笑みになってないで説明して下さいよ!」


高木
「説明もなにも私は最初から“新しいプロデューサーを雇う”と言っていたはずだが?」


律子
「確かに言っていましたけど……、だったらこんなドッキリじゃなくて普通に紹介してくださいよ!」


高木
「律子君……、細かいことを気にするとシワが増えるよ?」


律子
「叩かれたいんですか!?」


高木
「今だ、君! 話が長くなる前に自己紹介を済ませておきたまえ」



「分かりました」




――……ざゎ……ざわ……



「え〜、今日から765プロダクションでプロデューサーになりましたPです。いきなりで驚かれたかもしれませんが、みなさんのお役に立てるように頑張ります」



――……ざゎ……ざわ……


高木
「彼のことだが、基本的に赤羽根君のサポートをしてもらうことになる。赤羽根君の手が回らない時は彼を頼ってくれ」



「よろしくお願いしますね、先輩」


赤羽根
「え? ぁ、うん。よろしく……」



「あと社長、個人的にプロデュースしたい女性がいるんですけど」


――ざわっ!?



高木
「ん? 気になる娘でもいたのかい?」



「はい。せっかくなんで指名しても良いですか?」


高木
「それは構わないが?」



「え〜と……」


春香
(私が選ばれたらヤだなぁ……)


雪歩
(む、むりです〜〜ッ)


千早
(私はプロデューサーさんが良い)


真美
(この兄ちゃん髪白いなぁ……)


やよい
(選ばないでください〜〜)


美希
「ミキはハニーが良いの!」



(ボクはプロデューサーの方が良いなぁ……)


貴音
(私には心に決めた人がいます)


伊織
「まぁ、私たちは……」


亜美
「律っちゃんがいるもんね→」


あずさ
「良かったわ〜」



高木
「なぜみんなが祈ってるのかは分からないが聞いておこう。君の選んだアイドルは誰なんだい?」



「それは――」


全員
『(それは!?)』



「音無 小鳥さんです」


高木
「……え?」


赤羽根
「え?」


律子
「え?」


小鳥
「え?」


全員
『え?』


小鳥
「わ、……私!?」


――



高木
「困るよ君ぃ! 話が違うじゃないか!」



「え? ダメなんですか?」


高木
「当たり前だよ。彼女はアイドルじゃなくて事務員なんだ」



「あ、じゃあ事務の仕事を俺が引き受ければ解決ですね」


高木
「いや、そう簡単に決められても……、彼女にも立場が……」



「小鳥さんはどうですか?」


小鳥
「わ、……私ですか!?」



「一緒になるの……嫌ですか?」


小鳥
「えっと、その……嫌という訳では……」



「なら俺について来てください。自分だったら、あなたをどこまでも高く羽ばたかせることができます」


小鳥
「えっと、あの……」



「どうですか?」


小鳥
「どうって言われても……もうアイドルなんて何年も前に引退しちゃったし……」




「大丈夫ですよ」ニコッ


小鳥
「プロデューサーさん……」



「29にもなって復帰したババァがいるくらいなんですから、小鳥さんでもできます」


小鳥
「ババ……!」ピキッ



「小鳥さん?」


小鳥
「えっと……、ところでプロデューサーさん。プロデューサーさんの中では舞さんはオバサンなんですか?」



「当たり前じゃないですか。29ですよ? もうすぐ三十路ですよ?」


小鳥
「――」グサグサ



「しかも復帰したくせに娘に負けてステージから降りてる負け犬じゃないですか。あんな魅力の無いヤツはババアで十分ですよ」


小鳥
「…………そうですよね〜。確かにそのくらいの歳はオバサンですよねぇ〜〜」ビキビキ



「あれ? 小鳥さん……、もしかして怒ってます?」


小鳥
「怒ってませんッ!」



「怒ってるじゃないですか! あ、まさか小鳥さんってあのババアの友達か何かなんですか?」


小鳥
「違います!」



「じゃあなんで怒ってるんですか!? アイドルにしようとしたことですか? それともセリフがちょっとクサかったからですか?」


高木
(一つしかないと思うが……)


赤羽根
(NGワードの連発だったな……)


律子
(小鳥さん、内心は舞い上がってたわね。だから余計に怒ってるんだわ……)


小鳥
「私はアイドルなんて絶ッ対にやりません〜〜ッ!」


――



高木
「ゥオッホン! え〜、P君の申し出だが、音無君は辞退したということで……」



「なにが悪かったんでしょう?」


高木
「いや、私に聞かれても……。他にプロデュースしたい娘はいるかい? アイドル限定で」



「アイドル限定ですか? なら双海真美さんしかいませんよ」


――ぉおお!


真美
「え? 私? ひびきんとか、千早姉ちゃんとか、ミキミキとかじゃなくて?」



「えぇ。真美さんだけです」


亜美
「ぉおっと!」


あずさ
「あらあら〜」



「真美さん、無理は承知です。あなたをプロデュースさせて下さい。お願いします」ペコッ


亜美
「これは熱烈なアピールですな〜。それでは双海真美さん、お返事をどうぞ!」


真美
「え、えっと……、良いよ?」 


赤羽根
「ッ!!?」



「良しッ!」グッ



赤羽根
「ま、真美? えっと……なんでそんな簡単に承諾するんだ? ほ、ほら、まだ初対面なのに……」


真美
「だって兄ちゃん、いつも忙しそうだし」


赤羽根
「い、いや、俺のことは気にしないでさ、もう一度よく考えてみないか?」


高木
「赤羽根君……、君だって承諾してたじゃないか」


赤羽根
「仕方が無いじゃないですか! これはプロデューサーとして当然の心境ですよ!」


真美
「う〜ん……」


赤羽根
「ほら! 最初に“あ”から始まって“ね”で終わるプロデューサーだよな!?」



「先輩……、それは卑怯ですよ」


真美
「でも兄ちゃんより、そっちの兄ちゃんの方が面白そうかなって」


赤羽根
「 」


律子
「こ、これは……」


小鳥
「えぇ……、心の折れる音がハッキリと聞こえましたよ……」


律子
「純粋な一言は、時に人を傷つけてしまうんですね……」


真美
「よろしくね、白い兄ちゃん!」



「はい。コチラこそよろしくお願いしますね」


赤羽根
「ま、真美ぃいいいいい!!!」


――

プロローグ終わり。

更新ペースですが、>>1の仕事の都合で土日がメインになると思います。

それではお休みなさい。

みなさんコメントありがとうございます。

前回の失敗はしないように気をつけるので、最後までお付き合い頂けると幸いです。



『おはようございます!』


高木
「諸君、おはよう。P君、どうだね? もう職場の雰囲気には慣れたかな?」



「まだ一日目ですからどうでしょう? まぁ、自分のやり易いようにやらせて頂きます」


高木
「うむ。早くみんなと仲良くできるように精進するように」



「……そうですね」


高木
「私からの朝礼は以上だ。それではプロデューサー諸君、今日も一日よろしく頼むよ」



『はい!』



赤羽根
「それじゃあ今日のスケジュールだけど、響は……」


律子
「私たちは前と同じね」


――




「真美さん。ちょっと来てください」


真美
「なに→?」



「真美さんのスケジュールですが、今週は先輩から引き継いだ内容になります」


真美
「うん」



「では行きましょうか」


真美
「え!? どこに!?」



「どこって……、仕事に決まってるじゃないですか」


真美
「そんなこと言われても分かるわけないっしょ!」



「ホワイトボードにも書いてありますよ?」


真美
「そんなのゴチャゴチャして見にくいから見てないよ」



「先輩からスケジュール帳とか貰ってないんですか?」


真美
「貰ってないよ。いつもあんな感じだもん」




赤羽根
「真はアウトレッジの撮影だ。大変だろうけど、頑張ってくれ」



「ヤだなぁ……。血とか苦手なんだけどなぁ、ボク……」





「なるほど。でも、あれだとバタバタして騒がしそうですね」


真美
「いつものことだよ→」



「とりあえず車へ行きましょうか。スケジュールは移動しながら話します。やり辛いかもしれませんが、今日は耐えて下さい」


真美
「は→い!」


――




「――になります。分かりましたか?」


真美
「たぶん大丈夫→。ところで兄ちゃんって髪が真っ白だよね→。白ちゃんって呼んで良い?」



「恥ずかしいから止めてください」


真美
「白ちゃんっていくつ?」



「無視ですか……。22歳です」


真美
「え〜、ウッソだ→。ホントはもっと年下でしょ→?」



「ウソつく意味がありません」


真美
「白ちゃんってココくる前は何してたの?」



「さっきからどうしたんですか?」


真美
「だって真美たち白ちゃんのこと何もしらないし〜、ぶっちゃけ暇つぶし?」



「そうですか。ならお付き合いしましょう」


真美
「で、ドコでナニしてたの?」




「変な聞き方しないで下さい。今も前もプロデューサーでしたよ」


真美
「ほほ〜う! どんな子をプロデュースしてたのか気になりますな〜」



「最近でしたら日高愛さんですね。876プロダクションの」


真美
「ぇえええ!! 白ちゃん、愛ぴょんのプロデューサーだったのッ!?」



「耳元で騒がないで下さい。そんなに驚くことじゃないでしょう?」


真美
「驚くよ! だって愛ぴょんだよ!? 最年少Sランクアイドルだよ!? そんな人がウチに来るはずないじゃん!」



「コチラにも事情があったんです。ほら、着きましたよ?」


真美
「最後に一つだけ! 白ちゃんは後悔してないの?」



「……真美さんはクリアしたゲームをもう一周しますか?」


真美
「え? 面白かったらまたやるよ? それがどうしたの?」



「私はクリアしたゲームには興味がなくなってしまう性質なんです。つまりはそういうことです」


真美
「え〜ッ! ぜんぜん分かんないよ〜!」



「分からないなら分からないで良いんですよ。ほら、仕事に遅れてしまいますよ?」


真美
「ちぇ〜。後で詳しく取り調べするからね!」



「お待ちしていますよ」







「やっと行ったか。……はぁ、やかましくて昔を思い出しそうそうだ」


――



真美
「終わった→!!」



「おつかれ様です」


真美
「白ちゃん! 労いが感じられないよ!」



「早めに終わったので午後の収録には大分早いですね。なにか食べに行きますか?」


真美
「そうこなくっちゃ!」



「ご希望は?」


真美
「んっふっふ〜。真美みたいなセクシーなレディは大人なお店が良いんだよ→」



「ホストクラブですか?」


真美
「違うよ! なんかあるじゃん! 夜景の見えるレストランってかさ〜。ふいんきの良いお店とかさ〜。
そのほすと? ってなんなの?」



「男の人たちが女性を楽しませる場所ですよ」


真美
「ほほ〜う。今度まこちんに教えてあげよ→」



「アイドルを続けたいのでしたら行かない方が良いですよ?」


真美
「危ないところなの?」




「女は金と思え。知人が勤め先で教えてもらった言葉だそうです」


真美
「うぇ……。なんでそんなトコで楽しめるの?」



「寂しい女性が癒しを求めて行く場所がホストクラブなんですよ」


真美
「ピヨちゃん行ってないよね?」



「大丈夫でしょう。彼女の場合、別の方向に癒しを求めているようなので」


真美
「も→まんたい?」



「YES」


――




「着きましたよ」


真美
「ここドコ?」



「大人の雰囲気を楽しみたいとのことでしたのでフレンチを選択してみたのですが」


真美
「え〜っ! 真美マナーなんて分かんないYO→!」



「ここのオーナーはマナーに対して寛容です。子供なんですから気にせず食べましょう」


真美
「むっ。真美は子供じゃないよ!」



「背伸びしている間は私から見れば子供です」


真美
「むぅ〜。白ちゃんは乙女心が分かってない」



「よく言われます」


真美
「美味しくなかったら承知しないからね!」



「はいはい。では行きましょうか」


――



ウェイター
「いらっしゃいませ。本日は当店のご利用、真にありがとうございます」



「二名です」


ウェイター
「かしこまりました。こちらの方へどうぞ」


真美
「……」



「どうかしましたか?」


真美
「フレンチレストランなんて始めて来たけど……やっぱ静かなんだね」



「まぁ、落ち着いて食べる場所ですからね」


真美
「真美、場違いじゃないかな?」



「怖気づきましたか?」


真美
「そんなことないじゃん!」



「でしたら堂々したらどうです?」



真美
「だって……」



「一流の店ほど客を選びます。入店させてもらえたということは、真美さんが認められたと同じことで
すよ? もっと胸を張ったらどうですか」


真美
「でも……」



「はい、チーズ」


真美
「は?」カシャ



「ひっどい顔ですね。ホントにアイドルですか?」


真美
「いきなり撮っておいてそれはないよ白ちゃん……」



「こちらの表情と今の表情。やはり普段の真美さんの方が良いです」


真美
「そんなこと言ったって難しいよ」



「そうですか? なら試してみましょう」


――さわっ


真美
「きゃっ! ぷくくく。白ちゃん止め、ぁはっはっははは!!」




「どうです? 自然に笑うなんて簡単でしょ?」


真美
「うひひ。分かった! 分かったから〜! もう止めてよ〜。ぷくくく」



「では止めます」


真美
「う〜。セクハラで訴えてやる」



「セクハラが怖くてプロデューサーなんて務まりませんよ」


真美
「っていうかさっきの写真、いつの間に撮ったのさ」



「隠密は私の得意分野ですので」


真美
「白ちゃんは忍者にでもなるの?」



「それだったらルパンになりたいですね」


――



――「すいません。大変恐縮ですが、もう少しお静かにお願いします」


真美
「あ、すいません。ほら、白ちゃんも謝りなよ」



「……お久しぶりですね。オーナー」


オーナー
「これはこれはP様。騒がしいと思いましたが、やはり貴方でしたか」



「お騒がせして申し訳ない。他のお客さまに迷惑だったかな?」


オーナー
「ええ。大変迷惑しております」



「相変わらず正直な人だ。それじゃあ、残念だけど迷惑な客は退場させてもらうよ」


オーナー
「貴方も相変わらず捻くれていますな。恩人を追い返すようなマネを私がするはずもないじゃないですか」



「ならどうすれば良いんだい? まさか二人して立ってろと?」


オーナー
「ただいまVIPルームを貸しきっておりますのでそちらの方へご案内しますよ。もちろん料理もフルコースで出させて頂きます」



「悪いね、なんか性質の悪いクレマーみたいで」


オーナー
「こんなコミカルなクレーマーなら喜んで受け入れますよ。ふふっ。こちらがVIPルームになります。
さぁ、どうぞお入り下さい」


真美
「ねぇ、白ちゃんってホントに何者なの?」



「どこにでもいるプロデューサーですよ」


真美
「そんなプロデューサーが高級レストランのオーナーと知り合うワケないじゃん」



「そこはプロデューサーの数少ない特典です」


真美
「それがホントだったら真美もプロデューサーになってみようかな→」



「なら私の代わりにやってみます?」


真美
「……遠慮しとくよ」


――



真美
「ん〜! 美味しぃ〜!!」



「大好評ですね」


オーナー
「ええ。こんなに喜ばれては、つくった甲斐があったというものです」


真美
「でもオジちゃん。ホントに良いの? 真美、正直フォークとか適当に使ってるけど」


オーナー
「構いませんよ。料理というのは楽しんで食べるものなのですから」



「オーナー。予約もなしに入店させて頂いた上に最高の料理まで。なんとお礼を言ったら良いか分
かりません」


オーナー
「気にしないで下さい。貴方たちにしてもらったことに比べたら微々たるものです」



「私はなにもしてないのですが……ありがとうございます。どうにか威厳を保つことができそうだ」



オーナー
「……昔を思い出しますね。あの時も貴方は振り回されていましたなぁ。特にナイフで」



「ぐっ。さっきのお返しですか?」


オーナー
「精神攻撃は基本ですよ。それとも昔話はお気に召しませんか?」



「ちぇ、喰えない爺さんだ」


オーナー
「テングの鼻を折るのは私の趣味ですから。それから、ココでは昔のように話しましょう。せっかくの旧友が変わってしまったようで味気ないので」



「料理だけに?」


オーナー
「はっはっは。安心しました。どうやらセンスの悪さは変わってないようですね」



「皮肉にしちゃ効いたぞ」


オーナー
「それでは私はこれで。お連れの方と当店の料理をお楽しみ下さい。アデュー」



「ッチ。変わってねぇな〜、あの爺さんも」


真美
「やっぱそっちの方が良いよ白ちゃん」



「そっちって?」



真美
「今のしゃべり方。そっちの方が似合ってるよ」



「どうも。だけど外では普段の話し方に変えるよ。印象が悪いし」


真美
「え〜。Boo→Boo→!」



「社会人としてのマナーです」


真美
「ちぇ。ところであのおじちゃん、白ちゃんのこと恩人って言ってたけどなにかしたの?」



「なにを勘違いしてるのか知らないけど、俺はなにもしてない。やったのは担当していたヤツだ」


真美
「お? もしかして愛ぴょん?」



「おう」


真美
「愛ぴょんSUGE→! で、なにやったの?」



「潰れかけたこの店を復活させただけだ。名が知られるようになったのは爺さんの実力だろうな」


真美
「へ〜。ココってそんなに有名なの?」



「知らん。潰れかけたくらいなんだし、知る人ぞ知る隠れた名店くらいじゃないか?」



真美
「うわ……白ちゃんってけっこう失礼だよね→」



「ふふっ、ようやく気が付いたか」


真美
「白ちゃん腹黒→い」



「傷ついたぁ」


真美
「というか料理が冷めない内に早く食べようよ→」



「……お前ってウルトラマイペースだよな」


真美
「んっふっふ〜。これが大人の余裕ってやつだよ!」



「はいはい。真美さんは大人ですね〜」


真美
「白ちゃん、真美のことバカにしてるっしょ?」



「んっふっふ〜。それはどうでしょうかね〜」


真美
「ムカつく〜。白ちゃんなんて嫌いだ!」



「そりゃどうも。さて、元気が出たところで行くか」


真美
「は→い!」


――



ウェイター
「ありがとうございました。お会計、○万○千円になります」



「はいよ。ちょっと待ってくれ、今サイフだすから」


真美
「いつも食べてるトコより金額が10倍くらい違うよ……白ちゃんスゲ→!」



「だろ?」


オーナー
「君。ちょっと待ちたまえ」


ウェイター
「なんでしょうかオーナー?」


オーナー
「そちらのお客様は私の友人だ。お代は受け取らなくて良い」



「おいおい、待ってくれよ。あん時と違って今は金あるんだから払わせろよ」


真美
「おやおや〜。なんだか雲行きが怪しくなってきましたな〜」


オーナー
「年老いの言うことは聞くものだ。それに、君のような人間には貸しをつくる方がメリットがある」




「ちぇ、せっかく気持ちよく帰ろうとしたのに……。後悔すんなよ爺さん」


オーナー
「後悔なんてしないさ。そこらへんは信用してるからね」



「けっ、子供扱いされてムカつく気持ちが分かったわ」


真美
「なんでタダになったのに白ちゃんは複雑な顔してんの?」



「大人にはいろいろあんだよ」


オーナー
「私から見ればお前も子供だけどね」


真美
「大人って大変だね→」


オーナー
「ね→」



「なかなか微笑ましい光景だが腹が立つな」


オーナー
「バイバイ、真美ちゃん。それとP。また遊びに来なさい」


真美
「じゃ→ね→オモシロおっちゃん」



「俺はついでか。……ちゃんとした扱いをするならまた来るよ」


オーナー
「案外すぐに来たりするかもしれないな」



「ありえねー。わざわざ遊ばれに来るかよ」


オーナー
「さぁ、それはどうかな?」




「どういうことだ?」


オーナー
「それはお楽しみですぅ><」



「真美、コイツ殴って良いかな?」


真美
「止めときなよ。一応おじいちゃんなんだからさ」



「じゃあ止める」


オーナー
「子供に宥められるP……。ぶぉっへっふぁっ! 腹が痛いわい」



「このジジイ……、マジで天に召されたいか」


真美
「オジちゃんもあんまり白ちゃんからかうのはメッだよ!」


オーナー
「は→い! 気を付けま↑す!」


真美
「……真美もこのおじいちゃん苦手かもしれない」



「もはや気にしたら負けのような気がしてきた」


――




「ただいま帰りました」


小鳥
「プ、プロデューサーさん! 大変なんです! なにしたんですか!」



「落ち着いてください。一体どうしたんですか? ダイエットしたいって話なら聞きませんよ?」


小鳥
「確かにこの年齢になると……って違います! 私にそんなのは必要ありません!」



「じゃあどうしたんですか騒々しい」


小鳥
「さっき電話でプロデューサーさんと真美ちゃんを全面的に協力させてくれっていう方が……。ホントになにしたんですか!?」



「なにしたって……こっちが聞きたいですよ。どんな方なんですか?」


小鳥
「三ツ星レストランの支配人ですよ! ミシュランに乗るほどの人とどうやって知り合ったんですか!?」



「レストランの支配人? ……うげっ! あの狸ジジイそんなに有名だったのかよ!?」


小鳥
「そうですよ! 羨ましぃい!! 私も行きたかったぁああ!!」




「そっちが本音ですか」


小鳥
「はい! ぜひ連れて行って下さい!」



「え〜」


小鳥
「……。もしかしてプロデューサーさん、私と行くの嫌なんですか?」



「別に嫌じゃないですけど、小鳥さんの前まで子供扱いされるのはちょっと……」


小鳥
「大丈夫ですよ。お姉さんがリードしてあげますから」



「なんか意味合いが違ってきてます。まぁ余裕ができたらってことにして下さい」


小鳥
「はい! 絶対ですよ! 約束ですからね!」



「分かりましたから落ち着いて。とりあえず詳しい話を聞かせて下さい」


小鳥
「はい。あれは今から二時間くらい前の話なんですけど……」



「なんで怪談風?」


小鳥
「えへ。おちゃめですから」



「はぁ、続けて下さい」


小鳥
「えっと、その時にオーナーから直々にお電話が来まして……」


――




「へー、あのプロデューサーとそんなことがあったんだ」


春香
「でも意外だったね。まさか愛ちゃんの元プロデューサーだったなんて」


赤羽根
(あぁ、なるほど。だからあの時に初対面な感じがしなかったのか)


貴音
「面妖な……。真美、“ふれんち”というのはどのような食べ物だったのですか?」


真美
「んっふっふ〜。一口じゃ表せない美味しさだったよ。白ちゃん、また連れて行ってくれないかな→」


千早
「白ちゃん?」


真美
「うん。髪が白いから白ちゃん」


伊織
「〜ッ! 私ですらまだ行ったことない店なのにぃ! なんなのあのプロデューサー! アンタも偶にはフレンチくらい連れて行きなさいよ!」


赤羽根
「ムチャ言うなよ!」


小鳥
「私は約束してもらったもんね!」


美希
「良いな〜。ミキも行きたいな〜。頼んだら連れて行ってくれるかな?」



「その時は自分も連れて行ってほしいぞ」


あずさ
「わたしも同意見だわ〜」


美希
「みんなで頼んでみる?」


響・あずさ
『賛成〜!』


やよい
「うっう〜>< 真美ちゃん、そんなに高いお料理食べたんですか!? 怖くて私は行けません!」


伊織
「その時は私がッ!」ガタッ



「はいはい。病気はそこまでにしておきましょうね〜」


――



真美
「という訳で白ちゃん、連れて行って!」



「ムリ」


真美
「え→! そんな〜!」



「みんな忙しいんだ。普通に考えて全員で行くなんてムリだろ」


真美
「む→! じゃあ、みんなの予定が合えば連れて行ってくれるの?」



「ははっ。そんな奇跡が起きるなら、連れて行くどころか全員分オゴってやるよ」


真美
「言ったな→!」



「言った言った。だから仕事に行くぞ〜」


――

今日はここまでにします。


更新する際の投下時間ですが、17時頃を目安にします。
それではまた来週。



――コンコン。



黒井
「入れ」



「失礼します」


黒井
「……貴様か」



「お久しぶりですね。黒井社長」


黒井
「フン。なにが久しぶりだ」



「あ、やっぱり怒ってます?」


黒井
「自分の胸に聞け。少なくとも、私は怒ってなどいない」



「ははっ。既にお見通しという訳ですか」


黒井
「……私の事務所に所属したにも関わらず、独断で海外進出。……これは、どういうつもりだ?」



「ささやかな嫌がらせです。……俺は、自分を嵌めた人間にノコノコついて行くような負け犬じゃありませんからね」


黒井
「なんのことだか分からないな」



「隠さなくても良いですよ。“優しい記者”が全て教えてくれました」


黒井
「……ッチ。金を積んでやったというのに使えんヤツだ」






「ずいぶん強かじゃないですか。まさか、あなたが黒幕だったとは思いませんでしたからね」


黒井
「……」



「……でも、一つ腑に落ちないことがあるんですよ」


黒井
「なんだ?」



「わざわざ悪徳記者を雇い、その写真をあのサルに渡し、俺がここに来ざる負えない状況まで追い込んだ」


黒井
「……」



「そこまでして俺を引き入れたかったんですか? それとも、……なにか俺に恨みでもあるんですか?」


黒井
「フン。私の誘いを断る貴様が悪い」



「……そうですか。……でも、黒井社長。これだけは覚えておいて下さい」


黒井
「……」



「――俺に“首輪”を付けたこと、後悔させてあげますよ。……必ずね」





黒井
「吠えるなら鎖を引きちぎった後にしろ。今の貴様では、見苦しく虚勢を張る負け犬にしか見えないな」



「……失礼します」


黒井
「――小僧」



「なんですか? もう俺は、あなたと交わす言葉はないはずですけど?」


黒井
「確か、……貴様の出発は来月の中旬だったな?」



「……えぇ」


黒井
「そうか……。なら――」



「……」


黒井
「“ジュピターも連れて行け”」






「……は?」


黒井
「なにを呆けている。私はジュピターも連れて行けと言ったんだ」



「意味が分からないです。そもそも黒井社長は、あの看板アイドルたちを貸すつもりはなかったのでは?」


黒井
「気が変わった。貴様がホンモノかどうか見定めてやろう」



「……品定め、という訳ですか」


黒井
「ヤツ等のパスポートは用意してある。……私が合流するまで、貴様は好きに暴れてろ」



「黒井社長の意図は分かりませんが……、分かりました」


黒井
「フン」



「それでは失礼します」


――




「終わった?」



「終わったよ。そっちも挨拶は済ませた?」



「そんなのとっくに終わってるわ。むしろ生意気なアホ毛がいたから教育してあげたけどね」



「そっか」



「さて、これからどうしよっかな〜。帰ってもやることがないのよね。バッセンでも行こうかしら?」



「……」



「ねぇ、アンタもバッセンに行く?」



「……いや、俺は少し寄りたい所があるから遠慮するよ」



「ふーん。まだ夕飯まで時間があるから良いけど、……どこに行く気?」



「……フラワーショップ」






「フラワーショップ? もしかして好きな子にでも会いに行くの?」



「……よく分かったな」



「へー、アンタに恋愛感情があったなんて意外ね」



「そんなじゃない。……大切な人に花束を贈る。それだけだ」



「それを恋愛っていうのよ。それで、お相手はダレなの?」



「……」



「教えなさいよ〜」



「……。“舞さんに関わりのある人”、……かもな」



「私に? 誰なのかしら……?」



「悩んでるところ悪いけど、用事が終わるまでどこかで時間を潰してくれないか? 後で向かえに行くからさ」



「え? 嫌よ。アンタの相手がどんな子なのか、この目で確かめてやるわ」



「ついて来る気なのか?」



「えぇ、当たり前じゃない」



「……」



「ほらほら、行くんでしょ? さっさと案内しなさいよ」



「……まぁ、……良い機会かもな」



「?」



「気にしないでくれ。こっちの話だ」


――




「へー、なかなか良い店じゃない」



「すいませーん!」



――「あれ、Pさん? 久しぶりだね」




「久しぶり。今日は店番か?」



――「うん。練習ないからお母さんのお手伝い」




「そっか」



――「ところで……、お隣の方はPさんの彼女?」




「冗談でも止めてくれ」



「ちょっと、そういう言い方ってないんじゃない?」



――「仲が良いんだね」




「そう見えるなら良い眼科を紹介するよ」



――「ふふっ。お花はどうする?」




「いつもの頼む」



――「分かった。少し待ってて」




「あぁ、悪いな。凛」


――




「〜♪」



「……」



「ねぇ、P」



「どうした?」



「アンタの好きな相手って、もしかしてあの子?」



「違う」



「そうなの? その割には、ずいぶん親しげじゃない」



「……欲しい花がここしか置いてなくてな。それで何年も前から来てるうちに、いつの間にかこんな感じになってたんだよ」



「つまり、何年も前からあの子を手篭めようとしてたのね」



「俺の話を聞いてた?」






「はいはい。痴話ケンカはそこまで。Pさん、お花できたよ?」



「あ、ごめん。いくらだ?」



「1万2千円だね」



「はいよ」



「2万円お預かりします。……お釣りはどうする?」



「いらない。自分の懐にでも入れてくれ」



「ふふっ。いつも悪いね」



「偶にしか来ないだろ」



「細かいこと。……はい、Pさんのお花」



「ありがと」



「へー、キレイな花じゃない。……水仙、だったかしら?」



「知ってるのか?」



「バカにしないで。それくらい誰だって分かるわよ」



「へー。舞さんのことだから、花なんて雑草と同じにしてると思ったけど……、意外だな」



「アンタ、私をなんだと思ってるのよ」



「ごめん」






「それにしても、“水仙”ねぇ……。ちょっと趣味が悪いんじゃない?」



「……どういう意味だ?」



「だって、水仙の花言葉って自惚れとか自己愛でしょ? そんなの渡したら“俺はナルシストだ”って言ってるようなものよ」



「……」



「なんだったら、私がもっとセンスの良い花を選んであげようか?」



「……いらない」



「なに意地になってるのよ。どうせ告白するんだから、少しは縁を担がなきゃダメでしょ?」



「告白……?」



「なぁ、舞さん。せっかくのアドバイスだけど……、俺はこの花を渡したいんだ」



「アンタも頑固ねぇ。なんでそんなにその花を渡したいのよ」



「……その人の“好きな花”、……だからかな?」



「その人の? ……はぁ。……なるほど」



「なんだよ」



「悪いことは言わないから、渡すのは止めときなさい」



「……なんで?」



「こんな花が好きなんて、どうせ碌な女じゃないわ」



「――ッ」






「……お姉さん。……なにも知らないのに適当なこと言わない方が良いよ?」



「え?」



「それに、さっきの花言葉……、間違ってる。お姉さんが言ってるのは、白い水仙。……黄色い水仙の花言葉は――」



「凛。やめろ」



「でも……」



「でもじゃない。お前の仕事は、お客を不快にさせることなのか?」



「……。分かったよ」



「ごめんな、舞さん。悪気はないんだ。許してやってくれ」



「え、えぇ……」



「凛。そろそろ俺たち行くから。……迷惑かけたな」



「ううん。……また来てね」


――




「ねぇ、P」



「なに?」



「アンタ……、ホントに好きな人に会いに行くの?」



「……」



「もしかして……、私は、なにか勘違いしてるんじゃない?」



「……間違ってないよ」



「ホントに?」



「あぁ。……でも、告白はしないけどな」



「……」


――

8時頃にまた来ます



「――着いたよ」



「でも、ここって……」



「うん。……母さんと、……親父のお墓」



「……。そう……」



「……」



「アンタが渡したい相手って、お母さんのことだったのね……」



「うん……」



「……ごめんなさい。……知らなかったとはいえ、あんなこと言って……」



「別に良いよ。気にしてないから」



「……ごめんなさい」



「……」



「……」



「舞さん」



「……なに?」



「掃除、……一人じゃ大変だから手伝ってくれない?」



「……えぇ。分かったわ」


――




「……」



「……」



「……」



「ねぇ。……その線香、一つ貰って良い?」



「……ン」スッ



「ありがと」



――カチッ。……フッ。




「……」



「……」



――スッ。







「……そこに挿すな」



「え?」



「ごめん。……だけど、……ここは“母さんの墓”なんだ。……親父のは、そっち」



「ぁ……」



「悪いな」



「……気にしないで。……少し、無神経だったわ」



「……」


――




(ここが……、あの人のお墓……。実感はないけど……、やっぱり死んじゃったんだ……)



「……」



(この香炉、ほとんど使われてないわね……)



――ッス。




「……」



「……」



「……ねぇ」



「なに?」



「……お父さんのこと、……どう思ってるの?」



「……」






「聞いても、良い……?」



「……どうして、そんなこと聞くんだ?」



「……この香炉、ほとんど使われてないのよ。……もしかして、お父さんに手を合わせたことがないのかなって」



「……」



「まぁ、言いたくないなら深くは聞かないけどね」



「……」



「……」



「……嫌いなんだ。……“その人”」



「え?」



「あんまり記憶はないけど、いつも母さんを泣かせてた。……だから、嫌いなんだ」



「そう……」



「……」






「でも、……お父さんのこと、そんな風に言うのは良くないわ」



「父親なんかじゃない」



「……」



「……確かに血は繋がってるけど、それだけだ。……俺は、……こんな人間が父親なんて認めない」



「P ……」



「それに、この人は……、母さんも、俺も、捨てようとしてた」



「……」



「……殺されて当然だよ。……こんなクズ」



「ぇ……?」



「……」



「……プロ、……あなたのお父さん、……自殺じゃ……なかったの?」



「……言っただろ。……“寄り添うように眠ってた”って」



「そう……、だったのね……」


――




「……」



「……」



「……なんで、……だろうな」



「……なにが?」



「……ここに来たことだよ」



「どういうこと……?」



「舞さんは知らないと思うけど、……俺、……もうここには来ないって決めてたんだ」



「……」



「でも、なんでかな」



「……」



「今日で終わりにしよう。……もう来ない。……これで最後だから。……そうやって言い聞かせてるのに、……また、俺はこうして花を添えに来ている」



「……」



「こんな花、“渡しても意味なんてない”のにな……」


――




「……ねぇ、もう一つだけ聞いて良い?」



「……」



「……その花、……どういう意味なの?」



「……聞いてどうするんだ?」



「……少し、……知りたくなったのよ。……“この人”も、……“アンタ”のこともね」



「……」



「……教えてくれない?」



「……」



「……」



「……」



「……」



「……白い水仙の花言葉は、……自惚れ」



「……うん」



「……黄色い水仙の花言葉は――」










       ――私のもとへ帰ってきて……。










――




「……」



「……」



「……悲しい、……花言葉ね」



「……」



「ごめんなさい」



「……どうして謝るんだ?」



「だって、……知らなかったとはいえ、アンタを傷つけたのは確かだから。……それに、アンタのお母さんまで……」



「……気にしなくて良いよ」



「だけど……」






「……なぁ、舞さん。……あの時、……なんであんたこと言ったんだ?」



「あの時……?」



「……こんな花が好きなんて、どうせ碌な女じゃない。……そう言ってたろ?」



「ぁ……」



「もしかして、この花……、嫌いなの?」



「……違うわ」



「じゃあ、なんであんなこと言ったんだ?」



「……これでも“親バカ”なのよ」



「そう」



「ごめんなさい……」



「別に良いよ」



「……」



「……花に“願い”を込める人もいれば、……“想い”を伝える為に花を贈る人もいる」



「……」



「それを覚えていてくれるなら、……それで良いよ」



「……えぇ。……分かったわ」


――




「……」



「……」



「……そろそろ行こうか」



「……」



「舞さん?」



「……ごめん。先に行っててくれない?」



「え?」



「そんなに時間はかからないわ。……少しだけ、一人にしてほしいの」



「……分かった。車の中で待ってるよ」



「……ありがと」


――




「……」



――ノ墓。




(この人が……、Pのお母さん……)



(あのPが慕うくらいだもの、きっと優しくて綺麗な方なんだろうな……)



(でも、私はあなたのことを好きになれそうにないわ)



(たった一人の子供を残して夫の下へ逝くなんて、同じ母親として許せないもの)



(……まぁ、……アイドルよりも女を取った人間が言えることじゃないけどね……)




――『 三流アイドルが笑わせんな 』





(……確かにアイツの言う通り、私は三流だわ)



(ううん。三流なんて優しいものじゃない。ただの……クズ)



(人の旦那を奪って、あなたや、アイツの人生まで壊して、責任も取らず逃げた)



(こんな最低の人間なんて、“クズ”がお似合いだと思う)






――ノ墓。




(……ごめんなさい。……あなたの大切な人を奪って)



(もう返すことはできないけど、それでも償わせて下さい)



(……これから先、どんな罰も受け入れます。……私が差し出せるものなら、なんでも差し出します)



(愛の為にも死ぬことはできないけど、あなたが許してくれるまで、罪を償い続けます)



(だから……)







「これからもPを――」










            ――見守っていて下さい。









――




「お待たせ」



「もう良いのか?」



「えぇ。少し感傷的になってただけよ」



「……」



――パン! ――プゥーッ!




「〜〜ッ!?」



「なに辛気臭い顔してんのよ」



「だからって、いきなり叩くなよ! ハンドルに頭ぶつけただろ!」



「あははは!」



「このババア……」






「ふふっ。それよ、それ」



「は?」



「私たちの関係はそんなんじゃないでしょ? 同情なんて気持ち悪いから止めなさい」



「……誰がするか」



「ふふっ」



「なんだよ」



「別にー♪」



「……フン」






「あ、それはそうと……」



「?」



「アンタの好物ってなに?」



「いきなりなんだ?」



「ただの気まぐれよ。たまにはアンタの好きなのでもつくってみようかなーって」



「……」



「それで、アンタってなにが好きなの?」



「……オムレツ」



「へー、ずいぶんシンプルなのが好みなのね。他には?」



「ハンバーグと、……カレー?」



「ふふっ、なにそれ。まるで子供じゃない」



「……悪いかよ」


――




「たっだいまー!」



「ただいま」



「二人とも遅いよ! どこに行ってたの?」



「んー、デート?」



「えッ!?」



「誤解されるような言い方するなよ。961プロダクションに挨拶しに行ってただけだ」



「あ、そうだったの? 良かった……」



「でも彼女に間違えられたことはあったわよね?」



「いや、あれはリップサービスだろ」



「むぅ。ホントに挨拶しに行っただけなの?」



「ふふっ。心配しなくてもちゃんと行ったわよ。まぁ、帰りに少しだけ寄り道しちゃったどね」



「ふーん」



「さてと、……そろそろご飯にしましょうか」



「手伝うよ」



「ありがと。だけど、アンタが手伝ったら意味ないでしょ?」



「そうなのか?」



「そうよ。だから愛、ちょっと手伝ってくれない?」



「はーい!」


――




「なんだか珍しいね」



「なにが?」



「ママがハンバーグつくってることだよ。いつも凝った料理しかつくらないのに、どうしたの?」



「アイツのリクエストよ。こういうのが好きなんだって」



「へー、そうだったんだ」



「子ども扱いされると嫌がるくせに、こういうのが好きなんて、やっぱり子供よね」



「ふふっ、そうかもね。……でも、それだけじゃないかもよ?」



「え?」






「だって、カレーもハンバーグも、みんな“家庭料理”を代表する食べ物でしょ?」



「……」



「一人暮らしが長かったって言ってたし、もしかしたら寂しかったんじゃないかな」



「寂しい? アイツが?」



「うん。……たぶん、お兄ちゃんは一人で食べるご飯の味を誰よりも知ってるはずだもん」



「……」



「だから、……少しだけ甘えてるのかもね」



「……」




――……誰かと一緒になってご飯を食べるのも、悪くない。





「ぁ……」



「どうしたの?」



「ううん。なんでもない」



「?」



「……ふふっ。ホントに分かり辛いヤツ」


――




――『ごちそうさまでした!』




「ごちそうさまでした」



「おいしかった?」



「あぁ。相変わらず料理上手だな」



「そっか。……ふふっ」



「?」



「……ふふっ」



「なんだよ」



「別にー♪」






「ママー、お風呂ってもう沸いたかな?」



「んー、たぶん大丈夫だと思うわ」



「そうなの? じゃぁ、入っちゃおーっと!」



「ねぇ、愛」



「?」



「今日は一緒に入らない?」



「え?」



「ほら、私たちってもうすぐ行っちゃうでしょ? だから、少しでも一緒にいようかなって」



「……」



「ダメ?」



「……うん! 分かった! 今日はずっとママと一緒にいるよ!」



「ふふっ、ありがと」



「ママとお風呂かぁ……。なんだか久しぶりかも」



「それじゃ、楽しみにしてるところ悪いけど、お風呂を見てくれる?」



「はーい♪」



――タッタッタッ。




「アンタも一緒に入る?」



「入るわけないだろ」


――




「ふぅ。……気持ち良かったわ」



「ずいぶん長風呂だったな」



「これくらい普通よ」



「ふーん。……ほらよ」



「お、気が利くわね。サンキュー」



「愛も同じので良いか?」



「うん! ありがと!」



「ふふっ。愛、飲みながらで良いからこっちにいらっしゃい。乾かしてあげるわ」



「はーい」



――ヴォーー。







「……」



「どうしたの?」



「いや、なんか微笑ましいなって」



「あはは。まさかアンタからそんな言葉が聞けるなんて思わなかったわ」



「……俺もそう思う」



「ふふっ。ねぇ、P」



「なんだ?」



「アンタ、やることないでしょ?」



「……」



「私の髪、ちょっと拭いてくれない?」



「雑巾で良いか?」



「アンタに任せるわ」



「……はぁ。……わかったよ」


――




「……」



――ヮシヮシ。




「んー、誰かに拭いてもらうのってやっぱり気持ち良いわね」



「ママー、もう少し下の方もやってー!」



「はいはい」



――ヴォーー。




「……ここら辺?」



「んー。もうちょっと左?」



――ヮシヮシ。




「……なんか、サルの毛づくろいみたいだな」



「その例え、他になんかなかったの? もうサルは懲りごりだわ」



「?」



「こっちの話よ」


――




「ふぁ……」



「眠いの?」



「うん。ホントはもうちょっと起きてたかったんだけど……」



「ムリしないで休みなさい。夜更かしはお肌の大敵よ?」



「……」



「どうしたの?」



「ねぇ、ママ。……今日、一緒に寝ても良い?」



「え?」



「……なんていうか、……今日は一人で寝たくないなって」



「……」



「やっぱりダメだよね。変なこと聞いてごめんね、ママ」



「……」



「それじゃ、おやすみなさい」



――ガチャッ。







「待ちなさい」



「ぇ?」



「なに勝手に行こうとしてるのよ。一緒に寝るんでしょ?」



「え? でも……」



「愛のワガママを断るはずないでしょう? 変な気を使ってるんじゃないわよ」



「……良いの?」



「えぇ、もちろん」



「ありがとう。……ママ」



「ふふっ。それじゃ――」



――ギュッ。




「今日は“三人”で寝ましょうか!」



「……は?」



「え?」






「なによ、その反応。もしかしてイヤなの?」



「当たり前だ! 意味が分からないだろ!」



「寝るのに一々理由なんて必要ないと思うけど?」



「ヘリクツを……ッ」



「むしろ正論でしょ」



「愛だってイヤだよな!? 俺が一緒の寝室にいるなんてイヤだよな!?」



「あたしは別にイヤって訳じゃ……」ゴニョニョ



「この子も満更でもないみたいだけど?」ニヤッ



「ぐっ……」



「諦めなさい。ここじゃ私がルールよ」


――




「……」



「ぁっぃ……」



「すぅ……すぅ……」



(なんだよ川の字って。これじゃ身動きもできないだろ)



「すぅ……すぅ……」



(はぁ……。お前はよくそんな無防備に寝られるな)



――ナデナデ。




「ン……」



(俺も寝よ……)






――「ねぇ、……まだ起きてる?」




「舞さん? ……寝てたんじゃなかったのか?」



「少し、……眠れないくてね」



「まぁ、色々あったからな」



「……」



「……」



「……あの後、あなたのお母さんに手を合わせたわ」



「……そう」



「手を合わせて、誓った。私が逃げた罪を、これから償うって……」



「……」



「ごめんなさい。……あなたの“幸せ”を奪って……」






「……舞さんは、責任を取った。俺はもう、それで十分だ」



「ホントにそう思ってるの?」



「……」



「無理、しなくても良いのよ?」



「……なら、“母さんを返せ”って言ったら、返してくれるのか?」



「それは……」



「……吐き出したところで“過去は変えられない”」



「……」



「自分の罪は、……自分で償うしかないんだ」



「そう、ね……」






「……」



「……」



「俺、もう寝るよ」



「……自分の部屋、……戻らないの?」



「今日は、……いいかな」



「そう……」



「それに、……ここが一番“暖かい”んだ」



「……」



「それじゃ、……おやすみ」



「えぇ。……おやすみなさい」


――

ここまでにします。



【 フロリダ州・マイアミ (楽屋) 】



――コンコン。



黒井
「入れ」



――ガチャッ。




「失礼します」



「ごめん、ちょっと遅れちゃった」


黒井
「遅い。まったく、こんな大舞台に緊張感のないヤツらだ」



「あははっ。どうも疲れが取れなくて」


黒井
「言い訳など見苦しいぞ。……それよりも小僧、準備は良いのか?」



「えぇ。既に終わらせてきました。そちらも終わってるみたいですね」


黒井
「貴様のようにバタバタとするのは性に合わないからな。事前に済ませてある」



「あはは。痛いところを突かないで下さいよ」


黒井
「フン。そろそろ前座共の消化試合が終わる。我々も出るとしよう」



「満足な見送りもできず、すみません」


黒井
「気にするな。……だが、我々が帰ってくるまでには臨戦態勢を整えておけ。良いな?」



「分かってます」




黒井
「冬馬、行くぞ」


冬馬
「おうッ!」



「アホ毛。私のステージ、ちゃんと暖めておくのよ?」


冬馬
「むしろ俺の後に冷ますなよ?」



「言ってくれるじゃない。でも、それだけ言えるなら大丈夫そうね」


冬馬
「姉御はそこでどっかりと座ってな。すぐにバトンタッチしてやるからよ」



「楽しみにしてるわ」


冬馬
「……それからプロデューサー」



「あぁ。ぶっ潰してこい。お前ならできるだろ?」


冬馬
「当たり前だ! ド肝を抜かしてやるぜ!!」


――




 パチパチパチパチ!!



Avril
『みんな久しぶりー。元気にしてた?』



 WHOOPEEEEEEEEEEE!!




Avril
『うんうん。元気そうでなによりだわ。今夜はカーニバルよ。歌って騒いで心ゆくまで楽しんじゃってね!』



 WOOOOOOOOOOOO!!



Avril
『それじゃいくわよ! 最初は私のデビュー曲――っと、そうだった。曲をかける前に紹介しなきゃいけない子がいたわね』



 ?



Avril
『私の対戦相手よ。すっかり忘れてたわ。……小さな島国からのチャレンジャー! えっと、……トゥーマ? タゥマ? アマガセよ!』



 パチパチパチ。



冬馬
『間違いだらけの紹介ありがと。それと、俺の名前はトゥーマでもタゥマじゃねぇ! トウマだ!』


Avril
『そうなの? 日本語って難しいわね』


冬馬
『……まぁ、良い。せっかく紹介されたんだ。少し時間を貰うぜ?』


Avril
『えぇ。でも、手短にね』






 ……。



冬馬
『紹介に預かった天ヶ瀬冬馬だ。たぶん、ほとんどここにいるヤツらは始めましてだと思う』



 ……。



冬馬
『俺は持てる力を出し切ってこのライブに挑むつもりだ。もし気に入ってくれたら応援してくれ』



パチパチパチ。



Avril
「あら、もう終わり?」


冬馬
「あぁ、終わりだ。……先行はどっちにする?」


Avril
「もちろん私よ。なんでも一番じゃなきゃ気に入らないの」


冬馬
「気が合うな。でも、今は譲ってやるよ」


――




 HEY! HEY! YOU! YOU!



『 I know that you like me! 』



 NO WAY! NO WAY!



『 you know it's not a secret! 』



 HEY! HEY! YOU! YOU!



『 I want to be your girlfriend! 』






冬馬
「へぇ。これがAランクの実力か」


黒井
「不安か?」


冬馬
「いや、むしろ安心したよ。これくらいやってくれないと張り合いがないからな」


黒井
「ほぅ。良いコンディションだ」


冬馬
「……オッサン、勝ってくるよ」


黒井
「お前は我が961プロが誇る最強のアイドルだ。胸を張って戻ってこい」


――



Avril
『 NO WAY! NO WAY! HEY! HEY! 』



 HOOOOOOOOOO!! WOOOOOOOOOO!!



Avril
「まぁまぁね。……次はあなたの番よ?」


冬馬
「ご苦労さん。俺が完勝するところ、そこで指を咥えて見てな」


Avril
「あはは。お手並み拝見とさせてもらうわ」



パチパチパチパチ。



冬馬
『……』



 ♪♬〜♫♭♬〜♪〜♬



ダンッ! ダ! ダッ! ダンッ!   



Avril
(へぇ、足でリズムを刻むなんて珍しいわね。それも、こっちまで振動が伝わるくらいに激しく……)



ダンッ! ダ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!



Avril
(日本人だからって舐めてたけど、このスタイル。……まるでロックスターね)



ダンッ! ダッ! ダンッ! ダンッ!  ダンッ! ダッ! ダァアン!!



Avril
(クスッ。おもしろい。どこまで戦えるのか見させてもらおうじゃない)



――




『 声の、届かない迷路を越えて。手を伸ばせたら 』


『 罪と、罰を全て受け入れて 』


『 今、君に裁かれようッ! 』





♬♪♬♫〜♭♬♪






冬馬
(――ッ。さすがにロックアレンジとなるとキツイか。……だけどな!)




――タンッ!




Avril
「ワォ! バック・ハンド・スプリングから次のダンスに繋げた!?」





冬馬
「これが、……俺の力だッ!!」





 WOOOOOOOO!!! IT'S COOL!!





――



冬馬
『 今、君の。……裁き、で! 』





 YEEEEEEAAAAAAHHHHHH!!!!





冬馬
「……ッ」ハァ。ハァ



パチパチパチパチ。



Avril
「素晴らしいステージだったわ」


冬馬
「……俺の、勝、ちだ」ハァ。ハァ


Avril
「確かに私の負けよ。……グルーヴィーだったわ、あなた」


冬馬
「言、っただろ。俺が、……勝つ、って」ッハァ


Avril
「……大丈夫なの?」


冬馬
「少し、疲れ、た、だけだ。す、ぐに治る」


Avril
「そう」


冬馬
「……」フゥ





Avril
「ミスター・アマガセ」


冬馬
「?」


Avril
「次も、私と戦ってくれる?」


冬馬
「あぁ、いつでも来い。でも、次はちゃんと名前を覚えてくれよ?」


Avril
「えぇ。約束するわ」


冬馬
「ありがと。……俺はもう行くぜ。真打ちが控えてるんでな」


Avril
「おつかれ様。次に戦える日を楽しみにしてるわ。……Mr.冬馬」


――



冬馬
「……」


黒井
「ご苦労だったな」


冬馬
「……約束通り、勝ってきたぜ」


黒井
「当然の結果だ。自惚れるな」


冬馬
「そうかよ」


黒井
「……まぁ、それでも良くやったと言っておこう」


冬馬
「どういう風の吹き回しだ? オッサンらしくねぇぞ」


黒井
「ただの感想だ。聞き流せ」


冬馬
「あっそ。でも、どうせならコッチの方が嬉しいね」スッ


黒井
「フン、良いだろう。こんな青臭いこと私には似合わないが、……特別だ」スッ



――パァン。



黒井
「最高のステージだったぞ」


冬馬
「ヘヘッ。当然だろ?」






 ――ッ。ヵッ。



冬馬
「ぁ……」


黒井
「どうした?」


冬馬
「いや、もう一人伝えなきゃならねぇヤツがいるの忘れてたよ」


黒井
「?」



 ヵッン。カッン。



冬馬
「……」



 カッン。カッン。カッン。



冬馬
「……ちゃんと暖めておいたぜ、――姉御」



 カッン。カッ。ヵッ……。







「……焚き付けられたわ、アンタのステージ」


冬馬
「次は、そっちの番だな」



「ふふっ。アンタがここまで暴れてくれたんだもの。私も負けてられないわね」


冬馬
「まったく、……頼りになる大将だよ、アンタ」




 カツン。カッン。ヵッン……。





「――“冬馬”」


冬馬
「?」



「あなた、とっても格好良かったわよ」


冬馬
「……あ、……あははっ。まさか姉御に褒められるなんて思わなかったぜ」



「誰かを褒めるなんて無いんだから、素直に受け取っておきなさい」


冬馬
「あぁ、受け取ってやるよ。その代わり――」



「えぇ。勝ってくるわ」


冬馬
「期待して待ってる」


――



司会者
『こんな結果を誰が予想した!? あのAvrilを制し、まさかの番狂わせを起こしたのは、……トウマ・アマガセだァ!』



 Hoooooooooo!!!



司会者
『恐るべしジャパニーズ・アイドル! このまま二度も奇跡は起きてしまうのか!?』



 NO WAY!!



司会者
『ハッハー! 確かにありえない。奇跡は一度っきりだから奇跡だ! それを我らのエース様が証明させてくれるぜッ!』



 WoooooW!!



司会者
『さぁ、フィナーレの時間だ! 満を持して登場してもらおう! 遅れてきた英雄! レディ・ガガァーーーーーッ!!!!!!』



Lady
『 ヤー! みんなお待たせ! 』



 FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!



――




 GAGA!! GAGA!! GAGA!! GAGA!! GAGA!!




「……さすがSランクアイドル。登場だけでこの歓声か」


黒井
「完全にアウェーだな」



「そうですね。……でも、これこそ俺が求めていたものです」


黒井
「?」



「逆境を楽しんでこそ一流。……でしょう?」


黒井
「フン。利いた風な口をきくじゃないか」



「ははっ。ですが、このアウェーを歓声にひっくり返したら面白いと思いませんか?」


黒井
「確かに面白いだろうな。だが、相手は伝説とまでに謳われた英雄だぞ?」



「なに言ってるんですか。伝説なんて所詮、“死んでから付けられる称号”ですよ? 俺たちの相手はゾンビじゃありません」


黒井
「……」



「それに、俺がどうやって自分のアイドルを伸し上がらせてきたか、黒井社長なら知っているでしょう?」


黒井
「クックック。そうだったな。……小僧、お手並み拝見させてもらうぞ」



「えぇ。とびっきりのジャイアント・キリング、見せてあげますよ」


――




 GAGA!! GAGA!! GAGA!! GAGA!! GAGA!!



Lady
『はいはい。そこまでにしておきなさい。この後も一緒に歌うのに、声が枯れても知らないわよ?』



 GAGA!! GAGA! GAGA GA ……。



Lady
『良い子ね。それじゃ、さっそくだけど私の相手を紹介しようかしら」



 ……。



Lady
『日本からのチャレンジャー。マイ・ヒダカよ!』

 


 パチパチパチパチパチ!








『紹介してくれてありがとう、Ms.Lady。もう少しでアナタのマイクを奪うところだったわ』


Lady
『おー怖い。さすがあの坊やが担当するだけあるわ』



 ……?


Lady
『あぁ、そういえばみんなは知らなかったわね。実は彼女、私の友達が担当してるアイドルなの』



 Hu-m。



Lady
『きっと強いわよ。なにせ私が勝てなかった相手のアイドルだもの。もしかしたら彼女にも負けちゃうかも』



 HAHAHAHAHAHA!!




『……』



Lady
『さて、ちょっとお喋りが長かったわね。そろそろライブを再開させるわ』



 ――!!



Lady
『最初からフルスロットルよ! 全員、私についてきなさい!!』




        OH YEAH!! 

 GAGA!! GAGA!! GAGA!! GAGA!!




――




Lady
『 I was born this way hey! 』


 BORN THIS WAY HEY!


Lady
『 Hey! I was born this way hey! 』



 I’M ON THE RIGHT TRACK BABY



Lady
『 ―― Right track baby 』



 BORN THIS WAY HEY!



Lady
『 I was born this way hey! 』






  YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA


 ―― WOOOOOOOO!!! ―― HOOOOOOOOO!!! ―― FOOOOOOOOO!!!

      
 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!






――




    YEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAHHHHHHHH!!!!!




「……まるで地響きね」ビリビリ


Lady
「どう? これが私の力よ」



「えぇ。見させてもらったわ」


Lady
「次はあなたの番よ。この歓声をひっくり返せるかしら?」



「さぁ、どうかしら」


Lady
「あら、意外に弱気なのね」



「アウェーには慣れてないのよ。それに、この空気をひっくり返すのは私じゃないわ」


Lady
「まさか、あの坊やが参加するって言うの?」



「半分正解。気に入らないけど、今日の主役はアイツよ」


Lady
「へぇ、それは楽しみね」



「まぁ、そこで見てなさい。……みんなまとめて魔法をかけてあげるわ」


――




 パチパチパチパチ。



―― ♫♭♬〜♪♬





『 ひとつの命が生まれてくる 』


『 二人は両手を握りしめて喜びあって幸せかみしめ 』


『 母なる大地に感謝をする 』





Lady
「……」





『 やがて育まれて命は 』


『 ゆっくり一人で立ち上がって歩き始める 』


『 両手を広げて まだ見ぬ煌き探す 』





Lady
「……魔法をかける。なんて仰々しいこと言ってた割りに、この程度なのね」


黒服
「まるでビデオか何かでも見てるようだ。覇気もなにも感じられない」


Lady
「えぇ。正直、期待してただけに残念だわ」


――




(ふふっ。やっぱり幻滅してるわね)




『 しかし闇は待ち受けていた 』





(でも、手の内を隠すのはここまで)




『 幸せ全てのみこまれ 』





(さぁ、始めましょうか。私たちの世界へ……)




『 希望失って悲しみにくれるなか 』





「 IT'S ――」




『 空から注ぐ光 暖かく差しのべる 』







―― SHOWTIME!!







――





『 Trust yourself どんな時も命あることを忘れないで 』




黒服
「なッ!?」


Lady
「あ、……あはははっ!!」





『 Find your way 自分の進む道は必ずどこかにあるの 』





Lady
「……やってくれたわね、あの坊や」


黒服
「なんだこれは!? ダンスも! ヴォーカルも! まるで別人だッ!! こ、これじゃ、まるで――」


Lady
「えぇ、確かに魔法ね。まさか“現実を捻じ曲げる”なんて思ってもみなかったわ」





『 未来の可能性を信じて諦めないで 』





Lady
「王座交代、ね」


黒服
「ですがLady」


Lady
「私の負けよ。それは変わらないわ」





『 あなたはこの地球(ほし)が選んだ 大切な子供だから……。 』





 ―― Beautiful. ――まるで、泡沫の夢でも見てるようだ……。 




Lady
「……そう。……魅せられた時点で私の負けなのよ」



――




『 Hope your brightness 大丈夫 全ては光へ続いている 』



『 Keep your dreams どんな想いも信じていれば いつかは届く 』



『 見守っててね 素敵な私が飛び立つまで 』





――っ。…っぐす。 ――ぇぐッ。 ――ひっぐ。





『 この地球に標はないけど 素晴らしい世界がある……。 』





           ……パチ。……パチ。

  パチパチパチパチパチ!!    パチパチパチパチパチ!!
         
       パチパチパチ!! パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!

  パチパチパチパチパチパチ!!! パチパチパチ!!!

      パチパチパチパチパチパチ!! パチパチパチチパチパチ!!

             パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!







黒服
「スタンディング・オベーション……」


Lady
「……」パチパチパチ


黒服
「Lady、あなたまで」


Lady
「彼女のパフォーマンスはココにいるみんなが認めているわ。なら、私もそれに従うまでよ」


黒服
「……」


Lady
「素直に歓迎したら? あなたも魅せられたんじゃないの?」


黒服
「まったく……。あなたには敵いませんね」



――パチパチパチパチパチ!!






Lady
「さぁ、新しいチャンピオンの誕生よ!」






――





              ……パチ。……パチ。





「――ふふっ」






  パチパチパチパチパチ!!    パチパチパチパチパチ!!
         
        パチパチパチ!! パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!

  パチパチパチパチパチパチ!!! パチパチパチ!!!

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!

      パチパチパチパチパチパチ!! パチパチパチチパチパチ!!

             パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!







「これだからアイドルって止められないのよね」






――「……おめでとう。良いステージだったよ」




「あら、アンタからそんな感想が聞けるとは思わなかったわ。どういう心境の変化?」



「別に。ただの気まぐれだよ」



「ふーん。まぁ、良いけど。……あっ、アンタあの約束、忘れてないでしょうね?」



「約束?」



「勝ったら私が最強だって認めることよ」



「あー。そういえば、そんなことも言ったな」



「それで? どうなのよ」



「……良いよ。認めてやる。日高舞こそ最強のアイドルだ」



「なんか含みのある言い方ね」



「まぁ、ギリギリの及第点だからな」



「ちぇ。いつか必ず認めさせてやる」



「はいはい。……そろそろ帰るか」



「そうね。アンコールに答えられないのは残念だけど、コッチも限界だもの」


――

夕方頃にまた来ます



 コンコン。



黒井
「入れ」



 ガチャッ。




「失礼します」



「ただいまー」


黒井
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」



「お待たせしてすみません。アンコールを断るのに時間が掛かってしまいました」


黒井
「どうせ勝利の余韻にでも浸っていたのだろう」



「まぁね♪」


黒井
「フン。さっさと帰るぞ」



「えぇ。少し待っていて下さい。車を取ってきます」


黒井
「いや、帰りは私が運転しよう」



「あら、黒ちゃんが運転してくれるなんて珍しいわね」


黒井
「ただの気まぐれだ。ついでに貴様らの荷物も運んでおいてやろう」



「おっ、気が利くじゃない。ホントにどうしちゃったの?」


黒井
「そういう日もある。……小僧、お前は私が車を取ってくるまでに冬馬を担いでこい」



「えぇ。わかりました」


――



冬馬
「すぅ……」



「……クゥ。……クゥ」


黒井
「フン。こちらの気も知らず、のん気に寝てるな」



「まぁ、あれだけのパフォーマンスを披露したんです。疲れがピークにきてるんでしょう」


黒井
「……貴様は寝ないのか?」



「コイツらを運び終えた後に、たっぷり寝かせてもらいます」


黒井
「そうか」



「……」





黒井
「――小僧」



「なんですか?」


黒井
「貴様は……、この先が見えているのか?」



「?」


黒井
「貴様は、日高舞をアイドルに戻す手段としてこの地を選んだ。……なら、その目的が達成された今、貴様にはこの先が見えているのか?」



「さぁ、どうでしょうね」


黒井
「……このままアメリカで暮らしていくなどと言わないだろうな」



「まさか。あくまで日本で活動させるのが目的ですよ? 心配しなくてもちゃんと帰ります」


黒井
「……」



「それに、あなたへのお礼もまだしてませんからね」


黒井
「フン。小物め、まだ根に持っていたのか」



「やられたら、やり返す。それが俺の流儀ですよ」


黒井
「ほう。私にどんな喜劇を届けてくれるというのだ?」



「今それを言ったら面白みが無くなるじゃないですか。せっかくのサプライズなんだから、大人しく待っていて下さい」


黒井
「クックック。確かにな。それでは貴様の言う通り、その時まで待つとするか。……貴様も私に掴まれるようなマネはするなよ?」



「善処しましょう」


黒井
「そうか。なら、期待するとしよう」



「ふふっ。きっと気に入りますよ」


――



冬馬
「ふぁ〜ぁ。おはよう」


黒井
「フン。相変わらず目覚めが悪いな。顔を洗ったら、さっさと支度をしろ」


冬馬
「ん? どっか出かけるのか?」


黒井
「日本へ帰る」


冬馬
「はぁ!? もう!?」


黒井
「既にこの地に用はない。少し長めの旅行だったが、そろそろ帰国するべきだろう」


冬馬
「マジかよ。せっかくトップアイドルの仲間入りしたのに……」


黒井
「心残りがあるのなら、お前だけ残るか?」


冬馬
「そういう訳じゃねぇけど……」


黒井
「なら、早くしろ。全員、お前待ちだ」


冬馬
「俺待ち? 他のヤツらはもう終わってるのか!?」


翔太
「うん。冬馬くんが寝てる間にね」


冬馬
「なんで起こしてくれないんだよ!」


黒井
「定時になっても起きないお前が悪い」



「早くしてよ。飛行機の時間に間に合わなかったらアンタの所為だからね」


冬馬
「ぐぅっ! ちょ、ちょっと待っててくれ! すぐに支度するから!」ダッ


北斗
「一人じゃ大変だろ? 俺も手伝ってあげるよ」



「ハァ……。俺も手伝ってやるか」


――




――日本行きをご利用のお客様は169便までお急ぎください。




「遅いな……」



「私たちのすぐ後ろだったのに、なんでこんなに遅いのかしら?」



「なんかデジャヴがしてきた……」



――やばい。時間ギリギリだよ! 急げバカ者! 急いでるっての! 




「やっと来たか」





翔太
「ご、ごめんなさい!」


冬馬
「……」


北斗
「お待たせしました!」



「また時間ギリギリじゃない。今度はどうしたの?」


北斗
「やっぱり冬馬だけ荷物検査に引っかかりまして……」



「ハァ……」


冬馬
「アイツらは何も分かってない」


翔太
「なんで引っかかるのが分かってるのに持ってくるんだよ! このバカ!」


北斗
「というか、俺たちが手伝ってたのにどうやって持ってきたんだ?」


冬馬
「俺はとんでもないものを盗んでいきました。……自分の嫁です」


黒井
「やかましいわ!」


――




――ドサッ。




「ふぅ。ギリギリセーフ」


翔太
「疲れたー」


冬馬
「おっ。ここのテレビ、アニメも見れるのか」


北斗
「ちゃんと反省しろよ冬馬。……あっ、お姉さん。グレープジュースとあなたのアドレス一つ」


黒井
「お前もナンパなんかしてないで大人しくしていろ。後で持たないぞ」


翔太
「そうなの、プロデューサーさん?」ヒョコッ



「まぁ、日本まで13時間もあるからな」


翔太
「へぇ。ってことは、向こうに着く頃には夜なんだ」



「時差ボケ対策にちゃんと寝ておけよ?」


翔太
「んー。上手く寝られるかなぁ……」



「じゃあ、その時は子守唄でも歌ってあげようか?」


翔太
「良いの?」



「えぇ。もちろん」


――




「Trust yourself どんな時も――」


翔太
「クゥ……。ゥ……」



「あらあら」



――スゥ……。スゥ……。




「周りもみんな寝ちゃってるわね」


翔太
「クゥ……。クゥ……」



「ふふっ」ナデナデ


翔太
「ン……」



「そういえば愛が小さかった頃、こうやって寝かせてたっけ」



……。




「――愛、今なにしてるのかしら」



……。




「早く会いたいなぁ……」


――




――ぃ……さん。……きろ。




「ン……」



――おき……。もう……だ。




「うるさいわねぇ……。なによ……」



『 起きろ! もう日本だぞ! 』




「――え?」



「ハァ。やっと起きたか」



「あれ、私……。あぁ、そっか。いつの間にか寝ちゃったのね」



「時間ギリギリだったから起こさせてもらったけど、ちょっと乱暴だったかもな。ごめん」



「え? あー、うん。気にしなくて良いわ」



「そっか。……いきなりで悪いけど、目が覚めたなら早く降りてくれないか? さっきも言った通り、時間ギリギリなんだ」



「そうなんだ。えーと、私の荷物は……」



「俺が持っていくよ」



「そう。……ありがと」


――



北斗
「あっ、やっと来た。遅いですよ!」



「ごめんごめん。ちょっと寝ぼけてたわ。アンタもありがとね。荷物、預かるわ」



「ふー。危うく肩が外れるかと思ったよ」



「大げさね。そんな重くないでしょ」


北斗
「……何はともあれ」


黒井
「これで全員集合だな」


翔太
「あ、もう日本……?」


冬馬
「なぁ……。早く帰ろうぜ?」





黒井
「お前ら、こういう時くらいシャキっとできないのか?」


翔太
「そんなこと言われても……」


北斗
「俺たち、いつもこんな感じですよ?」


黒井
「まぁ良い。既に迎えの車を用意してある。すぐに移動するぞ」


冬馬
「くゎ〜ぁ。……眠ぃ」


黒井
「ハァ。時差ボケで遅刻されても困るから明日はオフにしておこう。ありがたく思え」


北斗
「着いて早々すみません黒井社長」


黒井
「フン。私からは以上だ。……それでは行くか」



「えぇ。私たちの帰る場所へ」


北斗
「それと……」



「俺たちが歩む」












『――次のステージへ』












――

これにて真美「新しく来た兄ちゃんが961んだけど」を終了されて頂きます。


次スレは、愛『あなたへのプレゼント』真美 というようなタイトルにするつもりですが、それは書き溜めができた頃に立てたいと思います。
はい。次で完結にするつもりです
>>847さん。誘導ってどうやるんですか?
なるほど。でも、書き溜めがないので立てられないです……

08:43│双海真美 
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