2013年11月17日

P「ここはどこだ……」

彼が気が付くと、そこはもやの中でした。

それをかき分けようとしてみても周りは真っ白なままです。

それに自身の眼で自分自身の存在を確かめられなかったので、


自分が物質として存在しているかどうかすらも定かではありません。

ただ、手らしきものと足らしきものの裏側だけが自分自身の存在を認めてくれています。

自分が何者なのかもわからないまま、彼はひたすら歩くことにしました。

どの方向へ進んでいるか、それすらもわからなかったけど彼はただ歩みを進めます。

そうするより仕方なかったのです。

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目的もないまま彼は歩き続けました。

その中で彼が気付いたことは時の流れがこの空間の中では続いていない、ということだけでした。

だってお腹もすかなければ眠くなることだってなかったのです。

仮に時間が欠落していなかったとしても
彼自身の感覚のなんらかの部分が抜け落ちていることは明らかでした。

しかも自分の存在すら確かめられず、あいまいな形のまま。

何となく浮かび上がる不安を振り払うかのように彼は進み続けます。

ずっと同じ動きを淡々と繰り返していることはうんざりしていましたが、
それでも彼は歩き続けました。

どれだけ歩いたのでしょう。
彼はいったん歩みを止め、その場に座ることにしました。

確かにここでは時の流れは止まっているようでしたが、
彼はいい加減に歩き続けることに飽きを感じてきていました。

「ここで歩みを止めてしまってもいいかもしれない」

「このまま留まって大人しく死を待つより他ないのではないか」

彼はそう考えるようになっていました。
しかし時の流れもないのに死ねるはずがありません。

その証拠にあれだけ歩き続けたのに、彼の身体は何の異変もきたしていませんでした。
それどころか汗ひとつかいていなかったのです。

「もしかすると、もう死んでるのかもしれないな」

結局、彼は再び腰を上げることにしました。
歩けども歩けども何も見えてはきません。

歩いただけの疲労感を感じることもなく、彼はただただ無感動にあいまいな身体を動かします。

まるでロボットみたいだな、とも思いましたが
さすがのロボットでも燃料がなくては動けないことに気付きます。

「すると、今の俺はロボットよりすごいのか」

彼はそんなおかしなことを考えるようになっていました。

ロボットよりすごいなら、もしかすると空でも飛べるのかもしれない。

試しに彼は飛んでみることにしました。
思いっきり助走をつけて真っ白な向こう側へと飛んでみます。

すると不思議なことに自分にまとわりついていたもやが一気に吹き飛んで、
自分の身体や自分以外の景色を目で確認できるようになったのです。

白いYシャツに紺のスラックス。
衣服を身に付けていたことに、彼はひとまず安心しました。

残念だったのは素足だった、ということでしょうか。
この出で立ちで素足という組み合わせは何とも珍妙だ、と一人で苦笑いを浮かべます。

自分の存在を目と身体で確認して、ひとまず背伸びをすると、
彼は自分が何者なのかをようやく思い出すことができました。

彼は芸能事務所のプロデューサーだったのです。

「早く事務所に戻らなきゃ」

プロデューサーは顔を上げて周囲を確認します。

一面緑の野原のなかには、長そうな一本道が続いているだけでした。

不幸なことに、彼の記憶の中にその景色が存在していません。

彼はひとまずその道を辿ってみることにします。

「道なりに進んでいけば何かしらあるはずだ」

そんな安易な考えをもって今度はずんずん前へと進んでいきました。

少し歩くと目の前に森らしきものが現れました。

「事務所の近くにこんな薄暗い森なかった気がするんだけどなぁ」

止まっていても仕方ないのでとりあえずプロデューサーはその近くへと歩いていきます。

するとその入り口には、
どことなく見覚えのあるような、とても美しい女性が立っていました。

あまりの美しさに彼は少し気圧されてしまいましたが、
久しぶりの人間だと思って彼は勇気を出して女に話しかけることにしました。

「こんにちは」

「こんにちは。お待ちしておりました」

「なんと、俺のことを知っているのですか」

「……そうかもしれないし、そうではないかもしれません」

そう女が答えます。
彼は不思議に思って質問を続けました。

「つまり、どういうことなのですか?」

「さて、どういうことなのでしょうか。
私がわかっていたのはここが俗世ではないということだけ、です」

いまいち女の言うことは要領を得ませんでしたが、
彼はひとまず話を進めることを優先させました。

「そうですか」

「私が思うに、ここは黄泉の国なのではないかと…」

女は顔を曇らせました。
きっと彼に残酷な事実を突きつけるのを嫌ったのでしょう。
彼は女を励ますように言いました。

「うすうす、そんな気はしていました。
だって、まるで生きている気がしないのだから」

「それはよかった。
もしも泣きわめかれたらどうしようかとずっと考えていたのです」

「それを考えるのは大変だったでしょう」

「ええ、とても」

そう言って女は上品に笑いました。
つられて彼も笑ってしまいました。
「ところで」

笑いがひとしきりおさまった後、プロデューサーが言いました。

「はい」

「このような口調は堅苦しくていけない。
もっと楽に話してもいいでしょうか?」

「ええ、私としましてもその方が気が楽でいいです」

「それはよかった」

彼は、女の前で腰を下ろして言葉を続けます。

「少し聞きたいことがあるから座って話そうか」

「ええ、私も話し相手がほしかったところです」

女もその場で腰を下ろして正座の姿勢をとります。
その立ち居振る舞いからはどことなく気品が感じられました。
プロデューサーはたまらず口を開きます。

「生前に君を見つけていたら
俺は君を絶対スカウトして、プロデュースしたいと思っていたはずだ」

「ふふ、お上手なのですね。
貴方はそういうお仕事をなさっていたのですか?」

「そうだ。アイドルたちを残して死んでしまうなんて、俺は飛んだ馬鹿野郎だ」

「……全くその通りだと思います。
残される側の身にもなってほしいものです」

「はは、君の言うとおりだ。
みんなものすごくいい子だっただけに心配だよ」

「……では、せっかくですし貴方のことをもう少し詳しくお聞かせ願えますでしょうか」

女がそう言ったのでプロデューサーは少し鼻を高くして自分の事務所のアイドルに関して話を始めました。

もちろん11人のアイドルのことだけではなくプロデューサーの律子のことや事務員の小鳥のこと、
自分を強引にスカウトしてきた社長のこともひっくるめて、
自身の体験してきたことをできるだけかいつまんで話しました。

女は彼の話に相槌を打ったりしながら
楽しそうに彼の話を聞いていました。

「こんな感じかな。でも、もう戻れないのか……」

「気を落とさないでください。
きっとその子たちも幸せだったはずです」

「……そうだな。そうでも思わないとやってられないよ」

彼は苦笑いを浮かべながら続けました。

P「でも、自分が死ぬ直前の記憶がいまいちないんだ。
だから彼女たちが悲しんでいたかどうかも分からない。
君はなんで自分が死んだか覚えてる?」

そう聞くと女は黙ってしまいました。
これはまずいことを聞いてしまったのかもしれない。
彼はあわてて謝罪をすることにしました。
「ごめんな。
俺以外も記憶がないのかと思ってそれで……」

プロデューサーがそういうと女はようやく口を開きました。

「いえ、いいのです。
私は、ただ自らの手で……とだけ」

「……そうか。それなら死んだときのことも覚えている、ということだよな?」

女が黙って首を縦に振ります。

「じゃあ、なんで俺にはその時の記憶がないのかなぁ」

彼がそういうと、女は意外な返答をしてきました。

「あなたに死ぬ直前の記憶がないのは当然です。
だってあなたは死ぬ前に記憶を無くしていたのだから」
「やっぱり俺のことを知っているのか?」

たまらず女に疑問を投げかけます。

「ええ、とてもよく」

「じゃあ、君は俺のよく知ってる人?」

「そうかもしれないし、
そうではないのかもしれません」

どうも女の言うことはあいまいです。

彼は、女に関することは聞かない方が賢明だと思って
今度は違う質問を投げかけることにしました。
「なら、俺はなんで記憶を無くしたんだ?」

「そういう病気だった、としか…」

「そうか。いやな病気だな。道理で死ぬ直前くらいの記憶がないわけだ」

まるで他人事のようにプロデューサーは言いました。
それにかまわず、女は話を続けます。

「あなたの病気のことをアイドルたちが知った時、
彼女たちは深い悲しみに暮れていました」

「……その話、もうちょっと詳しく聞かせてもらってもいいかな」

彼は軽い気持ちでそう尋ねました。
自分が病気になった時に、彼女らがどのような反応をしてくれたのか、
少し悪趣味だとも思いましたが単純に興味がわいたのでした。
「全く仕方ないですね」

女はそういうと正座の体勢を崩します。

「長くなるのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、俺のことだ。
どれだけ長くなったって構わないよ。
それに、時間なんてないしな。」

「そうですか」

女は一つ息を吐くと覚悟したような目でプロデューサーをじっと見つめました。
彼は思わず目をそらしてしまいそうになりましたが、
話を聞きたいが一心で強い目を作って女を見つめ返しました。
「彼女たちが違和感を覚えたのは、貴方が亡くなる3か月前のことでした。
我那覇響と星井美希を連れて車で移動しているときに貴方は突然、
『もし俺の身体が管だらけになったら、それを一気に引っこ抜いて俺を終わりにしてくれ』
と言い出しだのです」

「……あぁ、思い出したぞ。
確か俺の病気が発覚した次の日のことだ」

「二人は顔を真っ赤にしてあなたのことを叱っていました」

「ああ、三人ともものすごく怖い顔をしていたのを覚えているよ」

プロデューサーがそういうと女は驚いたような顔をしました。
彼は女の顔色を窺うようにして尋ねます。

「あの、俺何かまずいこと言ったかな」

「……いえ、大丈夫です」

「ならいいんだ。しかし俺はかっこつけたがりだったんだな」

「本当に、本当に酷い方です」

よくわかりませんが、何やら女を怒らせてしまったようです。
彼はあわてて弁解を始めました。
「いやさ、俺が俺でなくなるくらいだったら
俺が育てたアイドルに終わりにしてほしいと思ったんだ」

「……それでも酷い言い方だったと思います。」

「望み過ぎ、だったかな」

「……年端もいかぬ少女たちにそれを望んだのは酷だったかと」

「……確かに君の言うとおりだ。
俺もよっぽど余裕がなかったんだな」

そう言ってプロデューサーは一つ大きな溜息を吐くと、
話の続きをするよう女に促しました。
「本格的に貴方の異変に気付いたのは水瀬伊織です」

プロデューサーの要望通り、女は話を続けます

「伊織か」

「ええ、なにせ貴方が一番最初になくしかけた記憶が彼女のことだったのですから」

「どういうことだ?」

「ただ、あなたが彼女の名前をつい失念してしまった。それだけです」

「……そうだ、俺はまず伊織の名前をど忘れしたんだ」

「最初はそれでもどうにか対処することができたようですが、
彼女は自分の名前を呼んでもらえないことに不満を抱いて貴方に掴み掛りました」

「わかった、もういい」

「そうですか?」

「それでど忘れしたことがばれて伊織に思いっきり殴られた、だろ?」

「ええ。仕方ないと言えば仕方ないですが、無理のないことです」

「わかってる。そうだとは言え、申し訳ないことをしてしまった」
「でも彼女はそのことを誰にも言いませんでした」

「そうなのか」

「そのせいもあってか、貴方が辞めると聞いたときは皆が驚いていましたよ」

「アイドルの名前も思い出せないのに仕事を続けられるわけがないからな」

「正直、こっそりいなくなるのはどうかと思いました」

「社長に事情を伝えたらあっさりOKを出してもらえたんだ。だが……」

「許可を得て事務所を出ていったら入口のところに三浦あずさがいたのですね」

「……よく御存じで」

「ええ、そこで貴方は『何か考えがあってのことなんですよね?』と彼女に聞かれました」

「本当に何でも知ってるんだな。君は神様か?それとも死神とか」

「いいえ、今ではただの名も無き魂です」

女はそういって人差し指を一本、唇に添えました。
先ほどまでだったらただ美しいと感じただけだったのでしょうが
今では少し不気味なしぐさにも見えてしまいました。
「そこで皆には内緒、という条件で貴方は真実を告げました」

女はプロデューサーにかまわず話し続けます。
彼はじれったくなってとうとう口を挟みました。

「それで、その場から動けなくなったあずささんを俺がタクシーで送っていったわけだ」

「ええ、覚えているではないですか」

「そりゃ、いきなり記憶が全部ぶっ飛んだわけじゃないからな。
徐々にだけど、入院する前まではぼんやり思い出してきたよ」

「では、どこまで覚えているかお話してくださりませんか?
その方が都合がいいでしょう?」

「君もなかなか悪趣味な人だね。
まぁいいや、じゃあ入院する前の話でもしようか」

「事務所を辞めた後、自宅で過ごしていた時に伊織とやよいが来たんだ」

プロデューサーは思い出すように訥々と語りだしました。

「どうやらそのようだったみたいですね」

「じゃあ、あいつら俺の部屋に入って一番最初になんて言ったか知ってるか?」

「『汚い部屋ね!』
『プロデューサー、ダメですよ!ちゃんとお掃除しましょーね!』
でしょう?」

「……俺が話す必要ってあるのか?」

「ええ、貴方の言葉で聞きたいです。
それに、時間なんてないのでしょう?」

そう言って女は意地悪そうに微笑みました。
その微笑みに免じてプロデューサーは話を続けてやることにします。
「ひとしきり部屋を掃除した後、伊織になぜ事務所を辞めたのか尋ねられたんだ。
そこで俺は二人に真実を話した」

「隠そうとはしなかったのですか?」

「隠してもいずればれることだっただろうし
勘のいい伊織のことならなおさらだ。そうだろ?」

「そうかもしれませんね」

「悲しいもんでさ、俺の話を聞いても二人とも泣かないんだよ。
ただ黙って、俺の話を聞いていただけだった。」

「……それは貴方を思ってのことかと」

「だからこそさ。それで三人で晩飯を食ったら伊織の家から迎えが来てな、
それで二人とも帰って行ったよ」

「そのようですね」

「そのあと、一人で泣いた」

「……それは知りませんでした」

「ほぉ、君にも知らないことがあったのか」

「だからこうして話してもらってるのではないですか」

「それもそうだな」

また女を怒らせるのが嫌だったので、
プロデューサーはそれ以上余計なことを言うのはやめにしておきました。
「では、続きを」

「ああ。伊織たちの訪問からちょうど1週間後、
律子から電話があったんだ。」

「彼女は何と?」

「辞めた理由を教えてくれ、と。
あと伊織は感情の振れ幅が大きくなって、
やよいはやたら仕事とそれでもらえるギャラに執着するようになったとも言っていた。
あずささんもどこか上の空だということも」

「それだけショックだったのでしょうね。
高槻やよいがお金に執着するようになったのも
きっとお金があれば貴方の病気がよくなる、とでも思ったのでしょう」

「だな。それで結局、事務所に皆集めてその理由を話すことになったんだ。
あの時、一番奥で二回目の俺の話を聞いていた社長の顔は死んだ今でも鮮明に思い出せる」

「想像に、難くないことです」

「俺の話を聞いたみんなの反応は様々だった。
呆然と立ち尽くす子や、その場で泣き崩れた子もいた。
真には『なんでそんなに冷静なんですか』って怒られたよ」
「貴方が何の感情も見せていなかったから、でしょうね」

「もうあきらめ気味だったからな」

女はそうですか、とだけ言って軽く腕を伸ばすとこう続けました。

「少し休憩しましょう。
話を聞くのが辛くなってきました」

「ほとんど知ってるのに、か?」

「それでも、です」

「しかし、休憩しようにも娯楽も何もないんだよな」

「いっそ、眠ってみましょうか」

「死んでるのに眠るのか」

プロデューサーがそういうと、
女は腰を下ろし横になっていいました。

「貴方はしばらく寝ていないのでしょう?」

「ああ、でもずっと寝ていたような気もするよ」

彼も女にならって横になることにします。
地面を全身で感じるのは久しぶりのはずなのに
なぜかもう、ずっと味わっていたような、そんな感じがしました。
久しぶりに目をつぶって、プロデューサーはこれまでの長い道のりのことを思い出しました。
もちろん、ただ白いもやの中でただただ歩き続けたことも。

ここで一つの疑問が浮かび上がります。
そういえば女は白いもやのことなど全く話していなかったのです。
彼は隣で横になっている女にそのことを尋ねることにしました。

「君は白いもやのことを知っているか?」

「はて、何のことやら」

「ここに来るまで俺はずっと白いもやの中に包まれていたんだ」

「そうですか。
きっと、その時は生死の境目をさまよっていたのでしょう」

「なるほど、じゃあ俺が死んだのはついさっきのことってわけか」

「……そういうことになるのでしょうね」

「君は何でも知っているんだな」

「何でも知っていたら良かったと何度思ったことでしょう。面映ゆいものですね」

女は感情を押し殺すように答えました。

「……そっか、起こしてゴメンな。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

彼は再び目をつむると、あっという間に眠りに落ちてしまいました。
―――――

「おはようございます」

プロデューサーが目を覚ますと、横で女が正座をしていました。
この子にとって座ることは正座と同義なのだろうかとも思いましたが
あえてそのことは尋ねずに挨拶を返すことにします。

「おはよう、俺はどのくらい寝ていたんだ?」

「わかりません、最初にそのような概念がないとおっしゃったのは貴方ではありませんか」

「そうだな、どうも慣れなくてね」

「では、話の続きでもしましょうか」

「仕方ないな。どこら辺まで話したっけ」

「皆の前でしゃべったところまで、です」

「そうか。しかしだな……」

「どうかなさいましたか?」

「事務所に行った次の日にすぐ俺は入院したんだ」

「そうでしたね」

「その辺からどうも弱ってたらしくてね、
いまいち記憶があいまいだから君が話してくれないか」

「私とてすべて知っているわけでは……」

「構わないさ。全く知らないわけじゃないんだろ?」

「そうですが……どうしても聞きたいのですか?」

「ああ、ヘビーなところがあったらさらっと流してくれ」

「ではお言葉に甘えさせていただきます」

そう言って女は前にしたように姿勢を崩し、
彼のことを話し始めるのでした。
「入院してすぐ、あなたはまず字を書くことが出来なくなります」

「そうか」

「発症してからずっとつけていた手記も書けなくなりました」

「……なるほど、それを知っているということは君はそれを読んだということか。
道理で何でも知ってるわけだ」

「……申し訳ありません」

「いいんだ。どうせ誰かに見てほしかったんだろ。
そうでもなきゃそんなもの書くわけがない」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「でも、お仕置きが必要だな」

プロデューサーはふざけたつもりでそう言います。
しかし、それに対する女の反応はまたしても意外なものでした。
「……謹んでお受けいたします」

「お、おい冗談だよ」

プロデューサーが少し焦ると、
女は悪戯っぽく笑ってこう言います。

「ええ、そうでしょうね」

「……君はひどい女だ」

彼はすねた様な顔を作って女に悪態をつきました。

「ふふ、全くその通りです」

「まったく。まぁいい、続けてくれよ」
「貴方の病状は日に日に悪くなっていきました。
最初のうちは事務所の者がこぞって貴方の見舞いに行っておりましたが
病状の悪化とともにそれも少なくなりました」

「おいおい、俺は見るのも痛ましいくらいになったのか」

「残念ながら」

「そうか。しかし、それを聞いても不思議と何とも思わないもんだ」

「俗世から離れてしまったから、でしょうか」

「そうかもしれないな」

「では、誰が来なくなっ、だとか誰が最後まで残った、だとか
そのような話をしてもよろしいでしょうか?」

「……やっぱりやめてくれ。心の準備が必要だ」

「ふふ、まだ人間らしいところもあるのですね」

「君は本当に意地悪だな」

「続けてもよいのでしょう?」

今度はプロデューサーが続きを促す前に言われてしまいました。
彼は不服気に首を縦に振るだけにしておきました。

「……しかし、困りましたね」

「どうした、話を続けてくれるんじゃなかったのか?」

「あなたのおっしゃる通りにすると、
私も話せることが無くなってしまうのです。」

「そうか、じゃあ俺の最後についてでも教えてくれよ。
きっと管だらけだったんだろ?」

「ええ、体中に、たくさんの管をつけておりました」

女はそれだけ言うと黙ってしまいました。
彼はこれだけ人に喋らせておいて、肝心な時に口ごもる女に少し腹を立ててこういいます。

「おいおい、その先はないのかい?」

「ない、というわけではないのですが……」

「じゃあ、どうしたんだ」

「……知らないのです」

「何を?」

「貴方の亡くなった瞬間を、私は覚えていないのです」

「そうか、なら仕方ない。それじゃ話もおしまいか」

「長いようであっという間でしたね」

「ああ、いい暇つぶしになったよ」

「まだ、話せていない部分もいくらかあるのですが……」

「それは、もうちょっと落ち着いてからにしよう。
時間はいくらでもあるんだ」

「そうですね。」

「さて、俺の話はたくさんしたんだ。
次は君に関する話をしてほしい」

「私の、ですか?」

「ああ」
「いやでなければ、君の死んだときの話を聞かせてくれないかな。
何、時間は無限なんだ。ゆっくりでいい」

「意地悪な方ですね」

「お互い様だろ?」

「ふふ、そうですね」

「じゃあ、差支えの無い範囲で聞かせてもらおうか」

「ええ」

彼女は重い溜息を吐くと
これまで全く話そうとしなかった自分の話をただ一言だけ、話しました。

「愛する人を自身の手で殺めたあと、その手で俗世を去った。
ただ、それだけのことです」

「……つまり、君は人殺しだったのか。」

「驚かれないのですか?」

「俺も死んだ身だ。今更驚くようなこともないよ」

「それもそうですね」

女はぎこちなく笑って言いました。

「それに、俺も人に殺してくれ、と頼んでいるんだ。
君のことはとやかく言えないよ」

「……もしかしたら、貴方も殺されたのかもしれませんね」

「君の言うことが正しいとすると、俺は誰かの手で終わりにしてもらったのか。
そうだといいな。自分が自分でなくなるくらいならその方がいい」

「ふふ。初めにあなたが言った通りですね」

「どういうことだ?」

「『かっこつけたがり』ということです」

「あぁ、そんなこと言ったっけな」
「でも」

「でも?」

「それならよかったです」

「……そうか」

プロデューサーは女の言っていることがよくわかりませんでしたが、
とりあえず肯定だけしておきました。

深く聞くにしてもそれは今でなくともよい、と思ったのです。
「さて、お喋りは終わりにしてこれからのことを考えよう」

「今すぐ、でなくともよいのではないですか?」

「それもそうだけど、ここには君と俺だけだ。
それじゃできることが限られてくるだろう?」

「では、契りでもかわしましょうか?」

「……悪くはない提案だけど、まだ早いかな」

「それは残念です」

「君は俺のことをよく知っているみたいだけど
残念なことに、俺は君のことを知らないからね」

「そうですね。
貴方が私を知らないのもまた運命なのかもしれません」

女は少しさびしそうに言うとゆっくりと立ち上がります。
そして、座ったままのプロデューサーの手をつかんで言い放ちました。


「では、行きましょうか」

「どこに行くというんだ?」

「わかりません。
でも、あなたもそうだったのでしょう?」

「ああ、そうだったな。じゃあ行くとするか」

プロデューサーは差し出された手をつかんで立ち上がります。

彼が立ち上がると女は無理やりその手を引き寄せ、彼の胸へと頭を押し付けました。

「いきなりどうしたんだ」

「……私は嬉しいのです。ここで貴方と会うことが出来て。
そして、私が私としてここにいることが出来て。
しかし、これでよかったのか、私はそれが不安で不安で仕方ないのです」

女は声を殺して泣いていました。
何がなんだかさっぱりわからないプロデューサーは
とりあえず、黙ってその頭を抱いてやることにしました。

―――――

「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

しばらくすると、女はプロデューサーから離れ、深く礼をしました。

「よくわからなかったけど構わないよ」

彼は再び女の手を取るとこう続けました。

「一緒に行こうか。一人だとどうも退屈でね」

「……是非、お供させていただきます」

二人は目の前にあった森の入口の方を見据えます。
「この世界にいれば、俺の知ってる人が誰か来るのかな」

森を前にして怖気づいたのかプロデューサーは足を止めたまま言いました。

「どうでしょう。でも、今のままでも私は構いませんよ」

「二人のままだと退屈じゃないか?」

「いえ、まだまだ話し足りないことはあるはずです」

「そうかな」

「ええ、きっと」

「それならいいけど」

「では、行きましょうか」

女に手を引かれ彼は森の中へと入っていきます。


「それにしても君はよくわからない人だね。
仮に俺が生きてた時に君を知っていたとしてもそうだったんじゃないかと思うよ」

「友人にもそのようなことをよく言われました」

「やはりそうなのか」

「ふふ。しかし、ここでは時間がいくらでもありますし、
私のことを知るには充分なのではないでしょうか」

「なるほど。君の言うとおりだ。
そうさせてもらうことにしよう」

プロデューサーがそういうと女は彼の腕を抱き、彼の耳元でこうささやきました。





                         
「ええ。ずっと、ずっと一緒ですよ?……あなた様」






終われ
>>44
>>49
意見ありがとう。
確かにわかりやすすぎたり冗長すぎるのもいかんね。

最初はヤンデレっぽいの書きたかったのになんか違くなった
読んでくださった方、ありがとうございました

08:18│アイマス 
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