2013年11月24日

春香「旅立ちの風景」

1.流星


ああ、音無さん、こっちです。こっち。

 お久しぶりです。何を飲まれます?
 え? 私ですか。ジン・バックです。

 そんなにびっくりすることですか? 私だってもう二十二ですよ。

 え? ああ、喉ですか……。そんなにたくさん飲まなければ大丈夫ですよ。それで、音無さんは? はい、カシスオレンジですね。

 じゃあ、乾杯。

 不思議な気分ですね。まだ子供だった頃のことを知っている人と飲むって。まあ、いまでも小娘ですけど。
 いや、音無さんに比べてとかじゃありませんよ。なに拗ねてるんですか。

 ともあれ、お久しぶりです。日本に戻ってすぐ連絡しようと思ったんですけど……。勇気が出なくて。

 はい、春香が別の事務所に移ったのは知ってます。いまは765には真だけしか残ってないんですって?
 律子の事務所の方がメインになってるんですか。へえ……。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1350224281

 ところで……あの人が765に戻ってないっていうのは本当なんですか?

 そうですか。一体どこに行ってしまったのか……。
 はい、私も知りません。

 そう……ですね。あの頃のこと、音無さんには話しておくべきかもしれません。社長には簡潔に伝えたんですが……。


 どう、言えばいいんでしょうね。

 きっと、あの人は真面目すぎたんです。プロデュースという仕事に誇りを持ち、そして、自らがそれを成し遂げることに喜びを感じていた。

 プロとしてはとても正しいことだと思います。でも、それが、あの人を追い詰めてしまった……。
いえ、追い詰めたのは私なのでしょうか。正直、よく、わかりません。

 アメリカのチャートで何週間連続で一位を取っても、世界の歌姫だとか言われてみても、私にとっては、変わるはずのない日常でした。
いえ、栄誉だということは実感していますし、多くの人に聞いてもらえるのは嬉しいことです。

 けれど、それが、あの人との関係を変えることになるとは思ってもいませんでした。

 だってそれは、あの人が導いてくれた結果でしたから。あの人が示し、私が目指し、そして、二人で勝ち取った栄光でしたから。

 そのはず、だったんです。

 でも、段々、軋みは生じていたんです。私が全く気づかないところで。
 最初の兆しは、私へのアドバイスに、専門のプロを何人も連れてくるようになったことでしょうか。

 私はありがたいことだと思っていました。
 声の出し方一つ取っても、それぞれのジャンルで違ったりもするものですから。
 それに、いわゆるポップミュージックを歌う上でも、オペラやゴスペルの歌い方は参考になります。

 それを取り入れるかどうかは、後で考えればいいことですし。

 それにそれぞれの分野でのプロと接することは、間違いなく糧になりましたから。

 でも、その時点で、あの人は迷っていたみたいです。
 あの人が後に言っていたことですが、私がスタジオミュージシャンやレッスンプロと話す内容が、理解出来なくなってきていた、ということでした。

 言い方が悪かったですね。

 内容はわかるのだけれど、私や、彼らが提示するものの違いが理解出来ないと言うべきでしょうか。

 ある曲で、歌い方を三つ提示したとします。
 そのどれもが高いレベルにある場合、プロデューサーという彼の立場からすれば、より売りこめるような方向付けが出来ればするし、
そうでなければどれでもよいと判断すればよかったのだと思います。

 でも、あの人はそれでよしとしなかったんです。

 私が示すことの違いを理解出来ない自分を、責めてしまったんです。

 プロデュースという自分の職責以上のことをしなければならないと、思ってしまった。
 それも、しかたないのかもしれません。

 なにしろあの頃の私は、あの人に人生そのものを預けていましたから。

 それが、重荷、だったんでしょうね。

 人一人を背負うというのは、とても重い事ですから……。いまから思うと、なんて負担を押しつけていたんだろうと思います。

 しばらくすると、あの人は段々と私を避けるようになりました。

 もちろん、最初はそんなことはないと思っていました。
 だって、あの人は、アメリカ中、いえ、下手をしたら世界中に私を売り込むために、色々と動いてくれていましたから。

 だから、会えない時間があるのは当然でした。
 けれど、ほんの少し……そう、ほんの少しずつ、その頻度が増え、その期間が延びていきました。

 怖かった、と言っていました。

 私が手の届かない存在になっていくのが、とても怖かったと。側で見ていられない程に。

 ふふっ、おかしな話ですよね。

 私は、あの人と一緒に歩いて、一緒に飛んできたのに。あの人の掌から飛び出られるような翼は持っていなかったのに。
 でも、あの人は怖れてしまい、そして、ついにはその恐怖に耐えられなくなった。

 私があまりにふれあえずにいる不安から、たまには私のことも見て下さい、なんて拗ねた時のことでした。
 もう、限界だ、と打ち明けられました。

 歌姫である私に、もうついていけないと。

 私は愕然とするほかありませんでした。

 なぜって、その歌姫、如月千早は、私であって私ではありません。私とあの人、二人が作り出したものだったからです。

 これまで話してきたようなことを説明する彼に、私は泣いて謝りました。
 理解出来ないような言葉を使ったのは許して欲しい。改善する。
 あなたの導きがあってこそ、私はここにいるのだから、私をこれからも導いて欲しい、と。
 そう、すがりつきました。

 でも、だめでした。

 あの人にとって、私を導くというそのことが、忌避すべきものとなってしまっていたのです。

 プロデュースという仕事にこれ以上ないほどの誇りを持ち、しかし、だからこそ、如月千早のプロデュースを続ければ自信を失うと、
彼は考えていたようです。



 そうして、あの人は、私を捨てました。

 卑怯な言い方だってわかってます。でも、私は……捨てられたって感じたんです。

 それからは、ご存じの通りです。

 名目上、あの人は765プロのは西海岸支社長となり、私は主に東海岸で活動を続け……。
 結果として人気は急落して、一人で日本に戻って来ました。
 765プロを辞めるのを、書類のやりとりだけですませたのは、本当に申し訳なく思っています。
 でも……あの時の私は、あの人に関わる全てから逃げ出さないと壊れてしまうと、そう信じていたんです。

 実際、そうだったんだと思います。

 なにしろ、もう一度歌えるようになるまで、半年もかかりましたからね。

 ええ、いまはもう元気ですし、楽しくやってます。歌は、いまでも私の一番大事なものです。

 でも、そのとらえ方は、昔と少し変わっているかもしれませんね。

 音無さんなら、わかってもらえるんじゃないかって、そう思うんですけど。

 ふふ。

 ごまかすの、うまいですよね。昔は気づきませんでした。


 え? 765に戻る気、ですか? 律子の事務所でもいいから?

 そうですね。考えてみます。

 でも……。

 もうしばらくは、一人でやってみたいなって思います。

 ああ、はい。これ、ギターです。最近、弾き語りメインなんですよ?

 ええ、今日も実はこれから、深夜バスで移動なんです。明日は岡山で営業です。

 はい。そうですね。もう一杯飲んで、お開きにしましょうか。


 
 ……乾杯。
765プロのみんなの、ちょっと未来の話を、こんな風に書いていきます。
それぞれの話は、中島みゆきの曲をテーマに書いてます。

今回の千早は、『流星』
ttp://www.youtube.com/watch?v=Iv1h2aoBETI

では、続きはまた明日。
では、二話目をば。
 2.最後の女神


 久しぶりね、新堂。
 迎えに来てくれたの? そう、ありがとう。

 訊きたい事は山ほど有るけど、車の中にしましょうか。空港にいつまでもいてもしかたないしね。



 それで、お父様の具合は……?

 手術をしても、五年後生存率は六割……。

 そう、そうなの。

 でも、希望がないわけじゃないでしょう? なんといっても手術に耐えられるだけの体力が今はあるんだから。

 え? 当人の気持ちが? あのお父様の気力が萎えてるって、そう言うの?
 ……経営の方は、お兄様たちがしっかりやってくれてるんでしょうね?

 うん。それならいいわ。

 じゃあ、私はそのあたり気にすることなく、一人の娘として対することにしましょう。


 え? なによ。なんで新堂が泣くのよ。
 ……まったく。
 こんにちは、お父様。

 そうよ、夢じゃないわよ。あなたの娘の伊織ちゃんよ。

 なにをしてるのかですって?

 そりゃあ、こうして手を握るために帰って来たに決まってるじゃない。

 え? もう握ったんだから、さっさとフランスに帰れ?

 どうしてそう憎まれ口がぽんぽん出て来るのかしらね。残念ながら、私はしばらくこの家にいさせてもらうわよ。
 撮影はしばらくないし、友達にも会いたいし、部屋だって空いてるでしょう?

 ついでに、お父様の看病もしてあげるわ。

 お前の方が憎まれ口を叩いてるですって? じゃあ、きっと遺伝ね。

 ふふっ。

 うん? うん、例の映画祭は……しかたないわ。今年は取れるとは思ってなかったもの。

 え? 出来は一昨年の主演作より良かったって? ええ、その通りね。でも、お父様も知っているでしょう。
 カンヌにしろ、ヴェネツィアにしろ、オスカーにしろ……どんな賞だって、政治的思惑がつきものだって。

 たとえ政治からの中立を謳い、芸術的精神にだけ奉仕すると主張していたって、それこそがまさに――広い意味での――
政治的立場の表明に他ならないわ。
 そうでしょう?

 平等を気にするあまり、膚の色を気にしたりね。

 まあ、要するに、今年はアジア人が取る年じゃあなかったってこと。それは、もうだいぶ前からわかっていたのよ。

 うん。そう、そういうものよ。

 それにね、私自身が表現者である以上、そういった色んな思惑も呑み込んで、表現の幅を広げるべきだと思うの。

 彼らに彼らなりのスタンスがあるように、私にだって拠って立つ場所がある。
 それを、押し通せるかどうかが勝負よ。

 有色人種だから、女だから、アジア人だから。

 そんなの関係ない。

 水瀬伊織だから、と言わせられるようになることが。

 残念だけど、まだそこまでは至っていないってことなんでしょうね。今年の作品は一つの挑戦ではあったけれど。

 でもね、お父様。水瀬伊織はまだまだ成長途中よ。私、まだ、三十にもなっていないんだから、当たり前よね。
 水瀬伊織は……あなたの娘は、これからもっともっと花開く。十年、三十年、百年先の女優たちが、
『現代の水瀬伊織』っていう表現で賞賛されるような表現者になってみせる。

 グレタ・ガルボもキャサリン・ヘプバーンも越えてね。

 大法螺だけは一人前ですって?


 ふふ、褒め言葉と受け取っておきますわ、お父様。

 もうっ。なによ気持ち悪いって。
 ねえ、お父様。
 私の映画見てくれているんでしょう?

 さっき言ったのは、本気よ。

 私はこれからも女優として自分を磨き続けていくし、新しい挑戦にも躊躇うつもりはないわ。
 あなたの娘が活躍するのは、まだまだこれからよ。


 ……なに? なにをしんみりしてるんだって?

 あのねぇ。病床の親にこれからの覚悟を切々と語ってるのに、その言いぐさはないと思わないの?

 はい? こんな甘えん坊の娘がいるならまだまだ死ねない?
 ああ、もう。どうしてそうなるわけ!

 なによ、新堂ったら嘘吐いたのかしら。お父様が弱ってるなんて。
 ああ、もうわかったわ。余計な事言わないわよ。

 ええ、ええ。

 ここに居るわ。

 だから、安心して眠ってね。

 ああ、うさちゃんを貸してあげましょうか?
 いらない? そう。

 ええ。
 側に居るわ。

 お父様が目を醒ますまで、ずっとここにいるわ。

 あなたの娘がついているわ。



 おやすみなさい、パパ。
そんなわけで、第二話の伊織は、

『最後の女神』
ttp://www.youtube.com/watch?v=uerD0Lgv3k8
をテーマとしています。

では、続きはまた明日。
おかしい。書いてる方は、すごい前向きな話だと思って書いているのにw

さて、そんなわけで、第六話です。
 6.目を開けて最初に君を見たい


 ほら、やよい姉ちゃん。

 家に着いたよ、立って。

 え? 立てない?
 わかったよ。
 あ、運転手さん、ありがとうございます。

 ええ、まあ、結婚式で。身内で最初なもんではしゃいじゃって。

 ああ、うん、かすみ姉ちゃん綺麗だったね。
 うん。わかったから、ほら、行こう。

 ああ、もうぐにゃぐにゃだよ。

 ほら、とにかく上がって……うわっ。玄関で脱ぎ始めないでよ!

 えっち、じゃないよ。姉ちゃんの下着姿なんて見ても楽しくもなんともないよ。

 いてっ!

 やめなさい。ほら、姉ちゃん、とにかく靴脱いで。
 まったく着替えるだけで大騒ぎだなあ。僕たちはともかく、姉ちゃんはその手の服には慣れてるだろ?

 衣装とドレスは違う?

 そういうものかねえ。

 うん、かすみ姉ちゃんは綺麗だったね、本当に。

 しかし、どんだけ酔っ払ってるのよ、この人は。
 普段、酔ったところなんか見せたことないくせになあ。

 え? 新郎新婦に飲ませようとする人がいるから、しょうがない?

 ああ、まあね。そういう莫迦はいるよね。
 はいはい、莫迦って言うなって言うんでしょ。わかりました。

 でもさ、姉ちゃんが代わりに飲まなくても良かったんじゃないの?

 かすみ姉ちゃんとお義兄さんの足元には、捨てる用のバケツがあったわけだし。

 もったいないし、機嫌を悪くする人が出るのはいや?
 うーん。それは良い心がけだとは思うけどさあ……。

 たしかにアイドルの姉ちゃんが杯を受けてくれて、しかもお返しにお酌をしてくれるとなったら、新郎新婦に飲ませるより
そっちにいくってのもわかるけど、でも……。
 ああ、うん。式場ではしゃんとしてましたね。
 式場では、ね。

 まあ、かすみ姉ちゃんたちの前でもしっかりしてたからいいのかな。
 ああ、うん。他の人には言わないよ。言わないって。

 は? 伊織さん? なんで伊織さんが出て来るの?
 僕、接点無いって。

 うん、そうだね。かすみ姉ちゃん綺麗だったね。うん、でも、それ、何回目さ。

 良いことは何回言ってもいい? うん、それはそうかもしれないね。
 でも、やよい姉ちゃんのは絶対酔っ払ってるからだよね?

 そうは言っても、実際綺麗だったよね。

 ウエディングドレスを手作りするなんてどうなることかと思ってたんだけど、お仕着せのよりよっぽど綺麗だったよね。さすがは本職だね。

 え? かすみ姉ちゃんが服飾系に進んだのは、ウエディングドレスをデザインするためだったって? へえ。そんなにお嫁さんに憧れてたんだ。

 違う? なにが?

 本当はやよい姉ちゃんのウエディングドレスをデザインするんだって張り切ってたの。
 初めて聞くなあ。

 でも、そうすると、やよい姉ちゃんのドレスを作って、それから自分のって思ってたところが、逆転しちゃったわけだ。

 いてっ! つねらないで!
 それで、実際どうなの?

 なにが、じゃないよ。やよい姉ちゃんの結婚。

 はあ? 僕たち全員大学出るまでしないって、その時、やよい姉ちゃんいくつよ!
 そりゃあ、芸能界では晩婚も珍しくないだろうけど、それにしたって……。

 別にそんなに待つ必要ないでしょう? 昔ならともかく、いまは我が家もそんなに苦しいわけじゃないんだし。
 そもそもやよい姉ちゃんが家に入れてるお金、多すぎるくらいだよ。

 余計な事考えなくていいんだって?
 そうは言ってもねえ……。

 小さかったみんなが立派になってくれてるのが嬉しいんだって、その言い方、照れるよ。

 うん、そうだね。

 僕も、やよい姉ちゃんの弟で良かったよ。
 ……ちょっと待て。

 いま、長介って言ったでしょ。

 ああ!

 やよい姉ちゃん、僕のこと、長介兄ちゃんと取り違えてたんだ!

 おかしいと思ったんだよ、さっきの伊織さんの話といい、僕になんでするのかと思ったら!

 長介兄ちゃんは父さんたちと一緒に向こうの家族と食事会に行ってるでしょうに。

 僕は浩太郎だよ、ひでえなあ。

 いくら酔っ払ってるからって、弟を……。


 ちょっ。
 寝たふりしてるよ、この人!

 むにゃむにゃじゃないっての、姉ちゃん! やよい姉ちゃん!
 うわー、寝たふりしてる内に、本気で寝ちゃったぞ。

 ……でも、いいか、随分酔ってたし。

 うん、そうだね、かすみ姉ちゃん、綺麗だったね。

 寝言でまで言うんだから、よっぽど嬉しかったんだね。

 考えてみれば、アイドルで忙しくて、ゆっくりする時間もないんだろうしね。ぐっすり眠ってよ。

 ……でも、膝枕は勘弁してくれないかな。

 あ、無理?
 って、起きてるんじゃないの?

 ねえ。やよい姉ちゃんってば!

 ああ、もう……。
そんなわけで、第六話はあんまりないであろう浩太郎視点でやよいのお話でした。

テーマ曲は『目を開けて最初に君を見たい』
ttp://www.youtube.com/watch?v=RZnUZliCE3I
です。

では、続きはまた明日。
 ええ、そうですね。
 
 でも、どうしても吸ってみたかったんですよ。

 この銘柄の煙草を、いつも吸ってた人の気持ちをわかってみたくて。

 もちろん、全っ然わかりませんでしたけどね。

 それでも覚えてるものですねぇ、この匂い。

 私のいい人?

 そうですね。
 そうかもしれません。

 でも、そうならなかったからこそでしょうね。

 私があの人の横に立てていたなら、とっとと煙草なんて止めさせてましたよ。

 はは、そうです。
 かかあ天下になるタイプです。

 ええ、もう、わかってますとも。
 あそこ。

 幕張メッセ。

 私の引退コンサートをやったんですよ。


 ……すいません。
 もう一本つきあってもらってもいいですか。

 ええ、はい。
 この煙草が終わるまで。


 え?
 明日は晴れるって天気予報が言ってた?


 そうですか。
 明日は晴れるんですか。


 そうですか、明日は晴れですか。
はい、ちょっと日付変わってしまいましたが、第八話は、律子さんで、『タクシードライバー』
ttp://www.youtube.com/watch?v=eZ7kkSFBTAQ
でした。

では、続きはまた(日付上は今日になりますが実質)明日。
では、第九話です。
 9.ミュージシャン


 やあ、涼。早いね、待ち合わせの時間より十五分も早いよ。

 ボク?

 ああ、うん、まあ、もう十五分前に来てたけど……それは、ほら。うん。

 あー、もうっ。
 いいじゃないか。行こうよ。

 あれ? 腕組むの嫌?

 もういいじゃない。
 スキャンダルとか、気にしなくて良くなるんだし。

 はい、そこ、結論を急がない。

 わかってても、そこは我慢しておくのが男ってものじゃない?

 はいはい。

 んー、とりあえず、あそこのクレープ買ってきてくれたら、許してあげる。

 実は、待ってる間、ずっと香りが漂ってきててさあ。

 うん。
 へへっ、ありがと。
 あれ、今日は車なんだね。いや、この車見覚え無かったからさ。
 うん、いいドライブ日和だしね。

 お邪魔しますっと。はい、シートベルトしめたよ。

 ふうん、静かな車だね。

 覚えてる?
 最初にボクを車に乗せてくれた時のこと。

 あはは。やっぱり、あの時はひどかったって思ってるんだ?

 免許取り立ての涼のこと心配してボクと律子で乗り込んでさ。
 結局、見てられなくて、帰りは律子が運転して帰ったよね。

 あの車も悪くはなかったと思うけどね。
 でも、ちょっと目立ってたし、ボクはこっちのほうが好きだな。

 うん。そうだね。

 でも、考えてみれば、あの頃からすでに複雑だったんだよね。

 え? なにがって……。

 ボクらの三角関係だよ。
 うわあ、なんだよ。吹き出すなんて。

 危ないから、前見て、前!

 いや、そりゃ、律子とはつきあってないってのは知ってるけど……。
 でも、涼、告白したでしょ? 玉砕したけど。

 ……なんで知ってるかって、そりゃあ、ねえ?

 え? ああ、違うよ。

 律子から言ってきたんじゃなくて、ボクがかまをかけたら、あっさりひっかかったんだよ。

 うん、
 律子ってそういうところ、単純……っていうか、純粋だからね。

 ボクが言うなってなんだよ。涼こそ……だろ。

 別に怒ってないよ。
 怒ってないし、嫌ってわけでもない。うん、そこが不思議なんだけどね。

 なんとなく、律子ならいいやって思うんだよね。

 他の子だったら、正直、色々考えなきゃいけないところだけど。

 うん、わかってるよ。けじめをつけるためっていうのは。

 初恋、だもんね。

 そうだね。
 律子にとってもよかったんじゃないかな。はっきりさせておくのは。
 それにしても、初恋って実らないって言うけど、本当だよね。

 うん。そうだね。

 いまから考えてみると、それはいいことなのかもしれないよね。
 ちょっと寂しいけど、恋に破れるのも、経験だしね。

 あんまりうまく行きすぎても怖くなっちゃうだろうし。

 ボクの初恋?
 いいの、それ訊いちゃって。

 え?
 ああ、そうだね。
 あはは。

 律子もボクも相手は同じだもんね。

 それも含めて、菊地真であり、秋月律子か。
 言ってくれるなあ。
 本当に、良い天気だね。

 それにいい景色だ。

 ところで、そこら中に天狗がいるんだけど、なんなのかな?

 へえ、伝説があるの。駅のホームにもでっかい天狗の頭がある?
 ふうん。
 そういや、電車ってしばらく乗ってないね。騒がれちゃうしね。

 あっちに言ったらボクらの顔知ってる人も減るだろうし、大丈夫かな?

 そもそも、アジア人の顔の見分けつかない人も多そうだけど。

 うん。そろそろ言うよ。


 プロポーズ、お受けします。
 あーっ、これ照れるね! 照れるね!!

 でもさー、涼も悪いんだよ。
 もっと、こうロマンチックに持っていってくれてたら、最初からOKしてるのに、
 『僕と一緒にブロードウェイに挑戦しましょう』なんて言うから、全然プロポーズだと思わなくてさあ。

 いや、わかってるよ。

 うん、ボクと涼のコンビは日本の演劇界じゃ、それなりに評価されてるし、本格的なミュージカルに挑もうって涼の意気込みもわかる。
 ボクだって望んでたことだし。

 でも、結婚してアメリカに移住しようって話とそれを一緒にするのはどうかと思うんだよ。

 いや、うん、話すのはいい、話すのはいいけど、そこは、最初に結婚の話で、こう、ね……。
 うん、そう、二人で過ごしてからさ、計画にとりかかるというかさ。
 ……ここで抱きしめるのはずるいと思う。

 ううん、嫌じゃない。
 うん……うん。

 約束、果たしてくれたね。

 違うよ、ずっと昔の。
 もっと上のステージで、って。

 そう。
 ボクが君に出会った頃。


 あの頃は、ボクが男役で、君が女役だったりしたけど。
 ボクは、立派なお姫様になれてる?

 へへっ。

 ありがと。
 ボクの王子様。
そんなわけで、第九話は、真で『ミュージシャン』
ttp://www.youtube.com/watch?v=FA_QRSEOmno
でした。


では、続きはまた明日。
では、第十一話を投下します。
 11.樹高千丈 落葉帰根


 はいさい! サイネリア。

 え?
 この呼び方いけなかったか?
 いけなくはないけど、気恥ずかしい?

 でも、前からそう呼べって……。

 うん?
 そろそろキャラが辛いって……。そういうもんかあ?

 わかったよ、彩音。
 これでいい?
 うん、よかった。

 じゃあ、案内するね。
 って言っても、さっきの応接室以外はこのレッスンルームしかないんだけど。

 でも、なかなかだろ?
 それなりに広いし、防音防振はしっかりしてるぞ。

 うん。
 プロ相手だけだから、そこまで人数は入らないね。

 あ、ここで写真撮る?
 うん、まあ、応接室が背景じゃあんまりだしな。

 うん、5シーンに予備で7ポーズね。
 了解!
 じゃあ、こっちでインタビューだね。

 あ、あのね。
 そのソファ、中古で安物なんだ。
 座り心地良くなかったらごめんね。

 ええと、律子からのアドバイス。
 ここはダンスのレッスンしに来るところだから、ソファでくつろぐ必要はないよね。
 そんなとこにお金かけられるなら、レッスンに関わる事にお金かけなさいって。

 実際、レッスンしにくる人で、そこに座る人っていないんだ。
 だから、いいかなって。

 うん、そっか。
 ちゃんと座れるならいいや。じゃあ、なんでも訊いて。


 え?
 変な風に改竄しないから安心してくれ?

 そんなこと、最初から心配してるわけないだろ。

 ううん、ViDaVoだからじゃなくて、彩音だから。

 あはは、なに照れてるんさー。
 うん、それで、最初の質問は?
 ああ、なんで、このダンススタジオを始めたのかって?

 ええとね、自分、二十歳になった時にいろいろ考えたんだ。

 そう、将来のこととか。

 それで、四十五歳くらいになったら沖縄に帰ろうって思ったんだ。
 その頃には故郷に帰っていたいな、ってそう思って。

 それで、それまでの仕事はなにが出来るかな、なにがしたいかなって考えて、ダンスのトレーナーを目指すことにしたんだ。

 そうそう、アイドルやめた後にね。

 それで、自分、ダンスは評価されてたから、ダンスの先生できないかなって思ったんだ。

 もちろん、踊れるのと教えられるのは違うから、みんなに相談して、それで、一年半くらい勉強しなおしたのかな。

 体育大学に入って。

 え?
 ああ、いや、それはアイドルやってた時だよ。
 公表してなかったけど。

 アイドルやってる間に二年生にはなってたよ。

 ふふん、驚いた?

 まあ、それでアイドルを引退して、それからしばらくは律子の事務所にいるままで、後輩たちにダンス指導をやって、大学卒業と同時にここを構えたんだ。

 うん、だから計画通りだぞ。

 仕事のほうは、それこそ昔の仲間とか、いろんな所からいまのところは回してもらえるから、あとは、実績作りかな。

 うん。この話はこれくらいでいい?
 じゃあ、次は、え?
 アイドルを引退した理由?

 あー……うん。

 やっぱり、まだ驚かれてるんだね。
IU優勝したその場で引退発表だったもんね。

 でも、実は、さっき話したように、二十歳には決めてたんだ。

 次にIAかIUで優勝したら、引退するって。

 そう。
 それで、二十二の時、IUで優勝してそのまま引退したんだ。

 その理由?

 うーん……ええと、彩音ならわかるかな。

 自分たちがデビューした頃って、すごかっただろ?
 765と876と魔王と日高舞と、化け物って言っていい才能の持ち主が、二十人以上いたかな?

 日高舞なんて、まだまだ現役だもんね。
 魔王の人も、父親を引退させて東豪寺グループ乗っ取っちゃったんでしょ?
 とんでもない話さー。

 でも、やっぱり本当にとんでもなかったのは765プロだよね。
 だって……ねえ。

 あのメンバーが一つの事務所にいたなんて、いまから考えてみると、とても信じられないよね。

 正直、自分は完璧だなんて言ってたけど、びくびくものだったなあ。
 だって、あの中じゃ、普通のほうだったから。

 でもね、やっぱり自分の原点はあそこなんだ。

 仲間たちと、ただただ前を見据えて進んでいたあの日。

 自分たちの中に埋もれた才能に、気づいてさえいなかった、あの時。

 そりゃあ、タイムマシンなんてないから、昔に戻ることはできないけど、でも、あの時の仲間たちはいるでしょ?

 みんなに会うときはいつでも笑って、背筋を伸ばしていられるようにしたいんだ。

 それが出来るように、人気の絶頂でやめることに決めたってわけ。

 ごめんね。
 自分、説明得意ってわけじゃないから、わかりにくいかもしれないけど……。

 うん、そっか。なんとなくてもわかってくれたらそれでいいよ。

 うん、そう。

 自分は、胸を張って、アイドルを引退したんだよ。



 あの頃の自分に、また会えるように。

 あの頃のみんなに、また会いたいから。
十一話は、響で『樹高千丈 落葉帰根』
ttp://www.youtube.com/watch?v=5Wr5y3IXVZo
でした。

樹高千丈 落葉帰根は、中国のことわざでたとえ樹木がどんなに高くても、落ちた葉はいずれ根元に帰る、つまりは
人は故郷に戻るということを示しているらしいですね。
なお、20分ほど休憩したら、最終話の十二話も今日のうちに投下します。
さて、最終話は、春香さんで、『永遠の嘘をついてくれ』
ttps://www.youtube.com/watch?v=O9Bsp72aUbM
がテーマ曲です。
 12.永遠の嘘をついてくれ


 前略 プロデューサーさんへ

 いつもお手紙ありがとうございます。

 相変わらずの精力的な活動ぶりに頭が下がります。
 プロデューサーさんが元気に活動してらっしゃる事が、とても嬉しいです。

 あ、私も相変わらず元気にアイドルやってますよ!

 それにしても、以前から聞いていたあのプランがぽしゃってしまったというのは、とても残念です。
 あんなに一生懸命企画していた映画だったのに。

 プロデューサーさんはたいしたことないなんて書いてましたけど、やっぱりアメリカで映画作るのって大変みたいですね。

 俳優組合でしたっけ。
 そこの力がとっても強いんですっけ?

 まあ、この前、伊織に会った時に聞いた話の受け売りなんですけどね。
 伊織はほとんど欧州の映画ばかりに出ているわけですけど、たまにアメリカでお仕事することがあるらしくて、
その時はそこの組合のエージェントと、細かい契約をいっぱいしないといけないって愚痴ってました。

 世界の地域ごとに、商習慣がかなり違ってくるのって混乱のもとですよね。

 そうそう、アメリカといえば、涼ちゃんと真の二人が役をもらっているミュージカルが、オフ・ブロードウェイからオンに進出するらしいですよ!

 これって、評判がいいってことですよね。
 ロングランになったらすごいなあ。

 あの二人が結婚して渡米して、二年。
 予想以上に早いですよね。

 しかも、準主役級みたいです。
 さすが!

 プロデューサーさんも、伊織や真たちに連絡をとってみたらどうでしょう?

 ハリウッドのやり方に囚われないで協力してくれる人を紹介して貰えるかも……。
 あ……これ、余計なお世話ですか?

 プロデューサーさんにはプロデューサーさんの目指しているものがあって、頑張ってらっしゃるんですものね。

 ごめんなさい、忘れて下さい。

 でもでも、仕事の話は抜きにしても、プロデューサーさんにはぜひみんなと連絡を取ってもらえたらって思っています。

 プロデューサーさんがアメリカで頑張っていることをちゃんと知らせてあげたら、みんな喜ぶでしょうし、なにより安心すると思いますから。

 だって、聞いて下さいよ。

 千早ちゃんったら、プロデューサーさんが、行方不明だなんて言うんですよ?

 そりゃあ、千早ちゃんはちょっとごたついた時期があったみたいですから、プロデューサーさんとの連絡が途絶えちゃっても不思議ではない
かもしれませんけど。

 行方不明なんて、ねえ?

 私がこうしてお手紙を出すと、いつもすぐにお返事をくれるっていうのに、おかしな話ですよね。

 律子さんに至っては、もっとおかしな……。
 いえ、これは律子さんの勘違いで、単なる間違いだと思いますから、気にしないことにします。
 そうそう、行方不明といえば、みんなの中で、美希だけは、本当に居場所がわからないんですよ。

 やよいと雪歩、千早ちゃん、響ちゃん、貴音さんに律子さん、それからあずささん。
 この人たちは、裏方になっちゃった人もいますけど、日本の芸能界にいますからわかります。

 伊織はフランス、真はアメリカ。

 亜美真美はまだ学生です。

 あれ?
 もうお医者さんだったかな。
 医学部って六年制ですよね?

 じゃあ、まだぎりぎり学生ですよね。うん。

 そんなわけで、美希だけがわからないんです。
 ご家族もよくわからないみたいで……。
 たまに連絡があるので生きているだろうとは仰ってましたけど。

 それでですね。
 もしかしたら、プロデューサーさんのところにひょっこり現れたりしていないかなって私は思ってるんですけど、どうですか?

 だって、あの美希ですからね。
 それくらいのことはしてもおかしくはないと思うんですよ。

 これまでになくても、これからあるかもしれませんから、その時は私に連絡をするように言ってやって下さいね。
 それにしても、一度、あの頃のみんなで集まりたいですね。
 もちろん、社長や小鳥さんも。

 いつかそういうことが出来ますかね?

 あ、そうだ。プロデューサーさんのプロデュースする映画が完成したら、その試写会にみんなを呼ぶのはどうですか?

 アメリカくらいなら、きっとみんな行くのに苦労しないと思うんですよ。

 ……なーんて、実際に行くとなったら、また大騒ぎになるんでしょうけど。

 でも、それも楽しみじゃないですか?

 いずれにしても、プロデューサーさんの夢がかなうことを、私はいつも願っています。

 プロデューサーさんがこれまで育て上げた何人もの女の子たち、その子たちの夢の全てを詰め込んだ、
プロデューサーさんだけが作れる作品。

 それを形にしてくれたら、きっと、世紀の傑作になります。
 本当に楽しみで、期待で胸が高鳴ります。

 きっと、きっと、プロデューサーさんならかなえられると信じていますから。
 そして、その夢がかなったなら、一度は日本に戻ってきてくれるという言葉も、忘れていません。

 もう一度私をプロデュースしてくれ、なんて大それた事はもう言えません。
 だって、プロデューサーさんはもっと大きなものをプロデュースする立場になってるんですからね。

 でも、せめて……せめて一度でもステージに立つ私を見て欲しいと、その場で見て欲しいと思っています。

 私のアイドルとしての姿を。

 きっとそれは遠くない未来のはずです。
 なにしろ、プロデューサーさんですから!

 では、その日を心待ちにしています。

 くれぐれも体にはお気をつけて、これからも頑張るために!

 また、お手紙します。
 

                                                草々
 
                         あなたのアイドル(なーんちゃって!)天海春香
終わりです。

お読み下さった方々は、おつきあいいただき、本当にありがとうございました。

21:30│天海春香 
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