2013年11月24日

幸子「優しい優しい、プロデューサーさん」

エロで地の文だよ
途中で小難しいストーリーとか入れるから、そんなのイラねぇや、って人は適当に流してね

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373184460


いつ頃だったか。私が、彼女とそういう関係になったのは。


「おはようございます、プロデューサーさん」


夏。けたたましく、アスファルトに絡むタイヤの音と、耳に残る蝉の声が、開け放たれた事務所の窓から響いていた。
事務所は明りも付けられておらず、窓から入る朝日だけが部屋を照らし、静かに明暗の輪郭を深くしていた。
そんな夏らしい小さな喧騒と静寂、反するようなその二つの中で、小さなノックと共に、小さな来訪者が現れた。


「おはよう、幸子。今日はまた、随分と早いじゃないか」


来訪者の名前は輿水幸子。
私がプロデューサーとして雇われているこのアイドル事務所の、所属アイドルだ。
背は低い、というよりも小さいと形容した方が良いだろうか。
まぁ、彼女の言葉を借りて一言で例えるとしたら――。


「えぇ、まぁちょっと……。まぁ、カワイイボクですから、朝早くても全く大丈夫なんですけどね!」


そう、彼女は可愛い。
ピョンと元気に跳ねた横髪。ほんの少し垂れた綺麗な目。142�という小さな体。そして、まだあどけない笑顔。
今の言動のように自らをカワイイと言って憚らず、それを常に周りに押し出している。とにかく元気な子だ。

ふふん、と得意げに鼻を鳴らし、そう言った彼女は、ソファで書類を確認していた私の横に遠慮無く座った。
私は書類から目を離さず、隣にいる彼女の存在だけを敏感に意識した。
敢えて、そうしていた。


「ふぅ……」


先程の元気の良さと打って変り、少し神妙な空気を纏わせて、襟元付近をパタパタと仰ぎながら視線を合わせずに彼女は話しかけてきた。


「……というか、暑いですね……エアコンとかつけないんですか?」

「ん? あぁ……まだ大概の子が来るまで一時間もあるし、その前に空気の入れ替えでもしておこうかと思ってな。
 朝の空気の方が、綺麗なんじゃないかと」

「……ふーん……そう、ですか……」

「……あぁ……まだ、一時間、あるしな」

「……」


意識して、一時間という単語を言う。
彼女もそれを汲み取ったのか、押し黙った。
窓から入る夏の空気に、それとは全く異質の、湿った熱い空気が混じり始めた。
鼻の奥をくすぐり、喉の奥を吊るす、淡い蒸気ような空気が。
その空気が部屋に流れ、沈み、私達の動きをゆっくりと、しかし力強く、操り始めていた。

逃れられぬ力に従い、私は隣に座る少女に視線を向けた。
少女も同様に、私を見つめていた。
年端もいかない彼女に似つかわしくない妖艶さが、目の奥で耀いているのが、見えてしまった。

その目から、声にならない声が聞こえる。
耳元で囁く甘言のように、私を惑わす、この視線から。

あの時と、同じだ。

熱の籠った視線が交錯する。
互いの目が逃れられない引力を生み、私達を引寄せる。

そして、自然に、唇を重ねていた。

舌が混じり合い、絡み、貪る。
お互いの唾液が混じり、私の意識が、彼女の中に混濁していく。


「――さん……」


幸子が、小さく、そして切なそうに私の名を呼ぶ。
私はそれに応えるように、左手を彼女の腰に回し、右手で彼女の頭を撫でた。
私の胸の中に彼女の小さな体が収まり、互いに生じた空間が埋まってゆく。

ほんの少し爪を立て、彼女の滑らかな髪を梳くように、そして愛撫するように、撫でる。
すると一瞬、痙攣するように彼女が震え、彼女の息が荒くなくなった。
しかし彼女は唇を引こうとせず、逆に私の首に手を回し、求めるように押しつけてくる。

二人の水音が、夏の音と共に部屋に響く。
しかし、夏の小さな喧騒はもう耳には入ってこない。いや、感じ取れない。
目も、耳も、鼻も、全ての感覚が、彼女を感じる為だけに機能している。

喉を鳴らすような幸子の小さな声が、幸子の甘い臭いが、幸子の柔らかくて温かい感触が、私を満たしてゆく。


夏の暑さと、互いの熱が、理性を淡雪のように甘く溶かし、本能を更に露呈させていく。
互いの理性が溶けるのに比例し、互いを貪る水音が更に激しさを増し、意識が互いの中に埋没する。

どれくらいそうしていただろう。二分か、いやそれ以下だろうか。
それすらもわからない、時間すら溶けてしまったような感覚の中、私達はそうして唇を重ねていた。

ずっとこうしていたい、そう思ったが、彼女の事を考え唇を放した。
ゆっくりと――唾液の糸を引きながら、彼女の乱れた吐息を感じながら――舌を剥がしてゆく。

小刻みに体を震わし、息を整える彼女を見つめる。
彼女も夢見心地に、蕩け切った目で私を見つめ返してきた。
この愛おしい目を見て、私はまたすぐに彼女を求めたいと思ったが、何とか残った理性を振り絞り制止した。
その代わりに、私は彼女を優しく抱きしめた。彼女も力を抜いて、私に体を預けた。


「……幸子」


私が彼女の名前を呼ぶと、乱れた息の中で小さく「――さん」と、返事が返ってきた。



「……ここでは、キス、だけだからな?」


私の胸に体を預けていた彼女へ念を押すように、内実は熱くなった自らの芯を沈める為に、私は言った。


「……わかって、ます……」


息を落ちつかせ、私へ更に深く体を寄せながら、恨めしさを含んだ声で彼女は呟くように応えた。
それを宥めるように、私は掌で、彼女の頭を優しく撫でた。

小さく声を漏らしながら、彼女はそれに身を委ねていた。
また、ゆっくりと時間が流れる。


「――さん」


息をようやく整えた彼女が、上目遣いで私を見た。
求めるようなその瞳に、また、あの妖しい光が宿っていた。それに惹かれ、私と彼女の距離が縮まってゆく。

二人の唇が、また重なった。
吐息のように小さな声を上げながら、幸子が夢中で私を求めてくる。

深く、激しく、二人の行為が続く。
真夏の朝日が差し込む、二人きりの事務所で――。



いつ頃だったか。私が、彼女とそういう関係になったのは。



――



「ボクが一番カワイイに決まってますよ」


それが、彼女の第一声だったのを、私は覚えている。

彼女は、私が初めて担当したアイドルだった。

右も左もわからないような新人の私は最初、「典型的なアイドルが来たのか……」と不安になってしまった。
ステレオタイプというか、芸能人は我儘で自己中心的で、その癖チヤホヤされるから自分が偉いと思っているんだ、と言う思い込みがあったからだ。
平生、あまり喋らない私にとって、あまり得意なタイプでは無かった。
彼女の言動は少々、というか中々エキセントリックであった為、私もその枠にはめ、苦手という烙印を押してしまったのだ。

その気持ちを隠しつつとりあえず、これから一緒に頑張ろうと言うと、


「ふふっ、ボクはすぐに売れっ子になりますよ! 何て言ったってボクはカワイイですから!」


という、泥船に乗った気で安心しろとでも言わんばかりの返答が返って来た。

こうして、一抹の不安を覚えながらも、新人のプロデューサーと新人のアイドル。この前途多難な二人の仕事は、スタートしたのだった。


しかし、そんな私個人の努力だけで、状況の打開ができるはずは無かった。
伸び悩む成績、同僚プロデューサーの活躍、そして彼らのランク上昇。
私達は、周りから既に置いていかれたのだ。

彼女に責任は無い。彼女には十分上に立つ素質があった。外にまだ出ていない、何か惹きつけるような才能が。
だが、それを彼女は活かす事ができない。私の、実力と経験不足のせいで。
責任は全て私にある。自分でもわかっていた。

しかし、その当時の私には余裕が無かった。
自分のせいだと分かりながらも心の隅で「何でこんなアイドルを任されたのか」と、ずっと悪態をついていた。


そんな陰鬱なある日、幸子はまたLIVEバトルに負けた。




「あ……プロデューサーさん……」


ステージから戻ってきた彼女と、目が合った。

私は、自分が全く知らない人物を見たような感覚に襲われた。
幸子の目は、縋るような、目だった。
いつも自信に満ち溢れている彼女がその一瞬にだけ見せた、見た事も無い表情だった。

私は、それから目を逸らしてしまった。


「あ、あの……」

「……帰ろう。もう、遅い時間だ」

「……はい」


私は彼女の目を見ようとせず、まるで放るかのように、彼女を車に乗せた。


「……」


気まずい沈黙。
お互いに無骨な遠慮をしながら、時が過ぎてゆく。
車内の明りを付けず、ただ走る。暗く、沈んだ車内。
横を通り過ぎる車のライトと、小さな街頭だけが、私達を照らしていた。


「今日も……負けちゃいましたね……」


静寂の車の中で、彼女が振り絞るように、話しかけてきた。


「……そうだな」

「そ、そうだなって……も、もうちょっと言う事あるんじゃないですか?」

「……」


同僚の自慢話や上司の重圧に押し潰され、仕事も思うように行かない。
そして、また負けた。
何がいけないのか、私はここまで努力しているのに。

私の苛立ちは限界まで来ていた。
本当に、私だけのせいなのか? と。

そんな事を考える私をよそに、彼女は言葉を続ける。



「ま、全く……プロデューサーさん、女の子の扱いを知らないなんて、か、可哀相ですね!」


こちらの苦労も知らない癖に……。


「もっと……ボクをプッシュして下さいよ」


世間知らずのガキの癖に……。


「そうすればボクだって……プ、プロデューサーさんはどうすれば良いのかとか、そんなコトも知らないのですか?」


お前に、何が分かるって言うんだ……。


「ま、まぁでも……次もある事ですし別にダメなプロデューサーさんでも――」


お前にっ……。




「……ちっ」

「っ……」


舌先の乾いた音が、静かな車内に響いた。
その音に、彼女の垂れた目が見開かれ、表情が固まった。


「あっ、その……プ、プロデューサー、さん?」


しまった、と思ったがもう遅かった。
彼女の顔には、既に戸惑いと怯えが綯交ぜになった表情が、上書きされてしまっていた。

彼女はまだ年端もいかない少女だ。大人の持つ黒い感情をぶつけて良い相手では無い。
私は目頭を押さえ、自分のした事を悔みながら大きく溜息をついた。


「……すまない。少し、疲れていてな……あまり、お前の相手ができる余裕が無いんだ」


と、何とか謝罪を述べた。




「……そ、そう、ですよね……最近、お疲れみたいですもんね……。
 ボクの配慮の方が足りなかったですね……スミマセンでした……」


しかし、そんな言葉に意味は無かった。

いつも自信に満ち溢れていた彼女が、初めて謝るところを私は見た。いや見てしまった。
彼女は、何も悪くないのに。


「……」


彼女はそれっきり顔を伏せて、何かを堪えるように、ずっと足元にできた暗闇を黙って見つめていた。
私はそんな姿が居た堪れなくて、無言しか返せなかった。

君は、何も悪くない。
その一言すら、言えず。


短いがとりあえずここまで
残りは夜
今日中に終わらせたいが、果たしてどうなるか

その、翌日だった。
私達がようやく、変わる時が来たのは。

昼休み。私は事務所ビルの屋上で食事を終えたものの、ベンチに座ったまま、空を見上げていた。
なんとなく、また事務所に戻る気になれなかった。ただずっと、答えの出ない問の出口を、考えていた。
無論、彼女の事だ。

私が担当で無い方が、彼女は伸びるのではないか。
昨日の事で、彼女は私に対して恐怖を感じてしまっているのではないか。

しかし、彼女はまだ成果も出せていない。
担当を変えろと志願しても、私がこの事務所をやめて強制的に返させても、結局お荷物のレッテルを貼られたままになるのではないか。
彼女には、道は残っていないのでは無いか。

思考は虚空に溶け、ただ虚無の感触だけを残し、消える。
霞を掴むような問に、私は追い詰められていた。


もう、やめるしか――。




「どうしたんですか? そんな大きな溜息なんてついて」


誰もいなかったはずのこの空間に、何処からか声が聞こえた。
幸子か? と思ったが、今幸子はレッスン場にいるはずだ。ここにいる訳が無い。


「いつもここでお食事なさってるんですね。近くのお店とか私はよく行くんですけど、全く街でも姿を見なかったので、不思議に思ってたんですよ」


声のした方を振り返ると、先輩の千川さんが立っていた。
彼女はプロデューサーではなく事務員だが、アイドルや私達裏方の事も気にかけてくれる、頼りがいのある先輩であった。


「千川さん……」


彼女は柔らかい笑みを浮かべながら、私の横に腰かけ、伏せがちになった私の顔を覗き込みながら、話を続けた。




「あ……もしかしてお疲れ、ですか?」

「いえ……ただ、ちょっと昨日はよく眠れなかったもので……」

「あぁ……遅くまで、残ってらっしゃいますものね」

「……えぇ」


その返答の後、千川さんはしばらく私の顔を見つめ続け、何か悟ったように小さく笑らいながらこう言った。


「……嘘」

「え?」

「嘘です。――さんは、幸子ちゃんの事で悩んでるんじゃありませんか?」


その見透かされたような言葉に目を丸くし、私は千川さんの方を向いた。
彼女は視線を空に向け、澄ましたような顔で続けた。


「わかりますよ、それくらい。私、――さんよりも、ここの事務所長いんですよ?
 新人さんがやめていくのも、何度か見てますし……」

「……私がやめようかと考えていた事も、お見通しですか……」

「えぇ……辞める前の人は皆、今の――さんみたいな顔してましたし」

「……そう、ですか」

「……えぇ」


何も言い返せなかった。
実際、今の私は良くある例えでいう死んだ魚のような目をしているのだろう。
何をやっても成果が出せず、その苛立ちを担当アイドルに当たるような事をしているのだから。



「……私は……向いて、ないんですかね……」

「そんな事無いですよ。――さんは、誰よりも頑張ってるじゃないですか。
 それは、この仕事が、幸子ちゃんが好きだからじゃないんですか?」

「……仕事、だからですよ」

「……」

「仕事だから、頑張ってるんです。今のご時世、次の就職先がある訳でもありませんし……。
 切られないように、頑張ってるだけです」

「……そう、ですか」

「だけど、それでも評価はされない。でもそれは幸子のせいじゃなく、それは私の責任です。
 彼女には素質があるのに、私が殺してしまってる……」

「……」

「彼女にも、可哀相だと言われましたよ。女性の扱い方も知らないのか、なんて言われて……。
 哀れな、男です。私は……」

「……」

「……はぁ、すみません。こんな事を聞かせてしまって。もう、私は戻ります」


大きく息を吐き、ベンチから腰を上げようとした瞬間だった。




「……本当に、どうしようもない人ですね」


という、怒りを押し殺したような声が、開けているはずのこの空間に響いた。


「可哀相なのは、貴方じゃなく……幸子ちゃんの方ですよ……」


その声の方に視線を向けると、先程までの柔和な表情を消し、目を吊り上げ私を睨む千川さんがいた。


「せ、千川、さん?」

「確かに、貴方は頑張ってますよ。仕事をこなす手際自体は、悪くありません。
 ですけど、貴方はこの仕事で必要なものを、まず欠いている。真剣に考えないようにしている事がある」

「……私が?」


気付かないフリをして、私は問うた。




「……幸子ちゃんと……彼女と真剣に向き合った事が、ありますか?」


心臓が、ドクンと跳ねるのを感じた。

図星だった。

私は、彼女とあまり人としての関係を持とうと思わなかった。
今まで、自分が良いと思えるような人間とだけ関わってきた。
だから、苦手と思った幸子とも、関係を持とうとしなかった。

そして、成果が出せないようになってから、顕著になっていた。
彼女と話す日がある事じたい、稀だったのかも知れない。


「……幸子ちゃん、貴方がいない間に、私に相談してきましたよ。自分のプロデューサーが、あまり自分と関わろうとしてくれない。
 避けられてるような気がする、って」

「……」

「自分が成果を出せてないから、自分がうっとうしいから、避けられてるんじゃないかって……」

「……」

「普段、――さんと話をしてる幸子ちゃんは、強気な発言をしてますけど……彼女も、悩んでるんですよ。貴方以上に」

「……」

「貴方は、まだ仕事に逃げるだけでどうにかなるかも知れない。だけど、幸子ちゃんはまだそんな事もできない年なんです。
 ……少しは、彼女と向き合う努力も、した方が良いんじゃないですか」

「……」



何も、言い返せなかった。


「……私は、事務員です。――さんの仕事の辛さなんかは、理解しようとしてもできません。
 でも、これだけは言っておきます」

「……何で、しょうか」

「二人が、個々でいくら頑張っても、足並みが揃わなければ意味なんてありません。
 でも逆に、お二人が力を合わせるようになったら……」

「……なったら?」

「……わかりません。まぁ、あくまで素人の憶測ですから」

「……」


彼女と、向き合う。
私が無意識に、いや、意識的に避けて来た事が、仇になっていたのか。
いや、当然と言えば当然だった。
仕事でも何でも、信頼関係が無ければ、上手くいくはずが無いのだ。
そんな簡単な打開策を、私は自ら捨てようとしていたのだ。
人に言われるまで、それに向き合おうとしないとは。

私は、愚かだ。




「……私は……」

「大馬鹿ですよ。――さんは確かに寡黙ですけど、人当たりは良いし、とっても優しいじゃないですか。
 それなのに、幸子ちゃんを避けるような事して」

「……はい、それについては反論も……し、しかし、人当たりは……」

「皆言ってますよ。成果はともかく、人との接し方とか見るに、良いヤツなんだけどなぁって」

「……それって、どうなんでしょうか……社会人的に……」

「ふふっ……まぁ、良いじゃないですか。細かい事は」

「……そう、ですかね」

「そうですよ」

「……そうですか」

「はいっ」


そこまで言って、ふぅと息とつきながら、千川さんは膝を叩きながら立ちあがった。




「……すみません。つい語気が強くなっちゃって」

「……いえ。私の方こそ、男の癖にウジウジとしたところを見せてしまって……」

「……前から気になってたんですけど」

「何です?」

「なんで、ずっと自分の事を私って言うんですか? 年下のアイドルの子にも敬語を使わないのに、その一人称じゃないですか。
 それが、なんか気になっちゃって……」

「……そんなに、気になりますかね」

「えぇ。とっても」

「……深い、意味は無いですよ。ただ、私は……早く大人になりたい、と前から思ってたからでしょうかね。
 いつの間にか、こういう感じになってました」

「へぇ……まぁでも、確かにまだまだ――さんは子供ですからね。そういう風に背伸びもしたくなるんでしょう。うんうん」

「……私は、もう20後半ですが……」

「年下の子に苦手意識を持ってるような人が、大人を名乗ろうだなんて10年早いですよ」

「……面目無い」

「そうそう、そういう風に素直に人と接すれば良いんです。悪いことをしたら謝る。人と会ったら挨拶をする。
 そして……誰かが良い事をしたら褒める。これが、基本ですよ」

「……はい。心、がけます」

「結構」


くすくすと笑いながら、満足したような表情を千川さんは浮かべた。
そして今度は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、手をぽんと叩いた。


「あっ、じゃあ……早速問題を解消しましょうか?」


彼女の言葉に、思わず「え?」と上擦った声をあげてしまった。


「今幸子ちゃん、レッスン場にいるのは知ってますよね?」

「え、えぇまぁ……」

「見に行ってみませんか? 幸子ちゃんが、どんな風にレッスンを受けてるのか」

「……」


「幸子ちゃんが頑張ってる所、あまり見たことないですよね? 幸子ちゃんも、あまりレッスンを見に来てくれないって、
 嘆いてたんですよ?」

「そ、それは……最初は心配で見に行ってたんですが、幸子が、心配しなくても、カワイイボクなら大丈夫です!
 とか言って、追い出すので……」

「……ま、まぁ、今の似てない物真似は置いといて……それは、幸子ちゃんが恥ずかしいからそうしてるだけであって、
 本当は喜んでたんだと思いますよ?」

「はい?」

「あんまり、自分が努力してる所を、見せたくない人もいるんです。自分を、崩さないように」

「……」


言われてみると、思う所がある。いや、それしかない。
彼女は、いつも自分はカワイイ、完璧で負けるはずが無いと言っていた。
だがその実、自分がどんな努力、苦労をしているのか見せようとはしない。
私も彼女がそういう表情をしているところを、あまり見た事が無かった。



「幸子ちゃん、――さんの事とても信頼してるんですよ。一番遅くまで残って仕事している事、ちゃんと彼女も知ってるんですから」

「……」

「幸子ちゃん、知らないと思ってました?」

「……えぇ、まぁ」

「……はぁ、何だか……今こうして見ると、やっぱりお二人は似てる所が多いですね」

「え?」

「自分の苦労をパートナーに見せようとしないし、どっちもいらない所でお互いに気を使うし、不器用さ加減がソックリです」

「……そう、でしょうか」

「そうですよ、全く。どっちも子供です、こーどーもー」


そんな風に言葉を間延びさせてる貴女の方が子供っぽいのでは、とは言えなかった。




「まっ、百聞は一見にしかずと言います。今日の――さんの午後のお仕事は、確か……」

「衣装の、再考ですが……」

「だったら、尚更行った方が良いですね。彼女の事をもっと知って、それで彼女に似合うものがどういうものなのか。
 考えた方が良いんじゃないでしょうか」

「……そう、ですね」

「誰かが――さんがサボってるんじゃないかとか言ったら、私が適当に誤魔化しておきますから。ね?」

「……」

「男だったらウジウジしない! 何でもやってみるもんですよ!」

「……」

そうだ。何を迷う事がある。
千川さんに押されるまでもなく、ここまで聞かされたら、言う言葉は一つのはずだ。


「……はい。御好意に、甘えさせて貰います」


私は深々と、彼女に頭を下げた。


「はい、甘えちゃって下さい」

「……では」


その言葉を聞き、私は頭を上げてすぐに階段の方へと歩き出した。
足取りが軽い。今までの鬱屈が嘘のように、体が軽い。

まだ、何か変わると決まった訳じゃない。
まだ、彼女が赦してくれる訳でもない。

だが、私はやっときっかけを貰えた。
やっと、前に進むきっかけを。





「……休憩時間は、終わってるか」


あの後、すぐに車でレッスン場に駆け付けた。
レッスン場は防音加工がされており、沢山のアイドルがレッスンをしているはずなのに、静かだった。
使用状況を示す板を見て、幸子が何処でレッスンをしているのか探す。

あった。ここの上か。

私はすぐさま非常階段の扉を開け、駆け足で上の階へと登った。
扉を開けてすぐの部屋。そこに、幸子がいる。

扉に近づくとかすかに、きゅっきゅっという摩擦音と、軽快な音楽が聞こえてきた。
扉に付いている小さな丸窓で、私はそっと中を見た。

そこには、幸子がいた。
トレーナーさんが手拍子をし、それに合わせて、必死で踊っている。

だが、動きがどうも冴えない。
伸ばすべき所、止める所、そういった所を意識できていないような動きだった。
汗をかき、息を切らしながらも何とかついていっているようだが、これではお世辞にも良いとは言えなかった。

私がそう思うのと同じくして、トレーナーさんがストップをかけた。
ここからでは内容までは会話の内容までは分からないが、どうやら叱責を受けているのは確かだ。
表情が暗い。やはり、昨日の事が……。

昨日の事を思い出すと、私は居ても立ってもいられなくなっていた。
気付くと、既にレッスン部屋の扉を開けていた。



「……プ、プロデューサーさん!」


幸子が目を丸くして、私の到着に驚いていた。
何がどうしてと混乱した感じで、前のようにすぐ追い返そうともしてこなかった。
私はそれが何か気恥かく、頭をかきながら「やぁ」とだけしか言えなかった。


「あ、――さん……どうなされたんですか?」


トレーナーさんが突然の来客に動揺しつつも、私に声をかけた。


「あ、いやその……まぁ、幸子が心配で……」

「あぁ……そうですか……」


トレーナーさんが、やはりそうかと言った感じで、私の方へ歩いてきた。
そして、小声で私に耳打ちする。




「幸子ちゃん、どうも最近レッスンに身が入って無いと言うか……それに、今日は特別酷くて……私も、心配だったんです」


予想通りの言葉に、私は小さく溜息をついた。
幸子に対してでは無い、それに気付かなかった私自身に対してだ。


「……すみません、私のせいです。少しの間、幸子を貸して貰えないでしょうか。彼女と、話したい事があるので……」


私の神妙な表情を、何か値踏みするような顔で見た後、トレーナーさんは何か納得したように頷いた。


「えぇ、いいでしょう。その顔だと、何か悪い事を彼女に言うつもりじゃ、無いでしょうから」

「……はい。ありがとう、ございます」


私は頭を下げ、心からの礼を言った。


「……ふぅ、じゃあ幸子ちゃん。ちょっと休憩して良いわよ。私は、ちょっと外に出るから。10分くらいで戻るからね」

「あ、はい……わかり、ました……」


トレーナーさんの配慮で、私と幸子、二人だけがこの部屋に残された。
昨日の車内で流れた、あの静寂が沈みこんでくる。



「……なぁ、幸子」


意を決し、私が声をかけた瞬間、彼女は小さく震えた。
だが、何とか踏ん張りしっかりと私の目を見てくれた。


「な、何ですか? ボ、ボクの事が心配だった……いえ、その……あの……すみません」


いつもの幸子節も、途中で途切れる。目にも、怯えが容易に見てとれる。
私は、相当彼女を追いこんでいたのだな、と改めて自分の薄弱さを悔いた。


「……昨日は……すまなかった」


私はこれまでに無い程、深く頭を下げて、心を籠めて、彼女に謝った。




「え……な、何です? い、いきなり頭なんか下げて、どうしたんですか?」

「……昨日……お前に、当たってしまって、すまなかった……。
 いや、昨日だけじゃない。今まで、お前の事を避けていた事も、謝らなきゃならない」

「……」


彼女の顔は見えず、返答も無い。
だが、私は続ける。


「私は……今まで、幸子、お前ときちんと向き合って来なかった……お前が、苦手だとか……そういう、馬鹿な事で……。
 その癖、仕事が上手くいかないからと、勝手にイラついて、お前に当たって……」

「……」

「どうか……どうか、もう一度、お前とやり直させて欲しい。お前と、向き合わせて欲しい。
 身勝手かも知れないが、私は、お前とこれからも仕事をやって行きたい」

「……プロデューサー、さん……」

「……今まで……今まで、本当にすまなかった……俺が、悪かった……」


沈黙。
頭を下げたまま、ただ私はその沈黙を受け止めていた。

彼女が今どんな表情をしているのか、どんな心境なのか、それはわからない。
赦さないと言われるのも、覚悟していた。
私は、それだけの事をしてきたのだから。
息を呑みながら、私は、彼女がどうするのか、それを感じ取る為に全神経を集中していた。

一分、いや二分か。それ以上待ったかも知れない。
そこで、やっと彼女の声が聞こえた。



「……馬鹿ですよ……プロデューサーさんは……」


何かを耐えるような、震えた声だった。
その声に反応し、私は頭を上げて彼女を見た。

彼女は私に背中を向け、肩を震わせていた。
壁面に巡らされた鏡で、彼女の顔が見える。
泣いていた。大粒の涙を流しながらも、それを何とか堪えようとして、震えていたのだ。


「全く……こんなコトで、悩んでたボクまでっ……馬鹿みたいじゃ、ないですか……」

「……」


堪え切れなくなって来たのか、彼女は顔を上に向け、大きく息をしていた。




「ボクに、悪い所があるんじゃないかって……ボクが、成績を出せてないから、嫌われてるんじゃないかって……。
 そうずっと悩んでたのに……そんな、馬鹿みたいな理由で、避けられてたなんて……」

「……幸子」

「馬鹿、馬鹿ですよ……そういう風に、ボクの事、苦手だとか言いながら……いつも遅くまで、仕事してたなんて……。
 いつも目の下にクマを作るくらいなら、ボクのせいにして、逃げるなりすれば良いのに……」

「……」

「そんな風に、謝られたら……冴えないプロデューサーさんだって……許したく、なっちゃうじゃないですか……」

「……良い、のか?」

「良いですよっ……もう……こんな、馬鹿みたいな事で悩むくらいなら、許してあげますよ……」

「ほ、本当に?」


自然と、私の足は彼女の方へ、一歩踏み出していた。




「ゆ、許して、あげますから……これからは……ボクのコトを、ちゃんと見ていて下さい……。
 ――さんはボクが、一番だってコトを、ちゃんと証明して下さい!」


その言葉に、私は。


「……あぁ、任せろ。絶対に、幸子が一番可愛いって事を証明して見せる。
 幸子は、誰よりも、可愛いんだから」


こう、応えていた。
私の今の、本心から出る言葉だった。




「あっ……うぅ……」


そんな私の言葉を聞いて、幸子はついに泣きだしてしまった。
倒れそうになった彼女に、私は無意識に寄り、力を抜いて抱きしめていた。


「ゴメンな……本当に……」


今まで、本当に不安だったのだろう。
自分でカワイイとは言ってきたが、いつもLIVEバトルでは負けていた。
自分でも、自信が無くなっていたのだ。
だが、自分の相棒となるべきプロデューサーは慰めてくれず、自分を避けていた。
その辛さは計り知れなかった。

そんな重圧に耐えてきた彼女の小さな体を受け止めつつ、私は再度、自らの愚かさを悔いた。


「ゴメンじゃ、ないですよっ……ゴメンじゃっ……」


彼女も、私同様に背伸びをしていた。
年相応の、か弱い、少女だった。

泣きじゃくる彼女を抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でた。
彼女の髪はとても柔らかく、そして滑らかだった。
こんな事実も知らなかったのかと、改めて実感した。



「……これからは、一緒に、頑張ろう。幸子」

「当然、ですっ……ボクを、置いていったり……いや、ボクについて来れなかったりしたら、今度こそ許しませんからね!」

「……あぁ。お前を、置いていったりなんか、もうしない」

「……や、約束、ですよ?」

「あぁ。約束する」

「……じゃあ、良いです」


それから彼女が落ちつくまで、私は彼女を抱きしめ、宥めていた。
そして落ちついた所を見て、少しまた頭を撫でてからトレーナーさんを呼びに外へ出た。




「……話は、終わりましたか?」

「えぇ、まぁ……あ、な、中の様子とかは……」

「見てませんよ。そんな無粋な人間じゃありません」

「……そうですか」

「この道も誰も通ってませんでしたから、安心して下さい」

「……感謝します」


私はまた頭を下げた。今日は、営業並に頭を下げる日だ。
それ以上に、今日のは全てに心霊を捧げたものだったが。




「良いって事です。それに、その顔……」

「……顔?」

「えぇ。何か、憑き物が取れたみたいな感じです。きっと、幸子ちゃんも今のプロデューサさんと一緒でしょう」

「……はい。きっと、そうだと思います」

「ふふっ……これなら、ちゃんとレッスンもできますね」

「えぇ……むしろ、アイツが足りないとか言ったら、すぐに増やしてやって下さい」

「あはは。まぁ、考えておきますね」

「……幸子の事、よろしくお願いします。私のせいで、力を出せなかっただけなんです。どうか、見捨てないでやって下さい」


トレーナーさんは優しく微笑んだ。


「わかってますよ。大丈夫、幸子ちゃんは素質がある子ですから。すぐに、遅れを取り戻せます」

「……はいっ」


どうやら、私は良い人に囲まれているようだ。
それを、頼ろうとしていなかっただけで。



「それじゃあ、プロデューサーさんもお仕事に戻って下さい。今、お仕事の時間のはずですし」

「え、えぇ……そうでしたね」

「それで、何のお仕事があるんですか?」

「はい。幸子のステージ衣装の再考なんですけど……今、何だかとても良いデザインが頭に浮かんでるんです」

「へぇ……早速、効果が出てますね!」

「えぇ。それでは、私はこれを形にしてくるので……幸子の事、お願いします」

「そんなに何度も頭を下げなくて大丈夫ですよ。しっかり、私も仕事を果たさせてもらいますから」

「……わかりました。あ、最後に、もう一度だけ幸子に会っていいですか?」

「どうぞどうぞ。幸子ちゃんに、ちゃんと挨拶していって下さいね」

「はい」


重い防音扉を軽快に開け、幸子の傍に歩み寄る。
既に涙は止まっているが、少し赤い跡が残ってしまっていた。



「あ、プロデューサーさん……」

「私は、これから仕事に戻るから……何かあったら、遠慮なく電話するなり、直接言うなりしてくれ。良いな?」

「わ、わかってますよ。早く、お仕事して来て下さい……」

「……あぁ。お前に、とびきり良い衣装を用意してやるからな」

「……ふ、ふんっ……き、期待しないで待ってますよ。ダメダメな――さんの事なんか!」


彼女が初めて私の名を呼んだのは、その時だった。


「……あぁ。じゃあ、行ってくる」

「は、早く行って下さい……ボクはこれからレッスンの続きがあるんですから!」


そんないつもの幸子節に戻ったのに安心しつつ、私は彼女の言葉に背中を押され、彼女の元から去った。
そして、これからまた新たな戦いが始まる。
私と、幸子。この二人の共同戦線が。



「あ、お帰りなさい――さん」


事務所に戻り、千川さんの出迎えに笑顔で答える。
足取り軽く自分のデスクに座り、広げていた書類を整え、デザイン案を纏めていく。


「ふふっ、何だか――さん楽しそうですね」


デッサン書きに、色の指定を細かく書き込んでいく。往来の趣味程度ではあったが、ある程度絵が書けるのは強みになっていた。
仕事に勤しむ私に、千川さんがお茶を出してくれた。


「えぇ。まぁ、これからは何とかなりそうだなって、確信したので」

「あら、そうなんですか?」

「はい。むしろ、今まで何でこうしなかったのかと、疑問に思うくらいですよ」

「そうですよ。全く……不器用な二人をこの目で見ている立場としては、もうじれったくてじれったくて……」

「あはは……御迷惑を、お掛けしました。これからは、事務所のお荷物脱退を目指します」

「そんなのすぐに抜けられますよ。でも、期待してます。お二人ならきっと、その先も見えてくるはずですから」

「……はい。ありがとうございます」



そして、私が新たに発注した衣装が届いた。


「幸子。新しい衣装、届いたぞ」

「ホ、ホントですか?」

「あぁ。まぁ、相も変わらず、私がデザインしたものなんだけどな」

「へぇー……」

「……お前に似合うように、全力で作ってみた。少し、奇抜かも知れないが」

「そ、そうですか……ま、まぁ? カワイイボクが着れば――さんが作った服と言えど、似合っちゃうと思いますけどね!」

「……あぁ。頼む」

「……はい。じゃあ、き、着てきます……」


あれ以来、彼女との会話も増えた。
「ボクについて、そんなコトも知らないのですか?」だとか「ボクに頼み事? もちろんイヤです!」などとからかわれたりもしたが、
良好な関係を築き始めていた。


彼女とちゃんと話して、ちゃんと彼女の事を見て、少しわかった事がある。
あの強気の発言は、彼女なりの甘え方、という事だ。

基本的に、私以外の人と接する時も常時あのキャラなのだが、私にだけはまた少し接し方が違う気がする。
何と言うか、時々というか多々、彼女は私を煽ってくるが、他人を煽っている所は見た事が無い。
頼りない私を、引っ張って行こうという、そんな意思もあるのかも知れない。

だから、私にだけ、そういう可愛い憎まれ口を叩くのだ。
そう思うと、何と言うか、彼女も年相応なのだな、と実感する。
そして、何かそれが微笑ましくて、くすぐったいような感覚も、覚えていた。

そんな事を考えていると、隣の部屋で着替えていた幸子がおどおどと出てきた。


「ど、どうです――さん! 新しいステージ衣装に身を包んだボクは!」


幸子が、片手を腰に当て、何かお嬢様がしそうなポーズを取った。
少しツボに入ってしまった。


「な、何笑ってるんですか! 自分で作った衣装でしょう!」

「い、いや……そうじゃない、そうじゃないんだが……その、お前の仕草がちょっと……」

「むっ、心外ですね。ボクの一挙手一投足はカワイイこそあれ、笑われるような要素は断じてありませんよ!」

「スマンスマン。なんか微笑ましいというか、そういう可愛さっていうのも、あるだろ?」

「……ま、まぁ……今は――さんの口車に乗って上げましょう。で、どうです?」


幸子は気を取り直し、今度は衣装を見せるように手を広げた。
紫と白を基調とした、フリフリのスカートの可愛くもあるが、綺麗でもある。格調の高いデザインだ。
腰周りには羽の意匠も付けられており、その上に付けられた緑のベルトが豪華さを押し上げている。
緑のアクセントが効いた青いグローブとブーツが、強気に振舞う幸子の印象を強くしている。
我ながら中々良い仕事をしたものだ、と感心した。



「ま、またニヤついてないで、ちゃんと答えて下さいよ!」

「いや……我ながら、良い仕事したものだなと……幸子の可愛さが、倍増されてるよ」

「そ、そうですか! まぁ当然ですよ、何て言ったってカワイイボクが着ているんですからね!
 それにしても、――さんは独特の変わったセンスをしてますね! あまり見ないデザインですよ!」

「独特、ねぇ……」

「ボクは思ってることが口に出ちゃうので、率直な感想を言ったまでですよ」

「まぁでも、幸子に似合う事を第一に作ったつもりだ。だが素人のデザインだし、プロとはかけ離れるのかもな」

「……ボ、ボクは……――さんの作った衣装を着れて、良いですけど……」


目を逸らしてそう答える私は、彼女と同じく率直に疑問を投げる。


「何で?」

「そ、そうすれば、――さんはボクの事をちゃんと理解しているのかわかるじゃないですか!
 ボクに合う衣装を作れるって事は、それだけボクを理解しているって事ですからね!」

「まぁ、そうだな。私も、少しは幸子と向き合えるように、なってきたんだな」

「えぇ、まぁ遅すぎるくらいですけどね!」

「……面目無い」


頭を掻きながら、苦笑いをしてしまう。そんな私を見て、幸子が勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
そう言えば、まだ肝心な事を聞いていないかった。



「……それで」

「え?」

「それで、幸子はその衣装、気に入ってくれたか?」

「……え?」

「いや、だから。その衣装、どうだ? 幸子にとって、良いか、悪いか」

「え、えっと……その……この衣装ですか?」

「あぁ。変わったセンスなのは重々承知してるが、それでも構わないか? ちゃんと、お前が納得できるものじゃないといけないしな」

「……」


先程までの早口が嘘のように止まり、今度は何か恥ずかしそうに、何か言い淀んでいた。


「どうだ?」


「……良いと、思います、よ?」

「……そうか。なら、良かった」


私が満足して笑うと、彼女はまた黙りこくってしまった。
何か、足をもじもじとさせ、落ちつかない様子だ。まだ何かあるのだろうか。


「どうした幸子。まだ何かあるのか? 足らない物とか、あるか?」

「い、いえ、そうじゃないですけど……」

「どうした。幸子らしく無いな。思った事がすぐ口に出るんじゃなかったのか?」

「あ……そ、そうですけどね……まぁ、何と言うか……その、最近の――さんは、ボクから見ても良い感じになって来ましたね!」

「そうか? なら、嬉しいな」


幸子が素直に褒めてくれたので、何かこそばゆくなってしまう。
だが、私も素直に嬉しかった。


「だ、だから……その……」


幸子は表情を見られたくなかったのか一瞬、顔を伏せた。
そして、意を決したように、私にこう言った。



「これからも、――さんはボクの隣にいても、い、良いですよ。ねっ?」

「……」


その言葉に、私は言葉を失ってしまった。呆れなどではなく、喜びによって。

酷い仕打ちをしていたにも関わらず、私を赦し、なおかつ私を認めてくれた事が。
それが、私の言葉を、失わせていた。


「……あ、あの、――さん?」

「……」

「も、もしもーし? 聞こえてますか? ちょ、ちょっと返事して下さいよ、不安になるじゃないですか!」

「あ、あぁ……聞こえてるぞ……その、何だ……」

「あ、あまりの嬉しさに言葉を失っちゃったんですか? まぁ、これだけカワイイボクに褒められれば、当然ですけどね!」

「……あぁ、そうだ。お前に認めて貰えたんだと思えて、嬉しかった」

「……」

「どうした」


「……――さん、初めは殆ど喋らなかったし、あまり表情を崩さない人だと思ってましたけど……。
 その、なんか卑怯ですよ……」

「卑怯?」

「さ、最初はちょっとこわ、いや暗い人が担当なんだなぁなんてガッカリしてましたけど、今は、その、真っ直ぐ物を言いますし……。
 ね、根暗の癖に、やるじゃないですか!」

「……はぁ……それは、どうも」


よく言いたい事がわからなかったが、とりあえず礼を言った。
それから彼女は何か拗ねたように、またそっぽを向いてしまった。


「ま、まぁ良いです! 今度のLIVEバトル、勝ってみせますよ! そして証明してみせましょう、ボクが一番なのだと!」


それでも、そうやっていつも通りに振舞う彼女の背中は、とても頼もしく見えた。


「あぁ。一緒に頑張ろう、幸子」






そうして、生まれ変わった私達の、初めてLIVEバトルが行われた。


結果は、見事な勝利だった。


対戦相手は「負けないニャ!」などと言っていたが、それが居た堪れなくなってしまう程に、幸子の表現力が圧倒していた。
生まれ変わった幸子のライブは、見ている者全てを惹きつけるような迫力があった。
手足の先から、彼女に握られたマイクにまで、その全てに神経が巡り、言いようのない緊張感と生気を漲らせていた。
彼女の一挙手一投足、その全てに目を奪われ、彼女の歌声に魂を揺さぶられる。

これ程までに興奮した事は、私の生涯を通して、無かったと言って良い。
正に、完璧なライブだった。

関係者達も、今までの結果を知っているだけに、この変貌ぶりに目を丸くしていた。


「やったな! 幸子!」


ステージから降り、舞台袖に入った彼女へ、興奮冷めあらぬままに駆け寄った。






「あ、――さん。ふふん、どうでしたか? 皆カワイイボクだけを見てましたよ?」

「あぁ、お偉いさんも驚いてたぞ。そして、沢山褒めてた」

「ふふっ、そうでしょうそうでしょう?」

「あぁ……よく、頑張ったな……」

「……」


喜んでいるはずなのに、幸子が顔を伏せてしまった。
何か変な事でも言ってしまったか、と不安に思い、彼女に尋ねる。


「い、いや……違うんですけど……その……」

「何だ。思った事は、すぐ口に出せ。それが、お前だろ?」

「あっ……そう、ですね……」


それでも、口を真一文字に結んで逡巡した。
そして息を整えてから、ようやく幸子は言った。



「――さんから見て、その……ボ、ボクは、カワイかったですか?」


また顔を赤らめながら、彼女はそんな事を聞いてきた。

私は、この時ようやく全てに気付いた。
何故、彼女はカワイイという事に固執するのか。

それは、いつも自分でカワイイとは言っているが、他人からも、可愛いと言って欲しいと思っているのではないのか、と。
あの自信家のような発言も、やはりその気持ちの裏があるからではないのか、と。
この甘え方には、そういう意味があったのだ、と。


「――さん?」


もしそうであるならば、言ってやらねばなるまい。


「は、早く感想を言って下さいよ! ボクはライブで疲れてるんですからね!」


ここまで頑張ってくれた彼女に、この言葉を。




「……あぁ。幸子は、可愛かったよ。誰よりも、一番」


私の、この素直な言葉を。


その言葉に、彼女は一瞬驚いたような表情を見せた。
が、すぐに彼女の顔がみるみるほころんでいった。


「と、当然ですよ! ボクは……ボクはカワイイですから! ボクが一番なんですから!」

「……あぁ」


「――さんが、ボクが一番だってコトを、ちゃんと証明してくれたんです! ねっ?
 やっぱり……やっぱり、ボクには魅力があるんだっ」


そう言って、全身で喜ぶ彼女の笑顔が、眩しかった。
今まで見たことのないような、満面の笑み。
それを、私に向けてくれていた。それが、とても嬉しかった。


「さぁ、――さん! 勝利記念に、ボクをご飯に連れて行ってくれてもイイんですよ?」

「あはは……そうだな、それも良いか!」

「はいっ! じゃあ行きましょう! ほら早くついて来て下さいよ! ――さんにはボクの荷物を持って貰うんですから!」


そう言って、彼女は私の手を掴んでいた。
私を引っ張ってくれる、彼女の小さな手。
頼もしく、そして……。




「ボクが食べたいので良いですよね? いや、むしろそれ以外はダメですよ!
 ――さんには、ボクが選んだものを食べて貰うんですから!」

「わかったわかった。あまり引っ張らなくても、ちゃんとついて行くから」


私は、その時既に、彼女に惹かれていたのかも知れない。
この、愛おしいくらいに、可愛い彼女に。

彼女に手を取られつつ、私は、そんな言いようの無い気持ちを、心の中で持て余していた。

書き溜め無くなったわ
飯食ってくる


「……何だ」

「……みくさん、――さんの担当アイドルになって、どれくらいでしたっけ」


最初は質問の意味がわからなかった。
声に籠められた強い感情に、私は気圧されるように答えた。


「……お前も、知ってるだろう。あのライブの後、色んな処理があったから遅れたが、ちょうど三ヶ月後だ」

「えぇ、そうでしたね。あの頃は、まだ前と変わらなかったですよね」


前と? 仕事の量か?
いや、あの頃から既にかなり増えていたはずだ。
私の疑問を物ともせず、幸子は口を止めようとしない。


「それで、愛海さんも入って来ましたよね」

「……あぁ。お前も含めて個性が強い連中ばかりだが、ちゃんと仲良くやってくれていて私としては嬉しい限りだよ」

「話題を逸らさないで下さい」


幸子に諌められた。何かを我慢するように声が僅かに震えている。
私はこの時ようやく、幸子の感情に気付いた。

この震えは、嫉妬だ。この感情が意味する所はとどのつまり一つしか無い。



「えっと……もう、やめよう。これからご飯を食べるって言うのに、こんな暗い話をしてたら、
 おいしいものもおいしくなくなってしまうぞ?」


私は逃げるように、会話を断とうとした。
しかし、この不自然さは幸子を逆撫でしただけだった。


「話を逸らさないで下さいって、ボク言いましたよね」


私はなおも逃げる。


「だから、えぇと……幸子が何を言いたいのかはわからないが、辛気臭い話はやめよう。
 せっかく久しぶりに二人だけでいられるんだから……」

「それが、問題なんですよ……」

「……じゃあ、何だ。もう良いだろうこの話は。さぁ、そろそろ店に着く。一応変装用に帽子は持っておけよ?」

「……」

「何が不満なんだ? 何か不満があるなら、言ってくれ。言ってくれなきゃ、私はわからないよ」


嘘だ。質問の意味に気付きながら、尋ねなくて良い事を私は尋ねていた。
願わくば、私の気付いた意味と違って欲しいと思いつつ。
願わくば、私の気付いた意味と同じでいて欲しいと思いつつ。



「……――さんは、卑怯なんですよ……」

「……え?」


心臓が震えた。聞き覚えのあるこの小さく放たれた言葉に、あの時の事を思い出していた。
彼女に認められたあの時の事を。

しかし、私はあの時感じたものとまた別の、胸騒ぎを覚えていた。
異様な程の胸騒ぎが、私の血をざわつかせ、体を蹂躙していた。


「ボクに冷たくしたと思ったら、いきなり優しくなって……ボク、不安だったんですよ……。
 最初は、貴方がボクの相手をしてくれなくて、自分の担当に嫌われたんだと思って……。
 このままじゃ、アイドルじゃいられないんだと思って……」


あの時の、暗い時分の事を持ち出された。嫌な思考が回る。
私の気付いた意味は、どうやら間違いではないらしかった。
だからこそ、私はこれ以上を言わせたくなかった。

触れれば炸裂してしまう、臨界に達したこの感情の中で幸子は吐露し続ける。



「でも、その癖……夜遅く仕事までして……ボクなんか相手にしない癖に、そこまで頑張って……」

「……まぁ、それは……自分の評価も、あったし、な……あの時はそれが第一だったから」

「わかってますよ! でも……そんなの知ったら、貴方の為に頑張ろうって、思っちゃったんですよ……」


幸子は、そういう子だ。
自分が一番だと口では言っているが、他人への配慮を疎かにするような子では無い。
怖いと思っていた私に対しても、恐らく同じだったのだろう。
売れないのも自分だけのせいだと、彼女は思いこんでしまっていたのだから。


「そうすれば、貴方に認めて貰えるって、ヤケになって……頑張ったんですよ、ボクなりに……。
 なのに、結果は出なくて、――さんは、ボクを見てくれなくて……怖くて……」


幸子は声を震わせながら、訴えかけるように言い続ける。


「……あの時の私達では、そんなの無理だったからな」

「それなのに、ある日いきなり、ボクの事……ちゃんと……見てくれるようになって……」


千川さんの助言を得て、私は幸子と和解した。
そして、今まで順調にやってきたのだ。



「ボクを、カワイイって……」

「……あぁ」

「それが、嬉しくて……」

「……」


それがキッカケだったのだ。仕事も、二人の関係も。
私も、この子も。


「でも、――さんは……仕事の時しかカワイイって言ってくれないですよね」

「そんな事は……それは、理由があってな」

「それとも、あれですか。みくさんと愛海さんの方が気に入ってるから、ボクをカワイイとも思わないんですか。
 愛海さんとはいつも卑猥な談義で盛り上がって、みくさんとは過剰なボディタッチとかをして……。
 ボクとは、一切そういうコトをしようとしない癖に……」


叫ぶ一歩手前、それを何とか必死に堪えようとした声だった。




「……幸子」

「貴方は……ボクのプロデューサーでしょう? だったら、おかしいじゃないですか、そんなの……」


また、彼女は顔を俯かせてしまった。
心臓が跳ねる、小刻みに。息をするのも、忘れていた。
この先の言葉は、今の私には容易に想像できた。


「ボクのコト……ちゃんと見ていてって、言ったじゃないですか……」

「なぁ幸子、私だって――」


いけない。この先を言わせては。
だが、既に彼女の口火は切られていた。



「貴方はボクのコトだけ見てれば良いんですよ!」


窮極の一言だった。意味も、何も無い。
この言葉が、彼女の全てなのだろう。
私はその言葉に意味を返す事ができず、ただ彼女の縋るような目を見て「……幸子」と小さく名前を呼ぶ事しかできなかった。


「ボクのプロデューサーは――さんしかいないんですよ! ボクには……ボクには!」

「……」

「それなのに、――さんは他の人ばかり見て! 何なんですか! ――さんは、ボクのプロデューサーでしょう!」

「……」

「私だとか言って気取って! 大人ぶってるくせにごまかす事しかできないんですか! 結局、そうじゃないですか!」

「違う、そんな事は……」

「ボクは……ボクは、どうすればいいんですか……」


ひとしきり叫んで、幸子は言葉を続けようとせずに黙りこんでしまった。
私も黙っていた。この、捻じ曲げる事の出来ない情の中で。
私は知ってしまった。彼女が私に抱いていた想いを。


私は、やり過ぎていたのか。

信頼関係というものは私とアイドル達を繋ぐ、血管のようなものだ。私はそれを作ろうと、あの日から躍起になった。
通っていなければそのまま死に、滞りなく繋がっていれば仕事も良好になり得る、この関係を。

しかし、この情は一度でもこの血管に流れてしまってはいけない。
もし流れてしまえば、血管に貼り付き血が鈍る。破裂必死の大動脈瘤。
それが、恋愛。この情なのだ。

高架下から車が抜けた。しかし、光が車内を照らす事は無い。
陰の輪郭が更に濃くなっただけだった。


「……今日は、もう帰ります。食事に呼んで貰ってなんですけど、今日は……」

「……あぁ」


彼女が言ったのか、私がハンドルを切ったのが早いのか。
既に、車の進路は変わっていた。

帰りの道中、私と幸子は口を聞こうとしなかった。
私は彼女の言葉の熱に侵され、沈んだ空気を吸い、まともに叶わなぬ呼吸を、ただ意識していた。
彼女はただ体を小さくし、自身を堪えるようにしていた。

早く、そして重く、時が過ぎた。
重厚な前門を備えた、白塗りの大きな家。車は、彼女の家の前にまで来ていた。

私達は車内に籠る空気のせいで、体が麻痺したように止まっていた。



「……着いたぞ」


私は大きく息をつき、かろうじて口を開いた。
幸子は動こうとしなかった。


「幸子。もうお前の家だ。早く、降りないと」

「……」

「なぁ、幸子。お前が先程言った言葉は……私は、無かった事にしようとは思わない。
 だが、お前達に優劣をつけるという事はあまりしたくない。
 今はお前達三人が、全員大事なんだ。だから……」


私は返答になっていそうでなっていない、そんな答えをしていた。


「……言わなくて、良いです。わかってます、それくらい」

「……そうか」


私はドアのロックを解除し、彼女が動こうとするのを待った。


「……」


しかし、彼女は動こうとしない。
まだ何か、私に言おうと逡巡しているようだった。



「幸子、いい加減に――」

「今度っ」


振り絞るような声が、私を止めた。


「今度……今度の選挙で……ボクが十位以内に入ったら……」

「……入ったら、何だ」

「……ボクの言う事を、何でも一つ、聞いて貰います」

「……」


突然の提案に、私はしばらく硬直していた。


「……そんな事……」

「そんなコトじゃ、ないんですよ……」

「……すまん」


彼女を止める為に、私は白々しくもまた失言していた。
だが私を制する声に、もはや取り付く島も無い。彼女を止める事はできない。

私は最後の抵抗を試みていた。私自身の為にも。彼女の為にも。



「……ダメだ」

「っ……」

「十位は、ダメだ……五位以上なら、良い」


私は彼女の方へ振りかえり、最後の抵抗を口にした。
幸子はこの言葉が予想外だったのか、「えっ」と目を見開いて私の顔を見ていた。


「そ、それって……」

「十位なら、今の幸子なら入れるだろう。私はそう確信している。
 でも、それじゃあダメだ。もっと、上を目指して貰わないといけない」

「……」

「もし、五位内に入ったのなら……幸子の言った通り、何か願い事を一つ聞こう。
 私の叶えられる範疇で、だが」


私は最後の部分を殊更に強調して言った。
彼女はまだ、自分で提案した事なのに信じられないという面持ちで、私の事を見ていた。


「……ほ、本当ですか?」


彼女はようやく、中身の籠っていないような声を返してきた。


「あぁ。私も、男の端くれだ。二言は無いよ」

「ほ、本当に本当ですか? う、嘘じゃないですよね?」

「……あぁ。嘘じゃない」


私が言うと、彼女はまた顔を伏せた。
そして、決心したように力強く頷いた。


「……良いですよ。じゃあ、ボクが五位に入ったら、何でも言う事を聞いてもらいます。
 それまでは、ボクも何か言う事は、やめましょう」

「入れたら、だがな……だが、入れなかった場合は……」

「……わかって、ます」


今まで直接に言わなかったが、今の言葉で明らかになったようなものだった。
ただ、直接言わないだけで。


「……そうか。なら、良い。忘れ物はするなよ」


その言葉に、彼女は何も返事をしてくれなかった。
彼女はすぐに荷物を取り、車を出てしまった。


そして、門をくぐる直前。彼女は振り向いて、運転席から窓を開けて見ていた私に言った。


「絶対に、覚えておいて下さいね!」


そう言い残し、彼女は門をくぐり暗闇の中に消えて行った。
私は、ただ茫然とその様子を見ていた。

私は大きく息を吐き、張り詰めていた緊張の糸を幾分緩めた。

私が置いたこの最後の牙城。
それに付け入る隙を、何故敢えて残していたのか。
それは火を見るより明白だった。

自分よりも一回りも歳の離れた彼女に、私は焦がれている。
彼女が見せたあの時の笑顔。私と彼女の心が初めて通ったあの時の笑顔に、魅入られてしまったが為に。

最初は不穏な気持ちと感じつつも、それを娘か妹をいつくしむのと同じと誤魔化してきた。
しかし、彼女も私と同じ気持ちを持っていた。それを、私はつい先程確認してしまった。
それを確認した途端、私は何と思ったか。
まず第一に、喜びだった。そしてそれに追従するように、理性が困惑を私に押しつけたのだ。
立場がそれを許してくれない。ダメな事なのだと。


もう誤魔化しきれない。理性など、本能に追従するだけの理屈に過ぎない。
だからこそ、私は彼女に賭ける事にしたのだ。
私と彼女の力が、信頼が、どれ程のものなのか。それを見る為に。

もし、彼女が達成できなければ、私は彼女に対する想いを全て封印するだろう。
金輪際、彼女は女性として見ないだろう。彼女も、そうせざるを得なくなる。

しかし、もし彼女が達成したとしたら。
私は彼女の望む事を叶えよう。それが、私の予期した事であっても。

投票開始まで、およそ一カ月。
後一カ月で、全てが決まるのだ。

暗い車内に、一人残された。私は彼女の家の二階に灯った、カーテン越しの柔らかい明りを見つめていた。
人影がカーテンの向こうで動いている。そして、小さな影がその光の中を横切った。
私はそれを見て、アクセルを踏んだ。雨が、また垂れて来ていた。


――
今回はここまでです
うーん、中々進まない
>>157
おじさんなぁ、最近ヒロインを死なせまくるようなやつ書いててなぁ、もうバッドエンド風味のやる気力無いんだわぁ
歳だから許してなぁ

確かに、彼女の知名度はもはや言う事は無い。前回の時点で既に発表圏内にもいたのだ。
彼女の忌憚の無いキャラクターも、お茶の間にも受けている。CDも売れている。
学業と年齢の兼ね合いでテレビ等への露出限界があると言っても、人気は確かにある。
現にレギュラー番組と呼べる番組もいくつか持っている。
当然、十位圏内は狙えるだろう。

だが、世の中には必ず上がいる。
私の見立てでは、彼女の敵となり得るのは五人以上はいる。
他事務所、我が事務所のアイドルを含めて。

そのアイドル達は必ず、幸子を阻む壁となるだろう。
私の計算、そして第三者からの観点から言えば、五位内には手が届きそうで届かない。
そんな微妙な枠である。

だからこそ、私の内心はこの枠を提示した。
超えられそうで超えられない壁。だが、決して超えられない物ではない。
超えるべき点が見えた目標なのだ。


本当に断るのなら、一位を取れと言っただろう。
だが私は期待していた。
彼女が、この壁を越えられると。

無論、この期間までに私が仕事の手を抜く事も無い。結果は公正に見る。
ただ彼女の為に働き、そして結果を見届けるのだ。
どんな結果であれ。私は、彼女を見続ける。

あれから一カ月が経った。投票が、始まった。
私にも、投票権が数枚渡されていたがしかし、どうすべきかは考えあぐねていた。

平等に三人につぎ込むかという、プロデューサーとしての悩み。
そして全てを幸子に入れるか、約束の為に彼女に入れないかという、身勝手な悩みで。

そして、中間発表がされる日が来た。
この日は規定時間ギリギリまでみくのテレビ収録があった為、私は彼女を向かえに行かねばならなかった。
今日幸子と顔を合わせたのは、朝の短い時間だけだった。



「ねぇ、――チャン」


運転席越しに後ろから私に抱きつくようにして、みくが話しかけてきた。


「こら、みく。危ないからやめなさいって、何度も言ってるだろ」

「まぁまぁ固い事は抜きにゃ。それより、最近幸子チャンの目が凄いギラギラしてるような気がするけど、何かあったのかにゃ?」

「え? あ、あぁ……」


みくの慧眼に、私はしどろもどろに返事をした。


「むっ、その様子だと何かあったみたいにゃ? 話すにゃ」

「いや、大した事じゃないんだが……幸子が今度の選抜総選挙で五位までに入ったら、何でも我儘を一つ聞くという約束をしたんだよ」

「へぇ〜……なるほどにゃぁ〜……」


嘘は言っていない。ただ、深淵は話さなかった。
みくはいたずらっぽい笑みを浮かべ、ミラーに映る私の目を見てきた。


「にゃはは、――チャン!」

「何だ。まさかお前まで駄々をこねる気か?」

「そのまさかにゃ! みくもワガママ一つ聞いてほしいにゃ〜」

「……駄目だよ」


反射的に、私はそう答えていた。



「え、えぇ〜……何でにゃ。幸子チャンが良くって、何でみくはダメなんだにゃ!」

「……まぁ、それはどうでも良いじゃないか」

「どうでも良くないにゃ! 猫は甘えさせる時は甘えさせて、そっとしておくべき時にそっとしておくべきなのにゃ!
 今は甘えさせる時だにゃ!」

「……そんな事を言われてもな……」

「えぇ〜……――チャンいけずだにゃ〜」

「……何とでも言いなさい」

「むむぅ〜……」


あまり触れたくない話題であった。
この一カ月の間も、私達は仕事に追われた。
幸子は言うまでもなく忙しい。私も比較的日の浅い二人を見なくてはいけない。すれ違うのは必然だった。

たまにメールや電話をする程度、という日が何日も続いた。
そしてその内容も実に素っ気ないものであった。何か、彼女に避けられているようだった。
無理も無いが、やはり寂しいものがある。

そういう私は忙しさにかまをかけ、あの約束をまるで忘れ去ったかのように仕事に埋没した。
妙な感情を埋める為に。

しかしみくの言った通り、幸子の私を見る目は、明らかに何かしらの熱を帯びるようになっていた。
私も勿論その事に気付いている。だが、どうこうする気は無い。結果が出るまでは。



「じゃあじゃあ! 今みくがアイドルとして頑張れてるのは――チャンのおかげだにゃ〜。
 だから、逆に一個だけ――チャンの言うこと聞いてあげるにゃ?
 なんでも聞いてあげるにゃ、それこそなんでもだにゃ。どうだにゃ、魅力的だと思うけどにゃ〜」


妖艶な空気を含ませ、いたずらに囁くような声でみくが私の耳元で言った。
危ないからやめなさいと、事務的に私はそれを振りほどいた。


「全く……そういう問題では無いんだがな」

「じゃあどうすれば良いにゃ? これじゃあもう詰みだにゃ」

「いや、だから……別にそういう事をしなくても良いじゃないか」

「それじゃあつまらないにゃ。みくも何か御褒美みたいなのがあれば、もっと頑張れるにゃ」


つまらないという一言に、私は妙な違和感を覚えた。


「……もう、良いだろう。この話はこれで」


心なしか、声に力が籠った。




「えぇ〜」

「さもないと、これからお前に支給する弁当を、魚メインのに変えるぞ?」

「うっ……それは、勘弁してほしいにゃ……」

「わかったら、我儘を言うな。まぁ、お前はちゃんと発表圏内にいたら、猫カフェ辺りにでも連れて行くから」

「ほ、本当かにゃ? じゃあ良いにゃ〜」


みくはようやく納得してくれたのか、乗り出していた体を投げるように席へ戻した。


「まぁ、今回はこれで満足しておいてあげますか、って感じだけどにゃ」

「何だか、随分譲歩して貰ったみたいだな」

「……こればっかりはしょうがないにゃ。こればっかりは……」


みくらしくない、何か暗い含みのある言い方だった。


「まぁいいにゃ。みくは二人を応援してあげるにゃ」

「……何の事だ」

「とぼけたってムダにゃ。みくにはまるっとお見通しだにゃ。何が、とは言わないけどにゃ〜」

「……そうか」


そういう感情に機敏な女性なら、私と幸子の間に流れるものがどういった性質を持っているのか、
憶測するのは容易なのだろう。
私はみくの言葉に、小さく返事をする事しかできなかった。



「でも、みくの誘惑にも乗らないくらいだし、やっちゃいけないおイタはしないと思うから別に心配してないけどにゃ」


私は、それには答えなかった。


「あと、――チャンと幸子チャンには、色々感謝してるって事も忘れないでほしいにゃ。
 さっきのはみくはみくなりに、恩返しをしようと思って言っただけにゃ」

「……そう思うなら、私を困らせるような事はあまり言わないでくれよ。
 あと、その前に言った事は私に利益が無いような気がするが」

「どっちにしろ、猫カフェに強制連行しようと思ってただけにゃ。
 忙しい売れっ子アイドルのプロデューサーに少しでも癒しをあげようという、みくの粋な計らいだにゃ」

「……本当か?」

「し、信用無いにゃ〜……」

「あぁ、悪かった悪かった……ほら、そろそろ寮だ。忘れ物が無いか、ちゃんと確認しなさい」

「はーい」


邪魔にならない程度に寮の前に車を寄せた。
みくは荷物を纏め、ドアのロックを自分で開けて車を降りた。


「あ、そうだ。――チャン」


みくが振りかえり、見送る私に声をかける。



「何だ」

「みくの事は時々でいいから、それよりも幸子チャンにもっと多く構ってあげた方が、良いと思うにゃ。
 それと、――チャンが持ってる投票券……みくに入れようと思ってる分は、全部幸子チャンに入れてあげて欲しいにゃ」


深淵を見透かされたようなその言葉に私は目を丸くした。体が硬直し、みくから目が離せなかった。
「どういう意味だ」と、返すのが精いっぱいであった。


「自分でもわかってる癖に、そんな適当な返事が通用するみくじゃないにゃ。
 やった後の後悔よりも、やらなかった後悔の方が、みくは辛いと思うけどにゃ」


ついに、私は言い返す言葉を失ってしまった。


「にゃはは! じゃね――チャン!」


そう言って、今の私にとって痛いほどの笑顔を向けて、みくは寮の中へと入って行った。
茫然とし、私はしばらく寮の玄関を見つめていた。

彼女の姿が見えなくなった途端、体の緊張が弛緩した。
深い溜息が漏れた。
私は何とか気を持ち直し、ラジオのチャンネルを回し、ニュースを流しながら車を走らせた。

ラジオは常に、アイドルの情報を中心に扱っている周波数に合わせてある。
スピーカーから、何人もの笑い声が響いてきた。そして間髪入れず、司会者が結びの言葉を言い番組が終了した。
どうやら、今は新人アイドルの紹介コーナーをやっていたらしい。
声が途切れ、軽快なBGMが流れてくる。しかしそれとは裏腹に、車は信号に捕まり止まってしまった。

また取りとめの時間が流れる。
考えないようにしても、思考は止まらなかった。

私は、どうすれば良いのだろう。
この一カ月自問してきた問いが、また浮上してきた。


私は禁忌を犯そうとしている。
だのに、それを止めようとせず助長するような約束をしてしまった。

私は、どうすれば良いのだろう。
年端もいかない少女に年甲斐も無く恋をし、そしてそれを結果次第では受け入れようとしている。
社会的にもそしてこの仕事の上でも、許される事ではない。

だが、彼女もあと少しすれば結婚もできる。
いやそれ以前に、私の気持ちに何もやましい所は無いのだ。
私はとどのつまり、彼女の笑顔に魅入られたのだ。それを曇らせるような事を、するだろうか。
それなら何を恥じる事があろうか。


「……何も、無いさ」


誰もいない車内で、小さく呟いた。声はすぐさま、タイヤの音に掻き消された。

私は例の如く、見境が無くなっていた。
ただこの熱情が、この身を焦がしていた。


信号が変わり、前の車が進み始めた。私もそれに続く。
いつの間にかBGMが止み、ラジオからはまた人の声が響いていた。
そしてその声に、私は耳を奪われた。


「これより、第二回アイドル選抜総選挙の速報をお伝えします」


今まで思考に埋没していた私の全神経が、耳に集中した。



――

地響きのような歓声が、もやのかかったこの薄暗い空間に響いていた。
歓声が聞こえる方から誰かの名を呼ぶ声が聞こえる。
そして聞き覚えのある名前が呼ばれた。


「じゃあ――チャン、行ってくるにゃ」


今まで以上に気合いの入った猫衣装を着たみくが、手を振りながら階段を駆け上がって行った。
私もそれに応え「頑張れよー」と、みくの背中に声援を送った。
舞台に出て行った彼女を見送り、私は両手を腰に当て、小さく息をついた。

ついにこの日が来た。選挙結果発表の日が。
発表圏内に入ったアイドル五十名が、晴れやかなステージに招待され、ステージへと呼ばれてゆく。
私はそれを、他の同業者と共に、舞台の袖から見ていた。
舞台袖は今から名前を呼ばれるアイドルとプロデューサー達が氾濫し、言いようのない緊張感を生みだしていた。
私も、その一人であった。

私がこの場の空気に飲まれかけていると、ふと、とても小さな力で、背中を引っ張られた。
振りかえると、私の服を片手で一生懸命握っている幸子がいた。いつもの彼女とは思えない程、沈んだ印象を受けた。



「どうした幸子。緊張してるのか?」


彼女は口では答えず、ただ小さく頷いた。
俯いていたのと、舞台裏での薄暗さが彼女の今の表情を隠している為、どんな顔をしているのかはわからなかった。
しかし、肩が震えているのだけは見て取れた。


「緊張するな、というのは無理な話だと思う。だけど、何も心配する事は無いよ。
 お前なら、ちゃんと狙った順位に入れるから。私は、そう思ってる」


彼女の肩に手を置き、私は努めて優しく語りかける。
私の手に、彼女の震えが伝わってきた。
彼女が今どんな気持ちでこの場に立っているのかは、私の推し量れる枠を超えている。
私も、自分ですら言い表せない感情を抱いているのだから。


「あ、あの……――さん……」


絞り出すような声が、不安を吐露する声が、彼女の口から洩れていた。


「ん、何だい?」


私は腰をかがめ、彼女と目線が同じになるようにした。
そうして、ようやく彼女の表情が少しだけ見えた。
口を真一文字に結び、どうにか堪えているようなそんな表情だった。



「どうした、今みくが呼ばれたんだ。もうそろそろ幸子も名前を呼ばれるぞ?
 言いたい事があるなら、今のうちにな」


私はぎこちない笑顔を作って、幸子の頭を優しく撫でた。
「あっ……」と、幸子が小さく息を漏らした。そして驚いたように顔を上げて私の顔を見た。
不安で瞳が揺れている。
私は笑みを崩さずに、そんな幸子の頭を撫で続けた。

幾分緊張がほぐれてくれたのか、ようやく口を開いてくれた。


「え、えっと……ボ、ボクが着たので別に問題は無いと思いますが……その、この衣装、似合ってますか?」


相変わらずの口調と年相応の口調が混ざりながら、彼女は懸命に言った。私もそれに応える。


「あぁ、着ている本人が可愛いんだ。何を着ても似合うよ。最も、私の仕立てもあるから、似合わないはずもないんだがな」

「そ、そうですか……」

「……私の幸子が、誰よりも可愛いという事を証明してくるんだ。良いね?」


何とも無しに言った、口を突いて出た言葉だった。しかし本心だった。私は恥じる事は無いと、ただ彼女の目を見つめた。
幸子は、その言葉に硬直していた。ただ私の瞳をぼうっと見つめていた。
遅れて意味を理解したのか、彼女は耳まで赤くなった。



「こ、こういう時だけそういう風に言って! だ、だから卑怯なんですよ――さんは!」

「……いくらでも誹りなさい。これは、私の本心だよ。まぁ、それだけ怒れるんだ。少しは、元気が出たかい?」

「……えぇ。ちゃんと、見ていて下さいね。め、目を逸らしたりしていたら、怒りますよ!」

「あぁ、見ているさ」


私が微笑むと、幸子の震えが幾分和らいだ。
大きく深呼吸をし、幸子はコンセントレーションを高めている。

そして、彼女の名前が呼ばれた。


「よし、行って来い。12時までには戻ってくるんだぞ。靴、落とすなよ?」

「ボ、ボクはシンデレラみたいなヘマはしませんよ!」


軽快な冗談を飛ばし、彼女背中をはたくようにして送り出す。
煌びやかな舞台へと、幸子が進んでいく。そして、彼女の姿は眩い光の中に消えていった。


「……信じてるからな」


私は誰に言うでもなしに、こう呟いていた。


さすがにずっと舞台袖にいる訳にもいかないので、私は関係者席へと移動する事にした。
一般客が入れる最上位の席とはまた違い、遠過ぎず近過ぎず、全体が見れる絶妙な位置にあった。
喧騒に塗れる事も無い。私はへりに立ち、体を手すりに預けてステージを眺めた。

愛海は望遠鏡を持ち、観客席で涎を垂らしながら会場を見ているとの事だ。それで良いのか。本人は良いらしい。
今度清良さんに愛海の面倒を見て貰おうか。

部屋の中では同僚達が何か、自分のアイドルの事だとか他所の事務所の事だとかを話していた。
愚痴や羨望、そして表面だけの称賛ばかりで、あまり聞きたいものでは無かった。

それを気にせず、ステージを見る。暗がりの中で、目的の人物をすぐに見つけた。
いつもファンに見せている澄ました顔で、彼女は立っていた。どうやら緊張感はいくらか解れてくれているらしい。
小さな体で、彼女はしかとあのステージに立っている。彼女は脆く見えるが強い子だ。私はそれを知っている。
むしろ、私の方が緊張しているのかもしれない。先程から、嫌な汗が体から噴き出していた。


「よう、緊張してるのか」


突然、同僚の一人が私に話しかけてきた。はっきりと友人と言える、数少ない人間であった。
この仕事の歴自体は彼の方が長いが、私と同い年である。
そのせいもあってか、何と言うか、彼は屈託の無い人間で私も付き合いやすかった。



「ん、お前か。どうしたんだ、お前のアイドル、まだ名前呼ばれてないだろ。結構後の方のはずだが」

「いやぁそれが……余計な言葉はいらない、ただ、静かに見ていて。私を、魅せてあげるって言われてさ……」

「あぁ……」


彼女の担当アイドルの姿を想像した。私自身、あまり進んで喋るほうではないが、彼女は本当に口を開く事が無い。
そんな彼女なら、そう言うのも納得できた。口よりも体現せよ、そんな雰囲気を持った人物であった。


「しっかしなぁ……世の中わからないよな」


普段明るい彼が、似合わないような感慨深い溜息を吐いていた。


「何がだ」

「いやほら、最初の俺とお前。自分のアイドルが扱い難いだとか嘆いてた組だけど、よくもまぁここまで来たもんだなって。
 今じゃさ、俺達結構この事務所の中じゃ、敏腕と言われるような立ち位置だろ?」


こう言うと、私と彼が最初からずっと切磋琢磨しているように聞こえるが、割とそうではない。
私が幸子との関係をようやく持ってから、彼とは仲良くなったのだ。
それでも、一年程の付き合いになるが。


「……まぁな」


こういう事を平気で言う辺り、やはり彼は喋り慣れているのだろう。
私はこういう所が、少し羨ましかった。


「どういう訳なんだろうな。それなりに売れちまって、今じゃ俺達、特にお前は事務所の稼ぎを担ってるしなぁ」

「……そんな事、無いさ」

「俺たちゃお荷物世代ってな感じで、言われてたけど」

「今は、違うさ」


私はしっかりと、反論していた。


「あぁ……そうだな。しかし、お前もよく喋るようになったよホント」

「……私は、元はこうだよ。ただ、何か迫るような事が無い限り、自分から接するというのが、面倒というか苦手なだけで」

「あははっ、そうかいそうかい。でも、お前ホントに暗かったもんなぁ。俺だって話しかけようとしたけど、空気がヤバかったもん。
 あの時は諦めちゃったよ」

「……まぁ、あの頃はな」

「幸子ちゃんとも仲悪く見えたし、目のクマも酷いし、こりゃ俺よりもたないかなだなんて思ってたけど。
 大逆転だよな、ホント。あぁ、そうだ。今はもう幸子ちゃんと買い物とか行ってないのか?」

「まぁ、な。忙しくて無理だ。それに、最近は避けられてる」

「えっ、どうしてさ? なんかやっちゃいけない事でもやったか」


突き詰めて言えば彼の言った通りではあるが、私はぼかして返答した。



「いや、そうじゃないさ。ただここ最近、この選挙があるからピリピリしてただけだ」

「ふーん……そういうもんか」


何か納得いかないという感じであったが、「まぁいいや」と言ってさして気にせず彼は話を続けた。
こういう深い所に足を踏み入れようとしない辺りも、ストレスを感じず付き合える理由だった。


「でもさぁ、お前にベッタリだからなぁ幸子ちゃんは……親鳥についていくヒナ鳥みたいなもんだろ。
 あんまり、距離置いちゃダメなんじゃないか?」


彼は自分の例えを上手いとでも思ったのか、ニヤニヤと私の方を見た。


「……彼女は、強い子だ。私がいなくても、やっていけるさ」


私は、嘘をついた。


「ふーん、まぁスカイダイビングとかやってたしな。肝は座ってるか」

「まぁな」

「……お前、絶対Sだよな」

「……何がだ」

「いや、何でも……はぁ、やっぱり女性はそういうのが良いのかねぇ……」



何かバツが悪そうに、彼は頭を掻いた。
私はそれを見て、生意気に言葉を返す。


「もっと男らしいところを見せろ。そうでないと、あの人はついてきてくれないぞ」

「言われなくてもするさ。まぁ、見捨てられた時は、君と俺の担当アイドルを入れ替えて貰うことにするよ。
 そっちは無駄に明るいし、楽しそうだしな。あ、それと、最近俺の担当一人増えたんだぜ。大人な人、うん。
 お前もちょうど良いだろ、アダルティチームで。アダルティだぜ、アダルティ。結構毛だらけ猫灰だらけって感じ」


よくわからない単語を連発されたが、私はそれを流した。
担当を変える事など、今ではそんな発想微塵も無いが、これは言わないでも良い。
口ではこう言っているが、彼も同じはずだから。


「……しかし、時々思うんだがうちの事務所の采配はどうなってるんだろうな」

「まぁなぁ……俺とお前、普通だったら逆にしてるよなぁ……」

「しかし、今ははまってるぞ。私はもう、彼女から……いや、彼女達から離れる気は無い」

「あぁ、俺もだよ。でもうーん、これが不思議なんだよなぁ……」


そんな事を言っていると、彼のアイドルが入場してきたので私達はこの会話を一旦止めた。
そして、ステージを見る事に専念した。
途中、自身のアイドルとこの日の為に買ってきたという望遠鏡を自慢されたが、適当に聞き流した。

そうして、アイドル全員がステージ上に出揃った。

書き溜め放出
もしかしたらまた夜に投下するかも


「ではこれより、結果発表を行います! まずは五十位から四十一位!」


司会がこう宣言すると、会場からは割れんばかりの歓声が起きた。
私も、息を飲んだ。そして、呼吸を忘れた。

名前と順位が、一気に読み上げられていく。パネルが回り、電光掲示板が光る。
観客は食い入るように、順位発表を見ていた。

まだ呼ばれる心配は無い。私はぼうっと順位ではなく、点滅する電光掲示板の小さな電球の一つ一つを眺めていた。

あの時、車の中で聞いた速報では、彼女は三位だった。これを聞いた時の私は、気が気では無かった。
妙な緊張感を持ちつつ、そして高揚感を持ちつつ事務所に行ったものの、幸子は至って普通であった。
私も敢えて選挙の事を話題に出さなかったが、彼女はそれについて何も言わなかった。
むしろ彼女から何か言うという事も無かった。いつもの彼女なら、褒めろ褒めろと言わんばかりなのに。


四十位代では、呼ばれなかった。
三十位代で、同僚のアイドルとみくが呼ばれた。

みくは前回より順位を落としてしまっていた。無理も無い、前回よりもアイドルの人数も増えていたのだ。
これが終わったら、彼女も褒めよう。みくも、私達と共に頑張ってきたのだ。

隣にいる友人と互いに健闘を讃え合った。それから友人は舞台裏に行くと言って、部屋から出て行ってしまった。
まだステージからは戻れないというのに気が早いのでは、と言ったが無駄だった。
一人残された私は、ステージを見続けた。

順当に、アイドル達の名前が発表されていく。二十位代、十位代。
幸子の名前は、呼ばれなかった。

そうして最後の十人が残った。幸子はその中に残っていた。
しかし、ここからが正念場だ。


「それでは、第十位の発表です!」


高らかな声が会場に響く。そして、怒号のような歓声も。
照明は落とされ、その瞬間に会場は静まりかえった。だが、会場のボルテージは既に沸騰寸前まで来ていた。
その熱気に感化されたのか、ステージを見つめる私の目に、熱が籠るような錯覚を覚えた。
そしていつの間にか、私は祈るように、手を前で握っていた。

目を瞑る。名前が中々呼ばれない。
張り詰めた空気の中、緊張の糸が切って落とされるのを、私はひたすら待った。

まだか。まだか。
むず痒い感情に襲われ、私は悶えた。
瞼に力が入る。まだ十位だ。しかし、呼ばれない可能性も無い訳でも無い。まだ呼ばれてくれるなよ。
約束の事を忘れ去ったように、私はひたすら祈った。

そして、糸は切って落とされた。




「第十位は、白坂小梅さんです! おめでとうございます!」


ステージの一点に、光が灯った。袖長の少女が照らされていた。
そして、地鳴りのような声が彼女を包んだ。

私は、胸を撫で下ろした。

ステージでは、今呼ばれたアイドルのインタビューが行われていた。
小さな声で、一生懸命インタビューに答えているようだ。

私はそれを一瞥し、幸子へと視線を戻した。
暗いせいで、彼女の表情までは詳しく見えなかった。しかし、今はまた緊張しているという事はわかった。
幸子が私と同じように、祈るように両手を握っていたからだ。

傍に行って、大丈夫だと言ってやりたい。だが、それは叶わない。
私に出来る事と言えば、ここで祈る事しかない。まだ、気は抜けない。


その後も、どんどん名前が呼ばれ、会場がその都度沸いた。
私は名前が発表される度に冷や冷やした。
七位まで呼ばれたが、幸子の名前は呼ばれなかった。

そして、運命の六位発表。あの約束が私の中に湧きあがり、頭を満たした。

ここが全ての境目。たった一つの数字の違いが、限りなく分厚い壁を作りだしている。
これを乗り越えれば、乗り越えなければ、乗り越えてくれなければ。
私は今、どちらの意味でこう思っているのだろうか。
それはもう、明白であった。

照明が消える。場が熱に飲まれ、静まりかえる。
人から出た言葉も、全て気化してしまったように消え去った。
ただ、圧すような静寂。静寂。


私はこんな今になって、自分がいかに残酷な事を彼女に課したのか、痛感した。
もし、ここで幸子が呼ばれたらどうするつもりなのだ?
私は気持ちを封印すると決意したが、彼女は果たしてそうか?
彼女が強くない事は、私が一番知っているのではないのか?
何故、こんな約束をしたのか。突っぱねるだけ突っぱねて、有耶無耶にした方が良かったのではないか。

また、あの関係に戻るのだ。
そんな状態で、アイドルなど続けられる訳があるまい。
信頼した人が近くに居ながら、自分から遠ざかっていくなど耐えられる訳が無い。
私はそんな簡単な結論にも、気付かなかったのか。
何故だ。信頼し過ぎていたからだ。

私は平気な顔をして、悪魔の契約をあの子に交わさせたのだ。
そうとしか、言いようがない。

永遠と錯覚する程圧縮された時を、私はただ祈った。顔を伏し、手で何かに縋るようにして祈った。
後悔の念に、押し潰されないように。



「第……六位は!」


会場に流れる熱が増した。
ドラムロールが早くなる。私の鼓動が、それにつられるように早鐘を打つ。
私はうわ言のように「頼む、頼む」と何度も呟き、必死で念じていた。

祈りの言葉と急かすような鼓動の音が、私の中を跋扈する。


そして、宣告が下される。




「……佐久間まゆさんです!」


一瞬の間。そして、歓声が炸裂した。
会場が割れんばかりの歓声が上がる。ステージで、私のよく知らぬアイドルがライトアップされていた。

私は膝から崩れ落ちていた。
隣にいた同業者から心配されたが、何とか意識を取り戻し大丈夫だと言って立ちあがった。

彼女との約束は果たされた。
彼女は見事成し遂げたのだ。

私はすぐさま彼女に視線を戻し、彼女の表情を確認しようとした。
薄闇の中で、彼女の表情が何とか見えた。
彼女は大きく息をつき、胸を撫でおろしていた。

その姿を他のファンに見られたら疑問にでも思われるかも知れないが、今の私には彼女の気持ちが痛い程わかった。
これで、もう懊悩する事は無い、と。自分の気持ちに真っ直ぐとケリをつけれるのだと。

いつの間にか、壇上のインタビューが終わっていた。


「さぁ、いよいよ! 五位の発表となります! この選ばれた五名は限定ユニットを組み、新曲を出す予定となっております!」


五位以上の発表が行われた。
しかし、五位でも幸子の名前は呼ばれ無かった。




「第四位は……輿水幸子さんです! おめでとうございます!」


ぱっ、と幸子をスポットライトが照らした。
幸子は信じられないといった面持ちで、壇上につっ立っていた。
司会者に花束を渡され、ようやく理解したのか。彼女は目を白黒させて驚いていた。

私はこれには驚いた。幸子は、何と四位だったのだ。
私が超えられないだろうと踏んでいた壁の、もう一つ向こうに、幸子はいたのだ。


「どうです? 今のご感想は」


司会者が定型文の質問をしたが、幸子はどもり、すぐに答えられなかった。
今にも、泣きだしそうな声だった。


「落ちついて落ちついて。どうぞ、まだ時間はありますから、ゆっくり、落ちついて下さい」


司会者の女性が、優しく語りかけた。幸子はそれでほんの少し落ちついたのか、ようやくいつもの調子で喋りだした。



「ま、まぁ当然ですね! ボクのっ、カワイさなら……五位圏内に、入ると思ってましたよ!
 み、皆さんのおかげも、ありますけどね!」


途切れ途切れになりつつも、涙を必死で堪えながらも、彼女は必死で答えていた。
ちゃんと、いつもと変わらぬ口調で。
ファンもその姿に、温かく笑いながら声援を送ってくれている。


「渋谷凛さんを抜いての四位という、大健闘でしたが、いかがでしょうか」

「え、えっと……し、渋谷さんも、き、綺麗で、強敵でしたけど! ボ、ボクのカワイさが、僅かに勝ってしまいましたね!
 い、いやぁ危ない、ところ、でしたよっ!」


あぁいう風に強がっているが、私以外の他人を貶めるような発言はしない。
やはり、どこまでも幸子らしい。


「それでは、今一番感謝したい人に、メッセージをお願いします」


司会者が、続けて質問した。しかし、この質問のせいで、彼女の我慢は限界に達してしまった。


「ボクがっ……ボクが、この順位に、なれたのはっ……」


その先の言葉が、続かない。
彼女は天を仰ぎ、大きく息をしている。何かを堪えるように、上を見上げていた。
しかし、止まらなかった。



「……なれたのはぁっ……なれ、た……のはっ……」


彼女の目から、大粒の涙が流れた。
私も、同じだった。

それを見たファン達が、頑張れと沢山の声援を送ってくれた。
私も、いつの間にか頑張れと叫んでいた。周りの視線など、お構いなしに。

彼女はそこから先を言わなかった。
ただ「ありがとうございます」と、涙で声をしゃがらせながらも、ファンにひたすら礼をしていた。


「はい、第四位輿水幸子さんでした! 皆様、温かい拍手をお願いします!」


会場が拍手に包まれた。私も掌が痛くなる程、拍手を送った。
幸子が大きくお辞儀をし、ファンの声援に応え、笑顔で精一杯手を振っていた。
その笑顔は、あの時私に見せてくれた時のものと同じくらい、眩しいものだった。


「おめでとう、幸子」


遠くに見える小さな少女に、私は誰にも聞こえない声で、呟いていた。



――


「幸子チャンおめでとにゃー!」


イベント終了後。私が舞台裏に行くと、みくと幸子が抱き合って喜んでいた。
いや正確に言うと、みくが幸子を宥めているようだ。
限定ユニットメンバー紹介の時には泣きやんでいたが、幸子はまた泣いていた。


「あっ、幸子ちゃん達いたよ! ――プロデューサー行こう!」


私は観客席にいた愛海と合流し、彼女は関係者ですと言い張り、会場に通して貰った。
あながち、間違いではないから大丈夫だろう。


「……今は、自重してくれよ」

「……あたし信用無いなぁ……」

「冗談だ。さぁ行こう」



逸る気持ちを何とか抑え、私は平静の通り、二人に声をかけた。


「二人共、お疲れ様」

「あ、――チャン!」


みくが嬉々とした声で返事をしたので、一瞬飛び付かれるかと身構えた。
が、みくは動こうともせず、幸子を宥めていた。


「……――さん……」


幸子は赤く腫らした目を私に向け、小さな声で私の名を呼んだ。


「二人ともおめでとう! 可愛かったよー、特にどこがとは言わないけど」

「おめでとう幸子。お前の姿、ちゃんと見てたぞ」


私がそう言うと、幸子は私に抱きついてきた。
私は驚きのけ反ったが、彼女の小さな体をしっかりと受け止めた。


「――さん! ――さん!」


幸子は私に顔を押し付け、必死で私の名を叫んだ。
人目を憚らず、私に必死で抱きつき泣く幸子を私はどうするでもなく、ただ抱きしめた。
この小さな体で、彼女は良く頑張ってくれたのだ。
重責から放たれた彼女を、どうして突き放す事ができるだろう。

もう引き離すなんて事は、しない。


「うわ、幸子チャン大胆だにゃ」

「お、これは……いや、今は自重するのよ……」


私はそっと、彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
掌に、幸子の柔らかく指通りの良い髪の感触と、彼女の温もりが伝わってきた。
震えも、同じだ。


「見てて、くれましたかっ……ボクは、カワイかったですかっ……」


幸子が泣きじゃくりながら、必死で私に聞いた。
私はそれが何だか嬉しくて、思わず顔がほころんでしまった。


「あぁ、見ていた。お前は、可愛かったよ」


後ろから「みく達の事もちゃんと見てないと、ダメなはずなんだけどにゃあ」という声が小さく聞こえた。


「あぁ、えっと……みくも、良くやったな」


私は腕の中にいる幸子を考え、遠慮がちにみくを労った。



「いや、ダメダメにゃ。順位を落としちゃったんだからダメにゃ」

「そんな事無いさ。ちゃんと順位に入っただけでも凄い事だぞ」

「そうだよみくちゃん。あたしはまだ入ってないんだから」


愛海は全く嫉妬の感情を感じさせないのに、そんな事を言った。
彼女は別に順位抜きでアイドルを楽しんでいるから、それも当然だった。
ただ単に隙を引き出そうとしているのかも知れない。


「にゃはは、ごめんにゃ愛海チャン。じゃあお詫びに、他の出演者の子達を一緒に見に行くかにゃ?」

「えっ、良いの?」

「大丈夫にゃ、皆ともちょっとだけ話したけど皆良い子だったにゃ。
 ただ、六位の子はちょっと手を出したらダメな部類だけどにゃ」

「うひひ……それは、良いわ! あぁ、わきわき、じゃないわくわくしてきたわ……さぁ行きましょう!」


愛海が我先にと舞台裏から出口へと向かって行った。



「お、おい! お前達何処へ」

「お邪魔なみく達は、空気を読んであげるって事だにゃ」


どうしても、みくには気を使わせてしまう。
私は、まだまだ大人に成りきれていないらしい。


「……すまんな、みく」

「これで貸し二つだにゃ――チャン」

「……何だか、末恐ろしい事になりそうだが……」

「にゃはは、まぁ首を洗って待っておく事だにゃ。
 まぁ、戻るまでに時間がかかると思うから、そのまま二人だけで帰っちゃっていいにゃ」

「えぇ? それはまずいだろ」

「みくの猫仲間に頼んで、一緒に送って貰えば良いにゃ」


猫仲間? あぁ、あいつのアイドルか。
あの人と仲良いのか、みくは。しかしそれはどういう了見だ。


「何してるのー! 狩りに行こうよー!」

「今行くにゃー!」


みくはまたいたずらな笑みを浮かべて、愛海の元へと走って行った。




「はぁ、全く……」


私が溜息をついていると、急に腰の辺りに強い力をかけられた。
下に視線を降ろすと、幸子が怨ずるような目で私を見つめていた。


「……どこ、見てるんですか」

「あっ、いや……すまん。いや、今のは良いだろう。みくも頑張ったんだし、愛海も応援に来てくれたんだから。
 あの二人を労うくらいは……」


愛海は半分違う理由があるとは言わなかった。
幸子もあの二人の事をちゃんとわかっているはずだが、何か納得してくれない様子で私を見つめていた。


「ボクを見てって、言ったじゃないですか……やっぱり、ちゃんと見てないじゃないですか。
 どうせみくさんの谷間とか見てたんでしょ! 変態な――さんだったら、やりかねませんからね!」


そう言うと幸子は口を尖らせ、すぐにそっぽを向いてしまった。
そんな事は無いのだが、幸子の反応が予想外に可愛かったので、私は苦笑いのような表情をするしかなかった。


「……それよりもっと可愛い子がいるのに、どうしてそっちを向く必要があるんだい? 幸子」


私は努めてキザっぽく、臭い台詞を言ってみた。恥ずかしかった。
聞いた幸子も同じらしく、顔を赤くしたかと思ったら今度は無言で私の体に顔を埋めてしまった。
ちょっとした反撃のつもりなのか、胸にぐりぐりと頭を押し付けてきた。耳は赤いままであった。



「……帰ろうか、幸子。ここじゃ、ゆっくり話もできないし」


返事は無い。幸子は無言で私から離れようとしなかった。


「願い事も、帰りの道で聞かないといけないしな」


そう言うと、幸子は顔を上げずに私の胸の中で頷いた。
私に抱きつく手は、まだ力が籠っていた。
しょうがないので、私は最終手段を使う事にした。


「全く、このままずっとこうしている気なら、お姫様だっこでもして車に運んでいくぞ」

「えっ」


私の脅迫は効いた。
幸子はすぐさま顔を上げ、目を丸くして私を見上げた。


「じゅー、きゅー、はーち」


私は無慈悲にもカウントダウンを始める。



「えっ、ちょ、ちょっと待って下さいよ! ほ、本気ですか!」

「なーな、ろーく、ごー」


幸子はようやく両手を離したがもう遅い。


「ちょ、は、離れますから……って、何でそっちが力み解いてないんですか!」

「よーん、さーん、にー、いーち」


一まで数えると、幸子は両手を胸の前に縮こませ、目を必死で瞑って身構えた。
それを見て私は手を放し、幸子の頭をぽんぽんと二回軽く叩いた。


「……あれ?」

「ほら、行くぞ。こんな所でお前を抱えて出る訳ないだろう。恥ずかしい」

「なっ……」


幸子は一層顔を赤くして、怒っているようなガッカリしたような、驚いているような器用な表情をした。




「ん? どうした幸子、もしかして期待したか?」


私は幸子と目線を合わせる為にかがみ、自分でもわかるくらい満面の笑みを作って、幸子の顔を覗き込んだ。


「ち、違いますよ! そんなわけないじゃないですか! な、なにニヤついてるんですか!
 ちょ、ちょっと顔近いですよ! 近いですって……」


とりあえず私は勝利を確信したので、手を引く事にした。


「……そうだ。泣いてるより、拗ねたり顔を赤くして、口数が減らない幸子の方が幸子らしい。

「――さん……」

「でもやっぱり、笑ってる所が、やっぱり一番可愛いよ」


私は覗きこんだ姿勢のまま、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「わわっ」と情けない声を上げて、幸子は私のいいようにされていた。


「……じゃあ、今度こそ行こうか」


彼女を解放し、私は出口の方を向いて彼女を促した。


「……はぁ、しょうがない人ですねぇ……すぐ帰りたがるとか、子供ですか――さんは。
 いや、というかさっきのカウントダウンの時点で子供っぽ過ぎるんですよ……」

「何とでも言いなさい」


幸子は髪を直しながら、またいつもの憎まれ口を叩いていた。
しかし、そう言った彼女の顔には優しい笑顔を湛えられていた。



「さて、と……じゃあ、はい」


幸子は私の腕に手を回し、エスコートを求めてきた。


「おいおい、さすがにそれをやるには人目が多過ぎるよ」

「う、うるさいですね! 別にこれくらいどうって事ないじゃないですか!
 全く、これだから女性経験の無い――さんはダメなんですよ!」

「……しょうがない、か」


幸子と私の歳の差だ。そして、普段の冗談混じりの会話もよく周りに聞かれている。
別に、甘えられているだかふざけているけだと見られるのがオチだろう。
なら、どうという事は無いか。


「じゃあ、このままで良いよ。幸子の気が、それで済むならな」

「えっ」


自分で言った癖に許可が出るとは思っていなかったのか、彼女は信じられないという面持ちで私を見上げた。



その日から、私達はまた何度も逢瀬を重ねた。
世の目を憚り、蒙昧な背徳感と高邁な愛情に縺れ、私達はたがが外れたように体を合わせた。
時に誘い、時に誘われ、まるで私達は互いが必要なのだと体に言い聞かせるように。


「ふぅ……こんなものかなぁ……」


仕事終わりの楽屋で、私は荷物を纏めながら溜息をついた。
ここ最近家にまで仕事を持ち帰りゆっくりと休めていないせいか、体が凝ってしまっている。

仕事の方は概ね順調であった。むしろ、幸子の調子が良いとさえ言われる程だった。
総選挙後のユニット活動も大成功で幕を閉じた。
あの四人とのユニットでは、渋谷さんに相当の負担がかかったようだが。

幸子の知名度は、ドンドン上がっていく。
元々多かった仕事は更に多くなり、また世間の目も鋭くなり、幸子と隠れて逢う事も難しくなっていった。
だが、隙さえあれば私達は体を重ねていた。

そう、この日も。




「お疲れ様でした……あっ、――さん」


幸子がスタッフ達に挨拶をして楽屋に入ってきた。
私は椅子から立ち上がり、幸子を出迎えた。


「お疲れ様、幸子。ほら、ちゃんと御所望の飲み物買っておいたぞ」

「お、偉いですね――さん。ちゃんと言った通りに買って来て、褒めてあげますよ!」

「身に余るお言葉をどうも……」


私は恭しく大仰なお辞儀をする。


「ふふっ、どうでしたか? 今日のボクの活躍っぷりは。まぁ聞くまでも無いと思いますけどね!」


飲み物を手に取りながら、幸子が自信満々で尋ねてきた。




「あぁ。とっても、良かったよ。周りのスタッフさんからも良い感想を聞かせて貰えたし、上々だ」


髪を掻き分け、彼女の頬を撫でる。滑らかな肌の感触と彼女のはにかむ可愛い顔に、私は思わず口元が緩んだ。


「そ、それは……と、当然です、よ……」


恥ずかしさに歯切れを悪くさせながらも、彼女は口調を崩さずに応える。
彼女は「あ、あの……」と、質問を続ける。
だが、私は次に何を聞かれるのか察しがついているので、その先を聞かずに言ってしまう。


「凄く、可愛かったよ。ステージで歌う幸子に、ずっと目が奪われてた」


彼女はそれを聞くと、撫でている私の手へ満足そうにスリスリと頬を寄せた。
カワイイと自分で言いつつ、言葉の端々で私に同意というか、私に可愛いと言って欲しいというのが滲み出ているのを、私は知っていた。
素直に言えず、そうやって恥ずかしがる彼女も、堪らなく愛おしい。

そしてそんな純真な事を考えながら、私はまた彼女の潤った唇に熱の籠った視線を向けていた。
朝交わした二人の時間を思い出す。体の芯を疼かせ、ほとばしらせるあの感覚を。

私は気取られないように生唾を飲み込み、一呼吸おいてから口を開いた。




「……よし、じゃあ帰ろうか。事務所には寄らないでこのまま帰れるようにしてあるが……」


私はわざとらしく語尾をぼかした。
目を細めて撫でられている彼女はその言葉に反応し、また顔を赤らめた。


「え、えっと――さん?」

「何だ?」


何やら脚をモジモジとさせながら歯切れ悪く私を呼ぶ。
私は、これを合図と受け取っていた。


「そ、その……今日は、仕事終わりにそのまま友達の家に泊まるって、言ってあるん、ですけど……」


背徳と、熱情の合図と。


「……そうか。じゃあ……行こうか」

「……はいっ」



事務所に結果を簡単に報告し、千川さんに書類記入の代行を――色々と彼女から購入して――行って貰い、私達は早々と車に乗った。
誰かから尾行されていないかなどと細心の注意を払いながら、車を駆る。

警察に目をつけられない程度の速度を出し、私の家へ早々に着いた。誰かにつけられた痕跡も、怪しい車両も無かった。
車を出て、階段を登り玄関へと急ぐ。鍵穴に鍵を入れ、おぼつかない手つきで扉を開ける。
そして、家に入った。

私は扉を閉めるなり荷物を乱暴に放り、幸子を抱き上げて壁に押し付けるようにして無我夢中で彼女の唇を奪った。
幸子は一瞬驚いたように身を強張らせたが、私が舌を絡め始めるとすぐに脱力し、首に手を回してきた。

舌は絡み、互いの唾液が流れ込んでくる。淫靡な水音と小さく押し殺したような嬌声が、電気もついていない仄暗い室内に小さく響く。
溝を舐め、啜る。彼女の体がその都度ぴくりと跳ねる。それがまた可愛かった。
本能のままに彼女を求めた。彼女も私に負けまいと、必死で私を求めてくれていた。

室内に籠った生温い空気に当てられて、汗がじんわりと噴き出してくる。
そして、それにつられて幸子の匂いも強くなっていく。
その匂いを含んだ幸子の湿った息が、淫らにそして不規則に、舌と舌の間から漏れてくる。
その息が私にかかる度、髄に微弱な電流が流れる。

私のものは既に怒張し、気がつくと幸子に腰を押し付けていた。
幸子はそれに気づき、ズボン越しに私のものを手で扱ってきた。
五本の指で摘むようにしてきたかと思えば、柔らかい掌で上下に摩られる。
その小さな体に不釣合いな妖しい手つきに、欲望のままに熱が増し肥大していく。



息苦しさを覚え始めた頃、幸子は目を固くつむりびくびくと小さく体を震わせていた。私は慌てて舌を解いた。


「す、すまん……大丈夫か?」


彼女を下ろし、頬を撫でながら声をかけた。
空気を必死で吸いこもうと、彼女の肩が上下に揺れていた。


「き、気が……早いですよ……まだ、玄関でしょう、ここ……」

「……悪い。我慢が、出来なかった」


私は事実のままにそう言うと、幸子は少し息を落ち着かせてから鼻を鳴らし、いたずらな笑みを浮かべた。


「……ふふっ……しょうがないですね。ボクがカワイイのが、いけないんですから……。
 ここも、こんなになって……」


幸子はズボンを押し上げ主張していた私の陰茎にそっと手を添えた。
そして少し強めに握られる。思わず声が出てしまった。布の上からもどかしい快感を与えられ、腰が引けてしまう。




「幸子……」

「ふふっ……前も、こんなコトがありましたよね……」

「……そうだな。観覧車、だったか」

「そうですね。あの時も、こんな風にボクを襲ってましたもんね……」

「……私は、あまり進歩していないみたいだな」

「ふふっ。さて、足が地についてなくて、ちょっとやりにくかったですけど……今度は、ゆっくりしてくださいね……」


そう言って、彼女は唇を少しだけ前に出すようにして、また瞳をゆっくりと閉じた。
私はまた唇を重ねる。今度はゆっくりと、彼女の舌を溶かしてしまうかのように舐めていく。
幸子は甘く喉を鳴らし、私の両頬に手を添えた。そして、私の舌の動きに合わせてゆっくりと絡ませてくる。

そこまで激しくしていない為呼吸はある程度できるはずだが、幸子の息は先ほどと変わらず荒れている。
暑さのせいだけでは無い。彼女も興奮しているのだ。
その証拠に、時々添えている手に力が入り、私に顔を押し付けるようにしていた。

私はゆっくりと彼女から顔を離した。名残惜しそうに唾液が糸を引く。
幸子は目を瞑り、私の頬から手を離さず何かを噛み締めるように静かに息を整えいていた。




「……する前に……シャワー、浴びようか。今日も、汗かいただろうから」

「そ、そうですね……」


私がそう促すと、幸子はちらちらとこちらを見ながら何か口ごもっていた。


「あぁ……何か、言いたい事でも?」

「い、いえ……別に、大層な事でも無いので……」

「……言いたい事があるなら、ちゃんと言ってくれ」

「そ、その……」


足をもじもじとさせて、幸子は恥ずかしいそうに俯いた。


「……何?」

「……い、一緒に、入ります?」


上目遣いで、私の様子を窺うように幸子は尋ねた。
小さな背のせいで、か弱い小動物に対する庇護欲のようなものを湧き立たせる。そんな愛らしい仕草に私はドキッとしてしまった。




「あ、いや……それこそ我慢できなくなるよ。あそこは狭いから、ゆっくりできないだろう。トイレあるし……」

「そうでしたね……もう、早く引っ越しましょうよ。ボクのプロデューサーなんですから、給料だって良いはずでしょう?」

「少しは良くなったが、サラリーマンなんてのはすぐに増えないんだよ……。
 ただまぁ……考えておくよ。ほら、先に入っておいで。私は待っているから」


幸子を風呂場に行かせ、私は荷物を置きに部屋のドアを開けた。
熱に緩慢とした頭を動かしつつ、室内の生温い空気を一掃する為にエアコンをつける。
しばらくしてから、エアコンからカビ臭さと共に涼しい風が吐き出された。
エアコンの掃除もどうやらした方が良いようだ。

私はこれからの行為に関する事を極力考えないように努めた。
でなければ、あの扉の向こうから否応なしに響いてくる水音に誘われてしまいそうだったからだ。

ベッドに座り、とりあえずテレビをつけて部屋に音を流す。
ちょうど時間的に番組の合間だったらしく、どのチャンネルを回してもニュースしかやっていなかった。
適当にチャンネルを止めてニュースをぼうっと眺めながら、先程幸子に言われた事について考え始めた。




「部屋、かぁ……」


少々年季の入った白壁の我が家。絵に書いたような一人暮らし用のワンルーム。
そして他の建物の陰にひっそりと佇むように建つ立地。
今の暮らしを続けるならばこれ程好条件の家はそう無いはずだった。

だが、どうなのだろうか。
将来的に彼女と一緒に暮らすような事になれば、この家は狭い事この上無い。
彼女のプライバシーも家の中で確保できるようにしなければならない。
よくよく考えると犯罪的思考なのかも知れないが、私はそんな事を本当に真面目に考えていた。

彼女もあと一年すれば結婚できる歳になる。そうして、もし結婚したとすればどうなるだろう。
私は稀代の変人、或いは犯罪者として世間に知られる事になるのだろうか。

あの事務所には確実にいられなくなるだろう。私も、そして幸子も。
幸運にして、私は専門職の免許を持っている。一応職に困ると言う事は無いだろう。
そういう面での心配はあまり無いが、周囲の目などに彼女は耐えられるのだろうか。
芯は強い子だが、それでも限界はある。
それ以前に彼女の両親が私を認めてくれるのか……。


考えれば考える程、思考は出口の見えぬ迷宮を彷徨い続ける。
ベッドに寝そべり頬杖をつきながら、私はひたすらに悩んだ。
ニュース番組もいつの間にか終わり、演出華美な洋画が流れていた。
無為な轟音が、静かな室内に虚しく響く。

扉の向こうで、ガラガラと風呂場のドアを開ける音が聞こえた。
私は大きく溜息をつき思考に一区切りをつけてベッドから立ち上がった。

あまり彼女に深刻な顔を見せてはいけない。
彼女はそういう所をとても気遣う子だ。無闇に心配をかけてはいけない。
そして、まだ彼女に話すべき話題では無い。アイドルの絶頂期を駆けのぼる彼女には。

今私が出来る事は、ただ、彼女を幸せだと思わせてあげる事だ。
これさえも、利己的な考えなのかも知れないが。


「ふぅ……あがりましたよ――さん。ささっと入って下さい」

「あぁ、わかった」


可愛らしいパジャマに身を包んだ彼女を笑みを繕いながら迎え、私は着替えを持って風呂場に行く。



「……やっぱり、一緒に入った方が早くないですか?」

「ん? いや……まぁ、すぐ上がるから心配するな。洗うとこだけ洗ってすぐでれば五分と経たないさ」

「まぁ……――さんがそう言うなら、良いですけど……」

「汗かいて臭いし、な。私ぐらいの歳になると、そろそろ臭いがさ……」

「……別に、――さんだったら汚いと思いませんけど……」

「そう言って貰えるのは嬉しいけれど、汚い体で幸子に触るのはなんだか個人的主義に反するから」

「……そう、ですか」

「……じゃあ、入るな」

「はい」


洗面所に入り、そそくさと服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
何かを考えると時間が長引きそうだった為、頭を無にして流れるように体を洗った。
五分程度でシャワーを済ませ、頭をタオルで拭きながら部屋に戻る。




「あっ……えっと、上がり、ましたね」

「あ、あぁ……」


未だにこの状況は慣れない。
そういう行為をする為の準備をした癖に、いざそれが目の前になるとそのわざとらしさ一瞬だけに妙な躊躇いが湧いてしまう。


「……よっと」


私はそれとなく、ベッドに座る幸子の隣に腰をおろす。
幸子は下唇を甘く噛み締めながら、下を向いて俯いていた。
そしてゆっくりと、私の手に自分の手を重ねようとしていた。
私は動かずに、幸子が手を重ねるのを待った。
それにつられ、砂糖が底に沈みながらゆっくりと溶けていくように、部屋の中に甘い温もりが広がっていく。

幸子の小さく柔らかい手が、私の角ばった手に重なった。
幸子は視線を変えずにぎゅっと私の手を握り、言葉にならない意思を私に訴えていた。




「……明り、消そうか」

「……はい」


初めての時と同じように、豆電球だけをつけて残りの照明を消した。
小さく息を整えながら私の前に座る彼女の肩にそっと手を置く。
そこで幸子はようやく私と目を合わせた。
首を少し上に向けて、柔らかな眼差しで私を見つめている。
その眼差しだけで、胸が温かく、絞めつけられるようだった。

そして彼女は瞼を閉じ、唇を静かに前に出した。
ぷるっとした綺麗な桃色の唇に引き寄せられるように、私は彼女に顔を近づけ、そして交錯するように唇を重ねた。
温かな口内で、舌を絡ませ合う。互いの唾液を交わしながら、互いが愛されているのだと確かめ合う。

穏やかに流れる小川のように、ゆっくりと満たされながら愛を交わす。
こうして囁くように愛するのも良い。
だが、私達は貪欲だ。それだけでは足りなくなっていく。
流れは勢いを吸い、次第に濁流となっていく。己の理性など流れて本能のままに流されていく。


私達のキスはどんどん熱を帯びて行った。
息がつまり水音が滴り、舌がとろけるように混じり合う。
彼女の喉の奥から漏れる雌の声が私を滾らせ、肥大する欲望の矛に血を滞らせる。
互いを押し付け合い、歯茎に舌を這わせながら貪るようにキスをする。

息がつまりそうになり私は彼女からようやく舌を離した。
唾液でいやらしく濡れた口を開け、幸子はまだ足りないと怨ずるような目で私を見つめる。
私は彼女の服のボタンに手をかけ、一つずつ外していった。
ボタンを全て外し肩に手をかけて彼女の衣服を脱がす。彼女の滑らかな肌からするりと服は落ちる。
そして、可愛らしい桃色の花柄の下着と白く柔らかな素肌が露わになった。




「ん、見た事ない柄だね……」

「え、えっと……はい……新しく買ったんですけど……」

「……そっか。可愛いな……」

「そ、そうですか?」

「うん。でも、ちょっと透けてる部分多くないかな。大丈夫?」

「だ、大丈夫ですよ……――さんしか、どうせ見ないんですし……」

「私の為に、着てくれたのかい?」

「……」

「……違う?」

「――さんが、そ、そういう事にしたいなら……それでも、構いませんけど……」


相変わらず素直では無い。顔を赤くしながら返答しては、正解だと言ってるようなものなのに。
視線を外しながらいじらしく答える彼女を見て、私は少々いじめてみたいという気持ちが湧いてきてしまった。
私は彼女の後ろに回り抱きしめるようにしてから、下着の隙間から手を入れて彼女の小さな胸を触り始めた。




「う、後ろからっ、ですか……」


慎ましくキメの滑らかな双丘をゆっくりと揉む。
掌に収まる程だが、やはりとても柔らかい。周りからじっくりと円を描くように揉みしだく。
首すじを舐めあげると幸子は体を小刻みに震わせた。
彼女はここが弱いらしく、ここを責めてやると他の場所を触っても良く反応するようになる。
私が彼女を舐め、そして愛撫する度に彼女の体温が上がっていくのがわかる。
ちゃんと感じてくれているようだ。私は嬉しかった。


「ふっ……んっ……」


首を舐めながら、幸子の耳の裏に鼻をつける。
彼女の芳しい匂いが鼻孔を撫ぜる。私を誘うようなくぐもった雌の匂いがしていた。
私はまた夢中になって彼女の体に手と舌を這わせた。

幸子はしばらく甘い吐息を漏らしながらされるがままにしていたが、突然私の腕を掴み、何か訴えるように後ろの私を見て来た。



「ん……嫌、だったか?」

「い、いえ、違います……けど……」


幸子はまた恥ずかしそうに言う。


「けど?」

「あ、あの……これじゃ……」

「……何?」

「その……――さんに、出来、ません……」


何でこうも私を喜ばせるような事ばかり言うのだろう。
私は恥ずかしさと嬉しさで顔をほころばせながら、大丈夫だと言った。


「こうやって、幸子の体を触るのも好きだから……それに、いつも私はして貰う側だしな。
 偶にはこうやって、逆になっても良いんじゃないかな」

「そ、そんな事、無いです……お、同じくらい、ですよ」

「良いんだ。ただ……私がしてあげたいんだ。それとも、気持ち良くないか?」

「ち、違いますけど……」


私は強引に、歯切れ悪く答える幸子の下腹部に右手を這わせた。
彼女の白い肌がまた震えた。
臍の辺りからじっくりと撫でるようにして、彼女の秘所へと手を伸ばす。
そして、下着の中に手を入れて彼女の秘裂をすじに沿って指で撫でた。




「あっ……」


大陰唇のいやらしいぷにっとした弾力が私の指に伝わる。
そのまま秘裂を指で開き、彼女の一番の弱点に指を移動させる。


「そ、そこはまだ早っ……」


彼女の言葉を遮るように、陰核を覆う表皮を剥き露出させた。
直接触るのはあまり良くないらしいので、手を一旦出して下着越しに触る事にする。
既に陰核は自己主張し始めており、下着の上からでもその感触がわかった。


「くぅっ……」


指の腹で執拗に彼女の弱点を弄る。
つまむように、そして弾くように責める。それに合わせるように彼女の体が快楽でよじれる。
首を忙しくなく左右に動かし口を手で覆い、幸子は快楽に耐えている。
だが、本能が更なる快楽を得ようと指に押し付けるように腰が浮いて来た。下着もじんわりと濡れて来ていた。
私は胸と秘部への責めを止めず、更に執拗にそれを続けた。




「――さん……」


快楽で目をとろけさせたながら幸子が私の名を呼んだ。そんな時どうして欲しいのかはもうわかっている。
私はまた彼女と口付けを交わす。少しこの体勢ではしにくいが、そんな事はどうでも良かった。

幸子は息を荒くさせながら、激しく舌を絡めてくる。
自分の我慢が限界近くになると彼女は決まってキスをせがんでくる。
甘えるように喉を鳴らしながら、彼女は私を体全体で求める。
その姿が、とても愛らしい。私も必死になって彼女を気持ちよくしようと手と舌を動かした。

秘裂を蜜で濡らし、口で淫らに水音をたてながら、彼女は幸せそうに目を閉じて快楽に酔いしれる。
そして、彼女の体が一瞬強張ったかと思うと体中の力が弛緩したように抜けた。
どうやら、気をやったらしい。私は手を止め、彼女から唇を離す。
幸子は余韻に浸るように、大きくゆっくりと息をしていた。
私は先程の体勢のまま彼女の肩に顎を乗せて、彼女の体をそっと抱きしめた。




「あはは……もう、イッちゃったか」


幸子は脱力し、ゆっくりと私の腕の中で息を整えている。
彼女の体温を感じながら私は彼女が落ちつくまで待った。


「……――さん」

「ん……何?」

「服……脱いで、下さい……今度は、ボクがしますから」

「……わかった」


私も服を全て脱ぐ。そして寝転がり、幸子は四つん這いになって私を見下ろした。私の肉棒は既にはち切れんばかりになっている。
幸子はそれを見てくすっと笑った。


「相変わらず元気ですねぇ……触らないでここまで大きくなるんですから」

「そんな事言われてもな……幸子の体を見れば、こうなるって」

「まぁ、当然ですよね。ふふん」


幸子は楽しげにそう言って、その柔らかく清らかな掌で私のものを握った。
細い指が、温かく亀頭に絡みついてくる。弄ばれるように幸子は緩やかな手つきで私を責める。
快楽がじんわりとこみ上げ、体が時折震えてしまう。


手つきが徐々に強くなる。裏筋をなぞられ、カリに指が引っかかる。
先程よりも強い快楽が押し寄せてくる。思わず声が漏れてしまった。
幸子はそれを聞いて嬉しそうに目を細めた。


「ふふっ……ぴくって動いて、気持ちいいんですね……」

「あ、あぁ……柔らかくて、気持ちいいよ……」

「……ふふっ、そうですか……」


幸子は妖艶な色を目に浮かべて、そのまま指を動かし続けた。
尿道口を指の腹で撫でられる。
その指先が離れると、粘性のある液体が糸を引いていた。
既に我慢汁が漏れてきていたのだ。

幸子はそれを見ると、今度はゆっくりと指を上下させ始めた。
軽い圧迫感に包まれて、また先程とは違う快楽がこみ上げてくる。
そして、幸子はもう片方の手で亀頭を掴んだ。
漏れ出た汁をなじませるように、亀頭をぬるぬると掌で包みこむ。


「くっ……あっ……」

「先っぽされるの……好きですもんね……」


幸子はそう言ったにも関わらず、手の動きを止めてしまった。




「あ、あれ?」

「もっと……して、あげますから……」


私が呆気に取られていると、幸子は口を開けて私の怒張したものを咥えた。
唾液で満たされた生温かい口内に亀頭がくるまれる。
腰を引きそうになるような快楽が私に襲いかかる。
幸子は鼻息を荒くさせて、舌を絡めて先端を舐め始めた。


「つっ……幸子……」


突然のその行為に、私はまた情けない声をあげてしまう。
彼女の小さな口に私のものが埋まっている。
その光景がなんともいやらしく見え、私の中の劣情が更なる熱を帯びる。

いやらしく舌を這わせ、時折水音を立てながら私のものを扱う。
もう我慢の限界が見えてきてしまっていた。

それを知ってか知らずか、幸子は責めを緩めず私を追いこんで行く。
ちゅうちゅうと先端を吸い、舌でちろちろと舐めあげられる。
少しざらついた表側で舐めたと思えば、舌の裏の滑らかな部分が這う。
そして、尿道が吸い上げられどんどん射精感を煽られていく。




「さ、幸子……は、放せ……もう、出るから……」


幸子はその言葉を聞かずに、今度は頭を前後させて口内でストロークし始めた。
口が小さい為、半分程しか埋まらないがそれでも刺激はとてつもない。
理性が飛びそうだ。自分で腰を動かしてもっと奥まで入れたい。
そんな衝動を抑える為に、幸子の頭に手を添えて逃げるように腰を引く。

だが幸子は逃がしてくれない。
射精させようと舌で裏筋を責め、唇をすぼめてカリに引っかかるようにしてくる。
浮いてしまうようだ。髄から電流が走り抜けて行く。脳にまでダイレクトに快楽の波が押し寄せる。

もう、ダメだ。


「くっ……」


私は何とか幸子の口からペニスを離した。
そして堰き止められた精液が迸った。
幸子は驚き、何故かわたわたと亀頭の先を手で押さえた。




「あっ、ちょ、ちょっと……」


私は射精を終え、息を荒く吐いて絶頂の余韻に浸っていた。
そして何故かまた、幸子は追いうちをかけるように私のものにまた口をつけようとした。


「お、おいちょっと待て。何してるんだ幸子」

「だ、だって……」

「だってって……また口つけたら、えぐいぞ」

「……でも……」

「……私にはそういう趣味は無いって。それに、幸子に苦しい思いをさせてまで、気持ちよくなる気は無いんだから」


私がそう言っても、幸子は何だか不服そうな顔をしていた。


「……どうした」

「……何でも、ないです」


何となく、理由はわかっていた。
何度もしているが、その度に出た精液を眺めて何か感慨深そうにしていた。



「……私の全てを、受け入れようとしてくれるのわかっているから。
 それだけで……私は十分だから」

「……わかり、ました」


幸子の頭を撫でる。本当に、何でここまで健気なのだろうか。


「……うわ、また大きくなってます、けど……」

「え?」


自分のものを見た。先程出したばかりなのに、また大きく反り立っていた。
……何と言うか、私は下世話な男だ。


「あぁ、何だろうな……私は、幸せ者だ」

「……なんですか、それ」

「……なんでも無いさ。ほら、ティッシュで拭いて……その、本番、しようか」

「……はい」


ティッシュで彼女の顔を拭き、ゴムを付ける。
そして、彼女と向き直った。




「……おいで」

「……はいっ」


幸子が私の膝の上に乗る。所謂対面座位という形になった。
最近、始めに挿入する時は大体この体位だった。

幸子はペニスを手でつかみ、自分の性器にあてがった。
陰唇の柔らかい弾力が亀頭に当たる。ぷにっとした感触に、私の腰が思わず反応しそうになってしまう。


「……入れ、ますよ」

「うん」


幸子はそのまま腰を落とし、熱く滾った蜜壺に私の肉棒が入っていく。
ずぶずぶと、小さくきつい穴に埋まってゆく。
細かいヒダが絡みつき、きゅうきゅうと絞めつけてくる。




「入り、ましたっ……」


息を大きく吐く彼女を抱きしめて、頭を撫でる。
こうやって抱きしめられるからこの体位は好きだ。
彼女を近くに感じられる。大好きだ。


「幸子……温かいな……」

「ふふっ……そうですか」

「あぁ……あぁっ」


彼女を強く抱きしめて彼女の匂いを感じる。
とても良い匂いだ。甘くて、切なくて。
繋がっているんだ、彼女と。


「……ふふっ、ちょっと強いですよ力が」

「……ごめん」


彼女に言われても、腕の力は抜けなかった。むしろ、より一層深く抱きしめていた。
顔を彼女の髪に埋めるかのように抱きしめる。
欲しい。くそ、喉が、張り付いている。




「……良いですよ……もっと、抱きしめて下さい」


囁くような声を出して彼女も私の背中に手を回し、ぎゅっと私を抱きしめてくれている。
幸せだ、私は。


「じゃあ、動きます……」


幸子が前後に腰をゆっくりとグライドし始める。
ぬめった肉を押し広げ、私のペニスが幸子の深くを突く。
彼女の中に、私が入り込んでいくのがわかる。

そして、またゆっくりと抜けて行く。
カリ部がヒダに引っかかり、じんわりと快楽が湧きあがって来る。
抜く時、幸子は切なそうにくぐもった声をあげた。
先端近くまで結合が離れた所で、幸子はすぐにまた腰を沈ませた。

それを何度も繰り返す。
幸子が一生懸命を動いて、私を気持ちよくしてくれている。
私の腕の中で、一生懸命。


「幸子、こっち向いて」


幸子は私の言葉に反応して、すぐに私に顔を向ける。
そしてまたキスをする。
お互いに息を荒くさせて、互いを互いに埋めるように舌を交わらせる。

唇と下から、二つの甘くとろけるような刺激。
彼女と混ざり合ってしまいそうな、そんな感覚さえ覚える。
心なしか、彼女の息と動きが早くなっている。
私もそれに合わせて、あまり動かせないが腰を動かして彼女と同調させる。



「――さん……」


唇を離す。また唾液の糸が、未練がましく私達を繋ぐ。
幸子は夢中になって腰を動かしているようだった。
もう本能だけで動いている。そんな感じだ。
結合部を見る。私の陰茎は幸子の愛液でどうしようもないくらいに濡れてしまい、光沢を持つように見えた。

刺激がどんどん強くなる。彼女の動きが獣のように荒くなっていく。
彼女の息遣いもそれに合わせて早くなっている。


「あはは……もう、我慢できなくなってきてるんだ」

「だっ、て……」

「我慢しなくても良いから……」


私はまた彼女とキスをする。ねっとりと、追い立てるように。
彼女の頭に手を回して、あの時と同じように、彼女との距離を無くすように抱きしめる。
むせてしまいそうな彼女の濃い匂いを嗅ぎながら、彼女と唾液を混ぜ合いながら、最後の理性を掻き消していく。
彼女との体の距離はもう無くなっている。だが、まだ足りない。


彼女は私の言葉通り、我慢する事なく先程よりも激しい腰捌きで動いていた。
喉から発せられる嬌声も、大きくなってきていた。
唇の隙間からは獣のような息が漏れ、唾液すら口の端から垂れてきていた。
舌と腰の動きが限界まで早くなる。
もう彼女の我慢も限界だ。

私は彼女のハリのあるお尻を鷲掴み、彼女を腕の力で上下に強引に動かした。
先程より更に強い快楽が私を襲い、
彼女は驚いて目を丸くしていたが、すぐに硬直し、ほんの僅かに体を震わせた。
ぐったりと力を抜き、私に寄りかかるようにして体を預けた。


「あはは……ごめん、ちょっと最後乱暴だったな」


彼女を優しく抱きしめて、髪を梳くように撫でる。
私の腕の中で、彼女は小さな体で大きくゆっくりと息をしている。


「……」


息を切らし、余韻に浸っている幸子の頬を撫でる。
彼女はその手を受け入れ、そっと自らの手を私の手に添えた。



「あ、あの……」


幸子はまだ蕩けたような顔で、私の顔を見た。
仕事終わりの行為だった。元々疲れているのだからあまり無理強いはできない。
ここでやめるか……もし続けるのなら、ゆっくりと時間をかけよう。


「……何だい? 疲れてしまったのなら、このまま眠ってしまっても……」

「まだ、――さんが……その……」


まだ繋がっていた部分を一瞥して、幸子が恥ずかしそうに言う。
彼女の中でまだ私のものは熱を滾らせていた。


「……そうだね。だけど、無理は、しないでいいよ。
 あぁと……少し時間をおいてでも……」

「えっと……それと」

「それと?」

「……ボ、ボクが……」


幸子は口をもごもごと動かし、二の句を告げないでいる。




「ん?」

「い、言わせるんですか?」

「言ってくれないと……わからないよ」


何となく答えはわかっていた。けれど、私は少し意地悪く彼女に尋ねる。
元々紅潮していた彼女の顔が更に赤くなっていく。


「ボクがっ……その……」

「……幸子が?」

「うっ……」

「……言って?」


羞恥に私から顔を逸らし、目を瞑って堪えるように彼女は口を開く。




「したいん……ですっ……ボク、が」


私の胸に頭を押し付けて、振り絞るような声で幸子は言った。
その仕草がとても可愛くて、私の胸は歓喜で絞めつけられた。
私は彼女の頭を撫でながら小さく呟くように言う。


「……うん。じゃあ……しようか、続き」

「……はい」


華奢な彼女の体を持ち上げて、壁にもたれさせる。
駅弁だとかいうような体勢になった。
先程と互いの位置は変わっていないように思えるけれど、今度は私の方から責められるようになった。


「ふふっ、やっぱり幸子は軽いな」

「そ、そうですか」

「……それじゃあ」


何かを求めるように淫らに開いた入口に、私は先端を押し付ける。
幸子は小さく声を漏らし、期待の眼差しでその様子を見つめていた。
そして、持ちあげていた彼女の体を降ろすようにしてずぶずぶと挿入していく。



「んっ……」


重力に任せるようにして彼女と私はまた繋がった。
熱くうねった膣肉が、また私を離さないようにと絞めつけてくる。


「全部、入ったよ」


根元まで、彼女の中に入ってしまった。彼女の奥にまで私の陰茎は
ぎゅうっと締め上げられるような狭さなのに、中は熱く愛液で濡れそぼりとろとろと私を溶かそうとしているようだった。
私の肉棒にみっちりと絡みついて、動いていないのに既に快楽を生み出してしまっている。


「あっ……」

「……じゃあ、動くよ」

「は、はい……」


私はもう最初から遠慮無しに腰を振る事にした。
彼女を腕でしっかりと固定して、腰を横にがんがん振る。
とろけそうな程ぬめった淫肉がぐちゅぐちゅと私の肉棒を扱きたてる。
カリにヒダが引っかかり、包まれるような快楽が湧きあがる。裏にある尿道にはじっくりと射精感を促される。

そして、何より幸子が気持ちよさそうな顔をして私のピストン運動に喘いでいる。
髪を振り乱して、押し寄せる快楽に
それが私により一層の興奮を与えた。



「ふふっ、気持ちいい?」

「んっ……くぅっ……」


幸子はまだ羞恥が残っているようで、必死で漏れそうになる声を喉の奥で殺していた。
早く、もっと乱れさせたい。
私は彼女の弱い部分である、上部の少し奥まった部分を意識して突くようにした。


「あっ……だめっ……」


ずんずんと、容赦なく彼女の弱点を責め立てる。するとみるみるうちに幸子の気色が変わっていった。
目をとろけさせて、何かを求めるように唾液でいっぱいになった口を開けて、おしくぐもった声をあげている。

彼女を更に追い立てようと、私は彼女と口付けを交わす。
先程よりも腕の力を強めて幸子は私に抱きついてくる。
鼻息は荒く、もう理性は飛んでしまったようだ。



「――さん……――さんっ!」


彼女から唇を離す。
うわ言のように私の名前を呼びながら、幸子は必死で私にしがみ付き押し寄せる快楽に体を強張らせている。
身動きを封じたまま、固定した彼女の身体に打ちつけるように腰を前後に動かす。
それに合わせるように、幸子の膣内も私を射精させようとねっとりと絡みついてくる。


「好きっ……」


幸子が必死でしがみ付きながら、私を痺れさせる言葉を放つ。
この時だけは、素直に私に好きと言ってくれる。
その言葉が聞きたくて、私はこの行為をしてるんだ。

下半身のからの情報はもう気持ちいいという感覚以外無くなってきている。
彼女に気持ち良くなって欲しい。
だが、彼女の可愛い姿をもっと見たい。
そんな意地の悪い考えが、熱にうなされた私の頭に浮かんでいた。


幸子の限界はすぐそこまで見えている。
私は微笑みながら、頭に浮かんでしまった考えを実行する事にした。
私は一旦、より強くピストン運動を行ってから、その勢いに任せるようにして彼女から肉棒を引き抜いた。


「あっ……」

「……ふふっ」

「うっ……な、なんで止めっ……」


幸子は一体何が起きたのか分からないという感じで、私の目と先程まで自分の中に入っていたものを交互に見つめていた。
先端を入口に当ててそこから一寸も動かさず、私は何も答えず狼狽する彼女の唇を奪う。
硬直し呆けていた幸子は、垂らされた蜘蛛の糸に縋るように私を舌で貪った。
まるで獣のような息遣いで舌をうねらせている。

私もそれに負けじと舌を絡ませる。しかし、挿入はしない。
幸子は腰を動かし何とか元に戻そうと押し付けてくるが、私は腕で持ち上げて中に入らないようにする。
入口には触れさせるが中には入れない。そんな微妙な距離で幸子を焦らす。
舌を離し、私は微笑みながら彼女の顔を見る。




「――さん……だめです……だめっ……」


いやいやと首を横に振り、幸子は上擦った声で私に訴える。
目も口も蕩けさせて生温かく湿った息を忙しくなく吐いている。
いつもの強気な彼女は何処へ行ったのかと思ってしまう程、彼女は熱にうなされていた。
ただ欲望に塗れた女性が、私の目の前にいた。


「ふふっ……イキそう、だったの?」

「あっ、うっ……」

「幸子の反応ですぐ、わかるよ。もう限界近くだったね」

「――さん、早く……早くっ」


絶頂まであとほんの少しという所で止められてしまう。
そうして焦らされただけで、幸子の体は震えていた。


「……可愛いよ」


私を求める目。私が欲しくてたまらないと言う目。
私も同じだ。きっと同じ目をしている。
けれど、まだ入れない。
この目を、もっと見たいから。




「……ボクっ……」

「欲しい、のか?」


顔を近づけて、唇が触れてしまいそうな距離で囁く。


「はい、はいっ」

「そっか……」

「だからっ……――さんっ……」


彼女は恥も我も忘れて、私を求めてくる。可愛い姿に胸がきゅんとなってしまう。
なら、もういじめるのはやめてあげようか。
私も、正直もう我慢できない。


「じゃあ……入れるよ……」


私はまた、彼女の中に自らを埋めた。




「ふっ……んんっ!」


そして、また激しく腰を打ちつける。
本能をぶつけ合うように腰を振り、また唇を合わせる。
肉と肉がぶつかり弾けるような音をあがり、唇を合わせて淫靡な水音を口から奏でる。
蜜を溢れさせて、私達は必死に求めあう。

もう、何が何だかわからない。
欲しいのに、欲しいのに、まだ渇く。
体が邪魔だ、距離が縮まない、くそっ、もっと、もっとだ。


「好きっ……好きっ」


幸子がキスの合間を縫って、必死で叫ぶ。
甘えた嬌声が私の髄の感覚を奪って行く。
感覚すら溶かしてしまう至福の快楽が、私の脳に波状となって襲い来る。




「可愛いよ、幸子……」

「はいっ、はいっ……」

「好きだ、幸子……」

「ボクもっ、ボクもですっ」


幸子は縋るように私をきつく抱きしめる。
二人とも絶頂の淵に立たされている。


「幸子……もうっ……」

「早くっ……一緒にっ……んんっ!」


幸子の体が弓なりに仰け反り、びくっと震えた。


「つっ……出る……」


頭が真っ白になり、腰を一段と強く打ち出した。




「くっ……」


私も幸子に続くように絶頂する。
睾丸の中にあるものを全てぶちまけてしまうかのような勢いで射精する。
その間も幸子の中はうねり、私から絞りとろう吸いついてきた。
そのせいで何度も陰茎の奥が脈打ち、止まるまでしばらく時間がかかった。


「はぁ、はぁ……」


互いに絶頂後の余韻に浸り、大きくゆっくりと息を吐く。
私は幸子をそっとベッドの上に寝かせて、私もそれに添い寝する形になって寝転がった。

横にいる彼女と目が合った。幸子は微笑みを返してくれた。
私は、彼女の顔にかかった髪を元に戻すようにして頬を撫でる。
目を閉じて彼女はそれを受け入れる。
それが、幸せだった。




「……――さん」


微笑みながら、彼女は私の名前を呼んだ。


「何?」

「ふふっ、何でもないです」


目を細め、あどけない笑顔を浮かべて彼女はそう言った。


「あはは、何だそれ」

「……ふふっ」


少し自我を取り戻した頭を動かし、時計を確認する。
もうこんな時間か。




「……もう寝ようか。明日もあるし」

「はい……」

「……ありがとな、幸子」

「ふふっ、何ですか急に」

「……何でもないよ」


今度は彼女を優しく抱きしめる。
このまま、眠ってしまいたい。


「……幸子」

「何ですか?」

「このまま、寝ていいか?」

「良いですよ、このままで……」

「……あぁ」


小さな彼女の体を抱きしめて、沈んでいくような眠りにつく。
これ程、幸せな事はない。私はこれ以上の幸福なんて、知らない。


「……おやすみ、幸子……」

「はい、おやすみなさい」


これからも、私は彼女と共に居続ける。
こうして、ずっと。




「……優しい……優しい、――さん」



長々と続けましたが、終わりです
ちょっとキャラ違うんじゃねとか言われないか怖い

それにしても何でストーリーつけたんだろ
自分自身物足りなかったのかわからないが馬鹿みたいに長くなってしまった

なにはともあれ、お付き合い下さって、ありがとうございました

22:30│輿水幸子 
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