2013年11月28日

千早「世界で戦う、私の弟」

どうも、SSを投稿させていただきますが・・・
・千早の弟が生存というifストーリー
・設定は投げっぱなし
・その他諸々至らない点がマックス
となっております。ご了承ください。


_ _  
              ( ゚∀゚ ) まぁ長い目で見てあげてください。長い目で。
              し  J
             人   |
             ( ヽ ノ
             人  Y
             ( ヽ ノ
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            ( ヽ ノ
           人  Y
           ( ヽ ノ
          し ⌒J

それでは、投稿させていただきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1342957597

私には弟がいる。
幼い頃からずっと一緒に居て、私の下手な歌でも喜んで聴いていた。
笑いながら歌う私の姿を、絵に描くのが大好きだって言ってくれて。
私にとっても、優のその姿は歌を歌うモチベーションだった。

あの日の事故以来、私はずっと優と一緒にいた気がする。
もう二度と彼があんな目に遭わないように。もう二度とこんな悲しいことが起こらないように。
傍から見れば、私の行動は変だったかもしれない。でも、そうしないと今度こそ本当に優が死んじゃうんじゃないかって思っていた。

だからあの時、優があんな事を言ったときは反対した。私や家族は、なるべく優を危険から遠ざけようとしていたから。
でも彼は折れなかった。穏やかな性格だったけど、そこだけは私に似たみたい。
最終的に私も一緒に両親を説得して、優の夢を叶えてあげることにした。決して甘やかしたつもりはないわ。
私も、自分がやりたいように生きるっていう生き方しか出来なかったみたいだから。

そして、私はアイドルになって、人々のために歌を歌う。
歌姫だって言われたりしてるけど、自分ではもっと精進しなきゃな、と常に思う。
何より、立場は違えど優も頑張ってるんだから私だって負けてられないもの。
だって、優は・・・。

「優。今度のレース頑張ってね。怪我だけはしないでね!」

世界で戦っている、レーシングライダーなんだから。
「お姉ちゃん、その日はちゃんと見るからね。頑張って!」

久々の電話だったから少し嬉しくなっただけ。本当にただそれだけ。
事務所にいた全員がニヤニヤしながら見守っていたのが見えたけど、もうこの際気にしないことにする。

「それで、青の・・・うん。・・・ゼッケンは?・・・72番?あ、ああ。そうなの・・・何でもないわよ?優が選んだんだもんね」
滅多に笑わない律子が思わず吹き出す。それを合図に、亜美と真美が爆笑しだした。
もう恥ずかしいったら仕方ない。しかし何も知らない優に怒る訳にはいかない。
やり場の怒りの覚えながら、私は電話を続けた。

「ごめんね。本当は行ってあげたいんだけど・・・うん。わかった。たまには帰ってきなさいよ?」
「日本なら見に行きたかったんだけど・・・。そうね。・・・うん、ありがとう。お互い頑張りましょう」
「じゃあね。バイバイ」

切れたのを確認して、受話器を置いた。
「ねぇねぇ!ゼッケンは何番だっけ?」
そう聞いてくる美希を無視し、ニヤニヤしながらこちらを見てくるアイドル達から視線を外す。
そのプロデューサーも苦笑いでこちらを見てくる。もう怒る気すら沸いてこなくなってきた。

「青色の、スピードエリアってチームから走るみたいですね。確かモト3クラスって言ってたような・・・」
「で、ゼッケンは?」
「・・・72番です」
また美希が笑い出した。あの子とは一度話をしなければならない。

「いやあ、まさか優君がなあ・・・」

唯一、モータースポーツに精通している真がしみじみと語る。
海外で頑張っているとは聞いていたが、まさかここまで登り詰めるとは思いもしなったのだろう。
しかし小鳥さんがプリントアウトした記事には、しっかりと名前が記載されていた。
私の弟がこういう形でテレビに映ることになるなんて。ちょっと感慨深い気がする。

「スポット参戦で勝ったらそりゃーカッコイイよね!」
「千早ちゃんどうする?もしこれで優勝でもして、知名度が一気に上がって、姉弟で競演なんてことになったら!」
「あの顔だし、人気は出るに違いないし・・・薄い本が出ちゃうかも!?」
あーだこーだと回りは勝手に盛り上がる。私自身も姉弟で競演できるなら嬉しいけども。


「にしても千早ちゃん、ホント優君のことに関しては甘いよね」
そう春香に言われるのは何回目なんだろう。私としては甘やかしてるつもりは全くない。
「正直ドン引きって感じなの。ブラコンレベルなの」
・・・一般的にみたら私はおかしいのかしら?


「よくわかんないけどれーすって金曜日からでしょ?真美も見たい!」
「亜美もー!」
「本選は日曜日よ。金曜日はフリー走行って言って、言わばライブ前のレッスンみたいなものね」
「へぇ・・・?」
「それから土曜日にフリー走行がもう一回だけあって、その後に予選が始まるの。予選の意味は分かるわよね?」
「そして日曜日に、レースの前にもう一回だけフリー走行があって、その後にようやくレースが始まるの」
自分の記憶が正しければ、確かそんな流れだったはずだ。
他の子が驚きの目でこっちを見ているけど、ごめんね、これ全部優から教えてもらったの。

「絶対いらない!って言ってたのに、こんな形で役立つ日が来るなんてね・・・」
律子がバツの悪そうな顔でボソリと呟く。正直私も同意見だった。
社長が「どんな番組に出るかこの先わからんだろう?」と、全部の有料放送と契約するもんだから、そりゃ反対意見だって出るでしょう。
現に、未だに一回も見たことがない番組だって数え切れないほどあるし。アニメは亜美と真美しか見ないし。
まあ、(そのおかげで生放送で優が見れるんだから)なんでも、いいですけれど。

結局興味津々な亜美と真美がゴネた結果、何故か全員で日曜日のレースを見ることになってしまった。
私は家で見たかったけど、こうやって周りの人達とわいわいしながら見るのもいいかもしれない。
でもいきなり勝てるほどそんなに甘くない世界だというのは、本人が一番痛感していると思う。
元々違うレースの大会・・・選手権っていうのかしら。そこでも苦労しているみたいだった。
でも私がどうこう言ってたってしょうがない。それは分かってるんだけど。
今日の仕事とレッスンが終わったら、もう一回電話しようかな。

帰り道で買ったバイク雑誌の封を空け、エントリーリストの欄を見てみる。
そこには小さいながらも、しっかりと優の名前と写真があった。頬が緩んでいるのが分かってるんだけど、なぜか止められない。
そんな私を見たお母さんが不思議そうに見てくるけど、そのページを見せると笑顔に変わった。

「千早の話を聞いてる限り、元気そうね」
「うん」
「ところであなたはどうなの?」
「いつも家にいるじゃない。私は元気よ」
他愛のない会話だけど、今はそれですら心地よく感じる。
長いこと会ってないんだから、きっとみんな考えることは同じなんでしょうね。

その日は電話せずに、代わりにちょっとだけ優のことを調べてみることにした。
自分の弟のことをパソコンで検索するのってなんだか少し変な気分だわ・・・。

「有名アイドルの弟、世界デビュー!」
「歌姫、如月千早の実弟、如月優がスポット参戦へ」

───────‐

「・・・なんか頭に来た」
久々に起動させたパソコンの電源を切る。見るんじゃなかった。
優の名前より、私の名前の方が目立っているじゃない。
その記事の中には、私の誹謗中傷ならまだしも、優の根拠もない誹謗中傷のコメントや「姉の七光りだな」っていうコメントもいくつかあった。
言いようのない不快感にイライラする。私自身がどうこう言われるのは別に構わないのだけど。・・・やっぱりネットって嫌だ。


こうなったら優にはなんとしてでも頑張ってもらって、見返してほしい。頑張るのは私じゃないからなんか間違っている気がするけど。


「おはようございます、プロデューサー」
「おはようっと。そういえば今日からだっけな。確か・・・」
「えぇ。そうです」
優から送られてきた携帯の写真に、開催場所が大きく写っていたのを思い出す。
あんなテンションのメールが何通も来たのは初めてだったし、何枚も送られてきたら嫌でも覚えてしまうわよ。
でも楽しそうというか、ワクワクしているっていうのか。そんな雰囲気が伝わってきてるんだから怒れるわけがない。
結局時差の関係上、夜通し返信して寝不足になっているのはここだけの話だ。

「ごめんな、どうにかしてスケジュールをやりくりしてやりたかったんだけど・・・」
「大丈夫ですよ。フリー走行の分は録画してますし・・・多分」
・・・録画出来たわよね?人生で初めて録画なんてしたけど。
「こっちで録画しておいてあげるから大丈夫よ。気にせずお仕事に行ってらっしゃい!」
ありがとう音無さん。でも会社のものを勝手に使っていいのかしら?



「あ、始まった」
一応録画してるって言っても見れるものなら見ておきたいわよね。
目の前の書類を片付けつつ、ときたまチラリとテレビの方を確認する。
・・・社長、ワタシハキチントシゴトシテマスヨー?

こんなバイクのレースを見たことがない私は、まずその迫力というか、そんなものに圧倒されそうになった。
あちらこちらで見える46番と描いてある旗、観客、そしてその場の雰囲気っていうのかな。
とにかく凄い!うまく説明できないけど。

「えー!この子まだ17歳なの?」
それに比べて私は・・・うおっほん。ピヨピヨ

「おー、優君だ!」
噂には聞いてたけどイケメンじゃない。青いヘルメットに、ブルーのライダースーツっていうのかしら。
ヘルメット越しに見える目はどこか千早ちゃんに似てて、・・・カッコイイじゃないの。
まぁこんなことばっか言ってると、あの人に気を悪くされそうだからもうやめとくけど。

「・・・転ぶってあんなの!」
ビックリした。殆ど寝てるじゃないのあの角度!?
私だってたまに原付に乗って買い物とか行くけど、バイクってあんな曲がり方するっけ?

『そして今映っているのが、今回スポット参戦することとなった如月優選手です』
『いまや数少ない日本人ライダーですからねー。頑張って欲しいですね』
わーお、テレビで紹介されちゃった。千早ちゃん喜ぶだろうな。
結局その後電話やらお客様の対応やらでテレビを消しちゃったけど、録画自体はバッチリ出来てたみたいで良かった。
間違って上のクラスまで録画してて、なんか上書き録画しちゃってたけど、まぁいっか。てへぺろ☆
お疲れ様、っていう労いの言葉をかけられて、そのまま事務所に戻る。
前日の寝不足が響いて、あの時はもう家に付いた途端に寝ちゃったけど、今日こそは絶対見るわよ。
この日のためにスケジュールとかも空けてもらってるんだから。

ちょうどお仕事が終わった高槻さんとソファーに座り、テレビをつけてチャンネルを回す。
録画は案の定失敗していて、実は優の晴れ舞台を見るのは今日が初めてなの。
なぜかしら。妙に緊張してきた・・・。

「始まりましたー!」
実況と解説の挨拶から始まって、その後にコースの紹介がされた。なんでこんなに曲がりくねっているのかしら。
コースにライダー達が次々と出てきた。タイム計測をしているけど、確か予選はまだ先の話だったような・・・。
少しだけレースを見たりしている私はともかく、高槻さんは驚きっぱなしで半分口を開いて画面を見ていた。

突然、カメラが上空を映す。薄暗い雲が上空を覆っていて、今にも降りそうな天気だ。
晴れるといいんだけどな。


「千早ちゃん、やよいちゃん、お菓子とお茶入れてあげようか?」
「あ、自分で入れますよ」
音無さんの気遣いは嬉しいけど、仕事している訳じゃないんだからそれくらいは自分でしないと。
お菓子とお茶を二人分用意して、コップをお盆に乗せて・・・。

「はぅわっ!!?」
「えっ!?」
高槻さんの悲鳴に、思わず驚いてしまう。
何事かと思い音無さんも私も、視線をテレビへ向ける。
そして、そこにいたのは。

『あっとクラッシュだ!!これは・・・ゼッケン72番如月とゼッケン77番のシュレットだー!』
『これは一体・・・道を譲った如月選手にシュレットが突っ込んだんだのかな・・・?』
『リプレイが入ってきました!前に如月がいて、ここでシュレットと接触したんですねぇ!』
大破したバイクと、うずくまる優の姿だった。


「・・・くっ!!」

『優!?ねぇ優!!なんかいってよ!ねぇ!!』
『おかあさん・・・優しんじゃうの・・・?』
『おねがい!優、おきてよ・・・!』

あの日の記憶がフラッシュバックする。横たわる優と真っ赤に広がったおびただしい出血量。
幼かった私はだた祈ることすら出来ず、死ぬという現実を受け入れられずにただただ泣いていた。
集中治療室の電灯と、両親のただならぬ雰囲気だけはよく覚えてるわ。
とにかく、その場にいた私は、何もすることが出来なかった。

もし死んでいたら私はどうなるの?
もし優がいなくなったら、私はどうなるの?
もしそれが原因で、家族がバラバラになったら。

私のせいだ。
優から目を離していた私のせいだ。
あの日、手を繋いでいなかったわたしのせいだ。
あんな場所で遊ぼうとした私の───




「千早ちゃん!?千早ちゃん!」
音無さんの呼ぶ声で、ふと我に返る。・・・優は!?
「歩いてるわよ。どこも怪我してないみたい」
「びっくりしましたぁ・・・」
怪我をしていない、いや、死んでいないと分かると、体中の力がどっと抜ける感覚に襲われる。
その後の映像なんて、頭の中に入ってこなかった。

「じゃー真美は15位より上ー!」
「じゃー亜美は15位より下!」

予選の時間となると事務所にみんな集まってきた。お目当てはもちろん、今まさに放送している、予選。
こうやって皆で集まるのも凄く久々な気がする。同時に少し不思議な気もしてくる。

「はるるんはー!?」
「えっ!?えっと・・・あ、千早ちゃんは何位だと思うー!?」
「無事に走りきったらそれでいい・・・かしらね」
「お堅いコメントですなぁ如月さぁん」

あの場面を見て取り乱してから、とにかく無事にレースを終えてほしい。強くそう思うようになった。
順位なんてどうでもいい。お願いだから、生きて帰ってきて。
祈るような気持ちで、テレビ画面を見つめる。

『さぁここでビニューレスがトップタイムを更新!そしてオリベイルも自己ベストをマークしてきました!』
『コルセテもタイム上げてきましたねー。雨が降る前に一気にタイムを更新してしまえと指示が出てるんでしょうね』
『確かに上空を見上げてみますと・・・雲が目立ちます・・・あっと降っています!第三コーナー手前のカメラが雨粒を捕らえました!」
『これはもう各ライダー走れませんね』


「こんな雨の中走るとは・・・面妖な・・・」
「はいさいって言わなかったか今!?」
「ハイサイドってなーに?」
「うわー転んだ!」
雨が降って難しいコンディションになってきたのか、転倒やコースアウトが目立ってきた。
暫くして、順位の変動が落ち着いてくる。でも、上位に優の名前はない。
時々カメラには映ったりはしているけど、自分のタイムを上げるには至らない。

結局そのまま時間切れ。ポジションは、24番手だった。
仕事のある人は仕事場へ。そうでない人はレッスン場へ。
でも私は、何をするでもなく。プロデューサーに挨拶して事務所を出る。
すっかり辺りは暗くなって街もどこか騒がしくなっていた。
家に帰ろうかとも思ったけど、気が付くとあの場所へ足を運んでいた。

引き返そうかとも考えた。
行ってどうするわけでもなく、

ここが優が生死を彷徨った、忘れたくない最悪の思い出がある、あの横断歩道。


時々、もしあの時助からなかったらって考える。私さえ気を付けていれば、あんな苦しい思いをさせなかったのに。
私が手を繋いでいなかったから。私があんなところで遊ぼうとしなかったら。
今でも、ずっとあの出来事が頭から離れない。
考えているうちに、どんどん胸が苦しくなってくる。

周りの人間は言う。生きてるからいいじゃないか、と。またある人は言う。気にしすぎだよ、と。
確かに端から見れば、そうなのかもしれない。
それでも私は私を許さない。優をあんな目に遭わせたのは、紛れもなく自分のせいなんだから。
もし死んでいたら、もし生きていなかったら?私は?家族は?全部どうなっていくの・・・?





そんな時、マナーモードにしていた携帯が振動していることに気付いた。
すぐさまポケットから取り出して、画面に描かれている名前を確認する。
───優だ!

「もしもし、優!?」
思わず声が上ずってしまう。

「ごめんね・・・ところでどうしたの?」
「ちゃんと見てるわよ。24位でしょ?」
他愛のない話だけど、それだけで救われていく気がする。
優は生きてるんだって。これは夢なんかじゃなくて、れっきとした現実なんだって。それだけが分かるだけで。
さっきまで悩んでいたことがバカらしく感じるくらいだ。
「うん・・・わかった。それじゃあね」
電話を切るのが名残惜しいけど、ごめんね。お姉ちゃんもう限界。
結局あのまま家に帰り、その後もずっと話しっぱなし。
時差の関係上、向こうはまだまだ寝る時間じゃないんだろうけど、ここは日本。絶対に寝なきゃいけない。
優も優だ。こんな時間まで電話して大丈夫なのかしら。
ベッドに寝転がり、重くなった瞼を閉じると、事切れたかのように体中の力が抜ける。

───夢を見た。

幼い優と私が一緒に手を繋いで、あの横断歩道を渡りきる。それを、もう一人の私が二人を見送っていく。そんな夢。
なんとなく分かった。この世界は、もう優がいないんだって。

夢の中の私は、あの事故のことを受け入れたんだろうか。
私は塞ぎこむに違いない。家族だって、きっとそうだ。
今でこそ喧嘩もしないし、離婚だってしていないけど、それはあの子がいるからこその話であって。


でもあの二人を見送っていたなら、きっと受け入れたんでしょうね。
私だっていつかは受け入れなきゃいけないのに、未だに引きずっている。
乗り越えられる強さは、一体どこで手に入れたんだろうか。



目が覚める。頭が痛い。
頭に手を伸ばすと、硬くて四角いものが枕と頭の間に挟まっている。
どうやら携帯が枕に落っこちて私がその上に寝転がったせいで、数時間の間携帯の上で寝ていたらしい。
通りで痛いわけだ。

「お菓子用意完了!」
「らぁめんの準備も万全です」
「おにぎりだって買ってきたの。いつでもバッチ来いなの!」
「お茶用意できましたぁ・・・」
テーブルの上に広がるお菓子の山と、おにぎりと、お茶と、インスタントラーメン。何だこれ。

「千早ちゃん、ごめんなさいね〜」

座る場所がないとはいえ、なんで私は四条さんとあずささんに挟まれているんだろう。
ラーメンのスープの香りが辺りを包み込む。お腹がすいてきそうだ。


『さぁいよいよ始まりますmotoGP、moto3クラス』

いよいよ始まる、優のレース。ここまできたら、無事にレースを終えるのを願うしかない。
願わくば、完走して欲しい。あわよくば・・・

雨が降りしきる中、グリッド順に次々とライダーが紹介されていく。
17歳のチャンピオン候補。16歳のルーキー。22歳のベテラン・・・。
こんな面子の中に私の弟がいるっていうのが、ちょっと信じられない。。

23位のライダーが紹介される。その次は。

『さあ予選24位のグリッドにはゼッケン72番、如月優。ワイルドカードでの参戦ですが、チームメイトより上の順位でのスタートとなります』
『レース前のフリー走行では9番手タイムを記録しました。アイドルであるお姉さんもおそらく応援していることでしょう』
『本人曰く雨は得意らしいですからね。このコンディションは大歓迎だと思いますよー』

「優君が映ったのー!」
手を振った!お姉ちゃんは見てるわよ!

『こうして見ると、お姉さんの面影がありますねぇ』
『ハハハ(笑)美男子だなぁ』

背丈は違うけど、事務所の子達にも何度か言われたし。やっぱり、私と優は似てるんだろうか。
フォーメーションラップが終わって各車が一斉にグリッドに着く。後はもう、優を信じるしかない。
信じることしか出来ないのが悔しいけど、とにかく今はそうするしかない。
───頑張って!!

『さぁレッドシグナルが消え今スタート!!!ビニューレスが飛び出した!コルセテは遅れたか!?』
青いマシンを探すけど、カメラが切り替わって見つけることが出来ない。
・・・いや、あれって!?
『ああ坂田さん!如月選手が16位までポジションアップしておっとこれだ!おおファンベルをパスしてこれでポイント圏内まで順位を上げて来ましたよ!?』

「いたー!72番の青いヘルメット!」
見つけた!前から・・・15台目!?

『リプレイが入って来ました!コルセテが遅れましたねー。如月クン、凄いスタートダッシュ決めたなあ…もうこの地点でほら、ああここでファンベルに抜かれたんですね。でもクロスラインで…うまい!』
『如月選手、大きくポジションを上げましたあ!』

「GOGO!ガンガン追い回せ→!!」
見てるこっちも熱が入ってくる。とにもかくにも、今入賞圏内にいる。
このままいけばポイントを取れる。そして、前とも差は無い!

『そして6位のモンカロから…10台が数珠繋ぎになってますね。その後ろには15位争い…如月選手抜け出しましたかね?しかも前との差も詰まってきてるぞぉ!?』
『如月クンのペース、悪くないどころかどんどん上がってきてますよ!前に追い付くのも時間の問題ですねぇ』
『ワイルドカードでの参戦ながら、ここまで大健闘を見せております!ポイント圏内でレースを終えたいところでしょう!いや、このままいけばもっと大きなリザルトが期待できます!』

「んっ!んぐっ・・・!!ごふっ!」
「お姫ちん興奮しすぎ!落ち着いて!」
「ラーメンなんか食べながら見るからそうなるんでしょうよ!」

手に汗握るっていうのはこういう状態を指すのかしら。気が付けば、テレビ画面に夢中になっている自分がいた。
雨の中何度も振り落とされそうになりながらも前についていく。お願いだから、転ばないで。
でもどこかで、もっともっと攻めて!と応援している自分がそこにいた。

周回を重ねるごとに、前との差は無くなっていって。残り周回は少ないけど、気が付けば、もう6位争いの集団に入り込んでいた。
団子状態のこの集団さえ切り抜ければ、シングルポジションでの入賞だって狙える。どうか、ドラブルに巻き込まれないように。
でもその位置で大人しく終わるような子じゃないっていうのは、私は知っていたから。

「・・・行ったぁ!!」
「うわぁ!!うわうわうわ!?」

『如月選手が迷わずインに飛び込んだ!!そしてアウトから被せるー!』

ヘアピンでインに飛び込んで、さらに立ち上がりでアウトから被せる。2台抜きを決めて、これで13位!
雨の中だというのに、平気でバトルを仕掛けるなんて。いい言葉が見つからないけど。
ぶっ飛んでる、て言えばいいのかしら。




事務所のボルテージもどんどん上がっている。全員が画面に釘付けになっている。
気が付けば、お菓子やお茶にも誰も手をつけず、ただただレースの行方を見つめていた。

そして迎えるファイナルラップ。もっと・・・もっと上へ!!


『これは、6位争いか?・・・如月選手アジェの前に出ているぞ!?また行ったあ!』
『なんとなんと、如月選手ファイナルラップで怒涛の追い上げ!!映像もゼッケン72番を捉えているぞ!』

目を疑うような光景だけど、明らかに動きを変えている。ラインも、そしてブレーキングポイントも。
雨が得意って言ってたけど。まさかここまでなんて。もう訳が分からなくなってくる。

「いけるいける!!!つーかいけぇ!!」
「何なの!?なんなのこの人!?」
『さあ残り!残りのコーナーはあと、ここで外に出した!そして被せるー!!切り返しで前に…どうだ!?』

『オリベイルが今季初勝利!!2位にはビニューレスが入った!3位争いは・・・アンドレッティが制した!』

カメラがホームストレートに固定されて、次々とライダー達がコントロールラインを超えていく。
───5位がチェッカーを受けて、次に戻ってくるのは。


「・・・優君、やるじゃん!!!」

『そしてなんと、ファイナルラップで怒涛の7台抜き!!今如月選手が6位フィニッシュー!!!』
『いやぁ凄い!ファイナルラップで、しかもデビューレースでここまで魅せてくれるなんて!』

「いやー、面白かった!!」
「カッコ良かったよー!」
勝者のウィニングランのシーンに切り替えると、皆が思い思いの感想を言ってくれる。
夢中になって見ていたせいか、食べかけたおにぎりや、冷めてすっかり伸びたラーメンが机の上に並んでいた。

それにしても、レースって、こんなに面白いものだったなんて。
あれくらい熱くなって他人を応援したことなんて、今まで生きてきた中では、多分ないと思う。
雨の降りしきるコンディションの中で、あれだけ大暴れしたのは、少なくともこのレースの中なら優だけじゃないかしら。

「――あっ!」

『今カメラが如月選手を映していますが、本人も嬉しそうですねぇ!』


小さく右手を握り締めて、ガッツポーズを作ってみせる。
ヘルメット越しから見えるその笑顔は、幼い頃から全く変わらない優しい顔だった。




私の名前は、如月千早。弟がいる。
幼い頃からずっと一緒に居て、私の下手な歌でも喜んで聴いてくれた。
笑いながら歌う私の姿を、絵に描くのが大好きだって言ってくれた。
私にとっても、その姿は歌を歌うモチベーションだった。

時が経って、私は人々のために歌を歌う。
歌姫と言われたりしてるけど、自分ではもっと精進しなきゃな、と常に思う。
何より、立場は違えど弟も頑張ってるんだから私だって負けてられないもの。
だって、私の弟は。
優は、世界の大舞台でも臆することなく戦って、あまつさえ入賞しちゃうくらい凄いライダーなんだから。

あれから数日経って、いつもと変わらない日常が始まっていた。
ちょっと変わったのは、番組で一緒になった出演者に、時々優のことを聞かれることくらい。
記事で見たって言う人もいれば、レースを見てたよ、と言う人もいた。
一番驚いたのは、ジュピターの天ヶ瀬さんに「お前の弟すげぇな」と声をかけられたことかしら。

このくらいの季節が、一番過ごしやすいんじゃないかな。そう思える。
秋の真っ只中、これから寒くなる一方なんだろうけど、少なくとも私はこの季節が好きだった。
秋に特別な思い入れがある訳じゃない。ただ、この過ごしやすい季節が好き。
暑かった8月頃を思い出せば、ね。

プロデューサーや他の皆に挨拶して、事務所を後にする。
お気に入りの音楽プレイヤーを鞄から取り出して、イヤフォンをセットする。
耳に入れて後はスイッチを入れるだけ。

でも、それより先に、見覚えのある人影が見えた。

「・・・優!?」
「お疲れ様、お姉ちゃん!」

事務所のすぐそばの道にいたのは、数日前まで海外にいた優だった。
何であなたがここにいるの?何時からそこにいたの?色々言いたいことが山ほど出てくる。

「驚かしてやろうかなってさ。色々言わなきゃいけないこと、あるしね」

とりあえず、近くにあった喫茶店へ足を運ぶ。優は空腹だったようで、コーヒーではなくパスタを頼んだ。
他愛のない会話が続き、キリのいいところで私は聞いた。

「言わなきゃいけないことって、なんのこと?」
「うん。まず一つ、日本GPにも参戦が決まりました!」
「本当!?」
「オーナーさんから直接言われたんだよ!次のグランプリも一緒に走ってくれってさ!」

ニコニコしながら嬉しそうに話す優を見ていると、なんだか私まで嬉しくなってくる。
元々1戦限りの契約だったんだけど、あのレースのあと、すぐにチームの首脳陣から契約を申し出てきたらしい。
見事にチャンスをものにした。ってことかしら。

「それともう一つ、しばらくの間は日本にいていいみたい!」

喫茶店を後にした私達は、帰路の途中にあの横断歩道を見つける。
無視してしまおう。そう思ったけど、優が歩みを止めた。

「懐かしいね。子供の頃、よくここで遊んでたっけ」
「・・・優、おいで」
「ん?」

優の手を握る。
当然驚いた顔をして私を見るけど、そのまま私は歩き出す。
優も嫌がることなく、私とおなじ早さで歩いてくれた。

幼い優と私が一緒に手を繋いで渡りきる。それを、もう一人の私が二人を見送っていく。
その夢に出てきた横断歩道を、二人で一歩ずつ、手を繋いだまま渡る。
一歩ずつ、一歩ずつ。絶対に手を離さないで。
見送る人もいない。ただ弟とこの横断歩道を歩いていくだけのこと。

あと数歩で渡りきる。私は手を強く握り締める。
あと少し、あともう一歩。










渡りきった途端、握っていた手の感触がなくなった。
>>17
バレンティーノ・ロッシで検索してみよう

「っくしゅん!・・・うわ」
私は黙って鞄の中にあるハンカチを差し出す。
いなくなったのかと思った自分がバカらしいし、こんなタイミングでくしゃみをする優も優だ。
何はともあれ、横断歩道を、二人で渡りきったんだ。

「いきなりなんだよ。手を繋いで、何にもない横断歩道を渡り始めるし」
「別に意味なんてないわよ。そうしたかったからそうしただけ」
「見ない間に横暴な性格になったね。見た目と身体はまったく変わらないのにね!」
「パスタ代返して」
ごめんごめん、と笑う彼を見て、私も笑う。

少し冷えてきた空気と、車の音すら聞こえない、とても静かな歩道。
私と優の足音だけが聞こえる。この道には何もない。

「お姉ちゃん、歌って!」
「えっ!?」
「なんてね。よく言ってたじゃん」

幼い頃、歌ってとよく優にねだられたっけ。
歌う私の絵を描いてくれた。今でも私の部屋においてあるはず。
久々に姉弟で見てみようかな。なんてことを思う。


「歌ってあげようか」
ホント?と聞いてくるけど、別に減るものじゃない。
歌うことが好き。その歌を聴いてくれる人も好き。
───歌っている私の絵を、笑顔で描いてくれて、今でも笑って聞いてくれる優が好きだから。
以上です。お粗末さまでした
先週のmotoGPが面白かったので勢いで書いてしまった。

08:30│如月千早 
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