2014年09月13日

島村卯月「いつもの通い道」


長い長い廊下を歩きます。事務所の廊下はなぜだか分からないけどとても長いんです。二十分歩いても部屋に着きません。



ただでさえ長い廊下は、この前智香ちゃんが応援したら二倍の長さに伸びました。移動が面倒になったけど、智香ちゃんに応援されたなら仕方がないかな。多分私だって伸びます。





廊下の途中で力尽きた芳乃ちゃんをバケツに入れて、バケツリレーの要領で奥に運んでいったのが記憶に新しいなぁ。



私がアイドルになってから今までの中で、一番事務所のみんなが団結していた瞬間だったような気がします。



そういえば廊下の距離が伸びたことで、禁止されていた車での移動が解禁されました。



それを知った菜々ちゃんが向こうまでワープしたら、今度やったら研究施設送りにするとプロデューサーさんに怒られていました。どうやらこの距離でもワープは禁止のままみたいです。





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私が「今年の夏は終わったんだ」と気付いたのは、長い間事務所中に響き渡っていた、セミの気持ちになった仁奈ちゃんの鳴き声が聞こえなくなって三日目の事でした。聞くと、仁奈ちゃんはやりきった顔で眠りについたそうです。



夏と言えば、夏休みの終わりに事務所でお泊り会をしました。みんなでお気に入りの物を一つずつ持ってくるって感じです。



特に人気だったのが、泰葉ちゃんが小さい頃から大事にしていた日本人形でした。綺麗だったなぁ。薄暗い廊下で青白く光る日本人形。



それに対抗心を燃やしたのか次の日、廊下に並んでいた十個のぴにゃこら太ぬいぐるみが浮かんで、柚ちゃんの周りを取り囲んでいました。



「たくさんのブサイクが追いかけてくる!」とぬいぐるみから逃げる柚ちゃんをキラキラした目で追いかける小梅ちゃんの姿が今でもはっきりと思い出せます。



夜になる頃には柚ちゃんも意思疎通ができるようになったのか、一人で人形劇をできるようになっていました。



奈緒ちゃんが「Gビットかよ……」って言っていました。よく分からないけど、多分アニメの話だと思います。





共用パソコンのあるスペースでは、比奈さんがパソコンの画面に釣竿を突き入れています。



比奈さんはこの前のイベントでネットでの釣りをしているとカミングアウトしてから、事務所でも釣りをするようになったんです。



「お、卯月ちゃんスか。今日はいいのが釣れましたよ」



比奈さんの指差した先では、1と0で構成された魚が廊下を跳ねまわっていました。



わあっ、電脳マグロじゃないですか! 何キロバイトですか?



「確か450キロ……って、またありすちゃんっスか。ほら、針取るんでこっちまで出てきて」



パソコンの画面から釣り糸を咥えたありすちゃんが顔を突き出したところで、私はまた歩き始めます。





「落ちる落ちる!」



後ろからそんな声が聞こえたと思った瞬間、何かが私を飛び越してそのまま廊下に落ちました。麗奈ちゃんです。



麗奈ちゃん、大丈夫?



「だ、大丈夫に決まってるじゃない! ……イッテテテ」



自作のバズーカで向こうまで飛んでいっていた麗奈ちゃんは、廊下の距離が長くなったことでこんな風に途中で落ちるようになりました。



何回も落ちては擦れ落ちては擦れを繰り返していたので、横から見ると身体の前側が切り取られてしまったようなシルエットになっています。かまぼこみたいですよね。



最近はバズーカの飛距離を伸ばすために晶葉ちゃんの研究スペースに入り浸っているみたいです。頑張れ、麗奈ちゃん。





しばらくすると脚立の上に座っているこずえちゃんが見えてきました。大きなバケツを抱えて、茜ちゃんの咥えたじょうごに白い液体を流し込んでいます。



「おかゆー、のめよぉー……」



「ガボゴボガボゴボボ!」



こずえちゃんが流し込んでいるのはお粥です。



夏休みに入る少し前から茜ちゃんは「ご飯を食べる前の準備運動みたいなものです!」と言って毎日誰かにじょうごでお粥を流し込んでもらっています。これを見るとそろそろお昼だなぁって気がしてきますよね。



「うづきー……おはよー……」



「おはボボゴボガバ! うづガバン!」



おはよう、二人とも。……茜ちゃん、流し込まれながら喋らない方がいいと思うよ?





画面からありすちゃんの首から下が生えたタブレットを通り過ぎて歩いていると、前からのあさんが走ってきました。両脇にはぬいぐるみのような何かを抱えています。



「はなすにゃ!」



「おろすにゃ!」



「……………………」



どうやらまた小さいみくちゃんを連れ去ったみたいです。



じたばたともがく二頭身のみくちゃん二人を抱えたのあさんの後姿が見えなくなった辺りで、前から少し小さなみくちゃんが走ってきました。



「はぁ、はぁ……う、卯月チャン、のあにゃん、見なかった?」



うん、もっと小さいみくちゃんを二人抱えて走って行ったよ。えっと……いつもの3:2:2かな?



「そ、その通り、にゃ……」



みくちゃんは七匹の猫で身体を作っています。最低二匹から身体は作れるということなので、基本的には3:2:2の三人体制でみんなに愛でられています。



でも、最近大きいみくちゃんを見てないから少しさみしいなぁ。



「それ大きいみくじゃなくて普通のみくだからねっ!?」





もう少しで扉に着くってところで、一番遭いたくないものに遭遇してしまいました。うづパカです。



うづパカは私と顔が同じせいか、事あるごとに私と身体を入れ替えようとしてきます。



以前入れ替わられた時はうづパカが「パカー」しか言わなかったのですぐにバレて、みんなの協力で元の身体に戻る事ができました。



「パカー」



うねうねと首を伸ばしながら、うづパカが笑顔でにじり寄ってきます。自分と同じ笑顔なのに、なぜか少し凶悪に見えます。



懐から取り出したうづパカの弱点、ぴにゃこら太帽子を被せて扉まで走ります。うづパカはなぜかこの帽子が苦手です。



「パカァ……!」





息を切らしながら扉の前にたどり着くと、近くにある窓が開いていることに気が付きました。見ると、窓枠にひっかけた鞭を伝って時子さんが登ってこようとしています。



確かに二十分以上歩くよりは時間がかからないなぁ。今度私もやってみようかな。



いつもの事務所、いつもの廊下、いつものみんな。



私はいつも通り、廊下の先の扉を開きます。





おわり



21:30│島村卯月 
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