2013年12月10日

夏樹「星空の輪郭」

『よっ! アンタがプロデューサーさん?』
『アタシ、夏樹。ロックが好きなんだけど、アイドルも結構好きなんだよね』
『もしかしてロックアイドルってカッコいいし、可愛い感じで最強なんじゃない?目指してみっか!』


合格してはじめて自己紹介したときは、そんな自己紹介してたっけな。
はじめて面接してくれた時は、ただの面接官の人だと思ってたからさ。

その…こんな話するのも、何かロックじゃないって感じがするから、
こういう風に手紙で書いてるんだけどな。

ほら、なんつーか…アタシって、面と向かってしんみりした話するタイプじゃないだろ?
だから手紙に思いついたまま、今も書いてる。
空いた時間でもいいから、片手間程度に読んでくれればいいか、って。

普段から世話にもなってるし、アタシの事も知ってほしいんだ。
感謝してるからな。

ええと、まず何から書けばいいのか…今も首をひねりながら書いてるんだ。
あまり鉛筆やらペンやら持ってあれこれするタイプじゃないから。
いざやってみようとすると結構難しいな。
思いついたまま、とか書いちまったけど、やっぱり色々考えちまう。

ああ、とりあえずはじめから書いていくよ。



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アタシってロックなアイドル目指すって言ってただろ?
その事から書いていこうかな。

昔からアタシは音楽が好きだった。
でも別に好きなジャンルがあったわけじゃなかった。
ああ、いい曲だな、いい歌詞だな。音楽に対してはそんな感じだった。

なのに何で今みたいに、ロックなアイドル目指してるかっつーと…
やっぱりあれが1番の理由だと思う。

学校の友達にライブに連れて行ってもらった事だな、やっぱ。
そのライブに興味があったわけじゃなくて、ただの付き添いだった。
ライブなんて行ったこともなかったから、ちょっとした好奇心だったっけか。

別に有名なアーティストだとか、そんなんじゃなかった。
チケットもすんなり手に入ったし、ライブ会場も調べてみたら大きいわけじゃない。
でも近くじゃ割と知られてるようなライブハウスで、ああ、あそこか、って程度。



その友達はだいぶ前からその出演するバンドのファンらしかった。
でもアタシはそのバンドの事なんか何も知らないし、へえ、とか、ふうん、とか。
返事が面倒だったわけじゃなくて、そんな返事をするしかなかったんだよな。

ああ、性格は昔からこんな感じだったんだよな。今もそんなに変わらない。
おかげで友達は多かったよ。今だってよく遊ぶんだ。

で、アタシははじめてのライブに行くことになったわけだ。
適当に待ち合わせして、楽しみ、なんて言葉に相槌をうって。

ライブハウスに入ってみると、中は割と大きかった。
外から見る様子とは全然違ってた。
誰でも知ってるような楽器がたくさん置いてあった。
ギターにドラムに…同じ楽器だけでもすごい種類だった。

開演前までロビーで喋りながら時間を潰してて、友達はすげー楽しそうだった。
不思議だった、はじまってもいないのに、何でこんなに楽しそうなんだ?ってな。
だから聞いたよ、思ったままを。

そしたら、嬉しそうに言うんだよ。
待ってる時間も、開演前のちょっとした緊張感のある雰囲気も、全部好きだから。
それを聞いて、何か、いいなって思った。

何か1つ夢中になれる何かがあるって、いいなって思った。
その時のアタシは別に目標があったわけじゃないし、適当に過ごしてただけだったから。
ずっと嬉しそうに話すんだ。バンドのメンバーのこと、ライブハウスのこと、音楽のこと。

そして、アタシの人生を変えた、ロックのことを。



ああ、行が全部埋まっちまった。次に行く。
よし、じゃあ続ける。案外書き始めたら止まんないな。結構楽しい。

もうすぐではじまるらしくて、開演前のアナウンスが鳴った。
結構な人数が来てた。アタシらはだいぶ早く着いてたらしくてさ。
移動するんだけど、みんなすげえ楽しそうなんだよ。
あのバンドが楽しみ、新しいこのバンドが楽しみ、そんな事を話しながらさ。

プロデューサーは、アイドルのじゃなくて、普通のライブハウスのライブって見たことあるか?
壁にいっぱいステッカーが貼ってたりとか、そこかしこに傷がついてたりとかするんだけどさ。
何か、それがいいんだ。何つーか…ああ、上手く言えないんだけどさ。とにかくいいんだよ。

ああ、分かった。味がある、って言うのかな。そんな感じ。
そのステッカーってさ、今まで出たバンドのだったりとか、尊敬するバンドのだったりとかさ。
1枚1枚、思い入れがあるんだよな。みんなの。

会場はカーテンも降りてるし、真っ暗なんだよ。熱気だってすごいんだ。暑いくらいだ。
でも、その熱気が、少しアタシの興味を煽るんだ。
あの薄手のカーテン1枚の裏から、どんな音楽が聞けるんだろう、どんなライブをするんだろう、ってさ。

ライブの事なんか何にも知らないのに、ちょっとわくわくしてた。
開演を知らせるブザーが鳴って、はじまった。

あの、ライブが。



すげえ。
その一言しか出なかった。
カーテンが上がり切る前から、いきなり大音量で流れるんだ。
ベースにドラム、ボーカルの声も、観客の声も、何もかも。

リズムも音も、歌詞だって何言ってるかわかりゃしない。
でも、すげえ。とにかく、すげえんだよな。
何にも分からないのに、惹き込まれるんだ。目が、耳が、心が。

しかもめちゃくちゃ楽しそうなんだ。
あれだけの声を出してて、あれだけの演奏をしてて。
数分とかかってねえはずなのに、滝のように汗もかいてんのにさ。

いい、いい。格好いい、何だ、これ。すげえじゃねえかよ。
何でアタシは今まで、こんなすげえ事を知らなかったんだよ。
頭でそんな事を考えてると思ったら、アタシも気付いたら全力で声を出してた。

暑いし、熱い。流れてくるその音も厚かった。
心に響くっつーか、そんな感じなんだ、とにかく。
だから今のアタシはアツいって表現をするんだと思う。

その時に着てたおろしたての服が乱れるのも、髪型が乱れるのも構いやしねえ。
アタシも全力で声を出して、叫んだ。



1曲終わっても、すぐに次の曲がはじまる。
なのに、すぐ終わっちまうんだ。数分のことが数秒、一瞬にさえ思えるんだ。

うらやましい。そう思った。
スポットライトに照らされて、めちゃくちゃ楽しそうに歌ってるんだ。

これだけの観客を前に、好きな事を全力でやってるんだ。うらやましくないわけがなかった。
ああ、いいな。アタシも、やってみたい。

こんな風に自分の想いを歌詞に乗せて、歌って、叫んで。
やりたいことを全力でやってるんだから。目標がなかったアタシから見れば、星のように輝いてた。

その時はロックって言葉の意味をちゃんと理解はしてなかった。
今だって、ちゃんとロックの意味を知ってるかって言われれば分からない。
けど、その時は直感的に理解した。全部じゃないけど、少しだけ。
そして思ったよ。それが何かって?もちろん決まってる。

こんなロックな人間になりたい、ってな?



気付いたらライブが終わってた。
いや、本当にそうなんだよ。気付いたら終わってたんだ。
それぐらい夢中になってた、どこまでも。

閉演のブザーがなって、カーテンが降りて、ステージが見えなくなるその時まで、
アタシはずっとステージを見てた。これが名残惜しい、ってヤツなのかもな。

で、いざロビーに戻って友達に話しかけようとしたら、出ねえの、声が。
声を出しすぎて、ロビーの自販機で水を買って飲むまで、ちゃんと声が出なかった。
自分でも驚いた。しかも、服は汗だくでぴったり張り付いてる。

でも、不思議と嫌じゃなかったんだよ。終わった後の開放感、っつーのかな。
何か、まだ余韻が残ってる、って感じでさ。まだドキドキしてたし、顔は赤かったと思う。

帰り道は語り合った。ありがとう、連れてきてくれて。すげえんだな、ライブって。
そんな事を話しながら、色々教えてくれたんだ。楽しみ方っつーか、そんな感じの事を。
CDを貸して貰える約束も取り付けた。アタシはちょっと後悔してた。

学校で話を聞いてる時だって、もっと真剣に聞いておくべきだった、ってさ。
そしたら、もっとこのライブを楽しめたかもしれないだろ?もっと、ずっと全力で。



翌日、学校にすぐにCDを持ってきてくれた。
ああいうライブで語れる友達が居なかったらしくて、嬉しかったらしい。
しばらくの間は、休み時間はずっと語ってたと思う。

授業中も気が気じゃなかったんだ、だって、そうだろ?
その時のアタシの鞄の中には、聞きたくて聞きたくて仕方が無い宝物のようなCDがたくさん入ってたんだ。
当然、授業なんて頭に入りゃしなかった。

CDのカバーとか、中に入ってる歌詞カード、CDのデザイン。
その1つ1つをじっくり眺めて、どんな曲かずっと想像してたっけな?
中に友達の手書きのオススメの曲の一覧も入ってた。

前のライブの事をずっと考えながら、窓から見えるグラウンドを眺めてた。
ただただ、放課後になるのをずっと待ってたっけ。
そうしたら、昼休みも何もかも終わって、すぐに放課後になるんだ。
もうこの頃から完全にロック一直線、って感じだったな。



放課後のチャイムが鳴った途端、みんなの声かけも何も無視して教室を飛び出した。
走ったら怒られるから、不自然な早歩きになってたと思うけど。
それだけ楽しみだったんだよ。アタシもびっくりするぐらいにさ。

帰りに聞くための環境を整えようと思って、コンビニに寄った。
適当な飲み物と食べ物をカゴに詰めてレジに持ってった。

分かるだろ?好きな映画とか音楽とか聞くとき、集中したい時とかさ。
お菓子とか飲み物とか準備して、1人で最大限楽しめるようにしたりしないか?

少なくともアタシはそうだった。手早く財布から千円札を出して、レジを済ませた。
後はもう家に一直線だった。音をたてるコンビニのビニール袋さえ楽しみを煽った。

ただいまも言わずに靴を脱いで、揃えもしないで部屋に入る。
ドアを閉めて、鍵もかけて。ここまで楽しみにしてたってことだよ。

音楽が好きだったから、ちょっと高めのステレオスピーカーを持ってた。
その延長線として、高級なヘッドフォンだって持ってたんだ。

ステレオスピーカーにヘッドフォンのジャックを入れようとして、
1回で上手く入らなくてすげえもどかしかったのを覚えてる。

買ってきた物をベッドの脇に並べて、いつでも食べられるように準備して。
鞄から、借りてきたCDをビニール袋から丁寧に取り出して、セット。
歌詞カードも開いて、準備は完璧。

買ってきた飲み物を軽く口に含んで唇を濡らして、
軽く軋む音を立てながらふかふかのベッドに腰掛ける。

そして、そっと再生ボタンを押した。



音、音、音。
耳にしっかりフィットするヘッドフォンのおかげで、何も聞き漏らすことはなかった。
とにかく大音量で。あのライブのように。

部屋の明かりを消して、カーテンも閉めて目をとじると、何の光も入ってこない。
ただ聞こえるだけ、あの音が。ただ思い出す、あのライブを。
やっぱさ、有名なアーティストのCDなだけに、前のライブとは段違いに格好よかった。

歌詞カードもついてるから、どんな歌詞なのかもわかる。
カバーがついてるから、どんな雰囲気の曲なのかもわかる。

全部の曲を聞き終えてカーテンを開けたら、もう空はオレンジ色に染まってた。
食べようと、飲もうと思ってたものにも何にも口をつけちゃいなかった。
集中しすぎて、何にもわかんなくなっちまってたのかも。

でも、アタシには全然満足出来なかった。
そりゃそうさ、アタシが歌って、叫んで、アツくなれねえんだからさ。

ただ前より質のいい、好きなジャンルの曲を聞いてるに過ぎなかった。
それを理解してたアタシは決めた。
ああ、言うまでもねえよな。

アタシがなればいい、全力で。
歌って、叫んで、アツくなれる。人をどこまでもアツくさせる。
そんなロックなヤツにさ。

そう決めた。



アタシはロックが好きだ。でも、どうすりゃいい?
さすがに現実を知ってる。この瞬間だって、いくつもバンドが生まれて、消えていく。
それぐらいは知ってた。学校にもそういう部活があるんだから。

仲間ともめたとか、ボーカルがどう、そんなので簡単に消えていく。
長い間一緒にやってきたバンドですら。

アタシはただ音楽が、ロックがやれればそれで良かったんだよ。
そういうわけで、1人でそうなることにした。

じゃあ、どうなったらロックなヤツって事になる?
そこなんだ。分からない。

前のライブで、直感的にロックってやつを感じたけどさ、実際ほとんどわかっちゃいない。
ただ、ため息が出た。らしくねえかな。ま、そういう頃もあった。

その日が終わるまで、ずっと考えてたよ。
ああ、難しい。こんなにも難しいことなのか、そう思った。
あの人達はただ好きな事をやってるように見えていたアタシにゃ、甘かったらしい。



日をまたいで、ぼーっとしながら学校行って。
やっぱり授業は頭に入りはしなかったな。
この頃が1番頭使ってたかも。人生で1番考えたかな。

素直に友達に相談した。わかんねえ、って。
何がロックなんだ、どうしたらロックになるんだろうな、って。
どうしたらロックなヤツになれる?今となっちゃ、何か恥ずかしい事聞いてるんだけどさ。

でも、大真面目だった。その質問をした途端に、口からいっしょにため息も出た。
どれだけ溜息ついてるんだよ、とか自分で思いながらも結局は出てた。
そしたらさ、目見開いてじーっとアタシの顔みてるんだ。で、言うんだよ。

『私にも、それは、分からない』
『でも、なんとなくだけど』
『自分の好きな事をせいいっぱい、全力で、歌って、叫んで、想いを伝えて』

『そうやってる姿って、何かさ。ロックじゃない?』

別に不良って感じでもなくて、真面目でいい友達なんだよ。
頭もいい、顔もいい…ああ、真面目が服着て歩いてるような感じなのに。
でもさ。

昔のアタシよりも、今のアタシよりも。
どこまでも、どこまでも、ずっと。

ただ、ロックだった。



その後にまた、色々教えてもらったよ。
1人じゃ難しい、なら視点を変えてみたらどうかな、何て言われて。
確かにそうだ、1人でやるには難しいんだ。音楽は。

じゃあ、アイドルなんてどうかな。夏樹、美人だから。
は?その一言しか出なかった。一気に気が抜けた。
大真面目に話してんのに、どうしたんだ。
そう思って顔を見ても、どこにも茶化したような感じはなかった。

ってことは、本気で言ってんのか?アタシが、美人?
お世辞か、とも思ったけど、そんな事いうタイプじゃない。なら本気だ。
人の美の基準なんてそれぞれだ。答えの出ない話をするつもりはなかった。

アイドル。
声に出しても全然しっくりこない。アイドル?
あれだろ、ふりふりの衣装着てさ、ステージで踊ってるやつだろ。
でも、アイドルは嫌いじゃない。むしろ結構好きだ。

でも、どっちかっつーと格好いい、ってより、可愛いの方が正しくないか。

そしたら、また言うんだ。
『でも、自分の想いを歌にのせて、全力で歌ってる』
ああ、敵わねえ。そうだったな。そうだった。

アイドル。もう一度声に出して確かめた。
さっきとは逆に、割としっくり来る。アイドル、アイドル。

ああ、いいじゃねえか。
星空みたいに広い夢が、少し輪郭を帯びてきた。
少しずつだけど、形になってきた。いいじゃねえか。

これがアタシの、アイドルへの第一歩だった。



ああ、ずいぶん長くなっちまってるな。何枚書いたかわからない。
本当に暇なときに読んでくれればいいからな、本当に暇な時に。
書くのが疲れてきてるはずなのに、手は止まらないんだよな。

よし、じゃあ続けるか。
アタシの出身は茨城なんだけど…って、知ってるよな。
アドバイスも貰ったし、プロダクションに所属しようと思ったわけだ。

アタシはロックなアイドルになる、そう思って、髪型も変えてみた。
はじめてやってみたけど、自分で言うのもなんだが…結構様になってた。
前はおろしてたんだ、どこでもな。ちょっと上げてみたら割といい。

ちょっとロックって感じがして、楽しかった。
最初はみんな驚いてたけどな、しばらくしたらみんな慣れた。
そういう髪型もいいな、って男子に言われた。も、ってなんだよ、も、って。

話が逸れた。プロダクションの話だった。
アタシは音楽が好きだったし、カラオケにもよく行ってた。歌はそれなりに上手い方だと思う。
プロダクションに入ろう、と思う頃には、アタシはかなりロックについて詳しくなってた。

あのジャンルならこの曲が、このアーティストがいい。
あのアーティストなら、こんな名言があったりするんだ、とかさ。
分からない事の方が少なくなっていった。

で、茨城にある色々なプロダクションに履歴書を送ってみたわけよ。



全部、落ちた。
アイドルだのロックだの、夢を見てたアタシは一気に現実に引き戻されたよ。
なに、夢みてんだよ。内心そう思ってたかもしれない。

面接…つーか、オーディションに行っても、だ。
1回いいところまで行ったことはあるけど、結局受からなきゃ意味がない。

落ちた理由は決まってる、審査員の人にも言われたよ。
髪型、女の娘らしくない言動、態度。服装。

周りに居るアイドル候補生たちは、みんな可愛らしい服装をしてた。
美容院で整えてオーディションに来てたんだろうな。
高そうな服に、高そうなバッグ。アクセサリーまで完璧だった。

それに反してアタシは、もう今とそんなに変わらないような格好で行った。
髪型だって、何もかも、そのまんま。

おかげで落ちた、数えきれないくらい落ちた。
もう家に届く合否通知を知らせる手紙を開けることすらなかった。
なんとなくわかってたからだよ、落ちてる、ってさ。

でもさ、親はアタシのやってる事に何1つ言わなかった。
むしろ、すげえ応援してくれるんだよ。
オーディションに行くって言えば、交通費も出してくれた。
遠い所でも、道を調べてくれたり、車を出してくれたり。



嬉しかったらしい。今まで割と適当に生きてきた娘が、目標を持ったから。夢を、持ったから。
父さんがさ、言うんだよ。すげえ、目きらきらさせてさ。落ちるたびに言うんだ。

『若いころは、色々な夢を描くんだ』
『父さんだって、昔は野球選手だとか、宇宙飛行士だとか、色々憧れたさ』
『でもな、大人になってくると、自分で自分の夢を塗り替える』

ちょっと悲しそうな顔をして。けれど、強い意思を含んだ声音で。

『自分の限界はこれくらいだ』
『自分にはこんな夢は叶えられない』
『そう言って、ハードルを下げ、挫折を繰り返す』
『そうするうちに、輝いていた夢はどんどん色褪せる』

気付いた。自分の事を言っているのだと。



『私は今の生活が大好きだ、満足している』
『だが、叶えてみたい夢もあった。今では、叶わないけれど』
『だから、今を、後悔しないように。全力でやってみなさい』

そう言って、照れくさそうに笑ってる。アタシも笑っちまったよ。

『ああ、ちなみにな。父さんの昔の夢は、ロックミュージシャンだ』
『ロックって、父さんの時には、すごくカッコよく見えてな、憧れたんだ、なれなかったが』
『だからかな、ちょっと重ねて見てしまうから、なおさら夏樹を応援してあげたいんだ』

ロックミュージシャン?叶えられなかった?なれなかった?
何言ってんだよ。それこそ、アタシは笑っちまうよ。
確かに今、音楽はやってないかもしれない。歌って、叫んで、してないかもしれない。

けどさ、父さん。父さんもだよ、アタシの友達とそっくりだ。
だってさ、もうどこが違うのか、アタシには分からない。
今を全力でロックを目指してるアタシより、ずっと、ずっと。

最高に、ロックじゃねえか。



落ちても、落ちても。アタシは自分を曲げなかった。
服装も、髪型も、言動も。アタシはアタシで居続けた。
自分を曲げてアイドルになっても、それはやりたかったことじゃない。

落ちてるうちにも、色々な事を知った。
たまたま近くに寄った小さなCDショップで、アイドルが営業をしていた。
まばらにしか居ないファン…みたいな人たちと、嬉しそうに握手して。
一生懸命、自分の曲を、声を、自分自身を、伝えようとしてた。

何が好きで、何が嫌いで。何がこうで、何がああだ。
人も少ない、周りに何か娯楽施設があるわけじゃない、何もない。
そんなところなのに、必死に自分を伝えようとしてた。

アタシも握手しにいった。
アイドルは本当に嬉しそうな顔をして、握手に応じてくれた。
アタシは、あなたの事を知らないんです。素直にそう伝えた。
そうしたら、嫌な顔1つせずに、自分の事を教えてくれた。

最後に、1つだけ。そう切り出して、尋ねた。
アイドルって、楽しいですか。
単純なようで、1番複雑で、悩んでいた事だった。



『楽しいですよ』

即答だった。本当に、質問の意図を考えたのかと疑うほどに。

『もちろん、辛いことだってあります。日々のレッスンだって大変です』
『けれど』
『それ以上に、自分のこと…ええと、自分の好きなことを知ってもらえるのが嬉しいですから』
『なんて、言うのかな。歌が好きだから、歌を歌って。ただ、それだけが理由でしょうか』
『ご期待にそえなければ、すみません』

そう言って微かに笑った。
ありがとうございます。本当に、ありがとうございました。
それだけ言って、アタシは来た道を引き返した。

軽く小走りだったと思う、少し息も切れた。でも、辛くなかった。
走るアタシの背中に、ふいに、あのアイドルの声が聞こえた。

『頑張ってください』

ああ、アイドルか。アイドル。
アイドルのやってることも、最高にロックじゃねえか。
アイドルになりたい。そして、アタシの思うアツいロックを伝えたい。

夢は、形になった。



その後もずっとオーディションに落ちた。でも悔しくなかった。
ああ、嘘だ。悔しい。本当のことを言うと、もちろん悔しい。
でも、落ち込んだりはしなかった。自分で精一杯やった、結果がこれだった。

ネットで調べたプロダクションも後1つだったっけ…
画面をスクロールしていく。
落ちたプロダクション名が並んでいる。

落ちたプロダクション名をみる度に思い出す。
女性的な格好、しぐさ。それが求められているんだよ。
ああ、君は髪を下ろすと、とてもいい。それだと、採用したのだけれど。

結局はいかに、人のイメージの模範となれることが重要なのだろうか。
ここを落ちたら、アイドルは諦めるしかない。やりたくて、仕方がないけど。

そして、またスクロール。
指が滑り降りた先に記載されている、プロダクション名。
これもまた、アタシの全てを変えたんだ。






シンデレラガールズ・プロダクションが。



最後だ。
そう思って、丁寧にセットをしよう、髪を下ろそうとも思ったけど、やめた。
こういうのは、普段のアタシを見てもらわなきゃいけない。
自分を偽ってまで合格しても、何にも嬉しくはないんだからさ。

いつものセットで、いつもの服装で。
親に話はした。これで落ちたら、アイドルを諦めることを。
そうか、でも、頑張って。そう言ってくれた。いい親を持てて、本当に嬉しい。

そしていつもの声音で、行ってきます。そう言って、家を出た。



東京はやっぱりすげえ広いよ。人の数が違いすぎる。
茨城だって結構広いし、遊ぶ場所だってそこそこある。でも、桁違いだ。
そこかしこにモデルかって思うぐらいの美人もいるし、おしゃれな店もある。

ふと交差点で信号を待ってて、隣を見れば芸能人がいたって事もあったっけな。
すげえよな。テレビで見る芸能人が、隣に居るんだ。

たくさんの電車を乗り継いで、たくさんの道を歩いて。
ああ、これが成功しても失敗しても、これで最後なんだ。
そう思ったら、ちょっと寂しい反面、気が楽だった。

一歩一歩を踏みしめる足の力が、少しだけ強張った。
今までよりずっと緊張したし、まっすぐ歩けてたかだって、怪しいもんだよ。

プロダクション前についた時も、何回も深呼吸した。
これで人生が決まる。そう思うと激しい動悸は収まらなかった。

そして、小さな一歩。けれど、力強い一歩で、ドアをくぐった。



来た時は、結構大きな事務所だって思ったよ。最近出来たにしては、大きいなって。

談話室みたいな個室に案内してくれた時も、手と足が一緒に出てた。苦笑いされてたよ。
ちひろさんがお茶出してくれてさ、アタシはもう緊張しっぱはなしだったよ。

シックなデザインの机に、黒い革張りのソファ。
脇に置いてある小さな観葉植物も、何もかもおしゃれに見えたんだ。

しばらく待った後、ドアが開いて。
ここで、初めてプロデューサーに会ったよな。覚えてるかな。

遅れてごめんなさい、はじめての声かけがそれだった。
悪いけど、ちょっと頼りなさそうだと思ったよ。

ああ、でも、今はもちろん違うよ。
最初はちょっと頼りないかなーと思ってたよ。
でも、今じゃちゃんとプロデューサーのこと、信頼してるんだ。本当さ。

プロデューサーは、アタシの必死で書いた履歴書、最後まで見なかったよな。
その代わりに、言ったよな。何が好きで、どうしてアイドルになろうと思ったのか。
履歴書からじゃなくて、君の口から聞きたい。

嬉しかった。だって、みんな一度アタシの履歴書の写真を見て、眉をひそめる。
女の娘らしくないらしい、髪を上げたスタイルを見て。

嬉しくて、嬉しくて。アタシは話の順序も、何もかも滅茶苦茶だったけど、思いつくままに喋った。
ロックが好きで、こんなふうにアイドルに憧れて。こんな友達がいて、アタシの父さんはこうで。
滅茶苦茶な話だったのに、しっかり相槌も返してくれてさ。で、同じように笑ってくれたよな。



プロデューサーもその時、少しだけロックの知識があったんだよな、今じゃ、結構詳しくなったけどさ。
いくつか名前をあげたら、ここがいい、あれがいい。まるで友達みたいに話してくれてさ。
気付いたらアタシの面接に2時間もかけてたっけ…あの時はごめん。でも、嬉しくてさ。

帰りもわざわざ駅まで送ってくれたよな。他の所なんて、その場で退室、それで終わりだったのに。
帰る途中もずっとアタシのロックの話に付き合ってくれて。
ああ、ここでアイドルを目指したい。そう素直に伝えたっけな。

家に帰ってからは、合格不合格なんて気にしちゃいなかった。
いつも通り家に帰って、いつも通り面接の報告をして。1週間以内に連絡をくれる、って。

そこからはアイドルを忘れたように生活してたな。
でも、髪型だって、好きな音楽だって同じなままだったけど。
何て言えばいいんだろうな、もちろん受かってれば嬉しいんだけど、落ちても後悔はない、って感じ。
本当に心から、自分の思ってることを全て伝えられたんだからさ。

寝て起きて学校に行って、そこそこ授業を聞きながら、そこそこによそ見して。
ペン回したり、ノートの隅に落書きしたり、好きな歌詞を書いてみたりさ。
小さな窓から流れるように、まだ少しだけ冷たい風を感じながら。

昼休みには、相変わらずロックの事で語り合って。
CDショップによって、ロックを買って、アイドルを買って。
ちょっと寄り道して帰ったり。



そんな生活をしてて、4日目くらいには面接のことを忘れてた。
そうしたらあと3日なんてすぐに過ぎた。

家に帰って郵便受けを見て、ああ、何か大きな封筒入ってんじゃん。
ずっしりとした、白い封筒。誰かに荷物来てるんだな、そんな認識だった。
裏を返して、驚いた。アタシ宛てだったから。

しかも、きっちり入ってるんだ。シンデレラガールズ・プロダクションって。
そしたらすぐに頭は回った。今までの合否通知書は薄くて、ただ、不合格。それだけ。
でも、何だ?この重さ、何か入ってる、そんな感じの重さは。

もしかして。
そう思った時には、封筒にしわがよることも、何も考えずに思いっきり封筒を掴んで。
家の鍵が一度で入らないことにも焦って鍵を回した。封筒は逃げねえってのにさ。

もしかして、もしかして。
本当に、もしかするんじゃないか?
アタシも、やっと報われるかもしれない。
どきどきして、どうにかなりそうだった。

封筒を綺麗に開封する余裕なんて、全くなかった。
机からハサミを取り出して、上を切って。少し中身も切れてた。

急いで中身を取り出して、中の封筒を確認した。
らしくねえけど、涙がこぼれた。







『合格』、その文字が見えた時には。



泣いて、泣いて、ただ泣いた。
何も考えずに、泣いた。
嬉しかった。本当に。

アタシを認めてくれた。
女の娘らしいとは、とても言えない。
そんなアタシが、認められた。

努力が、報われたんだって。
必死に何枚も何枚も履歴書を書いた。
最初は上手く書けなかった。だから、練習だってした。
親に出してもらった交通費だってバカにはならない。

いつも通学途中にはロックやアイドルを聞いて学んでた。
帰ったらロック、ロック、アイドル、アイドル、ロック。
そんな生活をしていても、報われなかったのに。

やっと、やっと。報われたんだ。
そう思った時には、意識は既になかった。

いつのまにか、寝ちまってた。
起きた時には深夜を回ってて、けど、もう眠くなかった。
顔を洗いに行ったら、ひでえ顔してたよ。
本当にアタシの顔か、これ。とか思ってた。



さっきは部屋が暗くて気付かなかったけど、部屋の電気をつけたら、
机の上に夕食が置いてあった。おめでとう、そうかいたメモを挟んで。

また泣いたよ。アタシはどれだけ泣くんだろうな。泣きすぎだよ。
ご飯も冷えてた、けど、最高に美味しかった。
心は充分に温かくなった。一口一口を噛み締めた。

改めて、アタシに届いた封筒を確認していく。
1枚1枚確認していくごとに、実感がわいてくる。
ああ、アタシもアイドルになれるのか。本当に、なれるんだ、って。

その中にも、メモが挟まってた。
プロデューサーが書いた手紙だよ。
わざわざ、丁寧に封筒に詰めてさ。夏樹へ、とか書いてんの。

ああ、それを読み返すとこっ恥ずかしくなるからやめるけど、
何か真剣な気持ちはすげえ伝わってきた。今更だけど、ありがとう。

今回はそれのお返しも含んでるって感じかな。
って言っても、これもう何枚書いてるのかわからないけどさ。



所属してからは毎日が最高だった。今でも最高だけど。
レッスンは超過酷だった。あのトレーナーさん、手加減を知らないよ。
最初は朝から晩までずーっとボイトレとダンスだろ、大変だった。

でも、プロデューサー、すげえ驚いてたよな。
何て言ってたっけ、確か褒めてくれてたよな。上達の速度が尋常じゃないって。

今だから言うけど、そりゃそうさ。
アイドルの勉強だってしてたし、なった時に、って基礎体力だって積んでたし。

…ああ、そうだ、ここまで来て、今更書きたいことを思い出したよ。
感謝の気持ちもそうだけど、もう1つあるんだ。

最近、悩んでるだろ。プロデューサー。



夏樹より後に入って、すぐにCDデビューしていく。
なのに、夏樹にはCDデビューの機会が与えてもらえない。
夏樹だって毎日毎日、所属してるアイドルの何倍のトレーニングだってしてる。
ロックの知識だって、他の追随を許さないぐらいの膨大な知識を持ってて、語れて、大好きなのに。
俺の力不足のせいで、夏樹を、夏樹の才能を生かしてあげられない、ってさ。

社長にも、ちひろさんにも、泣いてそう言ってたらしいね。
最近、何か元気ないから、ちひろさんに聞いたんだ。そしたら、教えてくれたよ。

ああ、この際だから、はっきり書いておくよ。
滅茶苦茶悔しい。アタシより後に入った娘が、どんどんデビューしていくんだ。当たり前だよ。
アタシもCDデビューして、たくさんの前で歌いたい。

でもさ。だからってさ、アタシは今の仕事に満足してないわけじゃない。
むしろ逆だよ、プロデューサー。アタシは今の仕事に最高に満足してる。

だって、考えてみてくれよ。
営業でだって、ラジオだって、雑誌だってそうだ。
ああ、アタシはこんなナリだからファンは多いわけじゃないけどさ。
それでも、ファンは居るんだ。知ってる?アタシのファンって、滅茶苦茶熱狂的なんだ。



みんな言ってくれるんだ、夏樹さんは、本当にロックが好きなんだ、って。
ああ、好きさ。大好きだ。だから、ファンとの握手会じゃずっと語ってる。
アタシにオススメの曲とか教えてくれるファンも居るんだ、最高だよ。

手が離れても、出口へ消えていくファンとも、ずっと話してる。
あのアーティストは最高だ、このアーティストに注目だ。ああ、あの曲はどう思う、アタシはこうだ。
本当にロックが好きな人が、アタシのファンなんだ。これ以上嬉しいことは他にない。

しかも、それを仕事に出来てるんだ。本当に本当に最高だろ。
だから、プロデューサーが悩む必要なんか、どこにもないだろ?
プロデューサーなら、きっとアタシをいつかデビューさせてくれる。

ほら、こう考えよう。今のうちに、もっともっと、固いファン層を作るんだ。
で、いつかデビューするその時が来たら、数えきれない、もう、星空のようなファンの中心で。
全身全霊をかけて、全力で。歌って、叫べる環境を今、作ってるんだって。

な、こう考えると、プロデューサーもやる気出るだろ?
だから、明日もいつも通り、アタシをプロデュースしてくれればそれでいいんだ。

ああ、書きたいことはこれで全部だよ。
長々としちまったけど、これがアタシの気持ちだよ。
書いてみると、意外とすっきりするもんだな。

じゃあ、明日も、明後日も、いつまでも、頼むな、プロデューサー。



「お次は、あの超ロックアイドル!木村夏樹さんの登場です!」

東京のライブハウス。あまり大きくはない。
けれど、少しの隙間もなく、全員が…本来の人数の定員を遥かに超えて、埋まっている。
誰もが呼吸すら忘れて、彼女の出番をじっと待つ。

彼女は業界でも、知っている人は知っているアイドルだ。
異常とも呼べるほどのロックの知識、自分を決して曲げないスタイル。
ネット上でも、キャラ作りではない、本当のロッカーとして知られている。

そして、どこまでも、アツい。

俺の力量不足を、彼女は責めなかった。
今回だって持ち歌があるわけじゃない。
有名なアーティストの曲を、少々アレンジして歌う。それだけだ。
それだけしか、俺は彼女に出番を与えてあげられなかった。

『プロデューサー、また変な顔してんな』

考えを巡らせていたら、夏樹に気付かれたみたいだ。

『そのしんみりした顔も、アタシがアツくしてやるよ』

そう言って思いっきり、笑ってみせる。
俺を元気づける為じゃなく、本心からそう言っているんだろう。
俺も、夏樹に応えなければ。

ああ!

力強く、返事を返した。



「では、登場していただきましょう!どうぞ!」

『ああ、プロデューサー、言い忘れてた』

『アタシもアンタのおかげで立派なアイドルだし、心はロックに燃えてるんだよね』

『でもアタシがなりたいのはスターだから、まだまだ止まらないで行くぜ』

『アンタとなら、マジでトップスターなアイドルになれる気がするよ』

『アタシの背中は任せたぜ、プロデューサー!…って、なんか違うか?』

そう言って、夏樹は俺に照れたような笑みを浮かべて、歩き出した。

彼女がステージに上がるだけで、会場は音の波に飲まれる。
たくさんのスポットライト、たくさんの人のサイリウムという星空の中で。
彼女の存在という輪郭は、確かに、形を成していた。

その中の彼女は、間違いなく、トップスターだった。

今日も彼女は言う。

『アツいライブにするから、ヤケドしないように気をつけな』







また、ライブがはじまる。

                           








                          おわり



16:30│木村夏樹 
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