2014年10月03日

P「最近貴音がよそよそしい…」

見知った後ろ姿。月だ、と思った。



プラベートで見かけるのは始めてである。彼女は俺の目的地でもある古書店へと入っていった。



悪戯心が沸き、表情が緩む。プロデューサーという立場からいつもアイドルには





振り回されてばかりだ。ターゲットは貴音。一体あいつはどんな反応をするだろう。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1404827894



リアクションを想像しながら俺は彼女に近づいていった。

 

本棚を吟味する彼女の肩に、ポンッと手をおく。



軽く声をあげる、びくりとすることを期待していたのだが彼女は見事にそれを裏切った。



長い髪がひらりと舞い、こちらを振り向いただけだ。

彼女にドッキリの仕事が全く来ないのも頷ける。



ちょっとは765プロのリアクション王、春香を見習え。



「よっ。偶然だな」



「あ、あああなた様?」



いや驚くのが遅かっただけか。

「お前もここで買い物か? 俺も結構読書好きなんだよ」



「いえ…わたくしはこういった類のものは…」



見るとアニメ調イラストの女の子が表紙を飾った本が多くある。



たしかライトノベルといったか。響から勧められて何冊か読んだことがある。



主人公がいろんな国を旅する物語で、なかなか良かった。



「では…私単独ライブに向けた、とれえにんぐがあるのでこれで…」



「あっおい貴音」



そのまま早歩きで店を出て行ってしまった。



ったくそう逃げることはないだろうに。まあ確かに貴音はこういう本は読まなさそうだ。



まてまて。ならあいつは何しに本屋に来たんだろうか。

まあ考えても答えは出そうにない。俺は百円コーナーで本を物色し始めた。



数日後の事務所、律子は営業に出かけておりアイドルは真美と貴音しか残っていなかった。



レアな組み合わせだ。



「ねー、お姫ちんもやってみる?」



自分がやプレイすることに飽きたのか、亜美が携帯ゲーム機を貴音に差し出していた。

「いえ、わたくしは…」



たじろぐ貴音に俺はふと思いついて聞いてみる。



「そういえば貴音はどんな本を読むんだ?」



「えっ…本?」



きょとんとする亜美に俺は数日前のことを説明した。

「亜美も気になるなー、漫画? は読まなさそうだし…」



「走れめろす…羅生門といったあたりでしょうか」



確かにイメージどおりだ。日本の古典文学?そういったあたりを好む感じがする。



「ねーお姫ちん、亜美聞いたことないよう。そういう本があるの?」



「ええ。中学二年生になったらわかると思います」

「中二? ゼッタイ?必ず?」



「はい。絶対わかります。何がどうなろうと」



「どうしてどうして?気になるなー」



貴音はそれ以上答えず、数日後に迫っている単独ライブの資料へと目を戻した。



もったいつけてミステリーっぽくしているがなんのことはない。



走れメロスは中学二年の国語で習うのだ。亜美、お前も気付けよ。



羅生門はたしか…高校二年だったか…

「お姫ちん、本以外なら何してるの?」



「えぇ? そうですねぇ…」



言い淀む貴音。俺もキーボードを叩く手を止め答えを待つ。



「亜美ちゃん、貴音ちゃん今忙しそうだから今度にしたほうがいいんじゃないかな?」



音無さんが言った。



「そうだったの? ごめんねお姫ちん」



「いえいえ」



そう言った貴音が、肩の荷がおりた表情をしたのは気のせいか。

どこか様子がおかしい。本屋でのこと、事務所でのこと、



それらがあったせいか俺は気が付くと貴音を目で追っていた。



その中で気づいたことがある。



貴音はプライベートのことを話そうとしない。



その手の話題になると途端に俯きがちになるか、トップシークレットといってはぐらかす。

極力雑談には加わらないようにしている、ように見える。



事務所で貴音の声を聞くことは少なくなった。

 

それ以外の場合は必ずと言っていいほど、ライブの資料とにらみ合っていた。



あの貴音でも不安なのだろうか。



確かにこの単独ライブは事務所にとっては重要なイベントだ。

765プロとしての活動から一人一人が一本立ちするための一歩なのだ。



企画段階で、俺、律子、社長で誰を出すか話し合った結果



性格的にいきなりソロを任されても苦にしないであろう、貴音が選ばれたのだ。



だが俺は彼女にプレッシャーをかけすぎたかもしれない。

竜宮小町ができて律子に先を越されたことに焦り、アイドルを振り回していたあの時と状況が重なる。



まるで反省できていないな。今日、夕食にでも誘ってみるか。













「まあなんだ、好きなもん頼めよ」



「ごちそうになります」



二十郎は案外すいていた。夕方時はこんなもんなのか。



俺も適当に選び店員に注文を告げた。



料理が運ばれてくるまでの間、会話はなかった。

ライブの資料を読んでいるので話しかけるに話しかけられないのだ。



落ち着かない時間を数分過ごし、二人のラーメンが運ばれてきて食べ始めたとき、話を切り出した。



「どうだ、いけそうかライブ」



「ええ、なんとか」



「不安とかあるのか? 失敗しちゃったらどうしようとか」



「ないといえばそれは嘘になるでしょう。 どんな仕事にも不安はあります。不安があるからこそうまく演じたいと思うのです」



「なるほど」

くそ、何度もシュミレーションしたはずなのに、それとなくうまい言葉がかけられない。



がんばれよ、というのは時として無責任な言葉になりうる。



おまえならできる、も根拠のない励ましだと取られかねない。



ふと社長の言った言葉が脳内に浮かんだ。



君のかける言葉にアイドルたちの未来がかかっている。



「まあ失敗しても次があるんだ。 気楽にやればいい。できなかったからって誰も怒ったりしないさ」



不器用な俺は当たり障りのない言葉しか言えない。

「ありがとうございます」



ラーメンから立ち上る湯気で貴音の表情はよく見えなかった。



貴音は一足早く帰宅し、俺は店内のテレビをぼんやりと見ていた。



何やら実況が騒いでいるが野球には全く興味がないので入っていけない。



明日のスケジュールを確認するためスマホをいじっていると、青色の冊子が目に入った。

ライブの資料じゃないか。あいつ忘れていったのか。どうする…



出て行って一時間はたっている。取りに戻ってくるのを待つか?



いや俺が届けたほうが時間的には早いだろう。会計をすませ店を出ると



スマホで貴音の家の住所を呼び出した。

近くまできてから本人に連絡をしていないことを思い出す。家をでていなければいいが。



『もしもし?』



「おお貴音か?」



『あなた様、私今から出かけなければ』



「忘れモンだろ? 俺が持ってるんだよ」



『そうだったんですか。では取りに行きますので店主に渡しておいてください』



「すまん、もうお前の家近くまできてるんだ。今から行っていいよな?」



そう言うとしばらく無言が続いた。最近、貴音と話すとよくこんな状態になる。

おい、貴音?」



『申し訳ございません。明日事務所に持ってきてくれませんか?』



「いいのか? ライブ近いのに」



「はい。大したものではないので大丈夫です。近くまできているのにほんとにすみません」



「いや、いいさ別に」



大したものじゃないのにあんなに見入るのか。



そんな疑問は投げずに、わかった、とだけ言って電話を切った。



ふと、貴音の家に入ったことのあるアイドルはいるのだろうか、と思った。

次の日、デスクワークをこなしているとあっという間に昼飯時となり、



律子や音無さん、一部のアイドル達は昼食へと出かけて行った。



「プロデューサー」



カロリーメイトをかじっていると、響が俺の袖を引っ張ってきた。



「それだけじゃ持たないぞ。はい」



「サーターアンダギーか。ありがとな。しかしこれおやつじゃないのか?」



「うがー 栄養はカロリーメイトに負けないさー」



「そうなのか」

ふいに響の表情が暗くなった。どうやらこれからが本題らしい。



「どうした?」



「貴音のことなんだ」そう聞いて体が反射的に身構える。



「貴音がどうかしたのか?」



響の言ったことは俺が見てきたことと大体一致していた。



雑談に加わってこないこと。話しかけても上の空。仕事以外の話しかしてこないこと。

自分のこと避けてるっていうかさ。 なんかしたのかな…」



俯く響に俺は慌てて声をかけた。



「まあライブが近いせいでピリピリしてるんだろ」



「でも…」



「いいから。そっとしといてやれ」



「む…そうか…わかったぞ」



ほんとにそうだといいがな…と響が去ったあとに呟いた。

「では行ってまいります」



胸にわだかりを抱いたままライブの日がやってきた。



「夕方には帰ってくるからな」



「頑張ってくださいね」



「いってらっしゃいなの」



「貴音、なんくるないさー!自分サーターアンダギーつくって待ってるぞ」



「ありがとうございます。響、美希」



律子と響と美希、それぞれの励ましの言葉をもらい、貴音は口元を緩めた。



響は昨日とはまるで別人のように陽気な表情だ。

もうすぐライブが終わる、ということでホッとしているのだろう。



「貴音、あんなに一人で頑張ってたもんな。きっとうまくいくさ」



「そうなると良いですね」



俺と貴音は車に乗り込んだ。









「やあ765さん来たね」



「今日はよろしくお願いします」



それを合図に俺は名刺を手渡した。



「四条さんは噂通り礼儀正しい人だね」



主催責任者の男が大きな腹をゆすって笑った。愛想の良い人で良かった。



相手がこういう人だと俺としてもやりやすい。

男は控え室へと案内すると、しっかりね、と俺に一言掛け去っていった。



「控え室に一人でいるのは初めて故、真、新鮮です」



「そうなのか」



単独ライブの何が大変かというと



複数人参加なら出番がくるまで雑談をして緊張をほぐしたり、



互いに励まし合ったりすることができる。単独はそれができない。

ステージ上では演技から喋りまで一人でこなさなければならないのだ。



もちろん司会者はいるが、全てを任せられるわけではない。



あの朝戸レイでさえもこれはなかなか慣れない、とインタビューで答えていた覚えがある。



「ではあなた様、着替えるので退室を」



「ははーっ」

「ほんとに困るんだよっ。しっかりしてくれないとっ」



「すいません」



「すいませんじゃないよ。すみませんなんだよ」



頭上からライブ主催者の男の怒声が響く。



数時間前までにこやかに会話をしていたのが幻想のように感じられた。



ライブは失敗だった。緊張からか、貴音はミスが多く



スタッフがフォローする場面が何度もあった。



事務所としては少しずつ一本立ちしてほしいという思いがある。が、やはり早すぎたのか…

「君もだよ君もっ。何ぼーっとしてんの? 何かいうことあるんじゃないのっ」



今度は矛先を貴音へと向けた。やめろこの野郎。貴音のせいじゃねえ。



「待ってください。彼女は全然悪くありません。僕の責任です」



「いえ、そんなことはありません。この度はどうも申し訳ございませんでした」



貴音は深々と頭を下げた、が、口調が男の逆鱗に触れたらしい

なんなんだよその言い方。前から思ってたけど君のその喋り方腹立つんだよ。

お高く止まってる感じでさっ!君あれでしょ?友達とかいないでしょ?」



貴音が顔をこわばらせた。さっき言ったことと全く違うじゃないか。



「…そんなことは…」



「ちょっと!そんなことは関係ないじゃないですか!」



「うるさいよ! 765さんさ、ちょっと売れたからって調子のんないでよ」



男はため息を付くと



「もういいよ」



吐き捨てるように言って俺たちを追い払った。

運転しながら俺はつとめて冷静に事を振り返る。



あの男は主催責任者の一人だ。



集客を見込んで企画を採用したのだから、怒るのは筋違いだと思うのだが人間理屈では動かない。



特に利害が絡めば感情が高ぶるものだ。



それは理解できる。が、アイドルの人格否定までするべきではない。



気づくと俺はハンドルを思いっきり握り唇を噛み締めていた。

ミラー越しに見える貴音は俯いていて表情はよく見えない。



俺のかける言葉にこいつの未来がかかっている。



「貴音、あの人もそれだけ期待していたってことだよ。次だ次。な?」



無言。



「……さっき言われたことは気にするな。ついカッとなっただけだって」



言葉は返ってこない。これは言えば言うほど泥沼にハマっていくだけだろう。



貴音は直帰させ、事務所には俺だけで戻った。



ほかの皆には貴音はすごく疲れたようだから帰したと説明したら納得してくれた。



とりあえず明日を待とう。



その日の夜、体調不良なので明日は休む、と貴音から連絡があった。

「昨日そんなことが…」



「ひどい人ですねー」



律子と音無さんに話をすると、ふたり揃って憤慨した。



「でも変ですね。貴音ちゃん、そんなこと言われて気にするような子じゃないと思うんですが」



そうなのだ。これが雪歩か、やよいならともかく



貴音はファンの心無いヤジにも、ネット掲示板の辛辣な書き込みにも動じなかった。

「今日、貴音の家に行ってみます」



幸い、というべきか、今日の貴音は仕事がない。



それは本人も知っていたはずだが、頭が回らないほど疲れていたと考えるべきか。



「大丈夫ですか?  私も行ったほうがいいですか?」



「ありがとう。でもいいさ。」



律子の申し出を断り、俺はどう話をするかを考えた。

インターホンを押すとすぐにドアを開けてくれた。



「どうぞ」



「ああ、お邪魔します」



割合普通の部屋だった。1LDKとイメージからは程遠い広さ。



テレビが一台と、多くのダンボール箱が所狭しと置いてある。



貴音は普段どんな番組を見ているのだろうか。俺はある違和感を感じ、すぐそれに気がついた。

服だ。服がないのだ。おそらくあの押入れに置いてあるのだろう。



ダンボール箱は服を入れるには小さすぎる。



テーブルの上に見舞いのゴージャスセレブプリンを置くと



それを合図になったように貴音が口を開いた。

「飲み物をとってきます」



「ああ、いいって。具合悪いんだろ? お構いなく」



「そのようなわけにはいきません。客人に何も出さないというのは」



「わかったわかった。俺がやるよ。おまえは座ってな」



麦茶をいれてテーブルに運んだあと、再び沈黙が訪れた。

「それで貴音…」



「今日体調を崩したのは昨日のこととは関係ありません」



そのセリフには作為を感じた。あらかじめ決めておいた言葉を発したようなトーン。



俺がそう思ったのは貴音の表情を見たからだ。



いつものような微笑みがない。何かにおびえているような、そんな表情をしている。

「なあ貴音、何か悩んでいるんじゃないのか? なんでも」



「言ったってわかりません。 おそらく誰も共感してくれないでしょう」



冷たい声音が聞こえ、俺は何も言い返せなかった。





「で、僕に泣きついてきたのかい」



「泣きつくなんて…そんな風にいうのはよせよ手塚」



「あいにくぼくは外科医であって精神科医じゃないだけどねぇ」



皮肉っぽく言いながら、インスタントコーヒーを俺の前に置いた。



「医者としてじゃなくておまえ個人としてでいいんだ。なあ頼むよ手塚」

「僕より黒男のほうが有意義なアドバイスができるんじゃないかい」



俺が黙っていると手塚は否定と受け取ったらしい。



「そうだ。知り合いにいい精神科医がいる。変わった奴だが腕は保証する。伊良部っていうんだが」



「待て待て。なぁ話だけども聞いてくれよ」



手塚は肩をすくめた。



「今度メシでも奢れよ」



俺の話に手塚は黙って相槌を打ち、聞いてから淀みなく自分の考えを述べた。



それを聞いた俺は心の中でガッツポーズを決めた。





俺と本屋で会った時の貴音。響から聞いた最近の貴音。



男のセリフとは関連がないと言うが本当か。否。



思い出してみれば見舞いに行くと電話を入れたときもおかしかった。



『え、ええ? お見舞いですか?』



『ああ。ちょうど近くまできたからな』



そういったのはもちろん嘘だ。あいつに余計な気を遣わせないために。



『そ、そうなんですか? 近くというと…事務所からは遠く離れてるのですか』



不可解な疑問に俺は首を傾げた。



『…まあ…お前んちの近くまできてるんだからそうなるな…』



『…分かりました…お待ちしております』



近くまできたと伝えた途端、貴音は取り乱した。



最後の言葉は全てを諦めたかのような抑揚だった。

問題は俺の考えをどう伝えるか。それをいつやるかだ。



いつやるか、の点では数日たってからでいいだろう。貴音だって落ち着きたいだろうし。







「たかねー、大丈夫だったのかー心配したさー」



「ありがとうございます響。もう心配いりません」



アイドル達が貴音を囲んで雑談している。心なしかまだ表情が固く見える。



ライブ会場であったことは彼女たちには伝えていない。



「貴音が体調崩すほど単独ライブって大変なんだねー、美希自信ないの」



「私がまだ未熟者だったということです。いい薬になりました」



あんまり詮索するなよ、と俺はアイドルたちに念じていた。

俺がする話は、精神状態が乱れていてはまともに聞けないだろう。



本心を言い当てられるのは気分の良いものではないからだ。



事務所で貴音が一人になるところを見計らい、数日後に話があると伝えた。



特にいやがる素振りはみせず、口元を緩めて頷いた。

おまたせしました」



夜、仕事を終えた貴音が二十郎にやってきた。



注文をし、貴音の料理が運ばれてくると俺は話を切り出す。

 

「まあ、復帰おめでとう」



言ってから水を一口飲んだ。



「ありがとうございます」



俺はそう聞いて頷いきラーメンを啜った。周りを見渡してみる。客はまだまだ少ない。

「あなた様?」



貴音の呼びかけに視線を前へ戻す。



「貴音」



「はい」



「これから話すこと、間違ってたら悪い」



「え、ええ」



言葉を選んで喋っているためどうしてもたどたどしくなる。

「どうして自分を隠そうとするんだ?」



「…あなた様、一体どういう…」



「不安…なんだろ…ほんとの自分を知られたらみんなが離れていくんじゃないかって」



貴音が大きく目を見開く。体が一瞬びくりとなるが俺は続けた。

「友人をなくすんじゃないかって…」



貴音は何かを考えこんでいる。俺は言葉を待つ。



数十秒くらい間があった。



「さすがです…あなた様は…見抜かれていましたか」



反応は予想以上に素直だった。



「まあ…俺も一応プロデューサーだからな」



「そうでしたね。 ちなみどうしてわかったのか教えていただけますか?」

「ああ、そうだな」



なんのことはない。ある仮説に基づけば出来事にも説明がつくのだ。



仮説、それは貴音の葛藤だ。こいつのキャラ路線は特殊だ。



秘密を持っている。浮世離れしている。まるで異国のお姫様のよう。



マスメディアからはそう評されることが多い。



それが徐々に負担になっていったのだ。

メディアの言うとおりに振舞おうと意識すればするほどキャラの迷宮に迷いこむパラドックス。



仲間内でも本当の自分を出せば自信の持つ神秘性が失われてしまうのではないか。



そんな恐れがあった。



それが、極力雑談にも加わらず、私生活についてははぐらかす、という形で現れた。

「あの言葉をかけられた時は、自分の価値が分からなくなりました」



貴音はゆっくりと頷く。



俺もあれは鮮明に思い出すことができる。



『その喋り方はお高く止まっているようで腹が立つ。友達いないんだろ』



その言葉で一気に表面化したのだ



神秘性を保つためにあえて仲間との接触を減らしているのに、それを否定されたのだから。

自分のことをありのまま話せば親しみやすくなるが、持っていた神秘性は失われる。



そのジレンマで貴音は苦しんでいたのだ。



「なぁ貴音、割り切ってみたらどうだ」



「割り切る…ですか…」



「おまえはプライベートまでも仕事と同じように振舞おうとしてる」



「それでは嘘をつく、ということになってしまいます」

「アイドルってのは偶像なんだ。 ファンを楽しませるための虚像だ。だからプライベートと違っててもいいんだよ」



「しかし、皆がなんというか……」



貴音の表情が雲る。背中を押してやるのが今の俺の仕事だ。



「みんな受け入れるに決まってるだろう。 意外な一面が見れたって言ってみんな喜ぶぞ」



「そ、そうでしょうか」



すこし興奮気味になってきた貴音に向かって、俺は深く頷いた。

「なぁ貴音」



二十郎からの帰り道俺は聞いた。



「なんでしょう?」



「部屋にある箱に入っている本は何だ?」



「なっ! 中身を見たのですか?」



当たったようだ。本屋での様子からもしやと思ったのだ。



ダンボール箱の中は大量の本。たぶんライトノベル。

俺がそういうと貴音は顔を赤らめ頷いた。



この様子だと押入れの中の服もコスプレだったりしてな。



あまりいじるのもなんなのでそれは聞かないでおこう。











「えぇ? 貴音もラノベ好きなのか?」



翌日の事務所内。響が驚きの声をあげる。ほかのアイドル達も一斉に二人に視線を移した。



「そうなんですよ。 そこで相談なんですが、響のおすすめを教えて欲しいのです。 最近はどうも外ればかりで」



「お安い御用だぞっ!」



響の笑顔に釣られたかのようにほかのアイドルたちも集まってきた。



たちまち輪ができあがる。

「プロデューサー、一体何をしたんですか?」



律子が悪戯っぽく笑いかけてきた。



「すこし言葉をかけただけだよ」



今回進んだ未来は果たして吉か凶か。それは今の時点ではは分からない。

だが貴音が共感、という感情を覚えたのは確かだ。



そうさ。俺たちの前では謎や神秘性なんてなくたっても大丈夫なんだよ貴音。



俺も笑みが溢れる。もう一度貴音を見ると目があった。



一瞬キョトンとしたがすぐに、ニコリと、太陽ように、微笑んだ。

お わ り



23:30│四条貴音 
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