2013年12月09日

比奈「アタシのしたいこと」

「今日もいいLIVEでしたね!」
 そんな台詞と鼻歌混じりで楽屋に戻ってきたのは上条春菜。新しい眼鏡もばっちりでした、と続くのにはもはや誰も突っ込まない。
「はあ……」
 一方、その後ろからはどこか浮かない表情の荒木比奈。陽の当たる場所は苦手、そう常々口にしている彼女だが、いつにも増して憂いの色が強い。
「もう、どうしたんですか比奈ちゃん。あんなにみんな喜んでくれてたのに」


「それはまあ、そうなんスけどね……」
「じゃあなんなんですか? ……あ! そうか!」
 なんでもお見通し、とばかりに無駄に眼鏡のレンズをきらりと光らせ、春菜が言う。
「やっぱり眼鏡かけてないから」
「いやいやいやいや、それは違うんじゃないッスかね」
 らしいといえばどこまでもらしいその発言に、比奈の表情にも苦笑気味ではあるが笑みが乗る。
「じょ・う・だ・んです。いくら私だって眼鏡がすべてだなんてそんなに思ってません!」
 九割くらいです、と拳を握りしめる姿は、本人がどう思っているかはさておき、端から見ると少し……ではないレベルでいろいろとエキセントリックである。
 が、触らぬ神になんとやら、というのは比奈としてもすでに重々承知、そうッスね、と軽く相槌を打って流しておく比奈。けれど、そこにはもう一つ大きな溜息が追加される。
「ほらまた! 溜息ついてると幸せが逃げちゃうんですから!」
「幸せ、かあ……」

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「むー、今日は重症ですね……悩みごとでもあるんですか?」
 そんな言葉にも煮え切らない様子の比奈。その姿に、春菜の方も表情を改めて尋ねる。
「私には話しにくいことですか?」
「……かもしれないッス」
「――そうですか。わかりました、じゃあ私からはこれ以上聞きません」
 代わりに頼りになる先輩に相談に乗ってもらいます、そう言うと、携帯を片手に春菜はぱたぱたと小走りで楽屋を出て行く。
「うー、ダメッスね……」
 つい今し方言われたばかりにもかかわらず、再び溜息をついている自分に、ぐったりする比奈。
「ここにいていいのか、なんて」
 多少強引だったとはいえ、納得して選んだ居場所だったはずなのに、気がつけばその眩しさに俯いてしまっている――悪いのは自分で、他の誰でもありはしないのに。
 応援してくれる人たちがいて、同じ時間を過ごす仲間もいる。そこまで分かっていてふっきれないのには、我ながら情けないとさえ思える。
 そんな思考の堂々巡りに囚われ、さらに溜息の追加オーダーをしかけたところで、春菜が飛び込むようにして楽屋に戻ってくる。
「これでもう大丈夫です! 頼りになる大先輩にお願いしてきましたから!」
 ちゃんと相談して解決してきて下さいね!、と日時が記されたメモを手渡し、それがくしゃくしゃになりそうな勢いでぎゅっと比奈の手を握りしめた春菜は、
「私は比奈ちゃんのこと大好きだし、応援してますから! 元気がないと寂しいです」
いつになく真剣な表情でそう言った。
「春菜ちゃん」
 ありがとう、そう言いかける比奈を押し止め、やおら懐から何かを取り出す春菜。
「お礼はこれをかけてもらえるだけで十分です」
 言うまでもなく、眼鏡である。
「……あのね、だからアタシは」
「新作です! 今度もお揃いです! これで大人気間違いなしですよ!」
 どうぞどうぞ、と差し出されるそれを結局断れずに受け取りつつ、この娘もこれがなければなあ、とちょっぴり遠い目をする比奈であった。




「……それで、眼鏡の話でしたっけ?」
「あ、いや、それは話の枕みたいなもので」
 ――そして約束の当日。
 比奈の向かいに座っているのは、春菜がアポを取ってくれたその人――秋月律子である。今日もびしっと決まったスーツ姿に、なんとなく気後れしてしまう比奈。それでも、自分の胸にあるもやもやをどうにか言葉にし、そしてずっと抱えてきた悩みを恐る恐る口にする。

「――アイドル、向いてないんじゃないッスかね」

 何を今更と叱られるかもしれない――この年下の先輩は、それはそれは厳しいのだ――その思いから、ああいやそれで元々日陰者だし裏方とかいいんじゃないかなとか考えたんスけどね、としどろもどろになる比奈。
 そんな彼女の言葉が途切れるまで、黙ってそれを聞いていた律子は、そうですか、と小さく呟いてからきっぱりと告げた。

「辞めたいのなら辞めればいいんじゃないですか?」

「……え?」
 予想していなかった言葉に、突き刺されたような衝撃を受ける比奈。けれど、彼女に口を挟む隙を与えず、律子は続ける。
「別に義務ではないですし、二度と辞められない、なんてひどい契約はしていないはずです。まあ、事務所のみんなには引き留められると思いますけど、本当に辞めたいならそれも関係ないですよね?」
「う……」
「まったく、プロデューサーも困った人です。みんながみんなアイドルになりたいわけでもないのに、ところかまわず目についた相手を引っ張ってきて」
「そんな、プロデューサーは悪くないッスよ。アタシが……」
「そうですか? 望んでもいない人を連れてきたのなら、やっぱりあの人が悪いと思いますけど。でも、それですぐ裏方というのも、」
「だけど、ここに来たのはアタシが決めたことなんスよ!」
 らしくもなく声を荒げ、思わず立ち上がりかけた自分に、比奈は気づく。
 何故律子の言葉に反発心を覚えてしまうのか、その理由。
「……あ」
 でしょう、と律子が苦笑をもらす。
「そこで言いたいことがあるなら、まだ何も諦めてないってことです」
 それに、プロデューサーの直感は変なところで冴えてますし、と独り言のように呟いてから、律子は続ける。
「やりたいことを、やるだけやってみればいいんです。その気があればなんだって糧に出来ます。私は今ここに立っていますけど、ステージにいたこと、事務所のみんなと同じ時間を共有出来たことは、少しも後悔してませんから」
 それに、とそこで一拍間を置いて、瞳に剣呑な光を宿らせる。
「私は伊達や酔狂でプロデューサーを目指してるわけじゃありません。これが私のやりたいことだし、目指す場所。自信を持ってそう言えます」
「やりたい、こと」
「ゆっくり考えて……って言いたいんですけどね、ずっと走り続けていかなくちゃいけないのが私たちなので」
 陽の当たる場所。
 それは追い求めなければ辿り着けない場所。
「そうやってちゃんと考えてみて、それでも裏方を望むなら、そのときまたお話しましょうか」
 安心して下さい、こっちだって十分すぎるくらい大変で、そして同じくらい楽しいですから――そう微笑む彼女は、確かな自信に裏打ちされているように比奈には見えた。
 ――同時に、それはまだ自分にはないものだ、と。

「あの!」

「いつか……いつか、自分が自信を持って、胸を張ってあの場所に立てる日が来たら」
 いつか、なんて言葉はまた怒られるかもしれない。けれど、比奈にとってそれはやはり『いつか』だ。
 少なくとも、今はまだ。
「アタシと一緒に歌ってほしいッス!」
「……私は」
 わずかな沈黙の後、その続きを口にしかけ、けれど律子は首を小さく横に振る。
 自分の行く道は自分で決めた、それでも、あの場所に背を向けたわけでも、そこに立つ自分が嫌いになったわけでもない。その道は別々だとしても、きっとどこまでも並んで続いている。
 だから。
「私がまだステージに立てる間に、お願いしますね」
 冗談めかした口調で、そう告げた。
 誰かを輝かせたいのも、自分が輝きたいのも、きっとどちらも大切な願いに変わりはない。
「う……なんか信用されてない気がするッスよ……」
「そんなことありません。私だってその気になればまだまだ現役ですから?」
 楽しみにしておきます、その言葉に二人どちらからともなく笑みがこぼれ、やがて会話は取り留めのない内容に流れていく。



 小一時間後。
 喫茶店を出て、これ以上ないくらい素直な気持ちでお礼の言葉を口にする比奈に、
「私も本気のプロデューサー業志望者は大歓迎ですし?」
 くいっとわざとらしく眼鏡を押し上げながら言う律子。
「あはは……」
 苦笑いを返すしかないところに、冗談です、そう口にしながら、わりとその目が真剣だったことを、比奈は一生忘れまいと誓ったりなどする。
「それじゃあ、また」
 ひらひらと手を振り、颯爽と歩き出す律子。眩しく映るその背中から、それでも比奈は目を離さなかった。


「アタシのしたいこと、か」
 やがて、律子の姿が見えなくなったころ、知らず比奈はぽつりと呟いていた。
 けれどそれは、どこまでも前向きな響きでこぼれ落ちたもの。
 出来るかどうかは分からない、それでも、自分にはまだやっていないことが山ほどある。立ち止まるのはそれをすべて終えてからでも、決して遅くはない。
 うん、とひとつ頷き、事務所に向けて踏み出す足は自然と力強く、やがて駆け足になる。
 まだ見ぬ未来へ辿り着くために。

「プロデューサー! アタシ、やるッスよ!」

事務所に飛び込んだ比奈のその言葉は、紛れもなく彼女の本心だった――


おしまい、と。
モバマスキャラは距離感の取り方が難しいな……
そしてりっちゃんのコレジャナイは自分でもわかるものの、話のコンセプト上
どうしてもそうなってしまうので、ご容赦いただければと。

20:30│荒木比奈 
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