2014年10月28日

橘ありす「夏祭りの日」




八月十六日

天気 晴 気温 平均三十三度

名前 橘





私はテレビ局の控え室で、ゲームをしてました。その終盤、CPUから最後の攻撃を食らいました。



チャンスはある。最後のトリガーを確認して__蘇生のカード。だめだ、勝てない。蘇生をしても、次のターンの打点には足りません。



負け演出まで見るのが億劫だから、アプリの動作を止めました。次のアプリは探しません。気を紛らわすという行為の生産性の無さに、呆れていたからです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1414139443







「あの程度ならファンサービスになる。テレビ的に美味しいし、新人の些細なミスなんて愛嬌のうちだ」



Pさんは涼しい顔でそう言いました。ディレクターさんだってそうでした。でも。



「……あんなの、放映出来ませんよ。見込みないんです」



どんなに些細で、むしろ成功であると言われても、不十分な仕事を受け入れられませんでした。







「そのいじけ癖。いつになったら治るんだ……。放送倫理なんか、ありすの領分じゃない」



でも、ミスはミスです。そうPさんに言おうとしたけど、電話に邪魔されてしまいました。



「失礼。もし……CuPか?えっ、まだ見つかってない。わかった、捜索を__」



名前しか知らない人に呼ばれて、Pさんはテレビ局から行ってしまいました。





鬱屈をタブレットにぶつけて、その虚しさを嫌悪して辞めて。でも、結局また同じことをする。この繰り返しを、私はどれほどしたのだろうか。ついに次立ち上げるアプリを考え始めた時に、ドアノブが音をたてました。



「ありすちゃんっ、そろそろ帰ろっか」



「一人でいたいフィールも理解る。……けれど、キミはそこで立ち止まりたいかい?」



入ってきたのは、南条光さんと二宮飛鳥さん。私の事務所の先輩で、歳の離れた友人です。







「Pにね、回収を任されているんだ。……来てくれるね?」



二人に迷惑はかけられない。そう自分に発破をかけて、私も帰るために出発しました。外はもうすっかり夕暮れていて、コンクリートには打ち水の跡がありました。





:/



「アタシだったら、喜ぶ人多いと思うなぁ。結果オーライだっ」



ヒーロー番組の主人公みたいに、光さんが私の背中を叩きました。沈んだ顔をしていたからでしょうか、光さんなりに励ましてくれたんです。



「そう、ですか」



そう、なんだろうか。……場数の問題、だけなのかな。私はそれを素直に受け取れず、額に浮かんだ汗を拭いました。ああ、暑さが煩わしい。





夏生まれが夏好きになるとは限りません。誕生日は、まぁいいんですけど……光さんから貰った、苺をモチーフにした南京錠のアクセを手の中で転がしました。



でも、それだけなんです。頭にじりじりと響く蝉の鳴き声が神経をすり減らし、照りつける太陽が活力を消耗させる。挙句、川で涌いた虫が、積極的に襲ってくる。夏っていうのは、まさしく生き地獄そのものだと思います。



私にとって夏とは克服対象であり、メディアと教師が語る面白おかしいユートピアなんかじゃないんです。ああ、蝉がうるさい。大気の全てが暑くて、身体にまとわりつく湿気が重い。



もっと嫌なのは、夏を楽しまない人間を嘲笑う大人たちの視線です。夏が嫌いで、何が悪いんですか。人の勝手でしょう!?それを口にしても、大人は真面目に取り合わず、煙に巻いて去っていくんです。







「そのストイックさは好きだよ。……だけれど、それは君を殺す生真面目さにもなりうる」



生真面目さに。昔Pさんに似た事ようなを言われた事がありますが、未だに意味が良くわかっていません。



「気を張り過ぎるなってだけだよ。きちんと緊張を解く……その程度の話さ」



「解いたって、ミスは消えないんです」



「言うと思った。ありすは、ナーバスになり過ぎている」



やれやれ……と、飛鳥さんは肩をすくめてため息をつきました。





「……どうしても、本当にどうしても消したいなら、Pに相談する?」



光さんは不服そうに呟きました。



「腹黒いのかい?キミが圧力を推奨するなんてね」



「そうなっちゃうよね……でも」



光さんはポケットをまさぐって、茶色のアクセを取り出して操作しました。



「あった。それが権力って、な」



アクセから重々しい声で、『ヨモツヘグリ』というセリフが聞こえました。それを聞いて、光さんは本意じゃないみたいに狼狽えました。





「黄色に泉に……あれ?」



「漢字が伝来以前のものだから、仮名で表すと思うな」



「そんなに昔なんですか」



「黄泉の国の食べ物で、口にすると帰れなくなるんだって」



「不条理ですね」



「ン……縁が生まれてしまうってことさ。国生み神話の末路はもちろん、ギリシャにも類似のエピソードがあると聞くよ」



「そうですか。飛鳥さんって、神話に詳しいんですね」



「ボクの知ってる範囲のことしか、ボクは知らないさ」



飛鳥さんがゆっくりと髪とエクステをかきあげました。風が私の頬を撫で、光さんのマフラーを揺らしました。二人とも暑くないんでしょうか。





「凄いな、飛鳥は。 蘭子くらい詳しいんじゃないか? 」



「……はて? 何の事かな」



光さんに何かを言われたら、いきなりに飛鳥さんの顔色が変わりました。……また、私のよく知らない人の名前だ。事務所が大きすぎて、まだ顔を合わせられていない人がいるってことはわかってるつもりですけど。でも、知らない人の話を目の前でされては、愉快な気持ちにはなれませんでした。



「汗、大丈夫ですか? 季節より厚着してたら、熱中症になっちゃいます」



本当は二人とも心配なんだけど。八月の盛りに飛鳥さんみたいな黒の服は、私だったら着られません。





「フ……なすべき事をなす。それだけさ」



「よくわかんないです」



「お洒落には我慢が必要なんだって。暑さ寒さは彼岸までだし、もう一二三四息だぜっ」



「随分後ですね。……お彼岸、ですか」



お彼岸。ここではない向こう側。光さんの翻訳を聞いて、私はまたミスのことを思い出してしまいました。



(もし、お彼岸に行けたなら。そこにはミスを見る人はいないだろう)



虚無的で、無意味だって自分でもわかる想像です。それでも、私の顔から色を奪うには十分な思考でした。みっともなくて見苦しい失敗が、何度も何度も反芻されます。駄目ですね。二人にも、Pさんにも、気にするなって言って貰った、のに……っ





/:



「……ありす。お祭りは好きかい?」



飛鳥さんが、コンクリート壁に貼られたチラシを指差しました。それにはネコの地縛霊の塗り絵が描かれていて、近くの神社でお盆祭りを開くことを告知してました。



開くのは今日の六時から。タブレットの時計は、七時を示してました。すっかり出来上がってる頃でしょう。



「気晴らしをしようって事ですか」



「イグザクトリィ」



飛鳥さんは指をぱちりと鳴らしました二人からのお誘いなら、断る理由もありません。正直、そんな気持ちにはなりきれなかったけど……ここで断って和を乱すこともよく無いし、善意を素直に受け取ることも感謝であるとPさんに言われてるから、参加させてもらうことにしました。



……全く行きたくなかった、訳でも無かったかもしれません。私は仕事の都合に塾があるから、大人のよく言う『楽しい夏祭り』を、そもそも経験したことが無いんです。





「でも、いいんですか?Pさんを待たせてしまいます」



「そのPにさ、出来るだけゆっくり来いって言われてるんだ。……ありすちゃんなら、わかるだろう? ……似てるかな、飛鳥?」



「結構、ね」



なるほど。最初から連れてくつもりだったんですね。



「その分ボク達が遊ぶ……という、事でもあるのさ。ほら、そこ」



本当にすぐ近くでした。神社の立派な石段の向こうから、明るく騒がしい音が聞こえて来ました。







三人で談笑をしながら、石段を登りきりました。左三つ巴と共に記された、大神社の名前に違わない立派な階段でした。



「中央通るのかい。ありすは勇敢だね」



飛鳥さんの口笛が耳に入りました。真ん中と勇気?関連性が見えません。



「真ん中は神様が通る道だからね。……まぁ、ほぼ形骸化してる文化とも聞くけど」



ご自身のエクステをふわ、と撫ではらいました。バチなんてそんな、非科学的な。



どうやら私たちは、お祭りの一番賑やかなタイミングに来てしまったみたいです。ソースと砂とお線香が混ざったような独特なにおいが、私の鼻腔を刺激しました。





:/

石畳を挟んで林立する出店。それをつなぐ様に、提灯が点いたり揺れたりしています。八月の空の中では星、あるいはかがり火の様に映りました。



一人一人行きたいお店が微妙に違ったので、半ば個人行動となりました。半ばというのは、盆踊り会場から境内までがほぼ一本道だから、度々顔を合わせることになるということです。



「惜しむらくは、浴衣で来れなかった事だね」



青のエクステを付けた飛鳥さんが、ピンクの風船ヨーヨーをつきながらこっちに来ました。



「二人とも、十分楽しんでるんだな! 」



緑の仮面に赤いマフラーの光さんが「ふははははは!」と言高笑いしながら私たちに迫ります。

飛鳥さん。わざとらしく「誰だ、誰なんだ! 」とか言わなくていいですから。



「光、歩く時は仮面を外そう」



「ごめんごめん! 」



はしゃぎすぎですよ……私より、二人の方が楽しんでるみたい。

そう言ってラムネを口にしました。ストレスを解くことを「遊べる時に遊べ」と解釈したから私はここにいるわけで、言ってくれた二人が定期的にいなくなるのは……何だか不条理です。





ちなみにラムネは、売店の男性から「最後の一本だよ」と譲ってもらったものです。彼にとっての最後は、いったいいくつあるんでしょうか。



だいたい、どうして子どもから百万円をせしめようとするんだろう?あんなのがまかり通れば日本の通過制度は崩壊してしまいます。通産省は即刻規制をするべきです。



……いいや、もう。ラムネ瓶を更に傾けました。ぐびり、ぐびりと、ペースをあげます。なだれ込んで来た炭酸が弾けて気道に侵入し、むせました。





「わ、笑わないで……おほっ!くだ、くださっ」



「笑ってないよ?ウェットティッシュ使うから、動かない!」



「痛さがあるうちは、まだ大丈夫さ。落ち着いて飲むといい」



「う、すみません……」



……二人の優しさが一番痛い、です。







体裁が保てるようになってから、「飛鳥さんって、お祭り好きなんですね」と質問しました。いつも大人らしい飛鳥さんがここまで遊んでるのが、本当に意外だからです。



「祭事はハレとケの、二つの世界がヴィヴィッドに交わるからね。人が寄り集まる事で生まれる非日常は、何物にも代え難い」



飛鳥さんの言ってる事が時々わからなくなります。服装とか、LIVEで歌ってる姿とかは、かっこいいっめ思うんですけど。



「騒がしいのが好きなんだって。連絡はどうだった? 」



光さんがまた翻訳してくれました。心の中と外でありがとうを伝えます。



「お祭りに参加する事を、一応Pさんとちひろさんに連絡して、了解を得ました」

……それと関係なく、お母さんにも連絡をしました。返事はまだ来てません。二人には関係無い話ですし、聞いたって困るだけだから話しませんでした。





「憂い無し、だね。……さて、ここに来たって事は、目的は同じだったのかな」



実際そうでした。お祭りに行かない私にとって、たこ焼きや型抜き、そして『射的』と言うのは、まさしく都市伝説同然の存在だったんです。それが現実にあるのなら、楽しい楽しくないを問わず、見に行きたくなりたくもなります



……大人がする夏のプロパガンダを否定したいっていう、小さな敵愾心があることは否定出来ませんけど。実際に『楽しい夏休み』とやらをやってみて、楽しくなんか無かった……と、言ってみたかったんです。





「……うん」



光さんは震えながら、射的の景品を指差しました。その景品には、『われらのヒロイン!忍者キャプたん大資料集ダッ!』と大書されていました。



ちなみにその隣には『爺のレンコンブッタギッタ』『おるふぁん抗体バロンずぅ』なる本が置かれてます。

……あれが目的?珍しい本なのでしょうけれど、これもまた、私には意外でした。





「あの伝説の特撮ぽっいアニメの資料が、現存してたなんて……アタシ、生まれてきてよかった」



撤回します。光さんがいつもの様に特撮のことを考えてて、安心しちゃいました。



「そこまでかい。随分年季を感じるイラストだけど」



「だから、いいんだ!」



二人の会話を聞いて、タンクトップの男性がカウンターから顔を現しました。このお店の店主さんだと思います。



「いらっしゃい!これ知ってるの?」



「うんっ!いくら?」





店主さんが嬉しそうに両手のひらを見せました。五が二つ、ってことでしょうか。でも、ガムテープで貼られた手書きのルール表には『五発で二百円』とあるので、それだと一致しません。



私の数学的不満をよそに、光さんはうっとりとてました。



「……ここに、二千円札がある」



ニヤリと笑って、珍しい紙幣を取り出しました。ガドリング砲を使うんじゃ無いんですよ?





「鉄砲は最後の武器だ! そう何発も撃つんじゃない……一発で仕留めるんだ」



一人の客に占有させるわけにはいきません。店主さんは格好つけつつ説明しました。多分、説明のはずです。



「景品は等級以下の玉数で落とさなければいけない。光のターゲットは一等だから、一発だけだよ」



ルール表は二枚あるみたいです。飛鳥さんの指差した先を見て、納得しました。一等の本類やエアガンが一発、大きなお菓子やぬいぐるみが二頭で二発、小さなお菓子が三等で三発以内……と言うことでしょう。





「う……わかったぜ、おやっさん! 」



初対面の人にその呼び方は……でも、店主さんは喜んでるみたい。飛鳥さんが「フ……特撮好きのシンパシィが、既に二人の間にあるんだよ」と説明してくれました。光さんにもう一度翻訳をお願いしたいのですが、もう臨戦態勢の様でした。



店主さんは光さんから二百円を受け取って、コルクを五個、皿に入れてこちらに寄越しました。それと、銃もです。それを両手で受け取りました。





「えへへ……これで千佳とあやめさんにもオススメできるぜ……」



取らぬ狸の。いえ、やめておきましょう。



「世界を己の色に染める。その栄光を、光は求めるか……悪くないね」



やっぱり飛鳥さんの言ってることって、よくわかんないです。



「あれは景品そのものじゃなくて、見本だから。さぁ、かっとばせー!





景品の本物……資料集を店主さんに見せられて、光さんの目の色が変わります。コルクを先ごめにして狙いすまし、グリップに指を一本ずつ絡めました。





「ありがと! ……セイハーッ! 」



引き金が絞られました。

気合が乾いた音になひ、景品の角に当たります。

その衝撃で姿勢を乱して、ぐらついて、傾いて……



「はいっ、残念賞のりんご飴」



そのまま静止しました。





光さんは地団駄を踏みました。



「騒がない騒がない」



それを見た飛鳥さんが、小さく笑いながら小銭を男性に渡しました。



「店主。次はボクがいいかな? 」



「かしこまりっ」



店主さんがカウンターから銃をとり始めたところで、飛鳥さんが制止させました。



「待って。一応、全部見ていいかい? 」



「おおー、銃を選ぶの」



店主さんは銃を十丁ほど取り出しました。



「助太刀は嬉しいけど……そこまで? 」



「いつだって本気さ。光のホシイモノとなれば……ね」



並べられた銃を、飛鳥さんはネコ科みたいな目で見比べました。バネが弱ってないか、フレームが捻れてないかを確かめてるみたいです。







「これにするね」



銃を手にとり、コルクをつまんで店主さんに見せました。何かへのOKサインが出たのを確認して、飛鳥さんは弾を逆向きに込めました。

背筋をぴんとはって構える姿は、まるで兵隊さんのようです。



「南無三……なんて、ね」



「753?」



でも、銃声はチープです。仕方ありません。所詮は空気銃ですから。

気の抜けた音がターゲットの下半分を捉え、落下へと近づけました。近づいただけです。





「はいっ、君もりんご飴」



「力及ばずか……」



りんご飴を受け取りながら、飛鳥さんはうなだれました。でも、あと一押しだ。私はそれを何となく理解しました。



「サンキュっ! さて、次は__」



光さんが最後まで言う前に、二百円を店主さんに渡しました。



「私もやります」



お祭りに連れてくれたお礼をしなきゃいけません。何より、あれが落ちる所を見てみたいとも思ったんです。コルクの入った銀皿が、私の前に置かれました。





「いいの?ありすちゃん……ありがとっ」



「銃はボクのを使うといい」



ありがとうございます。弾を込め、飛鳥さんを真似て構えをとりました。全くの真似をするのには身長が足りないのか、狙いがぶれてしまいました。



「すみません。弾道計算アプリをすぐ入れます」



「物騒だな!? 」



「クリムゾンスマッシュみたいな感じかっ!? 」



「何の話だい?……それに、必要無いさ」



飛鳥さんが手を重ねてきました。その温かさに安心したからか、射線の乱れが収まりました。





「狙いすました時に、『撃て! 』ってタイミングが来る。その時に……ねっ! 」



光さんの説明は、少し比喩が過ぎます。でも、なんとなくわかりました。LIVE中に、観客の声が自分の呼吸が重なると、より良いアピールが出来る……体感でしか感じとれない物だけど、きっとそれと同じなんです。多分。



飛鳥さんの手が離れた時、私は既に集中に入ってました。店主さんが手を叩きながら応援してくれてましたが、早口過ぎて、何を言ってるか理解出来ませんでした。





目標と銃と私の関係に注視した瞬間に、太鼓の音が、周りの喧騒が、遠くのものへとなっていきました。私の周りがひしゃげ、カウンターを挟んで離れてるはずの景品が、銃口にぴったりとくっついたような錯覚をおこします。



「……なーう……」



ふわりとした声が頭に響きました。飛鳥さんのでも、光さんのでも、店主さんのものでもありません。



「はぁっ」



呼吸を合わせて、発砲。





圧縮された空気でコルクが銃口を飛び出し、目標に噛みつきました。

血しぶきは発生しないけれど、獲物の悲鳴が聞こえました。もちろん、これも錯覚です。大袈裟ですね。だけど、景品はバランスを失して__



「一等! おめでとうーーっ! 」



役目を終えたコルクが、土にころりと転がりました。



店主さんのハンドベルと、野次馬の歓声が聞こえたのと同時に、光さんのベアハッグを食らいました。



暑いと助けを求めた飛鳥さんからは、静かな拍手を送ってくれました。……ここまでされて、やっと自分が成功したことに気付きました。



今思うと恥ずかしいけど。を二人と一人と沢山の人に、自分がわからないくらいの笑顔を見せられたことを……嬉しいとも、思っています。





:/

「ヒレを触らせないで……こう! 」



青い紙袋を小脇に抱えたまま、光さんはポイを水に侵入させました。書店の名前が記された紙袋の中には、光さんが求めてやまなかった景品が入ってます。

ポイに触れられた金魚は暴れる間も無く、水に浮かんだお椀へ放られました。



「お礼には足りないかもだけど……どうかな?」







お椀がこちらに流されました。



ぱくぱくと口を動かす愛らしい紅色は、確かに魅力的でした。でも。



「すみません。私の家って、動物だめなんです」



「あぁ……ごめん」



申し訳の無い気持ちになったとき、私たちの肩に、後ろから飛鳥さんの首が乗りました。エクステが鼻をくすぐりました。



「ン……じゃあ、ボクが貰っていいかな」



「いいけど、飛鳥はOKなのか?」



「肯定だよ。……それに、ボクだってお礼が欲しいからね」



飛鳥さんは小さく舌を出して、からかってました。光さんは嫌なそぶりも見せず、店主さんに金魚を包んで貰いました。ちょっと嬉しそう、かもです。





「ありすちゃんは、何か欲しいのとかあるか?」



金魚すくいから離れて十数歩で、光さんがりんご飴を差し出してくれました。残念賞だから、貰えてなかったものです。



「いえ、特には。……光さんは、食べなくていいんですか?」



さっきタブレットを見た時には、もう八時をまわっていました。ラムネや綿あめだけだと、流石にお腹が減ってくる時間です。



……焼きそばやフランクフルトを買うのはやめました。私が作ったほうが、絶対美味しいからです。その意地のせいで腹の虫と格闘してると言われれば、それまでだけど。



「ああー、ベルトきつく締めすぎちゃってて」



なるほど。……ちょっと意地悪したくなりました。





光さんは純粋に気遣ってくれたんだと思いますが、食べられない残りを押し付けようとした、という言い方だって事実は変わりません。



「じゃあ、あれ食べてみたいです」



私は飴細工の出店を指差しました。あればかりは家で再現出来ませんし、そもそも珍しいものだからです。



「せ、千円」



「いいんじゃないかな。探しても見つからないものの値段としては、格安だろう?」



「……よーっし!何の形にしてもらおっか?」



ご自身の頬を張ってから、光さんは二千円札を取り出しました。







「金魚はあるかな、マスター」



「あるよ」



飛鳥さんの質問に強面の店主さん__なんだか、マスターさんって呼ぶのが相応しいような__が答えて、自信気に白い飴の塊を取り出しました。柔らかいガムかお餅のようなそれを手早く捏ねて、球形にして棒に突き刺しました。



それとは別に塊を取り出して、同じように加工しました。ただ一つ違ったのは、手の中を動くほど、白が紅色へと変わっていくと言う点です。



「食紅をな、混ぜたんだ」





マスターさんは説明してくれました。そうなのは当たり前で、想像出来たことです。でも、眼前で飴が別の生き物に変わってくのが、堪らなく魅力的に感じられました。



紅色の飴をゴムのように伸ばしてから、白の飴玉に巻きつけました。それを握り、棒を回転させながら絞ることにより、陶芸のように飴が変化しました。さらにハサミを取り出して、大きな傷をつけました。ぱちんっ、と、ほんの少しだけ硬い音が響きます。



その傷を摘まみ広げ、扇状にしてから細かくハサミを入れることにより、ヒレが完成しました。更に尻の部分を両手の指で平らに押しつぶし、二つに分割しました。もちろんこれにも同じようにハサミが入って、今度は尾びれが仕立て上がりました。





白と紅色両方を伸ばしてグラデーションを産んだり、ピンセットで引っ張って生物的な曲線を加えたり。大袈裟だけど、この時ばかりは、いつもは否定してる神様の存在が信じました。



「はいよ。他に注文は。猫とかも出来るよ」



飛鳥さんが飴を受けとりました。飛鳥さんの千円札が支払われようとしたところで、二千円札が手渡されました。



「飛鳥も撃ってくれただろ? ここはアタシに奢らせてくれ! 」



「いいのかい? 落としたのはありすだろう」



「飛鳥が追い詰めないといけなかった。チームの勝利だ! ……すみません、同じの下さい! 」



光さんは私に目配せをして注文しました。言葉はありませんし、必要もありません。私はすっかり、飴細工の手際の良さに魅力されていました。





「毎度あり」



マスターさんはもう一度、金魚を作り始めました。混沌が調和へと移り変わる……自分でも言ってて変だな、まるで飛鳥さんみたいだと思ってしまうフレーズが浮かびます。そして二つの球を混ぜ合わせた時に、一瞬作業が止まりました。



「……あちゃあ」



何に対しての「あちゃあ」なのか。飛鳥さんにも光さんにも、つまり私にもわかりませんでした。マスターさんは飴塊を捨て、ハンドポンプらしきものを操作してから飴を取り出し直しました。



「どうかしたんですか? 」



「いや、空気を入れ忘れた。これが無いと色艶が悪くなる」



仕舞われた飴塊は、確かに少し暗い色だと思います。でも、私には絶対的な違いには見えません。



「ミスは……ミスだから。楽しそうに見るものだから、はっ、緊張してしまったよ。兄貴にどやされるなぁ」



マスターさんは苦笑しながら、でも手を止めずに飴を丸めました。





「お兄さん? が、いらっしゃるんですか」



「兄弟子さんってこと? 」



「ン……まだぺぇぺぇなんだ、俺」



意外でした。もっとこう、この道何十年って言うプロの人だと思ってたんです。



「偏見だろ。待たせてすまなかった……金魚一丁」



光さんが受け取って会計を済ませ、それを私にくれました。金魚飴を包んだプラの袋には、オレンジの字でお菓子屋さんの名前がプリントされてました。



「ありがとうございます。……その、かっこよかったです」



「え?どうも……次の、ああ、お客さん。ご注文は」



マスターさんはすぐに、次のお客さんの応対を始めました。今度は失敗してません。





受け取った金魚飴を見つめてると、何故か心が柔らかくなるような気がします。飛鳥さん、光さん、私は見世物じゃないから、そんな目で見ないでください。



……これ、食べてもいいのかな。光さんにでは無く、金魚に対して申し訳なく思ってしまいました。そんなセンチメンタルを作る一点で、この芸術は致命的な欠陥品だと思います。





:/

本堂へ向かう途中、大太鼓が境内の方で叩かれているのを聴き取りました。



「盆踊りか。荷物を増やし過ぎたかな」



ヨーヨーに金魚に駄菓子の飴玉、チョコバナナに焼きそばとたこ焼きを抱えた飛鳥さんが、金魚飴の細かいヒレの部分を舐めながら応じました。何だか……食べた方がいいとは思いますけど、複雑です。



「アタシが持ってようか? 」



光さんは意外なほどに身軽でした。仮面とりんご飴、あとは古書店の紙袋のみで、極めて軽装です。そんな彼女は、太鼓の拍に合わせて軽く足踏みをしていました。





「いや、ボクは歩き疲れたかな。花火までは体力をキープしたいし、荷物持ちはベンチでボクがするよ」



「ありがと……でも、勿体無いなぁ。踊らにゃ損、だのに」



「それは阿波踊りです」



「阿波踊りは盆踊りを起源としているという説もあるし、問題無いと思うよ」



飛鳥さんが、またエクステをなで払いました。そんなにベタつく物には見えないのに。



「呪術音楽を流す櫓を中心に、トランス状態で踊りながら旋回を繰り返す。そう言えば、同じだろう?ベントラベントラスペースピープル……」



「絶対違うよ!? 」



「勿論。けたたましい音で御霊を呼んで、彼らと遊ぶ事で向こうへ送り出してあげる。両者の同一さは、そこにあると言えるだろうね」



「……やっぱり、飛鳥さんって詳しいな」

自然と口にしました。



「どうしたんだい?唐突に、さ」



確かに唐突かもしれません。でも、本心でした。





「いえ、凄いって思うんです。タブレットの力を借りなくても、すらすら詳しいことを言えるんですから」



「ふふっ。ありがとうね。……先に失礼させてもらうよ」



飛鳥さんは、小さく笑ってから去っていってしまいました。



「あははっ。飛鳥ってああいうの得意じゃないからさ、いじめないであげてよ」



「虐める?」



「結構照れるから。飛鳥って」



光さんは去って行った飛鳥さんの方へ走って向かいました。二人にある十センチ以上の身長差が、そのまま歩幅に表れてるから、光さんは走らないといけないんです。





私は二人より先に、お参りに行くことにしました。夏祭りになかなか来られない人間にだって、神社はお参りをする所だと言うことくらいはわかります。



その本堂にある集会場で、涼みたいと言うのもあります。それが終わったら神社を出て、近くの河川敷で花火を見に行く予定です。合流地点は相談したので、あとは打ち上げの始まる八時半に合わせるだけ……人波を掻き分けるようにして、本堂へ直進しました。



「……音、大きいな」



少し離れても、まだ太鼓の音や笛の音が聞こえました。スピーカーからの、なんとか音頭もです。駅のアナウンスのような歌い方かつ、ノイズが多いせいで、何の誰の曲なのかが、まったく特定出来ませんでした。







おみくじを引いて、吉を下回ったら……何に縛りつけるんだっけ。出来るだけ夏祭りらしいことをしよう、出来るだけ楽しんでると思うように集中を始めたら、周りの喧騒が壊れたステレオのように一段ズレて行きました。



それは違和感ではありませんし、まっすぐ進むだけなら関係の無い話です。……でも、変なのかな。私は周りを見渡しました。



「……きんぎょー……?……っ……」



痛っ……くない。立ち止まったせいで、自分より小さい子に後ろからぶつってしまいました。







「申し訳ありません。怪我はありませんか?……あと、飴細工なら向こうですよ」



指をさそうとしたけど、飴細工のお店は矢倉に隠れてしまっていました。不覚です。



「大丈夫……だよー。ありすはー?」



親しい人で無ければ、出来るだけ呼んで欲しくない名前で呼ばれました。私はいつこの子に自己紹介をしたのか。いいえ、していません。不愉快ではなく、疑問をもって彼女を見つめました。



彼女のふうわりとした風の眠たげな瞳には、吸い込まれそうな魅力がありす。けれど、それとこれは話が別です。





「橘って呼んで下さい。えっと、あなたは」



「たちばなー、なーにー?」



……橘と呼べと言ったのは私です。けれど、年下だろう人に苗字で呼び捨てられるのは、なんとも言えないものがありました。



「橘さんでお願いします」



こういうところでムキになるから、私は子どもなんだと思います。でも、いつもはこの事実と向き合うと心がささくれ立ってしまうのですが、今日は不思議とそこまでには至りませんでした。



「……だでぃゃーなざん?」



異世界なのか、宇宙人の言葉なのか。私のことをを呼んでるのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。



「随分器用ですね。ところで、あなたの名前は」



「あなた、じゃない……よー。こずえ……だよー?」





「聞かれたってわかりませんよ……こずえさんですね。先ほどは失礼しました」



やっとこの子……こずえさんの名前を聞くことが出来ました。



それにしても不思議なのは、こずえさんが一人であると言うことです。小学三四年生ほど程度の子を、なかなか一人には出来ないと思うんです。……私だったらそうされたく無い、だけかもしれないけど。



「ご両親はどうしたんですか」



「……ママ?いないのぉー……」



こずえさんはふわぁ、とあくびをしました。一人で来たという意味が正しいのか。



「はぐれてしまったんですか?どこから来たんですか」



そんな意味なのか。自分がこんなにも過干渉で、お人好しになれるとは思いませんでした。……それって、光さんと飛鳥さんがしてくれたことでもあるんです。





「……こずえはねー……ここじゃないところからー……きたんだ……」



「それはそうでしょうけど」



「……ってぇー…」



知りませんよ。私はこずえさんが迷子だと確信しました。迷子センターが集会場に統合されてるので、連れて行きましょう。何だか心配ですから。



その旨を飛鳥さんと光さん、あとPさんにSNSで伝えました。



『迷子の子を保護しました。迷子センターへ連れて行きます。予定時間には間に合わせますから』



飛鳥さんと光さんからは、すぐにスタンプが帰って来ました。が、Pさんのは別の返事でした。







『了解した。人相を教えてくれるか? 出来れば写真が欲しい』



『変なことには使いませんよね?』



『本気でそう思ってるなら、今後の付き合いを考えさせてもらう』



『勿論冗談です。今こずえさんから許可をとります』



『言うと思った。ところで、こずえ?と、言ったのか。その子が?』



『はい』



一旦SNSを落としました。常時動かしてると、電池の消費が著しいからです。



「こずえさん。写真を撮っていいですか?」



「……わらうのー?」



随分乗り気と言うか、写真慣れしたような物言いです。私だって、まだカメラには慣れて無いのに……アマチュアに嫉妬するのはみっともないけど、そう思ってしまいました。







「笑わなくても大丈夫です。はいチーズ」



ぱしゃんっ、と、フラッシュが炊かれました。



「まぶしぃー……」



「すみません。あと、目をこすっちゃだめです」



彼女の手を抑えて、ハンカチで涙を拭いました。



SNSを立ち上げなおしてから、画像を送ります。きっと……これで大丈夫です。そのPさんからは、『センターでは俺の電話番号を伝えておいてくれ。係員さんと保護者には俺が挨拶しに行くから』と伝言されました。



このまま手を引いて向かおうとしたところ、すでにこずえさんは先に行ってしまっていました。



「たちばなー、来ないのー?」



手をぶんぶんと振って、自分の居場所を誇示してます。勝手に先に……だから、迷子になっちゃうんでしょうが。私は走ろうとして、転びそうになりました。



……あれ、私はいつ、こずえさんに「迷子センターへ行こう」って言ったんだっけ。







:/

こずえさんを連れて、なんとか集会場に辿り着きました。……連れてかれた、とも言います。迷子センターは既に人の出入りが激しくなっていて、眠ったまま回収される子までいました。



「えっと、名前はこずえちゃん。身長は……で、はい。保護者の方が見つかったら」



センターにいた迷子案内の女性が、丁寧にメモを取っていました。



「この電話番号にお願いします。名前はモバP……。本当にありがとうございました」



「いえいえ。こずえちゃんは、いくつ?」





「十一さい」



「十一ね」



「……だっけぇー……?」



十一歳だったんですか。この子の保護者ならこういう子だってわかってるだろうから、これでいいと思いした。



センターの係員さんに迷子アナウンスを出してもらって、これで一安心です。あとは少し涼んで、こずえさんの回収をしばらく待って、そして花火に向かうだけでした。



「たちばなー……おいでー……?」



前言撤回。こずえさんはクーラーの効いたセンターからわざわざ抜け出して、本堂の方へ向かおうとしてました。……正直、この子が黙って座ってるとは思ってなかったけど。私を何処かへ連れて行きたいのか、弄ばれてるような気がします。





センターに着いてすぐ、PさんからSNSで『センターで待機。可能ならこずえさんの監視』と言い渡されていたので、任務を果たす必要あります。



そうで無くても、お参りが初期目標だったのだから、ついでに果たす事ができるんです。一挙両得ですね。そんな事を考えながら、こずえさんに誘導されてると、すぐに本堂にたどり着きました。







年季の入った巨大な木造建築は、確かに神様のおはす所に相応しい荘厳さと神聖さを持ち合わせていました。水の湧き出てるブロックがあって、確かあそこで手を洗うんだっけ。どんな作法なんだろう。飛鳥さんがいないのが、少し残念でした。

……心配の必要はありませんでした。目の前のブロックに手順が全部書いてあったんです。



案外シンプルなルールに則って手早く済ませ、こずえさんが手を振って待ってる本堂に向かいました。今回ばかりは逃げないでくれていました。





「こずえさんは、小銭を持ってきてますか?」



私はお賽銭箱に五円玉を投入しました。縁が作れるから……なんだかどうしようもない駄洒落ですけど、そんなルールを守ってみたい気分でした。夏祭りらしきテンプレートに従って遊んでみたのは、無駄じゃなかったみたいです。



「あるよー……?」



こずえさんはポケットの中から、五十円玉を大量に取り出して、それを凄い勢いで賽銭箱に放りました。ジャラジャラとかき鳴らされる音からは、なんだか景気の良さすら感じます。



よく考えれぱ『縁』と『円』がかかってるだけなんだし、日本円なら何を入れたっていい筈なんです。……じゃあ、海外の通貨を入れたらどうなるんだろう?私は宗教者じゃ無いけど、日本の神様が海外の言葉を理解出来るのかが気になりました。戻ったら飛鳥さんに聞いてみましょう。





あとはマニュアルに従って、二礼二拍一礼をするだけでした。目の前に垂れ下がってる太い縄を引っ張ると、先についた鈴が頭に直接流れるようにガラガラと響きました。私がそれに昏倒しそうになってる中、こずえさんは涼しい顔で、まだお賽銭を入れてました。



二回礼をして、二回柏手を打って、そこでお祈りをしました。以前なら「非科学的」の一言で断じて省略したと思うけど、今ならお祈りとお祭りの意味が少し解る気がします。



多分、自分のノルマとゴールを約束するってことだと思います。





この日までに、何かをする。それが出来たことを憂なく祝う。これを何度も繰り返すことが辛い夏を、ひいては生活を豊かに捉えなおさせるんです。そんな約束を守る生活の積み重ねが、自分を成長させるんだと……信じられるようになりました。



音楽で生活をする。この夢は自分で叶えたいから、お祈りしません。とするなら、もっと俗っぽいと言うか、一般的なのがいいはずです。

……来年も、お祭りに皆で来たい。今度はちひろさんやPさん、時間があったらお父さんとお母さんも一緒に、です。



そこで今度もラムネを買って、輪投げをして、花火を見て……あと、焼きそばを食べてみましょう。絶対私が作った方が美味しいんですけど、特別な場所で食べるものには、それ相応の味があるはずです。きっと。



だって言うなら、次のお祭りの日まで、私と皆は健康じゃないといけません。些細なことでクヨクヨしないで、もっと強かになれたらいいな。

……と、するなら。無病息災。これが私のお祈りで、つまり明日からの目標だ。そう決めたとき、今日の事をお母さんに話そうって気になりました。





沢山失敗をして、でも、それを何とかしようと沢山頑張って。望むカタチじゃ無いけど……評価はされたんだって。いつ会えるかわからないけど、絶対に話したくなりました。もし会えないなら、いっそ職場に押し掛けてみようかな。いや、やめよう。それは迷惑をかけすぎちゃう。

自分のしたいこと、やりたいこと、やれること。これらが私の中で、どんどん膨らんでいくのを感じ取れていました。



「なーむー……」



こずえさんが、手を合わせてお祈りしていました。お葬式じゃありませんよ?……私はこのとき、すっかり陰鬱な気分とさよならが出来てました。本堂の向こうにいるだろう神様にお礼をしてから、二人でその場を立ち去りました。





:/

「ふわあぁぁぁぁぁ」



虫刺されに気をつけながら、私たちはセンターに戻りました。

それにしても、クーラーが効いているというだけで、本当に過ごしやすいものです。

こずえさんはその中で、更に扇風機を利用していました。



「こーずーえーはー……うちゅーじん……だよー……わわわわわー……」



何と無く納得してしまいそうになって、すぐに否定しました。それは流石に無いはずです。……妖精とかそう言うのなら納得してたかもですけど、とにかくそんなはずはありません。





「こずえさんは、何をお祈りしたんですか?」



「……おいのりってなぁにぃ?」



何で私を呼んだんですか!? そう言おうとしたところで、立派なお腹の音が聞こえました。私のじゃありません、こずえさんのです。



「……うしさんー?……鳴いたのぉー……?」



「あなたは昔のお侍さんですか」



「こずえが……ちゃんばらー?」



「斬らなくていいですから。これ、食べますか?」



私は貰った金魚飴を差し出しました。食べてるこずえさんが見たいと思ったのもありますし、私に後生大事にされ過ぎて、腐ってしまうよりはいいはずだからです。





「……いいのぉー……?」



「いいんです」



こずえさんは飴のビニールを外し、そのまま金魚を頭から噛み砕きました。ぼりんっ、と、硬質な音が響きました。



「痛く無いんですか!?」



「んーんー……かたい……のぉー……」



こずえさんは首を横に振りました。更に飴を細かく噛んで、舐めもせず飲み込むみたいです。





「当たり前ですっ。……ふふっ、あは、あっは、あはははっ」



金魚の頭が丸ごと無くなってしまった。それがショックで無いと言えば嘘になります。けれど、それより強く、愉快だと思いました。



眠たい目の子が、こんなにも豪快な食事をする……それがあまりにおかしくって、大きな声が出てしまいました。私は呼吸が変になって、涙で瞼が真っ赤になるまで笑いました。



「たちばなー……だいじょーぶー……?」



こずえさんは私の背中を、ぺちぺち叩きました。その手はほんの少しだけ、ひんやりしていました。





「あはっ、あは、けほっ、おぉ……だ、大丈夫です。それと、ありすでいいですよ」



お礼と言うわけではありません。だけど、こずえさんには名前で貰ってもいいやって、思えるようになりました。



「……おいしいよぉー……?」



こずえさんがにっこりと笑いました。ぴかぴかとした笑顔です。いきなり呼んでもらうのは、少し虫が良過ぎた……かな。



「ありがとうございます。……ふわぁ」



笑い疲れたのもあるけど、やはり夏が堪えたみたいです。タブレットのタイマーを設定して、仮眠を取ることにしました。





「おねむ……なのぉー……?」



「ええ、まぁ。……すみませんが、保護者の方が来たら教えてください」



「……ママ?」



「誰でも。ママさんなら、ママさんです」



こずえさんが、抱きついてきました。こずえさんの体温が体全体で低いのか、不思議と熱くありませんでした。



「何がしたいんですか?」



「ママはねぇー……こずえがおねむのとき……こうするのぉー……」



こずえさんは、膝枕の真似事のような姿勢をとりました。



「じゃあ、こずえさんが私のお母さん変わりをしてくれると?……ありがとうございます」



そう言うしか、無いんですけどね。



「えへへぇー……」



……それでこの表情が見れるなら、まぁ、いっか。





意識が少しずつ沈みこみました。祭の掛け声や足音が伸びて行って、いつしか聞き取れなくなり、ついに風景が暗転しまいした。





:/

「ありすちゃんっ。起きて、起きてーっ」



肩を揺らされて目を開けました。かぜあ景が光さんの顔で埋まってて、驚いたあまり頭をぶつけてしまいました。光さんは畳をゴロゴロと転がりながら、遠くへ飛んでってしまいました。



「いっ、つつつ……ごめん、ありすちゃん。怪我は無いか!?」



「あぃ、だ、大丈夫です。すみません、慌てちゃって……」



「顔を近づけすぎた、光に問題がある。出血は無いから……うん、脳震盪は?」



「ありませんよ。そんな大げさな」



「なら良かった。じゃあ、行こうか」



飛鳥さんはわざとオーバーな身振りをしてから、タブレットを指差しました。

「八時……はんっ!?」





花火には、すっかり遅い時間です。タイマー機能は使い切った所で止められてました。こずえさん、でしょうか。



それを読み終えたのと同じタイミングで、空の方から火薬が爆ぜる音が聞こえました。室内からは、窓が遠くて見えません。



「こずえちゃんの事、よくやった!年下をちゃんと守るのは、ヒーローの条件だぞ!」



「私はそんな仰々しいのじゃ……」

待ってください。今光さんは、こずえさんと言った?







花火には、すっかり遅い時間です。タイマー機能は使い切った所で止められてました。こずえさん、でしょうか。



それを読み終えたのと同じタイミングで、空の方から火薬が爆ぜる音が聞こえました。室内からは、窓が遠くて見えません。



「こずえちゃんの事、よくやった!年下をちゃんと守るのは、ヒーローの条件だぞ!」



「私はそんな仰々しいのじゃ……」

待ってください。今光さんは、こずえさんと言った?



「こずえさんをご存知で? ……そうだ、こずえさんは」



立ち上がりながら質問しました。私の隣にはいません。何処かへ、また逃げたんでしょうか。





「回収されたって、センターの人が言っていたよ?さ、肩を貸りて」



何で光さんが、知っているんだろう。私の脇に飛鳥さんの肩が差し込まれて、ゆっくりと身が起こさせました。エクステがまた鼻をくすぐります。

飛鳥さんはそのまま、センターの人に声をかけました。



「橘ありすの保護者の二宮飛鳥です。橘ありすを保護してくれてて、本当にありがとうございました。これから戻ります」



「あ、起きたのね?気を付けてねー」







センターの人は、笑って応対をしてくれました。どうやら私は、迷子案内に助けられてしまったみたいです。……ばつが悪い。



三人挨拶をしてから、センターの外へ出ました。暗い空の向こうでは、既に赤青黄色緑と鮮やかな花火が打ち上げられてました。



「 どうする、ここからでも見えるけれど」

「アタシは急きたいかなっ」



光さんは左手首をバイクのグリップに見たてて、右手を捻る動作をしました。



「……すみません。私も急ぎます!」



今度は転ばないように気をつけながら。でも、出せる限りをつくしました。三人で神社の外へ走り出しました。一本道の途中、飴細工のマスターさん、射的の店主さんが笑って手を振ってきたので、こちらからも振り返しました。





「こずえさんと、また来たいな」



何と無く、口からまた前に出ました。



「その頃には来れるかどうか……忙しい方が好きだろう?」



飛鳥さんのエクステが、勢いに乗って揺れ踊った。



「来れるようにスケジュール管理かぁ。いっそ、仕事で来てみるのもどうかなっ!」



光さんのマフラーが、風に吹かれ舞っていました。



「仕事で?町おこしですか……えっ」



「……こずえとは面識が無かったのかい?」



「もしかして初対面だった?ありすちゃんは、やっぱりヒーローだったんだね!」



二人は心底驚いてました。なんで面識がある前提なんでしょう。あと、私はそんな大袈裟なものじゃ無いですってば。







「勿体ぶらないで教えてください。泣き真似だって、やめてくださいよ」



「CuPさんの秘蔵っ子なんだって。ところで、秘蔵っ子ってなんて書くのかな?」



「光……君は宿題をやってるのかい?」



ああ、そういう。苦々しく笑う飛鳥さんと、頬をかいている光さんと一緒に、石段の端を駆け下りました。

急な運動で肺に負荷がかかって、呼吸が深くなっていきます。そして、ばくばくと心臓が暴れ出しました。

この拍動が決して過労だけのものじゃ無いってことを、私は確信していました。



私の知らない人はまだまだ沢山いて。仕事を続けていれば、その人たちといつか出会えるのかもしれない……もしかしたら来年には、こずえさんやそれ以外の人と一緒に、お祭りに来られるかもしれないんです。それってきっと、素敵なことですから。



そう思えるのが暑さのお陰だって言うなら、夏だって捨てたものじゃ無いかもしれません。第一ゴールの河川に、緑の花火が反射してました。<了>





17:30│橘ありす 
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