2015年02月20日

千秋「あら、アナタは…」未央「えっ?」

モバマス6話を見て書いてみた



注意

・アニメ最新話までのネタバレあり

・地の文多め



・ゆっくり投下します



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1424003251



いつからだっただろうか。



私たち『ニュージェネレーション』のライブが始まったのは。



私がステージに足を踏み込んだ時は。



私がステージを降りて、プロデューサーと話していた時は。









そして頭が真っ白になった私が会場を走り去った時は。

何も考えたくなくてただ全力で走り続けていたせいだろう、いつの間にか息が上がっていた。



ふと視線を横にやると、待ち合わせ用になのか休憩用なのだろうか、置いてあるベンチがぼんやりと目に入った。



走り続けた体が休息を求めて勝手に行動を停止させる。



一度疲労を意識してしまった体にもう一度走り始めるの体力は残っていなかった。ベンチに深く座り込んで思い切り空気を吸い込んでは吐き出す。



荒い息が整い始めると同時に周りの喧騒が私の耳に届きはじめる。



私服と言うには少し目立ちすぎる格好でショッピングモールを全力疾走をしていた私のことを話しているのだろうか。



そんなとりとめもないことを考えている時私の前方から声が聞こえた。

「ねえ」



決して大声というわけではないがとてもよく通る声だった。

とても美味しい水のような、クリスタルのガラスのような、どこか気品を感じさせる透き通った声の方向に私の目が動く。



今の私の頭の中とリンクしたのであろうか未だに焦点の合いきらない目では、その人が長い黒髪の女性であるということくらいしか分からなかった。



「アナタ、さっきまで特設スペースでライブやっていた子よね」



私の顔が向くのを確認すると彼女はそう言った。

未央「はい……そうですけど」



その『さっき』までの私なら「サインですか?照れちゃいますねー」なんて笑いながら浮かれられていたのだろうか。



そう思いながら『さっき』までとは正反対の自嘲気味の笑顔を浮かべて答える。



彼女はそんな私の笑顔などどうでもよいと言うかのような冷たく通った声で続けた。



「他のユニットの子はどうしたの?」

――知らないよ。そう吐き捨てるように言いそうになったが流石にそれは良心が咎めた。



未央「ちょっと飛び出してきちゃったから分かんないけど、二人ともまだステージの裏にいると思いますよ」アハハ



最後に漏れた笑いは誰に対する笑いだったのだろうか。



少なくとも彼女に向けた笑いではないのは確かだな、などと思いながら心にたまり続ける濁りを感じさせないように努めながら答えた。



「あら、じゃあなんであなたは飛び出してきたのかしら」



未央「……」



――やめて。そう言いたくなった。

未央「それは……」



でもいくらなんでも赤の他人に当たり散らしたら最低だ。必死に普段の自分を取り繕おうとする。



「まあなんにせよ……」



そんな私の努力を真っ二つに切るように彼女が口を開く。



「今のアナタの行動はアイドルとしてあまり褒められたものではないわ。早く戻った方がいいと思うの」



その言葉を聞いた時に私の頭の中が再び真っ白になって行くのを感じた。

――ダメだ。



未央「しょうがないじゃないですか!」



――止まらない。



未央「一回落ちたオーディションに欠員が出たから再挑戦して、それで受かっちゃって!」



――こんなことを言ってどうするんだ。



未央「そしたらいきなりミカ姉に、あの城ヶ崎美嘉に一緒にライブに出ないかって直接誘われて!」



――なんの意味もないのに。



未央「初めてのライブでガチガチに緊張してたけど本番ではうまくいっちゃって!」

――顔も名前も知らない初めて会った人に。



未央「その時の充実感とかものすごい音の歓声とかが本当に嬉しくて!」



――ああ、本当に何を言っているんだ私は。



未央「私凄いじゃんって!きっとこのままトップアイドルになるまでうまくいくんだなんて、そんなあり得ないこと思って舞い上がって!」



――もうなにもかも分からない。



未央「周りにも大口叩いて、偉そうなこと言っちゃって!」



――お願いだから、もう止まってよ、私の声。



未央「でも私は自分だけの力じゃこんな小さなステージですら埋められないただの普通の人なんだって当たり前の事も気がつかなくて!」

――まずいよ。



未央「それに気がついたのはステージに立った後だなんて、もう面白すぎるよ!どんな顔して戻ればいいかわかんないよ!」



――これ以上はダメだ。



未央「でも勘違いしちゃうのもしょうがないじゃん!今まで信じられないくらいうまくいってたんだもん!」



――本当にダメ。



未央「アイドルやったことない人に言われたくない……」



――この言葉だけは言いたくなかったのに口に出てしまう。



未央「……アイドルなんかなるんじゃなかった。もう辞めたいよ……」



――ああ。止められなかった。



未央「…………」



――私はいつからこんな嫌な奴になっていたんだろうか。

涙が出そうになる。



でも涙だけは流したくなかった。



私なんかが涙を流すと『ラブライカ』の二人がステージ裏で浮かべていた涙まで汚してしまう気がしたから。



気を抜くとまぶたからこぼれ落ちそうになるモノをどうにか堪えようとしている時だった。



「じゃあ、辞めればいいじゃない」



彼女のよく通る声は私の耳を貫通して脳の中まで直接響いてきた。

未央「……なんで」



未央「どうしてそこまで言われなきゃいけないんですか?今日初めて会った人に」



私の言葉を彼女は無視して続けた。



「まずは聞きなさい。この世界にはアイドルになりたくてもなれない人も少なくない。仮にアイドルになったとしても人気が出ないで引退なんてめずらしいことじゃないわ。世間に晒されているアイドルなんてごく一部よ」



未央「そんなこと誰だって知ってます」



「ええ、そうね。これくらいアイドルに興味がない人だって知ってると思う。」



そう言って彼女は次の言葉を紡ぐために少し息を吸った。その時にわずかに顔がこわばったのがぼやけた視界からでも分かった。

「つまり一握りのアイドルのさらに一握りが『アイドル』を名乗ることしか許されない。そんな世界に辞めたいなんて思っている子が入ってきても続かないわ。貴重な学生時代を費やすならもっと自分にあっているものにすべき、違うかしら?」



正論だ。今の私の体に直接塗りたくられたらさぞかし染みて痛みで叫んでしまうであろうほど正論だと思う。



なにも返す言葉がない事を察したのか彼女はまた口を開く。



「むしろアナタとまったく関係ない立場だからこそ言わせてもらうと、今のアナタはアイドルになるべきではないわ。むしろ早いうちに気がついてよかったと思うの。」



違う。確かに彼女には、そしてプロデューサーにはアイドルなんて辞めたいとそう言ってしまった。



だけどそれは違う。本当は、私は……

「そういえば、一つ間違ったことを言ってしまったわね。アナタとまったく関係がないというのは誤りだわ。だって私はアナタの先輩だものね」



まとまりきらない自分の気持ちをなんとか形にしようと考えていた時、私の耳に予想すらしていなかった言葉が耳に入り思わず聞き返してしまう。



未央「……先輩?」



「ええ、私も346プロダクションのアイドル部門に所属しているもの。」



そう言われ私は驚きを隠しきれなかった。

衣装の袖が汚れてしまうかもしれないかなどとは考えずに、ゴシゴシと湿った目から余計な水分を拭き取りクリアな視界で彼女を見た。



話しかけられてから今まではっきりとは見ていなかった彼女の顔は、とても綺麗だった。



丁寧に手入れされていることが一目見ただけでわかる長い黒髪、意志の強さがうかがえる大きな目にシャープな鼻筋。



そうだ、私はこの人を見たことがある。確か名前は……



未央「黒川……千秋さん?」



そう言うと彼女、黒川千秋は僅かに驚いたような表情を見せた。



千秋「あら、知っていたのかしら。」



未央「当然!あのオールドホイッスルに出演した二人目のアイドルを知らないなんてあり得ないですよ!」



武田蒼一がプロデュースしている最高の音楽番組とまで呼ばれている『オールドホイッスル』

黒川千秋は765プロダクションの如月千早に続く二人目のその番組への出演者なのだ。



『オールドホイッスル』出演時の素晴らしい歌声とそのルックスから爆発的に知名度を上げているアイドルであり、学校やシンデレラプロジェクトの仲間内でも話題に上がることがあった。



そんな今をときめくトップアイドルへの道を全力で走っている人にはきっと私のこの気持ちなど分からないのだろう。

普段ならばミーハーな気分もあいまって、物怖じせずに千秋さんに積極的に話しかけられたのかもしれない。



でも、今は無理だった。



むしろ千秋さんと自分との差が余計に心を沈めるだけで。

そしてステージを飛び出したままの私はこれからなにをすればいいのか分からない焦りで。



未央「……」



私はそのまま会話を打ち切り黙ることを選択するしかなかった。

千秋「……ねえ」



そんな気まずい無言が私たちを包むのかと思ったとき千秋さんがまた口を開いた。



千秋「さっきアナタ言ってたわよね」



なんだろう。



ふと思うとカッとなって随分と失礼なことを言っていたことに気がつく。



そのことをたしなめられるのだろうか。

千秋「ここの特設ステージのことを『こんな小さなステージ』って」



未央「言いましたけど……」



予想していたものとは大きく異なる言葉が投げかけられて戸惑ってしまう。



千秋「確かにそうね。ここはとても小さなステージよ。きっと如月千早さんや楓さんが立っているステージと比べると何倍も小さいと思う。」



千秋「それでも、今日アナタが立ったステージにはアナタの想像しているよりも何倍も多くの人が関わっているの。」

千秋「この場所を押さえてくれた人も、ステージをセッティングしてくれた人も、本番の演出をしてくれた人も、アナタたちのレッスンをしてくれた人も、そしてアナタたちを見るために足を止めてくれた人もいるの」



未央「はい……」



千秋「だからその人たちのために今日のステージを投げ出したまま終わらせることは許されないわ。」



厳しいことを言ってごめんなさいね、千秋さんはそう小さく呟いた。



千秋「それでもアナタは346プロと契約したアイドルなの。年齢なんて関係ない。例え辞めるとしても、アイドルとして中途半端なまま終わらせることは許されないし、私もそんな人をアイドルだったなんて認めないわ」



本当に厳しい言葉だった。耳を塞いでしまいたくすらなった。



でもここで耳を塞いでしまったら、私はもう本当にアイドルには戻れない気がして、私は膝の上で手をギュッと握りしめた。

千秋「私が言いたいことはこれだけよ。後はアナタがなにをするか自分で考えて決めなさい」



未央「はい……っ!」



そうだ、まずは戻ろう。みんなのいる所に。そこですぐで謝ろう。そしてみんなにお礼を言わなきゃ。



私はさっきまで握りしめていた手を開いて膝に押し当て立ち上がろうと……



未央「あれ……?」

――立てない。



未央「おっかしいなあ……」



――どうしよう。怖い。



――もしみんなが私を許してくれなかったら?



もう、アイドルには戻れない。



それだけは嫌だ。



お願い。もう二度とアイドルを辞めるなんて言わないから。



だから立ち上がってよ私の体。

未央「……あはは」



――こんなに私は弱かったんだ。



私の最低のステージをずっと見てくれた人たち、スタッフの方に、トレーナーさんに、ちひろさんや部長さん、プロデューサー、シンデレラプロジェクトみんな、横断幕まで持って見に来てくれたみんな、しぶりん、しまむー、そして千秋さん。



こんなにいろんな人に迷惑かけて、それでもまだ私の体は動いてくれない。



――情けない。私ってこんなダメな奴だったんだ。



一度はおさまったはずのモノがまた目の周りを曇らせる。



そんな時だった。

千秋「まったく……なにをやっているの?」



私の醜態を見て呆れてしまっているのだろうか。



千秋「まだ戻る勇気がないの?」



未央「……」コクン



これ以上口を開くと、きっと涙が止まらないことを分かっていた私はただ首を縦に振る。



千秋「なら言うわ。命令よ。先輩としての命令。今すぐ立ち上がって、戻りなさい。先輩の命令は絶対、芸能界の掟でしょ」



厳しい言葉の中に優しさを感じさせるような口調で千秋さんのよく通る声が私に染み渡る。

未央「……あ」



――動いた。



さっきまで体を接着剤で固定されているのではないかと思うほど動きそうになかった私の体が動いた。



膝に力が入り椅子から体が浮く。



千秋「待ちなさい」



ようやく立ち上がった私をなぜか千秋さんが引き止める。

千秋「戻る前に涙は拭いておいた方がいいわ。このハンカチ使っていいから」



なにを言っているのだろうか、私のコレは涙なんていいものじゃない。もっと別のなにかでしかない。



受け取る気配がしない私に千秋さんはハンカチを無理やり握らせて言った。



千秋「このハンカチ、今度プロダクションで会った時にでも返してくれればいいから」



未央「……え」



てっきり千秋さんは私が今日でアイドルを辞めると考えている、そう思っていた私には意外な言葉だった。

千秋「アナタが今流しているものはアイドルとして最初の涙なの」



千秋「本当は辞めたくないんでしょう?アイドル」



泣きそうな声で、だけど強く私は答える。



未央「は……い……そう……です。辞めたくないよ、私……まだ……まだアイドルやりたい……」



千秋「そうよね、私たちには一番アイドルって仕事が似合うんだって思うの。つらいこともあるけれど、楽しいんだもの、アイドルって。」



そう言っている時の千秋さんはそれまでの大人びた雰囲気が崩れて年相応、いやそれよりももう少し幼く見える屈託のない笑顔を浮かべていた。

千秋「自分の力で立ち上がった今のアナタにはアイドルとしての涙を流す資格があると思うの。」



未央「そんな……そんな資格なんて……私なんかに……私なんかにあるんですか?」



千秋「あるわ。アナタ自身がないって思っていても他のみんなが認めてくれるはずよ。もちろん私も含めてね」



その言葉を聞いた瞬間、私は今まで溜め続けていた『涙』がこぼれ落ちた。



それから数分間私は立ったまま泣き続けた。

千秋「もういいの?」



未央「はい!早く戻ってみんなに謝ってきます!」



千秋「そう……」



未央「でもその前に一つだけいいですか?」



千秋「あら?なにかしら」



未央「次千秋さんと会うときにこのハンカチは返します。それでその次に会うときは……」



千秋「次に会うときは……?」

未央「千秋さんが本当に認めるアイドル本田未央に必ずなります、だからその時に同じステージで会いましょう!」



そう言って私は今の自分にできる最大限の笑顔を浮かべて手を差し出した。



千秋「その時を楽しみに待っているわね、本田さん」



千秋さんも笑顔で手を握り返してくれた。



私は千秋さんにお礼を言った後全力でステージ裏にいるはずのみんなのもとへ駆け出した。





戻ったらみんなはどう思っているのだろうか。



呆れているのか、怒っているのか、それとも失望しているのか。はたまた全部か。



例えどれだけ深い溝を作っていたとしても、私は少しずつそれを埋めてやる。



それで今以上にみんなと仲良くなって、ダンスも歌ももっと上手くなって、たくさんの人かファンになりたいと思うような自分になろう。



だって私、本田未央は――























――アイドルなのだから











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