2015年03月13日

岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」




お人形遊びをした事、ありますか?







大抵の女の子であれば、小さな頃に経験しているものです。

おままごとだったり、あるいは着せ替え遊びだったり。



もちろん私もやった事があります。

けれどみんなと違ったのは、大きくなっても大好きだった事。

大抵の女の子であれば興味を失っていくそれに、私は夢中になっていました。





綺麗な洋服。

素敵なお家。

華麗な物語――





私はいつしかそんな世界に憧れて、芸能界へ足を踏み出しました。





色々な衣装。

眩しいスタジオ。

新鮮な体験。





モデルや子役、ドラマに映画。

もちろん辛い事や苦しい時もあったけれど、憧れだった世界は眩しくて、楽しくて――





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1425633517







 「――岡崎さん。本日は藤原へのご指導、ありがとうございました」





聞こえてきた声に振り向いて、驚きました。

すぐ後ろに立っていた男の人は、文字通り見上げる程の背丈で。



慌てて間に入ったマネージャーさんも、決して小柄な男性という訳ではありません。

しかしそれでも、背は頭一つ分。体格は一回りも差がありました。



 「ええと……藤原さんのマネージャーさん、です、よね」



マネージャーさんが恐る恐るといった様子で尋ねます。

私より三周りは大きな身体と、心の底まで見透すような鋭い眼。

失礼とは頭で分かっていても、つい表情が強張ってしまいました。



 「……はい。先程助言を頂いた事について、藤原が是非改めて礼を申し上げたいと」



そこで初めて、背後に居た藤原さんに気付きました。

二人が隣り合って並んでいると、まるで違う世界の住人のような、とてもお似合いのような、不思議な印象を受けます。



 「岡崎さん。アドバイス、本当にありがとうございました」



 「アドバイスだなんて、そんな。ちょこっとお話しただけですよ」



本当に、それだけです。

テレビ番組の収録が初めてらしく、緊張している彼女と二、三お喋りしただけ。

たったそれだけでも、話せる相手が居るというのは思いの外安心するものですから。



 「それが、とても嬉しかったんです」



そう言って笑う彼女はとても可愛らしくて。

まだまだ駆け出しのアイドルだと聞きましたが、この分なら遠くない内に人気を博すでしょう。

今の内にサインを貰っておきましょうか。



 「またお会いした時も、宜しくお願い致します」



 「こちらこそ。宜しくお願いします」



マネージャーさん達が頭を下げるのを見て、私達もぺこりとお辞儀を。



 「それでは、また」



藤原さんに手を振って、踵を返しました。



 「すみません、最後に一つ」



 「はい、何でしょうか」



背中からの声に振り向くと、藤原さんも不思議そうに彼女のマネージャーさんを見上げていて。

彼の表情は、ほんの少しだけ緊張しているようにも見えました。



 「非常な失礼を承知の上で伺います」



差し出された彼の両手には名刺が挟まれています。

はて、名刺交換なら収録前に済ませていたようですが……。





 「岡崎泰葉さん」





その声を聞いて初めて、名刺が私へ差し出されているのに気付きました。







 「――アイドルに、ご興味はありませんか」





 ― = ― ≡ ― = ―



 「……マネージャーさんじゃなかったんだ」



シンデレラガールズプロダクション、アイドルプロデュース課、クリアクール部門、プロデューサー。

受け取った名刺には小さな横文字がずらりと並んでいました。



 「お待ちどう、泰葉ちゃん」



戻って来たマネージャーさんが車のエンジンを掛けます。

彼と二人で何やら話し込んでいたようですが、聞いても大丈夫なものでしょうか?

掌の名刺としばらくにらめっこをして、結局好奇心には勝てませんでした。



 「あの……」



 「ん?」



 「どうして、名刺を受け取らせたんですか?」



事務所に所属している人を、担当の目の前で引き抜こうとするなんて、まずあり得ない事です。

ですがマネージャーさんはしばらく私達を黙って見つめると、私自身に受け取らせました。

その後、彼と二人きりで話をすると言っていましたが、あまり険悪なようには見えなくて。



 「彼自身も言ってたように非常に失礼な行為だし、そこはちゃんと抗議しておいたよ」



ハンドルを切って事務所へと走り出します。



 「形式上、だけどね。彼は悪意があった訳じゃないのは話をして分かったさ」



 「私、仮にも現役なのに」



 「それだけ泰葉ちゃんが魅力的だっていう証って事にしておこう」



マネージャーさんは笑ってそう言って。

けれどそれは、私の聞きたい答えにはなっていませんでした。



 「泰葉ちゃん」



信号待ちをしていると、マネージャーさんが口を開きます。





 「アイドル、興味ある?」





それは、とても重要な質問で。





何と答えたものかと黙り込んでいる内に、車は事務所へと到着してしまいました。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「失礼します」



社長室へ入るのも久しぶりでした。

年齢を重ねるにつれ、どうしてもこういう場は緊張するようになってしまって。



 「ああ。まぁ掛けてくれ、岡崎君」



勧められるまま、向かいの革張りのソファへ腰を下ろします。

相変わらず革張りにしては不思議なくらいのふかふか加減でした。どうなってるんでしょう?



 「最近も良い調子のようだ。どうだったかね、この前のドラマは」



 「そうですね。監督さんは厳しい方でしたが、その分――」



しばらく続く他愛も無い世間話に、私は本題を察しました。

堅めの世間話は、重要な本題の枕詞。

無意識の内に、手足の先へ緊張が忍び寄ってきます。



 「――泰葉ちゃん」



不意に社長の口調が変わります。

昔から変わらない、親戚のおじさんのような優しい喋り方。





 「アイドル、興味あるかい?」





つい最近も耳にした言葉でした。





 「…………その」



 「ああ、いや。ムリヤリ辞めさせようとかそういった話では全くないから安心してね」



手を振って社長が笑います。

それを聞いて、少し緊張が抜けました。



 「彼からこの前聞いたよ。目の前で引き抜こうとされたんだって?」



 「ええ、驚いちゃいました」



 「泰葉ちゃんも今や人気子役と言って差し支えないからねぇ」



恥ずかしながらそう自負していた分、突然の誘いには驚きました。



 「泰葉ちゃんは稼ぎ頭だし、素行も評価も頗る良好。会社として手放す理由は無いよ」



 「ありがとうございます」



 「会社としては、ね。私としては」



社長が手を組み直して、私の目を覗き込みます。



 「考える価値のある話だと、そう思っている」



 「……社長」



 「一時的なものか完全なものかは分からないが、移籍という形になるだろうね」



 「考える時間を、貰えますか」



 「もちろん。そもそもが急に過ぎる話だ」



少し冷めた緑茶を一口。

湯呑を両手で支えたまま、じっと考え込みます。



 「社長は」



 「ん?」



 「私がアイドルを目指すのには、賛成なんですか?」



 「それは言えない。……それこそが、今回考える価値のある理由だからね」



……難しい物言いでした。

でも、社長は人をいたずらに悩ませるような事は言いません。

本当に、私自身が考えるべき事なのでしょう。





華やかな衣装。

輝くステージ。

熱狂のライブ。





 「社長」





私は。



蘭子ちゃんかわいい(断末魔

 ― = ― ≡ ― = ―



 「…………」



どうにも落ち着かなくて、きょろきょろと辺りを見回してしまいます。

設立して数年のプロダクションとの事でしたが、事務所の中は物で溢れていました。

ファッションやミリタリーの雑誌、映画のブルーレイ。猫じゃらしに、何故か作りかけのおみくじまで。

……どうやらとても賑やかな事務所のようです。



 「お待たせしました」



やって来たのは、見覚えのある立派な長身で。

長い脚をやや窮屈そうに折り畳んで、向かいへと座りました。



 「改めて、CGプロへようこそ。……正直な所、驚いたよ」



 「何事も経験ですから」





――籍は残しておくから、いつでも戻っておいで。





期限無しの仮移籍。



読ませてもらった契約書は難しい文面でしたが、要するにそういった事のようでした。

最も、ある程度の結果を掴むまで戻るつもりはありません。

それが私の最初の決心。



 「アイドルとしての活動は初めてですが、宜しくお願いします」



 「こちらこそ宜しく……と言いたい所だが」



マネージャー……じゃなくて、プロデューサーさんが決まり悪そうに頬を掻きます。



 「実は、担当プロデューサーは俺じゃないんだ」



 「……?」



意外な言葉に首を傾げます。



 「本来ならスカウトした本人がプロデュースすべきだし、俺自身もしてみたい」



 「はい」



 「だがいかんせん……俺も駆け出しに毛が生えたようなものでな。二人担当するのはまだ早いと上が判断した」



 「……駆け出し?」



 「ああ」



えっと、何かの冗談でしょうか。

隙の無い表情に、只者ではないと思わせるような雰囲気。

てっきり、百戦錬磨の方だと。



 「だから、別のプロデューサーが付く事になるのを許してほしい」



 「許すも何も、私は新参者ですから。お気になさらず」



 「そう言ってもらえると助かる」



この人のプロデュース法も気になりますが、経験を積めるのであれば構いません。

ただ、どうしても気になる事が一つだけ。



 「訊いてもいいでしょうか」



 「ああ、何でも構わない」



 「何故、私をスカウトしたんですか? 既に事務所へ入っていたのに」



詳しくはなくとも、私が活動中の事は知っていた筈です。

なのにどうして、自身の評判を下げるような事をしてまで声を掛けたのか。

そう問い掛けるとプロデューサーさんは口を開きかけて、けれど言葉を選ぶように黙ります。

ちょっと不安になるくらいの沈黙の末に、細く息を吐きました。



 「同僚に、凄腕のプロデューサーが居るんだ」



 「凄腕?」



 「ああ。看板を張れるような女の子を何人も連れて来るぐらいの」



 「それは……確かに凄いですね」



 「その人が言うには、気付いたら声を掛けていたんです。と」



それは凄腕と言ってもいいのでしょうか?



 「これは極端な例だ。俺は社長の口癖の肩を持ちたい」



 「それは、どんな?」



 「『ピンと来た』、だ」



 「…………つまるところ、勘……ですか?」



 「何せ、スカウトしたのは君が初めてなんだ」



身体から一気に力が抜けました。

悪い人ではないのでしょうが、いかんせんどこか抜けていると言うか……。



 「どうかしたか」



 「何だか疲れてしまいまして」



 「担当プロデューサーを紹介しようと思っていたんだが」



担当という言葉に、身体がぴくりと反応します。

……どんな人なんでしょうか。



 「今日、いらっしゃるんですか?」



 「今日というか、すぐそこで待たせてるんだ。――入って来てくれ」



プロデューサーさんの呼び掛けに、ドアがゆっくりと開きます。

新たに入って来たのは。







 「ふぅ。先輩、だいぶ待っちゃいまし…………え、岡崎泰葉ちゃん? マジ?」







 「先月研修が終わったばかりの新人だ。……色々と、教えてやってくれ」



私とそう差の無い、小さな背丈。

少々袖の長いジャケット。

黒い短髪に囲まれたつむじは、そこだけ金色に輝いています。

その下では、どこか愛嬌のある目が私を見つめていました。



 「初めまして、泰葉ちゃん。ド新人ですが、精一杯頑張らせてもらいます!」



 「…………よ、よろしくお願いします」



ちらりと横目で見遣ると。

先程までの鋭い目は、僅かに笑っているようにも見えました。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「えーと、ひとまず確認事項はこんなところかな。何か質問はある?」



 「はい」



 「はい、泰葉ちゃん」



 「そのてっぺんは」



 「あー、これ? やっぱり気になるよねー」



マネージャーさん……じゃない。どうしても慣れませんね。

プロデューサーさんが、自分の頭を指差して笑いました。



 「いやー面接の時は染め直しにも事欠くくらいカツカツでさ。ダメ元で受けてみたんだ」



 「どう説明したんですか?」



 「『アイドルさんが迷ったとき用の目印です』って言ったら課長に大ウケして。あれ、部長だったかな」



 「はぁ」



何と言うか、この人も悪い方ではないのは分かります。

ですがやはり、こう、ズレてると言うか……。

こういう事務所なのだと、早目に自分を納得させた方が良いかもしれません。



 「泰葉ちゃんも迷ったら目印にしてね」



 「顔は覚えたので大丈夫ですよ」



 「うおぅ、さっすがー。いや人の顔を覚えるのが苦手でさ」



プロデューサーさんの表情はくるくると変わって。

どうやらお喋り好きのようでした。



 「……っと、いけないいけない。つい横道にね」



 「迷っちゃいましたか?」



 「うーん、立つ瀬が無い」



 「ふふ」



さて、お喋りはこれくらいにして。



 「今後の予定だけど、しばらくはレッスンと小さなお仕事かな」



 「はい」



 「ただ泰葉ちゃんの場合、テレビのお仕事とかも引き続き入って来ると思う」



 「え?」



 「移籍したら全くのリセットって訳じゃないし、前の事務所さんとも仲とか悪い訳じゃないからね」



盲点でした。

アイドルとして一から出直す決心でしたから、言われて初めて気が付きました。



 「……やっぱり、ズルしてるようで気に喰わない、かな?」



 「いえ」



心配そうに私の表情を伺うプロデューサーさんに、首を振って答えます。

皆からはコネだと言われても仕方がありませんが。



 「それも、私が積み重ねてきたものですから」



 「……うん。泰葉ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ」



何度か深く頷くと、いきなりびしりと右腕を掲げました。



 「目指すはトップアイドルだからね! 使えるものは何でも使っていこう!」



 「ええ、そうしましょう」



とはいえ、前の事務所の影響力に頼り切りではとても胸を張れません。

レッスンも頑張って、早く自分の力でもステージに立てるように。



 「……あ、ところで」



 「何でしょう?」



ふと思い出したように、プロデューサーさんが机の上にあった袋を漁ります。

そこから取り出したのは四角い厚紙。

四方が金色で縁取られた、とても馴染み深い物でした。



 「泰葉ちゃん、サインください!」



 「……ふふ」





ひとまず一人。ファン獲得、ですね。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「お疲れ様、泰葉ちゃん」



 「ありがとうございます」



汗を拭いながら、差し出された温めのスポーツドリンクを受け取ります。

冷たいのは良くないと聞いて熱々のドリンクを持って来たのも、随分前になるでしょうか。



 「レッスンを見学に来るのは次って言ってませんでしたっけ?」



 「ちょっとスケジュールで確認したいトコがあってね」



プロデューサーが手帳を開いて私に見せます。



 「ココとココの間に仕事が入るかもしれないんだけど、流石に詰め過ぎかなって。泰葉ちゃん的にはどうかな?」



 「大丈夫ですよ」



 「そう? 結構なハードスケジュールになっちゃうけど」



 「ふふ、小さな頃から慣れっこですから」



移籍してからそろそろ半年になるでしょうか。

アイドルとしてのお仕事も少しずつ増えてきているし、今は力を入れるべき時期でしょう。



 「…………」



 「プロデューサー?」



 「んー」



プロデューサーが両手で頭を抱えて考え込みました。

きらきらと輝くつむじの金色がよく見えます。

そして突然顔を上げると、柏手を一つ打ちました。



 「よしっ! ちょっと待ってて!」



 「え、はい……?」



携帯電話を取り出しながら、レッスン場の扉を開けて出て行きます。

ストレッチと片付けを終えてからしばらくして、プロデューサーが戻って来ました。



 「ごめん! さっき言ってたお仕事、他の娘に代わってもらった!」



 「そう、ですか」



 「でも安心して、代わりに別のお仕事回してもらったから!」



プロデューサーが私の頭をぽんぽんと叩きます。

私もあの金色のつむじを触ってみたいのですが、怒るかな?



 「じゃーついでに送ってくから車で待ってて。トレーナーさんと予定確認してくる」



 「はい」



言い残して、プロデューサーがばたばたと駆けて行きます。

駆け出しのアイドルと、新人のプロデューサー。

私達二人には、シンデレラはまだまだ遠い目標で。



 「早く、蘭子ちゃん達に追い着きたいな」





解れの目立つ運動靴を、しばらくじっと見つめていました。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「それで、今日は何をするんですか?」



今日の予定は何も聞かされていません。

プロデューサーも秘密、秘密と笑って何も教えてくれませんでした。



 「一日使って秘密の特訓、とか?」



 「あー、それもその内やってもいいかもね。面白そう!」



どうやら違ったようです。

というか、何だか本当にやりそうでちょっと不安になります。



 「今日は、泰葉ちゃんにちょっとソロライブをしてもらいます」



 「分かりま…………えっ」





……ソロライブ?





 「いえ、いえいえいえ! 無理ですよ! 何も準備してません!」



 「大丈夫! 曲数そんなにこなす訳じゃないから」



 「そういう問題じゃなくて……!」



 「平気へいき、ちゃーんと真面目にレッスンしてたんだから」



隣を歩くプロデューサーは平然とした表情で。

でも、ぶっつけ本番でのライブだなんて無茶にも程があります。

尚も言葉を続けようとすると、プロデューサーが道の先を指差しました。



 「ほら、会場が見えてきたよ」



 「……? この辺りにライブが出来るような場所なんて」



指差した先の建物を目にして、言葉が途中で途切れます。

そこにあったのは大きめの洋館。

とてもではありませんがライブ会場のようには見えません。



 「ええと」



目の前まで辿り着いても、特に変わった様子はありません。

強いて言うなら、結構な年季が入っていそうなぐらい。



 「どこですか、ここ?」



 「児童養護施設。一昔前の言い方だといわゆる孤児院だね」



 「孤児院、ですか」



 「クラリスさん、分かる? キュートの」



 「ええ」



 「あの人がいつもここでライブやってるんだけど、今日は泰葉ちゃんの特別公演だね」



何でも無い風に柵を押し開けて、玄関の戸を叩きます。

しばらくして扉から出て来たのは、エプロンを身に着けたお兄さん。



 「こんにちは。CGプロから参りました!」



 「クラリスさんから聞いてますよ。どうぞ、中へ」



案内されるまま中へと入ります。

靴をスリッパに履き替えようとすると、背中から幾つもの視線を感じました。

振り返ってみれば、廊下の角から子供たちが顔を出していて。



 「あれー、泰葉ちゃんだー」



 「クラリスじゃないの?」



 「はは、今日は特別ゲストだよ。さぁ、早く会場に戻らないと良い席取られちゃうよ?」



 「あ、やっべ!」



子供たちが慌てて駆け出して行きます。

途中で転んだのか、ごてんという音が響きました。



 「これ、パンフです。泰葉ちゃんも。コンポどこですかね?」



 「ああ、こちらです」



手渡された『パンフレット』を読みながら、プロデューサー達について行きます。

二つ折りにされた厚紙に、三つの曲目とそれぞれの歌詞が平仮名で並んでいました。

プロデューサーが描いたのか、蘭子ちゃん辺りが描いてくれたのか。

あちらこちらに丸っこい動物のイラストがちりばめられています。



 「よし、後は大丈夫です。十分ぐらいしたら始めますね」



 「よろしくお願いします」



お兄さんが出て行って、プロデューサーと二人、部屋に残されます。



 「泰葉ちゃんもアップをお願い。曲は合図してくれたら掛けるから」



 「……ライブって、この事だったんですね」



 「うん。ハコは小さいけど、立派なソロライブだよ」



 「責任重大ですね」



 「そう気負わずに楽しめばいいよ。あ、これ子供達から」



プロデューサーから手渡されたのは、安全ピンの付いた花飾り。

所々が撚れていて、けれど頑張って作ったのが伝わってきました。



 「力作の衣装らしいから、大事にねー」



 「……ふふ。はい」



豪華な飾りを胸に付けて。

ゆっくりとアップを始めました。

 ― = ― ≡ ― = ―





 「それでは、岡崎泰葉の登場です。どうぞ!」





プロデューサーの声を聞いて、引き戸を開けました。





目の前に広がるのは、小さな小さな会場。

折り紙の輪飾りや、薄紙で作られた造花がちりばめられていました。

部屋いっぱいのお客さんは、二十人程の小さな子供たち。

きらきらとした眼で、ぱちぱちと手を叩いています。







そこは拍手で満たされた、満員のライブステージでした。







 「……みなさん、今日はライブに来てくれてありがとう。岡崎泰葉です」



 「しってるー!」



 「オレも!」



握手が出来るくらいの距離で、皆さんがはしゃぎます。



 「ふふ、ありがとう。本当はライブ前に色々お話ししたりするんだけど」





――気負わずに楽しめばいいよ。





 「さっそく一曲目、いっちゃいましょう!」





すぐそばに置かれたCDコンポから、メロディが流れ出しました。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「泰葉ちゃん、サインちょーだい!」



 「あたしもっ」



 「はいはい、ちゃんと並んでねー。泰葉ちゃん、怒るとすっごい怖いんだから」



 「こ、怖くないですからっ!」



ライブを終えて、昼食をご馳走になって。

自由時間になると、私は子供達に囲まれてしまいました。

矢継ぎ早にぶつけられる質問に、眼を回しながら答えます。



 「わたしもアイドルになれる?」



 「うん。たくさんレッスンが必要だけどね」



 「すきなおもちなにー?」



 「磯辺巻き、かなぁ」



 「泰葉ちゃんはなんでアイドルになったのー?」





どくん、と。

心臓の弾む音がよく聞こえました。





 「……笑顔が、見たかったんです」



 「だれのー? おかーさん?」



 「それは」



笑顔が見たいというのは、嘘偽りの無い、私の本心。

憧れの世界に跳び込んで、たくさんのお仕事をこなして。

そうしたらみんなが、







 「あー。やっぱり泰葉ちゃん、こわいかおー」





その一言に、はっと顔を上げました。



 「ライブのときの泰葉ねーちゃんのがいいよ」



 「わらってるほーがすきー」



 「…………」



二回、三回と、深呼吸。

目を閉じて、深く息を吐き出します。

再び目を開けると、そこに居たのは。





 「……うん」





私の歌を好きだと笑ってくれる、小さなファンのみんなでした。





 「――私も、笑ってる方が好き」



 ― = ― ≡ ― = ―



 「泰葉ちゃんはさ、良い子だよね」



小さなソロライブの帰り道。

外すタイミングを見失った胸の飾りを着けたまま、二人で並んで歩きます。



 「自分で言うのも気が引けますけど、そうかもしれません」



 「前の事務所さんでも相当可愛がられてたでしょ」



 「ええ」





まるで、お人形さんみたいに。





 「新入りが、大先輩に向かって生意気かもしれないけど」



 「…………」



 「お仕事って、やりたい事って、自分の為でいいんだよ」



 「自分の為……」



 「泰葉ちゃんは真面目だから、周りの笑顔の為に頑張れちゃうタイプだね。でも」



プロデューサーが立ち止まって、正面から私の眼を見つめました。



 「印税生活の為だって、玉の輿に乗る為だって、名誉の為だって。全部、立派な目的だと思う」



 「…………」



 「泰葉ちゃんは、どうしてアイドルになったの?」



 「私、は」





――それこそが、今回考える価値のある理由だからね。





社長の言葉が、胸の底から湧き上がって来ました。







 「お人形さんみたいに、なってみたい」







口に出してしまえば、それはとても単純な願いで。







 「綺麗な服を着てみたい。眩しい舞台に立ってみたい。見た事の無いものを、見てみたいんです」











ぷつり。









 「なれるよ」





プロデューサーが、手を差し出しました。





 「泰葉ちゃんは、アイドルだからね」





差し出された手を握ります。

その手は私よりも少しだけ大きくて、ずっと熱いように感じられました。



 「……あー、でも。魔法使いとしてはシンデレラも目指して欲しいかなーなんて」



 「魔法使い?」



 「プロデューサーとしての心構えだ、って先輩も社長も言ってたんだ。受け売りだけど」



プロデューサーが照れたように笑います。



 「どちらにしても、夢を叶えられるよう手伝うよ。泰葉ちゃんは、もっとわがままになっていいと思う」



 「わがままに……」



随分と長い間、ご無沙汰していた言葉でした。



 「……あの、だったら一つお願いが」



 「お、早速? いいねー、何なに?」



 「このお店、ちょっと寄ってみたいです」



立ち止まっていたすぐ横のお店を指差します。



 「ドール・グッズショップ……好きなんだっけ」



 「はい」



頷くと、プロデューサーは怪しく笑って。



 「さ、ゆっくりサボろっか」



握ったままだった手を引かれて、お店の中へと入っていきました。



 「はー。色々あるんだね」



そう広くない店内には、所狭しと商品が並べられていました。

ドールハウスにドール各種。衣装に家具、小物類。



 「プロデューサーはこういうの、好きですか?」



 「んー、残念ながら縁遠いねー……うわー凝ってるなぁ」



しきりに感心しているプロデューサーの横で、私も並ぶ品々を眺めます。

この頃はドールも巧く作れるようになったので、選ぶとしたら衣装か……。



 「……あ」



 「お。お目当ての品は見つかった?」



 「いえ、目当てと言うか……」



 「なるほど、これは」



童話をモチーフとしたコーナーの一角。

そこに、先ほど噂した影がありました。



 「シンデレラ城まであるとは」



 「お城というか、舞踏会場ですけどね」



赤絨毯が敷かれた階段に、何故か二足とも揃って忘れられたガラスの靴。

可愛らしくデフォルメされた王子様とシンデレラさん。

階段の下にはカボチャの馬車が停まっていました。



 「…………」



 「欲しい?」



 「その……お値段が」



 「わがままついでだよ。四千円ぐらい遠慮しない! すみませーん!」



 「あの」



プロデューサーが店員さんを呼んでしまいました。

私としては、小さなワガママから始めるつもりだったんですが……。



 「こちらの一式でよろしいですか?」



 「はい!」



 「38800円になります」



 「…………え」



値段を聞いてプロデューサーが一瞬固まります。

そして小さな値札を二度見すると、震える手でお財布を取り出しました。



 「あの、プロデューサー。無理は」



 「……む、無理じゃないし。大人だからわがまま聞く余裕ぐらいあるし」



止めようかどうか迷っている内に、プロデューサーが支払いを終えてしまいました。

少々お待ちください、と店員さんがセットを包みに行くと、がくりと肩を落とします。



 「…………高いんだね」



 「今からでも……」



 「いい、いいんだ。泰葉ちゃんお仕事頑張ってるし、ご褒美だよ。うん」



久しく見ていなかった、乾いた笑いでした。

無理した笑顔が、これほど心に刺さるとは。



 「ありがとうございます、プロデューサー」



 「うん……その代わり、お願いがあるんだけどさ」



わがままを聞いてもらったなら、こちらもわがままを聞かない理由はありません。

最も、わがままという程の内容ではありませんでしたが。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「あれ。泰葉、それ何?」



事務所に顔を出すと、加蓮さんと楓さんが雑誌を挟んで雑談している所でした。



 「ふふ、見れば分かりますよ」



空いていた棚の上で包みを解きます。

中身を確かめるようにその場へ置いて、そっと前を開きました。



 「おー。事務所、ですか?」



 「え、これ泰葉が作ったの!? 凄い!」



 「ごくごく簡単なものですよ」





――事務所のドールハウスを作ってほしいんだよね。





プロデューサーのわがままは、そんなささやかなもので。

しばらく試行錯誤をしている内に、何となく事務所らしき物が出来てきました。



 「まだ未完成なので、これから付け足していくんですけどね」



 「でも、この乱雑な机の再現度とか凄いですよ」



お二人が興味深そうに手作りの事務所のを眺めます。



 「……あら、住人さんは居ないんですか?」



 「居ますよ、まだ一人だけですが」



肩に提げた鞄から、小さな袋を取り出します。

中に入っていたそれを、二人の前に差し出しました。



 「……あ。これって」



 「泰葉のプロデューサーさん?」



 「正解です」



 「分かりやすっ」



頭のてっぺんの金色をつついて、加蓮さんが苦笑しました。

デフォルメのコツは特徴を大げさに強調する事です。



 「陶器……じゃないよね。粘土?」



 「はい、ドール用の粘土と厚紙で作ってあります。衣装は市販の物ですけど」



 「アイドルのドールより先に住んどーる……」



 「へー……ねぇ、私のドールも作れちゃったりする?」



 「ええ、作ってみましょうか」



 「時間があれば、私のもお願い出来るでしょうか」



 「衣装選びを手伝ってもらえると助かりますね、ふふ」



そのうち衣装も作れるように練習しておきましょうか。



事務所に山積みになっていたファッション雑誌を三人で読みながら。

あれも着せてみたい、こっちも可愛いと、話に花が咲きました。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「増築中か」



エントランスのドアをくぐるようにやって来たのは、見慣れた長身でした。



 「いえ、今日は転居ですね」



 「今度は誰が?」



 「藍子さんと桃華ちゃんです」



会話しながら、アクリルの四角い覆いを外します。

長椅子の真ん中に座っていた文香さんを挟むように、お二人に座ってもらいました。



 「……人数も、順調に増えてきたな」



 「もう少しでちょうど50人になりますね」



これはまた、近い内に増築もしないと。



 「台にはまだ余裕があるが、まぁ一杯になったら言ってくれ。用意する」



 「ありがとうございます」



私達の眺めるそれは、ドールハウスと呼ぶにはかなり大きなものになっていました。



Pさんに頼まれて、事務所のドールハウスを作って。

加蓮さんと楓さんにも入居してもらって。

ここまではごく普通の出来事。





きっかけは、年少組の皆さんでした。







 『あっ、すごーい! ねーねー! これ、あたし達のも作れる!?』





確か千佳ちゃんだったでしょうか。

クールの事務所に遊びに来た年少組が、私が作っている途中のドールハウスを見つけて。

あれよあれよと手を引っ張られている内に、キュートとパッションのハウスも製作する事になっていました。





 『どうせなら纏めちゃった方が賑やかじゃない?』





それぞれのハウスを作り終えると、Pさんがそう提案して。





 『飾っていいって! エントランスの空きスペースに!』





あっという間に社長の許可を貰ってきて。



そして、それぞれのハウスに手を加えてくっ付けて。

ついでに以前買ってもらったシンデレラ城を真ん中に組み込んでしまいました。





ガラスの靴を履いて真ん中の階段に腰掛ける、愛梨さん、蘭子ちゃん、凛さん。

仲良く並んでダンスレッスン中の、フリルドスクエアの四人。

屋上で天体望遠鏡を囲む、のあさん、アーニャちゃん、肇ちゃん。

中庭で猫さんに囲まれている、みくさんと留美さん。

それぞれの楽器を手に、マーチングバンドを組んでいる年少組のみんな。





ぷちサイズになっても、CGプロはとても賑やかでした。





 『――はい、泰葉お姉ちゃん!』





 「……ん? これは」



プロデューサーさんが気付きました。

少々頭の大きい、前髪がぱつんと切り揃えられた、小柄なドール。



 「泰葉か」



 「はい。年少組のみんなが作ってくれたんです」



渡されて初めて作り忘れていたのに気付いた時には、つい苦笑してしまいました。

ところどころが少し歪んでいて、けれど頑張って作ったのが伝わってきます。



私の、宝物です。



 「…………」



 「プロデューサーさん?」



 「良かったな、泰葉」



そう呟いたプロデューサーさんを見て、私はとても驚いてしまいました。

普段から隙の無い、鋭い目つきが印象的な、整った顔。





その表情が今は、肇ちゃんと二人の時にも滅多に見せないような微笑みで。





 「泰葉、どうした?」



 「……プロデューサーさん、そんな柔らかな表情も出来たんですね」



 「変かな」



 「とても良いと思います」



 「泰葉の今の顔に比べたら、大したものじゃないさ」



 「……私、いま笑ってます?」



 「ああ。シンデレラガールにだってなれそうな、最高の笑顔だ」



自分の顔を、ぺたぺたと手で触って確かめます。

そして、握ったままだった人形に気が付きました。





前髪をぱつんと切り揃えた、小柄な女の子。

その表情は、こちらまで楽しくなりそうな笑顔で。







 「――あ、先輩! 聞いてくださいよ!」





背中から、Pさんの元気な声が聞こえてきました。



 「どうした」



 「泰葉ちゃんのドールにガラスの靴履かせちゃダメだって言われて」



 「……まぁ、ウチはその辺の扱いが厳しいからな」



 「でもこんなすっごいの作った本人ですよ? ケチだなぁ」



 「悔しかったらガラスの靴を勝ち取る事だ」



 「簡単に言ってくれますね」



 「PVの第二弾も撮るらしいから、まずはその辺が目標だな」



Pさんが肩を落とします。

かと思えば、慌てたようにバッグの中を漁り始めました。

相変わらず切り替えの早い人だと感心します。



 「いやいや本題はそれじゃなくて、こっち!」



取り出した書類らしき物を目の前に掲げてくれました。

表紙に大きめのフォントで印刷されていたのは、



 「……『雛祭り特別企画・可憐人形の舞』?」



 「まぁ名前は仮称だけど、ってそうじゃなくて! 主役! 泰葉ちゃんがお雛様!」



Pさんが眼を爛々と輝かせて、私の両手を握って。

耳から入ってきた話が、そこでようやく頭まで届きました。



 「……私、が?」



 「うん! 去年は比奈ちゃんに譲っちゃったけど、今年こそはと思って勝ち取ってきた!」



 「ああ、あの企画書通ったのか」



 「先輩のアドバイスのお陰ですよ」



 「正直厳しいかとも思ってたが」



 「力説しましたからね。泰葉ちゃんの可愛らしさを余す所無く」



 「つい今し方、最高に可愛い笑顔になってたんだが」



 「えぇ!? 先輩も泰葉ちゃんも言ってくださいよ!」



楽しそうにお喋りするお二人をよそに、私は思考の海に溺れていました。

人形、雛祭り、お雛様、舞……。



 「……そうだ」



 「ん、何か言った?」



 「あの」



久々のわがままを言おうとして。

けれどやっぱり、まだ口にするのはやめておきました。



 「いえ、何でもありません」



 「そう? 気になる事があったらいつでも訊いてね」





秘密にしておいた方が、きっと。





 「……あ」



 「おっ」



 「……? どうかしましたか?」



 「泰葉ちゃん」



Pさんが、私の頭をぽんぽんと叩きました。

そして、にっと笑います。





 「良い笑顔だね」



 ― = ― ≡ ― = ―



 「…………」



 「考え事ですか、泰葉さん?」



 「うん、ちょっとね」



夕食後、寮の部屋。

机の上にノートを開いて考えを巡らせていると、肇ちゃんがお風呂から帰って来ました。

濡れた髪と上気した肌が相変わらず色っぽいです。



 「何か手伝える事があれば」



 「んー……」





――自分の為でいいんだよ。





 「実は、ちょっとわがままを聞いてもらいたくて」



 ― = ― ≡ ― = ―





 「……はい、オッケーでーす!」





柔らかな日差しが降り注ぎ、ずっと続いてきた寒さもそろそろしばらくのお休み。

今年の桃の節句も、ぽかぽかと気持ちの良い晴れの日でした。



 「やー、座ってみると中々にコワイっスね、ここ」



そう言って隣で笑うのは、緑の和装に身を包んだ比奈さん。



 「これでも一段一段の高さは抑えてあるんですけどね」





等身大の七段飾り。





CGプロのアイドルの皆さんが、それぞれ和装を身に纏ってはしゃいでいます。

一段の高さはそう無いとは言え、私達の座る最上段は二階の天井ほどの高さがありました。



 「気を付けてくださいね、泰葉ちゃん」



 「うっかり転びでもしたら大騒ぎですね」



脇に据えられた階段を、一段一段慎重に降りて行きます。

久しぶりの地面に足を付けると、自然に安堵の息が零れました。



 「ちょっといいかな」



 「あ、すみません。取材の方は後で纏まった時間を……」



近くに来た男性を、Pさんが押し留めようとして。



 「大丈夫ですよPさん」



 「え?」



 「その方は、よく知っていますから」



しばらくぶりに見るお顔でした。





 「――や。元気そうだね泰葉ちゃん」





 「お久しぶりです、マネージャーさん」





 「背、伸びた?」



 「はい、あの頃より2センチほど」



それを聞いて笑ったマネージャーさんが、Pさんへ向き直りました。



 「元マネージャーです。あなたが今のマネージャーさんですね」



 「マネージャーというか、プロデューサーですけどね」



 「……? プロデューサーが、マネジメントも?」



 「まぁ、ウチも色々ありまして」



首を傾げるマネージャーさんに、Pさんが苦笑を返します。

その辺りは私もちょっと気になるところ。



 「泰葉ちゃん」



 「はい」



 「笑顔が、もっと素敵になったね」



マネージャーさんの手が、私の頭を撫でました。

私もそろそろ気恥ずかしくなってくる年頃なのですが。

今日ぐらいは、周りの目を気にしなくとも許されるでしょう。



 「ごめん」



 「えっ?」



 「みんな知っていたんだ。泰葉ちゃんがこんな良い笑顔になれるなんて事は」



マネージャーさんの眉が、悲しげに下がります。



 「小さな頃は、無理のあるスケジュールをこなさせて。お仕事に縛り付けるように」



 「…………」



 「泰葉ちゃんの本当の望みにも気付けずに、俺達は優しさに甘えてしまっていたんだ」



 「そんな事、」





 「――そんな事無いですよ!」





挟もうとした言葉は、Pさんの一言に途切れてしまいました。





 「泰葉ちゃんが言ってました。お人形さんみたいに可愛がられたって、お仕事の経験が役に立ったって」



 「でも、今の泰葉ちゃんの笑顔は」



 「昔の笑顔が、作り物だったと勘違いしてるんですか?」



 「…………」



 「マネージャーさんだって知ってる筈ですよ。だって泰葉ちゃんは」



厳しい言葉遣いとは裏腹に。

Pさんの表情は、悪戯っ子のような笑みでした。







 「嘘をつく演技が、下手っぴですから」







 「…………はははっ! 何だ、まだまだじゃないか。泰葉ちゃん」







そう言って、二人が笑い合って。





 「……ふふっ」





まったく。

二人とも、本当にひどい大人でした。





 「そろそろ集合お願いしまーす!」



 「……っと、俺はお暇しますか」



軽く手を振って、マネージャーさんが踵を返します。





 「――泰葉ちゃん!」





そして途中で振り返って、大きな声で。





 「あなたのファンです! 今度のライブ、楽しみにしてます!」





 「……はい! 是非いらしてくださいね!」





小さくなっていく彼の背中を、Pさんと並んで見送りました。



 「泰葉ちゃんも、色々あったんだねー」



 「はい。どれもこれも、素敵な思い出です」



 「これからもどんどん増えていっちゃうよ」



 「それは困っちゃいますね」



 「あはは」





私は、Pさんの笑顔もとても素敵だと思います。





 「下手っぴだ」



 ― = ― ≡ ― = ―





 「――皆さんの協力無しには出来ませんでした。本当にありがとうございました!」





集まった皆さんの前で、Pさんがぺこりと頭を下げます。

金色のつむじが誇らしげに輝いていました。

アイドルやスタッフさんから、たくさんの拍手が起こります。



 「じゃあ、この後の着替えの順番だけど」



 「その前に少し、いいでしょうか」



 「お、どうぞどうぞ」



手を挙げると、Pさんが場を譲ってくれました。

皆さんの前に立って、こほんと咳払いを一つ。





 「それでは、最後のオマケを始めたいと思います」





 「…………へっ?」





私の一言に、Pさんが気の抜けた声を零しました。



 「ところでPさん、雛祭りを満喫した事はありますか?」



 「え? いや、そういえば無いかなぁ。ほら、アタシってさ」



Pさんが、自身の頭を指差して笑います。

黒い短髪に囲まれて、つむじがきらきらと輝いていました。



 「こんな見た目だし。おおよそ女の子らしい行事ってのには縁が無かったんだよねー」



 「今からでも楽しんでみたくありませんか?」



 「いやー、今更は何となく恥ずかしいかなぁ」



 「と言うか、もう用意してしまっているので」





 「うーん、前々からメイクしてみたいとは思ってたんだよね。化けそうな気配が」





簪や化粧道具箱を掲げた加蓮さんと。





 「よく言いますよね。笑う門には服着たる、って」





和服を胸に抱えてにこにこと笑う楓さんが、Pさんを挟むように近付いて来ました。





 「……え、いや、あの。ホントいいんで。アタシそういうの壊滅的に似合わないんで」



 「こんな事言ってるけど、泰葉」



 「多少のワガママは聞いてくれるそうなので、安心してください」



 「なるほど。では失礼しまス」



後ろに立っていた比奈さんが、Pさんの両脇をがしりと羽交い締めにします。

Pさんの笑顔がだんだん苦笑いに変わってきた気がするのは、きっと気のせいでしょう。



 「いやいやいや! アイドルはともかくさ、アタシを可愛くしようとしてもしょうがないでしょ! ねぇ皆さん!?」



 「大丈夫です、私が見てみたいので。さぁ」



 「泰葉ちゃん!? なんかキャラ変わってない!?」



 「大人しい人形で居るのは、もうやめました」



 「…………」



 「これからは、ちゃんとワガママも言えるお人形さんを目指そうと思います」



 「……いや、いい話風にまとめようとしてるけどさ。単なる泰葉ちゃんのシュミだよね、これ?」



 「肇ちゃん、着付けはお願いしますね」



 「はい。ではこちらへ」



 「ねぇ! ちょっと!」



くすくすと笑う皆さんに見送られて、Pさんが比奈さん達にドナドナと連れて行かれます。

脚を必死にバタつかせて、Pさんが私に一生懸命呼び掛けていました。





 「お願いー! お人形さんみたいに可愛かったあの頃の泰葉ちゃんに戻ってー!」





 「――あははっ!」





Pさん、知らなかったんですか?

女の子なら、みーんな知っていますよ。





大事に大事にされたお人形さんは。

ご主人様の見てない所でちょこまかと、ひとりでに動き出すんです。







 「Pさんだって女の子なんです。可愛くなって、楽しんでくださいね」











だって、今日は。







女の子の為の。

私の為の。







――あなたの為の、雛祭り。



おわり



21:30│岡崎泰葉 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: