2014年01月24日

モバP「愛してるって形」

「愛してます、プロデューサー」

「…なんだ、唐突に」


五十嵐響子は業務時間が終了した俺と二人だけの空間で、本当に唐突にそう言った。


「いいじゃないですか………今は二人だけなんですから」


好き、とは違う。愛してるって言葉。

重みがあると常々思っていた。


「そういう問題じゃないだろ。アイドルなんだからそういう事を易々と口にするな」

「………冷たいですね」


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「冷たいんじゃない。当たり前のことを言っているんだ」

「いつもはプロデューサーから言ってくれるじゃないですか………」

「………場所を弁えろ、と言っている」


俺は愛してるなんて言ったことがあるだろうか?

それよりも何よりも、ここは事務所だ。

まだ高校生とは言えども、アイドルとしては一流なんだ。


「公私混同はやめろって、いつも言ってるだろ?」

「………」


正論で諭すと口をつぐみ、俯いてしまう。

響子はいつもそうだ。自分が不利になると黙ってしまう。


………その綺麗な瞳にうっすらと涙を浮かべて。


「………此処ではやめろと言ってるだけだよ」

「………!」


添えるように付け足した俺の一言に、響子はハッとして顔を上げた。

涙を浮かべていた瞳は、今は少し期待に満ちたものになっている。


「そういうのは、俺の家でだけだって決めただろ?」


俺と響子の二人で決めた約束事。

アイドルとプロデューサー………男と女の関係が許されない立場だからこその約束だ。

俺の家以外の場所では、俺たちは仕事上のパートナーでしかないんだ。



「だからさ、帰ろうか」

「………はい!」


差し出した右手に響子は左手を添える。

ほんのり温かくて、ふわふわと柔らかい。

手をつないで帰るなんて約束事に抵触してしまいそうだが、そんな野暮なことは言わなかった。


「今日の晩御飯、何がいいですか?」

「ん〜 なにがいいかな………」


明文化されたルールではない。

だが、それを守ることで、俺と響子の関係は今までうまく回っている。


でも、笑顔の今を壊してしまうのは憚られた。


………正直、よくあることだ。


厳密に取り決められた約束ではない。

所詮は口約束。だからこそ少しのルール違反だって誰に咎められることもない。

車に向かうだけのほんのちょっとの道程だけだ。

このくらいはいいだろう。


「………えへへ」

「全く、響子は甘えん坊だな………」

「っ別に………いえ、プロデューサーだけになんですから!」


響子は話しながらさりげなく俺とつないだ手を互いの指を絡めるようにして握りなおす。

所謂、恋人つなぎ。


「さっき俺の家だけって言ったのにな………」


なんて、文句を言いながらも俺は手を振りほどいたりはしない。

響子も俺の言っている文句が形だけだっていうことをわかっていて、腕に身を寄せてくる。


「………家で覚えてろよ」

「あはっ、怖いですね!」


甘いことだとは分かっている。

………いや、行為がではなくて。

誰もいないって思っていてもそれは確信ではない。

パパラッチなんて本当にどこに潜んでいるかわからないんだ。



そんな危惧すべきことは多々あるのに、やっぱり振りほどけない。

響子がどうとか、ってだけじゃない。


………俺自身、物足りなく感じているからだ。


その物足りなさの原因はとても言えることじゃないけど。

だから、響子に身を寄せられても、ルール違反だって邪険にはできない。

会話をしながら響子を横目で盗み見る。

そんなことはせず普通に目線を合わせればいいのに、そうしないのはどこからかわいてくる言いようのない感情の仕業か。


………帰ってから、響子に何をしてやろうかって、後ろ暗さが脳裏をかすめたからか。


「駐車場、見えてきたな」


俺にあるのは、響子を連れて家路に着くという選択肢だけだ。



「プロデューサーの車の中って、やっぱり煙草くさいですね………」

「まあな。事務所の中で吸ったらお前らがうるさいから」

「だからってこんな空気が籠るところで吸わなくても………」

「メンソールにしたんだけど効果ないかな?」

「それって、吸う本人の問題ではないですか」


くだらない日常会話を交わしながら二人で俺の家へ向かう。

普段ならくだらないなんて思わない。

しかし、響子との会話をそんな風に思うことが稀にある。


………俺が響子に触れたくて触れたくて仕方のない時だ。

信号を待つ一分一秒がもどかしい。


ハンドルを握る俺の手が震えているような錯覚に陥る。

別に違法な薬物を使用しているわけではない。

ただ、響子に触れたい。それだけだ。


………まるで響子が薬物のようだ。


だが、今の俺にはあながち間違とは言い切れない部分がある。


少しずらしたルームミラーで響子を見る。

響子は相も変わらず何か俺に話しかけていた。

それに対して俺は、無意識的に言葉を返しているようだ。



それで会話が成立しているのなら世話は無い。

俺が凄いのか、響子が凄いのか、そんなことは分からないしどうでもいい。


鏡越しに舐めるように響子を見る。

整った顔立ち。

スカートから延びるすらっとした美しい脚。

一本にまとめたサイドテールをいじる細い指先。

厚手のセーターからでも主張する、確かな膨らみ。


………時折、ルームミラー越しに交差する、その美しい瞳。



「プロデューサー………?」

「…ん? ああ、すまない響子。ぼーっとしてた」

「もう、運転中なんですからしっかりしてくださいねっ!? 事故なんて起こしてプロデューサーに何かあったらと思うと、私………」

「はは、響子に見とれてたんだよ」


軽口で誤魔化した。

響子は照れてしまったようで、それ以上はそのことについて何も言ってこなかった。

代わりに、今までと同じように、ただの世間話を繰り返す。

俺も無意識ではなくしっかりと受け答えることにする。

少し落ち着こう。

もうすぐ家に着くじゃないか。


でも、ありがとうな、響子。


自分の心配よりも、まず俺の心配をするような、そんなところが凄いと思うよ。

俺なんて自分のことで手一杯なのに。

それで、響子が目の前にいるのに相手をする余裕も無くなってしまうほどなのに。

もうすぐ家に着くって、わかっているのに。

焦っても仕方ないのに、気持ちだけが先行する。


響子を物理的に求める気持ちが強く膨らんできているのを、下腹部で感じた。

ああ、優しくて可愛い響子。


お前がいけないんだからな。



___
__
_

車から降りた俺と響子は、迷いのない足取りでアパートの廊下を進んでいく。

何度も歩いた場所だ。目をつぶってだって行けるくらいに。

勿論、響子も。

俺たちが特別な関係になってから、響子が俺の家を訪れた回数は数えきれない。


「あ、先に入りますね」

「ん? ああ」


俺が鍵を開けると、部屋に上がろうとする俺を響子が制した。


「おかえりなさいっ!」

「………ただ今、響子」


俺を制して先に入った理由はこれだ。

うちに来た時はいつもそうだ。

こんな洒落たこと、いったいどこで覚えてくるのだろうか。


一緒に帰ってきたにも関わらず、態々先に入って おかえり なんて。

響子、お前の家でもないのにな。


………俺と、お前の家だろ?


響子の家は女子寮だけど。

それでも、ここは、響子と俺の家だって断言できる。

それだけの時間を俺たち二人は此処で過ごしてきた。


「もうこんな時間………晩御飯、すぐ用意しちゃいますね!」

「腹ペコだったんだ。頼むよ、響子」

「はい、まかせてくださいっ」



そういうと響子はタンスを漁って手早くエプロンを身に着けた。

勝手知ったる何とやらではない。

紛れもなく、響子は俺の生活の一部なんだ。


「今日はオムライスにしようかなって思います」

「オムライスか………なんだか出会ったころを思い出すな」

「そうですね! あの時から、ずっと素敵だなって思ってました」


今もですけどね。 なんて、照れた顔で付け足した。

………やめろよ、照れるだろ。


出会ってすぐの仕事のこと。

ブライダルの宣伝でウェディングドレスを着せたことがあった。

その時に初めて料理を振る舞ってもらった。


それが、オムライス。

米にケチャップを混ぜて卵で包んだだけの料理だと思ってた。

でも響子が作ったソレは今まで俺が食べたことがないほど美味しく感じたんだ。

卵の上にケチャップで絵やメッセージなんか書いたりして。

仕事だってのに二人ではしゃぎ回ってた。

思えば、あの時から響子に惹かれていたのかな。




………そういえば、響子が料理中に指を切ったんだったな。

痛そうに顔をしかめる響子を労わりながら絆創膏を貼った記憶がある。



浅い傷だったのに響子はとても痛そうにしていた。

少し涙を流していた。


『アイドルは体が売りなんだから。指先一つだってそうだ。気をつけなきゃ駄目だろ?』


当り前なことを説教臭く言った覚えがある。


………でも、絆創膏を指に張りながら、俺の中に言いようのない感情が渦巻いていた。

痛いせいか、俺に注意されたせいか、辛そうな顔をしながら雫を零す響子の瞳に俺は何を感じていたんだろうか?

後になってふと考えることがある。

結局、わからないけれど。


でもきっとそれは、そこで萌芽した響子への恋慕の情だったんだと思う。


………思うことにした。


俺が過去に浸っている間にも響子は順調に調理を進めていた。

流石に手馴れている。

料理自体も、此処の台所を使う事にも。


「〜〜♪  ………うぅ〜 玉ネギが目に沁みる…」


上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

米に混ぜる玉ネギを切っているようだ。あれは目に染みるからな。

確か、硫化アリルって成分の仕業だと聞いたことがある。

一度冷やすとか、繊維に沿って30度の角度で切るといいとか、眉唾な話だが効果があるらしい。


………全く関係ないけど、オムライスってケチャップライスにケチャップかけて食べてるのか。

ごはんですよ が、ご飯ではない感じだろうか。

いや、全然違うな。


「 〜〜 …〜〜♪ 〜〜っ痛!」


「響子? どうした?」


俺が本当の意味でくだらない思考に没頭していた時、不意に台所から今までとは違う声が上がった。


「いたたた………。包丁で指をきっちゃいました………痛いです…」

「っ! 大丈夫か?!」


指を見せろと、台所に飛んでいく。

零れんばかりに目を見開く。

まな板には大量に血が付着していた。

玉ネギから出た水分に血が溶けて多く見えているだけだろうが、それでも息を呑む程の光景だった。

恐らく、切った指自体の傷も深いのだろう。


「ほら、包丁置け! 消毒してテープ貼るからこっちに来い!」


「う、うぅ………痛いです………」

「あ、すまない………」


傷ばかり見ていたが、強く掴んだせいか響子はか細く痛みを告げた。

痛いのは分かるが、とりあえず消毒しないと………


「………………!!」


一度だ。

一度、心臓が大きく跳ねた。


「痛いです………プロデューサー…うぅー…グスッ」


見た通りだ。指先には神経が集まっている事もあるし、かなり痛いのだろう。

涙を拭う事もせずただ傷口から流れる血を見ながら泣きじゃくる響子を見て………


なぜか、なぜか心臓が大きく跳ねた。



痛がる響子が可愛そうだから?

違う。これはそうじゃない。

勿論、響子は心配だ。でも、そんな事じゃない。


………………痛みに悶え、涙を流す響子に、言い知れぬ昂揚を覚えた。

一度大きく跳ねた俺の心臓は、相も変わらず激しく拍動を続ける。


「………こっちに来い、治療するから」


しかし、表層は凪いだように静かに。

飽く迄、響子の傷を心配する優しい俺を続ける。

俺の心中を響子に悟られてはいけない。


………………顔に苦悶を浮かべ涙を流す響子に対して興奮しているなんてことを。



以前も似たようなことがあったな。

そうあの時も、響子は料理を作っていた。

奇しくも、同じオムライス。


正直な話、俺はどこか気付いていたと思う。

ただ俺が事実から目を背けて、気付かない振りをしていただけだ。


「痛っ!………いたいです、プロデューサー………もうちょっと優しく………」

「ああ、すまない」

「あっ! いえ、私こそごめんなさい………せっかくの晩御飯なのに」

「いいんだよ、響子。縫うほどじゃなくてよかった」



痛がる響子の手を必要以上に強く握った。

執拗に消毒液の染みた綿を傷口に押し当てた。

到底怪我人を労わるとは言えない程の力を込めて、傷口に治療をしていた。


………そのたびに、可愛い顔が歪んで大粒の涙を零す。


それを、内心ほくそ笑んでいた。


おかしいとは思うさ。

大事な響子が苦しむ姿を見て興奮してるなんて。

わかってはいる。


でも、そもそも、その兆候は出会った時からあったじゃないか。


ただ俺が、俺自身に向き合っただけだ。


「…ごめんなさい、プロデューサー。晩御飯なくなっちゃいました………」

「俺の心配なんかしなくていいんだよ。それよりも事務所に言い訳を考えておかないと」

「絶対にプロデューサーには迷惑かけませんからっ!」


やはり、まず俺のことを考えていた。


………自分が怪我を負ったっていうのに。

必要以上の、顔を歪めて泣くほどの痛みまで受けたというのに。

響子はやっぱり優しい。



そんな、優しい響子が、俺よりも自分を優先して守りたくなるような状況ってどんなだろうな。


「なぁ、響子」

「なんですか、プロデューサー?」


響子の名前を呼ぶと少々落ち込んだ様子でこちらを見た。

俺は視線を響子にしっかりと合わせる。


「愛してるよ」

「………っ!」


恐らく、俺は初めて響子に『愛』なんて言葉を言ったと思う。

いや、響子に対して『愛』という表現を用いたのが初めてだろう。


響子はよほど嬉しかったようで怪我を負った部分を庇うこともなく俺の胸に顔を埋め腕を回してきた。

それをしっかりと受け止め、抱きしめ返す。



全身が疼くような熱を感じる。

響子を胸に抱いているからではない。

俺の内側から発しているんだ。

その感覚の恩恵だろうか。


『愛してる』なんて、あまりにも重たい言葉が滑るように出てきた。

まるで今まで何度となく言ってきた、当り前の言葉であったかのように。


でも、本当のことだ。

本当の意味で、俺は、今、この瞬間から、響子に愛を捧げられると確信した。



きっと、いや、絶対にだ。

響子が俺に求めてる『愛』とは大きくかけ離れている。


そんなことは承知の上だ。

響子を抱きしめなおす。きっと、苦しいほどに。


「苦しいです………」 と、案の定言われた。


でも俺は聞こえない振りをした。


もっと苦しんでくれと言わんばかりに。

狂おしいほどに響子が愛しかった。


きっと俺は、これからは響子に対する迸る衝動に身を預けていくだろう。

でも徐々にだ。一思いにはいけない。

何事も順序があるってもんだからな。

そんなことをしたら………


「………愛してるよ」

「………私もです………」


もう一度そういった。


やはりその言葉は滑らかに空気を震わしていく。

言葉の真意には埋めようのない齟齬がある。


でも、今確かに響子は答えてくれた。

俺の胸に抱かれて。これ以上ない環境下で。


やっと素直になれた。


俺は、響子の苦痛に歪む表情や、深い悲しみや痛みの中で泣きじゃくる姿を見たいって。

だからこそ、慎重に。

心が俺から離れてしまわないように。

一思いには絶対にいけない。




俺は、響子を壊してしまいたかったんだ。



壊れる過程をも、楽しみたい。

一思いに、なんて、そんなことをしたら、




………………今、壊してしまうから。

おわりん。
画像先輩、コメントくれた方ありがとうございました。
楽しい話にしようとしてたけどむいてないと思った。
まぁハッピーエンドにはなったんでよかったです。

02:30│五十嵐響子 
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