2014年01月29日

まゆ「この気持ちが、あなたを壊す」

佐久間まゆのSSです

短めですがどうぞ

すでに完結しています


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1390668720

ステージの舞台袖

薄暗い空間の中で、俺とまゆは抱き締め合っていた

スーツに顔を擦り、まるで匂いを堪能するかのように顔をうずめる

深く息を吸ったところで、ようやくゆっくりと体が離れる

まゆ「はぁ………うふふ…」

まゆ「それじゃあ…いってきますね…♪」

P「あぁ、頑張ってこいよ」

名残惜しそうに振り向き、ステージへと駆け出していく

ステージへと現れた瞬間、ホールがドッと歓声で沸く

P「…………」

──
────
──────

数週間前、それはまゆからのお願いだった

いつもの定例ライブ、いよいよまゆの出番が近づいた時に彼女はこんなお願いをしてきた

まゆ『抱き締めてください…それでまゆは頑張れるから……』

懇願するような目に気圧され、渋りながらも承諾

そのまま今に至るまで、ライブでまゆの出番が近づくたびに抱き締めている

事実、それからというものまゆの人気はさらに拍車をかけて伸び、パフォーマンスにも華が出てきた

今さら断る理由を探す必要もない

だが……

P『あいつはアイドルで、俺はプロデューサーだ』

P『いや…それ以前にもっと大事なこと』

今まで何人かのアイドルをプロデュースしてきたが、
まゆのアイドルとしての成長は今までに類を見ないスピードだった

それこそ、異常と言ってもいいほどに

アイドルになり立てのころはよくレッスンに付き添ったりもしていたが
その時からすでに、同期のアイドルたちよりもワンランク上のパートを練習していた

今でも、もっと上のレベルのレッスンをしてほしいと、トレーナーさんから報告があったぐらいだ

その時トレーナーさんは問うたらしい

なぜそこまでやろうとするのか?
別にそこまで気を張らなくても、あなたは十分アイドルをできている、と

以前、俺もまったく同じ質問をまゆにしたところだ

まゆは、どちらも同じくこう答えた

まゆ『全ては、Pさんのためだから』

まゆ『Pさんのために、まゆはアイドルをしているんです』

そこまで献身的にプロデューサーに尽くすというものは、本来であればあり得ない心情だ

アイドルはみな、なにかしらの目標を持っている

ファンのみんなに、笑顔を届けるため
歌を上手くなって、世界中の人に届けるため
自分自身を磨くため
人々に、夢を与えるため

だが、まゆのそれはどれにも当てはまらない

俺のためにアイドルをし、俺のために輝き、俺のために歌う

俺はそれを恋愛感情と見て危険視していた
事実、俺に好意を寄せている発言も何度もあった
アイドルとプロデューサーとの恋愛はご法度

意を決して、一度まゆに諭したこともあった


お前が俺に好意を寄せてるのは男としてはありがたいことだけど

アイドルとプロデューサーの恋愛なんていうのはあっちゃならない

お前はアイドルなんだ。

アイドルは、人に夢を与える仕事…

まゆを応援してくれている人達を裏切るようなことをしちゃいけない


苦しい決断だった

彼女がこれを聞いてやる気を喪失すれば、最悪辞めてしまうことになるかもしれない

アイドルの道を潰してしまいかねないからだ

だが、彼女はまだまだ若い。いくらでもやり直しがきく

ただアイドルに向いてなかったというだけのことと思ってくれれば……

そして、俺よりももっといい人と出会ってくれれば……



だが、まゆの反応は予想だにしないものだった

まゆ『まゆには…ファンなんて…トップアイドルなんてどうでもいいんです』

まゆ『Pさんの傍にいられるなら、まゆはなんだっていいの…』

まゆ『それに…まゆにはわかるんです』

まゆ『その言葉、Pさんの本当の気持ちではないですよね』

まゆ『もしさっきの言葉が、Pさんの本当の気持ちだとしても…』

まゆ『想うだけなら…自由ですよね?』


まゆはものともしない態度でそう言い放った

打ちのめされたのは俺のほうだった

だが、これでわかったこともある

まゆが、単なる恋愛感情だけでここまでしていないということ

そしてそれが、相手が俺でなくてはならないということを
それに気づくのは、もっと後になってのことだ

まゆは俺に依存している。加えて、俺以外への異常なまでの排他的行為

俺はまゆにあらゆる仕事を持ってくる

まゆはそれに全て応え、取ってきた仕事を喜んで受ける

握手会、人気が出てから頻繁に行うようになった
並ぶファンの一人一人に握手をし、声をかける

即席で作りあげた笑顔を訪れたファンに振りまく
その笑顔の下で、まゆがどれほどの感情を渦巻かせているのか、知る人は俺しかいないだろう

握手会が終わればまゆはそれこそ入念に手を洗う
何度も何度も、消毒液を落としてはまた手に塗す

そして洗い終われば、決まって俺の手と絡ませる
なにも言わず、ただ入念に手に染み込ませるようにしながら…

過去に一度、まゆはライブで敗北したことがある
明らかに各上の相手で、ほとんど勝負が見えていたライブだったのだが…

結果が出たとき、まゆはその場で放心したように立ち尽くしていた

普段の彼女から察して、事態を危険に感じた俺は
まゆを連れてステージを降りる

楽屋まで連れ戻るや否や、俺の胸に顔をうずめ

まゆ『次は勝ちます……絶対に……』

そう聞き取れるか取れないかぐらいの声で、呪文のようにそう呟いたまゆは
それからというもの、負けることは決してなかった

他のアイドルとの打ち上げ
だが、そこにまゆが現れることはない

まゆ『Pさんがいないのなら、行く意味がないですから』

そう言って、夜遅くまで事務仕事をしている俺と一緒に事務所にいることも珍しくなかった


周りのアイドルの中にはもちろん、嫌悪する者、考え方を正そうとする者、心配する者もいた

だが、その異常なまでの執念と覚悟に異を唱える人は次第にいなくなり
恐怖するようになったという

──────
────
──

そんな俺も、時々まゆに違和感と恐怖を感じることがある

P「………」

ステージの袖からまゆを見守る。

ちょうど、ステップの難しい部分を難なく踊り抜いてみせたところだ


まゆのその気持ち一つで、

勝てば褒めてもらえるという原動力だけでそこまでの気持ちで臨めるという姿勢


そのポテンシャルと覚悟に恐怖すら感じるとともに、

ゾクゾクと背中に走る言い知れない快感がたしかにあった


ライブが終わり、まゆが客席に向かって一礼をする

ホールがこれまでにない歓声に響き、揺れる

ビリビリと体の奥まで振動が伝わる

まゆが与えてくれた、歓声


ぞくり──


まただ

なぜこんな感情が芽生えるのか、俺には分からない


だけど、今ここで吐露してはならない

なんとなくそんな気がして、その気持ちをぐっと飲み込む



その日もまゆは、持てるうちの最高のパフォーマンスでライブを彩り、

目の前のファンと俺を釘付けにさせた

まゆ「Pさん、次のこの衣装なんですけど…」

P「あ、あぁ…」

まゆ「?  どうしたんですかぁ?」

P「いや、なんでもない」

まゆ「…ほんとうですか?」

P「あぁ、大丈夫だ。この衣装は、次のこの曲が終わってからの空き時間に……」


それからというもの、日を増すごとにあの感情は増していき

ついには無視できるものではなくなっていった

今もこうしてまゆと会話してはいるが、内容がいまひとつ入ってこない

だが、まゆの声だけは鮮明に頭の中に入ってくる


台本に描かれたステージの図にペンを走らせ、矢印の補足を入れながらメモを加えるその仕草にさえ

目が離せなくなっていた

ふと、そのペンが止まり、まゆが見上げる

まゆ「本当に…大丈夫ですか?」

まゆ「なんだかつらそうです…」

P「え?あ、あぁ…昨日遅くまで残りすぎたかな?はは…」

そう笑ってみせるが、俺はつらそうに見えるのか


まゆ「……」

普段なら俺の体調不良となればもっと取り乱すであろうまゆが、じっとこちらを伺う

そしてニコリと微笑んだかと思うと、背伸びをして俺の耳元に顔を近づける

身構えようとしたが──

注意して聞かなければ聞こえないぐらいの囁き声が、耳の近くで確かに聞こえた



まゆ「まゆは…Pさんのためだったらなんだってできるんですよぉ…?」
P「───っ!」

思考が鈍り、殻に閉じ込めていた感情がペリペリと剥がれていくのがわかる

だめだ、この感情はいけない──

そう言い聞かせ、また新たに上から貼り合わせ、押さえつける


そんなことを頭の中でしているうちに、いつの間にかまゆの顔が離れていた

まゆ「それじゃあ、今からレッスンなので… いってきますね♪」

そう言って彼女は小さく手を振り、その場をあとにする

P「あぁ…気を付けて、な……」
取り残された俺は、深くため息をつきながらデスクのイスに腰掛ける

先ほどの囁きが今でも頭の中で反芻される

その度に、あの時と同じ、言い知れない快感が背中に走る

俺は、どうなってしまったんだろうか



誰に問うても返ってくるはずのない疑問を、ただ頭の中にぶつける

いや、返してくれる人は思い当たる中で一人いる

だが、彼女にこの感情を向けてはならないと、無意識のうちに感じていた

今はただ、どうにかこの感情と向き合わないために、なにかをしてごまかすしかない

そんな毎日が、少しずつ俺の思考を狂わせていった

家に帰宅して鍵をかけ、部屋の電気をつけ、廊下へ続くドアを閉める



P「……っはぁ!……はぁ……はぁ………っ」

動悸

呼吸がしづらくなる

まゆのことを考えただけで

家に帰り、一人になるといつもこれだ

P「まゆ……」

彼女はアイドルで、俺はプロデューサー
恋愛なんてしてはいけない

そんな甘っちょろいなけなしの建前と言い訳をはるかに凌駕する感情

そんなことで悩めるのなら、今さら俺はこんなに苦しみもしなかっただろう

一人のアイドルとして見ることが、とうの昔にできなくなっていた

自分はどこかおかしくなってしまったんだろうか

そんなはずはない

ただ、今まで普通に過ごしてきて、彼女をプロデュースしてきただけ

彼女をプロデュースしてきた…だけ…

彼女を……


心の奥底のわけのわからない感情にただひたすら戸惑う

今まで味わったことのない感情

恋慕や片想いの儚い恋なんかよりももっと純心な感情



ともすれば、ずっとドス黒い感情───
今まで人並みに恋をしてきた どれも人並みな恋愛だ

人並みに好きになり、人並みに付き合い、人並みに別れていった

そんな、ごく普通の人生だったじゃないか

でも、今のこの感情を以ってすれば、今までのことがどんなに色のない人生だったか…

まゆだけが、視界の中で色濃く映る


自分は常識的でいなくちゃいけない、まゆを普通の女の子にするためにも

それは彼女のためでもあり、俺のためでもある、と思う…

だから、この感情を表に出してはいけない

顔を両手で覆う、自分が震えているのにも気づかない

顔を覆う手の指の間から見える視界、今にもそこから彼女の髪がさらりと出てきそうな

そんな錯角さえ覚える

自分の思考から逃れようと目を力いっぱい瞑る

そのままベッドへと倒れ伏す

スーツを着たまま、着替えもしないで

シャツはすでに、滲み出る汗でぺったりと貼り付いていた


今日はもう寝よう……

持ち帰った仕事は……明日…事務所……で……


やれ…ば……い……


……………。
P「……んぅ………」

ゆっくりと目を開ける

P「…ここ…は……」

柔らかなか感触の上に横たわっていることにまず気付く

気だるさが残った頭を起こし周囲に目をやる

剥き出しのコンクリートが四方を囲む部屋、床までもがコンクリートで敷き詰められている

広さは15畳ほどだろうか

俺の下には、部屋の中央に置かれたセミダブルの真っ白なベッド

天井には白い蛍光灯が放つ無機質な光

それ以外には、なにもない

ドアも、なにも
ベッドから起き上がり、もう一度ぐるりと四方を見渡す

ドアも窓もなにもない

どうやってここに入ってきたのか……


「ねぇ、Pさん」


P「っ!?」

突然、後ろから声がした

俺の一歩後ろから声を上げたぐらいの、はっきりした声

おかしい、この部屋にいるのは俺だけだ

慌てて後ろを振り向く

だがそこに誰もいない

一体誰が……
───っ!

次の瞬間、何者かに腕を掴まれ、ベッドへと引き倒された


「それ」に覆いかぶさるようになった俺は、腕を掴んだ手を目で追う

腕を掴んだモノ。

それは人の肌の色をしておらず、人の手の、腕の形をした真っ黒の塊

手から腕へ、腕から肩へ、肩から上半身へ──

それは、人の形をした真っ黒の塊


悲鳴を上げそうになったところで、頭の中で声が響く

「Pさんには、まゆがなにに見えますか?」

「そこには、ちゃんとまゆが映っていますかぁ?」

「まゆからは、ちゃんとPさんの素敵な顔が見えますよぉ」


「あなたがずっと目を背け続けたもの…」

「それがなんなのか…わかりますよねぇ…?」

P「あ………ぁ……」

声が出ない

頭の中に声が響くたび、ずっと閉じ込めていた殻にヒビが入り、黒い液体が漏れ出す

「これ」がまゆなのか?

震える手で、吸い寄せられるように「それ」の頬の輪郭をなぞる

P「ッ!」

ぞくり───

あの快感、あの感情

P「あ……ぐぅ……」

触れた指先の頬から、徐々に黒色が霧散していく


その下から現れたのは、まぎれもない彼女の肌色
殻から液が漏れ出すたび、その肌色の部分が広がっていく

「もう、苦しむ必要はないんですよ…? Pさん……」

頭の中に響く声に導かれるように、目の前の「それ」をまさぐる

向こうもそれに委ねるように、俺の指先を受け入れる

今度は「それ」の髪の間に指を入れる

さらさらと指の間を流れていく髪。俺はこの髪を知っている

瞬く間に、色づいていく

頭の中の抵抗が、次第に弱まっていく

P「いいのか…? まゆ……」

「まゆは言いましたよねぇ…あなたのためならなんだってできる、って…」

「最初にPさんと出会ってから、Pさんのその気持ちに気付いたときから」

「まゆはこうなるって、わかってたから……」


「それ」の片目が俺の目を覗く

……あれ? そういえば、いつからこんなことを思うようになったんだっけ

いつからだろう……

わからない

ただ、たまらなく彼女が愛おしい

P「お前が……ほしい……」


殻が、音を立てて崩れる───
──────
────
──


P「……うわぁぁあああ!!」

慌てて跳ね起きる

P「はぁ……はぁ……」

P「あ…あれ…?……」

気が付けば部屋のベッドの上

コンクリートも、白いベッドも、黒い物体もない

P「あの時…俺……」

黒いなにかに手を引っ張られて……

手のひらを見る

そこはじっとりと汗をかいていて、たしかになにかを触った感触が残っている

P「はぁ…なんだ……夢か……」


まゆ「夢なんかじゃないですよ」


P「なっ───!?」

夢の中で聞いた同じ声、それよりも現実味を帯びた声

声のする方向を向くと、彼女はそこにいた

まゆ「ずっと、まゆの名前を呼んでいたのを…覚えてないんですかぁ…?」

まゆをずっと呼んでいた?

おぼろげな夢の内容をたどるが、そんなことはなかった…ような…

それになにより、あれが現実なわけがない

ここは俺の部屋で、俺が普段寝起きしている場所で

まゆがここにいるはずがない


そうだ、ここは俺の部屋だ。夢で見た場所とは違う

俺の部屋………



……どうして、まゆが俺の部屋にいる?
まゆ「うふふ…手に入れるのは難しかったですけど、その分効果はあったみたいですねぇ…」

まゆは手に持っていた俺がいつも使っているマグカップをローテーブルに置く

カップには、コーヒーが入っていると思しき、黒い液体

P「まゆ…俺になにをした……?」

なんとか立ち上がり、揺れる視界の中でまゆを捉える

なにかを確信したかのようなその顔なのに、どこか虚ろな目はいつも見るまゆとは違って見える

一歩、一歩とまゆが近づいてくる

後ずさることもできずに、ただふらつく足で構えるしかない

半歩先まで近づいたところでピタリと止まり、俺の顔を見上げる



そしてゆっくりとベッドに、覆いかぶさるように押し倒された

P「おまっ……なにを…」

まゆ「ねぇ…Pさん」

そのまま俺の上に馬乗りになったまゆがにじり寄る

抵抗しようとはするが、上下感覚が上手くつかめない頭がそれを許さない

顔が目の前にまで這い寄る

まゆ「まゆに隠し事…してませんよねぇ…?」

P「隠し事…だと…」

まゆ「まゆ……隠し事って大嫌いなんです」

P「なにも…隠し事なんて……」

まゆ「まゆは、Pさんの全てを受け止められるんですよぉ」

まゆ「だから…Pさんの見えない部分も、隠している部分も、全部全部受け止めて」

まゆ「愛してあげられるんです……」

まゆ「まゆだけが……」

細い指が俺の右耳に添えられる

そして流れる一筋の汗の跡をなぞる

P「……っ」

俺は震えてるんだろうか、なにに震えているんだろうか

まゆへの恐怖?

いや違う

これは、抑えているんだ

ドス黒い感情が、外に漏れ出てしまわないようにと

気を抜けば、きっとまゆを傷つけてしまう

そんなことしたくないはずなのに

頭の中で警告のサイレンが鳴り止まない

その音がガンガンと頭のいたるところを叩き付ける

目の焦点が合わない
まゆ「ねぇ……Pさん…」

いつの間にか、まゆの顔が俺の耳元まで近づいていた

まゆ「我慢なんて…しなくてもいいんですよ…」

P「あ……が……っ…」

ゾクゾクと、囁く声が脳裏を焼き切っていく

まゆ「Pさんがどうなろうと…まゆがどうなろうと関係ないんです……」

それ以上は、いけない

まゆ「Pさん……まゆはあなたを…」



まゆ「愛しています……」



─────ッ
ゆっくりと、まゆの顔が離れる

そこには今までにない彼女の笑顔があった


妖艶ともとれる、口元

目は、どこからともなく差し込む光に妖しく照らされる


落ち着いた栗色の髪、切りそろえられた前髪

一本一本がきめ細やかな艶を出している髪

懇願と慈愛の混じった目、その中心に漂う青緑のディープトーン

長いまつ毛、整った鼻立ち、柔らかな顔のライン、

華奢な肩、捻れば折れてしまいそうな腕

一寸のシミもケガもない、透き通るような肌


今まで何度俺の名を呼んできたであろう彼女の口と喉

今まで何度俺の手と絡んできたであろう彼女の指と関節

誰も寄せ付けない身体が俺だけを受け入れている

俺だけを求めている


どれもこれも、どうしようもなく愛おしい



もう、限界だった───
P「……まゆ」

まゆ「はぁい、どうしまし……Pさん?」

まゆが目の前で首を傾げる


そう、首を

瞬間、俺の手がまゆの首めがけて伸びる


たしかな柔らかな感触を確認するまでもなく、ベッドの後ろへと押し倒す

まゆ「ぐっ…!」

まゆが苦悶の表情に顔を崩す

P「…………」

やめろ

まゆ「くぁ…ぁ……ぅぁ゛…」

P「…………」

やめてくれ

P「…………」

手に力を込めるな


P「まゆが気付かせてくれたんだよな」

P「この気持ちに」

意に反して口が動く、やめろと訴えているのに、驚くほど冷静に

P「案外、その気になってみれば楽になるもんだな」

P「今まで苦しんでたのが嘘みたいだ」

ギリギリと首を絞め上げながら、

書いてある文章を読み上げるかのような淡泊な言葉が吐き出される


P「柔らかい…」

まゆ「ぐ……く……っ…」

P「なぁ、まゆ」

P「もっと、笑ってみせてくれよ」

先ほどのまゆのまねをするかのように、首を傾げてみせ

少し手を緩める

まゆ「げっほ!…げほっ……こほ…」

まゆ「…けほ……っ…………ふふ……うふふ……」

まゆ「まゆの、傷……Pさんがつけてくれた…傷……」

先ほどまで俺の爪がくい込んでいた痛々しい跡を愛おしそうに優しくなぞる

それはどこまでも官能的で、嗜虐的で、俺の琴線を掴んで離さない

なぜ彼女がここまでできるのか
そんな疑問はとっくに捨てた

なにも考えられず、ただ目の前に広がる非日常に目を奪われるしかなかった

まゆ「……P…さん……」

まゆ「まゆは……Pさんのためなら、なんでもできるの…」

まゆ「だから、Pさん…」

まゆ「まゆだけを…見て……?」

首にくっきりとした手形を残したまま

反射的に出たのであろう涙を目じりに溜めたまま


そんなまゆが、微笑んでくれた

ニコリと、柔らかに


俺の全てを許してくれるかのように、受け入れてくれるかのように

P「───っ!!」

黒い感情が一気に膨張し、行き場を無くした衝動が目を見開かせる

手に再び力を込めようとしたその時

両の頬にやわらかな手が添えられる

そのまま引き寄せられ



彼女と、キスをした

時間が止まる

ドス黒い思考が、ショートする

なにも、考えられなくなる

まゆを手に入れたい、愛している、その感情だけを残して

まゆの熱が自分の口から体へと広がる代わりに

衝動が、吸い取られていくような


まゆ「まゆはPさんのモノ…あなたは、まゆだけのモノですよ……・」

まゆ「ずっと…ずぅっと……永遠に……」

少し潤んだまゆの瞳が俺の目の奥を覗き込む

P「ま……ゆ……」
俺はその日、初めて自分の狂気を体現した

それを示す方法は一つしかなく、そのためにまゆの首になによりの証拠が残った

それも束の間、まゆの一言とその口づけで全ての思考が鈍っていく

俺は初めから狂気を持っていた。まゆとは違うが、同じ狂気を持っていた

俺はまゆの狂気と、底知れない愛情を受け止め、

そんな俺の狂気へと変わり果てた好意すらも、まゆは飼い慣らす
数日後、、、


閉じられた部屋

閉じられたカーテン

それは無理やりに、両端をリボンで縫い付けたようにしたカーテン

薄暗い部屋の中で、彼らは今日も求め合う

お互いの首には首輪がつけられ、そこから垂れるリードをお互いの手が握る


感情をさらけ出し

彼らが、彼らだけの傷をつけては狂喜する


社会はきっと彼らを認めないだろう

長くは続かないとわかっているのかいないのか、彼らは今ある時間を精一杯生き、狂い咲く

一睡もすることなく、眠ることを忘れたかのように求め合った末路

彼らは世界の中で一番の幸せに抱かれながら、


お互いを、手に掛けた





終わり
これにて終了です

00:30│佐久間まゆ 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: