2015年05月25日

歌鈴と化けタヌキ

とある神社の境内(けいだい)。普段はしずかなこの場所が、大さわぎになっていました。

境内を走り回る子タヌキを、巫女(みこ)姿の女の子がほうきを手に追いかけています。

巫女さんの名前は歌鈴といって、この神社の神主のまご娘で、とってもドジな女の子です。

子タヌキは、歌鈴の神社の近くの森の中に住んでいます。

いたずらが大好きで、特に歌鈴をからかって遊ぶのが、大のお気に入りでした。



二人は、お互いが小さな頃からの長い付き合いで、こうして追いかけっこをするのも、すっかり見慣れたものです。

歌鈴、今日は子タヌキに足を引っ掛けられて、転んで尻もちをついてしまったようです。



「こらーっ!待ちなさーい!」



歌鈴は、ほうきを振り回しながら子タヌキに追いすがりますが、子タヌキはそれをひらり、ひらりと見事にかわします。

そうこうしているうち、二人は神社を飛び出し、歌鈴の住む家までやってきてしまっていました。



「あっ、こら、入っちゃダメ!」



子タヌキは縁側に飛び乗ると、そのまま家の中に入っていきました。

歌鈴も、草履(ぞうり)を脱ぐのも忘れて追いかけます。

ばたばたと騒がしくかけ回っていると、やがて子タヌキが客間のずみっこに逃げ込みました。



「はぁ、はぁ、か、観念しなさい・・・」



歌鈴は、息を切らしながらじりじりと詰め寄ります。

ところが、追い詰められているはずの子タヌキは、ひどく落ち着いていました。

実は子タヌキ、歌鈴の家にやってくるのも、一度や二度ではありません。何度も忍び込んでは、これまた悪さをしていたのです。

今では、自分の家のように中を知り尽くしていました。

歌鈴は、ほうきを逆に持って大きく振りかざし、



「たあっ!」



と、子タヌキ目掛けて振り回し、びゅんっ、とほうきの先が音を立てて飛んでいきました。

子タヌキはそれを見て、ふんっ、と鼻で笑うと、身をひるがえして軽々とよけました。

すると、ほうきが子タヌキの真後ろにあった花瓶に当たり、がちゃん、と大きな音を立てて割れてしまいました。



「ああっ、や、やっちゃった〜っ!?」

『へへっ、またやってやったでごぜーます!』



われた花瓶の前であわてふためく歌鈴をよそに、子タヌキは満足して帰っていきました。





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『さーてと、今日はどんないたずらをしてやるでごぜーま・・・およ?』



いつものように子タヌキが神社にやってくると、境内に見慣れない人間がいました。

スーツという変わった着物を着た男の人のようで、歌鈴となにやら話をしています。

子タヌキは、やぶのかげからこっそり聞き耳を立てました。



「それで歌鈴、次の仕事なんだけど・・・」

「はいっ、せいいっぱい頑張りまつっ!」



何の言っているのか、子タヌキにはよく分かりませんでした。しかし、男の人と話をする歌鈴は、とても楽しそうです。



「それじゃ、よろしく頼むよ」

「お疲れ様です、プロデューサーさん!」



プロデューサーと呼んだ男の人を、歌鈴は元気よく見送りました。

歌鈴は、子タヌキが今まで見たことが無いくらい満足した顔をしていました。

ふと、やぶからがさがさと音がするのに気づいた歌鈴が、その先に目を向けました。

やぶの中から、いつものいたずらタヌキが出てきました。



「あっ、また悪さしに来たの!?」



歌鈴は、ほうきをかまえて子タヌキをにらみつけます。ところが、子タヌキは振り向いて走り出しました。



「あれ?」



不思議そうに見つめる歌鈴をよそに、子タヌキはあっという間に帰って行きました。





すみかのある森に戻ってきた子タヌキ。その顔は、とても不満そうです。帰る途中も、歌鈴の顔がずっと頭から離れません。



『気に入らねーでごぜーます・・・』



プロデューサーという人間と、嬉しそうに話をする歌鈴。

それを思い出すたび、子タヌキはだんだん腹が立ってきました。

遊び相手を知らない誰かに取られたと思ったのでした。



『ゆるせねーです!ぎゃふんと言わせてやりてーでごぜーます!』

『ほう、誰をぎゃふんと言わせるって・・・?』



すみかに着いた子タヌキを待ってたのは、鬼のような顔をした母タヌキでした。

神社の近くの森にある荒れ寺。ここが子タヌキの家です。

とても古くから人の手が入らない場所で、母タヌキのおじいちゃんが生まれ、そのおばあちゃん、そのまたおじいちゃん・・・。

と、昔からずっとタヌキが暮らしているのです。



『またいたずらしに行ってたんだろ!いいか、今日という今日は・・・』

『はーい。反省してやがるでごぜーまーす』



母タヌキは、子タヌキを顔を真っ赤にして叱り付けますが、子タヌキにはいつものことなのですずしい顔です。



『ったく、オメェはどうしてそうやんちゃになっちまったんだ』

『ママにだけは言われたくねーでごぜーますよ』



カエルの子がカエルなら、タヌキも同じです。母タヌキも若い頃は、それはそれは大変な不良タヌキとして知られていました。

わが子が自分みたくならないかと、心配でならない毎日です。



『とにかく、あんまり悪さばっかりするんじゃねぇぞ』



母タヌキは、話を切り上げてそそくさと家の奥に戻っていきました。

いなくなったのを見届けると、子タヌキはにやりと笑いました。





荒れ寺の近くに、とても大きな杉の木があります。子タヌキの家族は、ずっとこの木を大切にしていました。

木のそばまでやってきた子タヌキは、あたりをうかがうと、その根元を掘り始めました。

掘り進めていくうち、根っこと土の間に、小さくひらけたところが出てきました。

その中に手を突っ込むと、子タヌキは中にあったものを取り出し、空にかざします。それは、一枚の葛(くず)の葉でした。



『へへっ、見つけたでごぜーます』



子タヌキのご先祖は、とても有名な化けタヌキでした。この葛の葉は、ご先祖が残した宝物なのです。

遠い昔、ご先祖の化けタヌキは、色んなものに化けては、さんざんに悪さをしていました。

そんなある日、化けタヌキはお寺の偉いお坊さんに、とうとう退治されてしまいます。

ところが、そのお坊さんは化けタヌキを追いはらわず、ぎゃくにお寺に住まわせ、毎日説教をしました。

そうすること四十九日、ついに化けタヌキは改心します。

化けタヌキは、二度と悪さをしないしるしとして、一枚の葛の葉を杉の木の下に埋めました。

一見、何のへんてつも無い木の葉ですが、決して枯れることの無い、とても不思議な葉っぱです。

これを頭に被れば、考えただけでどんなものにでも化けることができるのです。

化けタヌキは、誰の手にも触れられないようにと、お坊さんに葛の葉をたくして、何処かに去っていきました。



長い年月がたって、いつしかお寺には誰も住まなくなり、化けタヌキのことも人間たちの中から忘れられていきました。

ある時、一組のタヌキの親子がお寺に移り住んできます。それは、化けタヌキの子孫たちでした。

ご先祖さまがお坊さんとした約束を守るために、ここに戻ってきたのです。

それからずっと、タヌキたちはこのお寺に住み、杉の木の下のたった一枚の葛の葉を守り続けていました。

『ふーん、こんな葉っぱ一枚で、ホントに化けられるんでごぜーますか?』



その昔話を、子タヌキは母タヌキから何度も聞かされていました。けれど子タヌキは、うそっぱちだ、とまったく信じていませんでした。

けれどもし本当なら、これで人間に化けて歌鈴にいたずらしてやろう、とかんがえたのです。

物はためしと、さっそく葛の葉を頭に乗せ、人間の顔や格好を思い浮かべます。



『むむ〜、う〜ん・・・』



するとどうでしょう、子タヌキの体がみるみる変わっていき、人間の姿になったではありませんか。



「おおっ!やったでごぜーます!」



初めての人間の体に子タヌキは大はしゃぎ。そのままの姿で森の中をかけ回りました。



「ふっふっふ、これでどんないたずらをしてやるでごぜーますかな?」





すみかに戻った子タヌキは、母親に内緒でこっそり集めたものを広げました。

それは人間たちが、ゴミとして捨てていった本たちです。

この中から、いたずらに使えそうなものを探そうというのでした。



『どうせなら、顔が真っ赤になるくらいはずかしいやつがいいでごぜーます』



本を読みあさっていると、気になる本を見つけました。

何でも、人間の『れんあい』についての本だそうです。



『これでごぜーます!ふむふむ、なになに・・・』



それから子タヌキは、何日も引きこもって出てきませんでした

神社では、歌鈴がいつものように境内の掃除をしていました。

このところ、あのいたずら子タヌキの姿が見えません。



「どうしたのかな・・・」



しずかで平和なのはいいことです。でも歌鈴は、何となく手持ち無沙汰な思いでした。

掃除を続けていると、石段を上がってくる音が聞こえてきました。

やってきたのは、プロデューサーという男の人でした。



「おはようございますっ。お仕事ですか?」



歌鈴は、プロデューサーのもとにかけ寄りました。



「いや、歌鈴に会いたくてね。迷惑かな?」

「そそそ、そんなっ!う、嬉しいですっ!」



歌鈴は、ぱっと明るい表情になり、



「お茶を入れてきますねっ」



と言って、またぱたぱたとかけ出していきました。

それを見届けて、プロデューサーがにやりと笑いました。



『ふっふっふ、せーこーでごぜーます!』



実は、このプロデューサーは、子タヌキの化けた姿でした。

子タヌキは、歌鈴にうんと恥ずかしい思いをさせてやろうと、この姿になってやってきたのです。



「プロデューサーさん、用意できました!」



神社の離れに案内されたプロデューサー、もとい子タヌキは、縁側で歌鈴と一緒にお茶を飲んでいます。



「いいお天気ですね、プロデューサーさん」



歌鈴は、子タヌキの方をちらりと見たり、はにかんだりと、なんとも落ち着かない様子です。



『ぜーんぜん気づいてやがらないです』



子タヌキは、心の中でにんまりしました。歌鈴は、このプロデューサーがにせ者だと気づきません。

それもそのはず。姿から声から、どう見てもプロデューサーにしか見えないのですから。



「プロデューサーさんと二人きり・・・。嬉しいなぁ、なんて。あはは・・・」



いつも子タヌキを追い掛け回している時とは、まるで別人のようにしおらしい歌鈴。ここまでは順調です。

しかし、のんきにお茶を飲むために来たのではありません。これから、うんと恥ずかしい思いをさせなければならないのです。

子タヌキ、まずは本で憶えた言葉を投げかけます。



「歌鈴、今日も綺麗だね」



そう言われたとたん、歌鈴は飲んでいたお茶をふきだしてしまいました。



「げほっ、げほっ!な、何ですか突然!?」



咳き込みながら、歌鈴は目を白黒させました。



「き、綺麗だなんて、そ、そそそんな、ふぇぇ・・・」



手で顔を隠し、頭をぶるぶる振って大あわて。

その様子に、子タヌキは心の中で笑いが止まりません。たった一言いっただけで、歌鈴の顔はまっかっかです。



『なんてちょろいんでごぜーましょーか』



気を良くした子タヌキは、もっといじわるしたくなりました。



「歌鈴」

「ふぁい!今度はなんでしょっ!?」



ばっ、と勢い良く振り返った歌鈴の目に、プロデューサーの顔がいっぱいに映りました。



「わっ、えっ、あの、プロデューサー・・・さん?」



びっくりする歌鈴に、さらにプロデューサーの顔が近づいてきました。

あまりに突然のことに、歌鈴は石みたいにかたくなって動かなくなってしまいます。

プロデューサーの顔がどんどん大きくなっていき、ついに、二人の唇がくっついてしまいました。

「んむっ!?んん〜・・・」



口をふさがれてしまった歌鈴。なんとか逃げようとしますが、プロデューサーの大きな手が、肩をつかんで離しません。

子タヌキが知るところ、『せっぷん』とか『きす』と言うらしく、人間はこれをされると、とっても恥ずかしいらしいのです。

少しして、ようやく離された歌鈴は、口をぽかんと開けたままぼーっとしていました。

顔どころか、もう耳まで真っ赤です。



『どうでごぜーますか!』



してやったり、と子タヌキは大満足。いたずらは大成功でした。



『・・・あれ?』



ところが子タヌキは、歌鈴の様子がおかしくなっていることに気づきました。

目がだんだん、とろんとしていて、どこを見ているのかまるで分かりません。

息が荒く、吸ったり吐いたりするたびに肩が大きく揺れて、とても苦しそうです。

その上ずっと、聞き取れないくらい小さな声で、うわ言を呟いています。



『た、大変でごぜーます!びょーきでごぜーますか!?』



子タヌキも、そこまでするつもりはありませんでした。今度はこっちが大あわてです。

どうしたものかと考えあぐねていると、歌鈴が下を向いたまま体をふるわせていました。

ひざに当てているこぶしには、ぐっと力が入っています。



『あ、あうぅ・・・お、怒ってやがるです・・・』



観念して逃げ出そうと立ち上がると、歌鈴がその袖をぐいっとつかみ、



「プロデューサーさん!」



と、大きな声で呼び止めました。子タヌキがびっくりして振り向くと、歌鈴が真面目な顔でこっちのことをじっと見つめていました。



「い、今のは、プロデューサーさんのキモチって、思っていいんでしょうか・・・」



歌鈴は苦しそうに息をし、その目には、涙でにじんでいます。



「私、い、言いますっ!だから、ちゃんと、聞いてください・・・」



大きく息を吸い込み、息をぐいっと飲み込みました。



「わ、私、ぷ、プロデューサーさんのことが、す、好きでひゅっ!」



そう、力強く言い、歌鈴はうつむいてしまいました。

「か、かんじゃいましたけど、これ、私の本当の気持ちです。ずっと、ずっと、プロデューサーさんのこと・・・」

「好きだよ」

「・・・え?」



はっと顔を上げると、プロデューサーの体が、歌鈴を抱きしめていました。



「歌鈴のことが、好きだ」



その言葉を聞いたとたん、歌鈴は、ついに泣き出してしまいました。



『れれっ?間違いやがったでごぜーますか!?』



子タヌキが弱っていると、歌鈴が腕で涙をぐいっと拭い、



「ありがとうございます、プロデューサーさんっ!」



と、元気な声で言いました。歌鈴の顔は、満点の笑顔でした。

それを見た子タヌキは、今まで感じたことの無い、変な気持ちになってきました。



『む、胸がどきどきしやがるです・・・。きっと、ビョーキがうつりやがったでごぜーます!』



子タヌキは、たまらずかけ出しました。



「あっ、プロデューサーさん!?」



歌鈴も、あわてて立ち上がり、追いかけます。

社(やしろ)の角を曲がっていったプロデューサーの後を歌鈴が曲がると、そこには誰もいません。

辺りを見回していると、神社の床下から、がさっ、と物音がしました。

歌鈴が床下をのぞき込むと、そこにはあのいたずらタヌキがいました。

子タヌキは歌鈴に見られると、床下の奥を抜けて走り去っていきました。

不思議そうにしていると、ふと、子タヌキがいた場所に何かが落ちてることに気づきました。

歌鈴が拾い上げるたそれは、一枚の葛の葉でした。

逃げるように帰ってきた子タヌキを待っていたのはもちろん、母タヌキのお説教でした。



『バカヤロー!!見つけてくるまで家に入れねぇからな!』



どなられながら、子タヌキは追い出されてしまいました。





『はぁ・・・どうしたらいいでごぜーますか・・・』



子タヌキは、とぼとぼ歩きながら、ため息をつきました。さがすといっても、よそから見ればただの葉っぱです。

他の動物たちに持ってかれたかもしれませんし、風でどこかに飛んでいってしまっては、見つけようがありません。

それに、あんなことをした後では、何となく戻りづらい気分でした。

結局、神社に着いたときには、もう夕日が沈みかかるころでした。





子タヌキは、葛の葉をさがして境内のあちこちを走り回りました。けれど、いくらさがしても、どこにもありません。

やはり、どこかへ行ってしまったのでしょうか。でも、見つけるまで家には帰れません。

日もとっぷりと暮れ、辺りはだんだんと暗くなってきました。

夕やみが、子タヌキの不安と後悔を、ますます大きくしていきます。

今にも泣き出しそうな子タヌキの前に、人影があらわれました。



「ねえ」



子タヌキが見上げると、そこには歌鈴の姿がありました。

まずい、と思い逃げようとする子タヌキに、歌鈴が何かを差し出しました。



「これ、あなたの?」



それは、子タヌキが探していた葛の葉でした。

子タヌキはしばらくぽかんとしていると、はっとわれにかえり、歌鈴の手から葛の葉をふんだくりました。



「大切なものなんだね。ちゃんと大事にしなきゃだめだよ?」



歌鈴はそう言って、子タヌキにやさしくほほえみました。

子タヌキは、今日のことが急に恥ずかしくなってきてしまい、その場から一目散に逃げ去っていきました。

それからしばらくたった、ある天気のいい日のこと。

神社では、いつもとかわらず歌鈴が掃除をしていました。あの日から、子タヌキは姿を見せていません。

ほうきで境内をはいていると、社のかげに一人の女の子が、こちらをじっと見つめて立っているのに気づきました。

歌鈴と目が合った女の子は、恥ずかしそうにうつむいてしまいました。



「どうしたの?」



歌鈴は、女の子に声をかけました。

女の子は、しばらくもじもじとしていましたが、決心したように肩をゆすって大きく、うんっ、とうなずき、



「ごめんなさいでごぜーまーすっ!!」



と、大きな声でさけびました。

そして、ぜぇぜぇと息を切らしながら、ぺこぺことなんどもお辞儀しました。

歌鈴はその様子を見ながら、ただじっと黙っていました。

息をととのえ終わると、女の子は後ろを向いて走っていきました。

そこへ、



「待って!」



と、歌鈴が呼び止めました。

振り返った女の子のそばに、歌鈴がかけ寄り、女の子の前でしゃがみこみました。



「この神社には、子供のタヌキがよく来るの。その子はね、いたずらが大好きな困った子なの」



歌鈴は、女の子を見上げながら言いました。

女の子は、ふんっ、とそっぽを向いてしまいました。



「でもね、その子に勇気をもらったの。好きなひとに、自分の想いを伝える勇気を」



女の子は驚いて、歌鈴の方に向き直りました。

歌鈴は、しばらく空を見つめ、やがてまた女の子を見つめ、



「もし、その子を見たら、伝えてほしいの。私たちは、ずっと、ずっと、一番の友だちだよ、って」



そう言って、女の子にほほえみました。

た女の子は、顔を耳まで真っ赤にして、ばたばたと走り去っていきました。



「・・・ありがとう。また、来てね。いつでも待ってるから」



歌鈴はそう言って、女の子のうしろ姿を目で追いかけました。

それからしばらく、子タヌキは引きこもったきり、外に出なくなりました。

流石に心配になって、母タヌキが様子を見にいきました。

子タヌキは心ここにあらずといった様子で、こわれた窓から見える空をぼんやりと見つめていました。



『友だち、でごぜーますか』

『あぁん?』



子タヌキは、母タヌキに、この間のことをうちあけました。

あれからずっと、子タヌキはプロデューサーに化けていった日のことばかりを考えていました。



あの時、歌鈴に『好きだ』と言った自分。



あの時、泣き出した歌鈴を抱きしめた自分。



あれは、本当にウソだったのでしょうか。



子タヌキにとって歌鈴は、本当に『いちばんの友だち』なのでしょうか。



いくら考えても、子タヌキにはちっとも分かりません。



『ははぁん・・・』

『これって、びょーきなのでごぜーますか?』



合点がいった様子の母タヌキ。

その顔には、うれしそうでいて、いやらしい笑みを含んでいました。



『そうさ。そいつはなぁ、『こいわずらい』ってやつさ』



母タヌキは、けらけらと笑っていました。けれど、子タヌキには、どういう病気なのかさっぱりわかりませんでした。



『オメェが大きくなりゃ、そのうち分かるさ。ほれ、こどもは元気に外であそんできな!』



母タヌキに追い立てられるように、子タヌキは家を出ました。

行くあては、とくにありません。

ただ、足は自然と、神社に向かって歩き始めていたのでした。



おわり



21:30│道明寺歌鈴 
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