2015年05月28日

小梅「何をしていたのか忘れた人たち」

関連 小梅「よくわからない人たち」


【何をしていたのか忘れた人たち】





遠くの方から、どたばた、慌ただしい足音が聞こえる





年末が近づくこのシーズン、どこのテレビ局もこの調子だろう





「…みんな、大変そう…」





白坂小梅は、この日二本目の収録を楽屋で待ちながら、台本を確認していた



その分厚い台本は、自身がつけた赤ペンのチェックで、いっぱいになっている





「…ここではけて、次は…歌の準備…」



「…あれ…ち、違うのかな……?」





どう考えても、十三歳の少女に覚えさせる量ではないが、





「………よしっ……」





彼女は、プロだ





「……もう一回…読み、直そう…」





華奢で小柄で、一見気弱そうな彼女も、同じ仲間と切磋琢磨しながら、死に物狂いでこの世界を生きる、正真正銘のプロなのだ



そのストイックな姿勢と、目の奥に燃え盛る熱情が、普通の少女ではないと、すぐに分からせてくれる





「……えっと、この、タイミングで……」





「…つ、次はここで…………えっ…?」





唐突に、楽屋のドアがノックされる



時計を確認するが、まだまだ収録の時間には程遠い



どうしたんだろう、何かトラブルでもあったのかな、と心配になる



すると、失礼しますという声と共に、ドアがゆっくりと開かれた





「白坂さん、お疲れさま」



「…あれ、○○さん……?」





入ってきたのは、知り合いの大道具だった



彼は、小梅が抱えるレギュラー番組の大道具で、彼女と同じく、大のスプラッタ映画好きということから、現場でよく自分の話し相手になってくれる、仲のいいスタッフなのだ



今まで一度も楽屋に来てくれたことのない彼が急に訪ねてきたので、少し戸惑いはしたが、逆に嬉しくもあった





「…ど、どうしたんです、か…?」





また新作DVDの話でもしてくれるのかなと期待しながら、彼女は言葉をかけた



しかし、わざわざ楽屋に出向いてくれた彼の目は濁っており、何だか申し訳なさそうな表情で、目線を下に配っている





「その…一つ聞きたい事があってね…」



「…聞きたい、こと…?」



「うん、そうなんだ…」





申し訳なさそうな表情のまま、そう言ってきた



彼女は不思議に思った



雰囲気と表情からして、いつもの映画トークではないだろう



と言って、彼ほどのベテランが仕事のことで質問をしてくる筈がない



むしろ、彼女の方から、質問したいことが山ほどあるくらいなのだから



彼女は、また戸惑った





「き、聞きたい事って…何、ですか…?」



「…えっと、その……」







「……俺、さっきまで何してたっけ…?」



「………………へっ…?」





彼女は、さらに戸惑った







「…ど、どういうこと…ですか…?」



「いや、いきなりごめんね…本当に…」



「急に全部忘れちゃって、さ…」



「…………」





意味が分からなかった



質問の内容も意味不明だが、それをなぜ自分に聞いてきたのか、一番の謎だった



いくら仲が良いと言って、今日初めて会う人間の動向を知る術など、ある訳がない





「なんで、それを…私に…?」



「………全部忘れた時に」



『そうだ、白坂さんに聞けば良いんだった』



「……って思い出したんだ」



「……な、なるほど……」





なるほど、と返した彼女の頭は、パニック寸前になっていた





「……何か少しでも分かる事ないかな?」



「ごめん、なさい…わ、わからないです…」



「………………」



「……………本当に?」



「……っ……!」







「私、台本読まなきゃ、ダメなんです…!」



「もう、で、出ていって、ください……!」



「………………」





必死の剣幕に、大道具の彼は無言で、楽屋から出ていった



本当に?と聞いてきた彼の目が、異常なまでに、据わっていた





もはや彼女に、台本の内容を覚える余裕などなかった



あの目を思い出すだけで、吐き気がする



壮絶なイジメを受けたような、悲しみやら憎しみを脳内にねじ込まれたような、死ぬまで考えたくもなかった感覚だった



本当に吐かなかっただけマシだ、とさえ思えた





「……っはぁ……はぁ……」





思わず、横にある水を飲み干した



口からこぼれ落ちるのも気にせず、喉の奥から逆流してくるものを、何とか抑えつけた





彼女はよろめきながら、ドアの鍵を閉めた



この異常事態の唐突さと、意味不明さと、どうしようもない恐怖と



何より、今のところ救いが無いという事実が、小さな身体を震わせる



その時





「ッ……!!」





施錠したばかりのドアを、誰かがノックした



ノックした、というより、殴ってきた、に近い衝撃だった





「…や、やめて……!」





彼女はすぐに、このドア一枚向こうに、複数人いるということを知った







「なあ白坂さん!教えてくれよ!」



「さっきまで俺たちは何をしてたんだ!」



「こいつらに聞いても分かんないって言うんだよ!」



「アンタに聞けば全部分かるんだろ!なあ!!」



「おい!!早く教えてくれよ!!」



「さっきまで何してたんだよ俺たち!!」



「そこにいるんだろ!!!黙ってんじゃねえぞ!!!」



「早く!!!!教えろよ!!!」









「俺たちは!!!何してたんだ!!!」







【何をしていたのか忘れた人たち・終】






17:30│白坂小梅 
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