2015年06月04日

「美希のグルメ」


ハリウッドでの撮影を終えて、国際空港のサテライトに降り立った。

乾燥したロサンゼルスとは違い、梅雨時特有のジメッとした空気が肌にまとわりつく。

あれだけ鬱陶しかった湿度が、数ヶ月海外で過ごしただけでこうも恋しくなるものか。





「お腹……空いたな……」



約10時間のフライトの2/3以上を寝て過ごし、その為、機内食も軽めの物しか摂っていない為、こうして日本に降り立った時、一気に空腹が襲ってきた。



「おにぎりあるかな?」



広い空港の中、どこに何があるかも分からない。

パパとママが迎えに来るまでまだ大分時間があるため、どこか適当な所で食事を摂りたい。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1433050452





検疫と入国審査の手続きを済ませ、手荷物受取場で自分のトランクを受け取ると、税関を抜け到着ロビーに出た。



少し歩くと空港内のレストラン案内図を見つけたので、自分の腹と相談しながら――――おにぎりがありそうな店を優先して――――見繕う。

アメリカでの生活で困ったのが、肉メインの食事になったことだ。

米が無かった訳では無い、プロデューサーが手配してくれたので米に困ることは無かったが、日本産の物と比べると味は一段も二段も落ちる。

必然、米を避け向こうの食生活に馴染まざるを得なかったのだ。



案内板を一通り見たが、おにぎりがありそうな店は無く、とりあえず飲食店が固まっている場所を目指して歩き出す。

その間に見つけたコインロッカーにトランクを預け、身軽になり、そこから数分歩くと飲食店街のような場所に着いた。



カフェやラーメン屋、蕎麦屋等が立ち並んでいる。





「貴音だったらラーメン屋に入りそうなの」



数ヶ月振りに会う仲間を思い出すのがラーメンなのは如何なものか。

しかし、そういうイメージが定着してしまったのだから仕方がない。



暫く見て回っていると、フロアの角に牛たんの店を見つけた。

隣には回らない寿司の店。



カフェやラーメンよりは今の気分に合致している。



長く海外で過ごすと日本食に恋焦がれるというが、本当にそうなのだと実感した。





「回らないお寿司はちょっとお金が掛かりそうだよね……。それじゃあ、こっちにするの」



帰国したばかりで、懐具合が心許なかった為牛たんの店を選択する。

店の入口に立つと自動ドアが開き、女性の店員が出迎えてくれた。



「いらっしゃいませ〜。お一人様でよろしいでしょうか?」



「なの」



「それではこちらの席にどうぞ」



案内されたのは、窓際の席だった。

到着ロビーよりも上階にある店のため、窓からは出発ロビーの様子が伺える。

国際線のターミナルなので、往来は多様だった。

小さな子どもからお年寄り、肌が黒い人、髪が金色の人――――私も金髪ではあるが。様々な人種がロビーを行き交っている。





時刻は正午を少し過ぎた所だが、店内に人の姿は少なく、あまり人気の店では無いのかと訝ったが、携帯電話の画面に目を落とすと今日が平日であることに気がついた。

そのまま携帯電話で店の情報を調べてみたが、それなりに人気店のようだった。



パパとママが来るまで時間があるとはいえ、そんなにのんびりもしていられない。

席に備え付けられたメニューを取り出し、目を通す。

定食や女性向けのセット等、バリエーションに富んだメニューとなっていた。



「ん〜、どれも美味しそうなの」



久々に食べる日本食に目移りしながら、一つのセットに目を奪われる。





「国産牛タン塩焼き定食か……。ちょっと高い気もするけど、これにするの!」



値段は少しばかり張るが、帰国して最初の食事だし、大仕事を終えた開放感から奮発することに決めた。



「すみませ〜ん」



すぐに先程の店員に声をかける。呼ばれた店員がこちらへやって来た。



「ご注文お決まりですか?」



「えっと、国産牛タン塩焼き御膳を一つ」



心に決めたメニューを、聞き返されないよう目を見てはっきりと伝える。





「塩焼き御膳一つですね」



伝票に注文を書き、店員がそれをテーブルの伝票受けに入れる。



「お水とお茶はセルフサービスになっておりますのでご自由にどうぞ」



そう告げて店員は席から離れて行った。



セルフサービスの飲み物を取りに行き、温かいお茶と冷水が並んでいたため、冷水を選ぶ。

サーバーからコップに冷水を注ぐと、手の平に、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。



「あっ、冷たいほうじ茶もあったんだ……」



長く触れていなかったお茶。

緑茶程度であれば、アメリカでも手に入ったが、ほうじ茶は流石に飲む機会は無かったので、気づいていればそちらを選んでいただろう。

二杯目に選べばいいことではあるのだが、何となくもやっとする。





「まぁいっか」



過ぎた事を悔やんでも仕方がないと、水を手に席へ戻る。

ふと、帰国の報告をプロデューサーにしていない事を思い出し、再び携帯電話を取り出した。

電話でも良いが、あちらは現在夜の8時やそこら。

まだ仕事をしているかもしれないのでメールに留めておこう。



『無事日本に着いたよ、そっ

 ちに比べるとこっちはあっ

 ついね。

 久々の日本だからおにぎり

 が恋しいの!

 でも空港には無かったから

 違うもの食べるけどね(笑)



 あんまり遅くまでお仕事し

 てたらダメだよ?



 じゃね!』





控えめな文を打ち込み、送信ボタンを押す。

送信が完了した所で、先程の店員が定食を運んできてくれた。



「お待たせいたしました、国産牛タン塩焼き御膳です」



「ありがとうなの!」



大きなお盆の中央に、大きな角皿が置かれ、その上に、一切れ一切れが大きい牛たんが鎮座している。

角皿の左には麦飯、その奥にはとろろ。

逆側にスープとその奥にはおろしの乗った――――。



「そぼろ……?」





「牛たんはこちらのネギ塩ダレを付けてお召し上がりください」



角皿の上に乗っているのは牛たんだけではなく、小さな鉢にネギ塩ダレが、その隣には茶色の何か。

さらにその隣には白菜の浅漬が慎ましやかに乗せられている。



「ごゆっくりどうぞ」



そう告げて店員は戻っていった。

割り箸を割って両手を合わせる。



「いただきます」





まずはメインの牛たんを、塩ダレに付けずにそのまま一かじり。



「あ〜むっ……んむっ……んぐっ……ん〜〜〜!! ほいひいの〜!」



本当に軽く塩を振って焼いただけなのか、牛たん自体は薄めのあっさりとした印象を受ける。

しかし非常に柔らかく、独特の食感が心地よい。

いかにも牛たんっていう牛たんだ。



「それじゃあ言われた通り塩ダレつけて……はむっ……んっ!?」



タレ一つでここまで変わるものなのか。



あっさりとした味わいは鳴りを潜め、代わりにインパクトのある塩気が飛び込んできた。

ネギにはしっかりとした歯ごたえが残っており、柔らかい牛たんとネギで食感に落差ができている。

濃い味付けに生まれ変わった牛たん、これはご飯が進みそうだ。





テーブルの端に置かれた、とろろ用のタレを取る。

とろろにさっと垂らし、軽くかき混ぜ麦飯の上にぶっかける。

タレの色味が混じったとろろが、お椀の中でどろりと広がっていく。



これから牛たんと合わせて食べると思うとつばが出てきた。

出てきたつばを飲み込むと、喉がゴクリと鳴ったのが自分でも分かった。



さっきと同じ様に、牛たんを塩ダレにつけて、口に頬張る。

しっかりとした味が口いっぱいに広がり、思わず笑みが零れた。

更にそこへとろろをかけた麦飯を頬張る。





「あぐっ……あむっ……ずぞぞ……んぐっ……ん〜〜……ひやわへなの〜……」



もちもちとした弾力のある麦飯の食感と、とろろが牛たんとご飯を包み込み、なおかつそこにタレの味が加算されている。

様々な味が交じり合い、しかも一つ一つがぶつかり合ったりせず、上手い具合に調和がとれていた。



いくらでも行けてしまうと思えるくらい、全体の完成度が高い。



もう2切れほど食べた所で、他の物にも箸を伸ばした。





まずはスープ。



透明度の高いスープは、中に細長く切った白髪ネギと小さなお肉が入っているのが見える。

また、表面には胡椒が浮かんでいた。



レンゲが添えられていたので、掬いあげて一啜り。



「んっく……ぷぁ……うん、ちょっと濃い目だけど美味しい」



いわゆるテールスープという物か。

コクがあって、深い味がする。

少し胡椒が効き過ぎな気もするが……。





続いて白菜の浅漬に箸を伸ばした。

付け合せというには、少し量が多く乗せてある。



「あむっ……はむっ……は〜〜。こういうのでいいのこういうので」



数カ月ぶりに食べた浅漬は、今になってやっと、日本へ帰って来たんだと実感させてくれた。



「この浅漬は正解なの、濃い味付けづくしの中ですっごく爽やかな存在なの」



ともすれば全体的に塩辛い御膳の中で、一際異彩を放ち、かつ他の面々に負けない輝きをも放っている。

一口齧ればシャクシャクと心地良い音と食感。

更に白菜の甘みも味わえる。



あんなにネギ塩牛たん麦とろご飯やテールスープに染まっていた口の中が、一気にリセットされた。





どれも美味しいのだが、流石に喉が渇く塩辛さだったので、リセットついでに水をコップの半分ほど飲む。



一息ついた所で別鉢によそわれたそぼろへ。



「はむっ……んっ……しょっぱいの!」



これまた味が濃く、ご飯の進む味付けである。



「大根おろしが乗ってるから、混ぜてみようかな」



そぼろの上に控えめに乗せられた大根おろしと混ぜ合わせ、もう一口。



「あむっ……んむっ……んっく……うん、ちょうどいい具合なの」





一息ついた所で別鉢によそわれたそぼろへ。



「はむっ……んっ……しょっぱいの!」



これまた味が濃く、ご飯の進む味付けである。



「大根おろしが乗ってるから、混ぜてみようかな」



そぼろの上に控えめに乗せられた大根おろしと混ぜ合わせ、もう一口。



「あむっ……んむっ……んっく……うん、ちょうどいい具合なの」



大根おろしと混ぜた結果、しょっぱさは抑えられ、マイルドな味に落ち着かせられた。

浅漬より少し濃いくらいだ。





「あとは、これ。なんだろう……?」



角皿の上に乗せられたネギ塩ダレの小鉢と白菜、その間にちんまりと茶色い物体が鎮座している。

所々に何か野菜のような物も見えている。

色的には味噌に近いが……。



胃を決して、もとい意を決して少しだけ箸で掴み食べてみる。



「はむっ……んぐっ……あ、お味噌だ……辛いっ!」



味噌の味が最初に広がり、直後に辛さが舌を刺激した。

一体これは何なのだろうか。





「びっくりしたぁ……。辛いとは思わなかったの……」



しかしこれが癖になる辛さで、不思議と嫌にならない。



「これお肉に乗せたら美味しいかも」



辛い味噌を牛たんに乗せ、頬張る。



「はむっ……あぐっ……ん〜〜!」



塩ダレはしょっぱいがあっさり目の味わいだったが、こちらはずしんと響く味だ。



「ごはんごはん……あむっ……ずずっ……んぐんぐっ……ぷぁ……」





塩ダレで食べた時と味噌で食べた時。

どちらもしょっぱいのは同じだが、片やマイルドに包み込み、片や荒々しく弾けるように。

二つの付け合せで全く別の顔を覗かせており、どちらも甲乙付けがたい。



夢中で箸を動かして最後に残ったテールスープのお肉と白髪ネギを口に運ぶ。

しっかりと煮こまれたお肉はとても柔らかくぷりっとしていて、牛たんにも負けていなかった。



「んっく……んっく……ぷはぁ……!」



コップの水を飲み干すと、身体がじっとりと汗をかいていた。

おしぼりで顔の汗を軽く拭き、少しだけ落ち着いてから伝票を掴んでレジへと向かう。





「お会計3150円です」



値は張るが、それに見合う内容だった。

帰国して最初の食事に選んで大正解である。



「ん〜っと、はい」



札と小銭をトレーに乗せ、会計を済ませる。



「3200円のお預かりで50円のお返しです。ありがとうございました〜」



「ごちそうさまなの〜」



美味しい食事で幸福感に包まれながら店を後にした。

パパとママが迎えに来るまであと少し、トランクを受け取って待ち合わせ場所に付く頃にはちょうどいい頃合いだろう。





コインロッカーでトランクを受け取った所で、携帯電話が着信を告げた。

個別に設定された着信音から、すぐにプロデューサーからだと分かり携帯電話を取り出す。



「ハニ……プロデューサー!」



メールではなく電話をかけてきたようだ。

コールボタンを押し、通話が始まる。



会話の流れで、今さっきの食事の事について話をした。



「あっ、ほうじ茶飲むの忘れてたの!」



そこで2杯目に飲もうと思っていたお茶の存在を思い出す。



電話の向こうではプロデューサーが素っ頓狂な声を上げている。



折角の食事に悔いが残る形となってしまった。

仕方ないので今度雪歩に淹れてもらえるようにお願いしよう。









おわり



21:30│星井美希 
相互RSS
Twitter
更新情報をつぶやきます。
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: