2015年06月16日

楓「誕生日前夜」

・モバマスのSS



・地の文あり



・短めです





・書き溜めありなので、さくっとおわる予定



SS投稿は初めてですが、よろしくおねがいします。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1434283656



時刻は真夜中。

ふと、目が覚めてしまった。

早く寝なくちゃいけないと分かってはいるのに、どうしても寝られなかった。

身を起こし背中を壁に預けると、膝をかかえて蹲る。もう慣れたはずの薄暗い部屋が、なぜだろう、今はとても寂しかった。

このままじゃ眠れない。どうしようかな……。

少しだけ考えた末、思いついたのは1つ。私は、すぐにスマホを手に取った。



「……」



こんな時間、あの人だって起きてるかわからない。

だけど今日だけは……今だけはあの人と話したい。

どうしてもあの人の声が、聞きたかった。

「出てくれるかしら」



出てくれることを祈りながら、あの人のプライベート用の番号にかける。

……1コール、2コール、3コール。



『はい、Pです。一体どうしたんですか、こんな時間に』



出てくれた。少しだけ心配そうな声で。

たったそれだけの事なのに、私の心はぱっと明るくなる。



「こんばんは、プロデューサー。なんだか眠れなくて、ついこっちに電話を……あの、ご迷惑でしたか?」



『ははは、そんなことないですよ、むしろ嬉しいくらいです』



「そう、ですか?」



『ええ、似たもの同士だなって。僕も明日のことを思うと、眠れませんでしたから』



「あら」



そう言い、私達は笑いあう。

本当に、私たちは似たもの同士だったようだ。明日のことで眠れないなんて。

ここまで一心同体で進んできた、その証のようで少しだけ嬉しかった。

『明日かぁ……やっぱり緊張します?』



「ええ。いくらなんでも、流石に」



『初の単独全国ドームツアー、その最終日ですからね』



そう、明日はツアーの最終日。

それも、私のソロツアー。



「単独でのドームツアー……最初のころからしたら、夢みたいな話ですね」



『そうかもしれません。でも、これも楓さんの努力の賜物ですから』



「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、やっぱり緊張しちゃいます」



事務所の皆との全国ツアーは何度か経験している。

でも、単独ツアー、しかもドームでなんて、初めてのこと。

もともと喋るのが得意なわけではないから、ある程度台本があるとはいえMCは毎回ドキドキだった。

しかも明日はその最終日なのだから、どうしたって緊張する。

でも。



「確かに最終日だから緊張します……でも、それだけじゃありませんよ?」



緊張するような、怖いような。

そんな胸の内を誤魔化すように言うと、プロデューサーが頷くのが雰囲気でわかった。



『勿論。明日楓さんの誕生日で、それに……』



ええ、と私は言葉を引き継ぐ。



「私に――アイドル『高垣楓』に掛けられた魔法が、解ける日ですから」



そう。

明日は私の30歳の誕生日で。

そして明日、私はついにアイドルを『卒業』する。

『僕がスカウトしてから、5年間。なんだか、あっという間でしたね』



「ええ。25歳でモデルからアイドルに転向して、逆ならともかって言われて……遠いところまできた気もするけれど、あっという間でした」



『この5年間、楽しかったですか?』



「そうですね……大変なこともあったですけど、楽しかったです。モデルのままだったら、きっと味わえなかったことですから」



モデルじゃあり得ない、煌びやかな衣装を着て。

素敵なステッ……ステージで歌って。

ファンの人々の歓声を浴びて。

本当に本当に、考えられないくらい楽しい日々だった。

どれもこれも、全部プロデューサーと出会えたからこそ。

彼がいつも隣にいてくれたからこそ、だ。



『そう言ってもらえるのは、プロデューサー冥利につきます』



「ふふっ、ぜーんぶ、プロデューサーのおかげですよ」

『……いやなんか、照れますね』



頬をぽりぽりとかいている姿が、簡単に目に浮かぶ。照れてる時は、彼はいつもそうしているから。



「照れなくったっていいんですよ? 本当のことなんですから」



『そうですかね』



「ええ。感謝しています」



『そうですか……うん、僕も楓さんみたいな最高のアイドルをプロデュースできて、楽しかったですよ』



「あら、御上手ですね」



『お世辞なんかじゃないですよ? 心からそう思います』



おお。

なんというか、これは。



「……プロデューサーの気持ちが分かりました」



『?』



「なんか、照れますね」



そういって、笑いあい。

そうしてようやく、気が楽になった気がした。

そうしてしばらく、私達は5年間の思い出話に花を咲かせていた。

5年間は長いようで短かったけれど、その間の2人の想い出は沢山ある。

初ライブのこと。

すれ違って、喧嘩してしまったこと。

CD・ダウンロード共に1位になったときのこと。

惜しくもシンデレラガールを逃がし、涙したこと。

念願かなってシンデレラガールになって、やっぱり涙したこと。

本当に本当に、思い出はいっぱいある。

楽しい事も、辛かったことも、2人だけの秘密も、いっぱいだ。

そんな思い出話が、ふと途切れた時のことだった。



『1つ、聞いてもいいですか』



プロデューサーが、そう言った。

それは、思い出話をしていたさっきまでとは違う、真剣な声色。

だから私も、真剣に返す。



「なんですか?」



『明日『卒業』することに、後悔はないですか?』



そういえば、今までそういった類のことを聞かれたことがなかったなと、ふと思う。

そんなことを聞かれたことに少し驚いたけれど、でも、私の答えは決まっていた。



「そうですね、正直に言えば名残惜しさはあります。私は歌う事が、ステージが好きだって、知りましたから」



『……』



「でも、後悔はありません。さっきも言いましたけど、Pさんのお陰でここまでやってこられて、満足しています」



『そっか……うん、それが聞けてよかったです』

プロデューサーがいてくれたから、私はアイドルとして全力をつくせたと思う。

世間では人気のアイドルと騒がれたし、少しだけ――本当に少しだけ、その自負もある。

だからこそ、30歳という節目の誕生日にアイドルを『卒業』することに、後悔はなかった。

そして今までに後悔はないからこそ、後悔を残したくないと、そう思う。



「後悔はありません。だからこそ、明日は最高のステージにしたいと思ってます」



『そうですね。有終の美を飾るためにも、明日は最高のステージにしましょう』



「私の5年間のアイドル生活の全てを出し切らないと、ですね」



こいかぜ。雪の華。Nation Blue。Nocturne。

ほかにも、今まで歌ってきたいろんな曲。

その全てを、最高のコンディションで歌いたい。

ファンの皆に、届けたい。



『ええ。アイドル業界史に燦然と輝くような、そんなステージにしましょう!』



「……はい!」

これで、電話は終わり。それじゃあ明日は頑張りましょう、おやすみなさい。ピッ。



……そんな空気が流れているのに、何故だか私たちはどちらも電話を切れずにいた。

けれど、何を喋るわけではない。ただ、電話を切ってはいけないような、そんな気がした。

たっぷり、1分は沈黙が続いただろう頃。

彼が、口を開いた。



『楓さん。最後に1つだけいいですか』



「なんですか、プロ……いえ、Pさん」



『明日、楓さんが卒業して、一人の女性に戻った時。渡したいものがあります』

その言葉に、どきりと胸が跳ねる。



「渡したいもの……ですか?」



『はい。その時に渡そうと、決めてたものです』



「誕生日プレゼントですか?」



『それも兼ねてはいますけど……それだけじゃありません』



「大事なものですか?」



『ええ、とても』



「そう、ですか」



ああ、と、私は心の中で一人嘆息する。

これも、ここまで一心同体で進んできたお陰……だろうか。

Pさんが何を言いたいのか、わかってしまった。

そしてそれを、はっきりと言葉にしない理由も。

私はアイドルで、Pさんはその担当プロデューサーで。

今までの関係は、はっきり形にできない……形にしてはいけない、アイマイなものだった。

でも、明日のライブが終われば、私にかかった魔法は解けて、ただの女性に戻る。



私達の事務所の象徴、御伽噺のシンデレラのように。



そしてアイドルが、私がシンデレラだとしたら。

Pさんは、私に魔法をかけてくれた魔法使いでもあり。

そして、私にとっての……



「……待ってます」



『はい?』



「私、待ってますね。王子様が『硝子の靴』を……最高の誕生日プレゼントを持って、迎えに来てくれるのを」



『――はい』

「それじゃあ流石に明日に差し支えますし、そろそろ寝ますね」



『はい。僕も寝ることにします』



「それじゃ――」



『あ! ちょ、ちょっと待ってください』



「はい?」



『もう日付回ってますから。お誕生日おめでとうございます、楓さん』



「ふふっ、ありがとうございます、Pさん。あーあ、ついに私も三十路ですね」



『明日から朝は味噌汁、ですか?』



「ふふっ。ええ、ミソだけに。それじゃあ、今度こそ」



『はい。おやすみなさい』

スマホから耳を放し、切断の文字をタップする。

ぷつりと電話は切れて、薄暗い私の部屋は再び沈黙に包まれる。

でも、もう寂しさは感じなかった。Pさんと話すことができたから。

まだ不安もあるし、緊張もする。

でも明日のステージは、最高のステージにできる。

そんな予感が、胸の中にあった。



「おやすみなさい」



誰にとはなくそう言って、私は布団へ潜り込む。

明日のステージのことを。

そしてその後の事を考えながら、私は静かに目を瞑った。



おわり



21:30│高垣楓 
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