2015年07月21日

塩見周子「ガラスの仮面」






 「四代目シンデレラガール」









 「誰が?」



 「塩見周子」



 「何に?」



 「シンデレラガール」



 「誰が」



 「シューコ」



 「何に」



 「あと三往復までな」



 「じゃあもっかいだけ」





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1436069185









 「――お前が四代目シンデレラガールだ。おめでとう、周子」







うーむ、何度聞いても良い響きだねぇ。







 「シンデレラガールかー。シンデレラガールねー」



 「おう」



 「…………シンデレラガールって美味しいの?」



 「そこら辺は大変に汚い話になるな」



Pさんがシャンパンをぐいと一息に飲み干す。

グラスを掲げると、すかさずウェイターさんが歩み寄って来た。



 「いや、よく考えたらシンデレラガールって何なんだろうと思って」



 「気持ちは分からんでもない。『シンデレラ』とはまた違うんだなこれが」



 「なら何なのさ」



 「定義としては事務所の人気総選挙第一位のアイドル。まぁ要するに」



注がれたばかりの二杯目を、ウェイターさんの目の前で飲み干して。







 「――誇るべき栄誉だ、周子」







 「じゃあ誇っとこうかな」



 「おー、誇っとけ誇っとけ。すんませんもう一杯」



大変良い事を言ってるとは思うんだけれども。

この人が言うと、どうも酔っぱらいの戯れ言に聞こえていけない。



 「それにしてはさ」



 「ん?」



 「Pさんは平常運転だね。あたしは浮かれてる自覚あるけど」



 「いや滅茶苦茶喜んでるぞ、表に出さないだけでな」



 「素直に喜びゃええやん」



何なら胴上げでもしてほしいくらいだ。

Pさんの豪腕ならシンデレラガールの一人や二人余裕だろうし。



 「プロデューサーたる者、アイドルを慢心させん為に鉄面皮を被らにゃいかん時があるのさ」



 「あぁ、どーりで面の皮が厚いと思ったよ。鉄面皮にしちゃふにゃふにゃだけど」



 「どういう意味だオイ」



 「あたし的には前の面のが良かったなって」



 「その心は?」





 「二枚目が良かった」



 「誰が三枚目だやかましい」





頬をつねろうと迫る豪腕を避ける。

実に中身の無い、お手本のような酔っぱらい共の会話だった。



 「可愛い顔した女狐め……まぁ良い。記念だ」



 「記念?」



 「何でも好きなモンを用意してやる。何がいい」



 「そう急に言われてもねぇ……あ、ご飯連れてって」



 「今まさに真っ最中だろが」



いつからかCGプロ御用達になってしまったらしいレストラン。

肇の担当さんの紹介らしいけど、一体何者なんだろあの人。



 「もーーっとイイ所か、もしくは楽しいお店を探してよ」



 「ここ二つ星なんだが……楽しい方面で当たってみるか」



 「よろしくー」



パイ包みを頬張って、二つ星の味に舌鼓とゆーやつを打ってみる。

ガラスの向こうの夜景を眺めながら、Pさんが苦笑した。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「俗に言う」



 「ん?」



 「周子にも衣装ってやつだな」



 「蹴っていい? この靴で」



ドレスの裾を持ち上げると、Pさんが笑って階段を駆け下りる。

この靴で追い掛ける訳にもいかず、スイパラの奢りで勘弁してやろうと鼻を鳴らした。

あぁ、シューコちゃんの何と優しい事か。



 「どうだシューコ。ガラスの靴の履き心地は」



 「正直最悪の履き心地だけど、最高の履き心地だねこりゃ」



 「だろ?」



階段の途中に腰掛けて、自慢の鴨のような脚をすっと伸ばす。

……あれ、鹿だっけ? まぁいいや。



 「似合ってる?」



 「ああ。やっぱガラスの靴はシンデレラが履くもんだな」



 「シンデレラじゃなくてシンデレラガールじゃなかったっけ?」



 「まぁ将来は……おっと、来年以降の話をするとちひろさんが笑うって言」



Pさんの懐から着信音が鳴り響いた。

祈るような表情で画面を確認して、冷や汗をかきながらPさんが電話に出る。

どうでもいいけど撮影中はマナーモードにしときなよ。



 「はいPですいえ違うんですよ……え? あぁいえ違うならいいんですお気になさらず本当にはい」



見てるこっちがいたたまれなくなるような、切ない光景だった。

稼ぐ男は大変だ。



 「失礼します…………早速新しい仕事が2件入ったそうだ」



 「おー、流石シンデレラガールのタイトルバリューは違うね」



 「これからが大変だぞシューコ。何せガラスの靴履いたまま駆け回らなきゃならん」



 「そんじゃ、このピンナップ撮影もちゃっちゃと終わらせようか」



 「……珍しく本気モードだな」



 「浮かれてるからね」



 「次の現場もある。二時間で終わらせるぞ」



 「がってん」





撮影は、一時間と少しで終わった。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「いやぁ、よーやく手に入ったよ」



次の現場へ向かう車内で一息つく。

膝の上に載せた黒い箱をぽんと叩いて呟いた。



 「PV第二弾まで待ちきれなくってさぁ」



 「アイツを攻めんでやってくれ。一弾の時は奏ちゃんとシューコで手一杯だったんだ」



 「もー、Pさんも何で長期出張なんてしちゃうかね」



 「しょーがあんめぇ、元々管理畑の人間なんだからオレはよ」



そういやそうだった。



 「神様も何でこんな人に才能を与えちゃうかねぇ」



 「そりゃあお前あれだ、日頃の行いが良いからよ」



 「茄子さーん、ここに人間の善行を愚弄する不届き者がおりますよー」



 「おい茄子ちゃんはマジでやめろ何か起きる」



大丈夫、茄子さんめっちゃ優しいし。

Pさんならバチの百個か二百個で許してくれるよきっと。



 「そういや店、決まったぞ」



 「お。たのしーお店?」



 「ああ。舞踏会開くわ」



唐突な、聞き慣れない言葉が耳を抜けた。





…………舞踏会?





 「え、みんな呼ぶん?」



 「流石に全員は無理だが、都合の付く限りはな」



 「いやいや舞踏会て」



 「詳細はお楽しみに、ってやつだ。オレの口は固いぞ」



 「水素より軽いけどね」



 「歯の浮くような素材だなそりゃ」



こうなったPさんは貝の口だ。

何を聞こうが自慢の三枚目でニヤつくだけ。



 「ま、それじゃ楽しみにしとくよ」



 「おう。サプライズ仕込んどくからな」



 「それ今言っちゃう?」



みくにゃん辺りも招待しておこう。

いや特に深い意味は無いけど、念の為。



 「…………拾い物だったな」



ひとしきり笑った後に。

Pさんにしては珍しい、囁くような呟きだった。

どっちかって言うと拾い者かな?



 「交番に届けなくてよかったん?」



 「一割じゃ勿体無いだろ」



 「業突く張りだね」



 「シューコこそあん時手ぶらに千円札一枚でどうするつもりだったんだ」



 「んー……聞きたい?」



 「話さなくていい。誰にも、ずっとな」



 「うん」



あの時あたしは、それこそ茄子さんにだって負けないぐらいの幸運を手繰り寄せたんだと思う。

ひょっとしたら来世や来々世の分まで先払いしちゃったのかもしれない。

まぁ、その時は神様に何とかしてもらおう。お稲荷さんなら贔屓してくんないかな?



 「あの時は手ぶらだったけどさ」



 「ん?」



 「今は。良いもん、足に履いてるよ」



 「そうだな」



冗談のつもりに。

Pさんがまた、囁くように。





……調子、狂うなぁ。





 「周子」



 「ん?」







 「その靴、落っことすなよ。交番は好きじゃないんだ」



 「うん」



 「突っ込めよ。そこは落とし所だろって」







調子が狂うっつーに。





そうPさんが呟いて。





あたし達は調子狂いで、けれど調子外れじゃないみたいだった。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「意外に息苦しいねこれ」



 「だろうな」



 「ねぇ、Pさん」



 「ああ」







 「…………これ、ほとんどの人は料理摘めなくない?」



 「…………そうだな。皆さん、仮面は適当に外してくださって結構です」







Pさん主催の仮面舞踏会は、出だしの一歩から快調な……盛大な滑り出しを見せた。







狐面を頭の横へずらし下げる。

今のあたしは華より団子な気分なのだ。



 「シューコ」



 「何?」



 「ちょっとサプライズの準備で抜けるわ」



 「だからそれ今言っちゃう?」



ひらひらと手を振って、Pさんがどこかへと歩いて行った。

Pさんが驚くようなリアクションでも考えておこうかね。



 「周子チャン」



 「お。みく……にゃん…………?」



 「みくだけ何故か名指しで呼んだ割にはひどい態度にゃ」



振り向くと見知らぬ娘が立っていた。

いや多分みくにゃんなんだけどちょっと自信が無い。

ネコミミも着けていなければ、何故か眼鏡を掛けていて。



 「仮面なんて持ってなかったから、代わりに変装してみたの!」



 「ああ、そういう事ね」



 「と言うか何でみくだけ名指しで招待したの?」



 「あー、いや、全然身代わりとかそんなんじゃないよ?」



 「まだ何も聞いてないにゃ。あと今ので大体分かったにゃ」



おでこに手を当てて溜息をつく。

みくにゃんと言うより前川さんとか呼んだ方がいいかもしれない。



 「まぁいい……いや全然よくないけどいいにゃ……周子チャン!」



 「何?」



 「一つだけ言っておくからね!」



 「その前に一つだけいい?」



 「何?」



 「後ろのお連れさん、どなた?」



 「へ? ……ふにゃあっ!?」



振り向いたみくにゃんが、目の前のソレに飛び上がる。



 「ツタン仮ー面……ふふ」



 「ああ、楓さんね」



 「一目で見抜くとはさすが周子ちゃん。シンデレラガールは伊達じゃないですね」



 「いやそれはあんま関係無いと思うけど」



 「心臓に悪いにゃあ……」



ツタンカーメンの黄金マスクの中からくぐもった声が聞こえる。

長身がそれを着けて無言で立っていると、妙に迫力があった。



 「ところで」



 「ん?」



 「これ、息苦しいので取っていいですか」



 「通気性最悪でしょソレ……」



 「ふぅ……」



ごっついマスクをすっぽりと脱いで、頭を一振り。

中から現れたのは涼やかな美貌だった。

どうやら今日の楓さんは残念な方の美人らしい。



 「仮面舞踏会だなんて、面白いイベントですね」



 「その被り物、一体どこで売ってるんだにゃ」



 「ああ、これは某ルートから仕入れた物ですよ」



ちらりと会場の隅へ目を向ける。

そこでは某ルートらしき人物が不敵に笑っている。

真実の口のコスプレをして。



……仮面舞踏会って、何だっけ。



 「周子ちゃん」



 「はいはい」



 「おめでとうございます。今回は、負けました。次は、負けません」



そう言って、楓さんがにっこりと微笑んだ。

……負けました、ねぇ。



 「よく言ってくれるよ。一番シンデレラに近い癖してさ」



蘭子ちゃんや智絵里ちゃんを抑えて、総選挙平均順位トップ。

CDを出せば初動で万枚が捌けて、グラビアもさらりとこなす。

女神だ何だ言われてるけれど、シツレーな話、化物と呼んだって差し支え無い。



 「それでも周子ちゃんは素敵なシンデレラガールですよ」



 「二連覇しない限り落ちるだけだからねー。なかなかキビシーよ」



 「あら、いいじゃないですか二連覇。叶えてあげられないのは残念ですけど」



今日の楓さんは……いつにも増して……妙だ。

こりゃ担当さんに何か言われたかと勘繰りかけた所で気付く。



 「楓さん、飲んでる?」



 「まだ一瓶くらいですよ」



 「乾杯してからまだ5分だけどね」



ある意味で、いつも以上に平常営業だった。



豪快にバーボンを注ぐ楓さんに見ないフリをしつつ、改めて話を振る。



 「それで?」



 「えっ」



 「何か言いたい事あるんじゃなかったっけ」



 「あ、えーと……みくも次は負けないかんね!」



 「あ、うん」



 「えっと…………それだけ」



 「正直楓さんのトークの二番槍キツいよね」



 「分かってるならもっと濃い目の反応してよ……」





みくにゃんは、誰よりもアイドルだと思う。





人は誰でも仮面を被っている。

そんな中でこの娘は猫を被って、被りすぎて。

猫を、仮面を、自身の一部にまでして。

遂には周りにまで認めさせてしまったのだ。



 「悔しかったらシンデレラガールになってみなさいな」



それは、並大抵の努力じゃ決して出来ない。

今回私が何とか勝てたのも、ほんの僅かなタイミングの差のお陰だ。



 「むむ……何だか負けた気分にゃ」



 「いや実際あたしの勝ち? だし?」



 「ぐぬぬ……」





――ま。言わない方が断然面白いから黙っておくけどね。





 「もおぉ! 来年は覚えてろにゃあ!」



 「これ覚えといてほしいんだけど、それフラグって言うらしーよ」



誰かさんが笑いそうな、捨て台詞にならないかもしれない捨て台詞を投げて。





総選挙第二位の実力者は、どこかへ走り去って行った。





 「――あら。この度はおめでとう、周子」



 「あんがとさん。飲む? 注ぐよ」



 「何回も言うけど、私未成年だからね」



 「何でか年上のイメージがどーしても抜けないんだよね」



ジンジャーエールの注がれたグラスを揺らして、奏が苦笑する。

毎度こういう場では背の大きく開いたドレスを着てるけど、何か理由でもあるんだろうか。

まぁ、服はともかくとして。



 「奏」



 「何かしら」



 「良い仮面してるね」



 「ふふ、そうでしょう? お祝い用のとっておきなんだから」



案の定、奏は普段通りの笑みを浮かべていた。

頭にも顔にも、なーんにも着けちゃいない。



 「奏ならそう来ると思ってたよ」



 「よく分かってるじゃない」



 「普段から言われてりゃあねー。誰しも仮面を被っているものよ、って」



奏の仮面は特注品だ。

実に色んな表情が取り揃えられて、そのどれもが精巧に作り込まれている。

奏の素顔を見た事は、私でも未だに数えるほどしか無い。



 「ようやく追い抜いたと思ったら、あっと言う間に抜き返されちゃったわ」



 「へっへー。いつまでも奏に負けてらんないかんね」



 「もう、抜け目無いんだから」



溜息をついて奏が苦笑する。

置いて行かれっぱなしは面白くないし。



 「ね、シンデレラガールさん」



 「何さ」



 「私が誰だか、判る?」



 「誰ってそりゃ、奏」



 「本当にそう言える? ここは仮面舞踏会よ?」



奏が両手を広げて会場を指し示す。

釣られてあたしも会場を見渡した。



ほとんどの娘は仮面を外すか上げるかしていて、すぐに判る。

それ以外の娘も背格好や声で一発だ。



ただ、それらに混じるようにして。

一体誰なのか判然としない姿もちらほらと見える。

あれはのあさん、かな。あっちの小さい子は……こずえちゃん?



 「確かにね。つまり?」



 「今ここに居る私も、いつもの速水奏じゃないかもしれないわ」



 「仮面舞踏会だから?」



 「仮面舞踏会だから」



酔ってるみたいに陶然とした口調で、くすくすと奏が笑う。

ひとしきり笑うと長く息を吐いて、顔を手で押さえた。



 「ねぇ。私が誰だか、判る?」



 「…………さぁ」



 「ふふ、付き合ってくれてありがと。それじゃあ改めて言うわね」



奏がグラスを置く。

シルバーに触れて、耳障りな音が微かに響いた。





 「シンデレラガールさん」





金の瞳が、愚直なほど真っ直ぐに私を射抜く。







 「私は貴女が羨ましいわ。悔しくって、妬ましいの」







見知らぬ女の子が、仮面を外した。







 「気付くと何処かへ置き去りにしてしまって」



 「…………」



 「ようやく捕まえたと思えば、するっと遠くへ飛んでいってしまうんだもの」



速水奏の口から、こんなに感情的なそれが零れる事は無い。

目の前の、見慣れた、見知らぬ娘の声が、耳に刺さる。



 「私ね、貴女の先を歩いてると思ってたわ」



 「うん」



 「だから格好付けて、置いてくわよって立ち止まったの」



この娘の表情は変わらない微笑みで。

その微笑みが誰に向けられたものなのか、あたしには判らなかった。





 「もう、格好付けないから」





あたしの知る限り、速水奏はこの世で一番格好良い女だった。





 「化粧が崩れても、肩で息をしても、靴が脱げても。もう立ち止まったりしないんだから」



 「身勝手だけどさ、置いてかれると寂しーな」



 「ちょっと、何を勘違いしてるの?」



拳で背中を小突かれる。

少しだけ痛くて、それ以上にくすぐったかった。



 「置いてかれてるのは私。寂しがり屋なのよ? これでも」



 「それでもって嘘吐きなんでしょ」



 「あら、よく知ってるわね」



 「それなりに長い付き合いだかんね、誰かさん?」





笑い合う。





 「――これからも速水奏をよろしくね、周子」





頬にキスをして、奏が立ち去った。

正直惚れそうになるから程々にしてほしいね、全く。







 「――うーん、相変わらずラッブラブだねラヴラヴー♪」



 「え、周子ちゃん達いつ正式にお付き合い始めたのっ?」



 「始めてないから」





ひょっとこのお面を着けたフレちゃんと、何故か節分用らしき鬼の面を着けた夕美。

二人共いっそ潔いくらいに似合っていなかった。



 「えー、嘘だよあの様子はぜったい」



 「はい、あーん」



 「あむ……む、意外に好きかもこれ……ぜったいお付き合いして」



 「あーん」



 「もぐ……ちょっと酸っぱいかな? ……してない訳が」



 「ほれほれ」



 「むぐむぐ…………何なの、もうっ」



 「いや夕美見るとさ、何か無性に口へ食べ物突っ込みたくならない?」



 「なるなるー! とゆー訳でアタシもほら、あーんっ」



 「アンタがされる側かい」



フレちゃんの口へ生チョコを突っ込む。

しばらく口を動かすと、ぱぁっと顔を輝かせた。





 「んー♪ ボーノ!」





 「夕美、ツッコむの手伝って」





 「ヴェネツィアを意識したお店らしいし、いいんじゃないかな?」





真面目なお話をメインディッシュとするなら。

この娘たちとのお喋りは、デザートって所かな。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「居たいた」



 「あれ。こっちから行こうと思ってたんだけどな」



 「へへへ、先輩方にご足労をお掛けする訳にも行きませんでさぁ」



 「何弁なの、それ?」



 「??♪」



呆れたように笑う凛の後ろで、蘭子ちゃんが実に幸せそうな顔でケーキを頬張っている。

甘めのチョコレートケーキはどうやら彼女のお気に召したらしい。

三代目と違って二代目は隙だらけだ。いや初代もそういやそんな感じだったか。



 「やぁやぁ、先々代殿もやみのまー」



 「♪ …………むっ?」



あたしに気付くと、慌てたようにケーキを飲み込む。

こくこくと牛乳を流し込むと、奏より格好良いかもしれないポーズを取った。





 「祝祭の饗宴!」

 (おめでとうございます!)



 「蘭子。口元に付いてるよ」





凛に口の周りを拭われて、蘭子ちゃんがくすぐったそうにしている。

うん。どこからどう見たってクールだ、うん。



 「よーやくマトモな仮面着けた娘に会えたよ」



 「正直私も最初なんか間違えたかと思った」



凛が青いヴェネツィアンマスクを外して眺め回す。

蘭子ちゃんも同じく黒のマスクを着けていた。



 「何はともあれおめでと。どうだった? アクリルの靴の履き心地は」



 「たまんないねありゃ」



 「高揚を抑えきれぬわ……!」

 (ウキウキしちゃいますよね!)



 「うん、最高にね。それでちょいと訊きたいんだけどさ」



 「何?」



 「いや、シンデレラガールって何なのかなって」



凛と蘭子ちゃんが顔を見合わせる。

いやまぁ今さらこんな質問をしたらそうなるよね。



 「総選挙一位、って事じゃなくて?」



 「うん」



 「えっと…………忙しさここに極まる、って感じかな」



 「……やっぱり?」



 「うん、すごく」



確かに今年、凛は余り事務所に居なかった気もする。

何かイベントがある度に引っ張られていて。

レッスンする時間が無い、って零してたっけ。



 「何なのか、ね。そんな風によく考える暇も無かったかな」



 「ふへー……蘭子ちゃんはどだった?」



 「フフフ……戴冠はほんの序曲に過ぎぬ」

 (えっと、シンデレラガールって、ゴールじゃないんだなって)



 「序曲?」



腕を組んで蘭子ちゃんがむむむと悩む。

ぴったりの言葉を探しているような様子だった。



 「帝国も一日には成らぬように、我らは幾多の血に汗の上に立っている」

 (私たち一人だけの力じゃなくて、プロデューサーやみんなの頑張りがあってのもので)



 「…………」



 「然れば玉座とは腰を落ち着ける席ではなく、更なる高みを探す為の櫓であり――」

 (だからこそ、みんなの頑張りを代表する為にも、もっと自分を磨かなきゃいけなくて……)



 「…………」



 「なれば……だから、その……とっても大変だけど、みんなの為にがんばってください!」



 「……蘭子ちゃん」



 「む?」



 「アンタほんと凄いわ。抱き締めてええ?」



 「ひゃあっ! だ、抱いてから言わないでー!」



じたばたともがく蘭子ちゃんに構わず、さらさらの髪に頬を埋める。

こりゃシンデレラ筆頭候補にもなりますわ。

この娘たちに負けないように、か。こりゃ気合い入れないとねぇ。



 「うーん、情けないな。蘭子に良い事言われちゃったよ」



 「まーまー。凛も背中で存分に語ってくれてたよ」



 「わぁ! 我が魔力の源を弄……撫でないでってば!」



 「あ、凛も褒める?」



 「周子が満足してからでいいよ」



 「だれかたすけてー!」





シンデレラガールが何なのか。

多分それは人に訊くようなものじゃなくて、自分で見付けないといけない事なんだと思う。





魔法使いに与えられてばっかりじゃあ、シンデレラに笑われちゃうからね。



 ― = ― ≡ ― = ―





 「――すまんすまん。すっかり遅れちまった」



 「遅いよー。そろそろお開きの雰囲気だし」





サプライズの事もすっかり頭から抜けきった頃に、ようやくPさんが帰って来た。

あ、今からでもみくにゃん呼んで来ようかな。



 「ギリのギリまで調整してもらってたからな。主賓は最後にやって来るもんだ」



 「いやPさん最初に会場入りしてたやん」



 「オレの事じゃないっつーに。今回の主役はシューコ。そんでもって主賓はこの娘だ」



Pさんが抱えていた箱を私へ差し出す。

蒔絵の施された文箱で、この会場の中でも激しく浮いていた。



 「この娘?」



 「開けてみりゃ分かる。オレみたいに繊細だから丁寧に扱えよ」



 「そりゃ良いね。谷底に落っことしちゃっても安心だ」



 「言い間違えた。シューコみたいに繊細だから丁寧に扱えよ」



 「そんなん怖くて開けられへんわぁ」



 「漫才もいいけど開けちゃいなさいな」



奏が呆れたように溜息を零す。

年少組の子達が興味津々に眺める中で、箱の蓋を丁寧に持ち上げた。





そこに入っていたのは――









 「――ガラスの、仮面?」





 「おう、例の漫画は関係無いけどな。ほれ着けてみろ」







顔半分を斜めに覆う形の、青みがかった仮面。

端には『S.S』の文字が小さく刻まれている。

使われているのは銀と金、それに赤色。

所々に施された装飾は雑多で無国籍で、賑やかで静かだった。





 「アクリルの靴だけじゃどうにも物足りねぇと思ってよ」



 「…………」



 「普通の仮面はアイドルの商売道具を隠しちまうがな」



 「…………うん」



 「ガラスならその心配も無ぇって寸法……シューコ、聞いてるか?」



 「ううん」



 「そうか。どうだ、ガラスの仮面越しの世界は」



 「ボヤけ過ぎてて、よくっ、分かんないや」



 「そうか。ところでシューコ」



 「なに」



 「ハンカチ要るか?」



 「いらない」



 「そうか。似合ってるぞ、周子」



ズルい。

この三枚目は、本当にズルい。

何も、こんな時に渡す事無いじゃん。



ああ、もう。

奏も笑ってるし。凛も微笑んでるし。

みくにゃんと蘭子なんて、よく分かんないけど泣きそうになってるし。





 「そりゃ、そうだよ」





それでもあたしは平気なフリをしなきゃいけない。

だってあたしは、







 「あたしは、シンデレラガールだから」







Pさんはいつものように、いつも以上に。







満足げに笑っていた。





 ― = ― ≡ ― = ―



 「あー食った食った。そろそろお開きにするかね」



 「よう食べたねぇ」



 「仕事でも何でも遅れた分は必ず取り戻す主義でな」



 「その調子でどっかに置き忘れたデリカシーも取り戻して来てよ」



場が落ち着くと、Pさんはまだ残っていた料理を元気良くパクつき始めた。

照れ隠しかと言うとそんな事は全く無く、単にお腹が空いてるだけだ。





まぁ、良いタイミングかな。





 「Pさん」



 「ん? 腹いっぱいになったか?」



 「ま、ね」



Pさんの背の向こうで、奏が私に目配せをする。





――外しちゃえば?





グラスで隠すようにして、小さく口をそう動かした。



 「これさ、仮面舞踏会なんだよね。あんま踊ってなかったけど」



 「おう。オレも仮面用意して来たかったが時間無くてな」



プロデューサーさん達の大半は仮面を着けていない。

アイドルに付き合うようにして着けてる人がちらほら居る程度。





Pさんもその一人だ。





 「また言いそびれちゃっててさ」



 「何をだ?」



 「……今のあたしは、仮面を被ってるから」



顔の上の仮面をそっと撫でる。

指先に、滑らかなガラスの冷たさが伝わった。



 「今夜だけはいつものシューコちゃんじゃなくて、何処かの四代目シンデレラガールさんだから」



 「ふむ」



 「一度っきりしか、言わないから」



 「よう分からんが、また何往復もすんのは勘弁してくれよ」



 「ありがとう、Pさん」





何か言いかけたPさんの口が、途中で止まった。









 「こんなあたしをアイドルにしてくれて、ありがとう」







 「こんなあたしをシンデレラガールにしてくれて、ありがとう」











――ほんにありがとうな、Pはん。







馬鹿みたいだ。

馬鹿みたいに、顔が熱い。



ガラスの冷たさでも誤魔化せないぐらいに、あたしの顔は真っ赤に燃えている。

けれど、やっぱり。





シンデレラガールな周子ちゃんは、強がって笑うのだ。





 「周子」



 「何?」



 「ズリぃぞ」



 「何がさ」



 「一度きりって言ったじゃねぇか」



 「やっぱ、大切な事だかんね」



 「四回も、よんかいも言うこと、ねぇだろう」





周りのプロデューサーさん達が驚きの表情を浮かべる。

へぇ。本当のほんとに鉄面皮で通してたんだね、Pさん。





 「ところでPさん」



 「なんだ」









 「ハンカチ、要る?」





 「要らねぇ。どうせ、足りねぇからな」







強がり具合なら、あたしの担当プロデューサーだって負けていなかった。





 「あーあー。イイオトコが台無しだよ?」



 「ばかやろう。水も滴るくれーの良い男なんだよ」



 「そのネタ前にやったってば、Pさん」





ガラスの仮面越しに見る、ふにゃふにゃな鉄面皮の下の素顔は。







いっそ涙が出るくらいに痛快だった。





 ― = ― ≡ ― = ―





 「――や。お待たせ」





全く。

人生ってのは、本当に分からない。





 「え、そんな待ってない? いやいやあたしはけっこー待ったんよ」





実家の看板すらぶん投げようとしたあたしが、今じゃ事務所の看板を背負って。

こんなに沢山の人たちの前で、キラッキラの衣装なんて着ちゃってるのだ。





 「ああ、こんな話してお待たせしてる場合じゃないや」





肩の重みで脚が震える。

スポットライトの熱に汗が浮かぶ。





 「さて、みんなお待ちかねの……って事にしておいてねー」





それでも私は笑みを浮かべた。









いつか、本当のシンデレラになる為に。







 「それじゃ、いくよ?」







重たい看板を背負って。

輝く靴を履いて。







透明な、仮面を着けて。







 「全世界初公開! 私、塩見周子で――」







四代目シンデレラガールは、今日も今日とて歌うのだ。



おわり



23:30│塩見周子 
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