2015年08月03日

高森藍子「アニベルセル」


 今日、私は結婚する。

 少しの不安と、大きな期待を持って。

 きっと、幸せになれると思う。







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 今日は私達の結婚式。

 朝から準備をしていて、やっとドレスを着たところだ。

 これで式が始まるまではゆっくりすることができる。

 式の準備も本当はもっと大変なんだけど、みんなが協力してくれたからかなり楽になった。

 会場をおさえたり、設営を手配したりしてくれた総務部の皆さんには頭が上がらない。

 特にちひろさんがかなりのコストダウンをしてくれたおかげで、進行や演出も普通よりも自由に決めることができた。



「藍子ちゃんおめでとう! 着替え終わったってっ!?」



 ドアが大きな音を立てて勢いよく開いた。

 その向こうには帽子と弾けるような笑顔。



「芽衣子さん、そんなに急がなくていいのに」



「だって藍子ちゃんの晴れ姿だよ! 気になって当たり前だって!」



 芽衣子さんは今でもとても元気だ。

 今も私の周りをぐるぐる回りながら、たまにしゃがんだりして眺めている。



「ほうほう、ふむふむ。うん、と〜っても綺麗だね! 美人さんだよ!」



「あ、ありがとうございます」



 綺麗って言われることはないから、少し戸惑ってしまう。



「う〜可愛い! プロデューサーは幸せ者だね!」



 それもちょっと返事に困るんだけどなぁ。





「他のみんなはどうしたんですか?」



「披露宴や懇親会もあるし、そっちは本番でのお楽しみにしておくって。私が来たのは今日の写真の確認と、あとは既婚組で一番藍子ちゃんとの付き合いが長いから、かな」



「あぁ、なるほど」



 カメラマンさんと結婚してから、芽衣子さんは写真のお仕事も手伝っている。

 今日は夫婦でカメラマンをして、アルバムをつくってくれることになっている。



「藍子ちゃんには私の結婚式で素敵なプレゼントを貰ったからね。その分今日はしっかり恩返しするよ!」



「はい、ありがとうございますっ」



「それじゃ、まずは一人で撮っておこうか!」





 そのまま控え室で撮影をしていると、廊下の方が騒がしくなった。



「どうしたんでしょうか……?」



「やっと来たみたいだねー」



「え? それってどういう――」



 また、ドアが乱暴に開けられた。



「だから引っ張らないでくださいよたいちょー! 伸びます皺になります転びます!」



「はっはっはっ掴んでるのは手だけだろう。カメラマンを甘く見るなよ!」



「職業関係ねぇ!」



 そのまま私達の前まで人が引きずられてくる。

 入ってきたのは、元私のプロデューサーさんと芽衣子さんの旦那さんだった。



「よっし! ナイスだよパパ!」



「当たり前だろうママ!」



 二人でグッとサムズアップしている。

 たいちょーさんも豪快な人で、昔はなにか起こると世界中どこにでも飛んで行っていた。

 今は落ち着いて、国内でだけ活動している。

 特に写真の対象を選ばないから一緒に仕事をしたこともあった。





 それはともかく。

 あの人のしっかりした姿を見るのは久しぶりだ。

 黒のタキシードだから、こういう格好は一年ぶりくらいかな。

 元々スーツ姿を十年も見ていたから特に新鮮さはない。

 でも、装飾がある分着慣れていない感じがあって少し面白い。



「藍子……本当に綺麗だ」



「ありがとうございますっ。あなたも、とってもかっこいいですよ」



 やっぱり大切な人に言ってもらえると本当に嬉しい。

 それに、私だって思ってることは本気だ。

 二人ともかなり重症なのかもしれない。





 ほんの少し見つめ合っていたけれど、それもカメラの連写音で途切れた。

 芽衣子さんとたいちょーさんがカメラを構えてニヤニヤしている。



「えーと……あっ、その表情いいですね!」



「一枚、撮らせろ!」



「おいそれ一枚じゃなかったですよね!?」



 邪魔されて嫌なような、人前でやってしまって恥ずかしいような。



「おっかしいな〜これで誤魔化せるって聞いたんだけど」



「芽衣子さん、私もその人と会ったことあるんですよ?」



「えっ、そんなの聞いてない!」



 そんなところで拗ねなくても……

 喋りながらでもシャッターを切り続けているのはさすが……なのかな?





「しかし熱い熱い。新婚の頃を思い出すな!」



「あんたらはいつでも新婚気分でしょうが。子供もいるのに」



「うちより惚気てるんじゃないか? この前だってほら、飲ませたときに」



「なにを捏造してるんですか」



 それって少し前のことだよね?

 なにを言っていたのか気になる。



「あぁ藍子……君は太陽――」



「な・に・を! 言い出してんですかっ!」



「おや? こんな感じじゃなかったかな?」



「違いますから! そんな事は言ってないですって!」



「惚気たことは認めるわけだ……その微笑みは女神――」



「だああああああああああああ!!」



 さすがにそんな事は言ってない……よね?



「……どんな芸術にも心奪わ――」



「藍子は世界一かわいくて綺麗でいい子としか言ってないでしょうがっ!!」





「やれやれ、本当に君はこの手のことに耐性がないな」



「言ったところでどうなるわけでもないですし、貴方にはなにを言っても無駄でしょうが」



 顔が熱い。

 絶対真っ赤になってる。



「ねーねー、そういえば藍子ちゃんもさっ! この前旅行に行ったときなんだけど」



 芽衣子さんあなたもですかっ!



「プロデューサーの背中――」



「私も旦那様一筋ですっ!! これでいいですか、もう……」



 他にも色々言ったけど、要約したらこうなるからいいよね?

 でも、ここまで言うとは思わなかったから本当に恥ずかしい。

 顔がもっと赤くなった気がする。





 それも、また連写音で途切れた。



「……あっ、その表情――」



「「それはもう聞きました!」」



 なんで式の前からこんなに気疲れしてるんだろう。



「さてと。もう時間もないから、こっちの指定するポーズでお願いしようかな。頼んだぞ、元アイドルとプロデューサー」



「……了解です。まあなんとかなるでしょう」



「引退しても四年くらいじゃ錆びつきませんからねっ」



 ……なんだかまたいたずらされそうな気がするんだけど。

 式の前だし、着崩れたらいけないから無茶はしないよね?





……………………



…………



……





 式場への入場は二人で一緒に。

 もう扉の前で始まるのを待っている。



「藍子……は大丈夫そうだな」



「はい。自分でも不思議なくらい落ち着いてます」



 人生で何度もない大きな記念の前だけれど、不思議なほどに落ち着いている。

 むしろ私より……



「あなたこそ、大丈夫ですか? どんな大きいライブの前でも落ち着いてたのに」



「俺は仕方ないだろ。主役になるのなんて初めてなんだから」



「知り合いしかいませんから、緊張することもないですよ?」



「居るのが他人だろうがカボチャだろうが無理なものは無理……あ、久しぶりにやろうか」



 そう言って、スッと手を差し出した。



「懐かしいですね。引退ライブ以来、ですか」



 手をパチンと合わせる。

 お仕事の前にいつもしていたハイタッチ。



「俺もリラックスできるんだよな。特に大舞台だとどうしても緊張してしまうから。もちろんお前達を信じてなかったわけじゃないんだけど」



「それ、初めて聞きましたよ。緊張は解れましたか?」



 そこで、入場の音楽が始まる。



「なんとか。もうなるようになれだ」



 大きく息を吐いたのを見て、前を向いた。





 扉をくぐると、会場が一気に目に飛び込んできた。

 道の両側は今まで会った人たちでいっぱい。



 その道を歩いていくと、結婚に実感が湧いてくる。

 今まではどこか現実のことと思えていないところがあったけれど。



 もう彼とも十年以上の付き合いだ。

 もう家族みたいな関係になっている。



 たぶん、これですべてが変わるけれど、なにも変わらない。





 みんなの前での宣誓とキスまでは通常通り。

 でも、この後私が時間をもらっている。

 一曲だけ、今日この日に歌いたい曲があったから。



 大きく息を吸って一歩前に出ると、伴奏が始まった。



 この『アニベルセル』は芽衣子さんが結婚するときに贈った、私がはじめてつくった歌。

 あの頃の、十九歳の私には花嫁の気持は想像するしかなかったけど。

 今の私の気持ちはこの詩の通りだった。



 ただただ、愛おしさと幸せでいっぱい。



 これまでの思い出を抱いて。

 あなたへの想いを大切にして。

 あなたとの日々に感謝して。

 今日という日を、私たちの記念日にしよう



 きっと、これからもたくさんの記念日が待っている。





 歌い終わって、後ろを振り返る。

 そっと近づいて横に並んでくれる。

 顔を見合わせて、どちらからともなく笑顔になった。



「これからもよろしくな」



「ずっと一緒ですからねっ」





 今日、私は結婚する。



 たくさんの幸せを持って。



 きっと、私達は幸せになる。





20:30│高森藍子 
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