2015年08月21日

相葉夕美「真冬に咲く」




 「――じゃんっ。プロデューサーに花束を……なんてね♪」







目の前で花束が揺れた。





 「……あ。発音が妙だと思ったら、アルジャーノンに掛けてる?」



 「当ったりー♪」



 「ちなみに読んだ事は?」



 「実は無いんだよね。恋愛小説?」



 「いや、あれはSFなんだ」



 「え、SF!?」



意外そうに、夕美が目を丸くする。

確かに題だけ聞くとSFとは考え付かないかもしれない。



 「鷺沢さんなら十中八九持ってると思うけど」



 「うーん、SFって読んだ事……あ、『時をかける少女』なら読んだよ!」



 「ああ、確かにSFだね」



 「良いよねあれっ、ラベンダー飾りたくなっちゃう」



 「やっぱりそこなんだ」



まぁ、きっかけなんてのは何だって構わない。

新しいものに挑戦するのは大切な事だ。



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 「ところで、その花束」



 「あ、そうそう! そろそろ事務所のお花を新しくしようと思って」



 「買って来たんならお代くらい出すよ」



 「大丈夫! 凛ちゃん家から貰ったやつだから。後でキュートの方にも配りに行かなきゃねっ」



パッションの事務所は飾り付けが賑やかだ。

たまに行き過ぎてトレーナーさんに呆れられる事もあるぐらいに。

テーブルや棚の上に飾られた花を、夕美が丁寧な手つきで挿し替えていく。



 「あ! 抜いた方も取っといてね。ドライフラワーにするから!」



 「うん、分かってるよ。いつも通りだね」



 「……よし、終わりっ」



全ての花を挿し終えて、夕美が満足げに手を叩く。



 「やっぱりお花はいいよね。見てるだけで笑顔になっちゃう!」



 「……うん。本当に」





色とりどりの花たちに囲まれて。





夕美が、ひときわ大輪の笑顔を咲かせた。



 ― = ― ≡ ― = ―







――アイドルは、花だと思う。







 『それで……あれ、もうそんな時間ですか? いえ、ぼうっとしてた訳じゃありませんからね』



 『最後の曲だし、残ってる元気ぜんぶ使っちゃおっか、藍子ちゃん!』





初めの姿は様々だ。

種だったり、苗だったり、あるいは蕾であったり。



土を整え、余分な葉を払い、水を遣る。

そうして花が開くのを見守るのがプロデューサーの仕事なんじゃないか。

僕は、そう考えている。





 『――ありがとうございましたっ! 藍子ちゃんもありがとねっ』



 『また次のライブでお会いしましょう! 続いては、知名度急上昇中の忍――』





その意味で、夕美はまさに花のような娘だった。

いっとう華があるって訳ではないけれど、見ているだけで元気を貰えるアイドルで。



 「――お疲れ様、夕美」



 「楽しかったー! ね、今日の私どうだった!?」



 「たぶん自分でも分かってるんじゃないかな」



 「そうそう! 今日ね、すっごく調子良くて!」



 「うん、練習の成果がよく出てた。素晴らしかったよ」



 「えへへ」



花を見て顔をしかめるのはせいぜい花粉症の人くらいだろう。

夕美の出るイベントは毎回なかなかの賑わいを見せる。

まぁ、そういう仕事を慎重に選んでるのもあるけれど。



 「今日は藍子ちゃんも一緒に送ってくから。45分に駐車場口で待っててもらえる?」



 「うん」



 「遅れないようにね」



 「それは藍子ちゃん次第かなぁ」



くすくすという笑い声と共に、夕美の背中が廊下を遠ざかっていく。





 「花、か」





僕は未だ、夕美が何の花なのか掴みかねている。





向日葵ほどの激しさは無く。

薔薇と言うには親しみやす過ぎて。

桜と呼ぶほど儚くもない。





 「……詩人には向いてないや」





それさえ解れば、彼女をトップアイドルにだってしてやれる気がしていた。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「へぇ。いつ頃の話ですか?」



 「つい最近! すごく人懐っこいんだって!」



 「けっこう大きいんですね。触ってみたいなぁ」



帰りの車内で、夕美と藍子ちゃんが和気藹々とお喋りを楽しんでいる。

携帯電話の画面を二人で覗き込む姿は姉妹のようにも見えた。

どうやら今の話題は植物園へ最近やって来た鳥らしい。



 「ね、Pさん。今度私達を連れてってほしいな、ここっ」



 「ん? ああ、いいよ。ライブも成功した事だしね」



 「やった。藍子ちゃんもいい?」



 「うーんと…………ダメです」



 「えっ?」



にこにこと笑いながら、藍子ちゃんが夕美の誘いを断った。

今後のスケジュールでも詰まっているのだろうか。



 「植物園へは、夕美さんとプロデューサーさんの二人で行って来てください」



 「え、えっと。用事でもあった?」



 「いえ、無いですよ? ただ、私が二人のジャマになってしまうので」



 「ジャマなんかじゃないよっ!?」



 「えーと、言い方を変えましょうか」



こほん。



わざとらしく、藍子ちゃんが咳払いを一つ。



 「とても、まるで恋仲のように睦まじい人たちと居ると、何と私はジャマをしたくなってしまうのです」



 「…………」



 「…………」



 「という訳で、非常に残念ながら私は行けないのでした」



 「……えっと」



 「どうかしましたか、夕美さん?」



 「……う。な、何でも無いです…………」



夕美が何か言おうとして、藍子ちゃんの笑顔に唇を結んだ。

それこそ夕美にだって負けないような、実に良い微笑みだった。



 「藍子ちゃん」



 「何でしょう」



 「……藍子ちゃんって、結構いじわるだったんだね」



 「あなた程ではないと思いますよ?」





僕は、意地悪なのだろうか。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「夕美はさ、どうして花が好きなの?」



 「へっ?」



左腕に何とも派手な鳥を乗せながら、夕美が首を傾げた。



 「どしたの急に」



 「いや、そういえばちゃんと訊いた事無かったなと思って」



誤魔化すように辺りを見渡す。



天井の高い温室。

その中で色鮮やかな花々が咲き乱れ、頭上を鳥が飛び交っている。

植物園と言うのは僕の想像よりも随分と賑やかだった。



 「んー……どうして、かぁ」



 「うん」



 「……綺麗なものを好きになるのに、理由がいるかな?」



目の前の赤い羽根を撫でて、夕美が笑った。



 「後は憧れかなー」



 「花に?」



 「そ。花って、見てるだけで幸せになれるでしょ?」



 「そうだね」



 「花になるのは無理だけど。Pさんがアイドルやってみないか、って言ってくれたから」



 「…………」



 「アイドルやってる私を見てみんなが笑ってくれたら、花にも負けないんじゃないかなって」



そう語ってくれる間も、夕美は暖かな笑みを咲かせて。

別に植物園に来なくても良かったんじゃないか、なんて頭の隅で考えてしまった。



 「夕美」



 「ん?」



 「この前話してたカバーだけど、『世界に一つだけの花』とかどうだろう」



 「……いいねいいねっ! うん、それがいいな!」



 「そっか。トレーナーさんに伝えとくよ」



 「よろしくね」



僕は人間で、けれどもプロデューサーだから。

この娘を他の誰よりも綺麗に咲かせてあげたいと思ってしまうのを、どうか許してくれないだろうか。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「――どれもみんな綺麗だね」



 「はいストップ。『みんな』のテンポがまだ合ってないですね。もう一回」



 「はいっ」



アイドルもそうだけれど、この事務所はプロデューサーも実に様々な人が揃っている。



芸能関係からの転職組。

いわゆる士業。

果ては、ちょっとアブない「お仕事」に携わってた奴。



それぞれがそれぞれの強みを活かして、日々同じ舞台で鎬を削っている訳だ。



 「ふぅ……」



 「うーん、昨日よりは良くなってるけれど……プロデューサーさんからはどうですか?」



 「そうですね……夕美」



 「ん?」



 「お腹から声出す、っていうの。けっこう意識してる?」



 「うん」



 「ああ、やっぱり」



夕美がシャツを捲り挙げてお腹を撫でる。

何の気無しの行為から目を逸らして、小さく小さく溜息をついた。



 「たぶん、意識し過ぎてるね」



 「えっ」



 「もちろん声はお腹から出る訳じゃないから。意識すべきは『お腹』って言うより『横隔膜』が近いかな」



 「オウカクマク……えっと、しゃっくりの?」



 「そうそう。その辺を意識的に動かすんだ」



僕の武器は、レッスンにも多少の覚えがある事。

アイドルを見る時間を他の担当より伸ばして、適宜実力に見合うだけの仕事を選ぶ。

武器と呼ぶには些か小さな剣だけど、過酷な世界で戦うにはこの術以外を知らなかった。



 「うーん……少し息継ぎしやすくなった、かな?」



 「それは良かった。息継ぎの余裕が出ると合わせる余裕も出てくると思うよ」



 「今の事も頭に置いて、もう一度行きましょうか」



 「はい!」



練習のコツは、少しずつ上達する事。

今の課題を噛み砕きながら少しずつ消化して、自分の血肉としなければいけない。

一度に水を吸い過ぎると根腐れを起こしてしまうように。



 「――どれもみんな綺麗だね」



 「うん、さっきより良くなりましたね。気持ちスローテンポで歌うようにしてみましょう」



 「分っかりましたー♪」



うん。

一歩前進。



 「むー……結構難しい曲だねこれ」



 「夕美の腕の見せ所だよ。とびっきりのを見せてくれ」



 「簡単に言ってくれちゃってー。プロデューサーも唄ってみれば分かるよ? ほらほら」



 「いやほらほらと言われても」



 「トレーナーさんも居るしほら、カラオケの練習と思って」



 「それはトレーナーさんに失礼じゃないかな」



一つ区切れた事で夕美が完全に休憩モードに入ってしまっていた。

床へ座り込んで掌をこちらへずいずいと向けてくる。

まぁ結構な時間練習していたし、喉に熱も溜まってきている頃かもしれない。





……仕方無い。





 「――花屋の店先に並んだ、色んな花を見ていた」



 「……あれっ」



 「人それぞれ好みはあるけど、どれも皆綺麗だね――」



1番を唄い終えただけで、喉がカラカラだった。

ペットボトルのお茶を飲み終えて二人を見遣ると、何やら口を開けて僕の方を向いている。



 「……びっくりするぐらい上手ですね、プロデューサーさん」



 「私とユニット組んでみる?」



 「いや、僕は」



 「良いですね。プロデューサーさん柳腰の美男子だからイケますよ」



 「あの、話を」



 「課長さんとかに掛け合ってみよっかな!」



 「夕美、」



 「元気っ娘ともやしっ子でバランスも良い感じですしね!」



その後も盛り上がる二人を落ち着かせるのにやっとの思いで成功した。

したのだけれど、その時には何故かすっかりカラオケに行く話が纏まってしまっていて。



 「楽しみだねー。あと誰呼ぼっか?」



 「……あやめちゃんと美嘉ちゃん辺りに声を掛けてみようか」



 「いいね!」



どうせなら、囮は多い方がいい。

あやめちゃんが分身してくれないだろうかと、どこか期待している自分が居た。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「…………はぁ」



 「お疲れ様、Pさんっ。はい、冷えてるよ!」



 「あぁ……ありがとう」



ようやく夏の暑さも退く兆しが見えた所に、いっとうひどい真夏日が帰って来てしまった。

外回りをしていた担当たちも焼け出されるようにして事務所へ転がり込んで来る。

ランニングに行こうとする茜ちゃんを、担当が羽交い締めにして止めていた。



 「あ」



 「わっ」



タンブラーを受け取り損ねて床に落としてしまった。

幾つかの氷と麦茶が足元に広がっていく。



 「せっかく用意してくれたのにごめん、いま拭い」



布巾を取って来ようと椅子から立ち上がると、視界が僅かにブレる。

一瞬平衡感覚を失って、思わず床に手を付いた。



 「……Pさん?」



 「いや、何でも無いよ。大丈夫」



 「何でも無いなら立ち上がれるだろうに」



経費の請求書を纏めていたベテトレさんが駆け寄って来た。

正面に陣取って、じっと僕の様子を観察している。



 「このボールペン、何本に見える?」



 「……それ、シャーペンじゃないですか」



 「意識は割合にしっかりしているな。車で運ぼう、キーを借りてくる」



ベテトレさんが僕をソファーに座らせて事務所を出る。

しばらくぼうっとしていると、夕美が濡れタオルを持って駆け寄って来た。



 「Pさん、だいじょうぶ? 苦しくない? 大丈夫?」



 「うん……ありがとう、心配無いよ」



 「熱中症かな? これ使って! 後は、ええと、ええと……」



不安そうに眉を下げて、夕美が所在無さげに歩き回る。



……ああ、またやってしまった。油断していた。

最近は身体の調子も良かったからすっかり良い気になってしまっていた。

僕は、彼女にこんな顔をさせる為にプロデューサーをやってる訳じゃないのに。



 「車の用意が出来た。そこの二人、すまないが運ぶの手伝ってくれ」



 「オゥライ」



 「よし来た」



あやめちゃんと未央ちゃんの担当が僕の脇に腕を挟む。

夕美に落ち着かなさそうな顔をさせたまま、僕は最寄りの病院へ連行された。

 ― = ― ≡ ― = ―





 「――Pさん、大丈夫…………?」





ゆっくりと病室の引き戸を開いて、夕美がおそるおそる顔を出す。

後ろ手に持ったままの花束も、心なしか元気が無いように見えてしまった。



 「うん。迷惑掛けてごめん」



 「迷惑なんかじゃ…………あ、点滴……?」



 「一応、ね。一日様子を看て、明後日の朝には出られるって」



消毒薬の匂いに、クリーム色の壁紙。

久しぶりの雰囲気に、どこか懐かしさすら感じていた。



 「Pさん」



花瓶に花を挿しながら、夕美がいつもより随分と小さな声で話す。



 「聞いたよ。栄養失調だって」



 「……ああ。この暑さで物が喉を通らなくてね」



 「身体そんなに強くないんだから、ちょっと無理してでも食べなきゃダメだよっ」



もやしっ子、と言うのは冗談でも何でもない。

虚弱体質とまではいかないが、僕は体調を崩す事がままあった。

ここ数年は鳴りを潜めていたから調子に乗っていたんだ。



 「もー、普段私には体調管理に気を付けろって言ってる癖に!」



 「……言ってたっけ?」



 「えっ?」



振り向いた夕美があごに手を当てて考え込む。



 「……そ、そういえばそんなに言ってなかったかも」



 「夕美は出来る娘だからね。言われる前に自分で出来てるから偉いよ」



 「そ、そうかな? えへへ…………じゃなくって!」



誤魔化しきれなかった。

夕美はパッション所属の割にしっかり者だ。



 「しっかり食べて、しっかり寝て、たまには運動する事っ!」



夕美の眉がきりりと絞られる。

彼女の怒った顔は、まるで迫力が無い。



 「……Pさんが」



再び夕美の声が弱まった。



 「居なくなったりしたら、やだよ」



 「居なくなったりしないよ」



身を起こして即答する。



 「夕美の傍に居るから」



 「……約束、だよ?」



 「うん、約束だ。僕は約束は守るよ」



 「じゃ、じゃあもう一つ約束っ!」



 「え、何かあったっけ……?」



 「私…………とか、他の人に心配掛けたお詫び! またどこかに連れてって!」



 「えっと、夕美を? 皆さんを?」



 「そこはほら、えっと、臨機応変に」



まぁ、確かに夕美の言う通りだ。

この埋め合わせはその内にしないといけない。



 「分かったよ。約束する」



 「うんっ!」





遅れていた見舞いの花が、ようやく届いた。



 ― = ― ≡ ― = ―





 『埼玉県に入りました』





カーナビが県境を越えた事を知らせてくれる。

時刻を確認すると、予定よりも少し早いくらいだった。



 「……埼玉?」



 「うん。もうちょっとで着くよ」



助手席の夕美が不思議そうにカーナビの画面を見つめる。



 「ねぇ、まだ教えてくれないの?」



 「うん。着いてみてのお楽しみさ」



 「花畑って、もう12月だよ? 本当にそんなのあるのかなぁ……」



いつだったかのお詫びの約束。

随分遅れてしまったけれど、ようやく果たす機会がやって来た。



 「見た事無いだろう? 真冬に咲く花畑なんて」



 「そりゃ、花って大抵はそういうものだし」



だからこそ、だ。

普段花を見せてくれる代わりに、今度は僕が花を見せる番。



 「到着。寒いから防寒はしっかりね」



 「到着って、河川敷?」



車から降りると、河からの冷気が頬を撫でた。

身を震わせた僕を見て、夕美がマフラーをほどく。



 「はい、これっ! Pさんこそしっかり防寒しなきゃ!」



 「それだと夕美が」



 「あ、じゃあ二人で巻く?」



 「……お借りします」



 「ちぇー」



夕美から受け取ったオレンジのマフラーを首へ巻く。

……暖かい。

何やら良い匂いまでして、どうにも落ち着かなかった。



 「殿、まふらぁを温めておきましたぞー♪」



 「江戸時代にあったのかな、マフラー」



白い息をつきながら、二人で笑った。



 「それで、肝心の花畑が見当たらないけど……」



 「あぁ、まだ咲いてないからね」



 「え、これから咲くの?」



 「うん。ほら、向こうに人も集まってる」



夕美が指差した先を見る。

少し離れた所に土手に車やビニールシートが幾つも集まって、中々に賑わっていた。



 「何だろ。何かこの雰囲気、覚えがあるような……?」



 「さて、何だろうね」



 「うーん……?」



 「残念、時間切れ」



 「えー、早いよっ!」



 「もう答え合わせの時間だからね」



袖を捲って腕時計を確認する。





ぴいぃぃぃっ――





文字盤を読むより先に、答えが現れた。









――どぉんっ。







轟音が冬の夜を震わせて、辺りがにわかに明るくなった。

鮮やかな赤色が、夜に馴染んだ瞳孔の目を覚ます。

大きく広がった赤は、散り際に黄色へと変わった。



 「……花火?」



 「うん」



 「冬の、花火?」



 「そう。空気が澄んでるから、むしろ夏よりも綺麗だね」



会話の合間にも次々と打ち上がる。

赤、黄、緑、白。

大きさも色も様々な花が、夜空に咲いては散っていく。



 「綺麗だね」



 「ああ」



二人して突っ立ったまま、真冬に咲く花畑をじっと眺める。

轟音が連続して響き渡って、けれども僕達の周りは不思議と静かに感じた。



 「嘘じゃなかっただろう?」



 「ちょっとズルい気もするけど……いっか。うん、綺麗だしね」



夕美が僕を見て苦笑する。

寒さに当てられてか、小さな鼻の先が僅かに赤らんでいた。





 「僕はね、花火があまり好きじゃないんだ」





 「……?」



場にそぐわない僕の言葉に、夕美が首を傾げた。



 「どうして?」



 「だって、あんまり綺麗で、あんまりな位に潔くて、何だかズルいじゃないか」



全力で輝いて、完全に燃え尽きて、文句の一つも言わずに姿を消す。

そのどれもが、僕には出来なかった事。

僕は花火に嫉妬していた。





 「僕は昔、アイドルだった」





続けた一言に、夕美がぽかんと口を開けた。

周子ちゃん曰く、『雛鳥』。

確かに飴玉の一つでも放り込みたくなる表情だった。





 「…………ええぇーーーっ!?」





夕美が驚きの声を上げる。

炸裂音に負けないぐらいの声だった。





 「そっ、聞いてな、え、うそっ」



 「言ってなかったからね。トレーナーさん達は知ってるけど」



 「どうして言わなかった、の?」



 「恥ずかしかったし、情けなかったんだ」



 「恥ずかしいって」



 「加蓮ちゃんを、知ってしまったから」



 「……あ」



スカウトされて始めたアイドルは、結局中途半端なままに終わってしまった。

なかなか結果が付いてこなくて、僕はそれを心の何処かで身体のせいにしていた。

アイドルは、やっぱり僕みたいな奴には出来やしないんだと。



 「彼女の前で、間違ってもこんな話は出来ないよ。大笑いされちゃうだろうね」



昔の彼女を直接見た事は無い。

ただ、身体が弱くてどこか擦れていたという話は伝わっていた。



 「身体の事は免罪符にならないって教わったよ」



今日、あんなに煌めいてる彼女の話をする必要は無いだろう。

夕美が言葉を探すように口を開いて、すぐに閉じた。

雛鳥はお終いらしい。



 「だから花火は好きじゃなくて、羨ましくて……」



何度目になるのか分からない轟音。





 「僕は、花が好きなんだ」





花は、綺麗だ。



どんな所にもいて、普段は目を留められる事も無くて。

だけどふと目を向ければ、確かにそこでしっかりと生きていて。

まるで、自らの全てを誇るように咲いている。



 「夕美なら、何となく分かるかな」



 「うん、多分」



 「そっか」



それからしばらく無言のまま。

夕美と二人、肩を並べて花火を眺める。

久しぶりに観る花火は、悔しいけれど。



 「やっぱり、綺麗だな」



 「でしょー? こんなに綺麗なのに、勿体無いよ?」



 「そう……だね。今なら、好きになれる気がする」



 「そうこなくっちゃ♪」





僕も、綺麗なものが好きだった。





上機嫌に花火を眺める夕美の瞳が、いつにも増して煌めいていた。

お詫びは無事お気に召して頂けたようで何よりだ。



 「…………」



ずっとずっと溜め込んでいた言葉を聞いてもらって。

何となく、身体が軽くなったような気がした。

だから今からする事も、きっと浮かれてしまったせいなんだと思う。



 「ん?」



マフラーを彼女の首へ巻き直す。

上手とは言えない僕の巻き方を見て、夕美が呆れたように苦笑した。



 「夕美」



 「なにー?」



感触を確かめるように、夕美がマフラーへ顔を埋める。



 「僕も、綺麗なものが大好きなんだ」



 「へー! 花火、好きになれた?」



 「うん。花も、花火も、大好きだ」



 「良かったね♪」



まるで自分の事のように、夕美が柔らかい笑顔を見せる。



眩しくて、暖かくて。

花火が咲いて。



今が真冬だと忘れそうだった。





 「夕美のお陰で、花も花火も大好きになれたよ」



 「えへへ」







――綺麗なものを好きになるのに、理由がいるかな?







 「つまり、その…………だから、」



 「?」





笑顔のまま、夕美が首を傾げる。





やっぱり、詩人には向いてない。







 「――夕美も、すごく綺麗だ」







準備の為だろうか。

打ち上がっていた花火の音が止んで、冬の音が震えるくらいにはっきりと聞こえた。



 「…………え、あ。Pさん、いまの」



再び口をぽかりと開けて固まっていた夕美が、思い出したように動き出す。

何やら手を慌ただしく動かしつつ、忙しなく目を泳がせていた。



 「…………ごめん、何でもな」



 「何でも無くないからっ!!」



冬の空に響き渡るぐらいの声を上げて、夕美が僕の言葉を遮った。

夕美は肩で息をしていて、それが落ち着くまで僕はじっと待っていた。



 「…………Pさん」



恐る恐るといった様子で、けれどもしっかりと僕の目を見て。

髪や裾やら、ちょこちょこと身嗜みを整えながら、夕美が小さく口を開く。



 「あ……あのねっ! たぶん、勘違いじゃ、ないと、思うから」



 「……うん」



 「だから、えっと…………言うね?」



目を閉じて、深呼吸。





再び開いた夕美の瞳には、夜空へと伸びる光が映っていた。







 「えっと、あのねっ? Pさん、あの、私も――」











――どぉんっ。











轟音に紛れて、けれど確かに届いたその言葉に。







僕は聞こえない振りをして、そっと彼女の手を引いた。





 ― = ― ≡ ― = ―



 「はいっ、Pさんっ!」



 「いやそんなに毎回作ってくれなくても大丈夫だけど」



 「栄養失調で倒れちゃった人の話なんて聞きませーん!」



 「返す言葉も無い……」



いつものように夕美が笑顔で弁当箱を差し出してくる。



初秋に入院してからというもの、夕美はこうして時々弁当を作って来るようになった。

それは大変ありがたいのだけれど、段々と頻度が上がっているのが気になる。

最初は隔週ぐらいだったのが、今では週三ぐらいのペースだ。



 「お残しは許しまへんでー♪」



 「そりゃ残さないけどさ」



 「そうそう、キミも男なんだからしっかり食べなきゃいかんぞ」



デスクで新聞を読んでいたベテトレさんが会話に加わってくる。



 「相葉の手作りなら栄養も味もバッチリだろう」



 「それは、まぁ」



 「朝昼晩と毎日食べれば、それこそ死ぬまで健康に暮らせるだろうさ」



若干ニヤついた目でベテトレさんが僕達を交互に見遣る。

夕美と二人、揃って口を結んだまま目を逸らした。



 「おっと、余計なお世話だったかな?」



 「……ベテトレさん」



 「まぁ? 私達はココの社員ではないし? そういった事はうるさく言う立場にないのでね」



肩を揺らして新聞へ目を戻す。



 「頑張れよ、お二人さん」



 「……あー…………」



 「……えっと…………Pさんっ!」



 「な、何?」



 「う、あの……外っ! 外へ食べに行かない?」



 「え、外で?」



弁当箱を掲げて夕美が窓の外を指差す。

確かに気持ちの良い晴天で、外食日和なのは間違い無いけれど。



 「寒くないかな」



段々と暖かくなって来ているとはいえ、まだ3月だ。





 「マフラーがあるから大丈夫だよっ! はいっ♪」



以前買いに行ったオレンジのマフラーを、夕美が僕の襟へ巻く。

自分も揃いのオレンジを首に巻いて、春の日差しのような笑顔を見せた。



 「えーと……」



 「留守なら心配するな。次のレッスンまでしばらくは居るよ」



 「ごめんねベテトレさんっ。風邪引かない内に戻って来るから!」



 「ああ、ヤケドしない内ぐらいでいいぞ。今日もアツいからな」



 「い、行こっ、Pさんっ」



 「あ、ああ」



夕美に背中を押されながら。

新聞越しに振られた手へ頭を下げて、事務所の扉を開けた。

 ― = ― ≡ ― = ―



 「良い天気だねー」



 「うん」



事務所から少し歩いた所にある公園は静かなものだった。

確かに日差しは暖かいけれど、時折吹く風はまだまだ冬を感じさせる。



 「ところでさ」



 「うん」



 「何で毎回タコさんウィンナーが入ってるのかな」



 「えー、タコさん入ってないとおべんと! って感じしなくない?」



 「そうかな……うん、いつもながら美味しい」



 「へへー♪」



たっぷりの栄養と、柔らかな日差し。

これで後は葉緑素でもあれば完璧かな、とどこかぼやけた考えを浮かべる。

……とりあえず、深呼吸でもしてみようか。



 「Pさん」



 「ん」



 「もうすぐだね、総選挙」



 「ああ、もうすぐだ」



4月に入ると少し忙しくなる。

それまでの活動も重要とは言え、やはり追い込み効果も無視出来ない。



 「今回はどうなるかなぁ」



 「……正直な話を、しようか?」



 「うん」



 「ごめん。今回もシンデレラは厳しいと思う」



 「だよねー」



 「今年はキュートの年になるんじゃないかな」



 「パッションにクールと来てるもんね」



 「本命は安部さん。卯月ちゃんとみくちゃんもまだ分からないね」



笑ってはいるけれど、やっぱり悔しい。

毎回上位に食い込めてはいるのに、やはり壁のようなものが一枚ある。

どうすれば、夕美にガラスの靴を履かせてやれるのだろうか。



 「……あれっ?」



 「どうかした?」



 「いや、あの子……」



ベンチから立ち上がって、夕美が近くの地面へしゃがみ込む。

後を追って覗き込むと、一面の白に一輪だけ黄色が混ざっていた。

黄一点、とは言わなさそうだ。



 「タンポポ?」



 「うん。周りはみんな綿毛なのに、この子だけまだみたい」



地域によって時期のバラつきこそはあるが、一つのコロニー内で遅れているのは初めて見た。

何らかの理由で発芽が遅れたのかもしれない。



 「残念だけど、置いていかれちゃいそうだね」



 「そうだねー。でも、きっと大丈夫だよ!」



黄色の花を慈しむように撫でて、夕美が笑った。







 「だってこの子、こんなに綺麗に咲いてるんだもん!」







――あ。







 「……タンポポだ」



 「えっ?」



 「そっか、タンポポだよ」



 「……? うん、タンポポだねっ?」



ようやく分かった。

随分と遠回りをしてしまったけど、答えはいつだってすぐ足元にあったんだ。



 「夕美」



 「ん?」



 「来年は、勝負の年になるよ」



すぐ傍に居て、力強く咲いて、見ているだけで暖かな気持ちになる。

一刻も早く、みんなにそれを知らせてやらないといけない。



 「よく分かんないけど、任せて♪」







僕も、花を育ててみよう。







いつだったか夕美が言っていた。

花を綺麗に咲かせる為には、水と、日光と、空気と。

それ以外に、とても重要なものが必要らしい。





その答えもつい最近知った……いや、理解したばかりだった。





 「わっ」



一陣の風が吹いて、夕美のショートヘアを揺らした。

乗り遅れるなとばかりに、綿毛たちが一斉に舞い上がっていく。



 「ね、Pさん」



 「ん?」



 「春だよっ!」



 「うん。良い春になりそうだね、夕美」





暖かくて眩しい、春の陽差しのような。

とびきりの笑顔を浮かべた夕美に見守られて。





高く高く、空高く。

てっぺんにまで届かんばかりに。







タンポポの綿毛が、ふわりふわりと舞い上がっていった。







おしまい。





12:30│相葉夕美 
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