2015年08月26日

響「いつまでも、このままでいて」

仕事が終わって、さあ帰ろうとした時に貴音に呼び出された。



「響だけに教えたい事があるのです。屋上にてお待ちしています」



貴音は真剣なまなざしでそう言うと屋上に去っていった。一人で行かないで自分も一緒に連れて行けばいいのに。





呟きは心の中に留めて、防寒をして、少し遅れて屋上への扉を開く。



風の冷たさが秋から冬に変わる季節という事を改めて教えてくれた。この間買ったコートはしっかりと使えるみたいで、少し安心。



一日の四分の三を過ぎようかといった時刻の屋外は予想以上に暗くて、でも貴音の銀髪はすぐにわかった。



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暗闇に銀髪をなびかせる後ろ姿。



「やっぱり貴音はキレイさー」



ふいに言葉がこぼれた。小声が聞こえたのか貴音は振り返って言った。



「おや響、きていたのですか。ふふっ、ずいぶんと厚着をしていますね。これでは真冬なぞ来るころにはどうなってしまうのやら」



「東京は寒すぎるよ。早くトップアイドルになって沖縄の暖かさをかみ締めたいなー」



「目標があるのはいいことです。響なら必ず成就するでしょう」



「そうかな?」



「ええ、必ず」



「えへへ」



「ふふふ」



どうにも照れくさくなって笑いで誤魔化した。たぶん、できてないけど。

「それで貴音。教えたいことって何?」



「……私はもう少しでこの芸能界から消えねばなりません」



「……なんで?」



「四条家との約定なのです。齢二十になるまでに明確な結果を出す事が出来ないのなら潔く身を引き、今後一切家の外には出ない。と」



「そんな、急にいわれても困るぞ。冗談とかじゃ……ない、よね」



貴音はこんな冗談を言わないって知ってるし、それは貴音の目を見ても分かったけど、言わずにはいれなかった。



どこからか、例えば屋上のドア付近にドッキリカメラがあるかと思って探したけれどそんなものは無かった。









貴音は心底辛そうな顔のまま言った。



「冗談ではないのです。私はその時が来たなら確実に芸能界からいなくなります」



貴音はそう言って口を閉じた。自分はそれに対して何もいえないまま時間が過ぎていった。何かを言わないといけないのに何を言えばいいのか分からない。



言葉にしたい気持ちは、全て言葉にする前に空気に溶けていった。言葉にするのってこんなに大変だっけ?



貴音はこちらを見続けている。何か自分の行動を待っているように見えた。



そうしているうちに、ようやく形になった言葉が口から飛び出した。



「なら、もっと!」



「はい?」



飛び出した言葉は連鎖的に言葉を紡ぎ、思いを運んでいく。貴音は驚いているが、思いは停まらない。



「もっと自分が頑張るから!だから居なくならないでよ貴音!二十歳までまだ数ヶ月もあるんだから明確な結果なんていくらでもだせるぞ!だから、」



「ここにいてよっ……」



途中から何故か泣いていた。言った言葉は紛れの無い本心。その思いは感情の捌け口を捕まえたらしい。涙の止まらない顔で貴音の方を少し見ると、何故だか微笑んでいた。



「ええ、そのつもりですよ。でしょう、貴方様?」



「ああ、貴音を引退なんて俺の命に代えてもさせないさ。必ずトップアイドルにしてみせる。当然、響や他の皆も」



「うぅ?プロデューサー?」



「響〜この文字が読めるか?」



「ドッキリ大成功……ってええ!?」



どこから出てきたのかプロデューサーがプラカードを持って自分の後ろにいた。あきれた、どうやらそういうことらしい。



「私をそんなに大切に思ってくれているとは……響、真感謝します。その情に応えられるように精進しなければなりませんね」



「流石親友って所かな!貴音が急にドッキリなんて言い出すからどうしたもんかと思ったが……問題ないようで良かった!」



担当アイドルのこの状況は彼にとって問題じゃないらしい。抗議のために言葉をぶつけた。



「問題大アリさー!プロデューサーいつ入ってきたの!?」



「響たちが話してるとき。真剣な表情してたな〜おい〜」



「そこから?!筒抜けじゃんか!」



「はっはっは」



「うがー!わーらーうーなー!!」

ドッキリだとわかると急に恥ずかしくなって来た。感情の捌け口をプロデューサーに定めて攻撃する。まったく。



「痛い、響痛い!いたたたたた!」



プロデューサーが悲鳴を上げているが、気にしない。人をもてあそんだ報いを受けさせてやる。



「響、そこまでに致しましょう。……何故、こちらに向かってくるのです?」



貴音が済ました顔で言ってきたけど、貴音のほうにもタックルした。



「もう。貴音の冗談は見分けがつかないんだからやめてよね!」



「申し訳ありません。ですが、親友の気持ちをふと確かめて見たくなったのですよ」



「むー」



急に親友なんて言うのはずるい。動きが止まってしまった。貴音にはまだ勝てそうにもない。





「さて響、貴方は帰り仕度をしていましたね?よろしければお詫びに夕餉をご馳走したいのですが……」



「またラーメン?よくそんなに食べれるよねー」



「嫌でしょうか?」



「ううん。親友の頼みだからな、断らないぞ!それに最近寒いから丁度良いよ!」



声に出すとますます寒く感じる。早くラーメンを食べて温まりたい。プロデューサーはどうだろうか?



「貴方様も一緒にどうですか?」



「悪い、まだ仕事が残ってるんだ。二人の仲が良い事を再確認できてよかったよ。最近はじっくり見てあげられないからなぁ」



あんまり遅くまで外にいるなよ。そういってプロデューサーは室内に戻った。自分達13人を同時にプロデュースする彼はいつ見ても疲れを残している。



春香たちも、彼の事を気遣ってはいるもののアイドルからのエールはあまり効果が無いようで、小鳥や律子に任せるしかないのが少しもどかしい。



ま、それはおいおい。今はそんなことより貴音と食べる夕食のほうが重要だ。

「貴音、とりあえず中に戻ろう?ここにいたら風邪ひいちゃうよ」



「そうですね。私も帰り支度をしなくては。らあめんがにげてしまいます」



「ラーメンは逃げないと思うぞ……」



「何を言うのです響!一杯ごとに違う味わいを持ち、同じ味わいには二度と出会えないのですよ?」



「そもそもらあめんとは……」食について語り始める貴音は止まらない。適当に合槌を打って事務所に戻る。小鳥やプロデューサーはパソコンの前にいた。



「じゃあプロデューサー、ピヨ子。自分達帰るから。また明日!」



「貴方様、小鳥嬢、ごきげんよう」



「気をつけて帰れよー」



「また明日ね。響ちゃん、貴音ちゃん」



挨拶をして事務所を出る。もう町はすっかり暗い。そして寒い。



「へっくしょん!」



おもわずくしゃみがでてしまった。



「おや、風邪ですか。風邪は万病の素と言いますし、気をつけなければなりませんよ?」



「そもそも貴音が屋上に呼ばなければあんなに寒い思いしなくても済んだのに〜」



「あいすみません。ですが、人のせいにするのはいけませんね」



完璧なのでしょう?そう言いたげな口ぶりに閉口する。でも、やられっぱなしじゃない。



「そうさー。自分はカンペキさー。だから貴音はカンペキな自分を暖める義務があるさー」



貴音は少し驚いていた。ふふん。反撃しないなんて大間違いさ。



「……義務ならば仕方ありませんね。こうしましょうか」

近くに貴音が寄ってくれてほんのり暖かい。



「ねぇ貴音。さっきのは冗談なんだよね?本当にどこかにいったりしないよね?」



「ええ、冗談ですよ。響に何も伝えずにどこかに行きはしません」



「ならいいけど」



「ふふっ、響は心配性ですね」



「もぅっ!頭をなでるのをやめるさー!さっさとラーメン食べに行こうよ!」



「そうでした。評判のらあめん屋があるのですよ」



「それって二十郎じゃないよね?自分、あの量は食べられないぞー」



「違いますよ。素材の旨みを生かした出汁が自慢の醤油らあめんです。響もきっと気に入ると思いますよ?」



そういいながら自分達は歩いていく。いつまでもこのままでいてくれたらいいのに。



その日食べたラーメンはとても美味しくて、また一緒に食べにいきたいと思った。



おわり



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