2015年08月31日

歩「探していた場所」


「おはよう、って誰もいないか」



 貸し切りのレッスンスタジオにアタシの声が響く。時刻は早朝、アタシの呼吸音以外聞こえないなんて普段なら考えられないな。





 いつもなら誰かしらと一緒にレッスンをする。真たちとダンス対決をしたり、苦手な歌をジュリアに教えてもらったり。

 

 だが今日は誰もいない。それだけに、身が引き締まる。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1406045683





「それじゃ、始めるとしますか」



 ストレッチをすませ、ウォーミングアップ。軽い動きは次第に激しく。うん、いつも通りだ。

 

 CDプレイヤーのスイッチを入れる。流れてきたのは今日のライブで踊る曲だ。



 靴が床を擦る音、荒い息遣い、大変だが笑顔は忘れずに。鏡を見てチェックする。

 

 顔は自然と笑顔になっていた。当然だ。私は今最高に楽しんでいる。



「夢はナンバーワン、ってな」



 少し前まで、アタシはアメリカにいた。

 

 そこでたくさん学ぶことはあった。友人もできたし、楽しい思い出も辛い思い出もある。

 

 だが結果というものは付きまとう。アタシにとって、それは失敗だった。

 

 何も成せず、何も掴めず。そうやってアタシは日本に帰ってきた。



 帰ってきたころは辛かったかもしれない。だが時が経てば、想いは薄れていくものだ。



 ぼんやりと過ごす日々、目的も見失ってアタシはただ過ぎていく時間に流されていた。



 さすがに親から文句を言われ、自分が唯一自慢できるダンスを活かせないかと考えた。

 

 リベンジ、だろうか? アタシの中に夢を追う情熱がまだあったのかもしれない。



 そうしてアタシは、導かれるようにアイドルの門を叩いた。



『舞浜歩、19歳。夢は大きくスーパーアイドルになること!』



 最初の挨拶はこんなもんだったはず。プロデューサーの困ったような顔は今でも忘れられない。 

 

 そりゃそうだ。どう見ても遊び歩いていたような見た目だからな。

 

 それでもプロデューサーはアタシをアイドルにしてくれた。理由を聞いたとき、ティンと来たとか言ってたっけ。

 

 仲間も受け入れてくれた。真や昴なんかとはすぐ仲良くなれたし、未来や静香にも色々聞かれたなぁ。



 それからは大変だった。まずアタシはダンスしかできない。アイドルは歌に演技も必要だ。

 

 教わりながら、少しずつだけど前に進んでいった。アタシは努力が嫌いじゃないし、なにより楽しかった。

 



 プロデューサーがアタシの苦手な仕事を持ってきて、それに文句を言うのが楽しかった。

 

 真と一緒のステージに立ったときは、今まで生きてきた中で一番燃えたかもしれない。

 

 冬にやったブレイクダンスは今でも時々披露する。そのたびにファンは大盛り上がりだ。



 そう、アタシには見ていてくれる人がいる。



 ファンの人たちはこんなアタシを応援してくれている。

 

 仲間たちは苦手なことの多いアタシを支えてくれたし、共に歩いてくれた。

 

 プロデューサーには……感謝してもしきれないぐらい、たくさんのものを貰った。



「ダンスはオッケー、あとは歌だな」



 今日は初めてソロ曲を披露する。アタシの苦手な歌メインの曲だ。

 

 昔のアタシならできなかったかもしれない。だけど今のアタシならできる気がする。

 

 それだけアタシは成長できたってことだろう。身も心も。



「Anyway 止められない 止めたくない ときめきも きらめきも この鼓動も」



 この歌はアタシが考えたアタシだけの曲だ。もちろんプロデューサーや作曲家さんなど色んな人の力を借りて作られてるけど。

 

 それでも、これに込めた想いはアタシだけのものだ。





「ずっと 自分らしく輝く場所 欲しかった 探してた どんなときも」



 アタシの目指す場所はまだまだ先だ。スーパーアイドルなんて夢のまた夢。いつ到達できるかなんてわからない。

 

 だけど皆となら、プロデューサーとならたどり着ける。そう信じてる。





「Get my shinin',I can't stop groovin',baby Feel me,Feel you,Starry heavens...」



しばらくして扉がガチャリと開いた。やってきたのはプロデューサーだった。



「今日は本番だな。こんな朝から飛ばしてて大丈夫か?」



 飲み物を渡しながら聞いてくる。



「心配ないって。もう体調管理ぐらいできるよ。それに、今日のアタシは絶好調なんだ。動いてないと落ち着かないんだよ」



「ははっ、そうか。なら安心だな」



 そう言って、笑いながら撫でてきた。予想外すぎて完全に固まってしまった。



「ちょ、子供じゃないんだから!」



「俺からすれば皆子供みたいなもんだよ。ほら、そろそろ会場に向かうぞ」



 パッと手が離れる。恥ずかしさに混じって、少しだけ寂しいのはどうしてだろう? まっ、気にしなくてもいいか。



「もうそんな時間か? オッケー、ちょっと待ってて」



 手早く片づけて移動の準備を整える。……よし、大丈夫だ。



「それじゃ行こうか。歩」



「よっしゃ! 行こうぜ、プロデューサー!」



 アタシの居場所へ。いつか夢見たステージへ。



おわり



16:30│舞浜歩 
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