2015年09月01日

智香「ガンバレノチカラ」

地の文あり。





若林智香ちゃん、誕生日おめでとうございます。









SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440917006



『初めまして。今日からあなたのプロデューサーになる、Pと申します』



「よ、よろしくお願いしますっ」



アタシがそう言うと、初老のその男性はニッコリと彫りの深い、柔和な笑みを浮かべた。



ちひろさんや、皆さんよりも随分年上の人に見えた。



真っ白な髪に、右手に持ったスケッチブックが印象的な人。



男性は忙しそうにスケッチブックにペンを走らせる。



『見ての通りですが私、話すことができません』



『正確には、言葉を発する事ができません』



すらすらすらすらと、目で追うことのできないぐらいの早さでスケッチブックに文字を書き上げるPさん。



『ですので、基本的に会話はこのように筆談になってしまいます』



『意思疎通が難しい時もあると思いますが、よろしくお願いします』



「はいっ!よろしくおねがいします!」



アタシの言葉に、再びPさんは微笑んでくれた。



これが、アタシとPさんの、出会い。



ううん、少し、違いますね。



アタシに大切な事を教えてくれた人との、出会い。



「がんばれー☆がんばれー☆」



右手、左手。



両手に持ったポンポンをリズムよく上下に振りつつ、バッターボックスに立つ幸子ちゃんを応援します。



「ぼ、ぼぼぼ、ボクに任せてくださいよ!」



よく見れば足が震えています。武者震いでしょうか?



最終回、ツーアウト満塁、ノーカウント。サヨナラのチャンスの打席。



ベンチに座る友紀さんと紗枝ちゃんも緊張の面持ちで幸子ちゃんを見つめています。



対するピッチャーはなんと木場さん。



みんなの中で野球経験者が少ないとはいえ、先発で三振の山を積み上げてきた名ピッチャーです。



経験者である友紀さんに言わせてみれば、まさに『甲子園の魔物』。別にここは甲子園ではないんですけどね。



先ほどまでは拓海さんがピッチャーをやっていたのですが、球は早いものの、なかなかストライクゾーンに収まる球を投げないので交代したそうです。



「遠慮はしないでいくぞ!」



「う、打ってみせますから!!」



幸子ちゃんが高々とバットを木場さんの頭上めがけて突き出します。腕がぷるぷるしてます。



あれは……ホームラン宣言?



「ほう……」



木場さんの目がぎらりと光ります。獲物を狩るものの目です。



「どちらもがんばれー☆☆☆」



野球観戦をしながらも、応援は忘れません。すると不意に、アタシの隣に誰かが座ってきました。



『ここにいたんですか。智香さん』



見覚えのあるあたたかみを感じる丸みを帯びた文字に、黄色と黒のスケッチブック。



「Pさん!こんにちはっ☆」



『はい、こんにちは。今日は皆さんは休日だというのに、元気ですね』



そう言っていつもの笑顔を見せてくれたPさん。



しかし、その笑顔はどこか悲しそうに見えました。



『野球、ですか。アイドルが』



「はいっ。何でも野球番組に幸子ちゃん達が出演するそうで!」



『出演するから、実際に体験してみると……面白い人達ですね。みなさん』



「アタシもそう思いますっ」



Pさんと話しているうちに、いつの間にかカウントはツーストライク。



この一球で勝負が決まる、そんな大事な場面でした。



「幸子ちゃーん!!がんばれー!!」



すぅ、と息を吸い込んでロボットのような動きをしている幸子ちゃんに届くように叫びます。



するとPさんは少し顔をしかめてしまいました。



「あ……すいませんっ。うるさかったですか?」



『いや、そうじゃないんですが……少し、ね』



そう言ってPさんはスケッチブックの新しいページをめくった後、何かを迷うようにペンを空中で彷徨わせ、決心したようにスケッチブックに文字を書き上げました。



『私ね、【頑張れ】という言葉はあまり好きじゃないんです』



「えっ……」



虚を付かれたような気持ちでPさんの顔を見ます。



遠くからアウトというような声が聞こえたような気がしましたが、そんなことは気にしていられませんでした。



信じられなかったのです。【頑張れ】という言葉を、好きではない人の存在が。



同時に、アタシ自身が否定されたかのような気持ちを抱いてしまったのです。



『智香さんは、いろんな方に【頑張れ】という言葉をお使いになりますよね』



「は、はい……」



『それは大変よろしいことかと思います。しかし、【頑張れ】という言葉は時として毒になりえます』



「毒……?」



毒。生命を蝕む危険なもの。



『はい。例えば、これ以上ないくらい頑張っている人に、【頑張れ】という言葉をかけたとしましょう。どう、思いますか?』



「それ、は……」



今まで考えたこともなかった事。



アタシから見たら、苦しんでいる人はみんな苦しんでいる人という集合の中でひとくくりにされていて。



その中にも、どのように苦しんでいる人がいるとか、どれだけ苦しんでいる人がいるとか、考えたこともありませんでした。



【頑張れ】と、応援すれば、力になれると思っていました。



『言葉は確かに力になります。しかし、毒にもなりえる』



『私はね、その毒を飲み過ぎてしまったのかもしれませんね』



そう言って寂しそうに笑う顔は、今までアタシが見たことがないPさんの表情でした。



『どうもね。私の事をちゃんと理解してくれない人もいて』



ゆっくり、ゆっくりとスケッチブックにPさんは確かに『言葉』を書き連ねてゆきます。



『頑張れば喋れるんじゃないか。実はそういうフリをしているだけなんじゃないか。医者の中でもそう疑う人までいて』



『私は驚きましたよ。必ず、どこか行く先々で言われるんです。毒を、飲まされるんです』



「……」



アタシは……どうだったでしょう。まだ長い時間を過ごしたわけではないけれど、この人に対しそんな疑問を持った事があったでしょうか?



『それからどうも、【頑張れ】という言葉を使う人を見つけると先ほどのように尋ねてしまうんです……いやはや、迷わせてしまったのなら申し訳ない』



恥ずかしそうに頭を下げるPさん。そこに先ほどまでの雰囲気はありません。



だけどアタシには、その眩しいくらいの白髪が、毒の作用に見えて仕方がありませんでした。



『では私は事務所に戻りますね。まだまだ仕事がたくさんあるみたいですので』



パタンとスケッチブックを閉じ、小脇に抱えるとPさんはすたすたと早足で事務所の方へ戻っていってしまいました。



ちらりと野球のスコアボードを見てみると、5-3で幸子ちゃんのチームは負けていました。



雨の日。



事務所の中は、キーボードを叩く音と水が地面とコンクリートを打つ音で溢れています。



たまに何か物音がするとしたら、それはたいてい乃々ちゃんか輝子ちゃん。



Pさんはコーヒーを飲みながら、次の仕事の資料に目を通しています。



あの日からずっとPさんの言葉が頭の中でリピートしています。



『言葉は力であり、毒である』



『特に【頑張れ】という言葉は』



もしかしたらアタシも、無意識のうちに誰かに毒を飲ませていたんじゃないか、そんな恐怖にも似た感情が広がっていきます。



昔の記憶が蘇ってきます。



『頑張れ』と応援をしたのにも関わらず無視された時。



『頑張れ』と応援したのに、余計に相手のやる気がなくなってしまった時。



多分その時、アタシはその人たちに毒を飲ませてしまっていたんでしょう。



そういう意味では……乃々ちゃんも、同じ?



仕事に行きたくないという乃々ちゃんを応援したりする事は、きっと……



「あの……智香、さん」



「は、はいっ?」



いつの間にか近くまで来ていた乃々さんが心配そうな顔でアタシのことを見つめてきました。すぐに目は反らされましたけれど。



「寒い、ですか?」



「へ?寒い……?」



そう言われて初めて、アタシの右腕が震えていた事に気づきました。



「そういうワケじゃないから大丈夫だよっ」



サッ、と右腕を乃々ちゃんの視線から外します。震えは止まりません。



「そ、それならいいんですけど……あの……」



「どうかしたっ?」





「か、風邪とかだけはひかないでくださいね……えっと……智香さんの応援がないと……その、少し寂しい、ので」





そう言ってそそくさと恥ずかしがるように机の下へと戻っていく乃々ちゃん。



一瞬、何を言われたかわからなくなりました。



しかしハッとして、今の乃々ちゃんの言葉を頭の中で反芻します。



乃々ちゃんの言葉をようやく飲み込むと、アタシは救われたかのように感じました。



そして、ようやくわかったんです。あの言葉に対する、アタシなりの回答が。



右腕の震えは、いつの間にか止まっていました。

「Pさん、今後のアタシについてお話したいです」



後日、そう言って朝一番にPさんに切り出しました。



驚いたような顔をしていましたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると、スケッチブックにペンを走らせました。



『わかりました。話してみてください』



「アタシは、ですねっ。多分、これからもいろんな人に【頑張れ】と言い続けると思いますっ」



『……なるほど』



Pさんが少し複雑な顔つきをしました。喜ばしいような、悲しいような、そんな半分半分の表情。



『それが、毒になったとしても、ですか?』



「はいっ!」



来るだろうと思っていた質問に、迷いなしにうなずきます。



「アタシは、アタシの気持ちをそれでも届けたいと思ったんです!頑張れって応援する気持ち、誰かを助けたい気持ち、そういうのを全部ひっくるめて、みんなに知ってもらいたくて!」



「それで、みんなに毒を飲ませる事になったとしても……その毒だって、克服させてしまうような、そんな【頑張れ】を届けたいんですっ!」



Pさんは無言でアタシの話を聞いていましたが、スケッチブックを手に取ると、書いては消して、書いては消してを何度も繰り返しました。



そして



『……私は今でも、【頑張れ】という言葉は苦手です。苦手、ですが』



『それすらも、あなたが……変えてくれますか?』



と、問いかけました。



その問への答えは、アタシの中ではもちろん一つでした。



初ライブの日。



舞台袖で、茜ちゃんと一緒に出番を待ちます。



輝くステージから、男の人、女の人、様々な人の声が入り混じった歓声が聞こえてきます。



「わ、私、大丈夫でしょうか智香ちゃん!変なとこないですかっ!?」



「大丈夫ですよ茜ちゃんっ。一緒にがんばりましょう!」



緊張しているのでしょうか、いつも元気な茜ちゃんが今日は少しだけおとなしく見えてしまいます。



かと言ってアタシも緊張していないワケではないので、緊張をほぐす意味合いも兼ねて周りを見渡してみます。



スタッフさん達が慌ただしく動く中、見覚えのある白髪の男性がこちらに近づいてきました。



『こんにちは、智香さん』



「こんにちはっ、Pさん!」



なんとなく、なんとなくですが、Pさんも緊張しているように見えたのはアタシだけでしょうか。



『初ライブ、ですね』



「はいっ。アタシ、みんなにアタシの【頑張れ】が伝わるように、精一杯歌って踊りますね!」



アタシがそう言うと、何故かPさんはニコリと笑ってスケッチブックをパタンとしめました。



ページ切れかな?そう思うと同時、Pさんがごつごつしたその手で、私の手を取りました。



「えっ、Pさん……?」



アタシの手のひらを上に向けて、そしてゆっくりと、



ひらがな四文字を。



しっかりと指で刻み込みました。



「……はいっ!」



アタシの返事に満足したかのように、Pさんは力強く頷いてくれました。



そうして、



「バーニングチアーさーん!出番でーす!」



Pさんからアタシへ、【頑張れ】の力は、渡されたのでした。





終わり



14:30│若林智香 
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