2015年09月18日

神谷奈緒「サマーヌード」

まだ夏の暑さが足を伸ばしている9月15日。



浜辺でのライブが終わった夜。



凛と加蓮は別の仕事で東京へ。





私は明日が誕生日という事もあって、明日のスケジュールはお休み。



学校も休ませてもらってる。





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ここ数か月は色々と忙しく、ゆっくり休むのは随分久しぶり。



夏休みも有ったようで無かったから、ライブ終わりからゆっくり休めるのは嬉しい限り。



こうしてゆっくり夜の浜辺を歩くのはなんだか不思議な気分だ。



夜の暗さと波の音。



灯台の光で時々照らされる水面を見ては、吸い込まれそうなその色に心奪われそうになる。





夜になれば夏の力強さも少しは弱まり、

潮風が気持ちよさそうに私の長い髪を揺らす。



プロデューサーは…彼はそんな姿が好きだと言ってくれる。



とても…恥ずかしい。



どれだけ言葉を重ねても、彼からの思いを受け止めるのは心が躍るし、爆発しそうになる。



そんな真剣な眼で見られたら、ただ私は顔を赤くして目を逸らすしか、恥ずかしさから逃れる方法が無い。



名前が奈緒だから奈緒は素直なんだよね、と加蓮におちょくられるし、私は凄く分かりやすい。



少し離れたところで花火大会があるみたいで、時々夜空を照らすように大きな花が咲く。



この浜辺は地元の人しか知らない穴場スポットだそうだ。



道路からは少し離れているし、花火から遠いという事もあってか、周りには誰もいない。



彼はのんびりと海を眺め、時々空に咲く花火を見ては、おーっと嬉しそうな顔をする。



そんな横顔を見て、私は少し笑ってしまう。







いや、にやけてしまう。



ほんの少し無理を言って彼も私に合せて明日を休みにしてくれた。



私はあと少しで一つ歳を取る。その瞬間に好きな人と一緒にいれる。



これほど嬉しく、幸せなことは無いだろう。



波打ち際を一人、にやにやしながら歩いている姿は、さぞ乙女チックだっただろう。



私もこんな風に素直に嬉しさを隠さずにいられるとは思わなかった。



少しだけ、彼に影響されているのかもしれない。



でも、私は初心な子供で、彼は経験ある大人。



その一線はいつもある。



この浜辺も、きっといつかの誰かと来たことがある、そんな場所だろう。



どれだけ時間を重ねても、彼の全てになることは出来ない。



今の彼の上に積み重なることしか出来ない。



わがままだとか、独占欲が強いとか、そんな事思ったこともなかったけれど、

でもそう感じてしまうんだから、きっと彼への思いはそれほどに大きいのだろう。



一際大きい花火が上がり、風に乗って花火大会終了のアナウンスが遠くに聞こえた。



「花火も終わったみたいだし、そろそろ帰るか?」



そう彼に声を掛ける。



「いや!これからが本番だ!」



ほんの少しの月明かりと灯台の明かりに照らされた彼の顔は、

悪戯を考えてワクワクしている少年のように無邪気で、瞳を奪われる。



「ひゃっほー!!」



そう叫ぶとTシャツのまま海に飛び込んでいく。



「へえっ?!」



「ほら!気持ちいいぞ!!誰もいないし、誰も俺の奇行を咎める人はいない!!」



いい大人が子供みたいにはしゃいで…。



さっきまで静かだった波音が、一人の男性の泳ぐ音で騒がしくなり、

少ししてまた静かになった。



「…プ、プロデューサー?」



夜の闇に飲み込まれたのか、彼の姿は見えず、私は慌てて夜の海へ足を踏み入れる。







「…づーがーまーえーだー」







海に入って少し進むと突然足首を掴まれる。



「ひゃうっ!!」



「ひゃうっ!って、カワイイなあ奈緒は」



「…おい」



「はい」



「…何か言うことは?」



「…いいおみ足で」



「覚悟はいいな?」



「ご容赦を!!」



「問答無用!!」



精一杯海水をかけてやった。







・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

・・





「心配して損したよ…」



「いやー、ちょっとからかってみようかと」



「ちょっとってなあ!夜の海で突然消えたら心配するだろ!」



「ですよねー」



「はぁ…下に水着着てたからまだいいけど、服がびしょびしょだよ。

Tシャツのままで飛び込むんじゃなかった…」



「め、面目ない…」



「そう思うならもうこんな事しない!約束な!」



「はーい」



「もう…」



「でも、夜の海は気持ちがいいな。ちょっと怖いけど」



「あ、ああ。俺も色んな意味で怖いわ」



「ん?」



彼の視線を追う。私の体を灯台の明かりに合わせてちらちらと見ているようで。



少ししてその視線の意味を理解する。



「へ・へへへ・hhh…変態!!!」



「いや、これは男として正常な反応だ!!!」



「うるさい!!!」



白いTシャツなんて着るんじゃなかった。思いっきり…。



「別にいいだろ?水着なんだし」



「そういう問題じゃない!恥ずかしいものは恥ずかしいんだ!」





そうして私は彼から離れて、波打ち際に腰を下ろす。



水着だからいいのかもしれない。



でも、彼に見られるのは、水着だとしても恥ずかしい。



彼も私を追いかけるように浜の方へ歩く。



そして何事もなかったかのように私の隣に腰を下ろす。



少し離れようとすると手を握ってくる。



夜の暗がりだから、赤くなっている顔を見られることは無いと思ったのに、

運よく灯台の明かりが私の顔を照らして、真っ赤な顔を見られてしまった。



大人しくそこに座りなおして、ため息を一つ。



少し冷たい波が、彼と繋がっている手の暖かさをより一層伝える。



…ずるい。そう思いながら彼の手を握る。彼も優しく握り返してくれる。



波の音を聞きながら、少し頭を彼の方に預ける。



彼も頭を傾けて、彼の温もりを更に感じる。



ゆっくり、そしてずっとこのままでいられたらいいのに。



少しずつ鼓動が早くなってきたのを感じる。



言葉が出ない。適切な言葉も思いつかない。



でも心が渇いていくのが分かる。



もっと彼を求めたいのに、私の中の何かがそれを止めているみたいで。



「ここは昔から本当に誰もこなくてなー。

神様も作ったのを忘れたんじゃないかってぐらい、穴場なんだよ」



「へー」



もっと気が利いた言葉は無かったのか私!!



「…奈緒」



「…ん?」



「何か緊張してる?」



「…別に」





ずっと緊張してる。

何かあるんじゃないかと期待しているし、

そんなことを考えていることが馬鹿馬鹿しいと思いながらも、でも…。



「ま、ライブが無事終わって、ちょっと緊張が続いてるのは分かるが、

折角の休みなんだから、リラックスしなきゃ損だぞ?」



これが大人の余裕というやつなのだろう。



本当に憎たらしいと言うか、私との差を感じざるを得ない。



「…プロデューサーは昔からここによく来たのか?」



「んー、大学生の頃にはよく来てたけど、社会人になってからはすっかりご無沙汰してたな」



「そうなんだ」



「ああ。友達とかと来たりしてな。あの頃は若かったな」



「今も十分若いだろ?」



「社交辞令ありがとう。でももうどんどんおっさんになっていく一方だよ。

奈緒はこれからどんどん大人になっていって、

いずれこの俺の悲しみを理解する日が来るから覚えておけよ」



「どんな忠告だよ。これから歳を一つ取ろうとしている女性に言う言葉じゃないぞ?」



「羨ましいんだよ。希望も可能性も沢山秘めていて、そしてどんどん綺麗になっていく奈緒の事がさ」



「…馬鹿」



「色々な事を経験してきたけれど、振り返ってみると本当に沢山の事があった。

あの時こうしていたらよかったんじゃないか、こうしていたらもっと違う道があったんじゃないかって」



「…」



そのあの頃には、きっと彼の隣にいたであろう女性も含まれているのだろう。



胸に鈍い痛みが走る。



「振り返る過去が多くなっていくにつれて、おっさんになったなって改めて実感するよ」



「…私と今ここにいることも、いつか後悔するのか?」



ふいに出た言葉は、全く持って気の利かない一言だった。



「…奈緒?」



「今日ここに私と来て、プロデューサーは誰かを思い出した?」



ふいの言葉が、つっかえていた言葉を吐き出してしまう。



「な…」



「凄くさ、馬鹿らしいことだと思ってる!

でも、私はプロデューサーの過去にはなれないし、

これからのプロデューサーにしか関わることが出来ない。それが何か…苦しくて」







彼の言葉を遮って、勝手に昔の誰かと私を比較して、一人で勝手に悲しくなって。



気付いたら海に向かって走っていた。



後ろから彼の声が聞こえる。



でもどうしようもなくて、私は逃げるように走った。



彼は大人で私は子供。それは分かっていたことじゃないか。



歩んできた道も、経験してきた事も私よりも多くて、

それが当たり前なのに、どうしてもそれが受け入れられなくて。



逃げても彼はすぐ私を掴まえてくれる。



情けなくて、でも負けたくなくて、悔しくて、気付いたら涙が流れていた。



「奈緒」



波の音を分けて聞こえる彼の声。ズルいよ。



後ろから抱きしめられて、逃げられない。



でも後ろからでよかった。今の私の顔は見せられない。



きっと酷い顔をしているから。



「…やだ」



「何が?」



優しく響くその声が好きだ。



だから、ズルい。



「…全部」



「そっか」



「…ごめん」



「いいよ」







私はまだまだ子供だ。



あと少しで一つ歳を取る。



でも歳が変わるだけで、中身は一瞬では変わらない。



「奈緒は結構嫉妬深いと言うか、独占欲が強いんだな」



「なっ!!」



「そりゃあ俺も健全な男子だったからな。

ここは友達だけじゃない、昔付き合ってた子とも来たことはある」



胸がまた苦しくなる。ギュッと。



でも、それ以上に彼は私を強く抱きしめる。



痛くて、熱くて、甘い感覚。



「その事で奈緒を苦しめたなら申し訳ない」



「…」



「俺の過去に奈緒はいない。

それでも、こうして色々歩んできた道を振り返って、

一緒に歩いていけたらって思ってる」





私はそんな風に思える時が来るのだろうか。





「これから先の事は誰にだって分からない。

でも、奈緒と一緒にこれから過ごす世界を見ていたい」





きっと遠い未来に、彼の過去も、

こんな自分も受け入れられる時が来るように、前を向かなければいけない。

















ピーッツピーッツピーッ











「お、日付が変わったな」







返ってこい、ムード!!!



目を瞑っているのが恥ずかしくなってしまう。



諦めて目を開けて彼の顔を見つめる。



視線を逸らすために顔を横に向けようとすると、



彼の手が優しく頬に触れて、少し強引に、







「誕生日おめでとう」



「なっ…!」







引き寄せられて…そして。







レモンの味がするって言うけれど、私は海水と涙の味。



塩辛くて…でも、世界で一番甘い瞬間。



誕生日、歳と共に一つ、大人になった気がした。









おわり



08:30│神谷奈緒 
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