2015年09月28日

奈緒「志保、チョコミントは歯磨き粉やで?」

ミリオンライブの北沢志保と横山奈緒、夏のお話です。

短めですが、よろしくお願いします。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1443354021



「うっわっ! チョコミントなんか頼むんかっ!?」



 夏も終わりに近づいてきたある日。奈緒さんに誘われてアイスクリームを買いに来た。

 何でも最近、駅前においしい露店が出てきているとかで。

 私もシアターに来るときに気になっていたので、ちょうどいい、と足を運んできたわけだ。

 ……で、注文したときに、この言い草だ。

「志保、チョコミントは歯磨き粉やで? すーっとするやつ。つまり、食い物やないで?」

「……まぁ、似てなくもないですけど」



 そういえば前もコンビニでアイス買ったとき、可奈に驚かれた気がするな。

 みんな、チョコミント苦手なんだろうか。……いや、でも、おいしいけどな。



 いまいち納得のいかない私をさておき、店員さんが「お待たせしましたー」とアイスを渡してくれる。

 奈緒さんのは欲の皮が突っ張った三段タワー。

 なるだけはやめに食べてくださいね、という注意に、おおきに、と元気な返事。

 一口が大きい奈緒さんなら、問題ないだろう。

 私も店員さんに軽く会釈して、露店から離れた。

 夏の光は徐々に弱まり、ときどき涼しい風も吹いている。

 そろそろ外でアイスを食べられる季節も終わるな、と過ぎゆく時間に少し感慨深くなったり。

 シアターまでの道をてろてろと歩きながら、二人でアイスクリームに口を付けていると。



「いやー、それにしてもチョコミントとかありえんわ」



 どうやら奈緒さんとしても納得がいっていないようで、話を蒸し返してくる。

 なるほど、確かに彼女の三段タワーをみてみれば、チョコミントの薄いグリーンは影も形もない。

 チョコのアイスはあるし、シアターの控え室に置かれたチョコレートとかよくつまんでるから、それが嫌いってことはないだろう。

 やっぱり苦手なのはミントか。

「どうしてです。すぅっとして、おいしいじゃないですか」

「だから歯磨き粉くうとる気がしてしまうねんて! いま私の目には志保が歯磨きしとるようにみえとる!」



 こんなに大量の歯磨き粉を使う歯磨きとか聞いたことないんですけど。

 チョコミントを一口囓り、舌の上で転がす。

 うーん、このすぅっとした感じと、チョコの甘さがいいアクセントだと思うんだけどな。



「でも、歯磨き粉っていうくらいには、食べた事あるんですよね」

「子どもの頃、しらんで食べて思わず吐いてもうたわ。兄ちゃんにめっちゃ笑われたの覚えとるで」



 小さい時の奈緒さんが喜び勇んでアイスを食べて、想像していたのと全然違う味で吐き出している様が目に浮かぶ。

 ちょっとクスッと来たら、なにわろてんねん、とジト目で唇を尖らせていた。

「あー、しっかし、ほんまありえんわ。シマシマの服きとるのに阪神ファンじゃないと聞いた時以来のありえなさやわ」

「……だからそれは何度も言うとおり、そもそもシマシマを着てたら阪神ファンとかないでしょう」

「そんなことあらへんわ。私が今きとるこれ」



 奈緒さんがアイスクリームに口を寄せながら、器用にTシャツを捲る。

 こんな往来ではしたない、と思ったら、中にタンクトップを着ているようだった。

 白と灰の……ボーダー、かな? いや、ゼブラ柄?



「これはやね、もちろん阪神を意識してるんや」

「えっ、本当ですか」

「嘘にきまっとるやろ」



 奈緒さんがげらげらと笑い、私は真顔になる。



「……その三段タワーのアイス、落ちちゃえばいいのに」

「きみ悪魔みたいなこと言うなっ!?」

 そんな話をしながら、駅前を歩いていると。

 のわァッ!?とまるで怪鳥のような叫び声が響いた。それと同時、どすんと目の前に子どもが倒れ込む。

 奈緒さんに男の子がぶつかったみたい。奈緒さんは変な踊りみたいに、コーンからアイスがこぼれ落ちないよう、バランスを取っていた。

 やれやれ、前を見ないからですよ……って私も気づいてなかったから、危なかったけど。



「ぼく、だいじょうぶ?」

「あ、こら、まるで私が子どもよりアイスを優先したひどい人にみえる感じの素早い対応やめてや」

「実際に優先してたじゃないですか。それに、放っておけ、とでも?」



 まぁ、アイスをひっくり返したら二次災害なので、良い判断でもあるんだけど。

 いつも意地悪されてるんだから、偶にはお返しさせてもらわなきゃ。

 ぐぬぬ、と唇を尖らせる奈緒さんで少しだけ溜飲をさげ、男の子に視線を戻す。

 男の子は身体を痛めたりはしなかったのか、すぐに立ち上がり。

 私達に「ごめんなさい」と「ありがとう」を言った。

 うん、素直な子だ。ちょっと弟を思い出す。

 ただ、自分の掌をみつめ、あっと悲しげな声を上げた。

 そこにはアイスクリームの消えたコーン。

 奈緒さんとぶつかったときに落ちてしまったのか、側溝に無惨に転がるアイスクリームの球があった。

 あれはもう溶けるに任せるほかないだろう。



「うっ……ひっぐっ……」



 男の子はアイスクリームが楽しみだったのか、みるみる頬が赤くなり、目に涙をためる。

 あー、子どもってこうなると、結構たいへんなんだよな。

 どうしよう、そもそも親はどこ、なんてぐるぐる私が考え始めてしまった時。

 もう、奈緒さんは行動に移していた。

 私と同じように男の子と同じ目線まで屈み、くしゃくしゃっと男の子の頭を撫でる。



「わりぃな。おれのズボンがアイスくっちまった」



 何だか低音を作った声色だ。



「……へ? ……あ、ワンピース!」

「わはは、詳しいな! 一度いうてみたかったんや。まぁズボンが食ったわけじゃないけどな〜」



 笑いながら、奈緒さんは自分のコーンを逆さまにし、男の子のそれに被せる。

 うまいこと、アイスクリームを彼のコーンへ移動させた。



「子どもはお腹一杯食べなあかんで」

「……いいの?」

「姉ちゃんたちがお喋りしとって前をみとらんかったのも悪いしなー。これで許したってや」



 うっ。それを言われると、私にも責任はある。

 横で奈緒さんがにやりと笑った。さっきの意趣返しか。

 通算で言うと絶対に奈緒さんのイタズラの方が多いはずなんだけどな。

 とはいえ、私も流れに乗り遅れるわけにはいかない。

「ぼく、お姉ちゃんのアイスもいる?」

「……えー、チョコミントだからいい」



 いやそうな顔をする男の子。思わず笑顔になってしまう。



「……ぼく? 好き嫌いしちゃだめだよ?」

「ヒッ!」

「志保、営業スマイル逆にこわいから。男の子チビっとるから」

「みんなしてチョコミントを嫌うなんて酷くないですか。その内、チョコミントの精霊が暴走して世界を破滅に導きますよ」

「なにを百合子みたいなこというとるんや……」



 二人でがやがや言っていると、お姉ちゃんたち面白いねー、なんて男の子がにこにこしていた。

 はぁ? と思わず首を傾げてしまうも、せやろ、なんて奈緒さんは自慢げに胸を張っている。

 まぁ……奈緒さんがいいなら、いいんですけど。

 そんな事をしていると、男の子のお母さんが私達をみつけ、走りよってきた。

 アイスもらったー、という子どもの報告に大抵の事情を察したのか。

 平謝り、そしてアイスの弁償を申し出てくるお母さんに、奈緒さんは大丈夫ですわーと笑いながら返す。

 それより、とズボンのお尻ポケットから折りたたまれた紙……シアターのチラシを取り出し、広げた。



「私達、すぐ近くのとこでアイドルやってるんですわ。子どもと一緒に楽しめるんでお時間あれば是非どうぞー」



 営業活動までしてる。たくましいな、奈緒さん。

 興味を引けたかどうかはわからないけれど。

 元気に手を振り去って行く男の子とお母さんをみていると、まぁこれでよかったんじゃないかな、とも思える。



「……いつもチラシ、持ち歩いてるんですか」

「おぉ。どんな時にチャンスあるかわからへんしなぁ」



 ……なるほど。私も持ち歩こうかな。

「アイス、買いに戻ります?」

「んー? まぁ、もうええわ。一個食べたし、冷静に考えたら三段もくうたらあかんやろ」

「美奈子さんは喜びますよ」

「だからやばいんやんけ! まだまだいけますよわっほーいとかいうて、胃が破裂するまで食わされてまうわ」



 言いそう。ちょっと笑ったら、調子乗って物真似まで始めてる。

 とりあえずシアターに帰ったらこっそり美奈子さんに言いつけよう、と思った。

 さて、いつまでもここでこうしているわけにもいかない。

 私達は再び、てろてろとシアターまでの道を歩きはじめる。

 雲の高さはまだ夏だけど、風の感じはもう随分と秋だ。

 その内に半袖ではいられなくなる。服の厚みはどんどん増す。

 風が冷たくなり、雨が雪になることもあるだろう。

 次にアイスを外で食べるのは、もう随分と後のはずだ。

 来年奈緒さんと食べられるかも、よくわからない。

「……食べますか?」

「なにを?」



 もぐもぐと空っぽになったコーンを食べながら、奈緒さんがこちらに振り向く。



「チョコミントアイス」

「えーっ。歯磨き粉やしな……」



 いやそうに舌を出す奈緒さん。

 ならいいです、残りも全部食べますから、と引っ込める。



「あー、待った、待った! やっぱり食べる! 志保が優しくしてくれるなんて記憶にないし!」

「……歯磨き粉ですけど?」

「もりもりくうてるのみたら、ひょっとしたらうまいんちゃうかって思えてきたわ。だから食べたーい、ちょうだーい」



 あーん、なんて口を開けてる。全く、この人は。

 ……まぁ、いいんですけどね。優しくされた記憶がないっていうのは、ちょっとどうかと思いますけど。

 私はコーンを奈緒さんの口に近づける。

 大口のどの辺りまで入れたらいいのかな、なんて探っていると、がぶりといかれた。

 残ってたアイス、半分ほど。私の口もあんぐりあいてしまう。



「ちょっとっ、食べ過ぎでしょうっ」

「ひょんはほとあらふぇんよ」

「吐き出してくださいっ」

「えっ、どこに? しひょのくちのなか?」

「やめてくださいっ」



 ごくりと奈緒さんがアイスを飲み込む。

 どっちやねん、と肩を叩かれた。どっちでもないですよ、もう……。

「……で、チョコミントはどうでしたか」

「……歯磨き粉やった」



 おえっ、と舌を出しながら奈緒さんが言う。

 もうこの人に二度とアイスを分けるなんてやめよう、と心に誓っていると。



「でも、おいしかったでー。なんや、歯磨き粉も意外とうまいもんやね。二人で食べたからかな?」



 奈緒さんが横でにこりと笑った。

 しばらくそれをぼーっと眺める。

 まったく、本当に、この人は……。

 嘘か本当かわからないけど。まぁ、今日は吐き出さなかったし。



「いえ、別に、ひとりで食べてもおいしいですけど」



 私はそう言って、残りのチョコミントアイスを口にした。

 もう一口食べたい、と言う奈緒さんを無視してシアターへの道を急ぐ。

 来年もまたここでアイスクリームを食べられたらいいな、とふと思った。

 ……その時は、まぁ、ひとりじゃなくてもいいですけど。



 口の中にすぅっと香るミントを感じながら、私達は夏の終わりを歩いて行く。

終わりです。





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