2015年10月16日

鷺沢文香「魔王と言の葉」

デレステの「蘭子のウワサ」で読書家と聞いてカッとなってやりました

百合成分を多分に含みます、苦手な方は回れ右、です



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「言の葉の紡ぎ手よ!」





私を呼ぶ大きな声に視線を上げると、少し遠くから駆け寄ってくる少女の姿が目に入りました。



「砂時計は満ちるともその砂は止まることなく溢れ続けていたであろうか?」



砂時計……満ちても溢れ続ける……恐らく『待たせたか』と訊きたかったのでしょう。完全回答は『待ち合わせに間に合わずお待たせしてしまったでしょうか』といったところでしょうか。

いきなり『言の葉の紡ぎ手よ!そなたも永劫の理を求めて書を求むる者であると聞く!』なんて話しかけられた時はあっけに取られたものですが、慣れてしまえばどうということはありません。

『この時の筆者の気持ちを答えなさい』だとか『この時Aくんはどう思ったか答えなさい』なんてナンセンスな設問よりは遥かに簡単です。



「いいえ、時間通りです。私も、今着いたところですし……」



そう伝えると、彼女の顔から不安そうな色が消え、入れ替わるように柔らかで明るい笑みが浮かびます。

その表情に、同性である私でも少しドキッとしてしてしまいました。これがシンデレラガールたる者の持つ魅力というやつなのでしょう。

「言の葉の紡ぎ手よ、その……これ、似合って、ますか……?」



今度ははにかみながらそんなことを問いかけてきます。

ずいぶんと可愛らしい百面相です。

さて、そう言われてよく見てみれば、普段は二つに結ばれている灰色がかった髪の毛も今は変装のためか解かれていますし、服装も普段よりラフな印象を受けます。とは言ってもファッションの分類的に言えば同じゴシックアンドロリータなので、あくまでも普段と比べてラフだというだけですが。



「あ……え、えぇ……とても、お似合いですよ」



紅をさした頬が、少し上目遣いになった潤んだ瞳が、私のストールの先を弱々しく掴む手つきが、そのすべてが私をどきまぎさせます。

普段から魔王を自称する蘭子さんですが、私には魔王よりもむしろ魔女のように映ります。きっとチャームの魔法を使っているに違いありません。

「え、えへへ……////」



本当に、どうしてこうも魅力的な表情が出来るのでしょうか。

蘭子さんのこの表情を見ていると私も頬が緩むのを禁じえません。鼻の下を伸ばす、というのはきっと今の私がしているような顔をいうのでしょう。



「それでは、蘭子さん、行きましょう」



このままずっと蘭子さんを見つめていても良いのですが、今日の目的は彼女を眺め続けていることではありません。

あくまでも、彼女と共に書を探すこと。

好みの方向性こそ少し違うかもしれませんが、同じ書を嗜む物同士、一緒に書店巡りを楽しもうというのが今日の趣旨なのです。

「む、いざ参らん!永劫の理を記せし書を探す旅路へ!」



そう言うが早いか、彼女は私の右手をとって歩き出します。

彼女は元来このような大胆な行動をするタイプではないのですが、どうやら今日に限ってはそうでないようです。おそらく、これから探しに行く書への期待が彼女の歩みを軽やかにするのでしょう。

気持ちはとてもよくわかります。書店を巡り、書を求める時間は、心が豊かになりますし、歩みも自然と軽くなるものです。



「ら、蘭子さんっ」



しかしあまり軽やかすぎては私のほうがついて行けません。

私はお世辞にも運動神経がいいほうではありませんし、歩くのも早いほうではないのです。



「む……す、すまぬ」



心底申し訳なさそうにそう言って、彼女は今度は私の隣を歩きます。

やはりその左手はわたしの右手を握ったままです。しかし先ほどまでは思い切り握ってくれていたのですが、冷静になってしまって遠慮しているのでしょうか、今は指先のほうで軽くつなぐ程度。

(…………さて)



せっかくなので少し意地悪してみたくなりました。

蘭子さんの指に私の指を一本一本絡めていきます。そうですね、恋人つなぎ、というやつです。

期待に胸を膨らませる蘭子さんも可愛らしいですが、やはり私としては彼女の少し恥ずかしげな表情を堪能したいところ。



「……?」



しかしきょとんとした表情で見られてしまいました。

そして一瞬の間をおいてから、きゅっと彼女の左手に力がこめられます。そしてそれと同時に向日葵の花を思わせる満面の笑顔が私に向けられました。



「……//////」



どうやら、赤面させられるのは私のほうだったようです。

自分から指を絡めておいて解くわけにもいかず、気恥ずかしさからしばらくうつむきがちに歩いていると、ふと蘭子さんが足を止めました。

「言の葉の紡ぎ手よ!」



見ればどうやら古書店のようでした。

軒先には日に焼けた本たちが四つの可動式の書棚に収まっています。スッとその書籍の隙間に指を差し込んでみると、すんなりと入りました。



「ええ、良い書店のようですね」



これは個人的な判断基準なのですが、棚に収まっている書と書の間にすんなり指が入るだけの空間的余裕があるか、というのは立ち寄る書店を決める上で大事な要素です。客に対する書の取り出しやすさへの心遣いということはもちろんですが、あまりに詰め込みすぎるとさまざまな要因から書を傷めることにつながるのです。書店には客への心遣い以上に、書への心遣いが大事であると私は思っています。

そういう意味で、この古書店はよく書を気にかけていることがわかりました。



「天地の理を示す魔導書があればよいのだが……」



「この書店であればなにか良き書が見つかるかもしれませんよ」

〜2時間後〜



「むぅ……我が欲するほどの魔力を秘めし魔導書は、これほどの書の大海にも浮かばぬか」



あれから二時間、古書店をはしごしながら良い書籍を求めて歩いてみましたが、どうやらいずれの書店にも彼女の探すような書はなかったようです。

どの書店も私にとっては宝の山だったのですが。……ええ、初版第一刷などという人からすればどうでもいいものに付加価値を見出す類の人間である私にとっては、です。



「すみません……私ばかり……」



気づけば手にした書籍は九冊。

いずれも諭吉さんが一人と半分は飛んでいく額だったのですが、本来なら倍の価値はあるものばかりだったので、つい。

「紡ぎ手よ……えっと、文香さん……その、お小遣い、大丈夫なんですか……?」



本気で心配されてしまっているようです……。



「ええ。普段から貯金、していますから」



自由にできる額は今日で殆どすべて使い果たしてしまったことは黙っておきましょう。

私の返答を聞くと、蘭子さんはあからさまにほっと胸をなでおろします。



「私が連れまわした所為でお金なくなっちゃってたらどうしよう、って思いました……」



…………心が痛いです、蘭子さん、そんな目で見ないでください。

「ら、蘭子さん!」



気まずさから、話題をそらそうとしたら思わず大きな声が出てしまいました。



「ひゃいッ!?」



その音量に驚いて肩を震わせる蘭子さん。



「……あの、私の所蔵でよければ、蘭子さんのお好きな書があるかもしれません。もしよければ、今からうちに来ませんか」



なにか言わなくてはと思って口を衝いたのは、そんな言葉でした。

……結局気恥ずかしい。

こいつは何をいきなり言い出しているのか、なんて思われたかもしれません……。



「おぉ!!天の福音か!!」



しかし蘭子さんはそんな私の心配などとは関係なく、本当にうれしそうに笑うのです。



「……///」



そんな表情が少しまぶしくて、私は火照った頬を悟られないようにまたうつむいてしまいます。

私はなぜこうも彼女に惹かれているのでしょう。

理由なんて、わかりきってはいるのですが。

〜 数十分後 〜



「おぉ……!よもやこれほどとは……!」



決して広くない私の賃貸アパートに招き入れると、蘭子さんは目を輝かせました。

大量に設置した書棚にすら入りきらず、所狭しと積み上げられた書物がそうさせるのでしょう。蔵書の点数だけならば、ちょっとした書店が開ける程度だと自負しています。



「蘭子さん、お茶でよろしいですか?」



さっそく書棚の物色をはじめた蘭子さんの背に声をかけます。



「あ、お構いなく」



素が出ましたね。

思わずふっと笑いを零すと、蘭子さんはハッとしたように振り返って「よ、良きに計らえ」と言い直します。だいぶ意味合いが変わってしまっている気はしますが、それを指摘しては野暮というものでしょう。

「なにか良き書は見つかりましたか?」



淹れたてのお茶を出しながら問いかけると、彼女はキラキラした笑顔でこちらを振り返ります。



「うむっ!流石は言の葉の紡ぎ手よ!」



どうやら、彼女の好みに合う書を見つけることができたようです。



「ちなみに、どちらでしょうか?」



蘭子さんの持つ言葉へのこだわりをよく知っているからこそ、そんな彼女が私の書棚からいったいどんな書に興味を持ってくれたのかにはとても関心がありました。

私の選りすぐりの――まぁ千冊は優に超えてしまっているので選りすぐりといえるかは怪しい書籍たちですが、それらは言わば私が蓄えてきた言葉たちの源泉。そのうちのいったいどんな部分が彼女を惹きつけるのかというのは、ひいては私自身の魅力というものを発見する糸口になるかも知れません。



「これですっ!」



また素。

立て続けですね。こういうのを天丼というのでしょうか? ……いえ、たぶんちがいますね。

余計なところで飛びそうになった思考を振り払って、彼女が示した書を見ます。

「これは……」



すこし、うれしいですね。



「三四郎、ですか」



「うむっ!」



決して珍しい本ではありませんし、読んでいて理解が追いつかなくなりそうなほど小難しい本でもありません。

ですが、それは私が初めて自分のお小遣いで買った小説でした。



「とても、面白いですよ。間違いなくおすすめです」



書を紐解く面白さを教えてくれた物語。

言葉を紡ぐことが苦手だった私に、言葉一つで世界はこんなにも違って見えるのだと教えてくれた物語でした。

「あの、お借りしてもいいですか?」



「ええ、もちろん」



私にとって大切な物語。それに誰かが興味を持ってくれたことが純粋にうれしくて、自然と頬がほころびます。

そして、目が合いました。

みるみるうちに蘭子さんの顔が紅潮していきます。



「文香さん……そんな顔、するんだ……//////」



なにか、変な顔をしていたでしょうか。

あせって自分の顔をぺたぺたと触ってしまいます。そんなに真っ赤になられるほど変な表情はしていない……はずです。



「あの、なにか、変だったでしょうか……?」



恐る恐る尋ねる私に対し、蘭子さんは――。

「あ、ちがっ! えっと、その……綺麗……だった、から」



そんなことを言うのです。

今度は私が林檎のように赤くなる番でした。

よく顔から火が出そう、という表現がありますがまさにそのとおりで、顔中が――耳までもが熱くなっていくのを感じます。

平素は装飾過多とも言える言葉を使っている蘭子さんに突然そんな風に真っ直ぐな褒め言葉を投げかけられては、照れるなというほうが難しいはずです。



「「あ、あぅ……//////」」



二人して顔を真っ赤にして、そんな変な声を出しながらその場に座り込んでしまいます。

そのまましばらくは一緒になって恥ずかしがっていたのですが、だんだんと頭の血が下がっていって冷静になってくると『どうせここまで恥ずかしい思いをしたのだから……』というような蛮勇とも言うべき思考が俄かに湧き立ち始めました。

……もしかしたら私はまだまだ平静を取り戻せていないのかもしれません。

「蘭子さん…………月が綺麗ですね」



口を衝いて出たのはそんな言葉でした。

おあつらえ向きなことに、窓から見える夜の帳を下ろしつつある空には美しい丸い月が浮かんでいます。

ですがそれも所詮、借り物の言葉。

いつもそうなのです。言葉足らずな私は書を読み耽ることでいつかこうして自分も鮮やかな言葉や鮮やかな世界を手に入れられるのだと信じたかったのです。しかし、読んでも読んでも、語彙ばかりがいたずらに増えるばかりで、私は一向に私の言葉を見つけられないでいました。

だからこそ、そんな私だからこそ、自分だけの言葉を紡ぐことのできる蘭子さんにこんなにも惹かれるのでしょう。

願わくば、この言葉の意味を蘭子さんが知らないでいてくれれば……。

「え、あ、あのそれ……」



どうやら、神様にはそんな願いを聞き届けているような余裕はないようでした。

そうとなっては誤魔化すしかありません。



「と、いうのは誤用なのだそうですよ、蘭子さん。……本当は『あなたと見ると月が綺麗ですね』なのだそうです。つまり『月』に『あなた』を重ねた言葉ではないのだとか」



我ながらなんと見苦しいのだろう。

どこで聞いたのかも、本当かどうかもわからない話をしてお茶を濁している。おまけに言えば、この間一度も彼女と目をあわせられていません。

これではまるで三四郎と同じ、ストレイシープです……。

「…………いいわ」



小さく、彼女が何事か呟いたのが聞こえます。

私はそちらに顔を向け、そして固まってしまいました。

あんまりにも切なげで美しい、夜の闇すらも従える女王がそこにはいたのです。



「……死んでもいいわ」



定番。

二葉亭四迷の名訳の引用で、しばしば漱石の名訳への回答例として紹介される言葉でした。

「あ、あの、蘭子さん……?」



夜が迫ってくる。

大きな二つの紅い月に射竦められて、私の体は言うことを聞こうとはしてくれません。



「文香さん……」



ひどく熱っぽい声が私の体の芯を溶かします。

そして、だんだん、だんだんと彼女の唇が迫ってきて…………。

「「〜〜〜ッ!!」」



歯が……ぶつかりました……。

痛いです、とても。

さっきまでの艶めかしい雰囲気が嘘のように消えてしまって、残されたのは涙目で口元をおさえてうずくまる二人の少女。



「ねぇ、蘭子さん……本当にあなたが月でなくて良かった」



だってあなたと見る月は、こんなにも綺麗です……。



「「あなたと見ると、月が綺麗ですね」」

= 終 =





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