2015年11月12日

工藤忍「走り出した足が止まらない!」

デレマスは工藤忍さんのSSになります。



注:時間軸が結構しっちゃかめっちゃか。こういう設定だということでお願いします。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1446465734







「あれ、忍が宣伝に行ったまま帰ってこないっす。迷ってるのかなぁ……プロデューサー、知ってるっすか?」



「さぁ。彼女のプロデューサーにでも会いに行ったのかね。沙紀はなんだ、忍ちゃん待ち?」



「そうなんすよ。忍が帰ってこないとアタシが遊びに行けないっす」



「あぁそういう……」









 アタシは、はっきり言って努力が好き。



 東京に来る前からファッションの流行もずっとチェックしてたし、方言も頑張って抜いた。

 全部全部、アイドルになるため。



 ファッションなんか、結構自信持ってたんだけどね……「東京でも通用する!」なんて言ってさ。



 当時はなんとまぁ畏れ多いことを言ってたのかって、今となっては恥ずかしくて仕方ないなぁ。

 穴があったら埋まっちゃいたい。





 気をとり直して、じゃあ今はどうだって話。



 季節物の洋服が出た途端、トレンドはロケットスタートを決めたように移り変わっていく。

 それに追いつけ追い越せの集団を抜け出そうとしているのは、アイドルとしてのプライドのせいかな。



 今はもうそれだけじゃあないよね。



 ブザマな姿を見せたくなくて、ショーウィンドウに映る自分をなんども確かめるのだって、地元よりも足の早い東京のトレンドを、ここまで意地になって追っているのだって。

 今は全部全部、あの人にもっと見られたいからだから。



 全部、あの人。アタシのプロデューサーさん。



 飄々として、なんだかくったりしていて、三白眼が特徴的な、アタシのプロデューサーさん。









 アイドルっていうのはお伽話なんだ。



 アイドルになって、たくさん努力していれば、いつかステージ上でキラキラ輝く女の子になれる。っていうお伽話。



 アタシがそれに気付くのは早かった。



 いざ自分がその世界に入ってみたら、キラキラ輝いていく子はほんの一握り。

 女の子を誘い込む罠って言ったら言葉が悪いかもしれないけど、実際、諦めてしまう人たちもいて。

 それこそ、両親が反対してた理由の通りで。



 そりゃあ不安にもなった。お伽話のかぼちゃになんてなりたくない。



 アタシはなにがなんでもアイドルになりたい。

 アイドルになって、みんなに認められたい。

 プロデューサーさんとだったら上手くいくって信じていたし、今だって信じてるけど。





 それでも、不安は拭えなかったから、そういう時にはちゃんと口に出して確かめようと思ったんだ。



 だから、思ったことそのまま彼に打ち明けた。



「そりゃあ諦めちゃう子はどうしても出てくる。でも忍はどの子よりも努力してるだろ? それにどの子よりもアイドルになるっていう覚悟をしてる」



「それはもちろんだよ! でも……」



「大丈夫だって。そのために俺がいるんだよ。忍のお伽話を本当にするために」



 あの人は、ちょっとくさいこと言っちゃったなーなんて、ヘラヘラ笑っていた。

 いつも飄々として、少し猫背気味のあの人が、あのときばかりは胸をむんっと反らせて、俺を信じてくれって、ヘラヘラしながら言ったんだ。



 そして、プロデューサーさんは確かに、アタシのお伽話を本当にしてくれた。

 そんなわけでアタシはプロデューサーさんをすごく尊敬してるし、いつだって感謝してる。



 あと、できるなら、ずっと、お伽話を本当にし続けてほしいと思ってる。



 いつかはあの人の隣で「忍をプロデュースしてよかった!」って言ってもらうんだ。

 そしたらアタシが「貴方にプロデュースされて、アイドルになれて、よかった!」って言うんだ。



 近頃なんかおかしいんだ。プロデューサーさんが近くにいるときは、なんだか目で追っちゃうし、レッスンのときなんかは追ってるたび目が合っちゃうし。

 すぐにトレーナーさんに怒られちゃうけど。



 ぶっちゃけ、好きなんだと思う。



 あの人は「忍の努力が実ったんだ」って言うに決まってるけど、そうじゃない。



 アイドルデビューっていうお伽話のなかで、努力しなかった人はいないから。



 だから、アイドルになれたのは彼のおかげ。



 でも、確かに好きだけど、この感情はきっと恋じゃない。



 ずっとあの人の隣にいたいと思い始めちゃったのだって、なんかよくわからない感情であって、恋じゃない。



 アタシはアイドルだからね。最近は抑えるのもしんどくなってきたけれど、これは恋じゃないんだ。



 そういうことにしておいてある。







 宣伝に行くって口実で一人になった。



 周りを見渡しても、プロデューサーさんと思われる姿は見えず。

 せっかくだから一緒に宣伝しに行こうと思ったのにな。



 目的変更しよう。プロデューサーさんと一緒に宣伝するんじゃなくて、宣伝しながらプロデューサーさんを探そう。そうしよう。



 学園祭ということで、当然周りには同じくらいの歳の子ばっかりなわけで。

 その中から、くったりした背中の男の人を見つけるのは、それほど苦労しないはず。



 アタシは少し早足で歩き出した。





 あの人を探している理由としては、このあと始まるライブのことを話したいから。



 心の奥底にある理由としては、学園祭をプロデューサーさんと少しでも見て回りたいから。



 歩く速さは少しずつ上がっていく。



 あの人のことだから、きっと今日お世話になるスタッフの人たちや、先生たちにまた挨拶をしてるんだろう。



 廊下ですれ違う人たちに、ライブの宣伝は忘れない。アタシは今日ライブに来たんだから。



 出店のチェックも欠かさない。アタシは今日学園祭に来たんだから。



 校舎の中にはどうやらプロデューサーさんはいないみたいだ。

 じゃあ外にいるのかも。



 きっといつもみたいに、スーツに吹きかけた消臭剤の意味を無くしながら、タバコの煙に巻かれているに違いない。



 会社が全面禁煙になったのに、隠れてタバコを吸ってるのなんてとっくにバレバレなんだよ?





 出入り口で蹴っ飛ばすように来客用スリッパを脱いで、急いで履いたローファーでアスファルトを蹴りだす。



 外には涼しい風が吹いている。



 プロデューサーさんはどこかな。



 学園祭の人混みを縫うように、時々首から下げた宣伝の看板を掲げながら、それでも、走り出した足が止まらない。





 手を振ってくれる男の子。

 頑張って、見に行くから、と声をかけてくれる女の子。

 出店の焼きそばを分け合うカップルにも宣伝をしながら、アタシは走る。



 ぐるっと校舎を回ろう。きっと見つけにくい場所に喫煙所があるから。



 いつの間にか吹いた追い風がアタシの背中を強く押して、両足を急かしている。





 プロデューサーさんに会ってなにをしようかな。



 そうだな、ダンスレッスンを見てもらうんだ。みんなすごいから。

 特に伊吹ちゃんなんて、見ててもうビックリしちゃったから。

 少しでも追いつきたい。

 だからもっともっと、プロデューサーさんに練習見てほしいな。



 それから、プロデューサーさんのおかげでここでライブが出来るから、ありがとうって言うんだ。

 あと、アイドルになれて満足しちゃいそうだったから、これからもっと努力するから、よろしくお願いしますって言うんだ。



 それからそれから……そうだ! 焼きそば、焼きそばを食べる!

 カップルが食べてた、あの焼きそばを二人分買おう。

 タバコくさいであろうプロデューサーさんをソースの香りでいっぱいにしちゃおう!





 騒ぎ出した胸が止まらない。



 人気の無いところから、ふわふわと煙が出ているのが見えて、一層地面を蹴るスピードが上がる。



 くったりした背中が見えた。あの人は一人で、高い空を見上げて煙を吐いている。





 あの人の隣はもうすぐだ。



 たくさんお話して、これからも目一杯楽しんで、帰りも「今日は楽しかったね!」ってお話するんだ!



 走り出した感情は止まらない。行け! 行け! アタシの両足!



おわり





08:30│工藤忍 
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