2015年11月23日

楓「溺れる魚に愚か者の愛を」

前作 美優「微熱の行方」

・高垣楓さんと三船美優さんのSSです



・以前書いたもの(美優「微熱の行方」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1443623599/)の続きですが、これ単体でも読めます





・百合注意







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1447845688





帰宅して早々、私は目の前にある状況をうまく処理できないでいた。



「かえでさぁん、おかえりなさぁい」



使い古した下着のゴムよりもゆるゆるな美優さんの口調。

そしてほのかに香るアルコールとぶどうのにおい。



彼女の前に置かれたテーブルの上には志乃さんからもらった赤ワインが一本からになっていて、普段お酒をたしなむ程度にしか飲まない人がこれを丸々飲んだなんて信じられなかった。





「遅かったからひとりで飲んでましたぁ」



ケラケラと楽しそうに笑う彼女はすっかりできあがっていて、立とうとして床に手をついてもうまく力を入れらないみたい。

あれ? って困り顔で首をかしげる姿がとてもかわいくて、ついカバンを置くのも忘れてじっと見てしまった。



赤ちゃんが初めて立つときを見る親の心境ってこんな感じなのかな。

だとしたらずいぶん大きな赤ちゃんだなって、おもわず口元を隠して小さく笑う。



「もぅ、笑ってないで手伝ってくださいよぉ」



いつもより感情表現が豊かで、少しわがままになってるところも、やっぱり子供みたいでかわいいらしい。



それでも外見はあの三船美優。

だらしなく着崩した部屋着。

薄く紅潮した頬。

いつにもなくアダルティックな雰囲気を出して、中身の入っていないワイングラスのふちを中指でなぞった。

そしてとろんとした目はまるで私を誘惑するようにゆらゆらと揺れる。





どうやってこの部屋に入ったんですか、と聞こうとしたけど、そういえば合鍵を渡したんだって思い出した。

別にいいですと言ってなかなか受け取ろうとしなかったけど、いつか必要になりますからと無理矢理美優さんのカバンに入れたんだ。

まさかこんなに早く必要になるときが来るなんて。



「飲みすぎですよ」



「飲みすぎてないですぅ。ぜぇんじぇん飲んでませぇん」



「一本あけてるじゃないですか」



「最初から入ってなかったですぅ」



すぐわかるような噓を。



日本酒もいいけどたまにはワインも、と言われて渡された志乃さんのワインは丁寧に贈り物用のラッピングが施され、美優さんが手をつけるまで棚に飾ってあるように置いていた。

別に忘れていたわけでも、特別なときに出そうとしたわけでもない。

完全に飲むタイミングを忘れていただけで、こんな形でなくなっちゃうなんて考えもしなかった。

志乃さんには悪いけれど、これがこのワインの運命だったんだ。





「かえでしゃんもこっちで一緒に飲みましょうよぉ」



ひらひらと舞い、誘う彼女の右手。

妖しい花の香りに引き寄せられる私はまるでミツバチかな。



「先にお風呂入らせてくれませんか?」



「ヤですよぉ。ひとりでさみしかったんですから、構ってください」



裾をぎゅうっと掴まれ、文字通り捕獲された私は立ち上がれない美優さんの隣に座って、アルコールで上昇した体温を近くで感じる。

彼女の柔らかで女性的なにおいと一緒にくらくらするようなワインの豊かな香りが複雑に絡み合って、私の鼻腔から脳を犯してくる。



「すっかりできあがって」



「酔ってないですってぇ」



「ろれつも回ってないのによく言えますね」



「褒めたってなにもでませんよぉ」



口調以上にふにゃふにゃな彼女の顔。

お酒に弱いからと言って、私がいくらすすめても一定量以上は飲まないとかぶりを振るのに(最終的に私が半ば無理やり飲ませる形になるのだけど)。

こんなになる美優さんは見たことがない。





「んふふ」



「……どうしたんですか?」



「こぉんなに楽しいのに、かえでさんはずいぶん難しい顔してるなぁって」



「私だって真面目に考えることだってありますよ」



「なに考えてたんですかぁ?」



やけどしそうなくらい熱い吐息が首元にかかる。



「美優さんのことですよ」



「あはっ、うれしい。わたしもずぅっとかえでしゃんのこと考えてましたから、これは両思いってやつですねぇ」



なにかやわらかなものが首をくすぐった。

そして次にリップ音が耳に届いて、そこでキスをされたんだということに気づいた。





以前、美優さんを家飲みに招待したことがあった。

そのときも一杯飲んでもう大丈夫という彼女の言葉を無視して、あいたグラスに日本酒を次々と注いでいった。

その結果、暑い暑いと言って服を脱ぎ出したり、カクテルよりも甘ったるい猫なで声で顔を寄せてきたり、普段の彼女からは考えられないだらしなくて、かわいい姿を見ることができた。



そのときも彼女は私の首にキスをした。

跡が残るような激しいものじゃなくて、さっきみたいに瞬きする間もないくらい突然で、優しいキス。



奏ちゃんに聞いたことがある。

キスはする場所によって意味が変わるということ。

手の甲は敬愛とか、額にすれば祝福みたいな有名なものは知っていたけど、まだまだ場所と意味があるんだって。

首もとにするキスは「執着」だと。

自分がされたからというのが大きいのだろうけど、それがやけに頭の中に残っていた。





もう一度、今度は唇と唇が重なる。

熱くて、触れたところから火花が散るみたいにピリピリとしびれる口づけ。



唇はどんな意味だったかな、と考えるヒマもなく、生き物みたいに動く舌が私の口内にぬるりと侵入してきた。

生暖かい感触、ぶどうの渋みとほのかな甘みが口の中を犯していく。

私の舌を、歯茎を、唇の裏を、全てを味わうと言わんばかりに動き回る。



舌と舌が触れ合うたびに頭は熱を帯びていって、背中にはビリビリと電気が走る。

夢の世界に落ちたみたいな陶酔感。

力がすうっと抜けていく。

まるで全身の筋肉がほぐされていくように。





美優さんには人の唇を甘噛みするっていう癖がある。

大体私たちが口づけを交わすときはやっぱりそういう雰囲気になっているときがほとんど。

溺れそうなくらい深いキスをしているとき、全神経が集まって敏感になった唇へ不意に甘噛みをするものだから、驚きと快感で心臓がぎゅっと掴まれたんじゃないかってくらい体が跳ねる。



別にそれが嫌じゃなく、むしろもっとして欲しいくらいなんだけれど、本人は無意識のうちにやってるみたいでそれを伝えても首を傾げて頭上に疑問符を浮かべるだけだった。



気がつけば私もそれが癖みたいになっていて、今日もいつものように彼女の下唇をくわえる。

重くなった瞼の隙間から溶けそうな顔をした美優さんが見える。



「かえでさん、すごい顔になってますよぉ」



口を離していたずらっぽく笑う美優さんはいつも以上に艶やかで、二人分の唾液でコーティングされた唇はグロスよりも妖しく彼女を色付ける。



「美優さん」



自分でもびっくりするくらいはっきりとした声。

さっきまで溺れかけていたのに、スイッチが切り替わったみたいに冷静。



「はい、なんですかぁ?」



茹できったパスタみたいな声が頭に響く。





「なにかありましたか?」



「……べつに、なにもありませんよ。ただちょっとお酒を飲みたい気分だなぁって」



嘘だ。



言葉を紡ぐ前の短い沈黙が私のセンサーに引っかかる。



「普段飲まないのに?」



「わたしも飲みたくなる夜だって、あります」



「ひとりで、ですか」



「いいじゃないですか。ひとりだって」



視線が床に落ちる。

そこには私の手も、あなたの手も、なにもないですが。





「ちゃんと言ってください。別に怒ったり、なにかしようっていうわけじゃないですから」



「ほんとに、なにもないです」



「嘘ですよね。わかります」



「なにがわかるんですか?」



「美優さんのことならなんでも」



「それこそ、噓ですよ」



「嘘じゃないです。私は誰よりもあなたを見ていますから」



「からかわないでください。酔ってるからって」



「本気です。私はいつでも、美優さんのことなら本気」



真っすぐ彼女を見つめるも、当の本人はお酒のせいなのか、ちらっとこちらを見たかとおもえばすぐに視線を外す。





「そうやって……」



ため息のような小さな声。

静かな部屋じゃなければ私の耳には届いてないくらいのボリューム。



「そうやって期待させる言葉、やめてください」



今度ははっきりと、でも喉をきゅっと絞った叫びのような声。

いまにも泣いてしまいそうで、意図的に感情を押さえ込んだときに出るような。



「あなたの使う言葉ひとつで、私はいつも……」



なにかしなくちゃとおもって手を伸ばすも、それを避けるように首を背けられた。

ショックだとか何故なんて感情よりも、ただただなにもできない自分に腹が立った。

少なくともこんな状況を作り出したのは私のせいだということがわかっているのだから。



「なんでも、ないです……忘れてください」



「美優さん」



「今日はもう寝ます……勝手ばかり言ってごめんなさい……ソファ、借ります」



ゆっくりと立ち上がり、寝床となるソファに向けて歩いていくも、おぼつかない足取りで危なっかしい。

おもわず美優さんの肩をつかむと、服の上からでもわかるくらいの熱が手のひらを貫いた。





「あの、大丈夫、大丈夫ですから」



まるで自分に言い聞かせるみたいに、繰り返し繰り返しつぶやく。

そんな姿を見て、誰が大丈夫なんておもいますか。



「ベッド使ってください。なんなら私がソファで寝ますから」



「駄目です……お仕事で疲れてる人のベッドを奪えるほど、私は自分勝手な人間じゃないです」



「でも」



「いいから、もうほっといてください!」



空気が震えた。

キーンという残響音。



聞いたことのない美優さんの声に心臓がどくんと跳ねて、肩に置いた手を反射的に離してしまった。





「あ……ご、ごめんなさい……」



真っ青な顔。

悪いことをして親に見つかった子供のように怯えた表情。



「や、やっぱり私……」



今度はか細く震える声が悲しい響きを私の鼓膜に伝える。



なんて言葉をかければいいんだろう。

目を伏せる美優さんになにをすればいいんだろう、私は。



「かえ、帰ります、ごめんなさい……ごめんなさい……」



なにをあやまっているんだろう。

なにをしたっていうんだろう。

悪いのはあなたじゃないのに。





踵を返す美優さんの頬に光るものが見えた。

それは間違いなく涙。

流れる理由なんてものはどうだってよくて、ただ美優さんが泣いているという目の前の現実が私の胸をナイフでザグザグと刺していく。



待って、待ってください。

そう言葉にする前に私の体は動いた。



床を蹴る。

そして私より少しだけ背の低い彼女を後ろから両手でしっかと抱きしめた。



反射的だった。



頭は新品のノートみたいに真っ白で、そこに書き込まなきゃっておもってもなにも書くすべを持っていない。

ただ、小さく震える美優さんをどこへも行かないように自分の両腕で捕まえておくしかできない。





「美優、さん、駄目、駄目です。帰らないで、ください……」



ほのかなシャンプーの柔らかなにおい。

いつもなら落ち着くはずなのに、なぜか今日は無性に心を締めつけてくる。



頬に冷たい感触。



気づいたら私はぐずぐずと泣いていて、どうしようもなく悲しくなって。

まるで全身の血が抜けたみたいに私の体は冷えきって、美優さんの体温を感じようとぎゅっと抱きしめる。





「楓、さん……楓さん……」



確かめるように私の名前を呼んでくれる。

何度も、何度も。

あなたの声が、あなたのぬくもりが、あなたの優しさが、私の心に、体に染み渡っていく。



どうしようもないくらい好きで、気持ちが溢れ出てきて、私が私を制御できなくなる。



「私……楓さんと一緒に……いてもいいの、かって」



なんで、なんでそんなことを。



「どんどん遠くに……は、離れていってしまうような、気がして……」



「なんで……なんで好きな人から離れないと……いけないんです、か」



私は、あなたがいないと駄目なんです。

おかしくなりそうなんです。



足りない。



あなたのぬくもりが、全然足りない。





「私なんかじゃ、楓さんの隣にふさわしくないっ……ん、です」



違う。



違う違う違う違う違う。



ふさわしくないとかそんなこと関係ない。

そんな優しい噓なんて聞きたくないんです。

本当の、本当のことを言ってください。



「わ、私は、あなたがおもっているような人間じゃないんです。すぐ嫉妬して、先走って……優しくなんか、なくて。わがままばかりで……」



知っています。

知ってるんです、私は。

だからあなたのことが。



「誰かにもらったワインを、あんなに大切そうに……包装もそのままで」



大粒の涙が体に回した私の腕に零れ、服に大きな悲しみのしみを作る。



「どうしようもないくらい……私は楓さんのことが……す、好きなん、です。だからっ」





これは末期症状だ。



私は救いようのないバカだ。



「わっ、私だって、美優さんに負けないくらい美優さんのことが、好きです」



のどの奥がかあっと熱くなった。

まるでお酒をぐいっと飲んだときみたいに。



目いっぱいに涙を溜めた美優さんが振り向くと、今日初めて、いつもみたいに自分からキスをした。

貪り合うようなものじゃなく、つまらないジョークみたいに軽いものでもなく、とても静かで誠実なキス。

鈴の音みたいに心地よくて、唇が触れ合うと美優さんはゆっくりと瞼を閉じ、私もごく自然に同じ行動をした。



離してもやけどしたみたいに重ねた部分がじんじんとして、たった数秒間の出来事だったのにそれ以上の時間が流れてたみたいで、体中が満たされていくのがはっきりとわかった。





「楓、さん……」



上気した頬はどんな化粧よりも彼女を美しく見せ、涙を含んだ瞳は私を魅了する。



ソファまで移動すると結果押し倒すような形になって、美優さんに覆い被さった私は思春期の男の子みたいに急にわあっと恥ずかしさが湧いてきて、心臓が口から飛び出そうになった。



「……汗くさくないですかね」



その言葉がいまできる精一杯の照れ隠しだった。



「今さら気にしますか、それ」



くすりと笑う美優さん。

私がつまらないことを言ったとき見せるいつもの反応にほっとした。



やっぱりあなたは笑った顔が似合います。





「これから汗かくんですから」



子供に優しく言い聞かせるように微笑んだとおもったら、じんわりとあたたかな手のひらが頬に重なった。



その言葉の意味がわかった瞬間、海の中にじゃぶんと落ちたような感覚に陥った。



三度目のキス。



私は三船美優という海に、沈んでいく。





おわり







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