2015年11月27日

卯月「凛ちゃん、踏んでください!」

・『できたてEvo! Revo! Generation!』CDドラマパートの後日談

・三人称地の文あり

・うづりん

よろしくお願いします。







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「凛ちゃん、私を踏んでください!」



「は?」



卯月からの突然の申し出に、凛は面食らった。

今日のプロジェクトルームにはまだ二人しかいない。

だだっ広い部屋の中で、卯月は凛にやたら距離を詰めてくる。



「この前、ニュージェネレーションズでマジックアワーのパーソナリティーをしたじゃないですか」



「そうだね」



「そのときに『凛ちゃんに踏んで欲しい』ってお便りがありましたよね」



「ああ、あったね」

「そのとき思ったんです。凛ちゃんに踏んでもらうのは、どんな気持ちなんだろうって」



「なんでそうなるの」



「ファンの気持ちになるって、大切なことだと思うんです」



「あのお便りでも、『踏んで欲しいというのは冗談』って訂正してたよ」



「きっと照れ隠しです」



「照れ隠し」



「私、凛ちゃんの、そのスラッとした綺麗な足で踏まれることを想像したら、ドキドキしたんです」



「卯月、大丈夫?」



「大丈夫かどうか、この気持ちを確かめたいんです!」



両拳を体の前で握りしめた卯月の目は、真剣そのものだった。

珍しい、と凛は思った。

普段から卯月は我儘や自分の希望を言わない方だ。

その卯月がここまで言うというのは、余程のことなのだろう。



「もしかしたら、新しい景色が見えるかもしれないから!」



そう強く訴える卯月に、凛はかつての自分の姿が重なった。

何をすればいいか分からず、それでいて心の底では何かを求めて、アイドルという可能性の扉を叩いた自分。



スカウトを受けたあと、両親にアイドルになることを告げるときはとても緊張した。

はたしてアイドルとして成功するのか、学業と両立できるのか、店の手伝いはどうするのか。

疑問も不安も尽きなかったが、それでも進むことに決めた。



何かを変えるのは、怖い。



だからこそ今、卯月の決断を、意思を、勇気を、尊いと思った。

無下にしてはいけないと思った。

「わかったよ、卯月。で、私は何をすればいいの?」



「まず私が、ここでうつ伏せになります」



「制服が汚れちゃうよ」



「制服は汚してなんぼ、と携帯で調べたら出てきました」



「卯月。今すぐ携帯貸して。叩き割るから」



「とにかく、私はうつ伏せになりますので、凛ちゃんは背中を踏んでください!」



凛が止める間もなく、卯月は床に体を付けてしまった。

顔の下で腕を組み、ビーチフラッグでもするかのような格好だ。



「さあ凛ちゃん!どうぞ!あ、靴下でお願いします」



ここまで来たら早く終わらせよう。

凛はキュッと口を結んだ。

凛にとって卯月は、アイドルの道を決めた理由の1つである。

さらに、無愛想を自覚する凛からすれば、キラキラした笑顔の卯月はまさに憧れの『アイドル』であった。



そんな卯月を、踏む。



それは聖域に足を踏み入れるに等しい。



生唾を飲み込む。

勢いに流されてしまったが、これから行うことを考えると、手の平に変な汗が滲んだ。



(いや、待って。さすがにこれは……)



迷う凛。

脳内では悪魔と天使が飛び交う。

悪魔は「ほらほらやっちゃえよ」と囁き、天使は「きっと卯月ちゃんなら受け入れてくれますよ」と微笑む。

多数決により踏むことに決定した。

やはり議論は民主主義でなくては。

凛は通学用の靴を脱ぎ、恐る恐る卯月の背中に足を乗せる。

卯月が、びくっと一瞬体を震わせた。



制服姿という日常。

それを床で汚し、踏みつけるという非日常。

その破壊的な行為に、凛は脳がグラグラと揺さぶられるような感覚に陥った。



卯月の背中をこんな風に踏んだ人は、今までいないんだろうな。



ふつふつと、感情が腹の底から競り上がってくる。

ドロドロして、淀んでいて、熱を持った、得体の知れない何か。

以前、卯月の家に上がらせてもらったことがある。

立派な家と、優しく明るい母親。

きっと卯月は一人娘として両親に溺愛さてれ育ってきたのだろう。

あまり人の悪意とか、攻撃的な面とかに触れずに生きてきたのだろう。

巷じゃ、天然とか、天使とか言われるのも納得である。



そんな穢れを知らない天使を、踏む。



どんな反応をするだろうか。

誰も知らない卯月を知ることができるんだ。

もっと、もっと卯月のことを知りたい。近づきたい。

急速に胸に押し寄せる濁った何かを飲み込んで、凛は、ぐっと足に力を入れて踏み込んだ。

制服越しでも、卯月の背中の張りの感触がわかる。

卯月を踏んだと自覚した瞬間、血が一気に身体中を駆け巡り、心臓の鼓動が脳まで響く。



凛がほぼ無意識に、親指の付け根で卯月の背中をぐりぐりと押す。

卯月の桃色の唇から吐息が漏れた。



「んぁっ……」



普段の卯月からは考えられないような声が聞こえた瞬間、凛の中で何かがプツン、と切れた音がした。

それと同時に、扉の開く音。



凛は急に現実に引き戻され、視野が広がっていった。

部屋に入ってきたのは、未央とプロデューサーだ。



「しぶりん何してるの!? しまむー!? そこ床だよ!?」



「待って未央。いや、これは、あの。違うから」



「そっか……やっぱりしぶりんにはそういう趣味があったんだ」



「違うから!ていうか『やっぱり』って何!?」



未央は目を見開いたり、考え事をするように目を閉じたりと忙しい。

その隣のプロデューサーは対称的に、いつもの変わらぬ表情で首筋に手を当て、言葉を探しているようである。



「渋谷さん……その……どうしましたか」



「ファンの需要にも色々応えられた方がいいと思って」



「では、今後はそのような企画も検討していきましょう」



「そこまでしなくていいから!」



その後、プロデューサーは『ドSメイド』の企画を提案するも凛はこれを拒否。

仕事は美波に回されることになった。



撮影の際、美波は何故か鞭の扱いにとても慣れていた。

そしてアーニャだけが、その理由を身を以て知っている。









おわり



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