2016年01月07日

工藤忍「まっくろこげのハート」

悔しい!



悔しい悔しいくやしいくやしい!







「ふっ、…はっ、…………よっと……!」





なんだ今日のレッスンの体たらくは!



もう終わって3時間は経つのに、脳裏にこびりついて離れない!



もう日の落ちる時間が早い時期。



だれもいなくなって久しいレッスンルームはもう暖房もかかってなくて。



だというのに滝のように流れる汗で、服がぐでぐでなうえに顔にくっつく髪の毛がうっとうしい。





「やっ……と、ここで…………まわって……正、面……!」





吐く息が白い。



両手を広げてターンをすれば、冷たい空気が肌を刺す。



自分の体からは湯気が上って、床は飛び散った汗で水たまりができそう。



いまのアタシたぶんぜったい汗臭いなって、頭の隅の方で考えたり。





「一拍おい、て…………片足で、ジャン―――うわあっ!」





足がずるって!



ずるって!



体のバランスが崩れて、目線が壁一面の鏡からフローリングの床へ。



転んだ時は腕を出しちゃいけない!



日々のレッスンで染み込んだトレーナーさんの言葉に従って、ぐっと体を丸めて――――





「うっ、ぐぅ……いったい……!」





肩から落ちた。



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「はぁ、はぁ……はぁ……いたいなぁ……くっそう……」





アタシの口が早いペースで雲を吐く。



なんだそんなに疲れていたのか、アタシ。



ジンジンとうずく肩は、ぐでぐでになるほどあったまった体の中でもことさら熱くて。



冷え切ったフローリングの上で大の字になる。



あぁ、これはもうしばらく起き上がれないな。





「はぁ、はぁ……うまく、いかないなぁ……」





今日は初めてのパートのダンスレッスンだった。



今度のお披露目する、フリルドスクエアの新曲のサビのところで。



言ってしまえば一番の見せ所!



そりゃあもう張り切った!



前日のうちに一度見せてもらった振り付けのデモでは、とんで跳ねて、回って動いて、曲の中で一番の盛り上がりで。



これができれば、これをマスターできれば、どれだけ輝けるんだろうって。



期待でわくわくして、スポットライトの予感にどきどきして。



いっぱいいっぱいイメトレしながら昨日は布団をかぶったんだ。

「…………はぁ」





そんな希望の絶頂で今日を迎えたわけですが……



ところがどっこい始めてみれば、このフレーズの難しいこと難しいこと……



元気な腕を意識すれば体幹が崩れてへっぴり腰。



華麗なステップを意識すれば頭がぶれぶれでかかしみたい。



挙句の果てに、ターンで勢い余ってたたらを踏む始末。





いくら初日だからと言って、お世辞にもよくできたとは言い難く。



……アタシの夢想したステージとは比べ物にもならない。



鏡の向こうには、ただただ間抜けな女子高生が1人、ではなく――――





「……上手だったなぁ、みんな……」







1人の女子高生と、3人のアイドルがいた。

「――――……っ!!」





ギリッ、ってかみしめた奥歯が悲鳴をあげる。





フリルドスクエアの仲間。



あずきちゃんも。



柚ちゃんも。



穂乃香ちゃんも。





初めてのダンスに手間取りながら、みんなみんなアイドルだった。



それぞれがそれぞれに、輝いてた。

「あずきちゃんはなんでお手本通りにしないかな……!」





あずきちゃんはセンスの塊だ



ダンスでも歌でも、ここはこんな風にしてもいいんじゃない?なんて言って、お手本をいじって新しい振り付けを始めたりする。



それが本当にうまくいく。



別に振り付けとか歌い方の勉強をしてたりするわけでもなく、本当になんとなくでもっといい何かを掴みとる。



きっと小さい頃からお家の呉服屋さんで、いろんな色に触れて来たからじゃないかな?ってアタシは思ってるんだけど。



とにかく天然モノのセンスが服を着て歩いてるかんじ。



羨ましいんだ。



その感性が。

「柚ちゃんはもっとマジメにレッスンするべき!」





柚ちゃんはすっごくすっごく楽しそうにダンスをする。



見ているこっちが、ウキウキするような、そんな動きと、表情と。



ほかにも柚ちゃんって存在全てが、楽しい!嬉しい!って叫んでるのが見えるんだ。



……楽しむのと、楽しそうに見せることってのは、実は全然違うこと。



柚ちゃんと出会って、一緒にレッスンして、そう感じるようになった。



心の中で爆発しそうな楽しさを抱えていても、はたからみたら仏頂面とか。



そんなんじゃいけない。



楽しいを見せる。



そういう所で柚ちゃんは天才なのかもしれない。



…そういう、才能なのかもしれない。

「穂乃香ちゃんは……!……穂乃香ちゃんは……うん、まぁ……」





穂乃香ちゃんはただの完璧だ。



いや、もちろんマストレさんにはそこそこ指導されてるし、まだ完成形ではないのかもしれないけど。



穂乃香ちゃんは完璧に……



……完璧に、アタシの理想通りの姿で踊るんだ。



昨日の晩、頭の中で繰り返しすぎて夢にまで見たスポットライトを浴びるアタシ。



穂乃香ちゃんと、夢のアタシの像が重なる。



それこそ、寸分の違いもなく。



おもわずまばたきを忘れるような、一瞬たりとも見逃したくないと思うような、綺麗でやわらかくて、キラキラに輝く、そんなアイドル。

「……なんでっ」





だめだ、頭がくらくらする。



そこに親の仇がいるかのように、ただただ天上をにらみつける。



両手は爪が食い込むほど握りしめてるのに全然痛くないし、こわばった足は、立っていたならかっこ悪く地団太を踏んでいたかもしれない。



最近よく、こんなふうなる。



前までは全然なかったことなのに。



今はもうだめ。



みんながうらやましくって、悔しくって、…………妬ましくて、どうにかなっちゃいそう。



というか、現在進行形でどうにかなっちゃってる。





「……ああ!もう!!なんでかなぁ!!わっかんないなぁ!!」





叫ぶ勢いに任せて、よっ!っと体を起こした。



まだ頭の中はぐるぐるだけど、この気持ちがどうにもならないのはここ最近の経験でわかってるから。



とにかく体を動かして、努力して、明日はあんな無様、見せないように―――

「工藤っ!!!」



「うわぁあ!?」





なさけない声が出た。



なさけない声が出た。





「こんな時間まで何をしている!」



「ま、マストレさん!!?あ、いえ、その……自主レッスンを……」



「そんなことは見ればわかる!」



「…………はい、すいません」





自分で聞いておいて、いくらなんでもそれは理不尽じゃないかな……?



それにしても、いきなり名前を呼ばれて本当にびっくりした。





「まったくこんな寒い中、いつまでも居座りおって!体調を崩すぞ!そもそもオーバーワークはよくないといつも言っているだろう!特にお前と綾瀬は目を離せばすぐに――――」



「はい……はい……すいません……」





お説教をもらいながらチラリと横目で時計をみれば、確かにもうずいぶんと遅い時間。



いつもならこんな風に叱られる前に、キリを付けて帰るんだけど。



やっぱり今日はそんな余裕すらなかったみたい。



失敗したなぁ。

「――――だからほら、やってみろ」



「え?」



「はぁ、聞いていなかったのか?どうせ無理やり帰らせても、納得しないだろう。一度だけ見てやるから、それで今日は終わりだ。わかったな?」



「は、はい……」





なんだ歯切れが悪いななんて言われてながら。



さぁ今日のレッスンのおさらいをしよう。





「ではいくぞ! はい、ワン、ツー、スリー、フォー!」





「…………っ!」





本当は今は誰にも見せたくなかった。



お昼のレッスンならいい。



心の準備もできてるし、レッスンに集中している間はこの気持ちも忘れていられる。



だけど今は



今は……





「ファーイ、シックス、セブ、エイ!」



「やっ、っと…………ふっ……」





どうしたって、どうやったって、できない自分が恨めしい。



できないことを肯定できない。



みんなと違う自分に納得できない。

「繰り返し!ワン、ツー……うむ……」



「…………あれ?」





それでも一回だけ、一回だけでも今の全力を出し切るんだって、重い体を振り回していたら。



いきなり、マストレさんの声が止まった。



どうしたんだろう?この唐突さは不安になるからやめてほしい。



下がっていた顔を上げて、少し上目使いでマストレさんの顔をのぞき見れば、その眉毛がくいっと上がる。



なんだ、なにを言われるんだ。





「工藤」



「あ、あの!アタシどこか変でしたか?おかしかったですか?」



「……いや、なんだ……この後、時間はあるか?」



「……え?」



「腹は減ってないか?」



「えぇ?」





それは、レッスンとは何も関係ない、お食事のお誘いだった。









――――――――――

―――――――――









『かんぱい!』



「か、かんぱい……」





初めてきた居酒屋さんは、薄暗くて、狭くて、それなのにそこかしこから大きな笑い声が聞こえる、そんな雑多な場所だった。



メニューを眺めれば、どれも同じにしか見えないお酒が半分で、あとはやきとりとか揚げ物とか茶色い食べ物ばっかり。



どうして大人はこんなところに好き好んでくるんだろう?



ファミレスの方がずっと楽しい気がするけど。





「ふふふ!よくきたわね忍ちゃん!瑞樹お姉さん嬉しい!Pくん、麗ちゃん!今日は私、いっぱい飲んじゃうわよー!」



「ちょっと川島さん、あんまハメ外さないで下さいよ?未成年の前なんだから!ってか青木さん!忍つれてくるなら教えてくださいって!それならもっとましな店選んだのに……」



「Pは気にしすぎだ。ここもそんなに悪くはないさ。そうさびれてなく、個室で、なにより肴がうまい」



「はぁ、ったくこれだからこいつは……忍もすまないな。無理やりつれてこられたんじゃないか?大丈夫か?ほらなんでも食っていいぞ?」



「う、ううん、大丈夫、大丈夫だから」





たしかになかば無理やりというか、有無をいわさない感じで引っ張ってこられたけど、ご飯食べさせてもらえるのは助かるから、まぁ……



手持無沙汰で傾けたオレンジジュースからはからんと音が響いて、氷の入ってる飲み物はアタシのだけなんだと気が付いた。



周りの3人はおっきなジョッキにビールビールビール。



なんだかちょっと疎外感。

「ぷはーっ!ってあら?ここサラダバーがあるじゃない!これは食物繊維チャンス!麗ちゃんいくわよ!」



「わかった、わかったから手を引くな酒がこぼれる。Pと工藤も食べるな?野菜は体の資本だぞ?」



「ああ、たのみます。ドレッシングはゴマで」



「お前はいつもそれだな。あれはカロリーが高い。少しは節制して……」



「居酒屋来てる時点で節制もくそもないでしょうに。ほらさっさと行った行った」



「そうれもそうか。……ふむ、それじゃあP、工藤を頼む」



「……おう!」





川島さんテンション高いなぁ……



いつもはカッコイイ姿を見ることが多いけど、今はすっごくはしゃいで、騒いで、楽しそう。



ううん、川島さんだけじゃなくて、マストレさんも視線にケンがなくって優しげだ。



レッスンの時もこのくらいでいてくれればいいのに。

Pさんだっていつもより口調がくだけてる。



いつも大人組にはもっとかっちりした敬語で話してたはずなんだけど、今はそうでもない。



まさに気心の知れた友達って感じ。





「Pさん、川島さん達と仲良かったんだね。知らなかった」



「ん?あぁまあ、同い年だからな、俺たち。自然と集まっていつの間にか、さ」



「ふーん?」





俺も気が付けば28だもんなぁなんてぼやいてるPさんは、それでも全然気にしてるようでもなくて、苦笑してるくせに、さぁやってやるぞがんばるぞって、そう顔に書いてあるみたいだった。



……そんなPさんを見ていられなくて、見ていたくなくて、目をそらす。



お通し?っていう小鉢をつついたけど、おいしくない。



やっぱり今日は、だめだ。

「……で、なんだ……最近どうだ?」



「…………なにが?」



「……なにがってわけでもないけど、まぁ学校とか?」



「……なんで疑問形?」



「…………いや」



「…………」





Pさんも小鉢をつつきながら、しかめっ面。



やっぱりおいしくないんじゃん。





……ほんとは何を聞きたいのか、なんとなくわかってる。



さっきのマストレさんとの意味ありげなやり取りとか、あからさますぎて笑っちゃう。



だけど、素直に話すのはなんか、その、癪だから……



すこしだけ、いじわる。

「…………なにかあったのか?」



「別に……」



「……なにかあっただろ」



「………………別に」



「…………」



「…………」



「…………ふーん、ならいっか」



「……え!?」





いっか?いっかってなに?



ちょっと、担当アイドルがこう、悩んでるんだよ?



いやさ、めんどくさいすね方してるのは自覚あるけど!





「なんもないんなら、それに越したことはねぇもんな。さって、腹減ったしなんか頼むかなー」



「……ちょ、ちょっと!いまそういう流れじゃなかったじゃん!いさぎよすぎでしょ!」



「ん?なんだ、やっぱりなんかあったのか?」



「え、いや……ないけど……」





じゃあやっぱいいじゃんとか、へらへらして。



ああもう!もう!!



これだから大人はずるいんだ!ずるいんだ!

「とりあえず枝豆だろう?あとはお造りに、串盛りに、野菜はあいつらが取りに行ってるから、出汁巻あたりかな……それから……」



「…………Pさん」



「お、なんこつ揚げあるじゃん、好きなんだよなこれ、あとはコラーゲン鍋かぁ……頼んどかないとうるさいかなぁ……」



「……Pさん」



「お酒は、まだみんなあるな。そりゃまだ始まったばっかりだし……」



「Pさん!」



「ん」



「聞いて」



「おう」





まるでこっちを見ていなかったのに、いきなりじっと見つめられて思わずたじろぐ。



勢いに任せて切り出してしまった。



まずい、Pさんの目が、もう絶対に逃がさないって言ってるよ。



緊張して手のなかがびしょびしょになる。

……もう、知ったことか。



ちっぽけな意地とか、アタシのかっこ悪さなんて、知ったことか!



腹をくくって、睨みつけて、さぁ叫ぶぞ!さぁわめくぞ!



炊きつけたのはPさん、あなたなんだから!もう、アタシの汚さを思い知れ!!





「悔しいんだ……!」



「…………」



「みんながアタシよりすごいことが、アタシに足りないものを持ってるのがうらやましいんだ……!」



「…………」



「それはみんなの個性だって、それぞれの武器だってこともわかってる!……それでも、それでも!」



「…………」



「あずきちゃんのセンスも!柚ちゃんの才能も!穂乃香ちゃんの経験も世界感も!全部全部、アタシには足りてない!少ししか持ってない!!」



「それが、悔しくって……つらくって……」





握りしめたコップの冷たさは、少しだけアタシを冷静にしてくれたけど、それでも止まらない。

「前はこんなことなかった」



「アタシはまだまだ未熟ものだから、足りないのは当然だから」



「足りないなら足りないだけ、努力すればいい。努力すれば、努力しただけ成長する。努力してれば追いつける。……そう思ってた」



「努力と根性があれば。なんどやられても立ち直る不屈の心があれば、いつか必ずかなうから」



「他人とアタシを比べる必要はない。アタシはアタシの道に、もくもくと努力というレンガを敷き詰めていけばいい」



「そうすれば、いつか必ず、夢に届くって信じてた」



「でも今は……今はそれだけじゃない……」



「いつからかはもうわかんない。でも少しずつ、アタシの中にたまっていって、よどんで行って……」



「ある日、気づいちゃったから。この気持ちに。……気づいたらもう、戻れない……」



「それからはもう、全然ダメ。レッスンが身に入らなくって、もっと差が開いて、もっと嫉妬して……もっと焦って……」





そうだ。



この悪循環がたまりにたまって、とうとう今日、爆発したんだ。



でも言いたいことはこれで全部―――

「それに」





それに?



あれ、口が勝手に――――





「こんなの、かわいくない」





そう、かわいくない





「こんなの、かっこよくない」





そう、かっこよくない





「こんなの…………アイドルじゃ、ない!」



「妬んで、妬んで、勝手に失敗して、勝手に自滅して……!こんな気持ちを!こんな醜い心を持った人なんて、アイドルじゃない……!」



「アタシの思い描いたアイドルじゃあ、ない!!」



「そう、アタシのアイドルは……アタシの夢は……こんなに汚い存在じゃないはずなのに……」





何も考えてないのに、何も気づいてなかったのに、気が付いたら、声に出してた。



心の底から、漏れ出してた。

そうか、だからアタシは、こんなにつらかったんだ……



嫉妬だけじゃない、アタシが、アタシの夢を貫けなくなりそうだったから……



だから……





「つらいなって思ってたの……」



「うんうん、わかるわ」



「え、か、川島さん!?」





いきなりかけられた声にふと見れば、個室の入り口の陰からひょいっと川島さんとマストレさんが入ってきた。



聞かれてた?いつから?



頭の中がぐるぐるして、口のなかは一瞬でぱさぱさだ。



でも、なんだ?



川島さんは今、なんて言った?





「……え、え?」



「わかるわ、忍ちゃん。嫉妬ってつらいのよねぇ……ふふっ」



「え、で、でも川島さん……川島さんはそんな、嫉妬なんで全然……」



「何言ってるの!私なんてもうメラメラよ、メラメラ!特に若い子なんか見てるとね!負けてられないんだからってね♪」



「そ、そんな……川島さんみたいな人でも……?」





絶望で、頭が真っ白になりそう。



あんなにもきれいで、自信に溢れてるような人でもつらいと思ってたなら、アタシなんかには、もうどうすることもできないんじゃないの?

「でも、確かにつらいけど、こんなつらさも、嫌いじゃないわ」



「え……?」





その言葉はすっと漏れたようなつぶやきだったけれど、不思議と耳に入ってきた。



思わず、うつむいていた顔を上げる。





「この気持ちがあるからこそ、私は今の私になれてたんだから。そもそも、私がアイドルになってやる!って思ったのも、若い子ばっかりちやほやされてるのが悔しかったからよ?」



「うそ……」





もしかして知らなかった?なんて。



川島さんはにこっと笑って、その笑顔が、本当にきれいで……





「嫉妬があるから負けたくないって頑張れるの。嫉妬があるからもっとよく見て盗んでやろうってライバルが増えるの。……それってとても素敵なことだと思わない?これが案外楽しいものよ?」



「…………でも、アタシは」





そんな風には思えてない……



そう口から出そうになって、でも結局出せなくって、もごもご、もごもご。



川島さんはどこからともなく取り出したハンカチを噛んでキーッなんていって。



ちょっとしたおふざけなんだろうけど。



でもそっとこっちを覗く目線が、なんだかとっても心配そうで……



そんな目を向けられて、心苦しくなっちゃって、アタシの視線はあっちにこっちに……

そしたら、目があった。Pさんと。



……Pさんがにやにやしてる。



……にやにやしてる、アタシの気も知らないで!





「……なに、笑ってるの。Pさん」



「ん?いやな、忍も成長したなぁってさ」



「は?」



「おいおい、怖い顔するなって。ごめん。ごめんて……くくっ」



「また!また笑った!また!!」





これはただの八つ当たり。



わかってる。わかってるけどそれでも!



まったく!なんだこの失礼な男は!

「いやな、これは俺の持論なんだけどさ。嫉妬するのって、それはそれで難しいと思うんだよ」



「……え?」



「嫉妬とか悔しいって感情ってさ、少しでも自分にプライドが、いやプライドじゃなくても、こう、俺いいとこあるんじゃね?って思ってないと湧いてこないと思うんだ」



「忍、こんなこと今までなかったって言ってたよな。それはさ、ちょっと前までの忍はきっと本当に未熟者で、まだまだ嫉妬すらできないほど、自分に自信がなかったんだよ」



「だけど、もうどれくらいか……毎日のレッスンを通して、いくつものステージと場数を踏んで、とうとう忍も、もしかして私ってすごい?って思い始めてきたわけだ」



「…………ふーん?」





いきなり、褒められた。

恥ずかしいからやめてほしい。





「しかも慣れてきたから周りもみられるようになって、だからこそみんながすごいと実感込みで気づけるようになった。その嫉妬は忍の成長の証なんだ」



「だからさ、認めて誇りにしていくべきなんだ。それはさ」



「…………」





なんか言いくるめられてる気もするし、納得できるような気もする。



そんな話。



いいのかな?



本当に、受け入れてもいいのかな……?

「あとは、そう、あれだ!」



「うん?」



「ほら、嫉妬の炎に身を焦がすっていうじゃん?でも考えてみれば、心に灯すのは情熱の炎だし、どうせ焼くなら一緒だ一緒!」



「…………」



「…………」



「Pさん、おっしゃあ今の俺うまいこと言ったぞ!って思ったでしょ」



「……ちょ、ちょっとだけ……いや、結構?」





ドヤァなんて顔して。



自信満々で。



忍は情熱の塊だもんなとか。



くさいこと言ってさ。



はぁ……ほんとにこの人は……もうっ

「いまは、真面目な話してたでしょ?うまいこといって茶化さないでよ!」



「あ、うまいのは認めてくれるんだ」



「うん?」



「あい、すいません」



「…………まぁでも、嫌いじゃないかな。情熱なら。」



「お?」





目をぱちくりしてるPさんは、いつも以上にお間抜けで。



なんだか毒気が抜けてしまった。





「騙されてあげるよ。うん。このつらさは、この痛みは、心の炎に焼かれてるからだってことに、してあげるよ」



「……おう」





だってそうじゃないと、Pさんがかっこ付かないし?



なんていったら、ふふふ、Pさん、すっごい不服そうな顔してる。

あ、川島さんとマストレさんが小さくハイタッチしてる。



迷惑かけてごめんなさい。





「川島さん、なんか、ありがとうございました。なんだかすっごく、楽になりました。これならまた、頑張れそうです」



「ふふ、いいのよ。それでこそ、青春よね!あぁ、いいわねぇ!」



「俺は?俺は?」



「Pさんは……」





相変わらず、へらへらして、冗談のように聞いてくるPさんに返す言葉は。



決まってる。



そう、真剣に、じっと目を見て。



アタシの意思を、目の中の炎を全部乗っけて。





「Pさん、これからもアタシ、アイドル工藤忍をよろしくお願いします」



「おう、まかせとけ!」





覚悟しておけ!



あなたの目覚めさせたアイドル工藤忍は、こんな程度じゃ終わらないんだから!













――――――――

――――――――







「はい、ワン、ツー、スリー、フォー!……工藤、疲れをみせるな!顔を上げろ!」



「はいっ!」



「そうだ、その調子だ!今の状態をよく覚えろ!そこからさらに磨いていくからな!」



「はいっ!」





息が上がって、無意識にうつむきそうになるのを根性で立て直す。



鏡の中のアタシとおっかない顔でにらめっこ。



今日のレッスンは引き続き、新曲のダンスだ。



今は1人ずつマストレさんに見てもらいながら、ほかの3人は休憩中。



休憩といっても、あとでお互いのレッスンでよかったとこ、悪かったところを教えあうから気は抜けない。



他人のふり見て何とやらってことわざもあるし、よくできたメニューだと思う。





「よし!工藤はそこまでだ!よくやった!クールダウンしてからしっかりと休め!……次、綾瀬!こい!」



「はい!」





ゆっくりとストレッチしながら、壁際へ。



そこは柚ちゃんとあずきちゃんがべたーって座りながらおしゃべりしてる、アタシたちの安息の地だ。

「忍チャンおつかれ!」



「お疲れ様!昨日よりすっごい上手になってたじゃん!なになに?もしかして、秘密の特訓大作戦?」



「ありがとう!うん、そんな感じ!」



「うわ!これはあずきも負けてらんない!」



「うーん、アタシはマイペースでいいかな!あ、穂乃香チャン始まるよ!見なきゃ!」



「ん……」





柚ちゃんの言葉に振り向けば、そこにはやっぱりきれいなきれいな穂乃香ちゃん。



アタシの理想を形にして見せてくれる穂乃香ちゃん



……いくら受け入れたって悔しいことに変わりはないんだなぁ。



当たり前のことに思い至って、苦笑してしまう。



それでも、頭の中をもっともっと研ぎ澄ませて。



見て、感じて、覚えるんだ。



悔しいからこそ、しんどいからこそ、血まなこで見られる。

「あ、忍チャンがもうギラギラもーどになっちゃったよ!」



「あれ?今日は早いね。こうなるともう忍ちゃん、なんも聞こえてくれないからなぁ……いたずらしちゃおっか!」



「だめだよ!こないだ脇こちょこちょして怒られたでしょ!」



「はは、そだねー!今はおすまし大作戦!」





ギラギラモードってなんだ!



今は普通に耳を傾けられるけど、昨日まではそんなふうになってたのかアタシ……



やっぱり余裕なかったんだなぁ……





「こら!桃井!喜多見!あんなり気を抜くなよ!次はお前たちなんだから用意しておけ!」



『はーい!』



「すまんな綾瀬、さぁ続きだが……おっとその前に……」





ん?なんだろう?



マストレさんが穂乃香ちゃんの耳元でなんかごにょごにょしてるけど……



あ、穂乃香ちゃんがひゃん!ってなってる。



耳弱いんだよね。あの子。

「え、えっと忍ちゃん……?」



「ん?なに?どうしたの?」





なんだかためらっていたような穂乃香ちゃんだけど、横目で見たマストレさんにうなずかれて、ギンっとこっちを見つめてきた。



あ、なんか嫌な予感……





「忍ちゃん……!これ、すっごく簡単ですね!」



「んなっ!!!」





はんっと鼻で笑って少し見下しながら、穂乃香ちゃんが言ってのける。



冷静だと思ってた頭に一瞬で血が上って、世界が真っ赤に染まった。



穂乃香ちゃん、たった今の今までアタシが苦労してたの見てたでしょ!



せっかく整いかけた息がまた噴出して、鼻からふんすふんすと蒸気を漏らす。

「こんなところで苦労するなんて理解できません……だから、早く追いついてくださいね?」



「あったりまえでしょ!もう、すぐにぎゃふんと言わせちゃうんだから!」



「うむ、では綾瀬、再開だ!」



「は、はい」



「マストレさん、アタシも―――!」



「工藤は休んでろ!」



「ぬぐっ!……はいっ」





あの人!あの人、穂乃香ちゃんにアタシのこと煽らせておいて、それか!!



もう!あぁもう!

「よく見ておけよ!工藤!」



「いわれなくても!」





穂乃香ちゃんをよく見るなんて、当たり前だ。



血の上った思考で、いままでにない衝動がわいてくる。



そうだ!いってしまおう!



いままでは褒めるだけだった、穂乃香ちゃんに!



陰で睨むだけだった穂乃香ちゃんに!



正面から正々堂々言ってやろう!



穂乃香ちゃんは、優雅で完璧で、アタシの理想で、なんたって――――





「――――アタシの親友でライバルなんだから!!」



「え?……ふふふ。はい!」





やってやるぞ!



やってやるぞ!



アタシはそう、また走り出すんだ!! 

                                                  

この真っ赤なこころに火をくべて、ね!!

おわり!



21:30│工藤忍 
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