2016年02月08日

千鶴「恋する凡人」


・松尾千鶴ちゃんのSSです



・百合注意









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いつからだろう。



意識し始めたのは。





多分、いつの間にか。



初めて会ったとき「こんな人が大人でもいいんだ」とひどく衝撃を受けてからなのかもしれない。



なにかあるたびに、いや、なにかなくたってあの人は私にちょっかいをかけてきた。



その度にやめてくださいって言うのに、止めるどころか

「勉強中じゃないんだからもっと笑え☆」っていろんな方法で私をどうにかして笑わせようとしてくる。





あるときは脇腹をくすぐってきたり、他の日はアイドルが、というかいい大人がしちゃいけないおかしな顔をしてきたり。

その次にはまったく似てもいないモノマネを強制的に見せられたり。



正直に言うと迷惑でしかない行為をされてきて、自分でもわかってしまうくらい眉間にしわが寄って「千鶴ちゃんこわーい☆」って言われる。



あなたのせいです、あなたの。





自分で言ってしまうけれど、私は真面目だ。

いまのいままで真面目に生きてきたし、これからもそう。



だけどこの人はどうだ。



私とはまるっきり正反対。

二十六にもなるのに少女趣味丸出しでポップな色合いをした服を着て、作っているのか素なのかよくわからない変なキャラをしている。



だけども同性の私から見てもかわいくて、美人で、素敵で。



黙っていれば、だけど。





絶対言わないけど、私が考えるアイドルというものはまさにこの人のことを指すんだとおもう。



昔憧れた、テレビの向こうで歌って踊っていた人たちみたいにキラキラしていて、

説明のできない妙な自信があって。



自分が持っていないものをこのおかしな人は持っている。

かわいいに対してどん欲で、素直。



臆病な私とは違って、いいとおもったものをなんでも取り入れようとする。

年甲斐もなく全力で楽しんで、周りにどうおもわれようとも自分のスタイルを曲げない。





この人がどうなのかは知らないけれど、私はプロデューサーにスカウトされてこの世界に飛び込むことになった。

ダイヤの原石だ、なんて言われたけどからかわれているだけだとおもってた。



それはいまでもほんの少しだけ、コップのすみに残った汚れみたいに頭の中に残っている。

信用していないわけじゃないんだけど方便に聞こえてしまって。



自分のことは自分が一番よくわかっている。



かわいげのない子だってことも、アイドルなんて眩しい存在に憧れていることがおかしいことも。





「おい! アイドルナメんじゃねぇぞ☆」



卑屈になっていた私にあの人が放った一言。



「カワイイに憧れてなにが悪いの!」



間髪入れずに二発目。



いまでもハッキリと、声のトーン、大きさ、そのすべてを思い出せるくらい強くて、

寝ぼけた私の頬をおもいっきりひっぱたくような言葉だった。



喧嘩みたいなやり取りをしたのが逆によかったのかも。

いまおもえばコンプレックスの撃ち合いみたいな。

すっきりしたというか、あぁ、この人も同じなんだって安心感。



それはこの人だけじゃなくて、一緒に挑戦したきらりさんとかほたるちゃんも。





自信がないのは私だけじゃない。



こんなにかわいい人たちでも不安で、悩んで、前に進むのが億劫になるときがあって……

それでも「変わりたい」って気持ちは不変で、一歩ずつ「違う自分」に進化しようとしている。



そうだ。



私は「変わりたい」んだ。



変わらなくちゃいけない。





「ぼーっとしてどした?」



事務所のソファに座って、特に意味もなく天井をじっと見ていると、

ハチミツみたいにきれいな髪の毛と、実年齢よりも幼く見える見知った顔がぬっと視界に入り込んできた。



「……少し考えごとを」



「寝不足はお肌の大敵だぞ☆ 若いからって油断してるとあっという間だかんな☆ そう、あっという間……」



「なんで自分で言って勝手にダメージ受けてるんですか」





「悩みごと?」



「……そんな感じです」



「水くせぇな☆ 人生の先輩たるはぁとさんに話してみなって♪」



パラパラ漫画みたいにコロコロとせわしなく変わる表情。

なんだか、かわいい。



「いまカワイイって言った?」



もしかして、声に出てた?



「いやーん☆ 急に告白されたらはぁと困っちゃう〜☆」



頬に手を当てて照れたようにぶんぶんと顔を横に振る。

普通の人がやると鼻につく感じになるのに、この人がやると無駄に似合っていて違和感というものがない。





「でもぉ、はぁとはアイドルだから千鶴ちゃんの気持ちには応えられないの☆ メンゴ☆」



いや、前言撤回。

やっぱりキツイ。



「おい☆ キツイって言うな☆」



……ハッ。

また口に出していたみたい。



「もぉ〜また怖い顔になってるぞ☆ ほらスマイルスマイルぅ☆」



そう言って私の顔に手を当てる。

あたたかな感触が伝わってきて、鼓動がいつもより早くなった。



それと一緒にこの人の体温がそのまま私にうつったんじゃないかってくらい、体の奥がかあっと熱くなってきた。

口から心臓がいまにも飛び出しそう。





そしてなにより距離が近い。



その事実を認識してから心臓が余計大げさなリズムを刻む。



うわ、近いっていうか近すぎる。



白くてきれいな肌。

呼吸をするたびにいいにおいが鼻いっぱいに広がる。

少し前かがみになっているから私の目の前には強調された谷間が。

どこに視線を置いていいのかわからない。

わからないからあっちへこっちへ動かしても、どこをどうやってもこの人がいる。





というか私、もしかしてフラれた?



気持ちには応えられないって。



まだ好きとも伝えてないのに、なんで、どうして。





「えっ、千鶴ちゃん、ど、どうしたの?」



「……どうしたって」



「なんで泣いてるの?」



「えっ?」



気付いたときには目の前にあるものがなにもかもぼやけちゃって、

どうしようもなく胸が締め付けられて、吐き気に似た気持ち悪さが口から漏れ出しそうになった。





私の世界が壊れる。



すっと血の気が抜けていく。



確かに床を踏んでいたはずなのに、

そこに二本の足を置けるような場所なんてなかったみたいな感覚。



ぐるぐるぐるぐると目と頭が回る。





「なっ、なんでも、なんでもないです」



「なんでもなかったら泣かないって」



「本当に、なんでも……」



「千鶴ちゃん」





止まれ。



止まれ。止まれ。



止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ。



なんで泣くんだ。



なんで泣いてるんだ。



泣くんじゃない。





「千鶴ちゃん」



「ごめんなさい。なんでも、なんでもないんです。大丈夫だから……」



困らせている。



この人のことを。



私が。





余計なことを言いたくない。

言ってたまるか。

外に出てしまったら、この人は優しいから絶対に心配してくれる。



涙腺がおかしくなったみたいでどんどん奥から溢れてくる。

下唇をぎゅっと噛んで、言葉が漏れないように堪える。



きっとひどい顔してるに違いない。

横一文字に口をつぐんで、これ以上涙が流れないように額に力を込めて、

アイドルとか以前の問題で人に見せちゃいけない表情。



鏡があるなら確認してみたい。



この姿を。



私を。





「千鶴ちゃん」



三度目のコールはずっと優しい声色。



そして私を見据える力強い瞳。



頬を伝っていた雫を指ですくってくれて、

どこに落ち着けばいいのかわからない私の視線を両手で固定した。



「我慢しなくたっていいんだよ」





いつもの姿とは違う、笑ってしまうくらい真面目で、強くて、大人な一言。



そんな顔で言うなんてズルい。



大人って、ズルい。





涙が流れて消えたとおもってた炎だったけど、実は火種が小さく残ってたみたいだ。

周りに燃え移りながらゆっくりとその赤を大きく揺らしていく。



生まれて初めてのこの気持ち。



やっぱり嘘はつきたくない。



やっぱり消したくない。



どしゃ降りの中だろうと、進む先が見えなくたって、走らなきゃ。

変わらなきゃ。



だから、言わなきゃ。





「心さん」



水たまりを蹴る。

跳ねたって、濡れたって、汚れたって、構うもんか。



どのやり方が正解かなんてわからない。

定まった道なんてない。



もう一歩、反対の足を出して前へ、前へ。



止まれない。

止まりたくない。



言え、言うんだ。

私。



「私は心さんのことが……」











あぁ、言ってよかった。



これ以上、言葉にできないや。







おわり







20:30│松尾千鶴 
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