2016年02月16日

堀裕子「テレパシー/オーバードライブ」

エスパー美少女ユッコがスプーンを曲げたり曲げなかったりするやつです。



短編

地の文





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 プロデューサーは私の手を握ったまま、貸しスタジオから逃げ出した。



 今日はたしか、有名なカメラマンのお弟子さんが撮ってくれるって話だったのに。



 このひとはたった今、そのお弟子さんを殴り飛ばした。



 今繋がっている手には、ところどころ血が滲んでいる。



「畜生、これだから芸能界ってヤツは……」



 焦ったようにプロデューサーは吐き出して、私の手を握る力が強くなった。

 私はまだ状況が飲み込めてなくって、でも。



 お弟子さんが私の胸を触ったとき、とてもイヤだったコトは憶えている。



 思い出したくなんて、ないんだけど。





「ぷっ、プロデューサー、痛い、痛いですっ!」



「あぁっ! ごめん裕子……」



 彼は手の力を緩めて、それでも私と手を繋いだままで。



 手には汗が滲んでいて、すごく急いで逃げたってことがわかる。

 スタジオから五百メートルのダッシュのあと、私たちは小さな路地に入った。



 居酒屋やカフェが、夜の中で光を付けている。



 立ち止まって、二人とも肩で息をした。



「なんか、ハァ、裕子、妙に落ち着いてない?」



「な、ひぃ、なんでって、そりゃあ、有名なカメラマンの、お弟子さんだって」



「あれ、多分偽者だ。ごめん、裕子。僕のせいで……」





 プロデューサーは二、三度深呼吸して、私に説明してくれる。



 確証はないけれど、あのひとは弟子を騙ったセクハラ目的の人ということ。



 私にイタズラして、そのまま……そういうことをするために、わざわざ夜を指定したっていうこと。



「でも、本物かもしれないんですよね……?」



「だとしたって、今後あいつとは付き合わない」彼は吐き捨てるように言った。



「仮に腕が確かだって、クソ野郎と付き合う筋合いはない」



 珍しく汚い口調のプロデューサーは、まだまだ怒っているようだった。



「あのっ、プロデューサー! そこのカフェで少し落ち着きません!?」



「ん? あぁ、うん。そうしよっか……」











 近くにあったカフェに入った。



 テーブルの黒い木はピカピカに光ってる。

 コーヒー豆の匂いが漂った、お洒落なところだった。



 入って真っ直ぐ、店の一番奥の椅子に座った。



 プロデューサーは少し首を傾げたけれど、そのまま私の向かいに座って。

 それからコーヒーと、カフェオレと、ミルフィーユを頼んでくれた。



「これからどうしましょう?」



「とりあえずは事務所に報告。それからは、わかんないや」



 プロデューサーはまだ若くて、私と歳が七つしか離れていない。





 いつもは人懐っこい笑顔をした、近所のお兄さんのようなひと。

 事務所の大人たちからはからかわれて、小さい子からは慕われる、そんなひとだ。



 こちらになります、と目の前に店員さんの腕が見えたとき、私は少しだけびっくりした。



 どうかいたしましたか? と聞く店員さんの声は、とても優しそうに聞こえた。



「裕子?」



「なっ、なんでもないですっ!」



 そう言ったらごゆっくり、という声がして、足音が私たちから離れていった。





 会話がなくなってしまって、古びた時計がチクチク鳴るのが聞こえる。



「ほら、ミルフィーユ! すっごく美味しそうですね!」



 そう言ったら、プロデューサーの眉間に浅くしわがよった。



 ああ、また怒った顔してる。なるたけ見たくない表情だから、私は視線をカップに落とす。



 カフェオレを飲めば、それは私の中にじんわり染み込んだ。



 それからミルフィーユの先をフォークで削って、一口食べる。美味しい。ホントに美味しい!



「ねっ、プロデューサー。一口食べてくださいよ!」



 また私はミルフィーユを一口削って、プロデューサーに差し出した。



 彼は渋々というふうに、フォークの先に口を開く。



「うっまぁ……」



「美味しいですよね!?」



「すっごい美味い……今度からここ贔屓にしよ」





 わぁ、やっと笑った。



 プロデューサーの人好きのする笑顔は、私がアイドルになる原動力。



 歌うときも、超能力を披露したときも、彼はよく笑ってくれた。



 私の中で笑顔といえば卯月ちゃんに並んで彼だ。



 私は、彼の笑った顔が好きだった。

 晴れた夜の、月のような笑顔が好き。



「私は大丈夫ですからっ」



「本当?」



「はいっ! さ、事務所に帰りましょう?」



 そう言ったら彼はコーヒーを飲み干して、それから立ち上がった。



 私もミルフィーユをさいきっく別腹に収める。

 スーツを着た背中をぴったり追って、彼は千五百円を払って、店を出る。



 街を歩くひとたちの顔はなんだか見れなくって、ずっと彼のスーツの端を掴んでいた。













 事務所は電話の応対に追われるちひろさんと、頭を掻くプロデューサーの先輩がいた。



「只今戻りました」



「あァ、うん、おかえり」



 飄々とした声が聞こえた。「やっちゃったねェ、グーパンチ」



「やっぱり、不味かったですか」



「ちょっとだけ」



「あぁー……」



「いや、個人的にはよくやった! って思うけどね?」





 話を聞けば、どうやら弟子というのは本当だったみたい。



 業界でもまだ名が広まってない、ポッと出の悪いヤツということだった。

 まだ業界に入って日が浅いプロデューサーはもちろん、事務所のみんなが気づけないくらいに。



 まずかったのは、プロデューサーがお弟子さんを殴ってしまったこと。



「つまりだ」先輩さんは首をポリポリ掻きながら話し出した。



「今後ユッコくんが仕事をするとき、プロデューサー絡みで悪い噂がついて回るかもしれない」



「でも、プロデューサーは悪いことなんてっ!」



 私はほとんど叫ぶように言った。



 プロデューサーは暗い顔をして、先輩さんの言葉を受け入れているようだった。





「向こうも殴られたままじゃ終われないからね」



 俺たちも頑張るけど。そう先輩さんは付け加えると、プロデューサーは頭を下げた。



「アイドルを喰い物にしようとするヤツはいくらでもいる」



「それは、今回で身に沁みました」



「彼女を守れるのは君だけなんだ」



 そういって先輩さんはプロデューサーの肩を叩いた。



 思ったより大きな音がして、ひゃっと声が出てしまった。



「ユッコくんも、安心してね? 今後は俺たちがどうにかするから」



 先輩さんが椅子から立ち上がった。それから、大きな手が私の頭に伸びてくる。



 黒い影が伸びてくる。男のひとの手が、私に伸びてくる!







「きゃあ!」





 プロデューサーの背中に隠れて、スーツをぐっと握りしめる。

 心臓がバクバクしている。



 私は、どうして、あんなに叫んだんだろう。



 自分でもわからなくて、プロデューサーに顔を埋めて、浅く浅く息をした。



 ちらっと視線だけ、先輩さんを見た。

 先輩はただただおろおろしていて、いつもの私なら笑えてたはずなのに。



 いつものらりくらりしている彼があんなふうになってるのは、面白いことのはずなのに。



 全然おかしくなかった。



 どうして?





「裕子、やっぱり……」



 そうプロデューサーは呟いて、優しく私の髪を撫でた。



 くすぐったくて、あったかくて、安心する。



「先輩」



「あっ、はい」



「今日は帰ります。裕子を送って」



「そ、そうだねェ。もちろん。是非」



 プロデューサーは私の手をまた引いて、事務所を出た。



 「どうして」が反響し続けている私は、わけもわからないまま。連れられて、外に出る。









 寮には帰りたくなかった。一人になるのがなんだか嫌だったから。



「じゃあ、朝日でも見に行こうか」



 車のエンジンがかかって、暗い地下駐車場から逃げ出す。



 あたりは真っ暗になっていて、もう少しで日付が変わる頃だった。



「大学時代にね、貯金して買ったんだ」



 そう言って彼はハンドルを回した。



 彼の車はゆっくりと高速に入っていく。社用車とは違う革のシートが暖かかった。





 高速道路を走っていれば、ひゅんひゅんと光が流れていく。

 空はよく晴れていて、少し欠けた月が私たちを追いかけてくる。



 神秘的に見えて、私は追い抜いた光を一つずつ数えた。



「疲れてたりしてない?」



「正直、少しだけ……」



「寝てていいよ。起こすから」



 私はシートに倒れこんで、目を閉じた。今も「どうして」って、ガンガン頭の中を叩いている。



 本当はわかってるはずなのに、気づいたら終わりのように思えて。











 それから、夢を見た。



 エスパーユッコは無敵の超能力者で、相棒と一緒に世界を笑顔にするんだ。



 強大な敵が現れたって二人は無敵だ。



 敵の手が伸びてきたら相棒がそれを跳ね除けて、そこを私のサイキックぱわーで倒す。

 そしたら相棒が頭をいっぱい撫でてくれて、よくやった! って褒めてくれる。



 それは手の届くイメージのはずで、いつも見る夢。



 だけど、もうダメなのかな。夢の終わりに伸びてきた手は、私の超能力を弾きとばした。









 裕子、と呼ばれた気がして目を覚ました。



 目の前にはコンビニの袋が落ちていて、そこからミネラルウォーターを取り出して飲む。



 どれくらい眠ってたんだろう? 口の中がカラカラで仕方がなかった。



 あのひとは車の外で、まだ暗い海を見ていた。



 カモメがにゃあにゃあ鳴いている。東の空が、少しだけ水色になっている。



 車のドアを開けたら、彼が振り返った。



「あれ、起きたんだ」



「プロデューサーが起こしてくれたんじゃないですか」



「いいや? 今起こしに行こうと思ってたとこ」





 あれれ、じゃああの声はなんだったんだろう。確かに呼ばれたはずなのに。



「テレパシーだったりして」



「プロデューサー、エスパーだったんですか?」



「裕子の側にいたから、僕も目覚めたのかも」



「そうだったら、ステキですね」



 彼はコーヒーを持っていて、裕子も飲む? と聞いてきた。

 飲みさしを一口もらう。





「もうすぐ朝日が見えるよ」



「もっと早く上がってこないですかね? さいきっくぅ、太陽早く登れー!」



「あっはは! いいねそれ。僕も真似しよう」



 彼が笑った。二人でムムーンって唸ってても、朝日はまだ顔を見せなかった。



 二人で顔を見合って、また笑う。

 ずうっとこういう風にいられればいいのに。



 今までのことなんて無かったみたいに、プロデューサーと二人で笑った。



「ねぇ」



「はい?」



「もう、大丈夫?」





 少しだけあの手を思い出して、それでもかぶりを振る。

 いつも明るくて、さいきっく美少女の私を思い出したかった。



 いつもそれを見て微笑む彼のためにも。



 だから、「悪いひとは、私の超能力で倒しちゃいます!」って言う。



 潮風が吹いて、体が冷えていく。不安を、見なかったことにする。



「裕子は、強いなぁ」



 僕は弱いや。と彼は続けた。



「でも、やっぱり裕子も女の子なんだ。十六歳の」



 そういって彼は私の手を握る。



 冷えていた手が暖かくなって、私もじんわり暖かくなる。





「じゃあ、私が、エスパーユッコじゃなくて、十六歳の私が困ったときは」



「助けるよ、必ず。こんなところで燻っていられるもんか」



 プロデューサーのスーツに顔を埋めれば、潮の香りがする。



 顔をすりすりしたら私にも移るかな?



「アイドル、私たち二人ならちっとも怖くないです」



 きっとさっきの夢の続きは、プロデューサーさんが助けてくれるんだ。



 きっとそうだ。彼のあったかい手でまた私を守ってくれる。



 (そうですよね?)



「当たり前だよ。そのために僕がいるんだから」





 二人ならちっとも怖くない。

 口にしなくたって、プロデューサーには私のことが伝わるんだから。



 二人だけのテレパシーだけど、今はそれでよかった。



 朝日が水色を塗り替え始める。空を飛ぶカモメごと、全部オレンジ色に染め上げて。



「キレイですねぇ」



「裕子ならもっとキレイなものが見られるよ。アイドルなんだから」



「そうかもしれないです!」



 割れるような歓声。



 サイリウムの波は今以上にオレンジ色に光るんだ。会場全体が海になる風景は、どれだけキレイなんだろう。





「いつか、絶対にもっとキレイなところに連れていってくださいね?」



「もちろん」



「それまで、朝焼けは見なかったことにしておきましょうか」



「なら、いつか思い出になったころに」



「また見に来ましょうっ!」



 二人で手を繋いで、朝焼けの中に溶けていく。



 私も彼も薄れていって、どこか遠いところにテレポートしていくような気がした。



 朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだら、こわかったことも全部どこかにテレポートしていく。



 確かに、そんな気がした。





「ねぇ」



「うん?」



「これからどうしましょっか?」



「ぜーんぜん考えてないや。でも、今まで以上にみんなを笑顔にさせないと」



「プロデューサーはいっつも行き当たりばったり! さてはおバカですね?」



「裕子には言われたくないんだけどなぁ……」



「えへへ、でも、頑張りましょうねっ。二人で!」



 バカな私たちは手を繋いで、遠い未来を想像するんだ。

 なにがあったって乗り越えられる強いイメージで。



 体温も感情も、全部手のひらから伝わってくる。



 じんじんと暖かくなる胸の奥は、サイキックが暴走したせい。



 きっと、私のキモチも伝わってますよね? プロデューサー。





 (また一緒に、キレイな景色を見ましょうね。絶対に)

 







お わ り



20:30│堀裕子 
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