2016年02月17日

佐久間まゆ「ぎゅ、って」




撮影終了の合図がスタジオ中に響きます。







「お疲れさまでした」





と、一緒に撮影をしていた演者の皆さんに挨拶をして、セットから降りていきます。





もちろん監督さんにも、他のスタッフの皆さんとも挨拶を交わしながら





少し、スタジオを見回します。





今、あの人はどこにいるかな。





撮影が始まる前に、結構後ろの方で見てるから、って言ってたから……











見つけた。





向こうもまゆに気づいたみたいで、手を振ってくれてる。





たたた、と急いで駆け寄っていきます。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455293075







「お疲れさまです、プロデューサーさん」





「どうですか? 学生姿のまゆ」





お互いに労いの言葉を交わしてから





まゆは撮影衣装の制服姿を回って見せます。





「ちゃんとまゆのこと、見ていてくれましたか?」





プロデューサーさんは当然、というような顔で





まゆの演技が主役を押しのけて光ってた、なんてちょっと大げさに褒めてくれました。









今、まゆのメインのお仕事となっているのは





来シーズンから始まる学園恋愛ドラマの撮影です。





ただ、まゆは主役の女の子ではなく





その子の友人のうちの一人。





一目惚れしてからなかなか彼に想いを伝えない、そんな主人公を普段は見守りつつも





時にはあれこれとお膳立てをしたがる、ちょっとおせっかいな友達、という役回りです。





メインヒロインではないけれど





このお仕事が決まったとき、プロデューサーさんはとても喜んでくれて





こうして今日も撮影を見に来てくれていました。









スタジオを離れて、楽屋まで続く通路を歩いていきます。





その間、プロデューサーさんはまゆのことを気にかけてか、いろんなことを尋ねてきます。





もう撮影には慣れたか、とか





キャストの人達とは仲良くやってるか、とか。





「もう、子供じゃないんですよ」





なんて、ほんのちょっとふくれてみたりして。





そんな風に喋りながら歩いていると





プロデューサーさんは突然、思いついたような顔をしてからまゆに





何か欲しいものはないか、と聞いてきました。









「欲しいもの、ですか?」





どうして急に、と聞くと





プロデューサーさんは、まゆのドラマの出演が決まって以来





そのお祝いができていなかったのを気にしていたそうです。





だから、大きなことはできないけどせめてプレゼントか何か、って。





「プロデューサーさんは優しいですね」





まゆはそんなこと気にしていなかったのに。









このお仕事が決まったとき、プロデューサーさんはまゆ以上に喜んでくれたじゃないですか。





今だって、こうして撮影の度にまゆのことをずっと見ていてくれるだけで





まゆのことを考えてくれるだけで十分嬉しいんですよ。





そう言うと、自分もちょっと浮かれてるのかもしれない、と困ったような顔で言います。





自分がこうしているのも、そもそもまゆが頑張ってくれたおかげだから





自分からも何かしてあげたい、と。





それを言ったらプロデューサーさんだって





と、返してしまうと終わらなくなっちゃいそうですね。









プロデューサーさんの厚意を無駄にする理由も、まゆにはありませんから





「分かりました」





と答えて、何が欲しいかについてはとりあえず保留にしておくことにしました。





プロデューサーさんはできる限りなら何だっていい、とは言っていますけど





あれが欲しい、これが欲しい、と言うと





なんだかわがままな子供っぽくて、気が引けるようにも思えて。





プロデューサーさんからのプレゼントなら何だってまゆは嬉しいはずですけど……





……意外と悩んじゃいますね





と、唇に指を当てて考えながら歩いていると





人気番組の視聴率が書かれた紙や、バラエティ番組のポスターなどが壁にたくさん貼られている中





ふと、そのうちの一つに目が留まって、足を止めました。









さっきまで撮影をしていた恋愛ドラマの告知ポスター。





ヒロインの子と、その子が想っている彼の二人がハグをしています。





ドラマって普通、これからどうなるんだろう、って展開を楽しみながら見るものだけど





ああ、この二人はハッピーエンドを迎えるんだ、と言い切れてしまうほど





その表情からは、幸せな気持ちが溢れていました。





どんな展開や障害があったとしても





最後には結局、二人は結ばれるんでしょうね。





なんて考えていると後ろからまゆ、と声をかけられました。





振り向くとプロデューサーさんが不思議そうな顔で様子を尋ねてきます。





「いえ」





またポスターに目をやって





「演技、見習わなくちゃって思って」





と言うと、その言葉がプロデューサーさんの中のスイッチを押したんでしょうか





まゆの話を受けて、そのメインキャストの子について話し出しました。









プロデューサーさんからすると、俳優さんが集まるドラマの撮影現場は参考になることばかりだそうで





話す内容からプロデューサーさんがその子のあらゆる所を見ていたのが分かります。





確かにメインキャストなだけあって、演技力ではまだまだ及びません。





まゆ自身、あの子の演技を参考にしているところもありますし





プロデューサーさんがあの子に注目してしまうのも





職業柄、仕方ないんでしょう、けど





「ねぇ、プロデューサーさん」









「まゆのこと、ちゃんと見ていてくれましたよね?」





と聞くと、もちろん、と今度はまゆの演技について熱弁し出します。





演技中の所作、目線、話すトーン、その他にもたくさん。





あの子について話したのよりも細かいところまで。





あの子だけじゃなく、まゆもきちんと見ている





あの子よりも見ている、と分かると





嬉しく思うのと一緒に





様々な気持ちがまゆの中で渦巻きはじめました。









プロデューサーさんは、撮影中のまゆについて話していました。





あそこの会話の入り方がそれらしい、とか





キャラの世話したがりな感じが上手くできてた、とか。





そうですね。





ドラマの中の自分は、友達の恋を応援する、ちょっとおせっかいな女の子です。





恋するヒロインではありません。





でも





あの子だって誰かを想ってもきっとおかしくない。





時々するおせっかいだって、その恋を羨ましがってるからこそかもしれない。





また、ポスターに視線を向けます。





きっとあの子だって、こんな風に恋をするかもしれない。





あの子だって、こんな風に











まゆだって、あんな風に。











まゆの中でぐるぐると渦巻いていた気持ちが綯い交ぜになっていきます。









「ここで話していてもあれですし、戻りましょうか」





と言うと、それじゃあ行こうか、と歩き出す後ろ姿に





まゆは少し遅れて付いていきます。





せっかくのあなたからのプレゼント





もらえるのなら、もらっておきたいですから。









先に行っていたプロデューサーさんが楽屋前でドアを開けて待っています。





体を横にどけて、まゆに道を譲ってくれていましたけど





まゆは、大丈夫ですよ、と目で伝え





プロデューサーさんの後に続いて入って





ぱたん、とドアを閉めます。





シャツの上に羽織っていたカーディガンを脱ぐと





これからまゆが着替え始めると思って、気を遣ったんでしょう





プロデューサーさんは、ドアノブに手を伸ばしていました。





「あの」





部屋から出ようとしていたその背中に声をかけます。









「さっきのプレゼントのお話なんですけど」





「やっぱりちょっと急、ですよね」





「でも、今すぐがいいんです」





「あなたから、今すぐに」











こつり、と一歩近付いて





小さく息を、ひとつ吸う





あなたの顔に、目を向けて





思いきって、お願いしました。











「ぎゅ、って」





「してくれませんか?」











まゆの言葉を聞いたプロデューサーさんは





あっちにこっちに目をやって、時々まゆに目を合わせて





頭を掻いて、いかにも困った顔してます。





でも、これ以上はまゆからは何も言わない





というより、言えないです。これが精一杯なんです。





だから、その表情をじっと見つめる。











部屋中を泳いでいた視線がまゆの方に向きます。









あなたの顔が近づく。





伸ばした腕が微かに肩に触れる。





思わず目をつむってしまう。





そこから一秒もないはずの時間が





ゆっくり、ゆっくり流れていって











ぎゅ、って





優しく、抱き寄せられました。









急にやってきた感覚で、瞼に力が入る。





ゆっくりと目を開いて、確かめて、また閉じると





触れられる感覚が、より明確に伝わってくる。





あなたの体温を熱いほどに感じる。





伝わった温度が身体中のあちこちを巡り





まゆの奥の心の奥まで届いて





どくん、どくんという大きな鼓動に変わる。





それがまた、身体のあちこちに流れていって





あなたの熱が広がっていく。









身体の中に熱が溜まり続ける。





ずっとこのままでいると





頭の中で何かが焼き切れてしまいそうほど。





その熱を逃がすように





体に挟まったままだった腕を外に出す。





でも、この人がもっと伝わるように





もっと感じるようにと





今度は、自分から手を後ろの方に回し





そっと、そっと、思いきり





押しつけるように、まゆの方へと引き寄せる。









この部屋にはふたりきり





あなたと、まゆのふたりだけ。





でも





だからこそ





よそ見なんてしてほしくない





よそ見なんて、させない。





他の子の話をしているのが嫌とは言いません。





怒ったりもしませんし、泣いたりもしません。





それでも、やっぱりどうしても





まゆを





他のことなんて考えないで





わたしだけを、まゆだけを、って





ずっと、ずっと強く





ぎゅ、って





自分の腕を結びつける。









あなたの胸に頬を埋める。





あなたの音が近くで聴こえる。





あなたの音をまゆだけが聴いている。





あなたとまゆを結ぶ力が強くなる。





きゅっと固く、繋ぐように





まゆの音も届くように。





もっと、近くに





もっと。









途端にふわり、とまゆの手が緩みます。





特別な理由は何もないんです。





ただ、普通に、力が入りすぎて、疲れてしまって。





すると、プロデューサーさんの腕もだんだんと緩みはじめていました。





でも、まゆはそれをどうすることもありません。





その腕が、まゆから離れる頃には





まゆの手もするり、と落ちていました。















じゃあ、支度が終わるまで待ってるから、と





プロデューサーさんが出ていったのと同時に





椅子に軽くもたれて、熱い両の頬を押さえます。





今のまゆは、あの人に抱きしめられたこと





ただ単純に、そのことだけで頭がいっぱいになっていました。





陶酔、でもなく





恍惚、でもない





なんだかとても、大変なことをしてしまった気分で。





どうしよう。





プロデューサーさんが出ていく前から鳴っていた心臓の音もまだ収まりそうにありません。





でも、このままプロデューサーさんを待たせてしまうといけない。





もう真っ赤なはずの頬をぺちんと叩いて、急いで着替えと帰り支度を始めました。









すー、はー





一つ深呼吸をしてドアを開けます。





「お待たせしました」





それじゃあ行こうか、と歩き出す後ろ姿に少し遅れて付いていきます。











さっきまで、まゆに触れていた手を





さっきまで、あの人を掴まえていた手を見つめる。





それを思い出しながら





先にあったその隣に追いついて





まゆは、手をそっと握りました。









今度はちゃんと、結んでおかなくちゃ。





今よりも、ずっと強く





ずっとずっと固く





ずっとずっと、ずうっときつく





まゆからあの人が、離れてしまわないように





まゆが、あの人を離してしまわないように





あの人が、まゆから離れられないように





どれだけ時間が経っても





永遠に、まゆがほどけないように











ぎゅ、って。











おしまい



23:30│佐久間まゆ 
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