2016年02月26日

神谷奈緒「あたしの幸せ」

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。



独自設定、キャラ・文章が変などは大目に見て頂けると幸いです。



あと、地の文あります。





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455882302



「いよいよ明日かぁ……」



 軽く伸びをして天井を見上げる。



 今となっては見慣れた空間だが、あの頃は何もかも初めて見るものばかりで、とても緊張したのを良く覚えている。



「……いつの間にかこんなに時間が経ってたんだなぁ」



 Pさんにスカウトされてアイドルになった。最初はタチの悪いナンパだと思って相手にしなかったけど、そのあとも何度も何度もしつこくスカウトされた。



「ストーカーぽかったよなぁ」



「あんまり人の事悪く言うなよ」



「はははっ、悪い悪い」



 横でパソコンを叩いていたPさんから苦情が来る。





「でもさ、女子高生をつけ回して、人前で何度も土下座して『頼む』なんてただのやばいやつだぞ」



 バツが悪そうに頭をかく。普段は調子良く言い返すくせに都合が悪いときはこうして頭をかく。



「ふふっ」



 思わず笑い声が出てしまった。



「なんだよ、笑うなよ」



「ははっ、ごめんごめん」



 ふーっとため息を吐く。色々思い出すと楽しいことばかいだった。



「あの、さ……」



 顔が熱くなるのを感じる。凛と加蓮がいたらからかわれそうだ。



「いろいろ、ありがとな……」





 直接言うのは恥ずかしいんだけど、言わなきゃいけない気がする。



「なに、礼を言うのは俺の方だよ」



 パソコンを叩いていた手を止め、ニコニコ顔であたしの方を振り向く。



「奈緒に一目惚れして、秋葉で追い回した甲斐があったよ」



 確かにこれじゃあただの変態みたいだな……と頭をかく。



「あたしも……追い回されて良かったよ」



 追い回されてた時は恐怖しか感じなかったけど、あの時にPさんに出会えて本当に良かった。



「なんで、奈緒は俺の事を信じてくれたんだ? 奈緒が言うように相当やばいやつだったが」



「……言わなきゃダメ、か?」



 あ、あたしの口から言うのは恥ずかしいんだけど……。





 あたしがもじもじして、言い淀んでいるとふいに携帯電話の鳴る音が聞こえた。



「あ、やばっ……!」



 携帯電話の鳴った方から聞き慣れた声も聞こえてきた。



 嫌な予感がしながら、声のした方に近づく。すると聞き慣れた声の主である見慣れた顔が二つ並んでいた。



「り、凛!? 加蓮んん!?」



「もう。凛のせいだよ」



「だって携帯が鳴るなんて思わないよ」



 そこには責任を押し付け合うあたしのユニットメンバーの凛と加連が隠れるように縮こまっていた。



「お、お前らぁ! 聞き耳立ててたのか!?」



「別に聞き耳立ててたわけじゃないよ」



「そうそう。アタシ達はずっと居たのに奈緒が気づかなかっただけだよ」





 なっ!? じゃああたしが来たときから二人はすでに事務所に居たのか!?」



「Pさん!」



 Pさんに向きなおる。あたしが来る前から二人が居たならPさんはもちろん知っていたはずだ。



 Pさんはあたしの表情から言いたいことを読み取ったのだろう。ニヤニヤしながらどっかの宇宙人みたいに「聞かれなかったから」と言いやがった。



「ううぅ……お前らみんなだいっきらいだ……」



 目頭が熱くなってくる。泣いてなんかないぞ、目から汗が出そうになってるだけなんだ。



「ああ、ごめんごめん。許してよ、奈緒」



 加蓮があたしの背中に手を回して背中をポンポンと叩いてくる。あたしは子供かっ!



「それにまだ奈緒は何も言ってないでしょ?」



 凛は悪びれた様子もなく、いつものクールな態度を崩していない。でも、顔がニヤついてるの丸解りだからな!?





「せっかく奈緒が素直になりそうだったから優しく見守ってただけだよ」



「そうそう。いつも素直じゃないお姉ちゃんを見守ってただけ。どう? お姉ちゃん思いな良い妹でしょ?」



 あたしの可愛い妹分達は年上に対する敬意ってのが足りない。いつもいつもあたしをからかいやがって……。



「仲が良いのは良いことだが、もう遅いからそろそろ帰れよー、お前ら」



 あたしがからかわれているのを仲が良いととらえたPさんは、窓の外と腕時計をちらっと見てからあたし達に帰宅を促してくる。



「あ、なら送っていってよ。Pさん」



 加蓮がいたずらっぽい笑みを浮かべながらPさんにまとわりついている。羨ましい……。



「仕方ないな……ほら行くぞ」







 帰りの車内でも二人はあたしをからかって楽しんでやがった。



 ようやく二人が降りて、からかわれるのから解放される。ほっとしたら少し眠くなってきやがった。



「ふわぁ……」



「着いたら起こすから寝てていいぞ」



 あくびをしていたらPさんがそんな事を言ってくれた。



「ん……大丈夫。起きてるよ」



 せっかく二人きりなんだから寝ていたら勿体ない。それに、寝顔を見られるのは、は、恥ずかしいし……。



「そっか。じゃあこっちくるか?」



「へ?」



 Pさんから助手席をすすめてくる事なんて今までなかったのに、どういう風の吹き回しだ?





 あたしが困惑しているのを感じたのだろう。



「ちょっと話したいなって思っただけだよ」



「じゃあ……せっかくだし」



 二人きりの車内。運転席と助手席で隣り合わせに座る。



 話したいって言ったくせにPさんは黙ったままだ。



 あたしが沈黙に耐えかねて、とりあえず凛と加蓮の話をしようとしたときにPさんが思いもかけないことを聞いてきた。



「なぁ、奈緒。お前、アイドルやってて幸せだったか?」



「あ、当たり前だろ!」



 なんでそんな事を急に聞かれるのかわからなかったが、前を向くPさんの横顔はいつになく真剣そうだった。





「俺はさ、お前らに恨まれてるんじゃないかっていつも不安になるんだ」



 ハンドルを握る手に力が入るのがわかる。



「アイドルって職業に縛り付けて、その娘が送るはずだった幸せな時間を奪ったんじゃないかってな」



 普段のおちゃらけた様子はどこかに行ってしまい、あたしから見るPさんには恐怖みたいなものがまとわりついているように見えた。



「なぁ、奈緒」



 車が赤信号で止まると、Pさんはこちらに顔を向けてもう一度さっきと同じことをあたしに聞く。



「幸せだったか?」



 すぐには返事が出来なかった。考えてしまったのだ。あたしがアイドルをやっていなかったらどうなっていたのか。Pさんと出会えていなかったらどうなっていたのか。



「……もし、あたしがアイドルじゃなかったら幸せだったと思うか?」



 車が再び動き出す。Pさんはこっちを見るのをやめ、また前を向いている。



「奈緒ならアイドルじゃなくても幸せだったと思う」



 少しばかり時間が経ってからPさんはそう言った。



「そっか……」



 また車内が沈黙に包まれる。





「あの、さ。さっき事務所で聞かれたことなんだけど……」



 Pさんは相変わらず前を向いたまま生返事を返してくる。



「あたしが、Pさんを信じたのは、さ」



 あの時を思い出す。あの時のPさんの目を。



「Pさんの目が、綺麗で引き込まれそうになったからなんだ」



「目?」



 Pさんが疑問を伝えてくる。たしかにこれだけでは分からないだろう。



「うまく言えないんだけどさ。まっすぐな感じがしたんだ」



 うまくは言えない。だけど、あの時のあたしは直感的にそう思ったんだ。女子高生に何度も土下座をするPさんが顔を上げる度に覗かせる目を見て。





「この人なら、あたしを幸せにしてくれそうだなって、そう思ったんだ」



 Pさんの方を見るのをやめて、前を見る。そこにはあたしがいつも見ている世界が広がっている。



「……この目を信じてみよう。この人と一緒に同じ世界が見てみたい。だからアイドルになったんだ」



 あの時のあたしの判断は決して間違ってはいないだろう。



「俺は奈緒を幸せに出来たのか?」



「あたしはPさんと一緒に居て幸せにしてもらえたよ」



 さっきよりもしっかりと肯定する。うん。あたしはちゃんとPさんに幸せにしてもらえたんだ。



「そっか……」



 ぽつりと呟くと、それからのPさんはあたしの家までずっと無言だった。







「じゃあ、送ってくれてありがとな」



 家の前で降ろしてもらう。ささやかなPさんとのドライブデートはあっけなく終わってしまった。



「おう、明日に備えてゆっくり休めよ」



 そういうPさんに一言、うんと返事をして家の玄関の扉に手をかけた時だった。



「あ、奈緒」



「ん?」



 名前を呼ばれて振り返ると、いつの間にかPさんは車から降りて、あたしの家の前に立っていた。



「お前はさ、良く頑張ってくれたよ。明日になればお前は名実ともにトップアイドル、シンデレラガールだ」



 先ほど車内で見せたような真剣な顔でPさんは言葉を紡ぐ。





「そして、明日になればお前は引退して、ただの女の子に戻る」



「……」



「明日になれば俺のアイドルだった神谷奈緒は居なくなる。だけどな、俺はお前を手放したくないんだよ」



「今さら引き留めようたって無駄だぞ。もう決めたんだから」



 右も左もわからずに、ただひたすらに、がむしゃらにやってきたアイドルだった。



 でも、トップまで上り詰めたんだ。Pさんと一緒に。凛や加蓮、仲間と一緒に。



 もう、悔いはない。



「俺だって今さら引き留めようなんて思ってないさ」



「じゃあなんだよ?」



「奈緒。お前がアイドルやめて、ただの女の子に戻っても、俺の神谷奈緒でいてくれないか?」



 は? よく意味がわからない。俺の神谷奈緒?





 あたしがよく理解できないままでいるのを、Pさんは察したのだろう。ストレートな言葉をぶつけてきた。



「お前が好きなんだよ。だから、付き合ってくれ」



「はぇ?」



 みるみる間に顔が熱くなるのを感じる。え、好きって、Pさんがあたしをか!?



「ちょ、ちょっとまってくれ! え、そのえっと……」



 状況の把握ができなくてしどろもどろになってしまう。あー! こういうときどういう顔をしてればいいのかわからない!



「……今返事しなくていいぞ。奈緒はまだアイドルの神谷奈緒だからな。ただの女の子の神谷奈緒の時に返事をくれ」



 Pさんはそう言うとこちらに目も向けず、そそくさと車に乗り込もうとした。





「ま、まって!」



 今にも行ってしまいそうなPさんに向かって大声で引き留める。



「こ、ここ! あたしん家の敷地だから! だから今はただの神谷奈緒だから!」



 訳のわからない理屈を叫んでいる。だけど、今言わないと絶対に言えなくなる。それに混乱はしてるけど、言いたいことだけは決まっている。



 Pさんが車のドアに手をかけたまま、あたしの方を見ている。あたしをスカウトしたときと同じまっすぐな目をこちらに向けて。



 ずっと溜め込んできたあたしの気持ちを、精一杯の勇気を振り絞ってPさんにぶつける。



「だから……これからもずっと、あたしを幸せにしてください! Pさん!」



 Pさんと一緒に居る事、それがあたしの幸せなんだから。



End





21:30│神谷奈緒 
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