2016年02月26日

神谷奈緒「幸せのカタチ」

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。



地の文あります。奈緒はアイドル引退してます。



時間軸は





神谷奈緒「幸福な食卓」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455960331/



よりも後になります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1456045566



「ん?」



 窓の外に目をやると午前中とは違いどんよりとした曇り空が広がっていた。



「あちゃー……こりゃ降ってくるかもしれないなぁ」



 天気予報では降水確率10%未満と言っていたから布団まで干したのだが、これは失敗だったかもしれない。



「おかーさん」



「ん? どうした?」



 娘のpが何やら不安そうな顔でこっちを見ている。



「おとーさん、傘持っていってないよ?」



 そういえば、Pさんが出勤する時間はあまりにも天気が良かったので傘を持っていかなかったのだ。



「あー……。じゃああとでお迎えに行こうな」



 あたしがそういうとpは満面の笑みで、うん!と元気よく返事をしてくれた。





「本当にpはお父さんの事が好きだな」



 頭を撫でながらPさんの大好きっぷりをからかう。



「んー、でも、おかーさんほどじゃないよ」



「んな!?」



 な、なななにを言い出すんだ! なんであたしの事が急に出てくるんだよ!



「えー、だってりんおねーちゃんとかれんおねーちゃんが言ってたよ。『奈緒はPさんが好き過ぎて出張中、泣きそうになってた』って」



 pがどこかしら加蓮の真似をしながら、入れ知恵をした犯人を教えてくれる。あんにゃろうめ。



「そっかー、凛と加蓮が言ってたのかー。そうかそうかー」



「お、おかーさん! いたいよー!」



 pの頭をぐりぐりと撫で回していたら、pから痛いと苦情が入った。でも、お母さんをからかうからなんてちょっとお仕置きしないとなー?





「あ!」



 お仕置き兼ねてぐりぐり撫で回していたら急にpが大声をあげた。



「ん? どうした?」



「おかーさん! テレビ! テレビつけて!」



 ……ああ、そっか。もうpの好きなアニメの始まる時間か。



「はいはい。じゃあ一緒に座って見ような」



「うん!」



 テレビをつけてpと一緒にソファに座る。もう随分と長寿になった魔法少女物のアニメ。昔は日曜の朝にやってたんだけどなぁ。



「〜♪」



 pがOPに合わせて歌っている。そういや、pが良く歌うようになってからと言うもの、Pさんの親バカが進行した気がする。



 まぁ、こんなに可愛いんだから仕方ないんだけども。



「おかーさん?」



「ん? どした?」



 pがあたしの方を不思議そうに眺めている。



「きゅうに笑ってどうしたの? まだお歌だよ?」



 ああ、あたしが笑ってたのが気になったのか。確かにまだOPだからpにとって楽しい部分はもっと先だよな。



「pが楽しそうに歌ってたからお母さんも楽しくなったんだよ」



 言いながらpの頭を撫でてやる。この子もあたしと同じで髪の量が増えそうな感じがする。



「おかーさんも大好きだもんね!」



 またニコニコ顔でテレビに向き直る。子供ってのは素直だなぁ、と素直じゃないあたしはつくづく思ってしまう。 







「……っ!」



「ああ……!」



 テレビのなかではお約束ながら魔法少女達がピンチに陥っていた。勝てるとわかってはいるが、思わず息を飲んでしまう。



「がんばれ……! がんばれ!」



 隣ではpが魔法少女にエールを送っていた。うん、あたしの分まで声に出して応援してくれ! その分あたしは心の中で応援するから!



 pとあたしの応援が届いたのだろう。シナリオとかではなく、きっとそうだ。魔法少女達は苦戦しつつも敵を倒し、平和を取り戻してくれた。



「やったぁ!」



「よっしゃあ!!」



 思わずpと抱き合って魔法少女達の勝利を祝う。うんうん。頑張ってくれたもんな!





「やっぱりみんなつよいよね! わたしもああなりたいなぁ」



「pは魔法少女になりたいのか〜」



 やはり子供の頃はみんなこう思うんだろう。あたしにも記憶がある。思い出すと恥ずかしいけど……。



「おとーさんにたのんだら魔法少女にしてくれるかなぁ」



 ん? Pさん? なんでだ?



「なんでお父さんなんだ?」



「だってりんおねーちゃんとかれんおねーちゃんが言ってたよ。おとーさんは魔法使いだって!」



 ああ、なるほど。確かにPさんは魔法使いだけど、pが思ってる魔法使いとはちょっと違うんだよな。





「んー確かにお父さんは魔法使いなんだけど、お父さんに使える魔法はアイドルにすることだからなぁ」



「あいどるって?」



「みんなの前で歌って踊って、みんなを笑顔にする人、かなぁ」



 子供に説明しようと思うと中々難しい。どう言うのが一番合ってるのだろうか。



「りんおねーちゃんとかれんおねーちゃんのこと!?」



 pが目をキラキラさせながら聞いてくる。まぁ、確かにあいつらも昔はアイドルだったけど、今は歌手か女優って言う方が合ってるしなぁ。



「んー、まぁ、厳密には違うけど、そうだな。あいつらはアイドルだ」



 今は違うけど、昔はアイドルだったんだ。大体合ってるだろ。



「じゃあおかーさんもアイドルだったんだね!」



「あ」



 しまった。pにはあたしがアイドルだったこと秘密にしてたのに。





「な、なんでそう思うんだ?」



 まだあたしの口からはアイドルだった、なんて言ってないから今から挽回すればセーフだ!



 でも、あたしは子供の頭の回転の早さを舐めてたみたいだ。



「だって、りんおねーちゃんとかれんおねーちゃんがむかし、おかーさんといっしょにお仕事してたって言ってたもん」



 だからおかーさんも、アイドルなんだよ! と言って嬉しそうにニコニコされると、論破されちまった身には堪えてしまう。



「わたしもアイドルにしてもらえるかなぁ」



 さっきまでニコニコしてたと思えば今度は何やら考え事をしているようだ。まったく、子供ってのは忙しいな。



「じゃあ、お父さんに頼んでみるか。なに、あたしの娘だからアイドルの素質はばっちりだよ」



「わーい!」



 Pさんとあたしの娘なのだ。アイドルのサラブレッドと言っても過言ではないだろう。





「これからの地球の平和はわたしがまもるよ!」



「へ?」



「だってアイドルになるんだもん!」



 胸を張りながらそういうpは誇らしげですごくかわいく見えた。アイドルを魔法少女の類いだと思ってるんだな。



「ふふっ、じゃあpにお父さんとお母さんを守ってもらうよ」



 やる気いっぱいのpの頭を撫でながら、pがアイドルになっている所を想像する。格好いい衣装を身にまとい、スポットライトに照らされたステージで歌うp。



「うん。最高だな」



「なにかいったー?」



 なんでもないよ、と誤魔化して、なんとなく外に目を向ける。



「あ、やばい! p、雨だ! 洗濯物いれるぞ!」



「うん!」



 やはり降ってきた雨に大慌てでpと一緒に洗濯物を取り込む。せっかく洗濯したのに濡らしてしまったら意味がない。







「ふう……なんとか間に合ったな」



 布団まで干していたのがいけなかった。案外時間がかかってしまったが、なんとかはなった。



「p?」



 さっきまで意気揚々とお手伝いをしてくれてたpが窓の外を見て黙ってしまった。



「どうした?」



「おとーさん……」



「Pさん?」



 Pさんならもうすぐ帰ってくるはずだが……。もしかして、窓から見えるのだろうか。



 pに倣って窓の外を見てみるが、ただ雨が降っているだけで誰も居ない。しばらく、pと二人で無言のまま窓の外を眺めていた。



 降り続ける雨を見て、ようやくpの言いたい事がわかった。



「そっか、迎えに行くって約束してたもんな」



 あたしがそう言うとpは待ってましたと言わんばかりに元気良く、うんと答えた。







 pにかっぱを着させて長靴を履かせる。風邪を引いたら大変だからな。雨対策は万全にしとかないと。



「じゃあ、行くぞ」



「うん!」



 右手でpと手をつなぎ、左手に傘を持ったところで気がついた。



「あれ、これじゃあPさんの傘、持てないな……」



「おとーさんはわたしの傘に入れてあげるんだよ!」



 先週買った新しい傘を自慢げに見せてくる。そんなに喜んでもらえると買ってあげた甲斐があったよ。



「じゃあ、お願いしよっかな。pは優しいな」



「だってアイドルになるもん! 優しくないとだめだよ!」



 さすが、地球の平和を守るアイドルになる、と言うだけはある。







 pと二人で手を繋ぎながら駅に向かう。pはさっきのアニメのOPをずっと口ずさんでいる。



 なんとなく、いつかの日を思い出す。あの日もこうして傘を持って迎えに行ったっけか。



 凛と加蓮にからかわれながら、むすっとして迎えに行ったあの日が懐かしい。



「あ、おとーさーん!!」



 駅に着くとpが大声をあげながら駆け出した。pが走る先にはあの日と同じように困り顔のPさんが居た。



「走ると危ないぞー!」



 pに注意をしながら、気持ち早足であたしもPさんの元へ向かう。





「おー、迎えに来てくれたのか? ありがとうな。p」



「おとーさん困ってると思ったから!」



 pは良い子だなぁ、と言ってにやけながら撫で回すPさんを見てたら、なんだかとても心が満たされている気になる。



「奈緒もありがとうな」



「べ、別に礼を言われるような事じゃないし。それに、pが行くって言ったから着いてきただけだし」



 こういうところが素直じゃないんだろうな、と思うけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。



「え? おかーさんがおとーさんをお迎えに行くって言ったんだよ?」



 キョトンとした顔でpが本当の事を言ってくれる。恥ずかしいから隠したのに! あたしがアイドルだって気づいたときの察しの良さはどうしたんだ、p。



「そうかそうか。奈緒が俺の事を迎えに行こうって言ってくれたのか」



 ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべるPさんをキッと睨み付けておく。こうなるから言いたくなかったのに。やっぱり子供って素直だ。





「で、俺の傘は?」



 ここであたしをからかうのはさすがにやめてくれたみたいで、あたしの手元を見ながらPさんが聞いてきた。



「あー、傘だけどさ」



「おとーさんの傘、持てなかったから、わたしの傘に入れてあげるね!」



 pがご自慢の傘をくるくると回しながらアピールしている。



「んー、入れてくれるのは嬉しいんだけど、pの傘だとちょっと小さいなぁ……」



 あ、そっか。pの傘は子供用の傘だからそんなに大きくない。Pさんが入るには少し無理があった。



 ちょっとコンビニで傘買ってくるよ、と言おうとしたのだが、pの言葉に遮られた。



「じゃあ、おかーさんの傘なら入れる?」



「な!?」



 また意地の悪い笑顔を浮かべながら、そうだなぁとPさんは言った。この笑顔を浮かべている時はロクな事にならないのはあたしが一番良く知っている。





「でも、お母さんは入れてくれないと思うからなぁ。恥ずかしいとか言って」



 ニヤニヤしながらこっちを見てくる。くそぅ。今日は厄日なのか!?



「そうなの? おかーさん……」



 pが悲しそうな顔であたしを見てくる。やめてくれ、そんな顔で見られたらなにも言えないじゃないか。



「……れよ」



「ん?」



「入れって言ってるんだよ! ほら早くしないと置いてくぞ!」



 顔が熱い。鏡を見るまでもなく真っ赤だろう。相合い傘なんて……くそぅ……。



「これでおとーさんもぬれずに帰れるね!」



 pは自分の成し遂げた事に満足げな顔でご機嫌だ。一方あたしは不機嫌そのもの。



 別にPさんと相合い傘したくないわけじゃないけど、誰かに見られるかもと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだ。







 帰り道、pはまたアニメのOPを口ずさんでいる。



 傘はPさんが持ってくれているからあたしの手は空いているのだが、pは手を繋ぐことを拒んだ。



 なんでも、おかーさんにおとーさんを貸してあげる、だそうだ。どこでこんな事を覚えたか知らないが、どうせ犯人はあの二人に決まってる。



「pは相変わらず歌が上手だな」



 Pさんがpの歌を褒めている。歌う度に褒めているからpもいつもご機嫌だ。



「だってアイドルになるんだもん!」



「アイドル?」



 あたしが説明を加える。するとPさんはああ、と頷いて納得してくれたようだ。



「pがアイドルやるにはもう少し大きくならないと難しいぞ」



「えー、おかーさんそんな事言わなかったよ。おとーさんに頼めばいいって言ったもん」



 いや、素質があるとは言ったけど、アイドルになれるとは一言も……。





 あたしが訂正を入れようと口を開きかけた時、隣のPさんがまた余計な事を吹き込んだ。



「じゃあpが大きくなったらアイドルにしてあげるから、大きくなったらお母さんと一緒にお父さんの事務所においで」



 アイドルになれるなんて保証はないのに、そんなに安請け合いしても良いのだろうか。



 あたしが物言いたげにしているのに気づいたのだろう。Pさんがpには聞こえないようにあたしの耳元に口を寄せた。



「大丈夫だって。奈緒と俺の娘だぞ? アイドルになれないわけがないよ」



 無言でじっとPさんの顔を見つめる。この人はやると言ったらやる人だから今の言葉も本気なのだろう。



「あ! おかーさん! おとーさん!」



 pの声に、二人してどうしたーって返事をする。





「虹だよ!」



 pが満面の笑みで家の方の空を指差す。



 いつの間にか、降っていた雨は止み、そこには大きな虹の橋がかかっていた。



「おー……、きれいだなー」



「きれいだねー」



 pと二人でぽけっと感想を言い合う。ここまで見事に虹がかかっているのを見るのは随分久しぶりだ。



 虹に見いっていると、左手に体温を感じた。驚いて左側を見ると、傘を畳んだPさんがあたしの左手を握っていた。



「2nd SIDEだな」



 Pさんがあたしのアイドルだった頃の持ち歌の名前を言う。そっか、言われてみればたしかに、2nd SIDEだ。





「せかんどさいどって?」



 そう聞くpにPさんが教えている。あたしがアイドルだったことを。2nd SIDEがあたしの歌だったことを。



 あたしがアイドルだったことをpには教えていなかった。さっきも誤魔化したからだろう、Pさんから聞いたpは、ほらやっぱりーって少し不満そうな顔をしている。



 アイドルだった頃を思い出すと、いつもなあ恥ずかしくて逃げてしまいそうになる。でも、今は不思議とそんな気分にはならなかった。



「ねー、おかーさん! せかんどさいど歌って!」



 pにリクエストされる。さ、さすがに歌うのは恥ずかしいんだけどな……。



「俺も久々に聞きたいな、奈緒の歌」



 Pさんにまでリクエストされてしまった。



 もう逃げられないと分かったあたしは、諦めて歌い出した。アイドルだった日々を思い出しながら。



 アイドルだった頃は幸せだった。凛や加蓮達との事務所の仲間と過ごした日々。あの日々もあたしの幸せのカタチだ。



 もちろん、今だってアイドルだった頃に負けないくらい幸せだ。Pさんとpに挟まれて、雨上がりの道を虹に向かって歩く。



 これが、あたしの今の幸せのカタチ。あたしの幸せなカタチのひとつ。



End





23:30│神谷奈緒 
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