2016年03月10日

速水奏「10年越しのキス」


昼下がりの午後、ふらっと立ち寄ったカフェ。

ふと窓の外を眺めると、少し色付いた街路樹達が、新しい季節の始まりを教えてくれた。



運ばれて来た陶磁器のカップ。表面に描かれたリーフとハートの模様がとても可愛らしい。



キリッとしたエスプレッソと柔らかいミルクフォームのカプチーノは、ほのかに甘い味がした。



まるで初々しい二人のキスのように……。











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奏「とは言っても、キスなんてした事ないんだけど」



ありす「黄昏ながら何を言い出すんですか突然」



奏「そういえば、ありすちゃんは何歳になったのかしら?」



ありす「橘です。今年で22歳になりますけど」



奏「すっかり大人っぽくなったわね」



ありす「ありがとうございます」











奏「私は今年で27歳よ?」



ありす「なんというか、年相応の見た目になりましたね」



奏「それなのにキスをしたことがないのよ」



ありす「あっ、店員さん。この苺のタルトをお願いします」











ありす「……というか、あれだけ挑発的なことを言ってたのにまだなんですか?」



奏「…………」



ありす「バレンタインの時とか『チョコみたいに甘いキスって……知ってる?』とか言ってましたよね? 知らないのは自分だったと」



奏「……ありすちゃん、今日は随分と辛辣ね」



ありす「橘です。流石に20歳を過ぎてからのちゃん付けはやめてください」











ありす「ということは年齢=彼氏いない歴ですか?」



奏「そうね。処女よ」



ありす「そこまで聞いてませんよ! 昼間からなに言ってるんですかあなたは!」



奏「ありすちゃん、声が大きいわ」



ありす「誰の所為ですかっ!!」









奏「そういうありすちゃんは経験あるのかしら?」



ありす「え? いや……ないですけど……」



奏「そうだと思ったわ」



ありす「私のことはいいんです!」



奏「そんなことを言っていると、あっという間よ?」



ありす「無駄に説得力がありますね……じゃなくて奏さんの話でしょう!」



奏「そうだったわね」











ありす「あれだけ恥ずかしいことを言っているなら、いっそのこと襲っちゃえばいいじゃないですか」



奏「とんでもないことを言い出したわね」



ありす「私ももう大人ですから」



奏「その割には顔が真っ赤よ?」



ありす「気のせいです」



奏「ふふっ、生娘じゃあるまいし」



ありす「生娘ですし、その言葉そっくりそのままお返しします」









奏「でも実際どうすればいいのかしら」



ありす「実はなんとなく原因はわかってるんですけどね」



奏「え?」



ありす「私たち何年の付き合いだと思ってるんですか」



奏「ありすちゃん……」



ありす「いいですか? 答えは簡単です。それは──」







─────

───











都内某所







P「奏。お疲れさま」



奏「お疲れさまPさん。今日の私はこの煌めく夜のように輝いていたかしら? 」



P「ああ。綺麗に輝いていたよ」



奏「ふふっ、ありがとう」













P「さて、最近は暖かくなってきたとはいえ、夜は冷えるからな。帰ろうか」



奏「もう。こんなに素敵な夜なのにムードがないのね。少しそこの公園でお話ししましょうよ」



P「ったく。少しだけだぞ?」









公園







P「缶コーヒー買ってきたけど、飲むか?」



奏「ありがとう。いただくわ」



P「ほい。奏はブラックだったな」



奏「う〜ん、今日はそっちのミルク入りがいいわ」



P「お、珍しいな」



奏「たまには甘いものが恋しくなるのよ」











奏「ふぅ……温まるわね」



P「やっぱり寒いんじゃないか」



奏「ならPさんが温めてくれる? ……なーんて」



P「ははっ」







奏(ってこういうのが、いつものダメなパターンなのね……)













──







ありす『いいですか? 答えは簡単です。それは──』







ありす『ほんのちょっぴりの勇気です』











奏『勇気?』



ありす『はい。たぶん奏さんはいつも思わせぶりな態度を取っていますが、恥ずかしがって、そこから先に踏み込めていないんだと思います』



奏『そんな……恥ずかしがってなんかいないわよ』



ありす『恋愛映画も観れないのに、何を言ってるんですか』



奏『うっ……』











ありす『だから、あと少しだけ頑張ってみてください。そうすればいくら鈍感なプロデューサーでもきっと』



奏『そうね……頑張ってみるわ。というか、ありすちゃんも本当に大人になったわね』



ありす『まぁ、文香さんに借りた恋愛小説の受け売りなんですけどね』



奏『ふふっ』



ありす『奏さんは私よりも大人なんですから、しっかりしてください』



奏『はい……精進します』











ありす『では明日はプロデューサー同行で撮影ですよね? 頑張って決めてきてください』



奏『え? 随分いきなりね……』



ありす『だから、そういって10年経ってるじゃないですか』



奏『わ、わかったわ。頑張ります』



ありす『はい。その意気です!』











──









奏(そう。昨日ありすちゃんに言われたように、ほんのちょっぴりの勇気を……)







P「奏? どうしたんだ?」



奏「な、なんでもないわ」



P「そうか?」











奏「…………」



P「…………」







奏「ねぇ、Pさん……」



P「なんだ?」



奏「やっぱり……少し冷えちゃったみたい」



P「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」











奏「……待って」



P「ん?」



奏「その……Pさんに温めて貰いたいな……って」



P「またそういってからかって……」



奏「…………」



P「……奏?」











奏「…………」



P「どうした? いつもと様子が……」







奏「…………」



P「奏……」











ギュッ







奏「Pさん……」



P「どうだ? あったかいか?」



奏「ええ……」



P「いつもは顔を真っ赤にしてはぐらかすのに、今日はどうしたんだ?」



奏「ほんのちょっぴり、勇気を出してみただけよ」



P「そうか」















奏「やっぱり私、いつも顔に出てたかしら?」



P「そうだな」



奏「だから手を出さなかったの?」



P「……俺も結構初心なんだよ」



















奏「ねぇ? 唇も……少し寂しいわ……なーんて」













唇と唇が触れ合う。



さっきの缶コーヒーかしら?



彼の唇は少しキリッとしていて、



私の唇はミルクの柔らかさが。



それが混ざり合い、まるでカプチーノのようで。







ほのかに甘い味がした。















───









ありす「それで、昨日はどうだったんですか?」



奏「ありすちゃんのお陰でばっちりよ」



ありす「橘です。ですが、おめでとうございます」



奏「ありがとう。ありすちゃん」



ありす「別にいいですよ、それくらい。私もいい加減あなた達の関係には飽き飽きしていましたからね」



















奏「そんなことを言っても、本当はありすちゃんが優しいのはわかってるわよ」



ありす「だから橘です」



奏「お礼をしないといけないわね」



ありす「見返りを求めていたわけではないですから」



奏「そう? せっかく苺味の──」



ありす「え?」



奏「苺味のキスを用意したのに♪」



ありす「ちょっと奏さん! やめてください! 私にはまだキスなんて! 奏さん!」













終わり













22:30│速水奏 
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