2016年04月15日

高垣楓「桜咲き誇る」

モバマスssです

 地の文有り

 書き溜め有り



 百合ものです。苦手な方は、悪しからず……





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 生まれ変わったら桜になりたい。





 春が来る度に、ぼんやりと、だけど何度もそう思う。



 なぜそう思うようになったのか、きっかけは思い出せない。



 桜自体は、好きだけれど。

 近所のスーパーへ買い物にいった帰り道を彼女と連れ立って歩きながら、沿道に植えられた桜並木に目をやる。



 昨日の夜に強く降った雨のせいで、花弁の七割ほどが地面に濡れ落ちてしまっている。



 水溜まりと、花弁の死骸を踏まないように気を付けながら歩いた。





 黒々とした幹は、まるで墓標のように植わっている。



 梶井基次郎だったろうか、桜の樹の下には屍体が埋まっているといった旨のことを書いた作家のことを、断続的な思考の先に考えた。

 隣を歩く彼女に肩を叩かれて、半ば遊離させていた意識をそちらに傾ける。



 「はい?」



 「どうしたんですか、楓さん。ぼうっとして」



 「ん、いや、考え事を」



 「今晩はなにを飲もうかなって?」



 悪戯っぽく彼女は笑う。



 「むう」



 それから夕飯をなににしようか、と彼女と話しながら、私の頭の中には、イメージとしての桜の樹が焼き付いて離れない。

 二人で住むにしては、あまり広いとはいえないマンションの一室で、私は彼女とルームシェアをして暮らしている。





 それもそのはず、元々この部屋には美優さんが一人で暮らしていたのだから。



 つまり、彼女の住処に私が勝手に上がり込んだ形になる。



 私が住んでいた部屋はもう、とうの昔に引き払ってしまった。





 ルームシェアという言い方は、少し違うのかもしれない。



 それでも美優さんは、なにも言わないで一緒に過ごしてくれる。

 部屋はあまり、ものを置く余裕がないためか、簡素な印象を受ける。



 私物は最低限の量に抑えてはいたものの、元より一人暮らし用の住まいなのだから、限界はあった。





 だから一度いらないものを捨てて、本当に必要なものだけを残したら、やっといまの形に落ち着いた。



 ものの少ない、それでいて、いっぱいいっぱいな空間。



 それが、私達のお城。





 その中で、ダブルサイズのベッドだけが、場違いな空気を発している。



 部屋を狭くする主な原因であるこのベッドは、私がここに来てすぐに、彼女と購入したものだ。

 私は昔から気が弱い性分で、自分の思いというものをうまく他人に伝えられた試しがなかった。





 誰かを好きだということなんて、言うまでもなく。



 モデルを辞め、アイドルに転身してもなお、その観念は変わらなかった。



 ふざけたことを言い続けて、自分と向き合うことを頑なに避けていた。



 モデルよりはアイドルの方が、何倍もましだったのだけれど。

 きっかけは、はっきり覚えていない。



 他愛もないことを話すうちにだろうか、宴会の席でお酒を一緒に飲むうちにだろうか。





 生まれ変わったら桜になりたいと思うように、いや、それ以上に自然な流れで、私は彼女のことを好きになった。



 気付けば彼女の後ろ姿を目で追った。当時住んでいた部屋に帰ると、決まって彼女のことをぼんやりと考えた。









 ある日私は、レッスン終わりで少し貧血気味になり、休憩室のベッドで寝転がって休んでいたことがあった。



 あまり私は、体力には自信がないのだ。



 その日のその時間帯は、皆がレッスンや仕事に出かけ、プロデューサーさんまでも営業に出払っていた。



 そのため、事務所にはちひろさんぐらいしかいなかった。

 でも、彼女にしんどいから休んでいますと言えば、一人なのに心配をかけるだろうし、迷惑だろうと考えて、なにも言わないで休んでいた。



 少し寝ていれば治まると思っていた。



 そんな私の淡い期待もむなしく、息苦しさはひどくなり、頭がぐらぐらとした。



 辛いというよりは、寂しかったのだと思う。





 しんどいなあ、しんどいなあと思いながら、いつの間にか私は寝付いていたようで、やがて目を覚ますと、どうしてだか美優さんが添い寝をしてくれていた。





 とても愛らしい寝顔だった。そして、彼女の身体はとても温かかった。



 寝ぼけた頭も、段々と思考が晴れてきた。それと同時に、事態の異常さに気付けた。





 美優さんが、傍で寝ている。





 私は心臓が飛び出してしまいそうな心持ちだった。彼女はそんな私の気も知らないで、ぐっすりと眠っていた。



 慌てて彼女を揺り起こすと、彼女はまず、眠っていたことに対して少しだけ恥ずかしそうに謝った。



 そしてすぐに、青い顔をしてうなされていたから心配したと、怒られた。





 偶然にも彼女が寝込む私を見つけて、傍で看ていてくれたらしい。

 それから私の頭を撫でて、気分は良くなったかと優しく尋ねてくれた。



 どうしてだか私はそのとき、感極まって子供のように泣いてしまったのを覚えている。



 ごめんなさいと、ありがとうを、ひたすら繰り返し彼女に言った。

 「美優さん」



 ぐずぐずに泣きながら私は、大変なことを口走っていた。



 「なんですか?」





 「これからあなたにお願いごとを言います。嫌だったら、遠慮しないで嫌だと言ってください」



 いまに思えば、このときが初めて自分の気持ちを素直に言えた瞬間なのかもしれない。



 「なんでも言ってください」





 あなたの家に住まわせてください。





 私がそう伝えると、私の頭を撫でていた手がぴたりと止まった。



 どうしてですか、という声が返ってきたので、あなたが好きだからと言ってしまった。



 お酒に酔っても言えないような言葉を、だけど私は箍が外れたのか、なんの抵抗もなく言えた。



 それから暫くして彼女は、狭いですがそれでもよろしければ、と私だけに聞こえるように言った。



 私が彼女の家に押しかけた最初の晩は、一緒の布団に入って眠った。





 でも私はその晩、彼女に無茶なことを言ってしまったという自責の念が強くて、ろくに眠れなかった。





 どうして好きだという言葉よりも先に、この家に住まわせてと言ったのだろう。



 どうしてこんなにもずうずうしいことを、言ってしまったのだろう。





 やっぱり明日の朝になったら謝って、家に住むなんて妄言は聞かなかったことにしてもらおうと思った。



 隣で眠る彼女は、やはり温かかった。

 朝になると彼女が、ベッドを買おうと言い始めた。



 意図が読めない私が理由を尋ねると、困ったように笑いながら、彼女は言った。





 「目の下のクマ、ひどいですよ? 私の布団ではうまく寝られなかったようなので、楓さんに合うものを探そうかと……」



 どこまでも優しい彼女に私は、またみっともなく泣いてしまいそうになりながら、どうして私を受け入れてくれたのかを聞いた。



 なぜこんなに優しくしてくれるのかを。



 彼女はそんな私の「なぜ」「どうして」をすべて優しく抱きとめて、頬を染めながらあなたが好きだからと応えた。





 結局、私達は新しいベッドを購入し、私は彼女の部屋に住む覚悟を決めた。



 新しいベッドは、私が彼女の部屋に住む証となった。



 あれから私達は今日に至るまで、お互いを尊重しながら、暖かい時間を過ごした。



 出先から部屋に帰る度に、ああ、うちはものがないな、と思う。





 別にそれは不満ではなく、ただの感想で、そもそも部屋を狭くさせた原因は私にある。



 生活感が薄いとかでもなくて、単純にさびしい。



 娯楽につながるものといえば、テレビと本棚ぐらい。





 それでも私はこの部屋を、気に入っている。





 今日も家に帰りついてから、私はいつものように、ものがないなあと頭の中で独りごちる。



 スーパーで購入した食材を冷蔵庫に仕舞い込みながら、やがて私は妙な納得をした。





 この部屋に抱く印象は、まるで桜にそっくりではないだろうか。

 最低限あるべきものがそこにあるだけで、それ以上のものはもたないし、なによりそうするだけのキャパシティがない。



 それは私がかねてから、桜に対して感じていたものに近しかった。



 桜は、一年にたった数週しか開花の季節を持たず、それ以外は殆ど見向きもされない。



 静寂と停滞を綯い交ぜにしたような植物だと思う。





 だからこそ私は、桜に対して憧れのような感情を抱いていたのかもしれない。



 だからこそ私は、桜という樹を好きになったのかもしれない。

 かしゅ、と可愛らしい音を立てて、缶ビールのプルタブを上げる。



 軽めの夕飯をとったあと、私と彼女はテレビもつけず、音楽もかけず、お互いの息遣いを聞きながらお酒を飲んでいる。





 「楓さんは」



 彼女が缶を片手に私を見つめる。



 「いつまで続くと思いますか?」



 彼女のその問いかけには主語がつけられていなかったが、それでもなにを指しているかは理解できた。





 なにが続くかなんて、私達の関係以外になにもないだろう。



 この部屋にあるものは、私達を除いて他には、すべて停滞してしまっているのだから。

 私達は、お互いを愛している。



 相手のことを一番に考え、相手の為にはたらき、愛情を注ぎあって生きている。



 ファンとはまた違った立ち位置の、特別な存在なのだ。



 誰ひとりとして代わりのいない、そんな相手なのだ。





 だから、度々確かめてしまいたくなる。相手が本当に愛するべき相手であることを。



 癒えない傷を舐め合うように。





 いつまでこの関係が保てるかなんて、遠回しなやり取りでもって。

 私は彼女から尋ねられるごとに、彼女への気持ちの大きさを改めて自覚する。



 そして膨らみ続ける思慕の念を、苦手なりに努力して彼女に伝えるのだ。





 桜に囲まれて私達は、一度だけ唇を重ねる。



 お互いが自然に顔を寄せて、お互いが自然に目をつぶり、降り積もりゆく花弁に、相手を見失わないようにして。

 「私と美優さんは、生まれ変わっても一緒だと嬉しいですね」



 私は月並みな言葉を呟く。



 別に言葉なんて、重要ではないのかもしれない。





 私達は信じ合う以外に、共に生きる術を持たないのだから。

 二人で寝そべっても少し余ってしまうサイズのベッドに身体を投げ出して、手の指を絡めて、浅く息をする。



 温かな体温を隣に感じながら、私は意識が急速に微睡んでゆくのを自覚する。





 ああそうだ。私はなんとなく納得する。



 この部屋に住まわせてと私が彼女に願ったのは、あの日に添い寝をしてくれた彼女の温もりが心地良かったからなのだろう、と。

 「生まれ変わったら、桜になりたいな」



 彼女が唐突にそんなことを言うものだから、私は驚いてしまう。



 「どうして」



 内心の驚きを悟られまいと思いながら、私は彼女に尋ねる。





 「だって楓さん、桜が好きでしょう?」



 彼女はこともなげに、そう言って微笑むのだ。





 限りなく桜に似たこの部屋で。



 唇に感覚が新しい私に向かって。





 いっそ二本の桜に生まれ変わって、来る年も来る年も隣り合って咲ければと、心の底から誰かに祈りながら、私は意識を手放した。



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