2014年05月07日

藤原肇「夜空に浮かぶ、星のように」

モバマスSSです



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つい先程まで歩いていた通り。







時間が余ったからと立ち寄った、お洒落なカフェ。





思わず見上げてしまった、ビルの群れ。





それらも霞むほどに、私達は空へと近づこうとしています。





「わぁ……ほら、見てください、――さん」





まるで空を飛んでいるみたい、なんて。





「……そうだな」





小さなガラスの箱に、私と彼と、二人きり。





まるで巨人の肩に乗ったみたいに。





今ならどこまでも、どこまでも見渡せるんじゃないかと思う程でした。







「ふふ……素敵ですね」





見上げれば、果てしなく続く空。





足元には、いくつもの大きな、けれど小さなビル。





きっと夜には、天の川のようにきらきらと輝く夜景が見られるのかな。





「こうしてずっと、遠くを見ていると……なんだか、心が晴れる気がします」





憧れていた、都会の空。





少しだけくすんでいるけれど、どこまでも高く、広がる空。





ずいぶん遠い場所に来てしまったのかな、と少しだけ不安な気持ちが生まれるけれど。







誰かさんと一緒にいるから、大丈夫だって。





ずっと、まっすぐ前を向いていられるんだって。





やっぱり恥ずかしいので、鍵をかけて、そっと心の中にしまっておきます。







まだまだ登ってゆく、ガラスの箱。





まるでお人形のショーケースみたい。





もちろん、隣には……ふふ。





「……どうした?」





「いえ……とてもロマンチックで、素敵だなって」





なんて笑ってみるけれど。





「本来は……外から見えるようにするのが目的だがな」





外から見えるから事件が起こりにくい、だなんて。





「むぅ……」





もっとロマンチックに考えましょうよ、と訴えかけてみるけれど。





今でも十分ロマンチックだろ、と笑うばかりでした。





ゆるやかに減速し始める、ガラスケース。





本当に、この手も天に届くようなほど、高い空に来てしまいました。





私のふるさとも見えないかな、なんて思ったけれど。





「……どうした?」





笑われるのはなんだか不服なので、これも心の中へ。





なんでもありません、と笑っておきます。







「――さん」





今、私には何が見えていると思いますか。





じっと、考えたような素振りをして。





「何を見ているか、何が見えるかは……肇次第、だろう」





ずるいなぁ、と思ったけれど、それも正解にしてあげます。





何だそれは、と苦笑いをされてしまいました。







立ち並んでいた中でも、一番高いビルの、一番上の階。





ガラス張りの大きな広間が、今日の会場でした。





主催の方に案内をしてもらいながら、楽屋代わりの部屋へと通されて。





一旦荷物を置いてから、打ち合わせに出るようです。





「そういえば……式典のリストだが、見ておくか?」





今日のお仕事は、式典でのステージ。





主催の方が出身とのことで、岡山に所縁のある方々が呼ばれていて。





それで、私にもお話が来たそうです。





「……本当に、凄い方々なんですね」





「ああ……実業家、芸術家、とにかく一流と呼ばれる面々だそうだ」





確かに、私でも知っている有名な名前がちらほら。





こんな中での、私のステージ。





「……不安か」





すぐに、心の中を見抜かれてしまって。





やっぱり筒抜けなんですね。







「……大丈夫です」





私は、私ですから。





どんな場所でも、私らしく。





「足は……すくんでませんよ」





「そうか」





ならいいんだ、と笑ってくれて。







ぽふん。





「あ、あの」





大丈夫だぞ、と笑ってくれるけれど。





頭を撫でられるのは、やっぱり恥ずかしいな。





「駄目だったか?」





「……いえ。もう少しだけ」







打ち合わせもリハも終えて、衣装を身に纏って。





「いつでも、大丈夫です」





そうか、もうすぐだぞ、と言う彼自身も、震えているのが分かりました。





少しだけ深呼吸をして、彼の手を握ります。





「あなたが緊張してどうするんですか、――さん」





だから、笑ってください。





頑張れって、私の背中を押してください。







「私を……星にしてください」





夜空に、鮮明に浮かぶ星に。







いつだって私を輝かせるのは、他の誰でもない。





あなたなんですから。







照明が落ちて、私の出番。





舞台に立ってスポットを浴びると、いつものライブとはやはり違うけれど。





皆が見ているんだな、と感じます。





ステージからの三方は、ガラス張りになっていて。





まるで、夜空に包まれているかのよう。





「皆さんこんばんは。藤原肇です。本日はこのような式典にお呼び頂き……」





夜の闇の中で、ただ一人。





光を浴びて、光を放つ。





「……それでは短い舞台ではありますが、最後までお付き合いください」





しっとりと流れだす、ピアノの旋律。





緊張を振り払うように、少しだけ胸を張って、言葉を紡ぎます。







遠い夜空に、ぼんやりと浮かぶいくつもの光。





今までに感じたことのないような冷たさがあるような気がして。





最初は、怖いなと思っていました。







けれど、それもまた。





ひとつの自然と捉えてみると、不思議と悪くないような気がします。







分からないからこそ、恐怖が生まれる。





あの頃の私のように。





だからこそ、私は。







もっともっと、知りたい。





都会の夜空も、アイドルの事も、あなたの気持ちも、何もかもを。







「ありがとうございました。次の曲が最後の曲となります」





イントロのメロディが、静かに、けれど力強く響きます。





「……遥か高くからの東京の景色は、どこまでも街並みが広がっていて」





思わず飛び出した声は、そのままマイクを伝って。





「あまりの広さに、なんだか飲み込まれてしまいそうな気さえします……っ」





気付けば、歌うタイミングを逃してしまいました。





それまでじっと聞いてくれていた皆さんが、どうしたのかな、とどよめきだして。





端の席に座っていた彼は、何をしているんだ、といった顔を少しだけ浮かべたけれど。





何かを閃いたように、裏方へと走って行くのが見えました。







それに答えるべく、しっかりと前を向いて。





「……この広い街の中で、私は迷子なんじゃないかって。時々、そう思うことがあります」





言葉を、続けます。







「けれどもこうやって、私が歩き続けていられるのは」





誰かの照らしてくれる光のおかげです。





それは友人や、家族や、ファンの皆さん……私を支えてくれる、皆さんの気持ちなのかなと思います。







私の進む道を、目の前のものを、心の中に渦巻く影を照らす、誰かの光。





だから……私は、どんなに広い場所でも、目指すべきものを見失わずに。





追い求めるものを見失わずに、歩いてゆけるのだと、思っています。









「……私も誰かを照らす、星になれたら」





夜空に、鮮明に浮かぶ星になれたなら。







「……?」





少しずつ、フェードアウトするラストソング。





この舞台の失敗を告げているのかな、と思いました。





ああ、やっぱりでしょうか。





どうして勝手なことをした、と怒られてしまうのかな。





でも、私は……。











曲が止まり、スポットが落ちて――



















――突然かき鳴らされた爆音に、思わず飛び上がってしまいました。















駆け出しの頃から歌ってきた、アップテンポのナンバー。





肇ならきっとこういうのも歌えるだろう、と彼が薦めてくれた曲でした。





そうそう、いつかのライブのお仕事の時も、この曲を歌ったんだっけ。







昔からの憧れだった、アイドル。





彼女達からもらった熱意を、勇気を呼び覚ますような熱い気持ちが湧き上がるようでした。







もう一度、スポットライトが私を照らしてくれている。





迷うことは、ない。





「それでは、お聞きください――」







私の歌が。私の想いが。





誰かを照らす光になると願って。





私は、歌を歌うのでした。







鳴り止まない拍手は、やがてリズムを刻みます。





「ありがとうございます……それでは、もう一曲だけ」





スローテンポの、バラードに乗せて、歌詞をなぞります。









ゆるやかに、たゆたうように、夜の闇に身を委ねて。





不思議と、肩の力は抜けていました。





もしかしたら、これが私なんだと思えたからなのかも、しれません。







ステージから降りた私を待っていたのは、なんとも言えない顔をした彼でした。





「……お疲れ様」





「お疲れ様です、――さん」





あまり驚かせないでくれ、とだけ怒られました。





自分でもどうして、あんなことをしたのか不思議でたまりません。





けれど、そうしたかったから。





気付いた時には、もう後には戻れませんでしたし。





「あの曲、よく持ってきてましたね」





本当は、歌うはずのなかったナンバー。





今日のステージには合わないから、と真っ先に候補から外れたはずの曲でした。





「……こんなことがあるとも、分からないからな」





やっぱり、私の事を分かっているのかな、なんて。





頼もしいけれど、恥ずかしいような。







あれだけ高い空から見えていた小さな景色も、段々と大きくなって。





ガラスの箱は、二人を乗せて地上へ。





「……本当に、今日はどうなるかと思ったぞ」





「ふふ……ごめんなさい、――さん」





もっと言われるのかと思ったけれど、いいんだ、と笑ってくれました。





主催の方々からは、結果は良かったけれど、と苦笑い。





でも、私を呼んでよかった、と言ってもらえました。





結果オーライ……とは、あまり言えるような内容ではありませんけれど。





自分でも、胸を張っていいと思うことにします。







「だが……今までよりもずっと、肇らしいステージだった」





そうですか、そうだ、確認しあって。





「……だったらもっと褒めてください」





エレベーターを降りたらな、だなんて。





やっぱり、ロマンチックじゃないなぁ。







私、頑張ったんですからね。





「……そうだな」





あの舞台、怖かったんですよ。





「そうだな」





ちゃんと、聞いてますか?





「もちろん」





むぅ……。







だったら。





少しくらい、いいですよね。







「……褒めるだけじゃ、駄目ですからね」





私という星が、くすんだ夜空のなかでも鮮明に浮かんでいられるように。





もっと、もっと。









「もっと私を輝かせてください」





これからもずっと、一緒にいてください。



おわり





17:30│藤原肇 
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