2016年04月19日

小松伊吹「奏の撮影現場に潜入しよう!」

主な登場人物



小松伊吹(19)、速水奏(17)、モバP(以下P)



※一部場面に地の文を含みます





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460297434



ベテトレ「よーし今日はここまで!」



伊吹「お疲れ様でした!」



聖來「お疲れ様ー!」



ベテトレ「二人とも、順調なようでなによりだな。この分だといいモノが見られそうだ」



ベテトレ「特に、小松の調子には目を見張るものがあるな」



聖來「伊吹最近テンション高いよねー。何かいいことでもあったとか?」



伊吹「いいことってほどじゃないけど……ちょっとね!」



聖來「へえー、アタシも伊吹に負けないようにもっと頑張らなきゃ!」



伊吹「今ならわんこも真っ青のトリック、見せられるかもねー!」

ガチャ バタン



伊吹「ふーただいま戻りましたーお疲れ様でーす」



P「おっ、おかえり伊吹、お疲れ様。そこに飲み物置いてるから」



伊吹「サンキュー!」キュッ



奏「…………」パラ



P「伊吹はこの後ちょっと時間が空いて、下でPVの打ち合わせだったな」



伊吹「そだよー」ゴクゴク



奏「……あら、ごめんなさい。おかえりなさい伊吹ちゃん、お疲れ様」



伊吹「ただいまー、奏とここで顔合わせるのもしばらくぶりかなー……って」



伊吹「珍しいじゃん眼鏡かけてるなんて! どしたの?」



伊吹「それに、なんか難しそうな本でも読んでるの……あれ、聖書?」



奏「ああ、これは……予習ってところかしら、ね」



伊吹「??」

P「今度の撮影で退廃的な世界観を作ろうということになってな、関連する本を読んでもらってるんだ」



伊吹「へえー……ん、今気づいたけどこっちに置いてあるのは……画集?」



P「それもその一環だな」



伊吹「静物画……なかなか聞かない言葉だけど、どんなのだろ」パラ



伊吹「うわっ! これは強烈な……」



P「だろ? まぁさすがに撮影で頭蓋骨や腐った果物を周りに置く、なんてことはしないけどな」



P「こういう思想というか分野は全然詳しくなくてな、適当に色々探してきたんだけど」



P「中身を見てから『あ、失敗したかも』って思った」



奏「最初に見たときは『またPさんが変なのをよこしてきたのね』って思ったものよ」



P「聖書はともかく、今回持ってきた画集に関しては俺もそう思う」

P「まぁ、こういう芸術の形もあるんだなーぐらいに捉えてたらいいかな?」



奏「蘭子ちゃんが見たら失神しちゃうかもね」



伊吹「小梅ちゃんや涼に見せたら逆に乗ってきそう」



奏「聖書のほうは読んでみると案外面白いんだけど」



P「そうだよなー。俺も昔読むまでは堅苦しそうで敬遠してたんだよ」



伊吹「そんなに面白いんだ? じゃあ今度アタシにも貸してよ!」



P「もちろんいいぞ。踊りがごくありふれたものとして書かれてるから、興味は持ちやすいと思う」



伊吹「楽しみにしてるからねー!」

P「それと伊吹にはこっちもだな」



伊吹「これも画集? La Danse Macabre……ダンス、マカブル……でいいのかな」



P「訳すると死の舞踏だな」



伊吹「おお、直球で来たね……踊りだけど、さっきのあんな感じのってこと?」



P「雰囲気は似てるかな。ただ、奏もだけどそんなに難しく考えなくていい」



P「これだと、踊りを使った表現にこんなのもあるんだなーって頭の片隅に置いとくぐらいで十分だ」



P「大体、芸術なんて本当にあいまいだからなあ」



P「何億円もする絵画が、人によっては小学生の落書きにしか見えないなんてよくある話だろ?」



奏「モノ自体にじゃなくて、値段が付いたということのほうが大事だったりするのよね」



伊吹「つまりまとめると、ほーん? って感じで見るぐらいがちょうどいいってことだね!」



P「伊吹らしい大胆なまとめをありがとう」

伊吹「ってことは、眼鏡もそのために用意したの?」



P「そうだ。ちょっとひねっていくということで、奏の手持ちから何かないかなと思って」



伊吹「アタシにとってのスケボーみたいな感じのやつだね」



P「俺のイメージとしては、わりとラフな私服か制服を着て、海辺でたそがれてる感じ……かな」



P「オフショットとして、そんなのも撮れたらいいかなぐらいには考えてる」



P「作風が全体的にそういう流れだから、今回コンタクトは外していくことにしたんだ」



伊吹「視界がぼやけるのが儚さとマッチするって感じなのかな」



P「そうそう。スタッフさんからの指示等が聞ければ、遠くが見えなくても問題にならないだろうし」



伊吹「動かないんだったらあんまり見えなくても大丈夫そうだね」

P「今回は幻想的なのも大事にしつつ、今までにない儚さや空虚さを前面に出していこうと思って」



P「着るドレスも今までとは趣向をガラッと変えたんだ、ほら」カチッ ピッ



伊吹「おおー真っ赤じゃん! 真紅! これは雰囲気変わりそう……っていうか」



P「ん?」



伊吹「奏の標準衣装がドレスなことに今更ながら驚きを隠せない」



伊吹「普通なら『なんと今回の衣装はドレスなんだ』ってなるとこでしょ!」



P「そこは適材適所ってやつだ。伊吹がこんな格好してちゃキレキレのダンスができなくなるだろ?」



伊吹「それはそうだけど……」



P「それに伊吹の場合はたまに見せるのがいいんだよ。あんまり見せびらかしても……な?」



伊吹「むむむ……アタシも負けないようにならなきゃね!」



奏「ふふっ、そうね」



P「うんうん、その意気だ」



P(ある程度は吹っ切れたかな? 伊吹はこうでないとな)

伊吹「あ、もうこんな時間だった。じゃあ打ち合わせいってくるね」



奏「ええ、いってらっしゃい」 P「はいよーいってらっしゃい」



ガチャ バタン







奏「ふふっ、さすがね、Pさん♪」



P「え?」



奏「とぼけちゃって……伊吹ちゃんのことよ。あの調子だと、出るものが大分出たってところかしら」



P「……奏は本当に目敏いな……別に隠してたわけじゃないんだけど」



奏「そりゃあ、二人とは一緒に過ごす時間が長いもの。これぐらいは、乙女のたしなみよ?」



奏「それに、伊吹ちゃんとはここで顔を合わせること最近なかったから、余計目についたのかも」



P「しかし、こうも核心を突かれると、心を見られてるようでドキッとするんだよ」



P「悪いことなんて何もしてないのに、怒られると思っちゃう感覚っていうのかな」



奏「へぇ……Pさんは、私とお話してると胸がドキドキしちゃうの?」



P「……何を言い出すか分からん危うさに対してのドキドキはあると思う」



奏「あら……つれないわねぇ」



P「しっかり体勢整えてるのに、思いもしない方向から投げてくるからな。しかも変化球」



奏「ふふっ、この前の時みたいに、なかなか上手くはいかないものよ、Pさん♪」



P「へいへい。まぁ、結果オーライってことで」

――数日後



P「奏はこれから撮影の打ち合わせだな。――すまんがよろしく頼む」



奏「ええ。……Pさんは何も気にすることなんてないのよ?」



P「そ、そうだな」







奏「じゃあ、いってくるわね、伊吹ちゃん。Pさんも、後でね」



伊吹「いってらっしゃーい!」 P「ん、また後でな」



ガチャ バタン



P「…………」



伊吹「どうしたのP?」



P「……いや、なんでもない」



伊吹「……?」

P「っと、そんなことより最近汚れが目立ってたし、車洗っといたほうがいいかな……?」



伊吹「どこかお出かけでもするの?」



P「後で奏を迎えに行くときに車を使おうと思って」



伊吹「あれ、打ち合わせって下の階でやるんじゃないの? 外でやるんだ」



伊吹「んー……じゃあもしかして撮影も別のところでやるの?」



P「ああ、その辺のことについては特に何も言ってなかったっけ」



P「今回はセットに特殊なオブジェを用意したりするから、スタジオも特別なところを使うんだ」



P「で、どうせなら同じ場所でやりたいと奏のリクエストがあって、それで向かわせたんだよ」



伊吹「そうだったんだ。本番と同じところで打ち合わせやると、気が引き締まるよねー」

P「特別って言っても、伊吹もちょっと前に使ったことあるけどな。ここだぞ」ピッ



伊吹「えっ、あそこってかなり遠いじゃん! ……一緒に行ってあげなくていいの?」



P「……ああ、いいんだ」



伊吹「もしかして、奏となにかあった? さっきもちょっと変だったよね」



P「あーいや、別に問題があったってわけじゃないぞ? 帰りはちゃんと迎えに行く予定だし」



伊吹「んんー? 問題はないけどなにかはあったってこと?」



P「まぁ、そうなるけど……」



伊吹「ふーん? なーんか歯切れ悪い感じ。ホントに大丈夫?」



P「だ、大丈夫だって! 何も心配することはない、な?」



伊吹「……そんな言葉、前にアタシに言ったけど今は説得力ないよね」



P(余裕があるせいか妙に鋭い)



伊吹「ね、たまにはPもぶちまけちゃったらー? 話すと楽になることもあるって言ってたじゃん!」



P「ぶちまけるといってもな……納得してるから別にいいんだよ」



伊吹「抱えて潰れるよりはマシなんでしょ? ホレホレ、お姉さんが聞いてあげるから、ねー♪」



P「それって伊吹が聞きたいってだけだろー? ……まぁいいか。別に隠すようなことでもないし」



伊吹「やった! ――で、なにがあったの?」ズイッ

P「前に伊吹と色々話し合ったけど、あの後に奏とも個別に話をする機会を設けてな」



伊吹「うんうん」



P「そこで決めたことがあったんだけど」



P「今回みたいに雰囲気を作っていく仕事は、基本的に別々に現場に向かうことにしたんだ」



伊吹「へえーそうなんだ」



P「俺が土台を作って、細かいところは奏に任せるっていう感じになるのかな」



P「なんというか、あんまりこっちが手出しをすると邪魔になってた気がして」



P「もちろん重要なポイントは押さえるし、終わってからのケアもなるべくしてるけど」



P「俺としては他の事に回せる時間が取れたりして、色々動きやすくなったのも事実」



P「両方にとってプラスになるから納得してるんだよ」

伊吹「ふーん、そんなことがねー……」



P「何も問題はないだろ? 別に仲が悪いとか、喧嘩したとかじゃあないんだ」



P「互いの仕事が上手くいくために、策を講じたっていうだけだからな」



伊吹「……なるほどねー♪」



P「む、どうかしたか?」



伊吹「P、一緒に行けなくて実は寂しいんでしょ!」



P「ええ!? い、いや、そんなことはないけど……むしろ心配でだな」



伊吹「いーやウソだね! だってさっき奏を見送るとき遠い目してたもん」



P「そ、そんなことは」



伊吹「それに、アタシ達に振り回されてるときのPってちょっと楽しんでるフシがあるよね」



P「そ、そんな」



伊吹「ほーら、だんだん言葉が詰まってきてる♪」



P「う……」



伊吹「ここまで言ったんだから最後まで言っちゃったらー?」



P「いやまぁその……ちょっとだけな?」



伊吹「ちょっとぉー?」ジィッ



P「……うん。ほんのちょっとだけ。一人にすることへの心苦しさのほうが勝ってるから」



伊吹「むぅ……粘るなあ」



伊吹「うーん、今日のところはこの辺で勘弁しておいてあげよっかな」



P「そうだ、俺もやることあるんだからここまでだ」



P(最近伊吹が強い……いや、俺が弱くなったのか……?)

P「ごほん。ところで、伊吹はこの後は特に予定はなかったな」



伊吹「うん」



P「戻ってくるのは日が落ちる頃になると思う」



P「その時ここにいるなら、戻ってきてから、二人を送っていくつもりだけど、それでいいか?」



伊吹「いいよー」



P「わかった、また連絡するよ。――よし、じゃあいってきます」



伊吹「はーい、いってらっしゃーい」

伊吹「んんー、忍ちんと沙紀って今日はオフだったっけ」グイー



伊吹「二人を誘ってどこか遊びにでも行こうかな……お?」



伊吹「奏、聖書置いていったんだ」



伊吹「退廃的、か……」



伊吹(そういえばPが前に言ってたっけ)



P『奏は伊吹や他の同年代の子達と一緒に仕事するときはな、あれでもかなり抑えてる方なんだ』



P『その分一人での仕事のときに一段と雰囲気が変わる。なかなか目にする機会はないだろうけどな』



伊吹(出来上がったものは見たことあるけど、撮ってるときの様子は一度も見たことなかったなー)



P『実になることもあるだろう。……せいぜい息をするのを忘れて死なないようにな』



伊吹(いやいや、これはさすがにないって! ……でも)



伊吹(今までガムシャラに頑張ってきたつもりだけど)



伊吹(他の人がどうしてるかなんて、考えたことあんまりなかったかな……)



伊吹「…………」

――次の日



伊吹「ねーP、奏のあの赤いドレスの撮影っていつやるの?」



P「えーっと……六日後だけど。それがどうかしたか?」



伊吹「アタシもあの撮影に付いていきたいんだ!」



P「そういえばそんな話もしてたっけ。でも確かその日伊吹も同じ時間帯にレッスンあっただろ」



伊吹「えっ」



P「ほれ。ベテトレさんの個人レッスンだぞ」ピッ



伊吹「げげっ! あの……さ、スケジュール……どうにかならない?」



P「そんなにあの撮影に興味あるのか?」



伊吹「そりゃもちろん! 別人みたいな雰囲気になるんでしょ? アタシも見たい!」



P「んー、まぁ別に調整自体はできると思うけど……」



伊吹「寂しいんでしょ? 今回はアタシが付いていってあげるから寂しくないでしょ♪」



P「ぐぬぬ、妙に痛い所を突きやがって……」

伊吹「それに、Pも実になるって言ってたでしょー? お願いっ! ……あと」



P「あと?」



伊吹「これでも、今まで目の前のことに対して、アタシなりに真面目にやってきたつもりなんだ」



P「……うん。それで?」



伊吹「でも、自分は見えてても他の人のことはあんまり見てこなかった気もしてて」



P「…………」



伊吹「だから、一番身近な奏の仕事を見てみたいって思ったんだけど……ダメ?」



P「……わかった。特別なレッスンということならそれもいいかもな」



伊吹「ホント!? ありがとP!」

P「ただし、俺から一つ条件がある」



伊吹「なになに?」



P「本来の予定だったベテトレさんのレッスンは、振り替えをマストレさんに頼むことにする」



P「特別なレッスンをするんだから、それ相応の成果を出さないとな」



P「これでどうだ?」



伊吹「う……い、いいよ! アタシのわがままで迷惑かけるんだし、それに――」



P「それに?」



伊吹「まだ奏をギャフンと言わせられてないから、この機会を活かしてやるんだ!」



P「なるほど、そういう腹積もりもあったか。……息巻くのもいいけど、程々にな?」







P(しかし、思わぬところから自分なりの課題を自覚するとは)



P(ギャフンと言わせられるかはまた別問題だけど……)

――六日後



P「今日は撮影本番だから、最終チェックは俺も立ち会うよ」



奏「ええ、お願いするわね」



伊吹「いってらっしゃーい」



奏「…………?」



P「……」ニコニコ



奏「……ふふっ、じゃあね、二人とも」



ガチャ バタン







P「じゃあ、俺たちも続いて向かおうか」



伊吹「オッケー!」

ブロロロ……



伊吹「そういえば、奏と個別に話し合ったって言ってたけど」



P「ああ」



伊吹「一対一でよくそういう話できたね♪ さすがはアタシ達の担当ってやつ?」



P「あー、うん。まぁ、なぁ……」



伊吹「奏だったらPのことからかってばかりで、真面目な話にならなさそうだもんねー」



伊吹「結構大変だったんじゃないの?」



P「……仰る通りでな」



P「伊吹と違って奏はあまり表に出さないから、多少は苦労したんだよ」



伊吹「あはは、やっぱり♪」



P「表に出ない分、気付かないうちに抱え込んでたりするからなあ」







P(話し合いの中で泣かれそうになったんだってのはさすがに止めておこう)



P(いや……今思えばあれも演技だったのか……? あの後すぐ妙に元気になってたし……)

P「――まったく、手がかかるんだかかからないんだか、良く分からん妹だよな」



P「まぁ、そういう掴み所がないのも魅力の一つなんだと思う」



伊吹「それはアタシもよくわかるなー」



P「だが、今回の撮影は違う」



P「掴むどころか、手を伸ばすことさえ躊躇われるような世界を作る」



P「前も言ったけど、覚悟しとけよ?」



伊吹「あ、またその脅しー? Pもしつこいね♪」



P「だって本当なんだからな? 後で泣きついても知らないぞー」

バタム ピッ



P「俺はこれから奏の控え室に行ってくるから、伊吹は撮影現場に行ってくるといい」



伊吹「アタシも行きたいんだけど、ダメ?」



P「ダメじゃないんだけど、今回は色々と用意するものがあるって言っただろ?」



伊吹「うん」



P「伊吹はまだドレスしか見てないし、控え室でじゃなくて直接見たほうがいいかと思ってな」



P「奏のこだわりもあって細部まで凝った造りになってるから、セットだけでも楽しめると思うんだ」



伊吹「それもそっか。楽しみにしてるからね!」



P「ほほー。その余裕、どこまで続くかな? 俺のほうこそ楽しみにしてるよ」



伊吹「ふーんだ。Pもギャフンと言わせてやるんだから!」

テクテク



伊吹「失礼しまーす……」キィ……







伊吹「ぉ、ぉぉー……!」



伊吹(す、すごいすごーい!)



伊吹(前に来たことあるっていっても、これじゃまるで別の場所みたい……)



伊吹(えっと、ポタポタ水が落ちてるのは建物がおかしいとかじゃないんだよね、うん)



伊吹(……周りを暗くしてるのもあって、ちょっと照らされた水溜りが泉みたいに見えるんだ)



伊吹(後ろにある柱や石像が、今回のために用意したものなのかな? あれは運ぶの大変そうだなー)



伊吹(あの画集とはイメージが全然違うけど、空気感っていうのかな? は似てるような気がする)



伊吹(どんな撮影になるんだろ? こういうの見たことなかったし、楽しみー♪)







ガチャ



伊吹(おお、主役のお出ましかな……?)

「よろしくお願いします」



見覚えのある真紅のドレスを身に纏った少女が、聞き覚えのある声と共にやってきた。



しかし、伊吹はその人物が誰なのか、正確に認識できずにいた。



(ありゃ、来る場所間違えたっけ。いやでもあのドレスはたしかに……それに声も……)



伊吹は、とまどっていた。



普段の何気ないやりとりや、共にこなす仕事では見ることのかなわない、圧倒的な存在感。



(……え、あれってもしかして奏なの?)



あそこに居るのは、自分がよく知る速水奏、本人なのだろうか。



本当はよく似た別人なのではないか、そもそも同じ人間なのだろうか。



(……ウソでしょ?)



伊吹の頭には、そんなでたらめな疑念が渦巻くばかりであった。



なにしろ今の彼女について知っていることはあのドレスと声以外、何もなかったのだから。



混乱をよそに撮影が始まり、シャッター音が鳴り響く。







世界が、姿を変えてゆく。







余裕は、長くは続かなかった。

そこはまさしく異世界だった。



現実世界に突如として現れた、おぼろげな光が差し込む水溜まりと、そこに佇む一人の少女。



滴り落ちる水、舞い散る朱の花びら、掲げた右手から垂れ下がった真紅のリボン。



彼女の傍に存在するそれらは、青白く浮かび上がった世界の欠片であった。



むき出しの背中からは翼を模した像が顔を覗かせ、今にも動き、飛び立ちそうな錯覚さえ起こさせる。



虚ろな表情で虚空を見つめるその姿は、まるで天から堕ちてきた神の使いのようだった。



やがて、そこだけ切り取られていたはずの世界はしかし、徐々に周りの世界をも侵食していく。



撮影の邪魔にならないようにと、少し遠くにいた伊吹も例外ではない。



いや距離の問題ではなかった。いつもの彼女を知っているからこそ、呑まれてしまう。



いつもの彼女との違いにとまどうばかりの伊吹には、逃げ道など残されていない。



立ち尽くすしかなかった伊吹は、吸い寄せられるように、彼女の世界の住人となってしまった。



もはや伊吹には、どちらが本物でどちらが仮初なのか、区別がつかなくなっていた。

とりわけ魅せられたのは、彼女の目。



以前に行われた花嫁衣装での写真のときは、闇夜の中から恒星のごとき輝きを放っていた。



が、今は、その輝きは鳴りを潜め、そのまま浴びる光に溶けてしまいそうだった。



予想していた通り――褪せた金色の瞳が、儚さや空虚さを増幅させる。



暗闇を照らす淡い光に包まれたそれは、まるで二つの月のようだった。



現実ではありえない光景に少したじろぎ、しかし見る者の目を釘付けにする。



実際に生で体感するのは初めてのことで、伊吹は文字通り目を奪われていた。

(……?)



ふと、彼女の目が、薄暗い中に遠くで輝く橙色のシルエットを捉えた。



影の正体に気付いたのだろうか。一瞬、妖しい笑みを浮かべ――



彼女が、魔法を掛け始める。



圧倒され、半ば放心状態で見とれていた住人は、格好の的であった。







「――っ!!」



目が合ったと気付いた時には、もう遅かった。



口の端を歪ませたのも束の間、照らされるだけだったはずの月は、自ら輝きだし――



魔法から逃れようにも、ここは彼女の世界。丸腰の伊吹に残された道標は、彼女の他には何もない。



今度は住人ではなく、欠片となるよう、切り取られるような感覚が全身を襲う。







思わず、身体をこわばらせた。

痛みは、なかった。



しかし、全身からは別の危険信号が発されている。



魔法に掛かった伊吹は、金縛りにあったかのように動けなくなってしまっていた。



掴んだり、手を伸ばすなんてもってのほか。



二つの月は、目を背けることさえ許してはくれない。



身体の動きだけではない。心の動きも、見透かされている気がした。



あらゆるわずかな揺らぎさえも、たちどころに指摘されそうだった。



今の伊吹にとって、自分が見えたということは、相手に見られたということと同じ。



彼女がはっきりと見えているかどうかなど、頭の中からはすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。

撮影は進むものの、月明かりは伊吹を照らしたまま縛り続けていた。



もう彼女が目を合わせなくなるまで、この魔法を解くことはできないのだと悟った。



伊吹は、まるで許しを請うかのように願う以外には、何もできなかった。

数分。



十数分。



数十分。



どれだけの間、体の自由が利かなかっただろうか。



「これで撮影終わりまーす。お疲れ様でしたー」



不意に、救いの手が差し伸べられた。



「ありがとうございました。お疲れ様でした」



二つの月が裏側を向く。魔法が解かれた瞬間だった。







世界が、再び姿を変えてゆく。







張り詰めていた糸が、一気に緩む。

そこはまさしく現実世界だった。



どうやってあの場所から戻れたのか、そんなことはどうでもいい。



(た、助かった……)



ただ無事だったという事実だけが、伊吹をこの上ない安堵感に浸らせていた。







「すみません、少しお願いがあるんですけれど……」



「このドレスを…………はい。……、……はい、ありがとうございます」



なにやら彼女がお願い事をしているようだ。



撮影も終わったこの状況、普段なら気になって飛びついてもおかしくはない。



しかし今の伊吹には、飛びつく体力も気力もない。歩くことで精一杯だった。



まるでダンスステージを終えたかのような疲労感がどっと押し寄せていた。



肉体的にも精神的にも、極度の緊張に晒されていたのだ。無理もない。



たとえ彼女の元に向かえたとして、まともに口を利けるだろうか。



すぐ近くの休憩所に向かって、ベンチで休むべきだった。

いつしか雨は止み、花は散り終え、枯れた泉は多くの光に照らされていた。



去り際に再び、金色の瞳が妖しく揺れ動いた。

伊吹「はぁはぁ……!」



伊吹(何あれ!? あそこまでなんてアタシ聞いてないっての!)



伊吹(普段の奏とまるっきり別人じゃん! ホントに別人なんじゃないの!?)



伊吹(世界が切り取られる? とんでもない、アタシが切り取られそうだったんだけど!)



伊吹「はぁ……はぁ……」



伊吹(今思えば、向こうは視界がぼやけててよく見えなかったはずなんだよね……)



伊吹(目が合うだけで動けなくなるなんて思いもしなかった……)



伊吹(Pの言うこと話半分に聞いてたけど、本当だったなんて……)

伊吹「ふぅ、ちょっとは落ち着けてきたかな……」







P「こんなところでへたりこんでどうしたんだ」



伊吹「あっ、お疲れP……」



P「奏の特別レッスンはどうだったんだ?」



伊吹「あ、あはは……」



P「その様子だと、ガツーンとやられたみたいだな。だから覚悟しとけって言っただろ?」



伊吹「いやー、あんなになるなんて正直思ってなくて……」



P「息はちゃんとできたかー? なーんてな」



伊吹「そっ、それぐらいはできたっての!」



P「じゃあ、俺は片づけとかがあるからこの辺でちょっと失礼するぞ」



P「あとで二人を迎えに行くから、奏の控え室で待っててくれるか。なるべく早く戻る」



伊吹「はーい……」







伊吹「――ふぅ」



伊吹(それにしても、圧倒されっぱなしだった……)

テクテク



伊吹(奏の控え室はっと……あったあった)



コンコン



伊吹「奏ー、居る? 入るよ?」



――「この声は……伊吹ちゃん? ええ、いいわよ」



ガチャ バタン



伊吹「失礼しまーす、奏、お疲れ様……っ!!」



奏「これはまた珍しい客人ね。いらっしゃい、伊吹ちゃん♪」



伊吹「ま、まだそのドレス着替えてなかったんだ……」



奏「こういう色はなかなか着る機会がなかったから、名残惜しくてね」



奏「撮影中はずっと水に浸かってたんだけど、わざわざ乾かしてもらったのよ」



伊吹「そ、そっかー……」



伊吹(せっかく落ち着いてきたのに、また思い出しちゃうっての!)



伊吹(さっきみたいな雰囲気じゃなくてまだ助かった……)

奏「今日はどうしたの? 伊吹ちゃんはこの時間、レッスンじゃなかったかしら」



伊吹「あっ、えっとそれは……Pに無理言って付いてきたんだ」



奏「ふぅん……出るときにPさんが妙に元気だったのは、ソレが理由だったのね」



伊吹「あ、あはは……」



奏(まぁ、なんとなく気付いてたから、このドレスを脱がずにいたんだけど♪)







奏「それで、さっきの撮影、どうだった?」



伊吹「えっ!?」



奏「ずっと見てたんでしょ? 私はコンタクトしてなかったから、ぼんやりとしか見えなかったけど……」



伊吹「そ、それは……(バ、バレてたー!)」



奏「そういえば今も着けてないんだったわね。……ねえ、もっと近くで聞かせてくれる?」ジリッ



伊吹「!!」



伊吹(――ダメっ! ここで呑まれちゃ、今までと何も変わらないじゃん!)



伊吹(どうせ攻め込まれるなら、こっちから向かってやるー!)



伊吹「……これまでのアタシだと思ってたら大間違いだからねっ!」グワッ



カベドンッ



奏「あら……」







伊吹「ふっふーん、こうして改めて見るとアタシの方が背高いんだよねー」



奏「そうね、伊吹お姉ちゃん♪」

奏「この距離なら、伊吹ちゃんの顔がはっきりと見えるわね。ふふっ」



伊吹「そんな態度を取ってられるのも、今のうちだけなんだからっ」



奏「ふぅん、今日はやけに積極的ね」







奏「それで、ここから私をどうするつもりなのかしら」



伊吹「あ」



伊吹(ノリと勢いでやってたから、ここからどうするか考えてなかった……)



奏「気の向くままに事を運ぶのも、伊吹ちゃんらしくて素敵よ♪」



伊吹「あはは、それほどでも……じゃなくて!」



伊吹(むうぅ……どうにかしてこの余裕を崩さないと)



奏「もしかして、キスでもしたいの?」



伊吹「〜〜〜〜っ!!」



奏「もうおしまいなのかしら……ふふっ、じゃあ私からいーい?」

奏「で、さっきの続きだけど……今日の私、どうだった? 雰囲気出てたかしら」



伊吹(ど、どどどどうしよう、向こうのペースになっちゃう!)



奏「ふふっ……ずっとこの目、見てたんでしょう……?」ギラリ



伊吹「ぁ、ぅぅ……(うぅ、撮影のときみたいな目に……!)」



奏「どうしたの、伊吹ちゃん? よく聞こえないわ」



伊吹「ぅ……、そ、その……」



奏「ん〜?」ジイッ



伊吹「ぅぅ……」カアッ



伊吹(奏をギャフンと言わせるなんて言ったけど、ごめんうそ)



伊吹(こんなの勝てるわけなかった……)



奏「また顔が真っ赤よ? ……ふふっ、今度は熱でも出たのかしら」ピトッ



伊吹「っ!!」



伊吹(……あっ、やば。息できてないかも)



奏「ねえ……聞かせてくれるかしら……」







奏「わたし、どう、だった?」ボソッ







伊吹「〜〜〜〜!!」ボン!!



奏「あ」

コンコン



P「伊吹ー、奏ー、居るか? 入るぞ?」



――「……ええ」







ガチャ



P「ごめん、遅くなった……ん?」



伊吹「」



奏「ええっと、その……」



P「あー、まぁそのなんというか……ちょっとやりすぎたか?」



奏「ご、ごめんなさい。反応があまりに面白くって、つい……」



P「そんなに神妙になることもないけど……まぁ、程々にな?」

P「ここで長居してスタジオに迷惑掛けるわけにもいかないし……」



P「しょうがない、伊吹は俺が車までおぶって行く」



P「奏も忘れ物はないな?」



奏「ええ、大丈夫よ」



P「よっ、と。――よし、それじゃあ行くか」

テクテク



伊吹「……ぅ……」



P「まったく、手のかかるお姉ちゃんだこと……」



奏「ふふっ、今はこんなでも、いざという時はとっても頼りになるのよね。まるで別人みたいに輝いて……」



P「ま、それはお互い様ってやつかな。伊吹も奏のことをそんな風に言ってたよ」



奏「そうなの……秘密の姿、知られちゃったかしら」



P「よく言うよーここぞとばかりに見せつけたんだろ?」



奏「あら、私はいつだって本気よ? もちろん、伊吹ちゃんやPさんにもね♪」



P「……それに、さっきみたいな言葉、直接かけてやれば伊吹も少しは楽になるだろうに」



奏「だって、楽されちゃったら追いつけなくなるもの、仕方ないわよね」



奏「そ・れ・に、楽にしてあげるのはPさんの役目でしょ? 私は前を向くので精一杯だもの……ね」



P「それはその通りだけど、尾ひれに付いてるのはどうだかなー」



奏「もう、いじわるなんだから……」







―――――――――



――――――



―――

伊吹「うぅ〜ん……」



P「……」



奏「……」



伊吹「…………はっ!!」ビクッ



伊吹「……あれ、ここ……車?」パチパチッ



P「ようやく目が覚めたか?」



伊吹「ぅ、ぅ〜ん……」



P「今事務所に向かってるところだ。もうちょっとで着くからな」



伊吹「うん……」

奏「おはよう、伊吹ちゃん。ふふっ、お姫様のお目覚めね♪」



伊吹「うん、おはよ……奏……」



奏「スタジオから車まで、お姫様抱っこで運んでもらってたのよ。幸せそうな顔してたわ……」



P「事実を堂々と捻じ曲げるのはやめません?」



伊吹「えぇっ!? そ、そんなこと……」カアッ



P「伊吹も真に受けなくていいからな?」



奏「Pさんのキスで目覚めるっていうのも、なかなかロマンチックだと思って勧めたんだけど――」



伊吹「っ!!」プシュー



P「あの」



奏「Pさん、まともに取り合ってくれなくて。こういうところだけはカタいんだから。ねぇ?」



P「……やけにご機嫌だな。さっきのあれでか?」



奏「まぁそれもあるけど……詳しい話は内緒よ♪」

――次の日



ガチャ バタン



P「よいしょっと……これで全部かな。……ん?」



P「もう来てたのか。伊吹、おはようさん」



伊吹「あっ、おはよーP」



P「早く来るのは別にいいけど、今はあんまり構ってやれないぞ?」



伊吹「気にしないでいいよ。大丈夫」



P「そっか。まぁ何かあったら言ってくれな」



伊吹「うん、ありがと」







P(――とは言ったものの)チラッ



伊吹「…………」ゴロリ



P「…………」







テクテク ギシッ



P「少し、話でもするか?」



伊吹「……P?」ムクリ

P「……前に、他の人のことは注視したことなかったって言っていたな」



P「昨日の撮影、そんなに凄かったか?」



伊吹「……うん」



P「どんな風に、凄かった?」



伊吹「うーん、自信がなくなりそうなぐらい圧倒されちゃったっていうのかな」



伊吹「アタシの知らないもう一人の奏がいた気がして」



伊吹「今まで自分のことばっかり気にしてたから、余計にそう思うのかもしれないけど……」



P「自信か」



P「半分正解だな」



伊吹「半分?」



P「伊吹だけがそう思ってるんじゃない、奏もそう思ってるってことだ」



伊吹「え……?」

P「前に二人のことをいい姉妹だって言ったけど、同時にいいライバルだとも思ってる」



P「……あるスポーツ選手が言った、ライバルに対しての思いに、こんなのがある」



P「『何をどうやっても彼に勝てないかもしれないと思うときがある』」



P「『でも、彼も同じようなことを思ってるんじゃないかとも思う』って」



伊吹「……」



P「『彼に勝つためには自分の限界まで出し切らなきゃいけない』」



P「『でも、彼も同じように考えているんだと思うことが、大きな希望になる』とも言ってた」



P「勝ち負けとはちょっとずれるかも知れないが、似てるところがあると思う」



P「伊吹が奏の止まってる画に圧倒されるのと同じで、奏は伊吹の動いてる画に圧倒されるんだ」



伊吹「そう、なの……?」

P「昨日撮影の帰り際に、伊吹のことを、いざという時は別人みたいに輝くってぽろっとこぼしててな」



伊吹「……」



P「奏はなかなか本心をさらけ出さないし、それこそライバルである伊吹の前だったら、おくびにも出さないだろう」



P「でも、心の底から思ってなきゃ、あんな言葉は出ないんだ」



P「今回は奏が前を走る格好になって、伊吹はぐんと遠くに置いていかれたように感じた」



伊吹「……うん」



P「だったら今度は、伊吹が思いっきり前を走ってやればいい。それこそ姿が見えなくなるぐらいまでな」



P「そうすると、また奏が涼しい顔して抜き返すわけだな。でも、負けまいと必死なんだ」



伊吹「…………」



P「それに、奏だけじゃないだろ?」



伊吹「え?」

P「例えば、今は水木さんと一緒にダンスレッスンを受けたりしてるけど」



P「彼女に対して、負けられないっていう思いがあるはずだ」



伊吹「……うん」



P「でもそれは、頭に『ダンスが得意な者同士』っていう言葉がついていたんじゃないか?」



伊吹「あー、言われてみれば……」



P「そこからちょっと広げて、『同じアイドル同士』っていう考え方にすればいい」



伊吹「……」



P「今回、普段見ることのない別人みたいな奏を間近で見て、魅せ方の違いがよく分かったと思う」



P「でも、あくまで魅せ方の一つに過ぎないんだよ。それは伊吹のダンスも同じなんだ」

P「性格や魅力なんかが対極といってもいいから、少し離れたものがより遠くに見えるかもしれない」



伊吹「……」



P「大事なのは、それは自分だけが抱えるものじゃないってことなんだ」



P「自分だけじゃない、お互いに同じ思いがあるんだって自覚できると、とても強くなれると思う」



伊吹「…………」



P「そうすれば、たとえ置いていかれたとしても、精神的な余裕ができるはずだ」



P「伊吹は、これからそういう意識を持って取り組んでみないか?」



P「特定のところで負けても、また別のところで勝てばいいんだよ」



伊吹「んー、なるほど……」

P「それに伊吹にはちゃんとダンスっていう、奏だけじゃない、誰にだって勝てる武器があるじゃないか」



P「伊吹の真価は動いてこそだ。立ち止まってちゃ、踊ったりもできないだろ?」



伊吹「それもそうだった……」



P「俺のオリジナルじゃないのがどうにも申し訳立たないところだけど……」



伊吹「こういうことって初めてだったから、ちょっと大げさに考えてたのかも……」



P「今回、別の動機もあったかもしれないが、自分なりの課題点を自覚できたってのはとても大事だ」



P「それと向き合ってみて、色々なことが見えてきたり、再確認できたと思う」



P「自信を失くすなんてとんでもない。むしろ、気付けたってことをまた一つの自信にしていけばいい」



伊吹「ふんふん……そっかー、そうだよね……あっ、そういえばさ」



P「ん?」



伊吹「Pにはライバルっているの?」



P「俺か? うーん、身近なところで言うと他の担当の人達……になるのかな」



伊吹「なるほど……」



P「みんな自分の担当アイドル達が一番だと思ってるからな。そういう意味ではライバルと言えるかも」



伊吹「い、一番……」

P「飲みの席なんかで、お酒が入ってくるとみんなで自慢大会が始まったりするんだよ」



P「ごくごく一部は自慢じゃなくて、悲鳴を上げてたりもするけど……」



伊吹「えっ、自慢ってPも……?」



P「あー、うんまぁ一応はな? ――そんな変なことは言ってないはず。多分……」



伊吹(どうしよう……聞きたいような、聞きたくないような……)



P「……自分から切り出しておいてなんだけど、奏にはこのこと、内緒にしといてくれよ?」



P「バレたら絶対根掘り葉掘り聞かれて、またからかわれるだろうし……」



伊吹「そっか、奏と一緒に聞くってのもアリか……♪」



P「お願いします許してください。……あれ、悪いことなんて何もしてないはずなのに、おかしいなあ」







―――――――――



――――――



―――

――数日後



ガチャ バタン



伊吹「おはようございまーす! ……よいしょ」ゴソゴソ



P「ん、おはよう伊吹。……お?」



伊吹「……」パラ



P「…………」チラッ



P「……ごめんな、先に謝っとく。どうしても言いたいことができた」



伊吹「……なによぅ?」



P「伊吹がおとなしく書物を読んでる姿がなんかこう、ものすごい違和感。まるで別人だな?」



伊吹「……い゛〜ってなるまでほっぺた引っ張ってやろうかと思ったけど、自覚あるから止めとく」



P「いくら伊吹が幅広いとはいっても、さすがにこの方面での仕事は無理あるよな……」



伊吹「ぐうぅ、言い返せない……! まぁアタシも無理だと思うけど」

P「あれから奏に借りたんだな」



伊吹「撮影も終わったし結構興味あったからねー」



P「違和感があるとか言っておきながらなんだけど、同じ恋愛モノでも、小説だったりは読まないのか?」



伊吹「んー、ほとんど読まないかなぁ。……映画はね、みんなで一緒に観に行ったりもできるでしょ?」



P「そうだなあ」



伊吹「で、その後にここがどうだったああだったとか言い合えるのも好きなんだ」



P「なるほど」



伊吹「映画を観ることよりも、そっちのほうが楽しみだったりしてるかもね」



伊吹「もちろん、一人で観て思いを馳せたり噛み締めたりってのもいいんだけど――」



伊吹「その時思ったことや感じたことを、その場で誰かに伝えたり聞いたりするのが大切……なんだと思う」



P「本だと、同じのを持ち寄って一緒にってわけにはいかないか。読む速さだって各々違うもんな」



伊吹「それに、感想聞くのが次の日になったりするでしょ? 空白ができちゃうのは性に合わないかなって」



伊吹「だから、観に行くときは大体誰かを誘うことにしてるんだ」

P「…………」



伊吹「どしたの?」



P「いや、作品に対しての伊吹の哲学を垣間見た気がして、感心してた。俺もまだまだだな……」



伊吹「いやー、そんな立派なモンじゃないよ? アタシにはそういうのが合うってだけ」



伊吹「この聖書も今みたいに、誰かが居るときに読むつもりだもん」



P「えっそうなのか……」



伊吹「だって一人で読んだら、その場で誰かに聞いたり教えたりできないじゃん」



P「それはそうだけど、読書でそれはどうなんだろう」



伊吹「あの画集もさ、何人かで囲んでキャーキャー言いながら見たほうが絶対面白いって!」



P「あー、あれはたしかにそうかもな……」

P「しかし、こうしてみると、奏とは真逆なんだとつくづく思うな」



伊吹「奏は恋愛映画観ないからねー。一緒に何か観に行くこともあんまりしないし」



P「奏はどっちかというと一人で浸る感じだよな。おすすめをDVDとかBDで渡してくるような」



伊吹「アタシの場合はコレ良かったから観に行こーって感じだね」







伊吹「……一回だけ、恋愛映画に連れて行ったことがあるんだけど」



P「えっマジで」



伊吹「あんまりないって言ってもゼロってわけじゃないし、アタシは別に他が苦手ってわけでもないしで」



伊吹「一緒に行くときは奏の観たいのだったり適当な話題作を観てたんだ」

伊吹「で、ある時に『たまにはいいでしょー』って感じで、わりと強引に連れてったんだけど――」



P「ほー」



伊吹「目が死んでた」



P「oh……」



伊吹「話しかけてもろくに反応くれなかったし」



伊吹「感想戦ができなかったのはアレが最初で最後かな、うん」



P「そんなにひどかったのか……ちょっと見てみたいなあ」



伊吹「奏のあーいう顔は多分アタシしか見たことないんじゃない? 正直言って映画より面白かったんだ!」



P「……ぼやいてたわりに、伊吹も奏のこと引っ張り回してるところあるよな」



伊吹「あはは、案外お互い様だったりするかもね!」

伊吹「あ、そうそうPVの件だけど」



P「あれか。大枠は伊吹に任せてたから、あんまり詳しいことはまだよく知らないんだけど……」



伊吹「切るところに悩むぐらいのものにするつもりだからね。覚悟しててよ!」



P「覚悟か……そういう伊吹は覚悟、できてるかな?」



伊吹「??」



P「すぐ分かるよ。この後のレッスン、頑張ってな」

伊吹「おはようございます! よろしくお願いしま――ん?」



マストレ「小松、よく来たな。おはよう」



伊吹「あれ? また場所間違えたっけ……」



マストレ「いや、場所はここで合っているぞ」



伊吹「ん、じゃあどうしてマストレさんがここに……あ」



マストレ「ほう?」



伊吹「あーー!! 思い出した……」



マストレ「先日は私の妹のレッスンをすっぽかしたそうじゃないか?」



伊吹「いやすっぽかしたってワケじゃ……いや違わない……うぅ」



マストレ「聞くところによると、速水の撮影現場に行っていたそうだな」



伊吹「ま、まぁそうなんだけど……」



マストレ「その埋め合わせとして直々に私を指名するとは、なかなか殊勝なことだ」



伊吹「いや、あれは話の流れでああなったっていうか、その」



マストレ「まぁいい。過程はどうあれ、今ここにいるというのが大事だからな」



伊吹「あはは……」

マストレ「彼から聞いた。年上というのは、色々と苦労するものだ。私も三人の姉だからよく分かる」



マストレ「大方、速水に振り回されているんだろうが……まぁそのあたりは、諦めが肝心だな」



伊吹「う……そこはもう納得してるんだけどね」



マストレ「その代わり、そのモヤモヤをレッスンにぶつければいいだろう?」



伊吹(Pも似たようなこと言ってたし、それもいいんだけど……)



マストレ「さて、速水の特別レッスンとやらの成果、見せてもらおうか」



伊吹「うっ……!」



マストレ「なあに心配するな、地獄には程遠い」バサッ







スペテク「ただ少し、特別なだけだ」ニッコリ



伊吹「!!」







伊吹「ギャーー!!」







特技レベルが9にアップ!!

おわり







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