2016年04月21日

塩見周子は速水奏とデートがしたい




 「奏。帰りにデートしよ」



 「良いわね」







私が誘うと、奏はいつだって二つ返事で乗ってくれる。

あんまり乗ってくれるもんだから、あたしもちょっとは心配した事があった。



 「他の予定とか大丈夫なん?」



 「他でもない周子との予定だもの。どうしても優先しちゃ、いけない?」



そうするとこんな調子だ。

あたしとしては首を横に振る他に無い。





 「奏」



 「なに?」



 「好き」



 「あら、ありがとう。実は私もなのよ、周子」





こーゆーのって何て言うんだっけ?

すげなく? 甲斐なく? 袖なく?





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 「奏。帰りにデートしよ」



 「良いわね」





いつものように誘えば、奏はいつものように二つ返事。





 「おっ、いいなぁ。オレも混ぜてくんない?」



 「御免なさい、これ以上は振る袖が無くなっちゃうから」



 「袖にされちまったよ、参ったねどうも」



いつものように奏にフられるPさん。

その表情はいつものような三枚目。



 「今日はドコ行く?」



 「駅前にドーナッツ屋さんが出来たらしいの。どう?」



 「いいねー。最近甘いのに飢えてたトコだし」



 「八ツ橋じゃ足りない?」



 「もっともーっと甘いのが欲しくてさ」





そしてあたしはいつものように、両手を上着のポッケに突っ込んだ。









  "塩見周子は速水奏とデートがしたい"





 ― = ― ≡ ― = ―





 「――あ、あのっ、周子さんに奏さんですよねっ!?」



 「ええ」



 「ほ、本物ですか!」



 「本物。顔、引っ張ってみる? 周子の」



 「ちょいと」



 「わっ! ちょっとみんなやっぱ二人ともマジで――」





シンデレラガールになったからといって、毎日ががらりと模様を変える訳ではなかった。

お仕事が忙しくなって、街中で向けられる視線が増えたくらい。

空を飛べるようになったのでもなければ、ましてや魔法を唱えられるようになったのでもない。

いや、二つともまだ本気で試しちゃいないけれども、それでもだ。



 「握手してくれませんかっ」



 「ほい」



 「! す、凄い。ホントに周子ちゃんだ……! 生きてる……!」



 「生きてるよ」



奏もいつぞやのライブ以来ぐっと注目を浴びるようになった。





奏が有名になるのは嬉しい。

奏が有名になるのは面白くない。





そんな、口に出したら絶交モノだろう感情をあたしは抱えてしまっていた。

嬉しいのも確か。でも、何だか少しだけ面白くないのも確かだった。





あたしはこの感情の正体を知っている。

けどそれを名付ける資格なんて、私は持っていない。





 「あ、あのですねっ!? お、願いがあるんですけ、ど!」



 「はいはい、何かしら?」



 「きっ……わた、しにっ、キスしてください!」





奏はモテる。……そりゃもうモテる。





女の子はキャアキャア。男の子はデレデレ。

それが奏を前にした反応。

ファンからのこういうお願いもしょっちゅうだ。

しょっちゅうだから、別に面白くなくなくなくなく……。



自分がどんな表情をしているのか一瞬把握出来なくなって、あたしは慌てて頭を振った。

シンデレラガールがこんな体たらくでは、いけない。



 「目」



 「へっ」



 「閉じて」



 「…………は、はいっ!」



目を痛めそうな位に固く閉じた金髪の娘に、奏が柔らかく微笑んだ。

あ。あの娘今のは見れなかったのか、勿体ない。

お友達がキャアキャア肩を叩き合う中、奏は――おでこにそっとキスをした。



 「……っ!」



 「はい。キス、したわよ」



 「…………あ、ありがとうごひゃっ……ざいました」



顔を真っ赤にして、金髪の娘がお友達の輪の中へ飛び込んでいく。

それを見て奏はまた笑顔を浮かべた。



 「キャラメルクリーム」



 「……へっ?」



 「新発売だって。私はこれとポンデリングにするけど、周子は?」



 「……ああ、ドーナツの話ね」



 「それ以外何があるのよ」



 「別に」



首を傾げてあたしの顔を覗き込もうとする奏から目を逸らす。

メニューに並んだ美味しそうなドーナツ。

何故だか今は、そのどれも甘さが足りないような気がして。



 「キャラメルクリームとホットコーヒーで」



コーヒーなんてどれくらいぶりに飲むだろう。

レジ脇のスティックシュガーを取ろうかどうか一瞬だけ迷って、結局手はポケットに突っ込んだままだった。



 「周子。ひょっとして怒ってる?」



ドーナツ屋を出ると、奏が眉根を寄せて問い掛けてきた。

あたしは何て答えたらいいのか分からなくて、つい否定の言葉を並べてしまう。



 「怒ってないよ」



 「さっきのキス?」



きっと奏にとって、あたしの心なんてのは手頃な獲物みたいなものなんだろう。



 「……」



 「ただのファンサービスよ」



 「知ってる」



 「……ごめんね?」



頬に柔らかい感触。

一口大の熱さは瞬きの間に消えてしまった。



 「……あたしも、ごめん」



 「じゃあ、仲直りね」



 「うん」



 「周子」



 「ん」



 「あなた現金ね」



 「うっさい」



デートの最後は、いつも通りのキス。

消えた感触を追い掛けるように、奏の後ろでそっと頬を撫でた。





いつも通りが、いつもより嬉しくなかった。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「仕事は完璧」



頭の上に何かが載せられる。

前髪を滑り落ちてあたしの手に収まったのは、あっつあつの缶ココアだった。

プルタブを開けようとして、あまりの熱さに思わず手を引っ込める。



 「ココアはやっぱり明治、ってな」



 「それには同感かな」



 「ピンナップ、よく撮れてるぞ。後で見てみ」



 「そりゃどーも」



 「どうしたシューコ。スチール缶みてぇなツラしやがって」



 「いいね、ヘコみにくそうで」



 「周子」



ようやく開いた缶へ口を付ける。

ココアの熱さで唇がやけどしてしまいそうだった。



 「オレぁ普段はこんなんだけどよ」



 「こんなんだねぇ」



 「お前らには人生楽しんでほしいって願ってんだ。シューコだけじゃなくな」



 「そりゃどーも」



 「周子。アイドルってのは仕事だけを指してる訳じゃねぇんだ」



缶をヘコませようとしてから、そういえばスチール缶だったと気付いた。



 「やりたい事やってアイドルを、人生を楽しめよ、シューコ。オレみてぇにな」



 「確かにPさんくらい楽しそうな奴は中々いないね」



 「だろ?」



Pさんもプルタブを開けてココアに口を付けた。

腰に手を当てて、350mlのホットココアを一息に飲み干す。



 「あー、今日も元気だココアが旨い」



 「それじゃーあたしも元気だね」



 「ああ、だいぶマシな表情になったぞ。アルミ缶みてぇだ」



 「Pさん」



 「おう」



 「叙々苑ってトコ、行ってみたいな」



 「……」



 「楽しみたいなー、人生」



 「……そうだな…………楽しむか」





Pさんはヘコんだスチール缶みたいな顔をしていた。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「……」



 「……」



休日。

二人とも昨日までのお仕事で疲れ切っていて出掛ける元気が無かった。

気持ちの良い快晴だけど、こんな日に部屋に引き籠もるのもある意味贅沢かも。

手元の雑誌はもう開いているだけ。

あたしの目は加蓮から借りたマニキュアを試す奏の指に吸い込まれていた。



 「……出来た。どう?」



 「あんまし奏っぽくないね」



 「そう?」



 「似合ってない訳じゃないよ。ただ、新しい一面って言うか」



こうして会話している間も、あたしはタイミングを伺っていた。

時たま思い出したように話し掛けては、切り出すきっかけを掴もうともがいている。

今回もまた、会話は途切れてしまった。



 「……」



 「……」



 「ねぇ、周子」



マニキュアの蓋を閉めて、奏が再び話を振ってきた。





 「唇は、何の為?」





閉じる為にある訳じゃないのは、あたしだって分かってる。

後は、咲かせる為の勇気があたしにあるかどうか、それだけ。



 「……奏」



 「うん」



 「……」



 「……」



名前を呼んで、ただそれだけで息が詰まりそうだった。

頭からお腹から、どこもかしこもおかしくなったみたいに身体が熱くなる。

熱に任せて喋れたら、どれだけ楽だったろう。



 「あ、のね」



 「ええ」



 「その、いつもデート……してるじゃん」



 「そうね。とっても楽しいわ」



 「だけど、あの、あたしはさ」



 「うん」





唇は。





 「あたしは、奏と――デートがしたい」





散々頭を悩ませて絞り出した言葉は、よほど頭を疑われそうなアレだった。

なに、デートがしたいって。まんまやんか。

けれどすぐに言い繕うだけの気力が残っていなくて、あたしの唇はパクパクともがくだけ。



 「……周子」



 「あその、いや、今のは間違いで、いや間違いじゃないんやけど」



大急ぎで用意した笑顔を填め込んで、ずっと俯いたままだった視線を上げる。

さて奏はどんな呆れた表情を浮か







 「…………ありがとう」







今まで見たどんな奏よりも、ずっとずっと綺麗だった。

頬をほんの少しだけ染めて、真っ直ぐにあたしへ微笑み掛けてくれて。

詰まり掛けていた息が、完全に止まってしまった。







 「私も周子と、デートがしたいわ」





 ― = ― ≡ ― = ―





おかしい。

一週間ってのは、あたしの計算によると168時間もある筈なのだ。





――次の週末に、駅前で。





奏のその言葉を聞いてから今まで。

一体あたしは何をやっていたのか、どうにもぼんやりとしか思い出せない。

今日の朝ご飯、何食べたっけ……あ、そうだ喉通らなかったんやった。思い出した。



 「お待たせ、周子」



 「今来たとこだよ」



 「でしょうね、ふふ」



あたしはニット帽にスモークの入った丸眼鏡。

奏は鍔広の帽子に、いつか見た銀のアンダーリム。



 「似合ってるじゃん」



 「加蓮のオススメだけどね」



 「……あたしもね」



顔が売れてきた今でも、奏は変装したりしない。



仮面を二枚も重ねたら、息苦しくて堪らないもの。



そう言って街を歩いては、ファンの子達によく囲まれている。

……面白くない。

あたしも半ば意地を張るようにして、奏に素顔で付き合っている。



 「それで、どこへ連れて行ってくれるの?」



 「たまには映画なんてどう?」



 「そうね、たまには映画なんて良いかもね」



くすくすと笑う奏に、駅前を行き交う人は誰も気付いていない。

ふん、節穴め。

奏の魅力は帽子一つで隠しきれるものじゃないだろうに。



 「行こうか」



 「そうね」



 「……? 奏?」



 「なぁに?」



 「行くよ」



 「ええ、行きましょう」



微笑むばかりで、奏はその場から一歩も動こうとしなかった。



 「周子」



 「ん?」



 「デートに最初に誘ってくれたの、周子だったわよね」



 「うん」



奏の細くて綺麗な右手。

その爪は、この前と違う群青色で塗られていた。



 「エスコートしてほしいな」



あたしは溜息をついて奏の右手を、





…………あれ?





 「周子?」



……あたし、奏の手を握った事あったっけ。

いや無い。あったら絶対覚えてるもん。

あ、ステージで握った事はあったかな……嬉しかったな。



いや、それは今はいい。



 「……」



 「……♪」



奏はにこにこと上機嫌に微笑んで、あたしへ真っ直ぐ右手を差し出してくる。

上着のポケットに突っ込んだままだった左手を引っ張り出すのに、随分と時間が掛かった。



 「あら」



 「……」



 「周子、こんなに体温高かったのね」



 「まぁね」



めちゃくちゃドキドキしていた。

どしたの、あたし。子供じゃあるまいし。

うわ、手汗とかかいたらどないしよ。落ち着け。



 「うーん、ダメね」



 「へっ?」



 「こう」



繋いでいた手をほどくと、奏が改めて手を繋ぎなおした。

指と指とを互いに重ね合わせて、それからほどけないようにギュっと。





いわゆる。





 「こう」



 「こう」



 「なるほどね」



何がなるほどなんだと、心の中であたしにツッコミを入れた。

 ― = ― ≡ ― = ―





おかしい。

映画を観る間は手を繋ぐ必要なんて無いと思う。





念の為にもう一度確認しよう。

何度か瞬きをして、改めてあたしの左手を見る。

その上には奏の右手が重ねられている。

当然のように指も絡められている。





頷いて、前へと視線を戻す。

うん、やっぱり繋いでた。



スクローンの中では二人の女が互いに拳銃を突きつけ合っている。

どちらも動けず、ただ睨み合いが続くばかりだった。





きゅっ。





 「っひゃ」





握られた手に、思わず声が漏れてしまった。

左を向いても、奏の視線は前を向いたまま。

しばらく固まった後、あたしもまたスクリーンを眺め始めた。





きゅっ。





 「っ」



 「……♪」





忘れた頃に握られる手。

その感触ばかりが記憶に焼き付いて、映画はまるで頭に入ってこなかった。





 「――うん、面白かったわ」



 「……」





それ、映画の話だよね?





あたしにはそう聞く度胸なんて無かった。

映画館を出てようやく離してくれた左手が、何だかじわりと暖かくてむず痒い。



 「奏はどっか行きたいトコある?」



 「うん。ちょっとコスメ見ておきたいかな」



 「いいよ。どの辺?」



 「向こうの方よ」



普段、あたし達は横並びで歩く。

今日は、奏が半歩後ろをついて来る。行き先を指差しながら。



 「連れてってはくれないんだ」



 「もちろん。エスコートされる側だもの」



 「……ま、いいけどね」





いつの間にか、空いたままの手を寂しいと感じている自分に気付いた。



 ― = ― ≡ ― = ―



 「あ、良い色」



 「そうなん?」



 「周子に似合いそうな色、って意味よ」



 「あたしはそーゆーのさっぱりだからなぁ」



 「なら試した方が早いわ」



店員さんに声を掛けて、奏が試供品の口紅を捻る。

鏡の前に並んで腰掛けると、奏はあたしの唇を丁寧に塗り始めた。



 「この前ね、文香と」



 「うん」



 「……」



 「……奏?」



 「ごめんなさい。野暮だったわ」



 「え?」



 「デート、だものね」



目の前の鏡をひっくり返してやりたかった。

先にチークを差しておけばよかった。

目の前の奏がいやに近く感じてしょうがなかった。



 「ほら、良い色」



 「……うん」



鏡の中のあたしはチークを差している。

あいつだけズルい。全く不公平だ。



 「これ、買おうかな」



 「私はオススメしておくわ」



 「奏のお墨付きなら安心だね。すみませーん」



 「はーい」



 「これ、二本貰えるかしら?」



 「え?」



 「かしこまりました。少々お待ちをー」



横から飛んできた奏の注文。

店員さんがそれに応えて、すぐに二本の口紅を持って来た。



 「……奏も買うの?」



 「ええ。良い色だもの」



 「ふーん……」



 「あっ」



支払いを終えて、店員さんの挨拶に見送られながら店を出る。

歩き出しながら何か話そうとした奏が、気付いたように後ろを振り返った。



 「どしたん?」



 「塗っておけば良かったわ」



 「何を?」



 「周子に塗った、あの子」



舌を出して、上品に唇をぺろり。

悪戯なその表情を、あたしはもう見れたもんじゃなかった。





……やっぱ、チークも差してもらうべきだったかも。





 「ねぇ、周子」



 「……何?」



 「今日は、楽しかったわ」



夜空を見上げて奏が呟く。……そっか、もう終わるんだ。





 『――もう終わっちゃうんだ』





いつの間にか、すぐ近くに。

吐息が掛かるくらいに、髪が絡むくらい近くに迫っていた奏の瞳に。

すっかり乱れっぱなしのあたしの呼吸は、またぞろ止まり掛けてしまった。



 「そんな顔、してる」



 「……してないよ」



 「ねぇ、周子」



あたしの話を聞いているのか聞いていないのか。

いや、きっと聞いているんだろう。聞いていて、聞いてくれないだけだ。



 「周子って、真面目よね」



 「……奏、ときどき訳分かんない事言い出すよね。あたしが?」



 「ええ。あなたぐらい真面目な娘、他に見た事無いわ」



それはもうおかしそうに、奏が唇を隠してくすくすと笑う。



……真面目?

ちゃらんぽらんが不真面目を着て歩いてるような、こんなあたしが?



 「とてもじゃないけど」



 「子供の頃の夢は、看板娘」



奏の一言が、私の唇を縫い止める。



 「今の貴女は、シンデレラガール」



 「……」



 「親孝行で優しい、素敵な美人さんね」



奏は魔法使いみたいだ。

水晶玉も使ってないのに、あたしの心を手に取るように言い当てる。

認めるのが悔しくて黙り込んじゃうくらいに、ぴたりと。



 「そんな真面目な塩見さんにお願いがあるのだけれど」



 「……塩見さんは真面目だからね。奏のお願いなら、聞くよ」



 「優しい塩見さんで良かったわ」



何か操作をすると、奏は鞄へ携帯を放り込んだ。



 「ねぇ、周子」



満月を仰いで、奏が言った。





 「門限、破らない?」



 ― = ― ≡ ― = ―



ポケットに突っ込んだままの手の中で、携帯がひっきりなしに震え始めた。

指先で電源ボタンを探し当てて、二秒。

あたし達の夜に静けさが無事取り戻された。



 「綺麗ね」



 「綺麗だね」



ずっと遠くにあると思っていた横浜は、電車に乗ればたったの45分だった。

対岸の工場で輝くライトと、頭の上の街灯とが水面に揺らめいている。



 「どう? 悪い子になった気分」



 「夜遊びならしょっちゅうだったよ」



 「周子は悪い子ね」



 「シューコはよいこだよ」





――ね、何処かへ行きましょ?





何故あたしはここへ奏をエスコートして来たのか分からない。

中華街に行ってみたかったから? デートスポットだから?



いや、きっと違う。

奏には港が似合うと思ったんだ。



 「奏も真面目な娘だと思ってたよ」



 「今日を終わらせたくなかったの」



潮風が私達の髪を揺らす。

飛んでいってしまわないよう、奏が帽子を手で押さえ付けた。

昼間はあれだけ賑やかな港は、夜になるとこんなにも表情を変える。



 「あんまり楽しくって、素敵な一日だったから」



 「うん」



 「周子。デートしてくれて、ありがとう」



 「どういたしまして」



今までで一番楽しいデートだった。

後は奏があたしの頬にキスをして、それでおしまい。

そしたら終電で女子寮へ帰って、寮長さんに二人揃ってこってりと絞られる。

今日という一日はきっと、そんな素敵な思い出に変わるんだろう。





 「周子」



 「なに?」



 「好き」



 「おっ、ありがとさん。実はあたしもなんだよね、奏」





だから忘れないように、しっかりと記憶に刻み込もう。





もたれ掛かっていた柵から離れて、奏が右手を差し出した。

あたしが握り返したその手は、潮風に吹かれて少し冷たい。

ポケットに入れっぱなしだったあたしの手が、奏と半分この温度へ変わっていく。



 「周子」



 「ん」



 「初めてデートに誘ってくれて、凄く嬉しかったわ」



 「そりゃ良かった」



 「初めて手を繋いでくれて、踊り出したくなるくらい嬉しかったの」



 「どういたしまして」





速水奏は綺麗だった。





 「この帽子はね」



 「うん……え? 帽子?」



 「お月様にも見せたくなかったから、被って来たの」



 「…………うん?」



 「だからね」



 「うん」



 「私の初めてのキス、貰ってほしいの」



あたしの唇に、奏の唇が重なった。

柔らかくて熱くて、それから。

それから、何も考えられない。





ちゅっ。





間違えようのない音があたしの唇から聞こえた。

奏の匂いがした。

甘い甘い、頭の芯が灼けつきそうな匂いだった。



 「かな」



 「んっ」



 「ん、む」





ちゅ。ちゅうぅ、ちゅっ……。





一瞬だけ唇を離そうとして、そしたらまた奏に塞がれてしまう。

少しだけ暖かくなった両手であたしの頬を捕まえて、それだけでもう逃げられない。

啄むように何度も何度も何度も重ねられて、奏の事以外考えられなくなった。



 「んっ、んん……!」



 「は、ぁ……んむっ」



キスなんてもんじゃない。

これは吸血鬼が血を吸うような、相手の全てを奪う行為だった。

五感を奏に握られて、世界がここだけみたいになった気がした。





 「は、ぁ…………っ」



 「……っは、ふ、ぅ…………」





何秒? 何時間? 何年?

あたしの世界に光が戻って、頭の上で満月様がのん気に輝いていた。

とびきりの甘さに慣らされた喉が、久しぶりに吸った潮風に咽せる。



 「……」



奏が自分の唇を指で撫でる。

あたしの口紅が不格好に塗られて、本当に血を吸った跡みたいに見えた。



 「……」



 「……」



奏がハンカチを取り出した。

自分の唇を拭って、そのままあたしの唇も同じように。

間接キスだね、なんて、そんな事を言う余裕も残っていなかった。



 「ごめ」



 「言うな。言ったら絶交だかんね」



 「…………ありがとう」



私達はいつの間にか抱き合っていた。

そのまましばらく黙り込んで、どちらからともなく離れる。

奏の帽子はどこかへ飛んでいってしまっていた。





 「帰りましょうか」



 「うん」





奏のキスで、デートはおしまい。

私はいつもみたいにポケットへ手を突っ込もうとして。



 「周子」



 「奏」



駆け寄って、奏の手を捕まえた。

キスよりも冷たくて、いつもよりもずっと暖かかった。



 「今なら、一夜限りの夢に出来るわ」



 「いやだ」



 「うん。私も、いや」



奏の唇を奪ってやった。

私のキスは、そりゃもう比べるのも恥ずかしいぐらい下手っぴだった。





 「ねぇ、周子」



 「なに、奏」



 「これからも悪い子に、付き合ってくれる?」



 「うん」



 「本当?」



 「本当。明日も、明後日も、いつまでだって。奏が好きだから」



 「夢じゃない?」



 「夢なんかじゃない。夢なんかで終わらせたくない」



 「私も、終わらせたくないわ」



 「夢なんかじゃないって、奏にちゃんと伝えたいから。だから、これからも――」









――あたしは奏と、デートがしたい。







おしまい。





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