2016年07月10日

速水奏「KANADE DANCE]

速水奏さんがちゅーってやったりやらなかったりするやつです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1450806304





 スマートフォンに耳を添わせれば、あの人の声が聞こえる。





 私が挑発的なことを言ったら、電話口の向こうでは小さくため息をつく。



 右手の人差し指だけですぐに繋がるこの距離に、私は甘えてる。

 





 一人の時間は、ちょっとだけ好き。



 街や人をただただ見ているのは一人でしか出来ないし、人の海の中にはどれだけのドラマが潜んでいるんだろうか。

 それを想像しているだけで退屈しない。



 でも、大勢の人を眺めていると、孤独を実感する。

 

 目の前の信号には数え切れないほどのブーツとスニーカーが行き交っていて、確かに私は、駅前のアーケードでたった独りだった。



 だから、私は右手に甘えた。

 甘えている間だけは、あの人と繋がっていられる気がするから。





「ねぇ、プロデューサーさん」



「なんだよ、もうPV撮影終わったのか?」



「うん、終わった。今外にいるんだけれど、すごく寒いの。迎えに来てくれる?



「当たり前だろ。ちょっと待っててくれ。寒いだろうけど」



「そう、そうね……貴方のこと、待ってるわ。早く来てね」



「わかった、すぐに行くから」







 耳元からは無機質なビープ音が聞こえて、また独りになる。



 名残惜しくて画面を眺めたって、買ったときから変えてない壁紙が映るだけ。

 しばらくしたらそれすら、真っ暗になってしまった。



 夜はクリスマスのイルミネーションに彩られて、星なんて要らないんじゃないかってくらい明るく輝いている。



 こんなこと、アーニャちゃんに言ったら怒られちゃうかもしれないけど。







 イルミネーションの灯りが届かないベンチで、道を行く人を見ていた。

 中には手を繋いだカップルもいて、大勢の中でも確かに繋がっていられる関係が羨ましく思えた。



 彼らはすぐに人の波に呑まれる。

 それでも、右手と左手はしっかりと握りあったままでいられるんだろう。



 暗がりにいると、明るいものが一層明るく見える気がする。

 さっきまでスポットライトに照らされていたけど、今の私にイルミネーションは眩しかった。



 黒い髪が風に靡いて、そのまま夜に溶けてしまいそう。



 さっきまでスマートフォンを持っていた手は、すっかり冷たくなってしまった。





 「すぐに行く」って、私はどれくらい待てばいいの? 白い息をはいて、また冷たい空気を吸う。

 三度繰り返して、もう一度アーケードを眺めていた。





 誰かがこっちに歩いてくる。

 街の光が邪魔をして、顔は全く見えなかったけれど。



 十歩も歩けば触れられそうな場所で人影は立ち止まって、何かを耳に当てる。



 懐でヴヴ、とスマートフォンが震えた。





「まぁたそんな暗いところで。クリスマスはお嫌いですか?」



「そんなことないわよ? ただ少し、目が眩んだだけ」



「そうかい、じゃあ、そろそろ行くぞ。すぐそこに車停めてあるんだ」



「プロデューサーさんがこっちに来て。今まで寒くて、足が凍りついちゃったみたい」





 呆れたような声が、スマートフォンに当てていない方の声からも聞こえる。

 茶番はお仕舞い。



 通話が切れて、ようやくプロデューサーさんの顔が見えた。



 彼に向かって左手を伸ばせば、節くれだった手に強く引き上げられる。



「さっきも言ったけど、車停めてあるのすぐそこだから」



「わかってる。そこまで手を繋いだまま行きましょ?」



「冗談キツいって」



「あら、冗談なんかじゃないのに」





 わたしたちの距離は今、せっかく手のひらで0になってるんだから、勿体無いじゃない?

 人の繋がりを感じる距離は半径五メートルだって誰かが言っていたけれど、0になったときはどうなってしまうんだろう。





 きっと、その繋がりの名前は、恋だとか愛だとかに変わるんだろう。





 いつだって手を伸ばすのは私の方で、彼はそれを引き上げてくれる。



 彼は私を舞台に上げてくれるけれど、彼は私に手を差し伸ばすことはなかった。

 引き上げてくれる瞬間0になった距離は、舞台の上ではまた広がってしまう。



 私がただ、手を伸ばして彼を待っているうちは、本当の意味で距離が無くなることは、きっとない。





 手が触れるか触れないかの距離が、今の私には限界なんだ。今はそれで諦めている。



 半径五メートルの中にいる間は、間違いなく繋がっている気がするから。



 あぁ、彼が手を伸ばしてくれたら。

 私が彼を引っ張り上げるなんてことがあったなら。



 そうしたら私は、絶対に手放したりしないのに。





 事務所には、年少組が飾り付けた大きなクリスマスツリーが立っている。

 24日には盛大にパーティーをするみたいで、料理自慢たちが今から準備を始めていたっけ。



 きっと大人たちはシャンパンを持って、大騒ぎするんだろう。



 他のプロデューサーたちもその日ばかりは仕事を忘れて、羽目を外したりもするんだろうか。



 騒がしいパーティーを離れて、事務所の片隅で私はシャンメリーを、彼はシャンパンを持って乾杯する。

 グラスがカチンとなって、金色の泡がはじける。



 そんなところまで想像して、ロマンチックすぎる想像に少し顔が赤くなった。



 恋愛映画じゃあるまいし、私らしくもない。





「用が終わったら声掛けてくれよ。俺は今から事務作業するけど、言ってくれたら送るから」



 事務所に用があるって、嘘をついた。

 ここはあの人がいて、暖かい場所だから、一緒にいたくなっただけ。



「誰もいないけど、大人組はどうしたの?」



「飲みに行ったのもいるし、仕事に行ったのもいる」



 ちくしょうあのアシスタント、なんだってアシストして欲しい時に限っていないんだ! 

 って、力強く彼は叫んでいるけど、私にとっては好都合。



 プロデューサーさんを独り占めできるんだなんて、これ以上なかった。





 でも彼はイヤホンを取り出して、私なんかいないみたいに仕事を始めようとする。ちょっと、それは無いんじゃない?



 音楽で耳を塞いでしまうなんて、失礼しちゃうな。

 彼の左耳からイヤホンを取って、私の左耳に付けた。



 イヤホンからは不思議な声をした女性ボーカルが聴こえる。



 プロデューサーさん、用があるって言ったけど、あれは嘘。

 本当は二人でいたかっただけなの。





「用がないなら帰れよ……」



「こんな美人侍らせて、不満?」



「不満なわけはないけど、親御さん心配するだろう」



「大丈夫よ。その辺りは寛容だから」



「お前なぁ……」



「仕事が終わるまでこのままでいさせて。きっともう少しで終わるんでしょう?」



「すぐ終わる、というかすぐ終わらせるよ。これ以上遅くなったら親御さんに顔が立たない」





 彼はそう言うと、まっすぐパソコンのディスプレイに向き合った。



 彼の横に座って、黒い瞳に反射した光をただ眺めていた。

 仄かで淡いそれは街のイルミネーションよりずっと綺麗で、ずっと暖かい。



 イヤホンから聴こえる音楽は次の曲に切り替わった。



 ピアノのアルペジオが鳴り響いている。







 私は悪戯を思いついた。かわいい、ちょっとした悪戯だ。



 左手の人さし指と中指をデスクの上に立てる。

 マウスを持つ彼の右手に向かって、ちょこちょこと歩き出させる。



 人さし指と中指がデスクの上で踊りだす。今日の仕事はPVの撮影だったから、そのときの踊りみたいに。

 

 あのときのように、一人用のダンスを踊る。





 不意に彼の手首に爪が当たって、プロデューサーさんは私の方を見た。



 ディスプレイの光はもう映していない。

 彼の瞳は私を映しているはずだけど、よく見えなかった。



 黒い瞳にそのまま私は溶けてしまったんだと感じて、胸が高鳴ったような気がした。



「なんだよ奏、今仕事中なんだけど」



「いいじゃない、少しくらい。退屈なの」



 これも嘘。二人でいる時間に退屈なんてするわけない。

 デスクを指でなぞって、ダンスに誘う。



 Shall we dance?





 彼も指を二本立たせる。私よりずっと大きい手。



 指もその分長くて、私の指と並んで立っていると、いつもの私たちの姿によく似ていた。



 中指を前に出すと、彼の中指も一歩下がる。



 彼が一歩前に踏み出したら、私も一歩下がる。



 それはまるで華やかな社交ダンスのようで、デスクの上は小さなダンスホールだった。





 うねるベースの響きに合わせて、ゆらゆら二人で踊る。



 細かいステップを踏んだら、向こうも同じリズムでデスクを叩く。



 寄せては引き、引いては寄せ。

 手の甲が触れ合って、照れて笑ったのはどっちが先だった?



 二人で一緒の曲を聴いて、それに合わせたダンスを踊って。



 私たちの間に伸びたイヤホンのコードが、今は確かな繋がりだった。



 ピアノが跳ねるのに合わせて私は彼の指に触れる。ベースが揺らぐのに合わせて彼は私の指に自らの指を絡ませた。



 子供じみた指遊びだ。

 一人で手持ち無沙汰のときにするのとなにが違うんだろう。



 でも、あぁ、なんて楽しいんだろう。







 賛美歌のようなコーラスが歌われる。

 絡んだ指を見て、彼が本当に私の腰を抱いているかのような錯覚をした。



 貴方に抱かれたまま右に、左に揺れて、イヤホンから流れる曲に身を任せる。



 ピアノの連弾、弾むリズム。貴方を誘うようにぴったりと掌を重ねる。



 ラストスパートに向けて熱を増す楽器の音と一緒に、胸がドキドキ鳴る。



 タン、と高い鍵盤の音だけ残して、曲が終わった。

 デスクの上のダンスホールを離れて、私たちは事務所に帰ってきた。



 今も絡んでいた指を解いて、イヤホンを外す。







 私、貴方のこと好きだよ。











 赤い顔をしたプロデューサーさんが、なんだか可愛く見える。

 きっと私も同じくらい赤いんだけれど。



 夜はすっかり深くなっていて、もう一人で帰れないかもしれなかった。

 

 ねぇ、このままどこか行っちゃおうよ。

 きっと二人きりでいた方が寂しくない。



 人の海に紛れるより、星の海の中でダンスをした方が素敵だと思わない?





 彼の手を取って、椅子から立ち上がる。



 今度は、私が彼を引き上げた。



 ぎゅっと、硬く握り返される。私がこの手を離すことはもうないんだろう。



 奏、と小さく私を呼ぶから、彼を見上げる。



 黒い瞳にやっぱり私は溶けてしまっていたけど、それでも彼の瞳は綺麗だ。

 黒曜石みたいに輝いていて、吸い込まれるように顔を近づけて、私たちはキスをした。





 いつもは私からキスをねだっていたけど、それも全部断られていたけど、やっと、二人合わせて唇を重ねた。



 あの人の少し荒れた唇が降ってきて、一瞬、本当に私たちの距離は0になった。



 唇の端に銀の糸が引く。

 赤い糸よりずっとキツく私と彼を結んだそれはフッと切れてしまったけど、全然関係なくて。



 恋愛映画のワンシーンみたい。



 苦手なはずのそれも、今じゃ悪くないように思える。





 頭を撫でられて、今度は本当に腰を抱かれて、キスをされる。鼻梁、頬、耳、喉、それから唇。



 ねぇ、キスの意味が場所によって違うって知ってる? それとも無自覚なの?



 されるがままなのも癪だったから、私も彼の唇に吸いつく。

 ほとんど噛みつくみたいに。



 何度も距離が0になって、もうどれだけ離れても銀の糸が結ばれているんだ。





 あぁ、なんて楽しいんだろう。



 もう独りにはならないことも。望んだ彼の腕の中にいることも。



 あぁ、なんて嬉しいんだろう!







お わ り



12:30│速水奏 
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