2016年07月13日

速水奏「早くキスして」

・モバマスのSS



・書き溜めありなのでさくっと終わる予定



・地の文あり&掌編





・大人になった奏のお話



それでは始めて行きます。



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私は一人、夜の道を急いでいた。

特別遅い時間というわけでも、人気のない夜道というわけでもない。寧ろ、所謂繁華街と言われる場所だから、人通りは多い。

アイドルの私がこんな所にいるのも、問題と言えば問題かもしれないけれど……もう二十歳は超えたわけだし、いいってことで。



「……っと。確かここよね」



何度来ても分かりづらい路地へと入り、先を急ぐ。約束の時間は、既に30分近く過ぎていた。

今日呼び出したのは私。仕事だから仕方ないとはいえ、これ以上遅れるわけにはいかないもの。

そんな事を考えながら急ぐこと数分、私は目的の場所へとついていた。

シックな木目調の扉、提げられたプレートには小洒落た『Bar』の文字。



「ここに来るのも、大分久しぶりかしら」



そう呟いて、私は扉を開く。木の軋む心地いい音と一緒に、からんからんとベルが鳴った。

少し照明を落とした、けれど決して暗くはない空間。流れるジャズに、古めかしいバーカウンター。

そう広くは無い店内だけれど、落ち着いた、とてもいい雰囲気のバーだ。

そういえば、初めて連れてきてもらった時は、柄にもなく少し緊張したっけ。

……なんだか懐かしいわね。

 

「いらっしゃいませ――おや」



ベルの音に振り向いたマスターが、こちらを見て目を丸くする。

「これはまた、お久しぶりですね」



「ふふ、ご無沙汰しちゃったわね」



「来て頂けてうれしいですよ。とはいえ、活躍は日々拝見させてもらっていますが」



「あら、嬉しいお言葉。ところで、あの人が来ていると思うのだけれど……」



「ええ、あちらに」



指し示されたのは、バーカウンターの一番奥。一見しただけでは目立ちにくい席。

マスターの声でこちらにに気づいたのだろう、そこに座っている彼は、私へと軽く手を振っていた。

私は彼の方へと歩み寄り、隣の席へと座る。

「ごめんなさい、待たせたかしら?」



「いや、そんなには。一杯、先に頂いちゃったけどね」



そういって、彼はグラスを振る。もう、グラスは空になっている。

けれど、そのグラスに入っていたカクテルは、きっと。



「シャンディガフ?」



「……よくわかったね」



「貴方、ここに来るといつも一杯目はそうじゃない」



「そうだっけ」



「そうなのよ」



そうだったかなぁ、なんて不思議そうにしているところを見ると、本当に無自覚だったみたい

でも習慣なんて、意外とそんなものなのかしらね。



「俺はもう一杯、これを貰うけど。そっちはどうする?」



「そうね……マスター、ブラッディ・マリーを」



「あ、シャンディガフもう一杯。それと、オニオンリングを一つ」



かしこまりました、と恭しく言ってマスターは早速カクテルと料理に取り掛かる。

それでようやく、一息ついた気がして。私は静かに息を吐いた。

静かにしたつもりだったのだけれど……隣に座っていた彼には、流石に気づかれてしまうわよね。



「仕事、そんなに疲れたか」



「……いいえ。仕事自体はとてもやりがいがあったし、楽しかったわ」

「じゃあなんで?」



「共演者とちょっと……ね」



「……ああ。あの俳優かぁ」



「そういうこと」



数々の女優やアナウンサーと、浮名を流すある有名俳優。

今のドラマは、その人が主人公、私はヒロインとして共演しているのだけれど……。

「お待たせしました」



少しの後、マスターが注文したカクテルを持ってくる。

私には、トマトジュースの色が鮮やかなブラッディ・マリー、そして彼には、黄金色が美しいシャンディガフ。

そして、おつまみ用にオニオンリング。

 

「それじゃあ、お酒も来たし」



「ええ。改めて」



 手に持った互いのグラスを、軽く打ち合わせる。



「お仕事お疲れ様、奏」



「そちらこそいつもお疲れ様、プロデューサー」

グラスが、涼やかな音を立て鳴らし、私は静かにグラスに口をつける。

久しぶりに飲むお酒。トマトジュースとウォッカが、胡椒やタバスコで引き締められていて、とても美味しい。

彼に――プロデューサーに連れられて来て以来、色々なカクテルを知ったけれど、その中でもこれはとても好きなお酒だった。

そして、そのプロデューサーはと言えば。



「……なぁに? 私の事じっと見ちゃって。今更見とれちゃった?」



なんて、ちょっと冗談めかして言ってみると、ああ、いや、なんて彼はちょっと慌てた様子を見せる。

ふふ、こういうところは、何年付き合ってても変わらないかな。

「いや何、奏がブラッディ・マリーを飲んでると、なんか血を飲んでるみたいだって、そんな事を思ってさ」



「なぁに、どうしたの急に」



「いや、ふとな。なんか奏って、ヴァンパイアっぽいというか……そういう雰囲気が似合うし。退廃的っていうか」



退廃的って……一応、私も年頃の女なのだけれど。



「それって褒めてる?」



「褒めてる褒めてる。なんだか妙に色っぽいから。大人になってから尚更な」



あら、思いがけない言葉。

彼が直接的な言葉を口にするなんて。シャンディガフなんてそう強くないのに、もう酔ってるのかしら。

でも……やっぱり、褒められて悪い気はしないわね。

「ふふ、ありがと」



「お礼を言われることでもない気がするけど」



「それでも、よ」



私はグラスに口をつけて、残っているブラッディ・マリーを飲む。

けれどちょっと勢いをつけすぎたのか、グラスから零れた一滴が、つうっと口元を伝って服へと垂れてしまった。

……白い服、着てこないでよかった。



「拭くか?」



その様子を見て、プロデューサーはすっとハンカチを出してくれる。

仕事柄か、対人経験豊富な彼らしい気遣いだと思う。

けれど、私は。



「いいえ、大丈夫」



そう言って垂れたところを軽く指先で拭うと、指を嘗める。

わざと、少しだけ音を立てて。



「こうすればもっと、ヴァンパイアっぽいでしょう?」



私が軽くウィンクしてそう言うと。

そんな私を見て、彼は少し絶句するような風を見せた後、大きな溜息を一つ吐く。



「……何年付き合ってても、奏にはかなう気がしないよ」



「お褒めの言葉として受け取っておくわ」



私は楽しげに。プロデューサーは苦笑気味に。

私達は笑い合って、お互いにカクテルを口にした。

スパイシーで、ちょっとピリッとするカクテルが、今は喉に心地よかった。

「マスター、シンデレラ1つ」



「私はギムレットで」



「畏まりました」



――飲み始めれば時間を忘れてしまうなんて、本当によく言ったものね。

来たのはほんの少し前の気がしたけれど、もう2時間近く経っていた。

二人で昔話をしながら飲んでいれば、時間なんてあっという間だった。

思い出話なんていくらでもあるし、だからこそお酒だっていくらでも進んでしまう。

……プロデューサーは、もうギブアップみたいだけれど。

「プロデューサーはもうノンアルコール?」



「明日も仕事あるんでな、勘弁してくれ。しかしまた奏は、強めのをぐいぐいいくなぁ」



「あら、そうかしら?」



ラスティ・ネイル、マンハッタン、そしてギムレット……言われてみれば、確かに強めのばかり飲んでるかしら。



「まぁ、奏が強いカクテルを飲んでる姿は様になってるけどな、不思議と」



「その辺は、楓さん仕込みだから、かしらね」



「……あぁ、なるほど」

大人になって、大人組――今では自分がだけれど――に色々とお店を連れ回されて、大分お酒に強くなった

けれど、それでも、20歳になったその日の事……プロデューサーに、ここへと初めて連れてきて貰った時のことは、よく覚えてる。

あの時は、お酒を飲む事も初めてで、カクテル一杯で立てなくなってしまったのよね。そしてその後も、色々あって。

ふと横を見てみれば、どうやらプロデューサーも私を連れてきた時の事を思い出していたらしい。



「しかし懐かしいなぁ、奏をここに初めて連れてきた時の事、思い出すよ。ハタチのお祝いに、洒落た所に連れて行けって言って」



「あら、だって人生一度きりの記念日ですもの。洒脱な所で過ごしたいと思うものでしょう?」



「そういうもんかねぇ。まぁ、その割には1杯で沈んでいたけどなぁ」



意地悪そうに笑って、彼はそう言う。

あら。プロデューサーがそういうことを言うなら、私にも考えがあるのだけれど。

「ふぅん。そう言う事言うのね、プロデューサー。その後、『一杯で沈んだ』私の事を……」



「いやあれは――うん、いや、あれだ。この話はやめておくか」



「ふふ、それが賢明ね」



「……スイマセン」



そういう私も、別に怒っているわけではないのだけれど……ね。

と、その時。

まるでタイミングを見計らっていたように、いえ、実際見計らっていたのだろうけれど、マスターがカクテルを運んできた。



「こちら、速水様にギムレット。そしてこちらがシンデレラになります」



「助かった、マスター」



「速水様も立派な女性ですから、からかおうとすると痛い目を見ますよ」



「そうみたい」



なんて、私をよそにそんな会話をしているマスターとプロデューサー。

女性として扱ってくれるのは嬉しいけれど……もう、失礼しちゃうわね。

それにしても……。



「……ギムレット、ね」



そういえば、あの時飲んだのもギムレットだった。

ジンをベースにライムを絞ったすきっりとした飲み口は、今となっては大好きなカクテル。

けれどあの時は、恥ずかしいほどに酔っ払ってしまって、そして。

「……あの時は、ギムレットには早すぎたのかしら、なんてね」



プロデューサーが談笑している横で、そう独りごちて笑って。

私は、ギムレットを口した。

ギムレットの味は、あの時と同じままで何一つ変わっていない。それなのに、私はあれから随分と変わってしまった気がする。

想いも、何もかも。

――なんてことを思うのは、流石に感傷に浸りすぎ、ね。

私のギムレットも、彼のシンデレラも飲み終わって、何となくの無言が続く。

それは決して、気まずい沈黙ではなくて、気安い関係特有の、気持ちい沈黙だったのだけれど。



「なぁ、奏」



「何?」



私の方には視線を向けないで、カウンターの奥をぼーっと見るようにして、プロデューサが言った。



「そろそろ、なんで今日呼んだのか聞いてもいいか?」



ああ、と心の中で声を上げる。

誘った時も、ここで会った時も、彼は何も言わなかった。けれどやっぱり、気づいていたのね。

けれど、それを認めてしまうのは、なんだか悔しくて。無駄だとはわかっていても、誤魔化してみる。



「なんだか貴方と呑みたかったから、じゃダメかしら」



「まぁ、それでも嬉しいけど。そうじゃないだろ?」



「……ふぅ。なんでもお見通しなのね」



「まぁ、これでもデビューから奏のプロデューサーを務めてきてるから」



そう言って、ははは、なんて笑ってみせる。

なんだかもう、泣きたくなってしまうわね。

泣きたいくらい嬉しくて、けれどなんだか、悔しくて。

だから。だから、私は――……。



「……私ね、少しだけ嘘をついたわ」



「どんな?」



「ここに来た時。プロデューサー、疲れたか、って聞いたでしょう?」



「ああ、うん」



「本当はね、疲れたの。今日だけの話じゃなくて……ここしばらくずっと」

本当は、こんな弱音を吐くつもりはなかった。

久しぶりにプロデューサーとお酒を飲んで、思い出話に花を咲かせて。

それでおしまい。明日からまた頑張りましょう。そう言って、終わりにするはずだったのに。



「貴方にスカウトされて、高校生の時にアイドルとデビューして、とっても素敵な経験ができたわ」



けれど一度溢れ出してしまえば、止まらなかった。



「……うん」



「それからずっと、私はアイドルをやって来たわ。私のために……けれど『誰か』の為に」

私自身、アイドルとして活動する事が楽しかった。仲間とライブをするのが楽しかった。彼と一緒に歩んでいくのが楽しかった。

それは偽りのない本当の気持ちだけれど、それはいつも、私の為ではなくて、ファンという他の『誰か』の為だったこともまた事実で。



「それは……アイドルだから」



「ええ、わかってる」



「……」



「わかってるの。けれどね、それでも……『誰か』の為にアイドルをしている『私』は、一体何なんだろうって思ったら、ね」



胸に巣食ってしまったのは、猛烈な孤独感。思わず、誰かに寄りかかってしまいたくなるほどの。

けれど本当に、それを彼に言うつもりは無かった。ただ、寂しさを紛らわせれば、それでいいと思っていた。

でも、私は結局こうして喋ってしまっている。

何故なら。

「奏は、奏だよ。誰が何と言おうと……昔からずっと俺のパートナーの、速水奏だ」



彼はこうやって、こういう時に欲しい言葉をくれる人だから。

それに甘えてはいけないって、頭ではわかってる。

彼とは背中を預け合う関係で、寄りかかっちゃいけない関係なのだから。

だって私は私はアイドルで、彼はプロデューサー。

けど今の私は疲れているからか、お酒に酔っているからか……普通じゃなくて。



「……それはプロデューサーとしての言葉? それとも、一人の人間として?」



そんなことを、つい聞いてしまっていた。

私の問いかけが意外だったのか、固まってしまっている彼を横目に、私はマスターを呼んで、一つのカクテルを耳打ちで注文した。

あの時の過ちを繰り返そうとしている。それはわかっているのに、止まらなかった。

「ねぇ、プロデューサー。私はね、貴方の事が好きよ。ずっと私を支えて、共に歩んでくれた貴方の事が」



「……」



「けど、これは表に出しちゃいけない感情だってわかってる。私はアイドルだから」



「……あぁ」



きっと、私がどんなことを言おうとしているか彼もわかっているんだと思う。

それだけの期間、ずっと一緒にやってきたのだから。

お酒のせいか、雰囲気に酔ったのか。私の口は、止まらなかった。



「でも今の私は、一人でいる事が辛いの。辛くて、寂しくて、哀しくて……誰かに寄りかかってしまいたくなるくらいに」

そう言った時、私の目の前に一つのカクテルが運ばれてくる。

オレンジ色をした、綺麗なカクテル。一見すれば、オレンジジュースにも見えてしまう。けれど確かに、お酒の香りがする。

プロデューサーはどうやらそのカクテルの名前が分かったようで、少しだけ驚いているようだった。



「だから、ねぇ。今だけでもいいの。私の事を、一人の女性として大切に思ってくれるのなら……」



このカクテルの名は、キスミークイック。

ドキリとするような名を冠したカクテルを差し出して、静かに、けれど熱い眼差しで彼を見つめて、言った。

――お願いだから、この寂しを感じられないようにして。そんな思いを籠めて。







「ねぇ、早くキスして?」







おわり。





17:30│速水奏 
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