2016年09月02日

渋谷凛「蒼い痕」


アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作SSです



モバマス・デレアニ・デレステの設定がごちゃまぜになっているかと思います





よろしくお願いします



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──帰り道──



テクテク



未央「いやぁ、しまむーのソロライブ、大盛況だったねー!」



凛「うん。すごい盛り上がりだった」



未央「今日は私たちも、純粋な観客の一人として楽しませてもらったよ〜」



凛「卯月からもらったチケットで観たんだから、純粋な観客ってわけじゃないでしょ」



未央「またまた〜照れちゃって!」



凛「いや別に、照れてはないけど」



未央「しまむーのソロライブ見て思ったよ。私たち色々あったけどさ、今まで歩んできた苦難の道は間違ってなかったんだって!」



未央「私たちが輝ける舞台っていうのは、決してユニット単位で用意されてるわけじゃないんだ。いうならばアイドルは星で、ユニットは星座なの!」ビシッ



未央「この夜空に輝く星のように、一粒一粒がキラキラ輝くからこそ、組み合わさった時よりキレイに光ることができるんだよねっ」ニコッ



凛「今日はずいぶんと詩的だね」



未央「えへへ、そうかな?」



凛「でも未央の言う通りだ。個人での輝きがニュージェネでの光になる。私たちも卯月に負けないよう頑張ろう、未央」



未央「うん!」



ガタンゴトン ガタンゴトン…



凛(アイドルは星でユニットは星座か。いいこと言うじゃん、未央)



凛(私はニュージェネを組んで、トライアドを組んだ。でもまだこれで終わりじゃない)



凛(私が私らしく輝いていれば、可能性はずっと無限に広がっていくんだよね)



凛「……それにしても、卯月のソロライブ、キレイだったな」



──回想──



卯月『今日は私のライブに集まってくれて、ありがとうございます!』



ワーワーワー!!



卯月『素敵なライブにしたいと思い、今日まで一生懸命頑張ってきました!』



キャーウヅキチャン!!



卯月『みなさんと一緒に、最高のステージを作り上げられたらいいなって思います! それでは聞いてください、S(mile)ING!』



パッパッパッパパッパッパパッパ♪



卯月『憧れてた場所を ただ遠くから見ていた……』



コンコン



卯月『はーい?』



凛『卯月の楽屋、であってるよね?』ガチャッ



卯月『わっ、凛ちゃん!』



未央『私もいるぞしまむー? ライブお疲れさまー!』



卯月『未央ちゃんも! わぁ、二人とも今日のライブ見に来てくれたんですねっ!』パタパタ



凛『チケットもらったからね。見に行かないわけにはいかないよ』



未央「今さっきまで観客席にいたんだよ! 気づいてた?」



卯月『あ、いえ、すみません。でもどこかで観てくれればいいなって、ずっと思っていました!』



未央『ふふっ、ありがとう。本当にお疲れさま!』



凛『今日はソロでのライブだったわけだけど、感想は?』



未央『一人で寂しくなかったかい〜?』



卯月『ふふ、寂しかったっていうのはもちろんありますけど、でもそれ以上に楽しかったです!』



卯月『楽しかったし嬉しかった。私でも一人で輝けるんだなって実感することができて、すごく励みになったんです!』



卯月『凛ちゃんや未央ちゃん、事務所のみんなやスタッフのみなさん、そしてプロデューサーさんと一緒に、島村卯月、これからもアイドルを頑張ります!』パアアッ



凛『……』



未央『どしたのしぶりん?』



凛『な、なんでもない。それよりも未央、誘うんでしょ?』



未央『そうそう! ねえしまむー、これからファミレスで一緒にご飯食べない?』



卯月『!』



凛『今日のライブに向けたリハーサルとか多くて、最近、私たちで集まることってあんまりなかったからさ。今日なら私も未央も都合が付くし、久しぶりで三人でどうかなって』



卯月『……お気持ちは、本当に、すごく嬉しんですけど、実はこの後スタッフの皆さんと打ち上げをやる予定でして』



凛『あー……』



未央『そっか、残念だけど打ち上げがあるならしょうがないね。私たちはまた今度集まればいいわけだし、ね、しぶりん?』



凛『う、うん。そうだね』



卯月『……やっぱり私、打ち上げの話断ってきます』



未央『いやいや、気を遣わなくっていいって。私たちが行くのなんて安いファミレスだし、しまむーはちゃんと打ち上げに出席しなよ!』



卯月『お値段なんて関係ありません。私は二人と一緒に……』



凛『未央の言うとうりだよ、卯月』



卯月『凛ちゃん……』



凛『主役が打ち上げに行かなくてどうするの。卯月も自分で言ってた通り、今日のライブはスタッフの人とも一緒に作り上げたものでしょ?』



凛『私たちを気遣ってくれる気持ちは嬉しいけど、今日は島村卯月個人として楽しんできて。それじゃ、私たちは帰るから』スタスタ



未央『ちょっとしぶりん! じゃ、じゃあねしまむー! 本当に本当にお疲れ様!』



卯月「……」



──凛の部屋──



凛「……打ち上げ、もう終わったかな」



凛「卯月は未成年だし、そんなに夜遅くまでってわけじゃないから、大丈夫だよね」



凛「……いや、大丈夫だよねって何が?」フフッ



凛「プロデューサーもついてるんだし、無理なんてさせられてるわけないじゃん、何言ってるんだろう」



凛「私たちの誘いがなくても、もともと卯月は打ち上げに参加するつもりだったんだよ? みんなから大事にされてる卯月のことだもん、心配なんて必要ない」



凛「……誰かと話したい気分だな」



プルルルル



凛「もしもし? 奈緒?」



奈緒『ふぁーあ、なんだ凛か。何か用か、こんな夜に?』



凛「別に何もないけど。今日は電話したい気分だったの。私が眠くなるまで付き合ってよ」



奈緒『はぁ? あのなぁ、あたしはお前の睡眠導入剤じゃあないんだぞ。子守唄が欲しいなら他を当たってくれ』



凛「そういえば、この間言ってた奈緒のオススメのアニメ見たよ」



奈緒『えっ、それは本当か!? ど、どうだった、面白かったか?』ドキドキ



凛「うん。割と楽しめたかも」



奈緒『!! そ、そうか、印象に残ったシーンとかあるかっ? 例えばほら、10話のラストのあの場面とか……』



凛「いきなりおしゃべりになったね、奈緒」クスクス



──次の日──



凛「おはよう」ガチャッ



卯月「凛ちゃん、おはようございます。あの、昨日は本当にごめんなさい。打ち上げがあるって話をもっと前に伝えておくべきでした」



凛「気にしないで。三人で集まるチャンスなんてまたすぐ巡ってくるよ。どこかのタイミングで時間に余裕ができたら、私たち三人での打ち上げをやろう」



卯月「はい、やりましょう!」



凛「うん……ん?」ジッ



卯月「どうかしましたか?」



凛「いや、卯月、今日ちょっと雰囲気違うなって」



卯月「あ、えっと、髪型を少し変えてみたんです」



凛「へえ、肩のあたりの髪を前に持ってきたんだね」



卯月「ちょっとくすぐったいんですけど、たまにはこういう髪型もいいかなーって」



凛「うん。似合ってるよ。でもどういう心境の変化?」



卯月「ふふ、なんとなくですよ、なんとなく」ニコッ



凛「……?」



凛(なんだろう、今の笑顔。いつもの卯月と違う……)



凛「卯月、ちょっとごめんね」



パサッ



凛「……なにこれ?」



卯月「あっ……」



凛「髪に隠れてた鎖骨のあたり、赤くなってる。どうしたのこれ、昨日楽屋で会った時こんな痕なんてなかったよね?」



卯月「いえ、これは……蚊に刺されたんだと思います。朝起きたら赤くなってて」オドオド



凛「今の季節に蚊なんて飛んでないよ。それに、髪型を変えた理由はなんとなくだって言ったよね」



卯月「それは……」



凛「嘘ついたんだ、私に」



卯月「いえ、その、嘘っていうか……」



プルルルル



卯月「あ……」



凛「……電話、出ていいよ」



卯月「すみません……もしもし?」



卯月「プロデューサーさんおはようございます。はい、事務所にいます。え、打ち上げで私の忘れ物ですか?」



卯月「はい、確かにそれは私のハンカチです。スタッフの方が? ……今からですね、わかりました。すぐに取りに行きます。それでは……」ピッ



凛「何の電話?」



卯月「昨日の打ち上げで、私忘れものしちゃったみたいで」



凛「卯月はうっかりしてるね」



卯月「すみません……」



──レッスンルーム──



凛「お待たせ」ガチャ



加蓮「凛ー、時間ギリギリだよー?」



奈緒「何かあったのか?」



凛「別に」ムスッ



加蓮「わかりやすいなぁ。ニュージェネ関係? プロデューサー関係?」



凛「別になんでもないって。ほら、早くレッスンの準備始めるよ」スタスタ



奈緒「あはは、一番遅く来たのに、不真面目なんだか真面目なんだか」



凛「……あれ、それどうしたの奈緒?」



奈緒「なんだ?」



凛「首の後ろに赤い痕がついてるよ。ちょうど卯月と同じような……」



奈緒「卯月?」



凛「あ、いや、なんでもない。どうしたのそれ、ケガ?」



奈緒「えー? 別に痛くはないし、なんだろう……あっ」



凛「心当たりがあった?」



奈緒「昨日の一日だけ、友達の猫を預かったんだ。まだ赤ちゃんの猫だからじゃれついてきてさぁ、多分それ甘噛みの痕だわ」



凛「ふーん。確かに小さい動物ってやたらと構ってくるよね。ハナコが赤ちゃんの時もそうだった」



奈緒「なにしみじみとした顔になってんだよ」



凛「私そんな顔になってた?」クスクス



加蓮「何の話?」ズイッ



凛「奈緒の首筋に謎の赤い痕があるって話」



奈緒「猫に甘噛みされただけなんだけどな」



加蓮「へぇ〜……その痕、なるべく見えないように隠した方がいいと思うよ」



奈緒「へ? なんで?」



加蓮「なんでって、だってほら……ね?」



奈緒「?」



凛「どういうこと?」



加蓮「あんまり大きな声で言うことじゃないけどさ、事情を知らない人からしたら、猫じゃなくて人間に甘噛みされたって普通思うでしょ?」



奈緒「!!?」



凛(……その後の奈緒の慌てっぷりったらなかったけど、加蓮がいつもの調子で奈緒をいじる中、私は別のことを考えていたんだ)



凛(卯月の鎖骨のあたりにできた赤い痕)



 卯月『いえ、これは……蚊に刺されたんだと思います。朝起きたら赤くなってて』オドオド



凛(卯月、なんであんなに動揺してたの? あんな痕がついてた本当の理由は何?)



凛(打ち上げで何かあったのかな。きっと何もなかったよね?)



凛(……卯月、信じていいんだよね?)ズキ…



凛「……信じていいんだよねって、何が?」フッ



凛(打ち上げにはプロデューサーもいたんだ。スタッフのみんながいい人だってことも知ってる。相手が誰であろうと強引なことは起こらない)



凛(個人での輝きを大事にしていこうって未央と話したばかりじゃん。私の知らないところで卯月が何をしてようと、私が口を出す必要はないはずだよ)



凛(どんなことであろうと、卯月が望んで卯月が進もうとすることに、間違いなんてありっこないんだから)



凛(それを勝手に”信じていいんだよね”って……私は何様のつもりなんだろう。これは私が余計な口出しをするべき話じゃない)



──次の日──



奈緒「なあ、この髪型やっぱり変じゃないか?」



加蓮「全然変じゃないって。髪下ろした奈緒って、いつもより幼く見えてカワイ〜」



奈緒「可愛い!? や、やっぱりあたし髪結んでくるよ!」タタッ



加蓮「ダメだよ。せっかく私がセットしてあげたのに」ガシ



奈緒「そんなこと言われたって、は、恥ずかしいんだからしょうがないだろ!」



加蓮「ふーん? じゃあ奈緒は首元のキスマークをみんなに見せたいんだ?」



奈緒「!」



加蓮「そもそも奈緒の方からお願いしてきたんじゃん。勘違いされたら困るから、痕が見えない髪型にしてくれって」



奈緒「そ、そうだけどよぉ」



加蓮「私だって嫌だもん。例え真実じゃなくても奈緒がそういう目で見られちゃうのって、なんかムッとする」



奈緒「加蓮……」



加蓮「だからこれは必要なことなの。ストレートが嫌なら低い位置のツインテールとかどう?? ツインテールに似合う衣装も持ってきたよ!」ニコニコ



奈緒「やっぱお前、あたしの髪型で遊びたいだけだろ!」



ワイワイ キャッキャッ



加蓮「凛も手伝って! 奈緒のフリフリコーデ、凛も見てみたいでしょ?」



奈緒「それが本音だなっ、離せ! そんな恥ずかしいコスチュームなんて絶対着ないからな!」



凛「……その首の痕、どれくらいで消えそう?」



奈緒「へ?」



加蓮「んー? 明日には消えてるかな。今日の時点で昨日よりは薄くなってるし。だから、明日にはどうせ元の髪型に戻しちゃうことになるんだ。今日一日はたっぷり楽しませてもらわなきゃね!」ババッ



奈緒「やーめーろ〜!」



──次の日──



ガチャッ



卯月「あ、凛ちゃん」



凛「プロデューサーに、今事務所には卯月しかいないって聞いて」チラッ



凛(卯月の髪型は戻ってる。赤い痕ももうないみたい)ホッ…



凛「特に用があるってわけじゃないんだけど、ちょっと顔が見たくなってさ」



卯月「凛ちゃん……」



凛「えっと、この前はひどい態度とっちゃって、その……」



卯月「謝らないでください、凛ちゃんは悪くありません。それより、一緒にマカロン食べませんか? かな子ちゃんが差し入れてくれたものがあるんです」コトッ



パクパク モグモグ



卯月「凛ちゃん、もっと食べていいんですよ?」



凛「いや、私はもうお腹いっぱいだよ。卯月こそもっとたくさん食べて?」



卯月「がんばります! でも、実はこれとは別に家用のバームクーヘンももらっているので……」パクッ



凛「ど、どれだけ食べるのかな子……」



卯月「あはは……」モグモグ



凛「……いいよ卯月、あとは私食べる。卯月はちょっと休憩してて」



卯月「え、そうですか?」



凛「食べ過ぎは体に良くないから。バームクーヘンも無理しないで家族と分けて食べるんだよ?」



卯月「はいっ、ありがとうございます」ニコッ



凛「お礼なんていいから」パクパク



卯月「あ、そうだ、凛ちゃん飲み物ほしいですよね。私コーヒー淹れてきます。ちょっと待っててください」



凛「いいよ卯月、自分でやる。普段プロデューサーの分も作ってて、やりなれてるし。だから卯月は座って待ってて」スクッ



卯月「いいんです、これくらいやらせてください。今日のお茶会は私がお誘いしたものなんですからっ」タタッ



凛「お茶会って……待ってよ。卯月、使い方詳しくないでしょ」



卯月「えーと、ここをこうやって」



凛(危なっかしい手つき……)



卯月「このビーカーを……きゃっ!」パシャッ



凛「う、卯月!」



──洗面所──



ジャー…



凛「……」ムスッ



卯月「ご、ごめんなさい凛ちゃん」



凛「……」



卯月「あはは……」



凛「……」



卯月「……あの、そろそろ手を」



凛「ダメ。もう1分は冷やしてないと、あとでヒリヒリしちゃうよ」ギュッ



卯月「……凛ちゃん、今日はとっても心配性なんですね」



凛「え?」



卯月「食べ過ぎはダメとか、休んでてとか、コーヒーも自分で淹れるからとか」



凛「あっ」



凛(余計な口出しはするべきじゃないって、昨日決心したばかりなのに……)



凛「……ごめん、卯月のことになると、つい口うるさくなっちゃうんだ。迷惑、だよね」



卯月「迷惑なんてとんでもありませんっ!」ニコッ



凛「えっ……?」



卯月「むしろその逆です。凛ちゃんに心配してもらえて、私すごく嬉しかったです!」



卯月「ソロライブが成功して、私も前進できたんだって感動したのと同時に、凛ちゃんや未央ちゃんと離れ離れになっちゃうのを怖くも感じました」



卯月「口では寂しくないって言ったけど、でも本当のことを言えばまだまだ不安なんです。だから──」



卯月「今、凛ちゃんがこうして私の手を握ってくれている、隣にいてくれる。それが私すごく嬉しいんです!」パアアッ



凛「卯月……」



──凛の部屋──



凛「もしもしプロデューサー? うん、私だよ」



凛「明日のニュージェネので使うレッスン室だけど、2時間早く借りられない?」



凛「早めに終えて三人で遊ぼうと思ってるんだ。……ほんと? そっか、ありがとう。卯月と未央には私から連絡しておくから」



凛「うんわかった。おやすみ、また明日」ピッ



凛「……ふぅ」バフッ



 卯月『むしろその逆です。凛ちゃんに心配してもらえて、私すごく嬉しかったです!』

  

 卯月『凛ちゃんがこうして私の手を握ってくれている、隣にいてくれる。それが私すごく嬉しいんです!』



凛「……余計なお世話だって勝手に思い込んでいたけど、私、卯月のこと心配しても良かったんだ」



凛「私の心配で、卯月は喜んでくれるんだもんね」ギュッ…



──次の日の夜──



未央「それじゃあ、しまむーのソロライブの成功を祝って、かんぱ〜い!」



カンカンカンッ



未央「んっんっんっ、ぷは〜! 仕事の後の一杯は格別ですなっ」



凛「ふふっ、そんなお酒を飲んでるみたいな言い方しないでよ」



卯月「私たちが飲んでるのはただのりんごジュースですよっ」



未央「ビール(りんごジュース)もワイン(ぶどうジュース)もたくさんあるぞー! さあしまむー、飲んだ飲んだ!」



凛「せかさないの。卯月には卯月のペースがあるんだからさ」



モグモグ…



凛「……ねえ卯月、よかったら私のパスタ食べなよ。まだ口つけてないから、取り分けてあげる」クルクル



卯月「えっ、悪いですよ」



凛「いいの、今日の主役は卯月なんだから。ほら、冷める前に食べちゃって」



卯月「ありがとうございます、凛ちゃん!」



未央「ならば私のムール貝も分けてしんぜよう! 熱いからよく息を吹きかけてから食べてね!」



卯月「未央ちゃんもありがとうございます! ふぅー、ふぅー」



未央「うふふ、しまむーはかわいーなー!」



凛「……」ジー



未央「どしたのしぶりん。しまむーのことじっと見つめちゃって」



凛「やけどしないか心配なんだ」



未央「いやいや、確かに熱いとは言ったけどさ、赤ちゃんじゃないんだし」



卯月「ぱくっ」



未央「ほら、平気そうだよ」



凛「みたいだね、よかった」ホッ



未央「……今日のしぶりん、やけにしまむーのこと気にするね?」



凛「そう?」



未央(まあ、もともとしまむーのための打ち上げなんだから、世話を焼きたくなるのは当然っちゃ当然なんだけどさ)



凛「あ、卯月。あんまりいっぺんに食べちゃうと喉つまらせちゃうよ。ほら、ジュース」カラン



卯月「ありがとうございます!」チュー



未央「食べたら暑くなってきたね〜」パタパタ



卯月「そうですね〜」フキフキ



凛「そのハンカチ、打ち上げに忘れてきたって言ってたやつ?」



卯月「はい。イスの上に置いてきてしまったらしいです。スタッフの中に気づいてくれた方がいて、おととい持ってきてくれたんです!」フキフキ…



凛「……」ジロッ



未央「しぶりん?」



凛「何?」



未央「いや、何っていうか……」



アリガトウゴザイマシター



未央「それじゃ私はこっちだから。ばいばーい!」タタタッ



凛「うん、じゃあね」



卯月「今日はありがとうございました、また明日!」



凛「私たちも帰ろっか」



卯月「はいっ」



テクテク



凛「ねぇ卯月」



卯月「なんですか、凛ちゃん?」



凛「ハンカチ貸してくれない?」



──凛の家──



凛「……」クンクン



凛「やっぱり、卯月の匂いじゃない。違う人の洗剤の匂いがする。卯月のハンカチを拾ってくれたスタッフ人が、きっと親切心で洗ってくれたんだね」



凛「でも、卯月はアイドルなんだ。スタッフの人に洗ってもらった私物を使うのって、あんまりよくないよ、うん」



凛「ファンの人の気持ちを考えたら、このハンカチは私がもう一度洗っておくべきだよね。私みたいに事情を知ってる人からしたらなんてことないけど、何がきっかけで変な噂が出るかわからないし」



凛「私が洗おう。全く、しょうがないな卯月は」フフフッ



ジャブジャブ…



──事務所──



凛「おはよう卯月。はい、昨日借りたハンカチ」スッ



卯月「ありがとうございます! ……わぁ、凛ちゃんの匂いがします!」



凛「私の匂いっていうか、うちの柔軟剤の匂いでしょ?」



卯月「私にとっては凛ちゃんの匂いです!」



凛「はいはい。もし気持ち悪かったら、手間だけど自分でもう一度洗ってね」



卯月「気持ち悪い?」



凛「ほら、今卯月が言った通り、私の匂いっていうか、ね?」



卯月「……」スッ



凛「? どうしたの、汗もかいてないのに、ハンカチを顔に当てて」



卯月「くんくんっ!」



凛「!?」



卯月「えへへ、私この匂い大好きです。気持ち悪いなんて思うはずありません! それじゃあ私、これからレッスンですので、さようなら!」タタタッ



シマムーオハヨウ! アッミオチャンオハヨウゴザイマス!



…ガチャ



未央「おはよー、今入り口の前でしまむーとすれ違ったよ」



凛「……うん」



未央「しぶりん、しまむーに何かしたの?」



凛「どうして?」



未央「だってしまむー、耳まで真っ赤にして、すごい幸せそうに笑ってたからさ」



──会議室──



奈緒「プロデューサーさん遅いなぁ」



加蓮「なんか遅れるって連絡きてたよ。あと30分ぐらいかかるみたい」



奈緒「それまで退屈だなぁ」



凛「……」ボー



凛(卯月、どんな顔してたんだろ)



奈緒「そうだ凛、せっかく空いた時間だ。この間電話で話したのアニメの議論の続きでもしようぜっ」



凛「アニメ?」



奈緒「おう!」



凛「なんだっけそれ?」



奈緒「はぁー!?」



凛「……ふふ、冗談だよ」



奈緒「だよなぁ。まさかあの白熱した議論を忘れるわけあるまいし」



凛「白熱っていうか、奈緒の語りを私が聞いてただけだけどね」



加蓮「なになに? 何の話?」



──昼休み・窓ぎわ──



奈緒「んでその主人公の女の子はな、ヒロインに世界の希望を託して自分一人だけ死ぬことを選ぶんだよ。泣けるだろ?」



加蓮「へぇ、なんかソーダイ」



凛「……」モグモグ



イイオテンキダネー キョウハココデタベヨッカ!



凛「ん?」



凛(中庭のベンチに誰か座った。美穂と響子と、あと卯月だ)



凛(ピンチェで仲良くお昼のお弁当か……)フフッ



凛(でもあの位置だと日差しが暑くないかな? 卯月の位置、ちょうど日陰から出ちゃってるし、熱中症が心配だな)



凛(ほら、卯月汗かいちゃってるもん。大丈夫かな、私が行ったほうがいい?)



凛(……あ、ペットボトルの水飲んだ。偉いよ卯月、こまめな水分補給は大事だからね。でも汗は止まらないみたい。蘭子が一緒なら日傘を貸してもらえるのにな)



凛(卯月は美穂たちに遠慮して、自分だけ日なたのところに座ってるんだよね、きっと)



凛(全く、いつも他人のことばかり考えるんだから。それは卯月の良いところでもあり悪いところでもあるよ)



凛(美穂も響子もすごく優しい子だって、私以上に卯月は知ってるはずでしょ? 言い出さないと、本当に日差しで気分が悪くなっちゃう)ハラハラ



凛(……あ、美穂が気づいたみたい。席を詰めて……ふふ、あれじゃ逆の意味で暑そうだけどね。でもみんな笑顔だ。よかったね、卯月)



凛(卯月が何か取り出した? あれは……私が今朝渡したハンカチだ)



凛(額をふいて、ほおをふいて、胸の近くまで……)



凛(……)ドキドキ



奈緒「そうだよな、凛!」



凛「えっ!?」ビクッ



凛「いやっ、今のは単に、卯月が私を信頼してくれてるのが嬉しかったってだけだからっ!!」クワッ



奈緒「……何言ってんのお前?」



凛「え?」



奈緒「ちゃんとあたしらの話聞いてたか?」



加蓮「主人公とヒロインとの間には、本当に友情以上のものが芽生えていたの?」



凛「……何の話?」



──事務所──



凛「卯月、お待たせー」



卯月「凛ちゃん! お疲れさまですっ」



凛「うん。卯月もお疲れさま。じゃあ帰ろっか」



卯月「はい!」



テクテクテク



凛「今日はどうだった?」



卯月「どうって何がですか?」



凛「いろいろだよ。レッスンのこととか、友達のこととか」



卯月「今日は美穂ちゃんと響子ちゃんと一日中レッスンをしていました。三人でお弁当も食べて……」



凛「ふふ、それは知ってる、中庭で食べたんでしょ?」



卯月「あれ、なんで知ってるんですか?」



凛「ちょうど同じ時間に私も奈緒と加蓮と一緒にお昼を食べてたんだ。そしたら偶然、自分だけ日なたの席で我慢する女の子の姿が見えてさ」



卯月「あっ……」



凛「ああいう時は遠慮せずにはっきり伝えないとダメだよ? 言葉にしないとみんな気づいてくれないんだから」



卯月「えへへ、すみません」



凛「ま、そういう優しすぎるところも、卯月らしさのひとつなのかもしれないけどね……今度、帽子買いに行く?」



卯月「帽子、ですか?」



凛「うん。次の日曜日にでもさ、私と卯月と未央の三人で帽子買いに行こうよ。今日みたいなことがまたあったら怖いし」



卯月「私の帽子を、一緒に買いに行ってくれるんですか?」



凛「まあね。卯月がどんな時でもはっきりと自分の意見を言えればいいんだけど、それもなかなか難しいだろうし。ユニットの仲間として、体調管理はちゃんとしていてほしいからさ」



──凛の部屋──



凛「というわけだから、次の日曜日の予定空けておいてよ」



未央『あはは、ずいぶん唐突なお誘いだこと』



凛「だって急がないと。夏はまだ先とはいえ、晴れの日の日差しはもう暑いくらいなんだから」



未央「それが本当の理由?」



凛「帽子は熱中症予防の他に、日焼け対策にもなる。早めに買っておいて損はないよ。健康面のことだけじゃなくて、アイドルにとってファッションは重要だし。そういう意味でも、ね?」



未央『……』



未央(私には、単純にしぶりんがしまむーと一緒にいたいだけのように思えるけどな)



凛「未央?」



未央「しぶりんさぁ、この間の打ち上げの時から、やけにしまむーのこと気にしてるよね?」



凛「そう? 私はいつも通りのつもりだったよ」



未央(ならむしろ、そっちの方が問題なんだけど……しぶりんってあれで結構寂しがり屋なんだよね)



──日曜日──



未央「大型ショッピングモールにやってきたよー!」



卯月「三人で出かけるのも久しぶりですねっ」



未央「何をおっしゃいますかしまむー、この間ニュージェネで打ち上げを開いたばかりじゃん?」



卯月「えへへ、そうですけど……」



凛「休日にじっくり出かけるのはってことでしょ。そういう意味じゃ確かに久しぶりかもね」



未央「仕事が忙しいことは嬉しいけど、こういう休日も大事にしていきたいものですな〜」



卯月「はいっ!」



凛「どこから見ていこうか。卯月、何かブランドとか決めてたりする? 特に決めてないなら、昨日のうちに良さそうなショップを調べておいたから、そこに行ってみたいんだけど」



──ショップ──



凛「これとか似合うんじゃないかな。プレーンの麦わら帽子だけど、青色のリボンが可愛いし、うん、卯月にぴったりだ」



卯月「わぁ、素敵ですね!」



未央「私のチョイスはこれ、チノ生地のキャップ! スベスベで気持ちいし、簡単に洗えるから長く使えるよっ」



卯月「こっちも可愛いです!」



凛「……でも未央のやつって、卯月のイメージとは違くない? スポーティなのもいいけど、卯月はもっと女の子らしい感じっていうかさ」



未央「えー、そんなこと言ったらしぶりんの麦わら帽子は、持ち運びが難しそうだよ! 電車に乗るときとか、絶対に大変じゃん」



凛「む……でもほら、すごく卯月に似合ってるよ? つばも広いから、卯月のやわらかい長髪も日差しから守ってくれるし」



未央「キャップだってしまむーによく似合うよ。それに、便利性を重視したほうがこの先絶対に役立つし!」



凛「便利性ばっかり見ちゃうのってどうなの? 卯月はアイドルなんだから、やっぱり可愛く着飾らないと。いや、キャップ姿の卯月もいいと思うけどさ」



未央「しまむーならどんな衣装でも着こなせるもん! ……私も麦わら帽子姿のしまむーはとびきり可愛いって思ってるけどね?」



凛「どうする卯月?」



未央「どっちを選ぶ?」



卯月「え、えーと……」



ガラガラッ



卯月「えへへ、両方買っちゃいました!」



凛「良かったの卯月?」



未央「なんか、逆に気を遣わせちゃったみたいでごめんね?」



卯月「いえ、本当に両方とも欲しかったんです! 凛ちゃんの麦わら帽子も未央ちゃんのキャップもどっちも素敵でしたし、何より二人が私に選んでくれたってだけで私にとってはすごく特別なんです!」



未央「しまむー……よーしよしよし! しまむーは本当にいい子だなぁ!」ナデナデ



卯月「えへへ、未央ちゃんくすぐったいっ。次はお二人の買い物の番ですね。凛ちゃんと未央ちゃんは、何か欲しいものとかありますか?」



凛「私は特にはないかな」



未央「はいはーい! 未央ちゃんケバブ食べに行きたいですっ。さっき通りすぎた広場に屋台が集まってたから、そこににレッツゴー!」



──広場──



ガヤガヤガヤ



凛「ふーん。B級グルメフェスっていうのをやってるんだ」



卯月「どの屋台もすごく混んでますね。特にケバブ屋さんは長蛇の列……」



未央「私は諦めない、何時間並んででも絶対に食べてやるぞー! しまむーとしぶりんはどうする?」



凛「うーん。私はケバブって気分じゃないし、別の屋台を見て回ってみようかな」



卯月「私もいろんな屋台を見てから決めようと思います!」



未央「そっか、んじゃ一旦解散ってことで! 買い終わったら噴水前に集合ね!」タタタッ



凛「私たちはどうする? 二人で一緒に見て回る?」



卯月「はいっ。凛ちゃんのご迷惑じゃなければ、ぜひ!」



凛「ん。それじゃ左端から順に見ていこっか」



テクテクテク



凛「荷物持つよ。帽子二つとはいえ卯月には重いでしょ。ほら、貸して」



卯月「え、いいんですか? すみません、ありがとうございます」



凛「なんでもないよ、こんなこと」



ガヤガヤガヤ



卯月「それにしても、すごい人ですねぇ。焼きそば屋さんも、唐揚げ屋さんも、クレープ屋さんも、みんな周りにたくさんの人がいます」



凛「人混みもすごいしね。卯月大丈夫? 今日ヒールでしょ、歩くペース落とそうか?」



卯月「今日はあまり高くないものを履いてきたので、平気ですよっ」



凛「でも人に当たって転ぶと危ないから。もっとこっちに寄って」グイッ



卯月「あっ」ピタッ



凛「……こんなにくっついたら逆に歩きにくいかな?」



卯月「いえ、あの、私は平気、ですけど」



凛「そっか……」テクテク



卯月「はい……」トコトコ



──噴水前──



凛(私たちは6個入りのたこ焼きパックをひとつづつ買い、未央より一足先に待ち合わせ場所に到着した)



凛「未央が来るまで何してよっか」



卯月「うーん、噴水を眺めているとか?」



凛「それもまったりしてていいけど……ねえ卯月、帽子かぶってみれば?」



卯月「え、今ですか?」



凛「せっかく空いた時間だし、私、あの麦わら帽子を被った卯月の姿を見てみたい」



卯月「うふふ、わかりました。それじゃあ」



ゴソゴソ



卯月「えへへ、どうですか?」クルッ



凛「うん。青いリボンの麦わら帽子……やっぱり卯月にぴったりだ」



卯月「ありがとうございます!」ニコッ



凛「……卯月、写真撮ってもいいかな? えっと、ほら、今後帽子の仕事をもらった時の予行練習にもなるから」



卯月「もちろんいいですよ。どうぞ、撮ってくださいっ」



凛「それじゃあ噴水の前に立って、ポーズを取ってもらって、もうちょっと顎を引いて……」



カシャッ



凛「よし、撮れた。背景の噴水が卯月の笑顔を引き立たせてて良い感じ。なにより、青い麦わら帽子がよく似合ってるよ」



卯月「えへへ、ありがとうございます!」



凛「……でもこうして写真で改めて見てみると、未央が言っていたように、持ち運ぶには少し大きすぎたかもしれないね。毎日事務所に通うための帽子としてはちょっと不便かも」



卯月「普段の中でかぶるのが難しいのなら、特別な日に使えばいいだけの話です!」



凛「特別な日って?」



卯月「うーん、凛ちゃんと二人きりになれる日、とかですかね」



凛「えっ」



卯月「他には、未央ちゃんと一緒にいられる日とか、プロデューサーさんとお出かけする日とか!」



凛「あ……うん」



卯月「あとは美穂ちゃんの寮にお邪魔させていただく日とか、響子ちゃんにお料理を教えてもらう日とか……」



凛「ふふ、特別って割にたくさんあるんだね?」



卯月「えへへ、考えてるとどんどん増えちゃいます……あ、未央ちゃんだ! 未央ちゃん、こっちですっ」フリフリ



凛「……卯月は本当に、純粋だね」



凛(特別の日にだけその青い帽子をかぶると言って、ニコニコ笑う卯月)



凛(でも、そんな卯月の胸に赤い痕を付けたのは、きっとこの世でたった一人しかしない、特別な人なんだよね)



──帰宅後──



凛「ただいま、ハナコ」



ハナコ「わんわんっ」



凛「ふふっ、お腹すいちゃったの? よしよし、ちょっと待っててね、すぐカリカリ用意するから」



ハナコ「わんっ」



バラバラバラッ



ハナコ「ぱくぱく」



凛「うふふ、可愛いよハナコ」



ハナコ「もぐもぐ」



凛「……ねえハナコ。卯月って女の子のこと、ハナコも知ってるよね? 何回か会ったことあるし、撫でてもらったことだってあるもんね」



凛「その子がさ、私の知らないところで、私の知らない人とチューしちゃったみたいなの。多分、チューじゃないこともしてるんだ」



凛「今はもうその痕は消えたけど、私は卯月のことが心配で心配でしょうがないんだ。目を離したら、卯月はきっとまたすぐに遠いところに行ってしまうから」



凛「遠いところに行ってしまったって、それは卯月の意思なんだから尊重すべきなんだってことはわかってる。でも──」



 卯月『むしろその逆です。凛ちゃんに心配してもらえて、私すごく嬉しかったです!』



凛「私の心配で、卯月は喜んでくれるんだ。だからこの気持ちは、単なる私のわがままじゃないよね」



凛「誰か一人だけのものになってほしくないって思う、ずっと私の隣にいて欲しいって思う……ねえ、これって別に普通の気持ちだよね?」



ハナコ「わんっ?」



──事務所──



凛「卯月、いる?」ガチャッ



卯月「おはようございます凛ちゃん」



凛「スケジュールボード見たよ。今日は午後からオーディションなんだってね。主人公の女子大生の友達の妹役、だっけ?」



卯月「はい。出番は少なめの役なんですけど、私ドラマの経験ほとんどないから、今から緊張しちゃって……」



凛「ふふ、まだオーディションの段階なのに、ずいぶん気が早いんだね」



卯月「えへへ、すみません」



凛「練習に付き合ってあげるから、一緒にレッスンルーム行こうよ。この時間に空いてる場所、私知ってるから」



卯月「いいんですか?」



凛「少しの間だけだけどね、私にも予定があるから」



──レッスン室──



卯月「おっおねえちゃん。いまからがっこうにいくの? かえりははちじくらいなんだね。わかった、きをつけていってきてね!」



凛「……ん、オッケー。今回は噛まずに言えたね」



卯月「でも全然棒読みです。うぅ、うまくいきません」シュン



凛「初めはこんなものだよ。って、偉そうに言えるほど私も全然ドラマとか詳しくないんだけどさ。それじゃあもう一度、頭から通してみようか」



卯月「はいっ! あれ、でも、そろそろ凛ちゃん時間なんじゃ……」



凛「あっ、本当だ。ごめん卯月、それじゃあ私もう行くから」タッ



卯月「はいっ。気をつけて行ってらっしゃいっ!」ニコッ



凛(……その笑顔があれば、オーディションなんて楽勝だよ、卯月)



タタタッ



奈緒「また遅刻ギリギリだぞ凛!」



加蓮「また何かあったの?」



凛「ううん、なんでもない。それより早く、準備体操始めよっ」フフッ



奈緒「……何か良いことがあったんだろうな」



加蓮「ほんとわかりやすいんだから」クスクス



──凛の家──



凛「ハナコ、今日は卯月の演技の手伝いをしたんだ」



凛「まだまだ不慣れなんだけど、卯月すごく頑張ってたの。今日のオーディションは残念ながら落ちちゃったみたいだけど、次回があるなら絶対受かるよね」



凛「帰り道に言ってあげたんだ。今日のことで落ち込まないで、また私と一緒に練習しようって。そしたら卯月、ちょっと涙ぐみながら笑顔になってさ」



凛「さっそく「いつ演技指導してくれますか!」って詰め寄ってきたの。演技指導っておかしいよね、私も卯月と同じ素人なのに」フフフ



凛「そしてね、いつになるかはわからないけど、将来同じドラマに一緒にでれたらいいねって話をしたんだ」



凛「いままで女優とかの仕事にはあんまり興味なかったんだけど、卯月に誘われたらちょっと興味出てきちゃったよ」



──次の日──



卯月「みなさん、こんにちはっ」



凛「卯月?」



奈緒「よう卯月、久しぶりだなっ」モグモグ



加蓮「昼休み時間に会うなんて珍しいね。どうかしたの?」



卯月「実は、美穂ちゃんと響子ちゃんがプロデューサーさんに呼び出されてしまって、一緒にお昼食べる相手がいなくなっちゃったんです。それで、もしお邪魔じゃなければでいいんですけど……」



凛「いいに決まってるじゃん。ほら、隣おいで」ポンポン



卯月「ありがとうございますっ!」タタタッ



加蓮「卯月と一緒にご飯食べるのも、結構久しぶりだねー」



奈緒「へぇ、卯月は弁当なんだな。自分で作ってるのか?」



卯月「普段はママが作ってくれることが多いんですけど……今日はたまたま自分で作りましたっ」



加蓮「卯月って料理できたんだ。どれどれ?」パクッ



奈緒「お、ずりーぞ加蓮! それならあたしもっ」パクッ



凛「もう二人とも……ごめんね卯月?」



卯月「いえ、食べてもらえて嬉しいです。お味はどうですか?」



加蓮「美味しー! 家庭的な味って感じで、食べるだけで幸せな気持ちになれるよ!」



奈緒「ああ、うまい! 卯月がお店出したら絶対に通うぜ」アハハ



凛「……」



卯月「はい凛ちゃん、あーん」



凛「……え?」



卯月「あと食べてないのは凛ちゃんだけです! はい、お口を開けてくださいっ」



奈緒「いやいや卯月。さすがに”あーん”は凛には厳しいと思うぜ?」



加蓮「凛はシャイだからねぇ。普通に自分の箸で食べなよ、本当においし……」



凛「あーん」



奈緒「!?」



加蓮「!?」



凛「……」モグモグ



卯月「お口に合いましたか?」



凛「……うん、美味しい」



卯月「よかったです」ニコッ



──凛の家──



凛「違うんだよハナコ、あそこで口を開けないと、卯月がかわいそうだったから私はやっただけなんだ」



凛「あそこで無視したら卯月に申し訳ないでしょ? ただでさえ、加蓮と奈緒がつまみ食いした後なのにさ」



凛「だから変な意味っていうか、変な意識は全然なかったわけで……わ、私もう寝る! おやすみハナコっ!」



──次の日──



凛「卯月聞いたよ、今日はラジオの収録なんだってね。」



卯月「そうなんですっ。パーソナリティは美嘉ちゃんなので、胸を借りるつもりで精一杯頑張りますっ」



凛「うん、その意気だよ。私に何か手伝えることある?」



卯月「それじゃあ……もしお暇なら、ラジオが始めるまで私と一緒にいれくれませんか?」



凛「うん、いいよ。ずっと一緒にいてあげる」トンッ



卯月「ありがとうございます!」ニコニコ



凛「……卯月、その手に持ってる本って何?」



卯月「ラジオのおおまかな流れが書いてある、プログラム本みたいなものです」



凛「へぇ、今日はどんなことやるの?」ズイッ



卯月「えーっと、普段の生活のことを聞かれるコーナーがあるみたいです。どんなテレビ見ますかーとか、よく遊びに行く場所はどこですかーとか」



凛「ふーん……でもここからだと文字がよく見えないよ。卯月、もうちょっとこっち寄って」ピタッ



卯月「は、はい。でも凛ちゃん、今日はちょっと距離が近いような……」ドキドキ



凛「近いって? 友達なんだからこれぐらい普通でしょ。どれどれ……」



卯月「あわわっ、り、凛ちゃん、そんなに寄りかかれたらっ」グラグラ



バターンッ



未央「忘れ物、忘れ物……」ガチャ



卯月「!!」



凛「!!」



未央「……し、しぶりんがしまむーのこと押し倒してる!!?」



凛「ご、誤解だよ未央! これは単なる事故であって!」



未央「でもその手の位置とか、完全に……」



凛「え?」



卯月「!!??」カーッ



未央「あの、私、見なかったことにするから! じゃあねっ!」バタン



タタタッ



凛(大変なことになってしまった。わざとじゃないにしろ、未央の言う通り、こんな卯月を押し倒すような格好に)



卯月「……///」



凛(うわぁ、卯月の顔真っ赤だ。卯月のこんな表情、私今まで見たことないよ……)



卯月「あの、凛ちゃん……?」



凛「ご、ごめん、今どくからっ」バッ



卯月「……」ドキドキ



凛「……」ドキドキ



スタッフ「島村さん。そろそろ現場入りお願いします」ガチャ



卯月「は、はいっ」



凛(あれから結局卯月と一言も喋れなかった。卯月、怒ってるよね。どうしよう、明日から口聞いてくれなくなったりしたら……)シュン



卯月「……あの、凛ちゃん」



凛「!」



卯月「い、いってきますっ///」ニコッ



ドクンッ



凛「……うん、いってらっしゃい」



卯月「はい! 島村卯月、頑張りますっ」



──凛の家──



凛「ただいまハナコ。元気にお留守番してた?」



ハナコ「わんっ」



凛「そっか、偉いぞハナコ。それじゃ今日も卯月のことを一緒にお話ししようね……」ニコニコ



オヤスミナサーイ



凛「……」バフッ



 卯月『い、いってきますっ///』ニコッ



凛「……本当、見たことなかったんだよ、あんな顔をした卯月なんて」



凛「私が初めてかな。他の誰にも見せてなくて、私に初めて見せてくれた表情かな」



凛「私だけのものだったらいいな」ギュウ…



凛「……あれ? 携帯に通知きてる。珍しい、事務所からだ」



凛「えっ」



──次の日──



加蓮「昨日の連絡、びっくりしたね」



奈緒「ああ。事務所の改修工事なんだってな。明日から1週間お休みかー」



加蓮「嬉しいけど、でもやっぱり寂しくもあるね。この際だから、遅れがちな学校の勉強でもまとめてやっちゃおうかな」



奈緒「あたしはたまったアニメの消化だな〜。凛は何するんだ?」



凛「家の手伝いだと思う。最近はアイドルばっかりだったから、親も喜ぶと思うし」



加蓮「みんなそれぞれやることがあるんだね」



奈緒「んじゃ、一週間後にまた会おうな!」



未央「私? ゲームかな、弟が新作のすごいやつ買ってきたんだよね。姉としての威厳を見せつけねばっ」



凛「卯月はどうなの?」



卯月「私は勉強ですかね。先生に頼んで待ってもらっている宿題がいくつかあるので、できるところまで進められたらいいなぁって」



凛「じゃあ加蓮と同じだ」



卯月「そうなんですか。凛ちゃんはお花屋さんの手伝いですか?」



凛「うん。未央みたいに遊ぶ兄弟もいないしね」



未央「兄でよければゲームと一緒に貸すけど?」



凛「ふふ。それは遠慮させてもらおうかな」



未央「それじゃ二人ともバイバイ。私の帰り道はこっちだから!」



テクテク



凛「それにしても急な連絡だったよね。一週間休みだなんて、結構大きなニュースなのに」



卯月「事務所外の予定がある人は普通にお仕事らしいですけど、私たちの場合はレッスンのみでしたからね。まるまるお休みがもらえちゃいました」



凛「……一週間会えなくなるね」



卯月「はい」



凛「卯月は寂しい?」



卯月「寂しいです。凛ちゃんや未央ちゃん、美穂ちゃんや響子ちゃん、プロデューサーさんにも会えなくなりますから」



凛「……そうだね、みんなに会えないのは寂しいよね」



ガチャッ



凛「ただいまー」



ハナコ「わん!」



凛「おーハナコ。明日からハナコのお散歩、たくさんしてあげられるからねー」ナデナデ



ハナコ「わんっ」



凛「ううん、今日は卯月の話はあんまりないんだ。お休みの話をちょっとだけして、すぐ帰ってきちゃったから」



凛「寂しくなるね、ハナコ。……まあでもさ、事務所が休みでもプライベートで会うことは全然できるわけだし」



凛「さすがに今日明日に集まろうっていうのはベタベタしすぎかもしれないけどさ、でも──」



 卯月『むしろその逆です。凛ちゃんに心配してもらえて、私すごく嬉しかったです!』



凛「私には卯月のあの言葉があるんだ。……そうだよ、少なくとも卯月にだけは、連絡を入れても大丈夫なはずだよ」



凛「私は卯月のことが心配で、卯月も心配されることが嬉しいって言ってるんだもん。うんうん、そうだよ。そうに決まってる」



プルルルル



卯月『もしもし凛ちゃん? どうしたんですか、さっき別れたばっかりなのに』



凛「休みの日のどこかで会えないかなって思って。今の所、どこか予定空いてる?」



卯月『えーと、明後日なら空いてます! どこか行きたい場所があるんですか?』



凛「場所はどこでもいいんだけど、ええと……」



卯月『?』



凛「……そう、何日か前に話したじゃん。演技の指導をして欲しいって。せっかくもらえた休みだし、一緒に鍛えられたらなって思えて」



卯月「そういうことですかっ。いいですね、ぜひこちらからもお願いします!」



凛「どこか近くのカラオケの予約取っておくから、そこで練習しよう。場所が決まったら後でメールするね」



卯月「はい、よろしくお願いします!」



──明後日──



卯月「お久しぶりです、凛ちゃん!」



凛「うん、久しぶり卯月」



卯月「あれ、てっきり「まだ2日しか経ってないよ!」って言われると思ったんですけど」



凛「あー、確かにそうだね。でもここのところ毎日会ってたから、会わない日がいつの間にか不自然になってたっていうか」



卯月「えへへ、嬉しいです! 私も昨日はなんだかソワソワしちゃって」



凛「私もだよ……卯月、今日は帽子はかぶってこなかったんだね」



卯月「はい。演技の練習ですので、この首に巻いたストール以外は、動きやすい格好で揃えてきました!」



凛「ふふ、それがいいね」



──カラオケルーム──



卯月「わぁ、結構大きいんですねぇ」



凛「二人で使う分には十分すぎる広さだね。」



卯月「しかもこの”レッスン室”、カラオケまで付いているみたいですよっ」クスクス



凛「ふふ……それじゃあせっかくだし、練習に入る前に、発声練習も兼ねて一曲づつ歌ってみる?」



卯月「あっ、面白いアイディアですね。では私から」ピピッ



パッパッパッパパッパッパパッパ♪



凛(この曲って、ソロライブの……)



卯月「凛ちゃんにだけ送る、島村卯月のスペシャルライブです!」



凛「!」



卯月「憧れてた場所を、ただ遠くから見ていた」♪



凛(……私にだけの、スペシャルライブ)



ダダダッ ジャーン…



凛「卯月、すごくよかったよ」パチパチパチ



卯月「えへへ。ありがとうございますっ!」



凛「ソロライブの卯月もキレイだったけど、今の卯月もすごく良かった。なんていうか、卯月を近くに感じられたっていうか……」モジモジ



卯月「1対1で、この距離で歌うのって久しぶりだから、変に緊張しちゃいました」エヘヘ



凛「うん……えっ、久しぶりって?」



卯月「実は以前、プロデューサーさんに個人練習を付き合ってもらったことがあったんです。その時以来だなぁって!」



凛「…………」



卯月「凛ちゃん?」



凛「……私にだけのスペシャルライブって言ったじゃん」ボソッ



卯月「え?」



凛「あ、いや、なんでもない! えっと私、ドリンクバー行ってくるね!」タタッ



凛「お待たせ卯月。勝手にオレンジジュース持ってきちゃったけど、これでいいかな?」



卯月「は、はい。ありがとうございます」



凛「私がいない間にもう一曲ぐらい歌ってた?」フフッ



卯月「いえ、何も歌わなかったです。……あの、凛ちゃん大丈夫ですか? さっき一瞬、とても顔色が悪かったように見えたんですけど」



凛「ううん、全然平気だよ」



卯月「私、凛ちゃんに何かしてしまったんでしょうか……?」



凛「いやいや卯月のせいじゃないって。本当に大丈夫だよ」



凛(大丈夫。冷静に考えてみれば、卯月にとって私は、プロデューサーと同じくらい特別だってことだもん。それは全然喜ばしいことだ)



凛(全然気にするようなことじゃないんだよ)



凛「それじゃあ私も一曲歌って、それから練習に入ろうか」



バサッ



凛「へぇ。卯月、よくこんな古いドラマの台本を持ってたね。誰かに借りたの?」



卯月「はい、菜々ちゃんに借りたんです。もっとも、菜々ちゃんはこれをネットオークションで買ったらしいのですが」



凛「へぇ、さすが菜々さん。……それじゃあ早速始めていこっか」



卯月「はい、頑張りましょうっ。私がAの役で、凛ちゃんがBの役で大丈夫ですか?」



凛「私がBね。うん、わかった」パラパラ



卯月「ああBよ! わたしといっしょにこの大空にはばたきましょう!」



凛「いいともAよ。オレもお前と添い遂げたい。どこまでもいつまでも……って」



凛(あれ、恋愛ドラマなのこれ?)



卯月「ならばわたしの元にかけよってきてくださいまし!」



凛(Aに近づく台本に書いてあるけど……)トコトコ



卯月「ありがとうB、わたしたちはうんめいきょうどうたいなのね」ピトッ



凛「!」



卯月「……凛ちゃんの台詞ですよ」コソッ



凛「あ……えっと、そうだAよ、オレたちの心はすでにひとつとなっている」



卯月「ではそのあかしとして、わたしに強いほうようをください」



凛「う、うん」ギュッ



卯月「あ、いや、凛ちゃん。そこの台詞はうんじゃなくて……」



凛「……はい」



卯月「は、はいでもなくて、凛ちゃんっ!」



ゴクゴク…



凛「ごめん卯月。なんか柄にもなく緊張しちゃったみたいで」カラン



卯月「いえ、初めて見た台本なのに、凛ちゃんとっても演技がお上手でした!」



凛「でもなんていうか意外だったよ。卯月、こういう恋愛系のドラマに興味あったんだね」



卯月「興味があるというか……アイドルの間は絶対にこういうお話はできないので、そういう意味でちょっとやってみたかったんです」



凛「ふーん」



卯月「だ、だって誰にも頼めないじゃないですか。劇団員さんにも、トレーナーさんにも、プロデューサーさんにだって恥ずかしくて言えません」カァー



凛「……なら、これからも私に言いなよ。他の人には恥ずかしくてなかなか言えないこと、私だったら受け止めてあげられるから」



卯月「はい、ありがとうございます!」



凛「……うん」



卯月「さっきのは割と終盤のほうのシーンだったので、今度は序盤の方をやってみましょうか」コトッ



凛(不思議な気持ちだった)



凛(プロデューサーには恥ずかしくて言えない頼みごとを私にしてくれた。たったそれだけのことなのに)



凛(たったそれだけの特別扱いを、私は何よりも嬉しく思ったんだ)



凛(それからの演技の練習で、私が何をしゃべっていたのかは記憶にない)



凛(ぼんやりとした幸福感に包まれて、ただただ文字を目で追い、声を出していただけだから)



凛(一生懸命口を動かす卯月のことをじっと見つめて)



凛(自分が卯月にとって一番特別な人間だったらいいのに、ってずっと考えていた)



卯月「熱中していたらあっという間に時間が過ぎて行っちゃいました。そろそろ電話がかかってくるでしょうか」パタパタ



凛「あと五分だね。お疲れ様、卯月」



卯月「凛ちゃんもお疲れさまですっ。えへへ、私すごく汗をかいちゃいました」フキフキ



凛「暑いならそのストール脱げば?」



卯月「え?」



凛「ていうか、せっかく動きやすい格好で上下とも揃えてるのに、なんでわざわざストールだけ巻いてきたの?」フフッ



卯月「えっと、その、えっと……」



凛「あせもになる前に取った方がいいって、ほら」バサッ



卯月「あっ!」



凛「……」



卯月「……」



凛「……鎖骨のあたり、赤い痕があるね」



卯月「あの、あの……」アタフタ



凛「前と同じところに同じ痕が出来てる。また蚊に刺されちゃったのかな?」



卯月「これは、えっと……」バッ



凛「隠さないで!!」



卯月「!」ビクッ



凛「手、どけて、早く」



卯月「は、はい……」



凛「どうしてこんなところに赤い痕がついちゃうんだろう?」



卯月「……」カァー



凛「恥ずかしがるってことは、これの意味がわかってるってことだよね」



卯月「意味っていうか、その、私」



凛「私、勝手に一回きりだとばかり思ってたよ。打ち上げの時の一回きりで、それ以降はなしだって」



凛「でもまた同じ痕があるってことは、違うってことだもんね。昨日は何か用事があったんだっけ、そうだよね、せっかくのお休みだもんね」



凛「特別な人に会いたくなるよね」グイッ



卯月「……!」



プルルルル プルルルル…



凛「……なんてね、驚いた?」クルッ



卯月「え……」



凛「私の演技もなかなかだったでしょ。それじゃあ私、このあと用事があるから。延長の電話は断っておいて」スクッ



テクテク



凛(赤い痕、赤い痕、赤い痕……)



凛(あの痕がある限り、私は卯月の一番の特別になれないんだ)



凛「卯月にあんなマーキングをつけたのは誰だ。私の卯月をたぶらかして、手を出してるのはどこのどいつだ」



──次の日──



凛「おじゃまします」



未央「あがってあがってー。ちょっと散らかってるけど、どこか適当に座っちゃってね」



凛「うん、ありがと」



未央「それにしても昨日急に電話がかかってきてびっくりしたよ。しかも相談したいことがあるだなんて」



凛「びっくりしたって割には驚いてるようにも見えないけど」



未央「ま、これでもユニットのリーダーだからね。しまむー絡みのことでしょ? ゲームでもしながらのんびり話そうよ」



ピコピコ カチャカチャ



未央「……なるほど、しまむーの胸に謎の赤い痕か。それで最近、しぶりん様子がちょっとおかしかったのね」



凛「未央はどう思う?」



未央「どう思うって、そりゃあちょっと寂しいけどね。付き合ううんぬんがじゃなくて、相談されなかったことが」



凛「……」



未央「でも、それ以上に私は嬉しいかな」



凛「嬉しい?」



未央「話したでしょ、ユニットは星座でアイドルは星、それぞれが輝くからキレイだって! ……ふふ、改めて言うとちょっと恥ずかしいセリフだけど」



未央「でも、しまむーが自分の意思で自分で踏み出したことなら、プライベートでの新しい挑戦だって喜んであげるべきじゃないかなって思うから。仲間として、友達として」



凛「……悪い大人に騙されてるのかもしれないじゃん」



未央「打ち上げにはプロデューサーも付いて行ったし、ソロライブ後の態度を見ても、少なくともしまむーは嫌がってないんじゃない?」



凛「でも、卯月は純粋でうっかりなところがあるから、自分の気持ちを勘違いしてるのかもしれないし」



未央「それは勘違いであってほしいしぶりん側の勝手な思いだよ」



凛「でも、でもさ……」



未央「……」



ポン



凛「未央?」



未央「よしよし」ナデナデ



凛「?」



未央(しぶりんってきっと、しまむー以上に純粋なんだよね)



未央「まあなるようになるさ。だから、しまむーに赤い痕を付けたのは誰だとか、そういうのは考えないほうがいいよ」



凛「なんで。未央も一緒に探そうよ」



未央「探してプロデューサーに報告するの? それともマスコミに暴露? どちらにしたってしまむーのためにならないじゃん」



凛「それは……」



未央「それにきっと、しぶりんのためにもならない。しぶりんは自分が思っている以上に優しい心の持ち主だからね」



──凛の部屋──



凛(私が優しい? それは違うよ未央)



凛(私が優しければ、卯月のことを独り占めしたいなんて考えないはずだもん)



凛(卯月を心配する気持ちはいつも間にかつまらない独占欲になっていたんだ。独占欲なんて、今までは誰にも全然感じたこともなかったのに)



凛(全部あの赤い痕が悪いんだ。だから、その痕を付けたのかが知りたくなる。でも知ったところで何もできないのもまた事実だから……)



凛「私はどうするべきなんだろう」



凛(赤い痕があるから、私は卯月にベッタリになっちゃってる。なのにその痕がある限り、私は卯月の特別な人にはなれない)



凛(卯月は今何してるんだろう。一人で寝てるかな。それとも誰かと一緒にいるのかな。また新しい痕を付けられちゃってるのかな)



凛(卯月……)ズキズキ…



──次の日──



凛母「あんた、その顔どうしたの?」



凛「え?」



凛母「すごいクマよ。今日は手伝いはいいから部屋で休んでなさい」



凛「でも今のところ休みの初日しか手伝えてないし……」



凛母「お店なんて私一人でもなんとかできるから。凛は自分の体を大事にしなさい。あんたは今アイドルもやってるんだからね」



バフッ



凛「休んでなさいって言われても、うまく眠れないんだけどな」



凛「眠ろうとすると卯月の赤い痕が頭に浮かんで、その度にハッと意識が戻っちゃうから」



凛「携帯の写真でも見てようかな……」ポチッ



凛「……本当よく撮れてるな、この卯月の写真」



凛「噴水を背景に、青い麦わら帽子をかぶった卯月。キラキラした笑顔でこっちを見てるんだ」



凛「……会いたいよ、卯月」



リンチャーン



凛「ふふ、寝不足のせいか幻聴まで聞こえてきちゃったよ」



卯月「凛ちゃーん! 窓を見てください!」



凛「窓?」スクッ



卯月「凛ちゃん、こんにちは!」フリフリ



凛(そこには青い麦わら帽子をかぶり、笑顔でこちらに手を振る卯月がいた)



凛「卯月!?」



ガチャッ



卯月「お邪魔しますっ」



凛「う、うん、どうぞ。適当なところに座って」



卯月「えへへ、突然押し掛けてすみません」



凛「それは全然いいんだけど、えっと、ひとつ確認してもいいかな?」



卯月「なんですか?」



凛「幻覚じゃないよね?」



卯月「違います!」



卯月「実は未央ちゃんから連絡をもらったんです。しぶりんが会いたがってるよーって」



凛「未央が……」



卯月「私もちょうど凛ちゃんに会いたかったですし。その、カラオケの時は変な別れ方をしちゃったので」



凛「……今日も鎖骨のあたりに赤い痕が出来てるね」



卯月「……はい、これは」



凛「言わなくていいよ。なんでとか、誰がとか、私はもう聞かないから」



卯月「凛ちゃん……」



凛「その代わり、今日は私が眠れるまでずっと側にいて欲しいんだ。ダメかな」



卯月「ダメなわけないじゃないですか。ずっと一緒にいますよ、凛ちゃん」



凛「……」



卯月「……」



凛「……卯月、いる?」



卯月「はい、ここにいますよ」ニコッ



凛「うん……」



卯月「……」



凛「……」



凛「……卯月」



卯月「大丈夫です。ここにいますよ」



凛「本当……?」



卯月「本当です。ほら」スッ



凛「うん……」ギュッ



卯月「……」



凛「…………」スースー



──夜──



パチリ…



凛「……あれ、私、いつの間にか寝てたんだ」



凛「卯月?」



シーン…



凛「そっか、あれはやっぱり夢だったんだね」フッ



リンー ゴハンデキタヨー



凛「はーい」



卯月「凛ちゃん! おはようございます!」ニコッ



凛「……!?」



凛母「手伝ってくれてありがとうね、卯月ちゃん。それじゃあ悪いけど、おばさん今から配達に行かなくちゃいけないから、凛のことよろしくね」



卯月「はい、わかりましたっ!」



凛母「そういうことだから凛、ご飯は卯月ちゃんと二人で食べてね。お父さんも帰りが遅いって言ってたから」



凛「……お母さんにも卯月が見えてるの?」



凛母「何寝ぼけたこと言ってるの。あとで卯月ちゃんにちゃんとお礼言っとくのよ、じゃあね」



タッタッタ



卯月「あらためて、おはようございます凛ちゃんっ」



凛「う、うん、おはよう卯月。えっと、私何時間ぐらい寝てた?」



卯月「8時間ぐらいぐっすりです。割とすぐ眠りに入ったみたいだったので、私もそばで一緒にウトウトしていました。そのあと凛ちゃんのお母さんが部屋にやってきて、料理のお手伝いを!」



凛「……そっか。本当にありがとう、卯月」



卯月「いえいえ。いただいますっ」



凛「いただきます」



モグモグ…



ゴチソウサマー



卯月「それじゃあ、このお皿を洗い終わったら私帰りますねっ」



凛「……ねえ卯月」



卯月「なんですか?」



凛「よかったら今日うちに泊まってかない? もう夜遅いし、せっかくだからさ」



卯月「でも、着替えとか全然用意してなくて……」



凛「私のを使えば良いよ。それとも何か用事があるかな?」



卯月「いえ、ないですよ。凛ちゃんさえ良ければ、ぜひ泊めていただきたいです!」



凛「うん、よかった」



──凛の部屋──



凛「卯月が私のベット使いなよ。私は床に何か適当に敷いて寝るから」



卯月「そんな、悪いですよ」



凛「いいの。卯月はお客さんなんだし、特に今日の卯月を悪いようにはできないよ。本当にありがとう」



卯月「いえ、お礼を言われるほどのことじゃ……私も凛ちゃんと一緒にいれて嬉しかったですから」



凛「……」



卯月「あ、麦わら帽子なんですけど、勝手に壁に掛けさせてもらちゃってて……」



凛「うん。全然構わないよ。私の制服の隣に並んでて、見た目のバランスは少し悪いけどね」フフッ



凛「ふぁ〜あ、なんだかもう眠くなってきちゃった」



卯月「実は私も……昼間はウトウトはできたんですけど、眠りはしなかったから……」



凛「本当にお疲れ様。じゃあ、電気消すね」



卯月「は〜い」



カチッ



卯月「……」スースー



凛「……」



凛(8時間も寝てたのに、またすぐ眠くなるわけないじゃん)ムクッ



凛「卯月ー?」



卯月「……」スースー



凛「ふふ、熟睡って感じだね。気持ち良さそうな寝顔……」



凛「……ちょっとごめんね」



パチン



凛「胸元にできた赤い痕。卯月の肌は白いから、暗い中でもよく見えちゃうね」



凛「ねえ卯月。ここからは全部私の独り言だから、もし途中で起きても、そのまま寝たふりをしててね」



凛「……私はね、卯月がずっとそばにいてくれるものだと信じてたんだ」



凛「だって今までずっとそうだったから。友達以上のつながりが、卯月にできるなんて考えてみたこともなかった」



凛「だから、赤い痕を見た時すごく困惑したんだよね。困惑して、卯月のことが心配で仕方なくなったの」



凛「その私の一方通行の心配も、優しい卯月は卯月は正面から受け止めてくれたんだ。そうしているうちに私は、卯月の全部が欲しくなっていった」



凛「卯月にとって一人きりの特別になりたくて、でもその一人きりの特別の枠には、赤い痕を付けた誰かがいる」



凛「卯月への思いが大きくなるにつれて、最近はそいつのことが憎くなっていった」



凛「でも、眠れない頭でいくら考えても苛立ちが膨らむばかりだったのに、今日卯月に会ってぐっすり寝たら、その考えは不思議と丸くなっていったよ」



凛「今はこの赤い痕に、感謝さえできそうなくらい」スッ



凛「だって、卯月に赤い痕が出来てなかったら、自分にとって都合のいい幻想を、私は卯月に抱いたままだったから」



凛「卯月だって遠くに行ってしまうし、無条件でずっと私の隣にいてくれるわけはないんだって」



凛「さっきだって私がお願いしなかったら卯月は家に帰っていたし、それこそ誰かに会っていたかも知れなかった」



凛「私はそんな当たり前のことに、やっと気づくことができたんだ」



凛「だから今はこの赤い痕を受け入れられる」



凛「そしてより強く、卯月のことを大事にしようって思える」



凛「私は”まだ”卯月にとって一番の特別な人じゃない。それは悲しいことだけど、でもそれはきっと自分の力で変えられることだから」



凛「だから卯月、私は明日からいつもの私に戻るよ。ベタベタしすぎず、ストイックでクールな渋谷凛に戻るからね」



凛「卯月にとって一番魅力的な人になれるように頑張るんだ。でも絶対忘れないよ。クールな振る舞いの裏では、私はいつでも卯月が心配してるし、卯月にとっての特別になりたいとずっと願ってる」



凛「卯月には私のかっこいい部分だけ見せてあげるからね」



凛「だからいつか、その赤い痕を付けた奴よりも、私のことを見つめるようになってね」



凛「私にとっての特別になりたいって卯月が思うようになったら、私も全部をさらけ出せるような気がするから」



凛「そうしたら、今度は私が卯月に痕を残すんだ」



凛「青い麦わら帽子は、未央にもプロデューサーにもかぶって見せるのかもしれないけど、その痕は絶対に私だけのものにする」



凛「私だけの蒼い痕を、卯月の見えないところに刻んであげるね」



凛「その時はまた、あの真っ赤な顔で笑ってね、卯月……」



──ファストフード店──



奈緒「……」



加蓮「……」



奈緒「なんであたしたち、せっかくの休みをいつもの事務所帰りみたいな感じで過ごしてるんだ」



加蓮「知らないよ。奈緒から会おうって誘ってきたんじゃん……メールを最初に送ったのは私だけど」



奈緒「勉強するんじゃなかったのか?」



加蓮「アニメ見るんじゃなかったの?」



奈緒「……ふふ」



加蓮「……あははっ」



奈緒「まあこうしてだらだら喋ってるのが、一番羽休めになるもんなー」ダラー



加蓮「そうそう。せっかくの休暇なんだから、一番気が休まる方法で過ごさなきゃ」モグモグ



奈緒「この数日、なんか話題になるような出来事あったかー?」



加蓮「なーんにも。奈緒の方はどうなの?」



奈緒「あたしのほうも平和そのものだったよ。強いて言えば、一時期預かってた猫の写真が友達から送られてきたぐらいだなー」



加蓮「へぇ〜。例の甘噛み子猫ちゃん? 見せてよ」



奈緒「ほい。見た目は大人しくて可愛らしいけど、これが結構アクティブなやつでなぁ」



加蓮「ふふ……」



加蓮「でも甘噛みと言えば、あの時の凛ってなんか様子が変だったよね」



奈緒「えーと、遅刻ギリギリに来た日だったっけ?」



加蓮「うん。ほら、私が奈緒を甘噛みのことで私が奈緒をいじってるときも、珍しく便乗してこなかったし」



奈緒「むしろそっちが正常の状態であって欲しいんだが……言われてみれば不機嫌だったような記憶もある、ようなないような」



加蓮「もー奈緒ったら、たった1週間前の話なのに記憶が曖昧すぎない?」



奈緒「いやー、あの日は凛以上に様子がおかしかった人がいたから、どうしてもそっちを思い出しちゃってな」



加蓮「凛以上に様子がおかしかった人?」



奈緒「ああ。卯月のことだよ」



加蓮「卯月? いつの間に会ってたの?」



奈緒「その日はたまたま早く事務所に着いたんだけどな、女子トイレで卯月を見かけたんだよ」



加蓮「ふーん、様子がおかしいって具体的に話せる内容?」



奈緒「別に非行をしてたってわけじゃないぜ、もちろんな。ただ、服を脱いでたんだ」



加蓮「女子トイレで着替えてたってこと?」



奈緒「着替えてたっていうか、服を脱いでたんだよ。鏡の前に一人で立って」



加蓮「私だってお風呂はいった後とかたまにチェックするよ。まあ確かに、事務所のトイレでやるようなことじゃないかもね」クスクス



奈緒「そうじゃなくてなぁ」



奈緒「卯月のやつ、鎖骨のあたりを自分でつねってたんだよ」





おわり



17:30│渋谷凛 
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