2016年09月09日

輿水幸子「ライブサバイヴ」






 『――全員そのまま動くな。当機は我々、カレン民族解放同盟が掌握した』









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 「うーん、残念。見つかりませんでしたねぇ」



 「いーや、アレは絶対イリオモテヤマネコだったにゃ」



 「しっぽだけ映っててもなー。野生の雑種じゃないの?」





沖縄でのロケを終え、ボク達は久しぶりの事務所へ帰って来ました。

やっぱり冷房は最高ですねぇ……。



 「何にしてもお疲れ様。しばらくオフの後にまた撮影があるから」



 「Pチャーン……そろそろライブしたいにゃ……」



 「ああ、そう遠くない内にやるよ」



 「え、ホントですか?」



 「ホントホント。今までに俺がウソついた事あった?」



 「みくさん牛乳に氷浮かべます?」



 「麦茶でいいにゃ」



 「ハッハッハ」



ボクは世界一カワイイアイドルです。

みくさんもまぁ、多分ボクの次くらいにはカワイイ筈です。



ところがボク達のプロデューサーときたら全くその点を活かせていません。

仕事自体は馬鹿みたいに取っては来ますが、どれもこれもTVタレント紛いのものばかり。

半眼を向けられそうになる頃にようやくライブを入れてくるぐらいで。

まぁ、たぶん意図的にやってるんでしょう。



 「今度は国外だよ。ミャンマーで遺跡レポートの予定」



 「このペースだとボク、一年のうち二ヶ月ぐらい国外滞在なんですが」



 「ウチの事務所、何故か資金力はあるよね。不思議」



 「楽しいでしょ?」



 「そこは否定しないけど……みく達アイドルだからね?」



 「ライブなら本当に演るから安心してよ」





と、そんなこんなで打ち合わせを終えて一週間後。

スタッフさんとボク達はミャンマーへ下り立ちました。





 「スケジュールだと夕方から撮影だったよね?」



 「うん。このままバスで目的地へ向かうから」



 「遺跡ですか。今日は下見ってところですかね」



 「ハッハッハ」



現地で買い込んだ謎のお菓子を二人とつつき合います。

どうも海外のお菓子は砂糖の味が強過ぎるんですよねぇ。





しばらく走る内に、周りがジャングルの様相を呈してきました。

おお、いかにも遺跡のありそうな場所じゃないですか。

でも、どうしてでしょうか。あまり人の気配を感じないような。



 「あ、見えてきたよ」





 「…………い」





プロデューサーが指差した先。

門の傍にはかっちりとした制服姿の男性が居て、スケッチブックを掲げていました。

そこには、下手っぴなカタカナでこう書かれています――





 「イヤにゃあぁぁ! みくもう降りるぅぅぅっ!!」



 「うん。もう降りるんだよ。ほら待たせちゃ悪いしほら」







 ――”ゲリラライブ!”





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レンジャーライブ。





 『アイドルたる者、いつでもどこでも、どんな状態でもライブ出来ないとね』





そう宣うプロデューサーさん発案の、誠に遺憾ながら大人気の企画です。

世界各国軍のレンジャー課程に相当する訓練を受け、その後に慰安ライブを行うというもので。

時々、世界がおかしいのかボクがおかしいのか、よく分からなくなります。



 「イヤにゃあ……みく、おうち帰るぅ……」



 「諦めましょう。どうせ逃がしてはくれませんよ」



ボクはかれこれ六回目なので慣れたものですが、みくさんはまだ二度目でしたね。

確かにボクも最初の頃は吐きかけました。あ、いえ一回吐きました。



アイドルって何なんでしょうね?



 『我が軍へようこそ! 日本人が参加するのは初めてだよ』



 「こちら、今回の教官を務めてくださるミャンマー陸軍の歩兵連隊長さんね」



 『フフーン、どうぞお手柔らかにお願いしますよ!』



 「あ、えーと……『頑張ります』……にゃ……」



ビルマ語はまだ習熟していませんでしたから、英語なのは助かります。

フフン。この機会にマスターするとしましょう。



 『結団式は今夜だから、それまでゆっくりしててね』



 『あ、あはは……ありがとう、にゃ』



 『明日からはそんな時間一切無いからね』



 『…………あ、ははははは……』





そして、レンジャーライブが幕を開けました。



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 「――うぇえぇん……シャワー浴びたいぃ……」



 「雨季らしいですし今夜にでもきっと降りますよ」



 「雨はシャワーじゃないにゃあ……」







 『おっ、見てみろミク! 虎だ! 好きなんだろう?』



 「いや別にネコ科なら何でもって訳じゃ……ねぇ、あのコこっち見てない?」







 『――繰り返すが、火器はおろか刃物の一つもだ。さぁ、どうだ?』



 『通信手段を探す、ですか?』



 『惜しいな。まずは自身の安全確保と戦力分析。通信はその後になる』



 『なるほど、優先順位というのも難しいものですね』



 『何がなるほどなの幸子チャン』







 『やっぱりレンジャー課程と言えばヘビですよねぇ』



 『塩は無いがね。血や汗から作る訓練でも取り入れてみるか』



 『むぐ、もぐ……アルゼンチンのやつよりちょっと大味にゃ――』







――こうしてボク達は五日間の訓練を終え、無事最終ライブへと漕ぎ着けたのでした。





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 『受け取ってくれ、サチコ』





明けて翌朝。

首を傾げながらも手を差し出すと、大隊長さんが笑顔で何かを渡してくれました。

そこにあったのは、鈍く輝く、翼と剣があしらわれた――



 「それ、バッジじゃないかにゃ?」



 『レンジャー徽章……いいんですか?』



 『勿論だ。君にはその資格がある……ああ、国内では着けないでくれよ?』



 『みくの分は無いの?』



 『ハハハ。また来た時のお楽しみさ。今度は正規の装備を担いでもらってね』



 「う……い、いやー、遠慮しておくにゃあ……」



 『フフーン! 大隊長さんもなかなか見所のある男じゃないですか!』



 『こっちこそ色々と教わったよ。また来てくれ、二人とも!』



共に訓練を潜り抜けた戦友たちからの盛大な声援を受けて、バスが出発します。

綺麗に整列した皆さんへ窓から手を振ると、彼らも元気に手を振り返してくれました。



 「いやー、徽章もこれで二個目ですか。いっそ集めてみますかね」



 「良い趣味してるよ」



 「それ程でも」



 「褒めてないにゃ」





みくさんと気力の抜けきった会話を交わす内、バスはヤンゴン国際空港へと到着しました。

筋肉痛確定の脚を叱咤してバスから降りると、みくさんの目が下手人の姿を捉えます。

うーん、全身の毛が逆立ってますね。いえ、毛というかオーラですか。



 「あーー! Pチャン!! コイツー……何食べてるにゃあ!!」



 「幸子もみくもお疲れ様ー。ソフトクリーム」



 「見りゃ分かるにゃあ!! そういう事じゃなくて!」



 「みくは元気だなー。この調子で早速もういっこいってみよう」



 「…………えっ」



 「冗談だよ。さ、帰ろ」



 「幸子チャン、コイツ引っぱたいてもいい?」



 「お願いなので日本着くまでは大人しくしててください」

デレステ一周年おめでとうございます



 「とは言っても、俺は帰るのちょい遅れるんだけどね」



 「はい? どういう事です?」



 「向こうの手違いでさ。二本あとの便になっちゃって」



 「報いにゃ。ふっふっふ〜。猛省猛省〜♪」



ボクとみくさんにチケットを手渡してプロデューサーさんが溜息をつきます。

芝居掛かった仕草に、みくさんがチケットとプロデューサーさんを何度も見比べました。



 「……Pチャン、なんか企んでない?」



 「ハハハいやいやいやいや何も企んじゃいないさみく後はただのんびり帰るだけだよ」



 「……」



 「サプライズとかドッキリなんて一切無いよ俺が今までにウソついた事ある?」



 「今のでミャンマー着から数えて七回目にゃ」



 「まぁそれは置いといて」



プロデューサーさんに掴みかかりそうになったみくさんを羽交い締め。

疲れが溜まっているようですね……流石に20kgを背負いっぱなしは堪えましたか。

暴れようとするみくさんを抑え込んでいると、プロデューサーさんが電光掲示板を指差します。



 「ほら、もう搭乗始まってるから。続きはまた日本で」



 「覚えてるにゃあ……絶対たっかいモン奢らせてやるにゃあ……」



回数をこなすにつれて、みくさんを抑えるのが段々と難しくなってきました。

もうしばらくするとボクでも分かりません。



 「はぁー……ま、とりあえず帰ろ……幸子チャン」



 「一週間ぶりの日本ですねぇ」





警戒を怠らないみくさんと並び、粛々と出国手続きを進めます。

立つボク後を濁さずとよく言いますからね。



 「つ……かれ、たぁー……っ」



 「三十分後に離陸みたいですよ。さーて、映画は何が……」



飛行機へ乗り込み座るやいなや、みくさんが席にもたれ掛かります。

この分だと帰りの空旅でお喋りを楽しむのは無理そうですね。

気の利くボクはシートモニタ映画のラインナップを入念にチェックするとしましょう。





飛行機がゆっくりと動き出すと、何やら機内が騒がしく。

不思議に思って顔を上げると、前方にはバンダナを巻いた方々が並んでいました。





自動小銃を抱えて。







 『全員そのまま動くな。当機は我々、カレン民族解放同盟が掌握した――』





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 『――れば、手荒なまねはしない。ただし、反抗するようなら手心は加えない』





なるほど、こう来ましたか。

少々面食らいはしましたが、よくよく考えれば納得はいきます。



 「……さ、ささ、幸子チャン……みく達っ、どどうなるの……!?」



 「まぁまぁ、落ち着いてくださいみくさん」



 「そっちは落ち着きすぎにゃあ……?」



みくさんが顔を青くして震えます。

まぁ、飛行機がジャックされた場合はそれが普通の反応でしょう。

周りの乗客さん達も似たような表情を浮かべていますし。



 「みくさん、よく考えてみてください。こんな事態、有り得ると思いますか?」



 「あ、有り得るも何も、現にこうして」



 「『カレン』民族解放同盟」



 「……え?」



みくさんへ見せつけるように、ゆっくりと指折り数えます。



 「直前で居なくなったプロデューサーさん。教官に教わった対テロ活動シミュレーション」



 「……」



 「先ほど受け取った勇気の証、レンジャー徽章……偶然だと思いますか?」



 「……ま、まさか、幸子チャン」



 「もうお分かりのようですね」



人差し指を、ぴんと立てました。







 「――ドッキリ、ですよ!」







 「…………ええー……」



 『そこの女。騒ぐな』



 『あ、すみません』



頭を下げ、声を潜めつつ会話を続けます。



 「いや、その解釈は流石にムリがあるにゃ……」



 「でも、偶然にしては出来過ぎだと思いませんか? 特にプロデューサーさん」



 「……まぁ、確かに」



 「更に言えば、おそらく今回のは劇場型ドッキリですね」



 「劇場型……?」



 「ラレ役にもバレバレの設定を用意して、視聴者をどう楽しませるのかを重視するタイプです」



 「みく、そろそろついていけなくなりそうなんだけど」



しかし今回は稀に見る大規模な企画のようです。

海外、飛行機貸し切り、これだけのエキストラさん達。

活かすも殺すもボク達次第の状況に、ぞくりと背筋が震えます。



 「ボク達も出世したものですねぇ」



 「うーん……本当かにゃあ……?」



 「まぁ、ひとまずはおとなしく振る舞いましょう。細かい設定を把握しないと」



テロリストさん……過激派ゲリラさん? が仲間の向けるカメラに向けて演説を打ちます。

今回のロケ中にビルマ語を覚えておいて正解でしたね。



 『――の1月。かつての同志は道を誤った』



 『和平、平和。笑わせてくれる。何も変わってなどいない。何も』



 『あなた方は想像出来るのか? いや、きっと出来ていない』



 『イマジン、だったか。平和を唄った彼らは一度として争わなかったか?』



 『殺したい訳ではない。唄いたい訳でもない』





 『ただ少し、世界と話がしたいだけだ』





そう締め括って、カメラが閉じられました。





 「……なるほど。ミャンマー政府との和平締結に反発したKNU残党、という設定ですね」



 「何それ……ってああ、教官が話してたっけ」



 「目的は凍結資産の引き渡しといった所でしょうか。いや凝っています」



そう感心していると、ミャンマー人らしき方が勢い良く立ち上がりました。



 『知った事か! そんなママゴトはお前らで勝手にやっていろ!』



 『座れ』



 『家族が空港で俺を待ってるんだ。 明日は姪の誕生日なんだぞ』



 『座れ』



 『降りろ。今すぐに!』







パパパァンッッ!!







空薬莢が弾き出され、天井の照明が一つ壊れました。





 『三度目が要るか?』



 『……』





周りから幾つもの銃口を向けられて、おじさんが力無く座り込みました。





 「……撃った、にゃ」



 「ええ。モデルガンじゃなくてちゃんとしたプロップガンですね。弾着まで仕込んで」



 「ほ、本物じゃないの……?」



 「撮影用のド派手なフル・フラッシュ弾を敢えて使わないとは……こだわりを感じます」



周りのエキストラさん達も迫真の演技です。

いや、本当に凄いです。今回のドッキリは。



 「これで序盤終了といった所でしょう。しばらくは休憩ですね」



 「休憩って……」



 「何なら寝てても大丈夫ですよ。出番になったら起こしますので」



 「この状況で寝られるほど大物じゃないにゃ……あと出番要らない……」



どうやら長丁場の撮影になりそうです。

グァバジュースを啜って、ゆっくりと肩をほぐしました。

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 「お手洗い、行きたい」





 「……はい?」



二時間ほどゲリラさん達の行動を観察していた所への呟き。

ついリアクションがワンテンポ遅れました。



 「トイレ……」



 「いや、撮影中なんですから。我慢出来ませんか?」



 「してたよ、我慢……もう、ムリ……」



 「しょうがないですねぇ、スタッフさんに言って……いや」



むしろ、丁度いいのでは?

結構な時間、動きもありませんし……この辺りで少しテコを入れておいた方がいいかもしれません。

みくさん、ナイスタイミングです。



 『あの、すみません』



 「ちょ、幸子チャン」



 『……ん?』



 『連れがトイレへ行きたいそうで』



 『ダメだ』



 『そこを何とか』



 『そこで済ませろ』



 『何もしませんから。試しにリーダーさんへ指示を訊ねてみてくれませんか?』



 『……チッ……あー、同志。妙な客が……頭の脇からツノを生やした……』





……ここは黙っておくべき場面でしょうか。





 『便所に……え……? 了解』



交信を終えて、溜息を一つ。

やる気の無い手振りでみくさんを立ち上がらせました。





 『ったく面倒くせぇ……その前にボディチェックだ、とよ』



 「えっ」





あ、これサービスシーンでしょうか。





 『携帯出せ』



 「……これです」



 『他には?』



 「これだけ、です」



 『さて、本当かね』



ゲリラさんの手がみくさんの身体をまさぐります。





……おお。

ぎりぎりクレームの来そうな、絶妙なラインです。攻めますね今回のディレクターさんは。

なるほどこういう感じで来ますか。



 『……よし。ついて来い』



 『……』



 『なかなか良いケツしてるじゃねぇか、嬢ちゃん』



 『……〜〜っ』



 『ハハァ』



どうやらこれでおしまいのようです。

番組的にはいささか物足りない気もしますが、まぁアイドル相手ではこれが限度でしょう。



 「はぁ……」



 「お帰りなさい、みくさん」



 「いつまで続くの……これ」



 「みくさんを皮切りにお手洗いタイムに入ったようですし、これで半分でしょうか」



緊張の色こそ途切れませんが、エキストラの皆さんが指示に従ってお手洗いを済ませます。

こうした最低限の気遣いといい。

静かで威圧的な雰囲気といい。

滑走路場の航空機という、外部の仲間さえ居れば周囲警戒の容易な舞台といい。

なかなか怜悧な実行犯という設定のようですね。さて、どうケリを着けますか。



 「どうしたらいいと思います?」



 「何が?」



 「オチですよ。これのオチ。さっきから悩んでいまして」



 「好きにやってくれにゃあ……」



ここまでやっておいて、オチがしょっぱいというのは避けたいものです。

これまでの旅程にヒントが無かったか、ボクはもう一度記憶のおさらいを始めました。

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 『――露骨過ぎる。受け渡し場所の指定にすら応じる気配も無い』



 『所詮奴らも口先だけか』



 『無血ってのに無理があったんだよ。今からでも二、三人、脚ブチ抜きゃいいだろ』



 『殺さなきゃいい、ってもんじゃない。今回は』



 『じゃあどうするってんだよ、クソ!』





ジャック宣言から六時間と少し。



エキストラ役の方々にも疲れが見え始め、撮影もいよいよ佳境に入ったようです。

ゲリラ役の方々も諍い始め、機内に不穏な空気が流れます。

外部の動向が分からない設定にしたのは良作ですね。窓を閉めれば外を窺えません。

見えたらネタばらし以前の問題ですし。



 「さ、フィナーレの準備はいいですか、みくさん?」



 「……ほ、ホントにやるの……? これ悪夢じゃないの……?」



 「何言ってるんですか。タイミング的にも最高ですよ……さん、にぃ……」



 「………ああぁもおぉ……こうなりゃヤケにゃあぁ!!」



 『オイうるせぇぞアマ共!』





向けられた銃口を無視して、ボク達は立ち上がりました。





 「みくさんっ!」



 「にゃあっ!」



みくさんが身体を捻り、中央に据えられた三列のシートを飛び越しました。

途中で加えられたムーンサルトに、ゲリラ役さん達が目を丸くします。

フフーン。アイドルの身体能力を舐めてはいけませんよ!



 「……っ、とっ」



 『……何だ、テメェら?』



数メートルの距離を挟み、二本の通路に立ちふさがるように、ボク達は対峙しました。

カメラがどこにあるかは分かりませんが、よく映るように不敵な表情を浮かべます。



 『世界と話がしたいと言っていましたね、主犯さん』



 『……それがどうした?』



 『話せばいいじゃないですか。ボクは今まで話して来ましたよ』





これまで平静を保ち続けた主犯さんの眉が、初めて潜められました。





 『ベトナム人民陸軍の砲兵さん。アルゼンチンの自称魔術師』



 『……』



 『ノルウェーの犬ぞりマスターに、伝説と呼ばれたカナダの誇る女ハンター』



 『……言いたい事はそれだけか?』



 『アイドルは、それだけでは終わらないという事です』



 『アイドル……?』





 『世界はいずれ一つになります……ボクの、カワイさの下で!』





座席の向こう、みくさんの横顔に笑いかけました。

小刻みに震えた少々情け無い笑顔ですが、それでも笑顔です。充分でしょう。



 「さぁ、みくさんっ! ミュージック、スタート!」



 「……ええぃっ! ままよっ! これ持っててください!」



呆気に取られるエキストラさん達を尻目に、みくさんがポケットから素早く携帯を取り出します。

素早く操作をすると、すぐ脇に居たおばさんの方へ放り投げました。

そしてその携帯から、マナー上等の大音量で音楽が流れ出します――





 「カワイイボクと!」



 「みんなのみくにゃんでぇっ!!」









 『――We're the friends!!』





さぁ、ゲリラライブの始まりですよ!!









 「You & me♪ 好きなモノが違う♪」



 「ひとりひとり違う♪ 今日のコーデもほらね――」





目には目を。

テロにはテロを。



ゲリラには、ゲリラで立ち向かう。

これがヒントを元に導き出した、ボクの答えです!





 「目に見えるトコは似てない♪」



 「ぶつかる日もあるけど♪」





英語版やビルマ語版なんて練習していないので、もちろん日本語です。



不穏な空気に脂汗を流して固まっていたみなさん。

その中に紛れていたボク達のファンが、ようやく事態に気が付きました。





 「……え? みくにゃん?」



 「何で……ライブ? え、何コレ?」



 「幸子……ホンモノ?」



 「はーいはーいはいはいはいはい!!」







 『We're the friends!』





呆気に取られていた皆さんを指差し、コールを促します。

国籍も年齢も異なる方々が、徐々にではありますが、リズムを取り始めてくれました。

ふむ、どうやら番組側の想定していた回答を超えてしまったようです。





全くボクのアイデアったら……卓越し過ぎて困ったものですね!





 「ケンカしないことが♪」



 「友情じゃないよね?」





ゲリラさん達もポカンと口を開けています。

フフン、どうです?

ロックな彼らにはまだ敵いませんが、歌の力も馬鹿にしたものではないでしょう?





 「だから」



 「ずっと――」





 『さぁ! あなた達も!』





ボク達を眺めるばかりだった主犯役さんの表情が、ふっと緩みます。

溜息をつきながら、お手上げのポーズを決めて――







――苦笑を零しました。







 『We're the friends!』





微妙に微妙な英文も、今日ばかりはご愛嬌という事で。







 『――本当の、友達さ』







エキストラ役の皆さんから盛大な拍手が湧き起こります。

力強く、みくさんと親指を立て合いました。

そしてその喧噪が、すぐに静まり返ります。





主犯役さんがボクの前に立ちはだかりました。

自動小銃は抱えたままでした。





 『お前は誰だ?』



 『フフーン! ボクは輿水幸子。いずれ世界がボクの虜となるでしょう』



 『ほう。そっちのお前は?』



 『……あ……前川、みくって言います……何か、その……本当にごめんなさい……』



みくさんがちょっと腰の引けたお辞儀を返しました。

マエカワミク……と小さく呟かれた瞬間、肩が大げさなくらいに跳ねました。

そして再び、ボクへと真っ直ぐに向き直ります。



 『サチコだったな。世界を、歌なんかで変えられると思っているのか?』



 『全く。視野の狭い方ですねぇ』



 『そうか?』



 『そうですよ。見てください』



機内をぐるりと振り返ります。

ミャンマー人、日本人、インド人、アメリカ人――





 『ここには世界が詰まっています――話をしてみたらいいじゃないですか』





しばらく黙っていた主犯役さんが、長く長く息を吐きました。

そして振り返らずに右手を挙げると、共犯役の一人を呼び寄せます。



 『サチコ』



 『何です?』



 『確かめてやる』



 『ほう?』



 『全世界に生中継だ。遠慮しなくていい』





共犯役さんがノートPCに繋げたカメラを掲げます。

そして主犯役さんは大きく手を広げると、世界に向けるように、叫びました。







 『――アンコール!!』





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 『――何と言ったらいいのか分からないよ……ありがとう』



 『フフーン! 帰ったらボク達のCDを買ってくださいよ!』



 『助かった……キミ達のお陰だ……本当に……』



 『え、えーと……アハハ……』





ゲリラライブを終えると、彼らは降伏の意志を外へ告げました。

緊急脱出用のシューターを展開して、両手を挙げながら滑り降りて行きます。

それに続くようにして、乗客役のエキストラさん達も一人ずつ。

どなたのコメントもやけに力が入っています。いやはや本当に凄い撮影でした。



 「いやぁ、みくさんもお疲れ様でした」



 「もう……ゴメン、何て言うべきか分からないにゃ……」



 「気を抜いてはダメですよ。最後のリアクションが一番大事ですから」



 「最後?」



 「ネタばらしですよ! 例の看板とカメラに向けて半笑いを浮かべるんです」



撮影を始めたのは昼頃でしたから、外はもう真っ暗でしょう。

この出口も強めの照明が照らしていま







頭上から降り注ぐ爆音。

目が潰れんばかりの閃光。







夜空を跳ね返さんばかりに照明が焚かれています。

上空を旋回する幾つもの光点はヘリコプターでしょう。

飛行機を包囲するように歩兵戦闘車が並べられていました。

重武装をした警官や兵士さんが、先に降りた皆さんをエスコートしています。







 『…………はっ?』







みくさんと同時に零すと、先ほどの数十倍の拍手が湧き起こりました。









 『英雄達の帰還だ!!』



 『素晴らしい歌だった!』



 『ミクー! 手を振ってくれー!』



 『サッチョー! サッチョーっ!!』





いやあのえ、ん? いやいやこれ、え? だって、え?





頭は完全にフリーズしていました。

滑った足へ特に感想を抱く暇も無いまま、ボク達は無様に地上へ滑り転げます。

逆さまになった視界の端から、見覚えのある顔が近付いて来ました。





 『全部見ていたぞ。ミク、サチコ。キミ達は我々の誇りだ』



 「…………は」



 『レンジャーバッジでは足りないな。上層部に掛け合っておこう』



 『…………あのー』



 『ああ! そうだそうだ、ケガは……』



 『看板は?』



 『は? 看板……何のだ?』



教官さんの顔が不思議そうにボク達の顔を眺め回します。

無線で救護班を呼んでいる間、ボクとみくさんは馬鹿みたいに見つめ合っていました。



 『すぐにメディックが来る。水や食べ物も準備してあるから』



 「にゃ……にゃっ…………」



 『……あのー……教官さん』



 『どうした? ああ、家族に連絡したいだろう。回線は繋いであるから……』



 『これ…………ドッキリ……ですよ、ねぇ?』



 『……”Dokkiri”? それは……日本の武術か何かかな?』







 「――にゃあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」







みくさんの絶叫を子守歌に、ボクの意識は安らかに途切れました。





 ― = ― ≡ ― = ―





 「――はい、CGプロダクションでござ……は、ハロー……?」



 「私だ……ああ、増版しておる。暫し待たれよ」





ああ、そうだ。

みくさんも言ってたじゃありませんか。



そう、きっとアレは悪夢だったんです。悪夢だったんですよ。





 「幸子ー? 聞こえてるかー?」



 「…………ああ、ハイハイ。聞いていますよプロデューサーさん」



 「うん。それで、どれから向かう? 何ならこっちに呼び寄せてもいいけど」



 「……ん? すみません、何の話でしたっけ」



 「いやだから、BBCとABCとNHKとアルジャジーラ、どれから行こうかって」





ああ、そうでした。

残念ながら悪夢でも何でもありませんでしたね。

ハイハイそうでしたね。





ボクが世紀の勘違いを大爆発させたのが一週間前。

事務所の電話は未だ鳴り止まず、アイドル業務に支障が生じかけています。





当然ながら……ええ、当然ながら、ですが。





あのジャック事件はドッキリでも何でもありませんでした。

実行犯さん達は漏れ無く要人を撃ったり庁舎を爆破したりしていましたし。

空港の屋上には対物ライフルを構えた狙撃手が並べられていたそうです。

ええ、全く面白いですね。





 「もう何でもいいです……」



 「じゃあ近場でNHKから済ませようか」





事の顛末は始まりから終わりまで、全て生中継されていたそうです。

機内の映像が、インターネットを通じて、全世界へ。





 「そうだ。あれ、さっき視聴回数が二億回超えたって」



 「そうですか」





もちろんあの、文字通りのゲリラライブも。

文字通り、ライブで。







 『しばらく休養します。ぜんぶ幸子チャンにお願いします  前川』





そう書き置いたメモ用紙一枚を残して、現在みくさんは女子寮に籠城中です。

なので今回の件に関するアレやコレやソレやドレやらは、全部ボクに回って来る訳で。





 「あと水曜のレギュラーだけど、ドッキリ――」



 「ひっ」



 「――は時期が悪いって事で、コントをやってもらいたいらしいんだ。飛行機ネタで」



 「あのディレクターさん頭大丈夫なんですか……?」



 「いつもの事じゃないか」





ボクはこの件に関するニュースも映像も一切観ていません。

今回の事は、全部何も無かったんです。

ボクはただのカワイイアイドルで、唄って踊れるただの美少女なんです。







 「見てよこれ。世界中のメディアから招待されてるせいでこんなに――」



 「うわあぁぁっ!!」





プロデューサーさんがそれを机に広げた瞬間、ボクの身体は勝手に後方宙返りを決めていました。

ソファの後ろに身を隠して、プロデューサーさんに声だけを届けます。





 「し、しまってくださいソレっ……もうイヤなんですよぉ!」



 「航空券ですらダメなのか」





ボクの身体は飛行機に関するもの全てに防衛機構を張り巡らせました。

今後しばらく、一切飛行機に乗るつもりはありません。





 「でも、あの教官さんからも招待状が届いててさ」



 「……う。そ、それは」



 「冷静に対処出来たのはあの訓練があったからでもあるし、命の恩人じゃない?」



 「それは……まぁ、そうなんですけど……ほら! 船旅とか!」



 「ミャンマーはちょっと遠いなぁ」





プロデューサーさんがソファーの上からボクを覗き込みます。

にこりと浮かべた笑いに、ボクも何とか笑顔を返しました。



 「行こう、ミャンマー。飛行機で」



 「……いや、それは」



 「世界を股に掛けるアイドル宣言、世界中の人が知ってる訳だし」



 「…………そのー」



 「飛行機乗れないままは活動し辛いと思うよ? 世界のトップアイドル」





答えあぐねたボクの目の前へ、プロデューサーさんがいきなり航空券を差し出しました。





 「わああぁぁっ!」





するとボクの身体は勝手に動き出し。

ボクの喉が、こんな言葉を勝手に絞り出すんです。









 「――い、命だけは……お助けをーーっ!!」







17:30│輿水幸子 
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