2016年09月20日

美希「雪歩は真くんが好きなんだから」


一方通行の三角関係で雪歩→真→美希→雪歩

主役は美希と雪歩



終盤で軽めの性描写があります





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「うわぁ…!今のウィンクのところ可愛いかったよ、雪歩!」



「えへへ……そんなことないよぉ」



 事務所のテレビで私の出た音楽番組の録画を観ている。



 今日の仕事を終えた後のひと時の休息。ソファに座る私の隣には真ちゃんがいて、私の踊り歌う姿に無邪気に感想を言ってくれる。



「はぁ…ボクも雪歩みたいにかわいい女の子になりたいなぁ……」



 一通り録画を見終えると真ちゃんは物憂げにため息を吐いた。



 真ちゃんに「かわいい」なんて言われると体がムズムズして顔が熱くなってしまう。



「そんな、私なんて……それに真ちゃんは……」



(かわいいよ)と、言い切る前に事務所の入り口のドアが開く音がする。



 そして、直後に特徴的な語尾を付けた挨拶が耳に届いた。





「美希!おかえり!」



 その姿が見える前に弾けるように立ち上がって美希ちゃんを迎えに行く真ちゃん。

 そして、一人ソファに取り残される私。さっきまでの幸せな気分が空気の抜けた風船のように萎んでいく。



「ふわぁ……あ、真くん。ただいまー」



 あくびと共に気の抜けた声が聞こえる。真ちゃんが話しかけても相変わらず適当に受け答えを続けている。



 私はソファから動かない。美希ちゃんから見える位置に動きたくなかったから。いっそ、できるならこの場から消えてしまいたかった。



 でも、それも無駄な抵抗だとわかっていた。入り口から数メートルしかないこの場所ではすぐに見つかってしまう。



 実際、すぐそこまで二人の声は移動してきている。







「あ!雪歩!」



 見つかった……。

 できるだけ体を動かさないでジッとしていたけどなんの意味もなかった。



「お疲れ様、美希ちゃん」



 私は無理して笑顔を向ける。このまま何事もなく美希ちゃんが帰ってくれる事を祈りながら。



 でも、そんな祈りも虚しく美希ちゃんは当然のように私の隣に腰掛けた。



「うん、ミキ疲れちゃった。だから〜…雪歩の膝借りるねっ」



 ゴロンと横になりつつ私の太ももの上に頭を乗せる美希ちゃん。



「う〜ん…やっぱり雪歩の膝枕は最高なの……」



 そのまま眠ってしまいそうな声をしている。



 私はソファの隣で立ったままの真ちゃんをちらっと見上げた。



 困ったね、という表情の中に悲しさが混じっているのがわかってしまう。それを見てズキズキと胸が痛む。



 あぁ…だから美希ちゃんに会うのは嫌だったんだ。



 美希ちゃんは私がいると私にばかり話しかけてきてしまう。真ちゃんがあんなに話したそうにしているのに。



「えっと…美希ちゃん、私そろそろ帰らなくちゃいけなくて……」



「え〜、あと5分だけお願いなの」



 この子には遠回しな言葉は通用しない。こんな風に他人に対して我儘になれるところを私は心から羨ましく思っていた。



 その時、携帯電話の着信音らしき電子音が短く鳴った。真ちゃんが自分のものを取り出して画面を確認する。



「ごめん2人とも、ボク先に帰るね。母さんが晩御飯を用意して家で待ってくれてるみたいだから」



「うん、気を付けてね」



「真くん、ばいばーい」



 美希ちゃんは横になったまま視線だけを向けて挨拶した。



 その後、私と明日の予定をもう一度確認し合ってから、真ちゃんは事務所を出て行った。



 2人きりで事務所に取り残される。



 買い出しで外出している小鳥さんが帰って来るまでは誰かが事務所にいなきゃいけない。私と真ちゃんがTVを見てる間に留守番をお願いされたから、もう少しで帰って来るはずだけど……。



「ねぇ、雪歩」



「なに?」



 美希ちゃんは体を起こして私の隣にちゃんと座り直した。視線が絡まる。



 なんでこの子は、こんなに真っ直ぐ他人の目を見つめられるんだろう。磁力みたいな力で引き寄せられそうな気さえする。



「ミキと付き合って」





 ……………





 咄嗟に言葉が出てこない。





「……フフッ、美希ちゃんはそういう冗談も言うんだね。私ちょっとビックリしちゃっ…



「本気だよ」



 意志の強さを感じさせる瞳に真っ直ぐ見つめられている。私はその視線に耐えられず少し目を逸らした。



「だって、女の子同士だよ……?」



 ダメだ、言葉に力がない。自分の言葉に自分で傷付いてしまっている。



 美希ちゃんは微笑んでいた。私はその笑顔に何故か背筋が凍った。



「おかしなこと言うんだね?本当はそんな事を言いたいわけじゃなかったんでしょ?」



 美希ちゃんは何が言いたいんだろう……。







「雪歩は真くんが好きなんだから」



 今度こそ思考が停止した。体が心の奥底から揺さぶられてるみたいに震えている。

 反射的に美希ちゃんの目を見つめてしまう。



「な、なんでそんな……」



 見なくても顔が赤く染まっているのがわかる。唇も震えて上手く喋れない。



 困惑と羞恥、怒りの感情の全てが心の中でグチャグチャに入り混じってわけがわからない。



 誰にも話していない、知られたくなかった、私だけの秘密が……



「雪歩を見てればわかるよ。でも安心して、事務所で気付いてるのはたぶんミキだけだから」



 何も安心できない。よりによって美希ちゃんに知られてるなんて……



「真くんに“良いお友達”だと思ってもらえるように頑張って“普通”を演じてるもんね雪歩は」



 クスクスと笑いながら喋る美希ちゃん。



 悔しい、恥ずかしい……全部見透かされていたんだ。



「そうだ、雪歩がミキと付き合ってくれないのにはもう一つ理由があるよね。雪歩、ミキが嫌いでしょ」



 なんでそんな事を普段通りの表情で話せるの…?



「嫌いな理由は、真くんがミキを好きだから…かな?どう?合ってる?」



 私の子供っぽい嫉妬心まで全部見透かされてる……。



「……そうだよ。そこまで分かってるならなんで“付き合って”なんて言うの?美希ちゃんは、ここまで私を馬鹿にしておいて私が“はい”って言うと思う?」



 口調がどうしてもキツくなる。怖さを紛らわせるために。美希ちゃんの狙いが、私にはわからない。



「雪歩こそ、ここまで話しておいてなんでわからないの?」



 美希ちゃんは相変わらずの笑顔だった。



「ミキね、今の状況じゃ普通にしてたら絶対に雪歩はミキのものにならないってわかったの。雪歩が真くんを好きで、真くんがミキを好きな今の状況じゃ。だから、“普通”じゃない方法を選ぶ事にしたの」



 一つ大きな深呼吸ができるくらいの間が空いた。







「雪歩がミキと付き合ってくれなかったら、真くんに雪歩の気持ちをバラす……っていうのはどうかな?」





 心臓がジワジワと握られていくような気持ち悪さを感じた。嫌な汗が止まらない。



 私の表情の変化を見てか、美希ちゃんはより一層嬉しそうにしている。



「あはっ、やっぱりこれで良かったんだね」



「お願い美希ちゃん、それだけは……」



 惨めだった。14歳の女の子に完全に主導権を握られて、私には懇願するしか術はなかった。



「じゃあ、ミキと付き合ってくれるよね?あと5秒以内に決めてね?ごーお、よーん、さー…



「付き合い…ます……」



 肯定の返事をしながら思わず項垂れてしまう。奴隷にでもなったような気分だ。



「やったー!嬉しいの!」



 美希ちゃんが抱きついてくる。



 本当に純粋に喜んでいる事に私は恐怖を感じた。この子には何かが欠けている。



 無意識に乾いた唇を舐める。どうしても言わなきゃいけない事があった。



「……私も嬉しいよ。ねぇ、いくつかお願いを聞いてもらえるかな?」





 少し美希ちゃんと体の距離を置いた。



「いーよ。雪歩は美希の彼女だもんね」



「ありがとう。……じゃあ、まず一つ目。わかってると思うけど、私達の関係は誰にも秘密ね。もちろん事務所のみんなにも。バレたら大変な事になるから」



「うーん……めんどくさいのはミキもヤだから……わかったの」



「ありがとう。……それで、二つ目のお願いなんだけど……」



 私もおかしいのかもしれない。そう思いながらも、言わずにはいられなかった。



「美希ちゃん、真ちゃんと付き合ってあげてくれないかな?」



「……え?どういう意味?」



 美希ちゃんは首を深く傾げて困惑していた。



「……私と付き合いながら、真ちゃんとも付き合ってほしいの」



「うん、それはわかるよ。でも、なんで雪歩がそんなお願いをするのかわからないの。雪歩は真くんが好きなんだよね?ミキと一緒になったら嫌じゃないの?」



「それが真ちゃんの望みなら私は……。美希ちゃんは真ちゃんと付き合うの、嫌?」



「真くんは子犬が戯れてくるみたいでかわいいと思うけどぉ……んー……雪歩は今のお願いをきかないと付き合ってくれないんだよね?」



 コクリ、と頷く。



「じゃあいいよ。真くんとは明後日お仕事の時に会うからミキから告白しておくね」



 胸が痛む。私がいつまでもできない事を、美希ちゃんは仕事の“ついで”にやってしまえるんだ……。





「お願いはそれでおしまい?」



「そう…だね」



 美希ちゃんがニッコリと笑ってもう一度抱きついてくる。



「安心してね。真くんと付き合ってもミキは浮気なんてしないから。本当に好きなのは雪歩だけだよ」



 ……よかった、美希ちゃんが私の肩に顔を埋めてくれていて。私の微妙な表情を見られずに済んだ。



「うん、ありがとう美希ちゃん……」





 *****





 2日後、美希ちゃんは真ちゃんからOKをもらえたと私に電話で報告してくれた。



 その時の真ちゃんの様子を尋ねると、顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら返事をしてくれたらしい。

 

 私にはその様子が目に浮かぶようだった。片想いだと思っていた相手から告白されて戸惑いながらも喜ぶ真ちゃんが……。



 最後に美希ちゃんは“私との”デートの予定を確認して、電話を切った。



 この状況が変だとしても、私にはもうどうでも良かった。真ちゃんが幸せなら私はそれで……







 私達の歪な三角関係はこうして始まったのだった。





 ***4ヶ月後***





「私のモノにならなくていい♪そばに居るだけでいい〜♪」



 持ち歌を口ずさみながら料理を作る。



 今日は機嫌がいい。だって、雪歩がミキのうちに来てくれるんだから。



 たまにしかない貴重なオフ。雪歩がこの家に来るのは3回目になる。

 今まではただ普通に過ごすだけだったけれど、今回は楽しむために色々と準備をしてみた。雪歩はどんな反応をしてくれるかな……期待でワクワクが止まらない。





「壊れるくらいに愛して〜♪」



 口ずさんでいた『relations』の最後の歌詞を歌い終えると同時に料理も作り終わった。



 後片付けをしながらさっきまで歌っていた曲の歌詞に思いを巡らせる。





『relations』



 ミキのデビュー曲



 思い入れもあって大好きな曲ではあるけど、実は歌詞にはぜんぜん共感できていなかった。



 新たな女性に心奪われて自分から離れていこうとする男を、それでも愛してしまう女性の哀しみを謳ったこの曲の描く女性像は、ミキとは正反対に思える。



 言い出すとキリがないのだけれど、例えば「私のモノにならなくていい」の部分だ。



 この歌詞は女性の“諦め”を象徴している。“自分がこの男の1番になるのは無理だ”、と。



 もしミキに好きな人がいたら、例えその人に(ミキとは別の)好きな人がいたとしても絶対にアタックすると思う。

 失敗しても諦めないで、成功するまで。



 だって、「そばにいるだけでいい」なんてミキには絶対思えないもん。それって別に普通のことだよね。



 ここまで考えて、軽く笑ってしまった。さっきの例え話は例え話でもなんでもない。



 雪歩



 雪歩がミキと付き合う事になったのは、さっき考えていた通りにミキが行動したからだ。



 ……『relations』の女性像に近いのは、どちらかと言えばミキよりも――





 その時、リビングに鳴り響くチャイムが来客を伝えてくれた。



 壁に掛けられている時計を見上げると、午前10時3分前。ほとんど時間ぴったりだ。



 頬が緩むのを堪えきれずに、ミキは足早に玄関へと向かった。





 *****



「おはよう、美希ちゃん」



「待ってたの雪歩!」



 満面の笑みで出迎えてくれた美希ちゃんに、「はやく入って」と急かされながら私は星井家の敷居を跨いだ。



「あれ?今日はご両親やお姉さんは……?」



 リビングに案内されて開口一番、気になった事を美希ちゃんに尋ねる。



「大学と仕事だよ。金曜日だもん」



 そうか、まだ平日なんだ。



 アイドルみたいに不規則な仕事をしていると、どうも曜日の感覚がおかしくなってしまう。



「だから今日はずっとミキと2人きりだよ♪」



 屈託なく微笑む美希ちゃんの表情に、私は何故か胸騒ぎを覚えてしまうのだった。





 2時間ほど美希ちゃんの部屋でお喋りをした後、美希ちゃんは「あのね、今日はミキが料理作ったから一緒に食べよ?雪歩もお腹空いたよね?」と、私の手を引いてリビングへと歩みを進めた。



(料理なんてするんだ……)



 失礼なことに、それが私が一番に抱いた感想だった。



 マイペースで、暇さえあれば昼寝をしている美希ちゃんが料理を作っている姿なんて、どうしても想像できない。







「じゃじゃ〜ん♪」



 リビングのテーブルの上にある大きなお皿には、丸っこくて大きめのおにぎりが10個近く乗せられていた。



(料理っておにぎりのことだったんだ)と、妙に納得してしまう。



 勧められるままにその中の一つに口をつけると、予想を超える美味しさに素直に感嘆の言葉が出てきた。



「美味しい……」



「でしょ?ミキね〜、おにぎりだけは作るの得意なんだ♪ほら、こっちの梅干しのおにぎりもおいしいよ」



 結局私は2つしか食べられなくて、美希ちゃんは残りの分を美味しそうにペロリと平らげてしまった。





「今度は雪歩の淹れたお茶を飲みながら食べようね」

 

 食後にキラキラとした表情でそう語る美希ちゃんに、私は肯定の言葉を返した。



 こうして見ていると、美希ちゃんも中学生という年相応の女の子にしか見えない。(むしろもっと幼いかもしれない)



 良くも悪くもマイペースで、みんなは彼女に振り回されてしまう。でも、美希ちゃんの持つ圧倒的な魅力がその傍若無人な振る舞いを周りに認めさせてしまう。



 いつも思う、美希ちゃんほど“アイドル”って言葉が似合う人はいないって。



 私たちがもし同じ学校に通っていたとしたら、美希ちゃんはクラスの中心人物で、私は大人しくて目立たない少女Aなんだろうな。



 そう考えると、性格も真逆で本来なら関わりを持つはずもない私たちがこうして同じ場所で休日を過ごしているのが不思議に思えた。





 ……私たちが関わりを持った理由は2つある。まず、同じアイドル事務所に所属しているのが1つ。



 そしてもう1つが、真ちゃんだ。



 あぁ……美希ちゃんと会っている間はできるだけ考えないようにしていたのに……。真ちゃんの事を思い出すと心が暗い感情に支配されてしまう。







 私は、美希ちゃんが嫌いだ。



 だって、美希ちゃんは真ちゃんに特別に想われてるから。私はそれが羨ましくて、嫉ましくて、どうしようもない。



 真ちゃんに好かれてるのに素っ気なく接する態度が嫌いだった。真ちゃんに告白してほしいと私がお願いした時、何でもないように気軽に承諾したのが嫌だった。

 真ちゃんに好かれてるのにそれを無視して私なんかに好意を持ってるところも嫌いだし、私ができるだけ素っ気なく接してるのに遠慮なく好意を示してくるところも嫌いだ……。







 ……わかってる。私が本当に嫌いなのは、美希ちゃんじゃなくて、私自身なんだって。



 美希ちゃんのように素直に好意を示せたら、私と真ちゃんの関係も今とは違ったのかな……。美希ちゃんへの嫌悪感は、私のできない事をあっさりと実行できる美希ちゃんへの羨望の裏返しなんだ。



 でも、それがわかったところで、今更何も変えられない。



 美希ちゃんからの強引な告白に応じて、真ちゃんへの告白をお願いした時点で、私は後戻りのできない道を歩き出してしまったんだ。







 最近は、諦観だけが私の行動原理となっている。もう何も望まないから、せめて真ちゃんを傷付けずに過ごしていきたい。



 真ちゃんの心境の変化に大きな影響のある美希ちゃんの機嫌を損ねないよう、淡々と会話を重ねる事にも慣れてきたし、このまま時間が過ぎてくれれば……







 ――その時の私は、こうして心を殺していれば、いつかはこの歪な関係も終わりを迎えるだろうと朧げに考えていた。主導権を握る人物の心の内になんて、思いを巡らせようともせずに……





 *****



(またするんだ……)



 美希ちゃんの部屋のベッドの傍らで、私は心の内で深い溜息を吐いた。



 今、私は美希ちゃんに服を脱がされている。美希ちゃんはまるで幼児が着せ替え人形で遊ぶかのように、楽しそうに一枚一枚と私の服を脱がせていく。



 夕暮れまでまだ数時間はある明るい時間帯。本来は日差しを取り込むはずの窓はカーテンが閉められていて、部屋の中は薄ぼんやりとしていた。人の表情を見分けるのが少し難しいくらいの微妙な明るさだ。



 私の服を下着以外脱がしてしまうと、今度は美希ちゃんが自分で服を脱ぎ出した。私と同じ格好になるまで脱いで、2人でベッドに入ろうと促してくる。







 これから美希ちゃんが私にするのは、セックス……には満たない何かだ。



 前回美希ちゃんの家を訪れた時も同じような状況になって、経験のない私は美希ちゃんが相手なのに緊張で胸がドキドキしていたのを覚えている。





 あの時は――ベッドの中で、まずはキス。お互いの唇が軽く触れるだけのものから、軽く舌を絡ませるものまで。(ここまではデート中に数回経験していた)



 手探りでホックが外され、ふとんの中で私の胸が露わになる。



 美希ちゃんも同じ様に自分のものを外し、ベッドの端からそれらを床に落とす。





 これから、自分以外触れたことのない場所を美希ちゃんに――



 と、緊張していたのに……



 美希ちゃんはただ私に戯れるように抱き付いてきて、そこから先は何もしようとしなかった。



「雪歩はあったかいね。なんか、安心する感じ……」



 反対に、私には美希ちゃんの肌が少しヒンヤリとしているように感じられた。



 母親の胸で眠る赤ちゃんのように安らかな表情で目を閉じてじっとしている美希ちゃんを見て、私は困惑を隠し切れずにいた。



 え?……この状況は何なの?



 私はてっきりセックスをするものだと思って覚悟を固めていたのに、ただ抱き合うだけ?



 よくわからないけど、もしかして今の私は美希ちゃんにとって手ごろな抱き枕みたいな扱いなんじゃ……。



 いいように振り回されてちょっと不機嫌になりながらも、安心しきった表情で目を閉じる美希ちゃんを見ていると(まぁいいか)という気持ちになってきた。



 やりたくない行為をせずに済んだわけだし、美希ちゃんに振り回されるのもいつもと同じだ。



 美希ちゃんの口から規則正しいリズムで呼吸の音が聞こえてくる。本当に寝てしまったみたいだ。



 私は呆れながらも少しだけ付き合ってあげようかと思い、美希ちゃんの頭を撫でてあげた。

 

 どちらにせよ、背中に手を回されて足も絡められて抱き付かれてる今の状態じゃ、美希ちゃんが起きるまで私は何もできない。



 撫でられるとくすぐったそうにふにゃっとした表情を浮かべる美希ちゃんを見ていると、まるで大きな猫の世話をしてあげてるような気分になる。



 こういうところは可愛いんだけどなぁ……







 その後は、頃合いを見計らって美希ちゃんを起こして、何事もなかったように日常に戻っていったのだった。







 ――前回の記憶を思い返すと気が楽になった。私は何もしなくていいんだから。添い寝するだけで美希ちゃんは勝手に満足してくれるはずだ。



 まずはベッドの中で、前と同じような軽めのキスをする……はずだった。私の想像の中では。







 美希ちゃんのキスは、子供が戯れに行うような以前のキスとは変化していた。



 もっと、ねちっこくてイヤらしい……性感帯を刺激するためのキスに。



 私が不用意に伸ばした舌は美希ちゃんに絡め取られ、いいように弄ばれている。キスの経験なんてほとんど無いも同然の私は、なすがままにされるしかなかった。





 気持ちいい……

 キスって気持ちのよくなるものだったんだ……





 私のファーストキスの相手は美希ちゃんだった。



 初めてキスした時、(あぁ、キスってこの程度のものなんだ)という淡白な感想しか思い浮かばなかったことを覚えている。



 少女漫画のキスシーンに出てくる女の子たちは、とても嬉しそうで幸せそうだったから……もっと特別な感触があるのかと期待していたのに。





 相手が美希ちゃんだから……?



 うん、きっとそうだ。なんの感情も抱いていない相手だからあの時は何も感じなかったんだ。





 好きな人とのキスなら……真ちゃんとなら……――





 *****





唇を離して雪歩を見ると、キスを名残惜しむように口が半分開きっぱなしで、頬は赤みが差し、目は夢を見た後のようにトロンとしていた。



 こんなエッチな表情もできるんだ、と雪歩のイメージに合わない表情を見て意外に思う。



「そんなに気持ちよかった?」



 微笑みながら質問してみると、雪歩はまだ夢から帰って来ないままの表情で、「どこでこんな……」と呟いた。



 言葉にならなかった部分を汲み取って質問に答える。



「真くんで練習したんだよ」



 ビクッ、と雪歩が体を震わせる。





「雪歩とセックスっていうのをしてみたかったんだけど、ミキどういう風にやればいいのか知らなかったんだ。

 だからね、真くんに聞いてみたの。『セックスしたことある?』って」



 あの時の真くんの慌てぶりを思い出して少し笑ってしまう。

 顔を真っ赤にして頭と手を大げさに振って、「あ、あるわけないじゃないか!///」と言う真くんは、ファンの思い描く王子様のイメージとはかけ離れていた。



「そしたら真くん、ミキが真くんとしたいんだと勘違いしたみたい。

 次のデートの時に真くんの家に行ったら途中で変な雰囲気になって、真くんが『してもいい?』って言ってきたの」



 拒否されるのが怖いのか少し目を潤ませながらミキの手を握る真くんはすごく可愛く見えて、(やっぱり真くんも女の子なんだ)と思った。



「ミキは別に真くんとしたいわけじゃなかったんだけど、雪歩とする前の練習には丁度いいかなって思って。

『いいよ』って言ってあげたらすごく嬉しそうだったなぁ。それで、さっきミキが雪歩にしてあげたみたいなキスをしてきたんだ」



 真くんはもっと下手だったけど、とは言わなかった。

 たぶん、ミキのためにやり方を勉強してきたんだろうけど、たどたどしくてされてる方が焦ったくなるようなキスだった。真くんのしたい動きを予想してミキがしてあげたキスの方がうまかったと思う。



「その後もミキの色んなところを触ったり、舐めたり……指をいれたりしてね。真くんもセックス初めてだからぎこちなくて、気持ちいいってゆーよりくすぐったい感じだったんだけど、気持ちいい振りをしてあげたらホッとしたみたいで喜んでたよ。



それでミキ、セックスのやり方がだいたいわかったから真くんにも……あれ、雪歩?」



 いつの間にか雪歩は自分の顔を両方の手のひらで覆っていた。



 恐るおそる片方の手をズラしてみると、その下では閉じられた目蓋の端から涙が流れ落ちていた。

 よく見ると喉やお腹の辺りも細かく上下している。嗚咽を隠してるみたいだ。



 雪歩はすぐにミキの手を跳ね除けて、またさっきと同じように顔を覆った。





「美希ちゃんなんて嫌い……大嫌い」





 雪歩の手の隙間から、聞こえるか聞こえないかのボリュームでそんな言葉が漏れてくる。





 ミキは――背中を這い上がって頭を貫くような気持ち良さに思わず身震いした。



 きた!

 これだ。雪歩といるとたまに感じる、この感覚の理由が知りたくてミキは雪歩と付き合ってるんだ。



 心の奥底ではその本質を理解しているような気がしたけれど、まだ言葉にはできない。

 ただ、これから何をすればいいのか身体はわかっていて、自然と動いた。





 雪歩の下着をズラし、下腹部の割れ目に右手の中指をそっと這わせる。

 すると、雪歩の口から半音にも満たない短く高い声が漏れた。汗じゃないヌルヌルとした液体がミキの指にまとわりつく。



「濡れてるね。キスが気持ちよかったの?それとも……さっきの真くんとのセックスの話でこうなっちゃったの?」



 指を緩慢に動かし続けながら雪歩の隣に横たわり、右の耳に口が触れそうな距離で囁きかける。



 雪歩は答えない。目を塞いで泣いていれば、自分と世界が切り離されると信じているかのように。





「雪歩がミキの話を聞いてどう思ったのか、真くんのことをどう想ってるのか、ホントの気持ちを聞かせて?ミキは約束を守ったんだから、雪歩もミキの“お願い”きいてくれるよね?」



 付き合った時の会話を思い出させる。結局雪歩は“真くんに雪歩の気持ちをバラす”ってカードを切られるとミキの言うとおりにするしかなくなるんだから、最初から素直に言えばいいのに。



 数秒の沈黙の後、雪歩はポツリポツリと語り出した。





「私は……美希ちゃんが嫌い」



「だよね」



「真ちゃんが大好き」



「うん、知ってるよ」



 雪歩はミキの反応なんて気にしてないみたいに喋り続ける。それならしばらく黙っていようと思い、雪歩のお腹の周りに腕を回して抱きしめるような体勢で、静かに耳を傾けることにする。



「私の大好きな真ちゃんが私の嫌いな美希ちゃんを好きなだけでも辛いのに、2人がセックスしてる話なんて耐えられない……」



 だから泣いたの?と、心の中で問いかける。それだけじゃないような気がするんだけどな。



「でも……私、嫌悪感を抱いてるはずなのに、真ちゃんがセックスしてる姿を想像したら……お腹の下の辺りが熱くなってどうしようもなくて……」



 それで濡れてたんだね。中指に付いた粘液の感触を、思わずたしかめてしまう。



「ダメなのに……真ちゃんでエッチな想像なんてしたらいけないのに……」



 続く言葉は嗚咽によって中断された。





「なんで真くんでエッチな想像したらダメなの?」



 本当に不思議に思ったから質問してしまう。雪歩はそれに反応してなのか、話を再開した。



「だって……だって真ちゃんは本当に純粋だから。真っ白な存在だから……。

 そんな真ちゃんを、例え想像でも汚しちゃいけないの。そんなことを考える人は真ちゃんに触れちゃいけないの……」



 雪歩は自分の言葉に苦しめられているかのように、より激しく涙を流す。



「だから私には真ちゃんと付き合う資格なんてないんだよ!私は……私は真ちゃんとたくさんキスしたい。

 裸になって抱きしめ合いたいし、色んなところに触れて気持ち良くしてあげたい。

 真ちゃんに気持ちよくしてほしい……真ちゃんと一緒にグチャグチャになるくらい気持ちよくなりたい……」



「こんな汚い欲望に塗れた私が……真ちゃんに好かれるはず……ない」



 そこまで言い切ると今度は声を上げて泣き出した。

 年上のはずなのに、目をこすりながらしゃくりあげる雪歩はまるで幼い子供のように見える。



 雪歩の頭を撫でてあげながら、ミキはさっきの話を頭の中で繰り返していた。



 まずビックリしたのは、雪歩の中で真くんが神さまみたいな存在になってたこと。本当の意味での“アイドル”みたい。



 真くんはたしかに純粋だと思うけど、だからって雪歩が言うように聖人みたいな存在じゃない。普通の女の子だ。

 好きな人と一緒にいれば舞い上がるし、キスをねだるし、セックスにも興味がある。そんな普通の女の子。



 それに、雪歩が言う「汚れた」行為も、相手が好きなら少しくらいは考えて当たり前なんじゃないの?雪歩の基準で世界が回ってたら、カップルなんてできなくて人間はとっくに絶滅してると思うな。



 目の前で泣く雪歩を見つめながら、可哀想だと思った。半ば呆れが混じった感情で。





 そして、ようやく理解する。ミキが雪歩に抱いている感情の正体を。





 *****



 ミキは男の子にモテた。



 1か月に100人から告白されたこともあるくらい。



 だけど、誰とも付き合ったりしてない。だってそうでしょ?なんで自分が好きじゃない人と付き合わなきゃいけないの?



 ミキが付き合うのはミキが好きになった人だけ。ずっとそう思っていた。それなのに、そんな人には一度も出会えなかった。





 そんな時に現れたのが、雪歩。



 最初は別になんとも思っていなかった。雪歩の淹れるお茶はおにぎりに合うなー、くらい。



 ある日、突然気付く。雪歩がミキといる時は暗い表情をしてることに。真くんが一緒にいる時は、特に。



 それからはなんでか雪歩がすごく気になっちゃって、目線がつい雪歩に引き付けられるようになった。そばにいない時、雪歩がどうしてるのか気になることも多くなった。





 もしかして、これが恋なのかも、と思った。

「好きな人ができるとその人ばっかり見ちゃうし、いつも気になっちゃう」って友達も言ってたし。



 思い始めると雪歩への気持ちはどんどん膨らんでいって、雪歩に直接アタックしていくようになった。

 その後はもっと雪歩の気持ちがわかりやすく表情に出るようになって、雪歩と真くんとミキで三角関係みたいな状況になっていることにも気付いた。



 でも、最後には雪歩とミキが付き合えたんだから、それはあんまり問題じゃなかったね。



 ミキが雪歩を見ていてたまに感じる気持ち良さの正体、あれは“可哀想”だ。

 

 ミキが雪歩を羨ましく思うのは、真くんを本当に好きなところ。ミキが持ったことのない気持ちを雪歩は持っている。



 そんな雪歩が、“好き”って気持ちで逆に苦しくなって辛そうな表情を見せてる時は“可哀想”になって、ミキは言葉にできない気持ちよさを感じる。







 ミキってちょっとおかしいのかな?人の辛そうな顔を見て気持ちよくなるなんて。

 ……ううん、違う。他の人ならそんな気持ちにはならない。雪歩だけ。雪歩だけが、ミキを気持ちよくしてくれるの。



 だって、雪歩は辛そうな表情の時も可愛くて……綺麗なんだもん。







 雪歩がそんな表情見せるのは真くんと関係のある事柄の時だけ。雪歩とも真くんとも深い関わりのあるミキだけが雪歩の特別な表情を見られる。



 だから、雪歩に恋してないってわかっても、別れたりしないよ。ごめんね、雪歩。ミキに特別な気持ちよさを与えてくれるのは雪歩だけなの。この関係が崩れる時までは、付き合ってね?





 *****



「雪歩、こっちを見て」



 泣きじゃくる雪歩の手を優しく握って顔から遠ざける。雪歩は驚いた様子でミキを見た。

 泣きすぎたせいで目は少し腫れて真っ赤だし、涙でぐしゃぐしゃになっていてヒドい顔だ。アイドルが見せていい顔じゃない。



 だけど、ミキにはそれが堪らなく可愛く思えた。唇に一瞬だけキスをすると、雪歩の涙の味がした。



「真くんが好きすぎて辛いんだよね。ミキが気持ちよくしてあげるから」



 さっきは這わせるだけだった部分に、今度は指を侵入させる。初めての感覚に雪歩は不安そうな喘ぎ声を上げた。



「目を閉じて。真くんにしてもらってると思って」



 瞼の上に手をかざすと、雪歩は素直に目を閉じた。



「ここは真くんの反応が1番良かったんだよ」と、指の関節を曲げてお腹の方の壁に押し付けるように動かすと、雪歩は面白いように敏感な反応を示してくれた。



 真くんで試したやり方を色々と変えながら続けていると、さっきまで泣いていたのが嘘みたいに快感に喘いでいる。



 そろそろイキそうかな?



 緩急を付けて様子を見ていたのを止めて、指の動きを早めてイかせようとする。



「あっ!ダメ……ダメ、もう…っん!」



 最後に一際高い声を上げて、雪歩は絶頂した。

 中に入ってる指が一定の間隔で締め付けられる。雪歩はそれが恥ずかしいのか頬を赤らめていている。かわいいな。



「もっとしようね。真くんがミキにしてくれたこと、雪歩にも全部してあげるから」



 息を切らして若干蕩けた表情の雪歩は、肯定しないかわりに否定もせず、ただ目を閉じた。



 頭の中で真くんに触ってもらってるのかな?それとも雪歩がする方?



 どっちでもいいや。どちらにしても、この後雪歩は頭の中で真くんを汚したことに罪悪感を覚えて傷付くだろうから。







 そうだ、今度は3人で遊びに行こう。



 真くんにミキがいちゃついてるところを雪歩に見せてあげよう。

 真くんは2人きりの時以外はそういうのを嫌がるけど、ミキが強引に迫ったら絶対に断れないもんね。



 目の前で真くんとキスしたら、雪歩はどんな反応をするかな。



 それで、真くんの目を盗んで雪歩ともキスするの。真くんとするよりももっとエッチなやつを。



 雪歩はいやがるだろうな。もしかしたら泣いちゃうかもしれない。その表情を想像しただけで、身震いする程の快感に襲われる。





「真ちゃん……」と何度も好きな人の名前を呟きながら快感に身を悶えさせる雪歩を尻目に、ふと窓に視線を向ける。

 窓の外ではもう夕日が沈みかけていた。そういえば、お姉ちゃんたちはいつ帰ってくるんだろう。



 少し考えて、どうでもいいかと思い直す。今はもう少しだけ、雪歩とこの時間を楽しんでいたい。







 雪歩の唇を割って舌を入れると、雪歩の方からも舌を絡めてくる。想像では真くんを相手にしているからなのか愛情を感じる動きだ。



 愛なんて知らないのになに考えてるんだろ、と心の中で軽く笑ってしまう。

 それでもいい。今は偽物の愛情の中で、不思議な安心感に浸っていよう。



 夜の帳が下りる



 感触だけで雪歩の存在を感じ取る。2人の境目が無くなればいいのに。そうすれば、悲しみもなくなるのかな。



 想像したらなんだか悲しくなって、温もりを感じるために雪歩との距離を縮めた。くっついてる間だけは寒くない。



 雪歩がミキを好きだったらよかったのにね。でも、そしたらミキは雪歩に興味を持てなかったかな。



 真くんが好きな雪歩はミキの腕の中にいて、誰も好きじゃないミキは誰の中にもいない。



 寒さを紛らわせるように、ミキは雪歩とのセックスに意識を溶けさせていった。





21:30│星井美希 
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