2016年09月21日

高垣楓「告白の味」

前書いた楓さんSSの続きです。

前作を読むこと推奨



高垣楓「好き、嫌い、大好き」

https://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1471366739







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474187844



「恋は盲目」



よく聞く言葉だが、そこまで的を得ているわけでもない。





ついこの間、俺は恋をした。

正しく言うと、自分の恋に気づいた。



常に恋に夢中かと言われたら、それは違う。



朝は眠気を感じるし、家に帰るときには何を食べるかを考える。

恋をしていても、四六時中相手のことを考えているわけではない。





送っているのは、いつもと変わらない日常だ。



だけど。

例えば、少しだけ目が合う瞬間。

自分の気持ちを改めて自覚して、相手のことで頭の中が一杯になる。



そんな時、「ああ、これが恋なんだな」と実感する自分がいる。



......................................................



周囲の喧騒が、空間に溶けていく。

周りの人が喋っているのは分かるけど、内容までは分からない。

ここに、二人だけでいるような気分がした。



楓さんが、目の前にいる。

今日は焼酎の気分らしい。





グラスの中の、角張った氷が透き通っている。

軽く口を付けると、楓さんが話しかけてきた。





「プロデューサーさんは」



「誰にも言えないようなことって、ありますか?」





先程までしていた話と全く脈の無い質問に、少し驚く。

「そうですね......」と言って間を取った。

それから、誤魔化すために当たり障りのない回答をする。



「職業柄、基本的に秘密は作らないようにしてますね」



「そうですか」



俺の答えを聞いて、楓さんはにっこり笑った。

この笑顔をもう少しだけ見ていたくて、俺は続ける。

大人になって暫くして、今更実感したことだ。



「伝えたいことは、伝えられた方が良いですから」



「じゃあ、プロデューサーさんはそれが出来ていますか?」



そう言われて、微妙な苦笑いが顔に出てしまった。

この気持ちを、はっきりと伝えられたら。

そんなことを考えて、こう返した。



「まだ、できていないと思います」

....................................................



季節が変わり、少し涼しくなってきた頃。

外回りから帰ってくると、ちひろさんがFAX用紙を何枚か渡してきた。



衛星放送、全国系列の旅番組のオファーだった。

かなり離れた所で、泊まりがけのロケになるようだ。



出演は一人だけ。指定は高校生以上であれば特に無し。

アイドル達の予定を確認すると、空きがあるのは楓さんしか居ない。



「出演するのは、楓さんにしますね」



俺がそう言うと、それを知っていたかのようにちひろさんがからかってきた。



「良かったですね」



好きな人と一緒に旅行(ロケ)に行けて、嬉しいでしょう?

そんな感じのニュアンスが、この一言に含まれているような気がした。



この人は俺の気持ちを弄んでいるのだろうか。



「何が良いんですか?」



「楓さんと、二人っきりじゃないですか」



「二人だけでは無いです。それに......」



成人組のロケなら俺が付いていく必要はない。

その旨ををちひろさんに言ったら、



「何言ってるんですか?」



と、有無を言わせない笑顔で見つめてきた。



前より嬉しさ多め、そんな感じの苦笑いをした。



......................................................



今回のロケ場所は、地方の温泉街だ。

温泉の他にも、酒造りが盛んな所らしい。



楓さんは、今回のロケの話を聞いて



「楽しそうですね」



と言っていた。

仕事の疲れを打ち消す、最高の笑顔だった。

でも、そんなことよりも。

楓さんが楽しく仕事ができるならそれでいい。



そう思っている自分が、少しだけ滑稽に思える。



だけど、楓さんにこの気持ちを伝えようとは思わない。



アイドルとプロデューサーの恋愛以前に、失敗することが怖い。

楓さんと俺が作ってきた関係を、壊すのが嫌だった。





そう考えたら、ふと「恋は盲目」と言う言葉の続きを思い出した。



「恋は盲目であり、恋人たちは自分たちが犯す愚行に気付かない」



俺は今、恋をしている。

分かりきったことだ。



だけど、愚行は犯していない。

愚行を犯す程の、勇気がない。

......................................................



移動する新幹線の中。

窓際には楓さんが座っていて、その隣に俺がいる。

正直、とても緊張している。



顔を伏せて黙っていると、自分の心臓の音が聞こえきた。



楓さんに聞こえていたりしないかな?

そんなわけないのに、どうでもいいことばかり考えてしまう。



俺は乙女か。

頭の中で、自分に喝をを入れた。



トンネルを抜けて、視界が明けた時。

楓さんが急に話しかけてきた。



俺は少し驚いて、楓さんの方を向いた。



「前の話の続きですけど......」



「はい」



恐らく、前に飲みに行った時の話の続きだろう。

楓さんは、窓の外を見つめながら続ける。



「私は、あります。誰にも言ってないこと」



次の停車駅を知らせるコールが鳴った。

......................................................



今、撮影で老舗の酒造会社に来ている。



古い木造建築特有の、ひんやりとした空気が体を包んだ。

外は未だに残暑が厳しい中、撮影場所は涼しかった。



狭い店舗の中で、撮影スタッフがひしめき合っている。

なるべく音をたてないようにして、楓さんが見える場所に移動した。

隙間から顔を覗かせると、楓さんが商品紹介をしているのが見えた。



ここでは、「喜び」とか「悲しみ」といった感情を味で表したお酒を販売しているらしい。



楓さんに魅入っていると、後ろから声をかけられた。



「......すみません。これ新商品ですので、どうぞ召し上がってください。」



振り返ると、酒造会社の人が紙コップに入っているお酒をくれた。





「これはどんな味ですか?」



と質問しようとしたが、その人はカメラに緊張しているらしい。

俺に紙コップを渡すと、すぐにどこかへ行ってしまった。



仕方ないから、自分で味を考えることにした。



お酒を口の中に運ぶと、少しだけ強い甘さが広がった。





この味に合う名前を頭の中で探したら、真っ先に「恋」が出てきた。





「少し違うな......」



それに少し違和感を覚えてから、もう一口飲んだ。



普段はアルコールを摂らない時間帯だから、いつもより酔いが回りやすい。

体が上擦るような感覚がして、まだ話をしている楓さんを遠目で見た。



「告白」をする前のような気持ちになった。

「恋」だと思った時よりも、それは少しだけ甘い。





......................................................



次に待ち構えていた温泉でのロケを済ませ、俺は旅館の湯船に浸かっていた。

勿論、男湯。



体を浸している湯が熱くて、意識が朦朧としてくる。

それを誤魔化すために、斜め上を向いた。

俺が動かなくなると、周りは静かになった。

風の音、虫の鳴く声が聞こえてくる。



竹柵越しから、弱い水音がした。

向こう側の人が何かを飲んでいるようだ。





「プロデューサーさーん、居ますかー?」



その人は、楓さんだった。

温泉に入っても酒を飲んでいるようだ。



俺が居るとは限らない男湯に声をかけるのもおかしかったし、

このまま答えるのも恥ずかしかったから、黙り込んでしまった。

「あ、虫の無視......。ふふっ......」



楓さんが、駄洒落で揺さぶりを掛けてきた。

急に黙っていられなくなって、口を開いた。



「浴場で飲んでも大丈夫なんですか?」



「旅館の人が、大丈夫だって言ってました」



楓さんが言い終わったのと同時に、秋らしい強い風が吹いた。



「プロデューサーさん」



「この後、一緒に行きませんか?」



......................................................





この旅館自体もかなり大きい建物だったから、特に驚きは無かった。



俺は今、楓さんと旅館の中庭にいる。

吹き抜けの構造になっていて、盆栽や池がある大きな庭だ。

隅々に申し訳程度の照明がある。



不意に。

俺の前を歩いていた楓さんが、くるりと回った。

照明よりも強い月の光に、その姿が照らされている。



「プロデューサーの秘密、聞かせてください」



しつこい。

そう思いながら、

今までに、何回も。胸が痛くて、恋の感覚がした。



「そうですね......」



......................................................



自分の秘密。

思い慕いとか、好き嫌いとかの類ではなく、幼少期のちょっとした経験。



それを俺が話した後、二人は無言の時間が続いた。



月が、夜空に滲み始めて。

楓さんは、俺の話を聞いた後から少し寂しそうな顔をしている。



その表情を、変えたくて。

それくらいに、好きで。

それでも伝えられなくて。



だけど、このまま秘密にはしたくない。



矛盾の中で、誰にも聞こえないように呟いた。



今日で、二回目。再び、告白の味がする。

「楓さんのその目まで、愛しています」

楓さんが俺の方を向いて、目が合った。



月明かりが眩しくてよく見えなかったが、

その顔は少しだけ笑っていたような気がする。



終わり。







23:30│高垣楓 
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